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戦後 参

3月7日 ミスタニア王国 首都ジェムデルト 会議場


この日、この国にて日本国代表団とセーレン臨時政府代表団の会談が行われていた。議題は自衛隊シオン基地の扱いと協定についてである。日本=アルティーア戦争が終結した今、基地は設置に至った本来の役割を終えたため、協定に基づき基地の今後の扱い、また協定に明記されていた“戦費支払い”と“王国奪還の見返り”についての協議の場を設けることになったのだ。


「日本政府としてはシオンの基地を海上貿易、及び周辺海域の治安維持拠点として、今後も残したい考えです。」


日本代表団団長の外務大臣 峰岸孝介が日本政府の意向を説明する。


「我が国としては貴国に多大な恩義があることは重々承知しており、それは感謝してもしきれない程です。

また、ニホン軍基地に属する兵士たちが落としてくださった資金によって首都セレニア以上にシオンの復興が進んだのも承知しております」


セーレンの奪還と復興は日本国の恩恵を受けて成り立っていた。ヘレナスはその純然たる事実に感謝の意を示す。


「しかし、政府の中には他国の軍隊を国内に駐留させることに対して不安を唱える者も少数ですが、存在することも事実なのです。」


セーレン奪還戦において圧倒的暴力を示した日本に対して、かなりの警戒心を抱く者も少なくなく、特に保守派と呼ばれる面々は基地排斥論を声高々に唱えていた。ヘレナスは基地の残留が決まった場合、彼らがどのような行動を取るかを不安視していた。


「・・・とりあえず、基地の行く末については後で決めましょう」


峰岸は会議の話題を変える。


「我々にとってもう1つ重要なのは、此度のセーレン奪還戦にて出費した“戦費の回収”と、 “見返り”です。貴国との協定にて決まっていることですが、我が国の請求に従ってお支払い頂けるということでよろしいですかな?」


「はい、協定を反故にする様なことは致しません」


峰岸の問いかけにヘレナスはきっぱりと答えた。


「では、松尾くん。資料を」


名を呼ばれた外務官僚が、置いていた鞄から書類を出す。


「我が国が貴国へ求める戦費請求についてですが・・・こちらになります」


松尾は書類をセーレン代表団1人1人に手渡した。


「・・・!!」


渡された書類に示されたその金額にヘレナスたちは驚愕する。峰岸たち日本代表団が提示したのは、平時の国家予算の3分の1の額だったのだ。


「返済期限はどれほどで!?」


セーレン代表団の1人、外交大臣のアトレスが食い気味に尋ねる。


「そうですね・・・、我が国の年間国家予算の一分を少し越す程度の額ですし、3ヶ月といったところでどうでしょうか」


「!?」


峰岸の言葉にセーレン側の誰もが耳を疑う。数年単位の分割払いでなければ、とても払える額ではない。そもそもこれほどの巨額が1年分の国家予算の1%ちょっとに過ぎないというのも、彼らにとっては信じられなかった。


「どうされますか、ヘレナス殿下!?」

「何とか期限を延ばしてもらわねば!」

「左様! せめて5年は待ってもらわねば払える額では無いぞ!」

「帝国の支配を脱したというのに、今度は戦費の返済で国民を苦しめることになるとは・・・」


日本が突きつけた現実に、騒然とするセーレン側の面々。そんな彼らの様子を見て予想通りと言った表情を浮かべる峰岸は、代案を示す。


「・・・もし3ヶ月以内の返済が不可能であれば、他のもので代用することも可能です」


「!?」


峰岸の言葉にセーレン代表団は一様に耳を傾ける。


「我々が戦費請求を放棄するその代償として、このセーレン国内全土に渡る、“すでに開発されているものを除く地下資源の調査権、及び採掘権”を認めて頂きたい」


「・・・! 全土の地下資源ですか!?」


ヘレナスは峰岸の言葉を聞き返す。


「しかし、それでは我が国の鉱業が・・・」


「早合点しないで頂きたい。我々はまだ発見されていない鉱床と資源が欲しいと言っているだけです。まだ知らないのならば無いのと同じこと。もちろん、すでに貴方方が開発されている鉱山には手は出しません」


鉱山を奪うようなことはしない。あくまで節度はわきまえているということを峰岸は伝える。


「また、“王国奪還の見返り”ですが、今までと同じくセーレン国内における日本軍とその軍属の“治外法権”と、加えて“免税特権”を認めて頂きたい」


「・・・!」


更なる要求にセーレン代表団は驚愕するが、確かに“奪還戦の対価の供出”は協定で決まっていたことである以上、反論しようにもその足がかりが掴めない。


「“治外法権”と”免税特権”の内容の詳細については後に協議致しましょう。しかし、これら2つを認めて頂けなければ、“資源の調査採掘権”に制限がかかり、我々にとってあまり意味の無いものになります故、戦費請求の放棄も無かったことにして頂くことになりますな」


峰岸は残酷な事実を述べる。


「もし・・・、戦費を期限内に払いきれなかったら?」


ヘレナスは峰岸の顔色をうかがうようにして尋ねる。


「さあ・・・。どうなるのでしょうね・・・」


不敵な笑みを浮かべて峰岸は答えた。戦費の納入が遅れたからと言って、実際に日本政府が懲罰攻撃に出る可能性はほぼ無いが、そういう含みを持たせることで、日本代表団は彼らに圧力をかける。


(選択肢は無し・・・か)


セーレン代表の1人、宰相アイアスは日本の条件を飲むしか道は残されていないことを悟る。


「・・・・」


セーレン側の誰もが口を閉ざしている中、峰岸はゆっくりと口を開く。


「・・・決めかねているようですね。それならば、我々から更なる提案があります」


峰岸は議題を振り出しに戻す。


「先程議題に上がったシオンの日本軍基地についてですが、我々としては、やはりこのまま残して頂きたい」


変わらない要求を述べた上で、峰岸は次の提案を持ちかけた。


「その上で、どうでしょう。あなた方は我々日本にセーレン国内における日本軍駐留権と治外法権、さらに免税特権、及び資源採掘権を認める。その代わり、我々日本国はその対価として、基地の戦力を以てセーレン王国防衛の義務を負うというのは?」


「!?」


峰岸はヘレナスに安全保障条約の締結を提案する。


この世界でも安全保障条約という同盟形態は存在するが、一国がもう一方の国の防衛義務を負うという片務的内容なものは希で、それによって他国に国防を依存している国家などは相当な小国家であり、日本を除けば、かつて東方世界最強の島国であったセーレン王国がその様な条約を結ぶなど、第3国やヘレナス自身から見ても想像し得ぬことだった。


「我々の世界では、多国間の相互防衛が非常に重視されており、安全保障条約を結んだ庇護対象の国家に自国の軍隊を駐留させるということは普通に行われていました。

それに国防を我が国に一任すれば、軍の再建に必要な軍事費を他の復興費に回すことも出来ましょう。貴方方にとっても悪くない話では?」


峰岸は“世界の警察”アメリカが、日米安全保障条約や米韓相互防衛条約など、かつて自らの陣営に属す国々に自国軍を設置していたことについて語った。


「これも1つの新しい同盟の形と思って頂きたい」


「・・・」


その後、結論としては日本側の要求と提案が全て通されることとなり、日本とセーレン王国の会談は終了した。


〜〜〜〜〜


クーデタによって「西迎苑」に軟禁されていた皇族貴族の議員・閣僚たちは、暫定政府と総督府による捜査の後、公職を追放される者と処罰が保留される者に選別された。主戦派として、徹底抗戦や抗日を叫んでいた者は公職から堕とされ、加えて財産の多くを没収されるという憂き目に遭い、その富と力を容赦無く削ぎ落とされた。

そして彼らの失脚により空いた数々のポストには、処罰を免れた講和派議員や、議員となるほどの地位に居なかった者、また各局の局員の中から、暫定政府によって選ばれた者たちが就くことになった。

その後、新生帝国政府と総督府の間で初めて話し合いの場が設けられることとなった。



3月21日 「いせ」艦内


「今後の政策の要項が完成しました。」


双方の参加者たちが長机を挟み、見つめ合う中、“総督”後藤が部下に配布させた資料には次のことが記載されていた。


1,奴隷制の廃止

2,全属領・属国の完全独立

3,既存の軍隊の解散(必要最低限の警備能力は除く)

4,賠償支払い

5,民主的・人道的な法律の制定

6,皇室の存続

7,手始めに上流階級の子女を対象とした教育改革

8,日本国との友好


「!?」


帝国側の参加者は皆、目を疑う。要項2、3、4はすでに共同宣言の中で提示されていた内容だが、初見の要項1を実施すれば労働力が不足し、国力を維持出来無くなってしまう。


「属国属領の放棄に加え、奴隷制の廃止ですか・・・。今後、一体どのようにして労働力を確保しろと?」


暫定政府宰相のマイスナー=コーパスクルは、日本が提示した要項を全く理解出来なかった。


「賃金を払って正式な労働者として雇えば良いでしょう。我が国では奴隷は御法度です。故に、要項5に関連する内容ですが、法の改正を行う際に“奴隷的拘束と苦役の禁止”を盛り込んで頂きます」


後藤は冷たく、淡々と答えた。


「しかし、奴隷は国家所有のものだけで無く、ほとんど全ての皇族貴族、または豪商が農奴として、または身の回りの世話をさせるため、個人財産としての奴隷を保有しております・・・。その様な法を作っては国内全ての皇族貴族を捕らえねばならなくなりますが・・・」


サヴィーアは奴隷制禁止が施行された場合の不安点を述べる。


「遡及裁判は我が国では御法度です。故に、この“遡及の禁止”も法に取り入れて頂き、新たな法を公布する前に、個人所有の奴隷については放棄するか、正式に使用人や労働者などとして雇い直すか、それともルームシェアの同居人とするか・・・等々、新たな法に抵触しない形をとるように国民に通告して下さい。

奴隷制廃止が施行される時には、国であれ個人であれ、全ての奴隷の所有権は無効となり、違反する者は刑罰対象となります」


日本側の参加者の1人、法務官僚の赤樫がその対応について説明する。


「ただ、もちろんそうなった場合、奴隷という“所有物としての人間”は無くなりますから、暴力を振るう、売りに出す等の行為は厳禁となりますがね」


赤樫が注意点について補足した後、サヴィーアはさらなる不安点を口にする。


「しかし、放棄された元奴隷が浮浪者として大量に流出する可能性が・・・」


「我々もそれについては対処を考えております。それについてはまず賠償金についての説明をせねばなりません・・・壱川くん」


「はい」


後藤に名を呼ばれた外務官僚が、クリアファイルの中から書類を取り出す。


「こちらが、我が国が求める賠償金になります・・・」


壱川は金額が書かれた書類をサヴィーアや他の代表者たちに渡す。突如議題を変えたことを不審がりながら、アルティーア側の面々はその書類に目を通す。


「じゅっ・・・14億7981万デフール!!?」


法外な提示額に暫定政府の参加者たちは腰を抜かす。


「デフール」はアルティーア帝国内において鋳造される最高額の貨幣である。総重量20g・金含有率70%の良質な金貨で、金相場を1g4,600円前後と仮定すれば1枚で64,000円を超える額になる代物だ。一般的な商取引に使用されることはあまり無く、主に貯蓄や巨大な商取引に使用される。

すなわち14億7981万デフールを出せ、とは2万トンを超える量の金を用意せよという意味なのだ。

ちなみに一般的に使用される貨幣で最高額のものはデフールの下位の「デルテール」で、総重量10g、金含有量60%の金貨である。同様に計算すれば日本円にして27,000〜28,000円くらいの代物ということになる。


もちろん、これらはアルティーア帝国の金貨を「お金」ではなく「金品」として日本国内で売却した場合に算出される値だ。実際の為替レートを計算すれば、より違った値になると考えられるが、アルティーア帝国と日本の間には現在正式な貿易関係が存在しないため、このような算出方法を採るしかなかったのだ。


「そ、そんな! 大陸中をかき集めても、そんな大量の金を用意することなんて出来ません! それに奴隷制を廃止してはそもそも金鉱が掘れなくなります!」


「それは先程も申した様に、元奴隷を正式に雇い直せば良いでしょう」


動揺する財務局大臣パイニール=サーカディアンに、後藤は冷たく言い切った。


「・・・この世界での戦争の例を参考にして、我が国の金相場に合わせて計算したのです。もっとも年間国家予算の数倍という破格ではなく、同じ程度の額ですがね」


「!?」


金2万トンに相当する金額が一国家の年間予算と同じ。騒然とする帝国の参加者たちに、後藤はさりげなく日本とアルティーア帝国の間の、隔絶された経済力の格差を誇示する。


「しかし・・・この額は・・・とても用意出来るものでは・・・」


宰相マイスナーは弱々しく述べる。


「まあ、そうでしょうね・・・。」


予想通りといった表情を浮かべる後藤は、次の提案を示す。


「もし、我々の提示する条件を飲んで頂ければ、減額の措置を採る用意があります。その場合は我々が請求する賠償額は、貴国の通貨にして4657万デフール、日本円にして約3兆円になります。

今回の戦争で日本政府が拠出した戦費だけでこの額です。これくらいは出して貰わねば日本国民も納得しない」


この場合用意するべき金は650トンになる・・・が、それでも多いと言わざるを得ない。しかし2万トンの金を用意するよりはずっとましだろう。


「して、その条件とは!?」


サヴィーアが後藤に問いかける。他の参加者たちも彼の言葉に一様に耳を傾ける。


「・・・賠償額減額の条件は“ヤワ半島の割譲”とその他帝国本土領域の“すでに開発されているものを除く地下資源の調査採掘権”を日本国に対して認めることです」


「!」


静かに口を開いた後藤から発せられた条件は、これまた彼らにとってとんでもない要求だった。


「我が国で使用する鉄の4割はヤワ半島で生産されているものなのですよ! それに属領とそこに存在する権益を放棄する事が決定している今、ヤワ半島は我々にとって手放せるものではありません!」


「今後は日本の企業が作った鉄鋼を輸入すれば良いでしょう? 我々の製鉄技術は貴方方のそれを大きく凌駕している。今後はより高品質の鉄が手に入りますよ」


熱くなるマイスナーに、後藤は再び冷静に切り返す。


「・・し、しかし・・・鉄はそれで良いとして・・・、属領を失う上に本土全域の資源採掘権とは・・・ちょっと・・・」


後藤の提案にサヴィーアも苦言を呈する。


「今後、我々が新たに見つけたものに限り、日本に所有権があるというだけですよ。もちろん我が国の政府や企業が派遣する資源調査団については、帝国内を自由に動き回れる権利を持つものとします」


「では割譲するヤワ半島を除き、すでに我が国が開発している鉱山には手は出さないということですか・・・」


「ご名答。その通りでございます」


サヴィーアの問いかけに後藤はうなずく。


「日本によって開発される新規の鉱床については、現地人を雇用する計画になっております。また今後、帝国に商業領域を拡げるであろう日本企業によっても、あらゆる雇用が生み出される故、確かに路頭に迷う解放奴隷が激増する可能性はありますが、それは一時的なものになるかと・・・」


元奴隷として大量に出現する格安の労働力は、日本企業にとってはとても魅力的な存在だ。すでに日本企業の中には帝国に進出する計画を立て、早くもその準備を行っているところもある。具体的には、戦争の終結後に主戦派から没収された土地、もしくは新たに開拓された農地にて日本向けに輸出する農作物を育てる、政府同様新たな鉱山を見つけ、日本向けの鉱石を採掘する等々。それらには多くの労働力が必要になるし、また都市で商業活動を行う際にも労働力は必要となる。


「・・・」


一部領土と、まだ見つかってもいない様な地下資源を差し出せば、賠償金の97%を免除し、尚且つ敗戦によって疲弊し、また奴隷制の廃止によって混乱するであろう帝国経済に数多くの雇用を生み出してあげますよ。後藤ら総督府は暫定政府にそう言っているのだ。


「・・・承知しました。その条件を受け入れます」


他に選択肢は無い。サヴィーアの言葉に他の参加者たちも何か異を唱える様子は見せない。


「ご理解頂けたようで幸いです。日本企業が進出した折りに必要と思われる、各租税についての協議はまた後日行いましょう。さて次に、要項6についてですが・・・」


後藤は他の要項について議題を移す。


「皇室については、サヴィーア殿下に正式に皇位に就いて頂き、今後も存続とします」


皇家存続がすでに決まっていたことに、暫定政府側は安堵する。


「但し、国家の主権は公選による議会にあるものとし、皇帝の権限については制限を敷きます。また先程も述べた通り、要項5の”法の制定”、また要項7の”教育改革”については、今後総督府の監督の元に行って頂きます」


後藤は他の要項について、その概要を告げる。

その後、この日の会談は閉幕し、帝国暫定政府は総督府の監督の元、新たな国家的事業に漸次着手していくこととなる。



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