新天地
日本国内の話です。
少し時を戻す。
サッカー日本代表が2026カナダワールドカップ本大会出場を決め、日本全体がその余韻に浸ること2日後の2025年9月4日、日本国は突如としてその姿を消し異世界へ転移した。
政府は、天皇陛下による玉音放送で日本国民に冷静な行動といつも通りの日常を求め、その不安と騒乱を抑えていたが、故郷を失い絶望する在留外国人による暴動などに端を発して、いよいよそれも限界に達し、物資の買い占めや時には暴力による略奪も横行していた。そんな混沌と混乱のなか、「転移」から19日後、テレビ、ラジオによって転移後初の政府広報が全国放送された。
「内閣総理大臣 泉川耕次郎による政府発表です!」
全国民が固唾を飲んで耳を傾ける。
「日本国民の皆さん、かの天変地異から19日が経過しました。資源や食料の枯渇を予想し、悲観的な思いを抱いている方も多くいらっしゃると思います。しかし、絶望することはありません!」
第2次大戦後最年少である若き総理のこの言葉に国全体がざわめく。
「哨戒機や戦闘機による周辺海域の探索の結果、日本列島から北西の方向に文明が存在する大型の島を発見致しました。また数回に及ぶ調査によると、この島は全体が肥沃な穀倉地帯になっているようです。我々はこの島に存在する国家に使節団を送り食糧輸入のための国交開設交渉を行う予定です。」
総理はさらに続ける。
「またこれとは別に沖縄よりさらに南方に諸島を発見しています。こちらは 先程紹介した島とは異なり無人であることが確認されています。日本政府はこの諸島を無主地であると断定、この諸島を『夢幻諸島』と命名し6日前この地に駐屯地を設置致しました。さらに2日後、官民共同の資源調査団を派遣することになっています。また早急ではありますが、この地に巨大農園を建設するために手を貸してくださる開拓団を国民の皆さんから急募致します!」
「簡易的な検査結果によるものではありますが、夢幻諸島の細菌環境や植生は元の世界の東南アジア地域とほぼ同一であることが確認されています。詳しい応募資格は後ほど発表しますが、この度の転移で職を失った方も多くいらっしゃるでしょう。我こそはという方は是非ご応募ください!」
国民は政府による突然の人員募集に少し戸惑いを見せる。
「これにて政府広報を終了致します。」
その後、開拓団参加の応募資格の詳細がテレビ画面に文字情報で公開された。
14日後、最初の開拓団第一陣1800人が新天地での新たな生活を夢見て夢幻諸島へ向けて出発した。
〜〜〜〜〜
「親父、もうすぐ新天地に着くってよ。」
開拓団を乗せた船の甲板で1人の青年が初老の男性に話しかける。
「そうかい。」
父親と呼ばれたその男性は素っ気なく答える。
「先に下に降りておくよ、親父も早く来な。風邪ひくぜ。」
そう言うと青年は客室へ戻るため、階段を降りようとした。
「弘信。」
父親に呼び止められた息子は足を止める。
「開拓事業とは大変な仕事だ。暮らしも今までより少し不自由になるかも知れん。だが俺も仕事を失い、母さんと悩んで決めたんだ・・・。」
「ああ、分かってる。」
先程の父親のように、素っ気なく答えた青年の目には覚悟の火が写っていた。
開拓団には様々な者たちが加わっている。この一家のように職を失い故郷を離れて新しい生活を求める者、資源採掘によって一攫千金を狙う者、異世界の姿に興味を惹かれた者、転移に巻き込まれた某国大使館の密命を受けたスパイ。
そして何より参加者たちの心を掴んだのはその「報酬」である。
今回開拓団を組織するきっかけとなった背景には、転移後急増した失業者による生活保護受給申請を受けて、ただ金をばらまくよりも何か事業に従事させた方がいいのではないかという経産省と厚生省、そして農水省の思惑があったのだ。
それぞれの夢と思惑を載せ、移民船は一路「夢幻諸島」を目指す。
”戦後最年少”ではなく”第2次大戦後最年少”という表現なのは一応理由があります。