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小話 変人官僚の恋の導き大作戦

異世界の文化交流を描いた話ですが、官僚にあり得ないことをさせている完全にギャグのしょうもない話なので読んでもらわなくてもかまいません。

酒場騒動から3日後の夜 「いせ」停留中の港


「いせ」、すなわち総督府に勤務する官僚たちを警護するために、数人の自衛隊員がタラップや格納庫扉の前に警備員として常在していた。

最初は不審者や官僚への襲撃阻止を目的としていたが、総督府の役人という実質帝国を動かす立場にいる彼らに対して、その出入りを待ち構えて贈賄を画策する輩が後を絶たず、最早そちらへの対処が主任務となっていた。


「・・・あんた、ここで一体何してる?」


「いせ」の近くをうろうろしている1つの人影に、警備の自衛隊員の1人 上山田が声をかけて近づく。フードをかぶりいかにも怪しげな風体だ。


「あ・・・! すみません・・・」


「・・・?」


警備員に声をかけられたことに驚くその不審人物の声は、若い女性のものであった。


「あの・・・」


その女性はうつむきながら、1つの箱を上山田に差し出す。


「?」


「イチカワというお役人様に、こちらを渡して頂きたくて・・・」


(イチカワ? ああ、ヨシさんのことか・・・)


上山田は1人の変人の顔を思い浮かべた。


「中身は何ですか?」


役人への差し入れ。もちろんテロの可能性も否定出来ないため、上山田は箱の中身を尋ねる。


「この前のお礼として、蜂蜜酒をお持ちしました・・・」


上山田が箱を開けると確かに液体が並々入った一本の瓶があった。


「貴方が蜂蜜酒だと仰ったこの瓶の内容物ですが、念のため本当に安全かどうかの検査を行いますが、よろしいですか?」


「はい、かまいません」


上山田の確認にその女性はきっぱりと答える。


「イチカワ様にお伝え下さい。“あの時はありがとうございました”・・・と」


それだけ言い残すと、その女性は上山田の目の前から走り去って行った。


「ああ! ちょっと!」


まだ質問が終わっていなかった上山田は彼女を呼び止めるが、あっと言う間にその人影は夜の港街に消えていった。その時、彼女の頬が紅く染まっていたことを、上山田は気づかなかった。


〜〜〜〜〜


「いせ」艦内 居住区画 壱川と大河内の寝台


「「今日も一日お疲れさん!」」


この日も遅くまで職務を行っていた官僚たちが、振り当てられた乗船員用の寝台へとその心身を癒すために帰って行く。

そして外務官僚が割り当てられている居住区画にも、若き1人の官僚が帰って来ていた。


「あ、大河内いたのか」


「うん、ちょっと早く終わったんでね」


業務を終え、壱川が居住区画へ戻る前に、大河内も帰って来ていた。ちなみに彼ら2人に割り当てられた寝台は3段で、上が壱川、中が大河内、下は荷物置き場になっていた。


「そういえば、首都市民からの差し入れがお前に届いている。ベッドの上に置いておいたから」


そう言うと真ん中のベッドに寝転がっていた大河内は、上の壱川のベッドを指さす。


「差し入れ?」


「うん、何でも受け取った隊員が言うには、若い娘さんが届けてくれたってよ。何かのお礼らしい」


「お礼?」


「いつかの酒場でクレーマーに倒されていた子じゃないのか。それしか心当たり無いだろ」


壱川は大河内との会話を挟みながらスーツの上着を脱ぐと、1番上の自身のベッドをのぞき込む。確かに1つの木箱が置いてあった。

その木箱を手に取ると、ふたの上にその内容物について、名称と危険性は無い旨が書いてあった。中身を確認するため、壱川はふたを開ける。


「・・・中には何が入っていた?」


一応、中身については一切知らない様にしていた大河内が壱川に尋ねる。


「酒」


「へぇ〜、何の酒?」


「蜂蜜酒らしい」


「・・・ふ〜ん」


内容物を知った大河内は、なにやらにやついた顔でベッドから起き上がり、壱川に話しかける。


「・・・いつかの時代のヨーロッパでは、新婚夫婦は数ヶ月家に籠もって精力を付けるために蜂蜜酒を飲み続けたらしいよ。もしかしてその子はお前を好いているんじゃないのか? “子作りしましょ”ってさ」


若い娘からの贈り物を貰った壱川を、大河内は茶化した。


「冗談きついぞ・・・そんな訳無いだろ。大体彼氏らしい人いたよなあ、あの子」


貰った蜂蜜酒を味見しようとグラスに注ぎながら、壱川は大河内の言葉をしかめ面で否定する。


「あながちそうでも無いかもよ。手紙まで付いてる」


大河内は木箱の底に潜ませてあった一枚の紙を取り出した。


「・・・手紙?」


グラスの蜂蜜酒に口を付けようとした壱川は、大河内の言葉にそのグラスを置き、彼が取り出した手紙を奪い返す様にして取った。


「読めねえ・・・この国の文字だな・・・大河内、手伝え」


壱川はロッカーの中から官僚全員に配布されていた簡易辞書を手に取る。


「えーと、何々・・・」


辞書片手に壱川と大河内は手紙の内容を翻訳する作業に入った。


“先日は危ないところをお救い頂き、ありがとうございました。

あの時は満足にお礼も出来ずに申し訳ありません。

日本人だと名乗った貴方への恐怖心が芽生えてしまったのです。

しかし、今日この日まで、お役人という高貴な立場でありながら、一平民である私を救って下さった貴方のことを考えている内に、その感情は別のものへと変わって行ったのです。そのなれの果てである貴方への私の想いを伝えます。

明日の夜、また港へ来ます。その時に御返事を聞かせて頂けませんか?

私はいつまでも待っています”


「・・・」


「恋文じゃないのか。これは」


手紙の内容を理解して呆然とする壱川に、大河内は現実を突きつけた。


(いや、まだそうだと決まった訳じゃない。蜂蜜酒だってこいつが言う通りの意味を持つものだとは限らない・・・)


「ん〜・・・」


いきなりの出来事に、壱川は少し考えるとそばにいる同僚の方を向く。


「おい、お前明日空いてるよなあ・・・」


「いや、そりゃ日曜日だから・・・」


壱川の質問に大河内は当たり前だろ、と言った感じで答える。


「よし、じゃあ大河内! 明日、また行くぞ!」


「お、おう! ・・・(何処に?)」


いきなり訪れた恋騒動(?)。急遽、2人は次の日、再び例のクレーマー騒動が起こった酒場へ行くこととなった。


〜〜〜〜〜


翌日 市街地


夜の準備へ向けて、酒場の店員たちが準備をしていた。そんな彼らの内の1人に後ろから呼びかける声がする。


「やあ、君、4日前にクレーマーに絡まれていた店員だよね」


突然なれなれしく話しかけて来た声のする方を向くと、いつかの灰色スーツと紺色スーツの2人の男が立っていた。


「あ、貴方は! 先日はどうも・・・お礼も出来ず!」


話かけられた店員は驚く。そこに居たのは、4日前にクレーマー騒動を収めた日本国のお役人の姿だった。


「別にいいよ、それよりこの前絡まれていた5人ってよく来るのかい?」


慌てふためく店員とは対照的に、壱川は落ち着いて尋ねる。


「あ、ええ。毎日ではありませんが、いつもあの方たちは夕方頃に来られます。でも何故お役人様がそんなことを?」


「・・・いや、別に大したことじゃ無いんだ。ありがとう」


答えを濁しながら壱川は礼を言う。


「夕方っちゃ、もうすぐだろう。それまで待たせて貰えないか? 駄目なら別に良いが」


大河内は準備中の店に入って良いかどうか尋ねる。


「だ、大丈夫です! ど、どうぞこちらへ!」


言葉にひっかかりながら、その店員は2人を店の中へと案内した。その後、目当ての客が来るまで2人は席に座って待機することとなった。




店内


店長(オーナー)、どうしましょう!?」


ぐだっとした様子でテーブル席に座ったままの2人の官僚に視線を送りながら、 彼らを案内した店員のアトラは現状を店の主人であるバドスに報告した。


「一体何をしに・・・もしや、この前のことが問題となって閉店命令とか・・・!」


「!!」


店主バドスのあられもない予測にアトラは本気で震える。店がつぶれたら、これからの生活をどう送って行けばいいのか。


「と、とにかく粗相の無いようにするんだぞ! 他の店員たちにも大至急伝えろ!」


「は、はい!」


指示を受けたアトラがその場から移動しようとした時、バドスは彼を呼び止めた。


「ちょっと待て! ご注文は何と仰ってた?」


「・・・はっ! まだお聞きしていません・・・」


店員の答えに店主バドスは顔を青くする。


「馬鹿もん! さっさとお伺いしろ!」


「も、申し訳ありません!」


上司のお怒りを受けたアトラは、すぐさま2人が座っている席へと駆け寄るのだった。




—1時間後、準備が終わり開店した酒場には、ちらほらと客が入って来ていた。


「やあ、店員さん。あのお客さんはまだ来ないのかな?」


壱川はアトラに尋ねる。


「い、いえ! もうこの時間にはいつも入られているはずですが・・・何分、4日前にあのようなことがあったばかりですので・・・最近はあまり来られていないのです・・・」


「ああ〜、成る程」


店員の説明に大河内は納得する。

確かに店側に問題は無かったとしても、あそこまで悪質なクレーマーが出現した店にはあまり来たくは無い。

無駄足だったか・・・。彼らがそう思ったその時・・・


「あ、来られました! あの方です!」


店員の声に反応し、店の入口の方を見ると、1人の男性客が入店していた。


(・・・1人? 確か、倒された女性を抱きかかえていたヤツだな・・・)


あの時は5人いたのに。そういった疑問を抱えながら2人はその男を目で追う。彼がカウンター席に座り、注文を出したのを確認すると、壱川と大河内は飲んでいたグラスを片手に席を立ち、その男性客が座っている席へと近づく。


「やあ、隣いいかい?」


男性客のダクタスが声のした方を振り向くと、奇妙な装束を身に纏う2人の男が立っていた。


「あんた、この前のお役人!」


「そう。憶えていてくれたんだ」


壱川はそう言いながら、彼の左側に座る。たった1回会ったことがあるだけでかなり馴れ馴れしい態度を取る役人に、ダクタスは理解が追いつかなかった。


「君この前、妙なクレーマーに絡まれていたよね。女と一緒に」


この言葉に、彼の頭の中で踊っていた疑問符が全て払拭された。


「何だよ、自分の女1人守れなかったことを笑いに来たのか!?」


役人仕事そっちのけで個人的なことをつついて来た壱川を、ダクタスは睨みつける。その様子を店の人間は全員、はらはらした気持ちで見ていた。


「くそ・・・! お察しの通りここ最近会ってねえ・・・。だから何だって言うんだ! あんたらに関係あるか!」


(やっぱ彼女だったのか・・・)


壱川は予想通りといった表情を浮かべた。


「ひねくれてんな・・・」


ダクタスの様子に大河内はぼそっと小声で言う。


「何か言ったか?」


「いや、べつに」


ダクタスに睨み付けられた大河内はそっぽを向いた。


「・・・そういえばこの店のあの芸出し舞台には、この前の夜みたいに何か演奏している人が毎日立っているのかい?」


壱川は店の奥にある舞台を指さして、ダクタスに尋ねる。


「毎日じゃない。あの人らは毎週“星の日”に立つんだ。この店の名物になっていてね、それ目当てに星の日にはこの間みたいに、客がわんさか入って来るんだよ」


「成る程・・・。次の星の日はいつ?」


「3日後・・・だけど」


その事を聞いた壱川は目を光らせた。直後、遠くで若干オドオドしながら彼らの様子を見ていた店主の方を振り向いた。


「おい、店の主人!」


「は、はい! 何でしょう!?」


壱川に呼ばれたバドスはすぐさま彼らの元に駆け寄る。


「ちょっと耳を貸して・・・」


バドスは壱川の口元に耳を寄せる。壱川は店主に小声でなにやら頼み事をしていた。


「・・・は、はい。それは構いませんが・・・、何故お役人様がその様なことを・・・?」


「結構、個人的な理由なんだ。気にしないでくれないか」


「はあ・・・」


店主の了承を取った壱川は、次にその場にいた2人の方を向いた。


「君、次の星の日にもここに来る?」


壱川はダクタスに尋ねる。


「そりゃ最早、習慣になっているからな。多分俺だけしか来ないとは思うが・・・」


「良し!」


「何が?」


ダクタスの答えに満足した様子の壱川は、彼の問いかけを無視して次に大河内に話しかける。


「大河内! 今夜、お前サックス持ってヘリ甲板に来いよ! あと3日後は有給取れ!」


「ん!?」


「後、帰ったらお前に渡したいものがある! じゃ、先に帰ってるから、お代立て替えといて!」


そう言って勢いよく店を飛び出す官僚の後ろ姿を店主、客、そしてもう1人の官僚の3人は呆然として眺めていた。


「・・・店主さん。つかぬことをお聞きしますが、この国で異性に蜂蜜酒を渡す行為って何かを表すとか、なにか意味があるのかな?」


壱川が出て行った店の出入り口を眺めながら、大河内はバドスに尋ねる。


「未婚の男女間で蜂蜜酒を贈り物として渡すという行為は、一般的に交際、または求婚の申し込みを意味しますが・・・」


(ああ、やっぱりか・・・)


大河内は自身の予想が的中していたことを知る。


〜〜〜〜〜


夜 クステファイの港


港の建物の影、そこにフードをかぶった女性の姿があった。


(彼女だな・・・)


その姿を確認した紺色スーツの男が、女性に近づく。気配を感じた女性は、はっと振り返ったが、その顔は待ち人とは違うものだった。


「!?」


思わず警戒心を露わにする女性。紺色スーツの男はそれを察したのか、落ち着けというジェスチャーを交えながら、女性に話しかける。


「俺は壱川の同僚、大河内という者だ! あいつからのメッセージを預かっている」


「!」


本人からでは無いが、待ちかねていたその言葉にアテリーは期待と不安を込めて耳を傾ける。


「“3日後の夜、初めて会ったあの酒場に来てくれないか?”だそうだ」


大河内の言葉にアテリーは喜ぶ。メッセージを聞いた彼女は心を弾ませながら家へと帰って行った。


(・・・間違い無い。この前クレーマーに髪の毛を引っ張られていた子だったな・・・。しかし、これは不必要に期待させちゃったんじゃないか? あいつの真意は違うんだけどなあ〜)


夜の町並みに去るアテリーの後ろ姿を見ながら、大河内は少し申し訳無い気持ちになっていた。


「さて、俺も戻って練習しなきゃなあ」


そう言うと、大河内も自分たちの本拠である「いせ」へと帰って行った。


〜〜〜〜〜


3日後の夜 星の日


この日の夜も芸出し舞台にて、演奏を行う3人組。名はモヌクとカフナム、そしてローヴォ。元は皇族のお抱え演奏家を目指していた彼らの方が、食い口を繋ぐため、この店の主人であるバドスに頼み込んで週一だけという条件で契約を取り付けたのだが、彼らが奏でる陽気な音楽は聴く者の心を高揚させ、これが評判となり、時折貴族がお忍びで訪れることもある程となっていた。


「あの・・・」


すでに結構人が入っている酒場に1人の女性客が来店していた。


「待ち合わせしているんです。イチカワという方は来ていますか?」


来店したアテリーは店員に壱川について尋ねる。


「いえ、まだご来店になっていないと思われますが」


「・・・では店に入って待たせて頂いてもよろしいですか?」


「もちろんです。席の都合上、カウンターになりますが良いですか?」


店員の問いかけに女性はうなずく。

その後、店員に案内された椅子に座ると、待ち人を探すために周りを見渡す。その時、最も避けるべき人物と顔を合わせてしまったのだった。


「あ! アテリー!」


「ダクタス・・・!」


“しまった!”彼女は心の中でそう叫んだ。本来の恋人と鉢合わせしたアテリーは思わず顔をそらす。


「今日はまた用事が有るから、来られないんじゃなかったのか?」


カウンターを4席、他の客を2人はさんで右の方に座っていたダクタスは、席を立ち上がり、恋人の行動が言っていたものと違うことを問い詰める。


「え、ええ! そうだったのだけど、急に大丈夫になったの!」


「そうかい・・・」


「・・・」


気まずい沈黙が2人を覆う。この酒場で起こったあの一件以降、密かに壱川に想いを寄せるアテリーとダクタスの間では、当然ながらすれ違いがあった。


(くそ! 一体何だって言うんだ・・・つい最近まであんなに仲良くしていたじゃないか・・・!)


(・・・て言いたげな顔ね。・・・別に1週間前のことがきっかけだった訳では無いのよ・・・。今は、いえ、もっと前から私は貴方のことが本当に好きなのか分からなくなっているの・・・でもあの人には、貴方に初めて会った時と同じ感情を抱いている様な気がするの・・・)


会話をしない暫定的な恋人同士。その心模様にもすれ違いが生じていた。




「古典的な音楽も悪くないもんだ」


舞台袖、といっても一枚の敷居で客側から目隠し程度にしてあるスペースだが

そこでエレキギターとアンプとサックスを持って待機する壱川と大河内。壱川は、舞台に立っている3人組の音楽に感心していた。


「本当にこの作戦、上手く行くと思うか?」


大河内は壱川に問いかける。


「あの話の中では上手くいってたから、大丈夫だろ」


「映画の話だろうが!」


軽い口論を繰り広げる2人の前に、店員アトラがさっと駆け寄り報告をする。


「お達しの通り準備完了です! 目標2人の入店を確認し、近い席になる様にご案内しました!」


「完璧だよ、アトラくん!」


店員が首尾良く仕事を終えた事を称える壱川。アトラは満面の笑みを浮かべる。


「2人はお互いが同じ店内に居ることを分かっているのかい?」


大河内は冷静に尋ねる。今回の作戦は、目標がお互いに認識し合っていなければ意味が無い。


「はい。女性が着席した直後、お互いに気づきました。あそこです!」


アトラの指の先には、カウンター席に離れて座る2人の姿があった。


「仮にも恋人同士なのに4席も離れて会話も無え。えらい気まずさだな・・・」


2人の様子を舞台袖から遠目に見ながら大河内がつぶやく。


「彼女の俺に対する恋心(それ)は、ただ一時の気の迷いだ・・・。間違った方向に向かったものは、正しい方向、本来あるべき所へ向けなければならない・・・それがお兄さんの役目だし、そのためのこの曲だ」


そう言うと、壱川は演奏する曲の譜面を眺める。


「・・・」


壱川の言葉を大河内は黙って聞いていた。


「仕上げは?」


「ばっちりだよ! 3日間夜通し甲板で練習したんだからな。おかげで寝不足だ」


壱川の問いかけに、大河内は手にしていたサックスを示しながら笑顔で答えた。

彼らが持っているのは、総督府へ異動となり、しばらく日本(母国)の我が家を離れることとなる彼ら官僚に、持ち込みが許された娯楽品である。

大概の役人が将棋や囲碁などのボードゲーム、書籍、ノートPCを持ち込んでいた中で、この2人はエレキギターとアンプとサックスを持ち込み、“持ち運べる範囲内ということで、大きさの上限は確かに設けてはいなかったが常識の範囲内で考えろ”、と上司にこっぴどく叱られていた。


「そろそろ終わります!」


アトラが演奏の終了を伝えた直後、3人組の奏でる音楽が止み、その舞台には拍手が送られていた。


「よし、行くぞ!」


さあ、今日はこれで終わりかな。そう思った客の何人かが席を立とうとした時、舞台の上に上下灰色と紺色の奇妙な装束に身を包んだ2人組が現れたのだ。


「? 誰だ、あれは」

「あ、知ってる! あの服装はニホンのお役人様だ!」

「は!? 馬鹿な! 何でそんな方がこんな所にいるんだ?」


騒然とする店内。困惑の視線を向ける客に壱川は自己紹介を始める。


「俺は総督府から来たヨシトシ=イチカワと、こっちは相棒のシノブ=オオカワチ。今日は主人にここで演奏する許しをもらって、この店にいるみんなに歌の贈り物をしようと思う! 日ア友好の証と思ってくれ!」


「!?」


いきなりの出来事、そして役人の言葉に客の頭上には疑問符が踊る。


「あっ!!」


予想外の場所に現れた待ち人に、アテリーは思わず声を出す。ダクタスも昨日の夕方に出会った彼らの突飛な行動に、開いた口がふさがらなかった。


「この音楽は俺たちにとっては古いが、この世界にとっては初めて触れるものになるだろう・・・」


口上を述べ、エレキギターに指をかける壱川。戦勝国の役人が酒場で演奏を行うという珍事に、客は未だ現在の状況が上手く飲み込めないでいた。


「・・・1、2、3、4!」


壱川の号令と共にエレキギターのやや穏やかな音色がアンプから奏でられる。酒場の客は皆聞き慣れぬイントロ(音色)と、見たことも無い弦楽器と管楽器に、釘付けになった。

直後、大河内が奏でるサックスの音色も加わり、音楽は彩りを増す。さらにモヌクとカフナム、そしてローヴォの、先程まで演奏を行っていた3人組も曲に合わせてマラカスや小太鼓を奏でる。


「!!」


1940〜50年代のアメリカで生まれたR&Bのリズムとビート、この世界に存在するはずもない音楽(ミュージック)、そして斬新な歌詞は、酒場にいる皆の心を釘付けにする。


「・・・」


年末の12月、共に過ごしている恋人がお互いに出会ったある日のことを思い返し、変わらない想いを確かめ合う様子を描いたその歌は、すれ違いが続いていた2人の心の隙間に深く染み込む。

出会った時、その時の思い出が2人の頭の中にフラッシュバックする。


初めて会ったのは去年のことだった。決まっていた結婚式が敗戦の影響で延期せざるを得なくなるなどのアクシデントもあったが、その後も変わらず共に過ごして来た。


出会ってから今までを思い返す2人。その時、互いに互いを見つめていたことに気づいたのが気恥ずかしかったのか、2人は頬を赤らめ、さっと目をそらした。


(おっ! いい感じか?)


サックスを吹きながら彼らの様子を遠目に見ていた大河内は、手応えを感じていた。


いよいよ曲も1番盛り上がるサビに入ると、観客も足踏みをしたり、体を揺らしたりしながらリズムに乗り始める。

1番2番、そして最後のサビを歌い上げた彼らに浴びせられたのは、惜しみない歓声と拍手であった。


「すばらしい! 初めて聴く音楽だ!」

「これがニホンの音楽か!」

「いよっ! お役人様!」


(やっぱり名曲は、時と場所を問わず名曲なんだ!)


その様子を見ながら、壱川は感激していた。ふと目標の2人のいるカウンター席を見ると、男の方が席を動かし、女と話せる位置まで移動していた。

良し! 心の中でガッツポーズをした壱川は客席の方へむき直す。


もう一回聞きたい(アンコール)!?」


その一言に客は沸き上がる。


「じゃあ、もう一曲いってみよう!」


壱川のその言葉に、さらに客が沸き上がった。


「次は曲の趣向を変えて“この曲”をみんなに送ろう・・・」


再びエレキギターに指をかける壱川。少し穏やかだった先程の曲とは違い、陽気な音色(イントロ)から始まるその曲に、人々の心はまたもや釘付けとなる。


「みんな、リズムに乗れよ!! これが元祖ロックンロールだぜ!」


客同様テンションがハイになっていた壱川と大河内は、客に向かって呼びかける。その後ももう1曲演奏し、2人は計3曲の現代音楽(ミュージック)を、この中近世の国の酒場でかき鳴らした。客も白熱し、リズムに乗せて踊り出す者もいた。

この一夜限りの“官僚ライブ”はその日、酒場に居た首都市民の間で大反響を呼び、その後のこの国の音楽の歴史に少なからず影響を及ぼして行く事となる。


〜〜〜〜〜


閉店後 首都の通り


「いや〜、良い仕事したわ。学生の頃に戻った気分!」


壱川はつぶやく。帰り道、学生時代以来に行うライブの余韻に2人は浸っていた。


「彼女に顔を見せたりしなくて良かったのか?」


アテリーと酒場で会う約束をしていた壱川は、結局最後までちゃんと顔を会わせることは無く、演奏を終えるとそのまま店を後にしていた。


「俺は一時あの子の夢の中に出てきただけの幻影だよ。今、あの子がちゃんと向き合うべき相手を、またちゃんと愛せる様になっているのなら、もう会う必要は無い。一応店員(アトラ)にも伝言を頼んでおいたし」


夜空を見上げながら述べる壱川。大河内はその横顔にゆっくりパンチを入れる。


「うぃ〜! かっこいいな〜、もう!」


「おい〜、よせやい!」


道の上でじゃれあう2人。高校から人生を共にしてきたこの2人のキャリア官僚の仲の良さは総督府内の外務部署でも有名であった。


「・・・あーっ!!」


「!!?」


突如叫ぶ大河内。その絶叫に壱川は 思わず身をすくめた。


「ど、どうした・・・?」


路上で絶叫する程のショック。壱川は恐る恐るその理由を問う。


「邦楽、歌うの忘れてた・・・」


「あ・・・そう言えば・・・」


そこそこ大きな酒場にて、“アメリカ”の名曲を熱唱した2人。3曲も歌うことが出来たのに、全て洋楽を歌ってしまった。今頃店にいた客はあれらを日本の音楽と盛大に勘違いしているに違いない。


「ふ、あはははは!」


自分たちの迂闊さに吹き出してしまう2人。彼らの笑い声は夜も更けた街の中に響き渡る。その後、この勝手な行動がばれ、彼ら2人に後藤事務次官直々のお叱りが下され、始末書を書かされることになるのは3日後の話である。


斯くして変人官僚2人による、「ミュージックで復縁大作戦」は訓告という副産物を生み出しながら、大成功を収めたのであった。


壱川と大河内が酒場を去った後、店員アトラより、アテリーに伝えられた伝言とは


「蜂蜜酒は”この前のお礼”として、ありがたく頂くよ」


壱川の作戦で仲を取り戻したダクタスとアテリーの2人は、この日の1ヶ月後に祝言をあげることになる。

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