戦後 肆(終)
第1部はこれで最終話とします。今後は小話を数話挟んで第2部へ進みます。
3月20日 日本国 東京 首相官邸 9大臣会合
この日も国家の重要課題について協議するため、閣僚たちが集まっていた。主な報告内容はセーレン王国との交渉における成果とその内容である。
「セーレンに対する要求は少し過剰だったのでは? 仮にも立場的には共通の敵を持つ同盟国だったのでしょう」
国交相の石川は、峰岸の対セーレン外交方針に苦言を呈する。
「正式には戦前はまだ同盟国ではありませんでしたし、ロバーニアの様に協定に基づいた軍事支援要請をしてきた訳でも、日本にとって重要な国家であった訳でもない。さらには、サファントでの会談において我々日本人を蛮族と罵る始末ですし、それに相手が弱い立場である以上、これを活用させて頂かない手は有りません。それが“外交”でしょう。
それに結果だけ見れば、日本の資本参入に依る経済力の向上と、この世界で最強の軍隊による防衛が約束されたのです。彼らにとって何も損失はありませんよ。むしろ他の国々よりかなりの好条件と称すべきでしょう」
峰岸は自身の外交に何ら不可解なことはなかったと説明する。
「では何故、帝国に対しては治外法権と免税特権を要求しなかったのですか?」
石川は敗戦国であるはずのアルティーア帝国よりも、セーレンに対する要求の方が多い矛盾点を突く。
「帝国の法律は今後、総督府の監督の元に改正されます。税収の制度も然りです。日本政府の意向に沿った法と税制度を作れるのに、わざわざ治外法権と免税特権を認めさせる意味が無い」
峰岸は説明を続ける。
そもそも外務省がこれらにこだわる理由は、日本人と日本企業をセーレン政府から守るためであった。
占領下の敗戦国である帝国とは違い、セーレンの法にあれこれ言う権利は当然日本には無い。故に“治外法権”は日本国民を、捜査能力が圧倒的に低い現地の警察機関による誤認逮捕や、セーレンにおいて取り調べの手法として普通に行われている拷問などの自白強要、及び斬首、鞭打ち、車裂き等々の現代日本の価値観からすれば残虐と言うべき数々の処刑から回避するためのものであり、一方、“免税特権”は日本による経済浸食を恐れたセーレン政府によって、妙な税金や法を新設され、日本企業に損害が出るリスクを回避するためのものであった。
「いい例がジンバブエで出された“外資系企業は保有する株式の半分をジンバブエ政府に納めなければならない法”でしょう。似たようなものを出されては、たとえ鉱山を掘っていいと言われても、日本資本は撤退するしかない」
峰岸は説明を終える。
「確かに自尊心の高い一部特権階級には反発を買う内容でしょうが、資源については相手の技術レベルを考えると、わざわざ共同事業にするよりかは、全部こちらでやってしまった方がてっとり早いでしょう。
それに自衛隊はすでに平民の多くに支持されているし、今後、鉱山運営が本格化し、さらに日本企業が進出すれば多くの雇用が生まれ、平民の経済は活気づきます。さすれば平民の日本に対する支持は益々上がります」
経産相宮島も、峰岸の持論をフォローする。
「セーレン全国民の9割以上を占める平民の支持さえ得ていれば、全国民の数%にしかならない特権階級の反発など、気にとめる様なものではありません。」
平民さえ味方に付けていればどうとでもなる。峰岸は不敵な笑みを浮かべながら、その持論を述べた。
「また、治外法権・免税特権という特殊な権限を有す以上、セーレンに入国する邦人や企業の診査はその他の国々以上に厳しくする予定です。
具体的には、今まで民間の人と企業が異世界の他国へ出国するには法務省、外務省の二重の認可が必要でしたが、セーレンの場合はこれらに加え、さらに防衛省による診査をパスしなければ出国は認められません」
法務大臣 岩田幸輝が補足の説明をする。
あくまで治外法権と免税特権の元に置かれるのは、“シオン基地に属する自衛隊とその軍属、及び基地に属する組織”に限る。よって奇妙ではあるが、法務省入国管理局と外務省、さらに防衛省で結託し、入国する日本人は全て軍属として、またセーレンで活動を行う日本の組織・施設はあくまで自衛隊シオン基地の管轄下の組織として、登録されなければならないという制度を作ることになっていた。
もちろん今までも、一般の日本国民の異世界の友好国への出国は、外務省と入管が結託して厳しく制限していたが、セーレンについては防衛省がもう一枚噛むことにより、3つの省でさらに厳しく管理・把握することで、“不審な邦人”や“非合法な企業”の入国をより厳密に防ぐという算段だった。
「また、仮に3つの省全ての認可を得ないまま、邦人や企業が非正規のルートでセーレンに入国した場合に関しても、“軍属”では無くなるので条約の保護下には入りません。不純な動機を持つ者のセーレン入国は“特権”の元には置かれない訳です。
それに、セーレンへの入国許可が下りた邦人・企業に関しても、一応軍属という立場となる以上、自衛隊の保護、及び監視がつきます。彼の国で法に反する行為をしないように」
岩田は説明を続ける。
「実際、帝国における法の改正も“立憲君主制への移行”など国政の形態に関わるものを除けば、“拷問・私刑の禁止”と“刑罰・処刑方法の統一”などは絶対として、あとは現場の判断に任せることになりますが、恐らくはさして変わりません。
身分制はそのままにする様ですし、“魔法に関する犯罪”も日本人は魔法が使えませんから関係ありませんし」
説明を終えた岩田が着席する。
「それにこの“日セ安全保障条約”は永遠に続くものではありません。いずれこの世界全体に産業革命が波及し、この世界の民全てが、人権・国民・国家・民族・国際協調という概念を明確に意識するレベルに到達した時、セーレンでも条約改正や日本の資本によって建設された鉱山の国有化を要求する動きが平民の間に出てくるでしょう。そうなった時に新たな関係を模索すれば良いのです」
再び峰岸に語り手が移り、日本とセーレンの関係の今後の展望について述べた。
その後、各方面からの報告とその内容についての協議が終了し、この日の9大臣会合は閉会した。
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4月末 日本新領土 ヤワ半島/屋和半島
戦勝によって獲得し、日米軍の隊員や総督府の官僚たちによって、移住のための下準備が終了した新領土「屋和半島」に、この時ついに日本国内の民間人が足を付けた。
米海軍の輸送艦「ジャーマンタウン」から、米軍とその家族から成る移民団第一陣3000人が、屋和半島東端の街ヴィオラに上陸した。
また此度の戦争には参加していなかった輸送艦「くにさき」に乗せられた日本人移民団第一陣も、この新領土に上陸し、オリンピック作戦に参加した自衛隊員による治安維持の下に置かれていたマックテーユ、和名「幕照」に屋和半島を統治するための行政官庁である「屋和西道庁」が設置されることとなった。
その後、2026年4月末から約1ヶ月に渡り、日本国によって屋和半島の地に4つの新しい国が建国された。
まず4月29日、ヤワ半島東端の町ヴィオラを首都に置き、「アメリカ合衆国」の建国が宣言された。
ヴィオラはその名を「ワシントンD.C.」と変更され、旧ヴィオラ知事の屋敷はホワイトハウスへとその名を変えた。そして初代大統領に転移時の駐日アメリカ大使であるキャルロス=ケーシーが就任した。アメリカ史上初の女性大統領である。ワシントンD.C.には今後在日米軍が移転される予定だ。
その後、その西隣に在留ヨーロッパ人によって構成される「欧州支分国」、在留アフリカ人による「アフリカ支分国」、主に在留ブラジル人とペルー人からなる「南米支分国」、在留フィリピン人、ベトナム人などの東南アジア人やその他少数のアジア他地域出身者からなる「アジア支分国」の計4カ国が日本政府の支援の元に建国された。
これら4カ国は1つの連邦として首都をアジア支分国の主都「アジアンスケール」に置き、「新世界連合国(United Nations in New World/UNNW)」という名称でこの世界に新生国家として誕生することとなった。アフリカ、ヨーロッパ、アジア、南米を1つの連邦にまとめあげる、言葉の垣根が無いからこそ為し得た荒技だ。
そしてさらに西隣に日本国内の在留外国人最大派閥である在留中国人による「中華共和国」が首都を「洛京」と定めて建国された。国家元首である主席に駐日中国大使である陳健君が就任した。
最後に建国されたのが在日朝鮮・韓国人による「新韓共和国」である。この国は首都を「韓京」とし、中華共和国の北側に設置された。
なお、在日米軍という自前の戦力を持つアメリカ合衆国を除いた他の3カ国は、国防を自衛隊に一任するという安全保障条約を日本と結んでいる。事実上日本の保護国である。
これら3カ国の防衛の拠点となっているのが、マックテーユ/幕照に設置された幕照日本軍用基地(通称フォースベース)である。この新領土で在留外国人と日本人移民の新しい生活がスタートすることとなった。
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5月8日 アルティーア帝国 首都クステファイ港 「いせ」
「失礼します」
占領開始から早2ヶ月経ったある日、“総督”後藤の部屋に1人の官僚が入室していた。
「どうした?」
後藤は部下に要件を問う。
「隣国の“七龍”ショーテーリア=サン帝国がイラマニア王国政府を介して日本政府へ国交樹立交渉の打診、及び彼の国の使節団が5日後、国境地帯・アルカード平野の国境警備隊の基地が置かれている街、ジュッペを訪問する予定だそうです」
「!」
報告を聞いた後藤は、すぐさま日本政府と連絡を取り、またジュッペ基地に配備されていた陸上自衛隊国境警備支援部隊に、使節団訪問の旨を通達するように指示を出した。
「承知しました! では、すぐにそのように!」
「頼んだぞ!」
後藤の指示を受けた役人は退室する。
「初めて列強の方からコンタクトを取って来たか・・・、是非とも平和的な関係を結びたいものだな・・・」
誰も居なくなった自室で、後藤はぽつりとつぶやいた。
5日後、予定通り陸路でジュッペに到着したショーテーリア=サン帝国使節団は、現地の自衛隊による歓迎を受けた。その2日後、使節団は自衛隊の送迎により、総督府が置かれている首都クステファイに到着した。
クステファイ 港
総督府「いせ」の目の前に、プレハブで臨時の応接間が作られていた。その中では、今回の外交交渉の為に外務省から派遣された外務副大臣 木島徳人が、ショーテーリア=サン帝国使節団の到着を待っていた。
「どうぞ、こちらにて我が国の代表である木島徳人外務副大臣がお待ちです」
プレハブの中に案内された4人の使節団。ついに2カ国目の七龍との公式接触が成されることとなった。
「遠路はるばるお越し下さいましてありがとうございます。此度の交渉担当として日本国全権の任を承りました木島徳人と申します」
「・・・多分な歓迎の言葉、恐れ入ります。使節団団長のシグモイダス=メソコロナスと申す者です」
挨拶を終える両者。いよいよ交渉へと入る。
「さて、今回は我が国と国交を結びたいとの申し出ですが・・・」
「はい、皇帝陛下の命を受け、ここへ参りました」
皇帝の勅命。様子を見る限り戦争をしに来た訳ではなさそうだ。木島は心の中で安堵していた。ショーテーリア=サン帝国側でも、日本に対してどういった関係になることを目指すのか数ヶ月に渡り議論を行っていたが、ついに皇帝と大多数の閣僚の判断により、友好的な関係を結ぶことが決定されていたのだ。
「我々も貴国との平和的な関係を築けることは願ってもないことです。では国交樹立へ向け、その具体的な内容について協議を行いましょう・・・」
話の本腰へと踏む込む木島。その後、協議は数日間に渡って続いたのだった。
数週間後、東京での調印式を終え”列強国・七龍”ショーテーリア=サン帝国との対等な関係の元での国交樹立を達成した日本は、アルティーア帝国に変わり、極東世界をその影響下に置く新たな列強として認識されるようになって行く。
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アルティーア帝国 首都クステファイ 皇城 執務室
「殿下!」
暫定政府代表である第三皇女サヴィーア=イリアムが執務を行う部屋に新宰相マイスナー=コーパスクルが朝刊紙を持って入室してきた。
「どうしたのですか? マイスナー」
「隣国ショーテーリア=サン帝国とニホン国が、国交を樹立することを宣言しました!」
東方世界でちょっとした騒ぎになっているニュースを伝える。
「・・・そうですか」
(隣国は我が国とは違い、極めて理性的な判断をしたと言うことね・・・)
長年のライバルであった国が選んだ意思をサヴィーアは悟る。
その直後、軍事局に代わって設置された国防局の大臣に就任したシトスが入室して来た。
「南部の国境地帯にて、元属領メルターニ国の賊が現れたとのことです! 故に軍・・・ではなく保安隊を動かす許可を頂きたく・・・!」
「保安隊を動かす権利は私にはありませんよ? 総督殿と相談して決めなさい」
「・・・・! はっ! その様に!」
2人が退室した後、サヴィーアは1人で考えていた。
(占領後の新たな法の下では、皇帝たる私には政治の権限は無くなり、儀礼的な存在となる。宰相も投票で選ばれるようになる・・・。いちいち私に許可をもらいに来る閣僚の習慣を改めなければならないわね・・・)
サヴィーアは国の未来の形に思いを馳せる。
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クロスネルヤード帝国 首都リチアンドブルク 皇宮 執務室
机に座り政務を行う皇帝ファスタ3世のもとに、1人の男が近づく。
「東にはなにやら威勢の良い国が現れたそうですな。兄上」
「アルフォンか・・・。何の用だ?」
皇帝を兄と呼んだその男の名は、皇太弟アルフォン=シク=アングレム。皇帝ファスタ=エド=アングレムの実の弟である。
「西と東、このジュペリア大陸を挟み込む様に勃興した2つの新興勢力について、いかがなさるつもりかと・・・。逓信社の新聞には、すでにニホン国こそが七龍最強であるという風にもとれる記事が書かれておりますが・・・」
皇太弟アルフォンは、兄を揺さぶる様に尋ねる。クロスネルヤード帝国は七龍の中で最大版図を誇る。故に七龍の中で最強であるという自負がこの国にはあるのだ。
「・・・別にこちらからは何もしないつもりだ。・・・向こうが我が国を傷つけない限りはな」
ファスタ3世はきっぱりと答える。実のところ、彼は皇帝という立場にありながら、最強の七龍という地位には全く興味が無かった。
「そうですか・・・」
「そうだ。我が国と民が平穏であればそれで良い・・・」
兄の言葉を聞いた弟は、そのまま皇帝の執務室を後にする。
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西方のとある王国 港町 酒場
「ニホン? 聞いたこと無えなあ!」
酔いが回った1人の兵士が叫ぶ。ジュペリア大陸の向こう側では、遠き地である東の世界で起こったことなどには、人々の関心はあまり無かった。
「いずれにせよ、西方世界は我らが王国の天下だぜ! そのニホンとか言う国がもしちょっかい出してくる様なら、俺たちが蹴散らしてやる!」
「おお! 違え無え!」
「七龍最強はクロスネルでもニホンでも無え! 我らが王家、そして我らが王が治めてらっしゃるこの国こそが最強だ!」
豪語する兵士たち。その自信に満ちあふれた言葉に黄色い歓声が沸き上がる。
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日本国 首都 東京 首相官邸
「総理! ウィレニア大陸の向こう側にあるジュペリア大陸の国々からも、国交樹立の打診が届いております!」
総理執務室の椅子に座る首相泉川のもとへ、1人の職員が報告のために訪れていた。
「そうですか・・・。良い傾向です」
泉川はその報告を満足げに聞く。しかし、同時に懸念材料もあった。
(転移してから、今までどんな形であれ接触出来た列強は未だ2カ国。残り5カ国とは友好的な関係を構築出来るかどうか・・・)
泉川は天井を見上げながら、転移という未曾有の事態に見舞われているこの国の将来を描いていた。
この強大なる新興国は今後、この世界にどの様な影響を及ぼして行くのか。それはまだ、誰も知らない物語。




