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戦後 弐

20話ぶりくらいの再登場キャラが出てきましたが、わかりますかね(笑)

2月24日 シオン自衛隊基地


日本から出発した「いせ」が、ここに収容されている捕虜を乗せるためにシオンの港に寄港していた。



基地司令室


「わ、我々は国に帰れるのですか!?」


アルティーア軍将軍であるテマは、鈴木の発した言葉を聞き返す。


「当然ですよ。いつまでも置いてはおけません。ここは宿屋じゃあないのでね」


鈴木は湯飲みをすすりながら答える。プレハブで作られた収容所は飽和状態であり、自衛隊は隊員の食糧を削りながら、彼らの食い口を養っていた。自衛隊にとってみれば、やっかい払い出来て清々したという思いだろう。

驚くテマに、鈴木はすでに帝国へ向かう迎えの船がもうじき着くことを伝える。


その後、帰国の一報は捕虜となっていた兵士全員に伝えられた。5000人の帝国軍兵士たちはその一報に歓喜する。


そしてこの日の夕方、「いせ」がセーレンに到着した。艦から港に下ろされたタラップより、身支度を整えた5000人の元捕虜が自衛隊員の誘導を受けながら、列を成して乗り込んで行く。

艦に流れ込んで行く部下たちを眺めながら、基地司令の鈴木と元将軍のテマは最後の会話を交わしていた。


「本当にお世話になりました。貴方方にはなんとお礼申し上げたら良いか・・・」


繰り返し感謝の言葉を述べるテマ。


「いえ、これは義務ですから」


鈴木は微笑みながら言葉を返す。


「ここで見聞きしたことの全ては、私にとって大きな糧となりました。今後は捕虜を末端の一兵士までも厚遇する貴方方の慈愛を、志として生きたいと思っています」


鈴木の手を握りしめ、 テマは別れの言葉を告げた。

最後に「いせ」に乗り込む彼の後ろ姿を、鈴木は黙って見つめていた。5000の人の群れは、大量の布団が用意された「いせ」の格納庫内に収められた。艦の中の巨大空間を見上げる兵士たち、彼らは4日後故郷の大地に足を付けることになる。


〜〜〜〜〜


2月28日 アルティーア帝国 首都クステファイ 港


クステファイに着港した護衛艦「いせ」から階段をおりて、日本政府より派遣された役人たちがアルティーアの地を踏みしめた。


「左遷か栄転か・・・どっちか分からん。」


防衛省事務次官 後藤嘉人


今回帝国暫定政府の監督を行うにあたって設置が決まった「アルティーア帝国総督府」の総督として、彼に白羽の矢が立ったのだ。


階段をおりた先には、上陸作戦に参加した2000人近い自衛隊員と海兵隊員たちが隊列を組んで後藤の到着を待ちかねていた。そして彼らと「いせ」から降りた役人たちとの間にはテーブルと椅子が場違いのようにぽつんとおかれていた。


自衛官の1人、上陸部隊司令の任に就いていた秋山武史一等陸佐が後藤に駆け寄り、耳打ちする。


「まもなく、アルティーア帝国代表団の方々がこちらへ到着されます。」


「分かった。」


しばらく待つと、豪華な外装の1頭立ての馬車2台が後藤たちの前に現れた。その中から、2人の男女と少数の護衛からなる代表団が降りてくる。


「アルティーア帝国暫定政府代表サヴィーア=イリアム殿下、次いで外務局大臣代理ヘリング=アイレット氏がお着きになりました。」


秋山が彼らの素性を官僚たちに説明する。馬車から降りたアルティーア帝国代表の2人は自衛官の説明を聞きながら、その足をテーブルへと運ぶ。後藤を含め、国の代表である3人の距離は徐々に近づいていく。


「初めまして。サヴィーア殿下、そしてヘリング殿。日本国防衛省事務次官の後藤嘉人と申します。」


軽い自己紹介と挨拶を話すと、後藤は握手のため右手を差し出す。


「初めまして・・・。アルティーア帝国第三皇女サヴィーア=イリアムと申します。」


サヴィーアは後藤の手を握り返す。

戦勝国の代表という立場でありながら礼を尽くす彼の様子をサヴィーアは意外そうに見つめた。


「では早速ですが調印の方を。」


後藤が指し示した例のテーブルの上には書類が置かれていた。題目は「停戦協定」、事実上の降伏文書である。すでにセーレン王国代表ヘレナスと極東海洋諸国連合代表アメキハの署名は終えてあり、あとは日本代表とアルティーア帝国代表の署名を待つのみとなっている。


最初に署名したのは日本政府代表 後藤嘉人、その後サヴィーアとヘリングが順に座り署名を終える。港や「いせ」から自衛官と役人たちが見守る中、停戦協定、事実上の降伏文書の調印が終了した。


「これでようやく、貴国と我が国の間で正式な終戦を迎えることが出来ましたな」


客観的事実を淡々と述べる後藤。当然ながら敗戦国代表の2人の顔は暗い。

その後、「いせ」から降りた役人の1人である外務官僚 東江義隆が代表3人の前で今後の予定を説明する。


「早速ですが日本政府は本日をもって、この護衛艦『いせ』に『総督府』を設置します。なお、日本政府により任命される総督は、アルティーア帝国内において帝国政府や皇族の上に立つ存在だということをお忘れのないようにお願い申し上げます。」


いよいよ他国の支配を受けるのか・・・。東江のこの言葉にサヴィーアはアルティーア帝国の敗戦をひしひしと思い知らされた。戦争の幕引きを宣言したのは自分だが、いざこの日を迎えると、かつて7大国の一として世界に名を馳せた母国の凋落を強烈に実感することとなった。


「・・・はい、承知しています。」


少し弱い声でサヴィーアは答える。


「占領政策や賠償金などの詳細については後日お伝えします。」


その後、調印式は解散となり、各隊員と官僚たちはそれそれの持ち場へと戻り、サヴィーアとヘリングは自らの屋敷へと戻ったのであった。

また、格納庫内に収められていた元捕虜たちは、タラップを降りて、ついに故郷の大地へと足を付けた。


そして「総督府」設置のニュースは瞬く間に帝国国内に広まって行くのだった。


〜〜〜〜〜


翌日 「いせ」艦内 多目的区画 アルティーア帝国総督府


政府より派遣された官僚や省庁幹部が「いせ」艦内に設けられた会議室に一同に会していた。


「日本政府が示した指針として、占領政策の大まかな内容についてはGHQの占領政策をモデルとして行う予定となっております。」


会議進行役の東江が政策の概要を説明する。

日本政府が総督府に要求した占領政策の内容は、軍事裁判、身分制の廃止、法改正、既存の軍の解体、教育改革、親日政権の樹立等々、とても1年やそこらでは終わらない量だった。


「必要経費についてはご存じのことと思いますが、停戦協定において帝国側がその多くを負担することになっています。」


予算の心配は要らないことを前もって述べた後、会議は本題へと入る。


「では、現段階で決まっている、1つ1つの具体的内容を説明致します」


東江が語り始めたのは、まず戦争犯罪者の処遇についてである。具体的には以下の通りだ。


戦中に閣僚や上級役人、軍指揮官の職に就いていた者たちは今後の総督府による捜査結果に基づき、公職から追放処分、すなわちクビにすることを処罰とし、実際には裁判にかけない。また、それにより空いてしまう閣僚のポストに就く者の人選については、暫定政府に一任する。

実際に裁判を行う対象については、アネジア王国やセーレン王国における卑劣行為や嶋外交官殺害などの凶悪犯罪を行った者に限り、彼らに関しては日本国の法に則り、裁判を行う。

なお、クーデタ軍を率いた元軍事局大臣のシトス=スフィーノイドについては、戦争の終結を早めた功績を認め、恩赦とする。


ここまでの説明を終えた東江は、湯飲みの茶を一口含み、喉を潤す。その後、質問が出ないことを確認すると、次なる課題へと説明を進める。


「身分制度の廃止、これは状況を見て慎重に行いましょう。場合によっては残した方が良いかも知れない。ただ、終戦直前まで徹底抗戦を率先して主張していた主戦派の議員たちの財産は没収という形をとり、政策費用に充てます」


身分制度の是非について軽く説明を終えると、東江は次の課題へと進む。


「次に属領の扱いについてですが・・・。」


東江は語りを続ける。


属領は属国同様、独立させることになっている。共同宣言の内容も逓信社によって公開されているため、これは変えようの無い決定事項だ。

実際、属領民は独立に沸いている。日本にとっては、ただのやっかい払いでしか無いが、帝国に虐げられて来た彼らの記憶には“日本国”という名は独立の救世主として刻まれていた。しかし、ここにある問題が生じていた。


「傀儡としてですが、現地住民による統治機構が残されている属国の独立は問題無いと思われます。ですが帝国から派遣された知事によって統治されていた属領は為政者を失うことになり、結果として政治が混乱した状態になってしまうと思われます」


東江の言葉に、後藤は少し間を置いて反論する。


「・・・と言っても属領は範囲が広く、その統治は少々負担が大きすぎる。それに帝国の敗戦と共同宣言の公開を受け、属領の多くではすでに本来の為政者の子孫や血筋を引く者を立てて、新政府樹立を宣言しているという。彼らは今更我々が、政治が混乱するだろうからやはり管理します、と言ったところで反発するだけだろう。」


「たしかに、自衛隊を広大な属領全域に派遣するほどの余裕はないですね。」


後藤の発言に防衛官僚の1人 加治原良樹が共感する。


「しかし、一部の元属領では為政者を名乗る者が乱立し、紛争状態となっております。」


「・・・局地紛争にいちいち関与してやる必要もないだろう。」


「・・・・」


後藤のこの一言に、これ以上何も言うことは出来ない東江は次の課題へと話を変える。


「奴隷制についてはどうしましょうか?」


「当然廃止だろう。そんな非人道的制度を残せば政府も世論も納得するまい。」


後藤の即決に会議参加者も一様にうなずいた。


「しかし、鉱山採掘はこの世界では大体奴隷の仕事です。それを廃止すれば賠償金として受け取る金貨が鋳造出来なくなるのでは?」


「ただ、金欲しさに奴隷制の廃止を延ばせば、間違いなく国内世論の反感を買う。賠償金の支払い期限については少々長めに設けて、帝国政府には元奴隷を正式に労働者として雇わせて、金の採掘を行わせよう。どうせ、資源採掘権を認めさせることを引き替えに、請求する賠償額は減らすことになるからな」


「わかりました。では次ですが・・・。」


東江は説明を続ける。その後詳細について討議するために行われた政策会議は、1日6時間計6日にも及んだ。


〜〜〜〜〜


3日後 首都 市街地


「くぁ〜、疲れた・・・」


「全くだ、本省にいた時よりもきついぞ」


疲弊した様子で街を歩いているのは、日本から派遣された2人の官僚である。名は壱川吉利と大河内忍。2人とも外務省の官僚だ。

激務に愚痴をこぼしながら街の中を歩く2人。外の空気を吸うことで、次なる仕事への英気を養っていた。


その時・・・


「お客さん! 困ります!」


「?」


町中のある店で言い争う声が聞こえた。2人は声のした方へ視線を向ける。


「ただいま満席でして、少しの間お待ち頂くことになりますが・・・。」


どうやら、満席の酒場に3人の男が無理矢理入ろうとしている様だ。


「何だ、ただのクレーマーか。どこの世界にもいるもんだな」


大河内はあまり興味がなさそうにつぶやく。


困った客の対応に四苦八苦する店員。すると、3人のクレーマーは彼を押しどけながら、無理矢理店のなかに入って行った。3人は店の中を見渡すと、何かを見つけたように5人の男女が座っている席へと足を進めた。


「開いてない? いや、ここに席はあるだろう?」


すでに5人が座り、満席となっているその席を指さしながら1人の男が発したその言葉に、店員とその席に座っていた客は首をかしげる。その時、クレーマーの男がいきなり席に座っていた女性客の髪を掴んだ。


「!?」


「極東の未開国に敗戦した三流国家のアルティーア人が、椅子を譲らぬとは何事だ! どけ!」


直後、その女性は髪を引っ張られ、椅子ごと床に倒された。


「きゃあああ!」


彼女の身を案じ、同伴の男性客の1人が席を立ち、女性に駆け寄る。いきなり起こった騒ぎに、他の客たちも一斉にその視線を彼らの方へ向ける。


「・・・! いきなり何をする!?」


3人のクレーマー男に、もう1人の男性客が声を荒げて問う。しかし3人は、にやついた顔を浮かべながら何も答えない。


「くそ・・・、今まで帝国の属国民だった連中がいい気になりやがって・・・!」


女性に駆け寄っていた男性客が、悔しさを込めた目で3人を見上げる。



「うわっ、えげつ無えなぁ・・・」


「・・・」


大の男が女性に容赦無く暴力を振るう様子に、大河内は引いていた。その時、無言でその様子を見ていた壱川が、一触即発の事態に発展しそうな酒場の中へ向かって突如走って行った。


「おい、ちょっ・・・待て!」


大河内は彼を呼び止める。しかし、聞く耳を持たない壱川は3人のクレーマー男のもとへ駆け寄って行く。


「おい、何をやっているんだ。君たち! やめないか!」


正義感全開の台詞を述べる壱川。突如現れた灰色スーツの男に、店の中全ての視線が集まる。


「ああ!? 何だ、お前?」


クレーマー男たちは、彼らからすれば奇妙な衣装に身を包んだ男の顔を、なめ回すようにのぞき込む。


(ええ〜、あいつ何やってんの!? 俺たちがこんなところで乱闘騒ぎに関わっちゃまずいって!)


突飛な行動に出た同僚に大河内は頭を抱える。

そんな彼の心配をよそに、壱川はクレーマー男たちに対して自らの素性を述べる。


「私は“極東の未開国”、日本の外務省から総督府に派遣された壱川良利という者だ。」


日本人。帝国を打ち破った国の民の登場に、3人の男はぎょっとした様子で壱川を見た。


「これはこれは、あの大国ニホンのお方でしたか・・・。こいつはとんだ失礼を。」


いままでの大きな態度も何処へやら。壱川の正体を知った3人のクレーマーはそそくさと酒場を退散して行った。


「大丈夫ですか?」


壱川はクレーマーにからまれていた店員と客の身を案ずる。


「あ、ありがとうございます・・・」


床に倒された女性は壱川に感謝の言葉を述べる。しかし、彼女たちの顔にはクレーマーに対するものとは別種の恐れの感情が浮かんでいた。


「?」


「おい、聞いたか?」

「あれがニホン人・・・」

「首都警備隊の生き残りが”悪魔”だって言ってたぜ・・・」

「『総督府』の人間だってよ・・・」


周りをみれば、突如現れた戦勝国の役人について皆がひそひそ話をしている。首都上陸作戦にて圧倒的な破壊と虐殺を行った日本。それは首都市民である彼らにとってみれば、少し騒ぎを起こしたクレーマーなんてすぐにかすむ程の恐怖の対象だったのだ。

遅れて店に入って来た大河内が、その様子に少し呆然としていた壱川の肩を掴む。


「行こう、壱川。ここはどうやら俺たちにとってもアウェーらしい」


同僚に手を引かれ、酒場の一騒動を収めた官僚はその店を後にする。


〜〜〜〜〜


「いせ」 艦内


経済産業省資源エネルギー庁の役人、瀬口と真鍋の2人が アルティーア帝国産業局から押収した資料を読み漁っていた。


その題目は“鉱床目録”


アルティーア帝国領内とかつての属領・属国に存在するすべての地下資源についてまとめられた資料である。鉱山の所在、産出する資源名、年間産出量などが細かくまとめられていた。


「う〜ん、これ何て読むんだっけ?」


瀬口は読んでいた頁を指でキープしながら、脇に置いていた翻訳書へと手を伸ばす。2人はこうして、見たことも無い文字を、簡易的な翻訳書を片手に片端から読んでいた。文字や書き言葉の翻訳がある程度進んでいるのは、話し言葉の垣根が無いおかげだ。


「おい、これ見てみろよ!」


慣れない作業に苦戦する瀬口に、真鍋は自身が解読していた目録のとある頁を指さす。そこにはこう記されていた。


“属領 カシイート ピエールキ鉱山 出土:ガラス着色剤鉱石(黄色、緑色)”

“属国 トミノ王国 ヨーヒム鉱山 出土:ガラス着色剤鉱石(黄色、緑色)”


「こいつは・・・!」


瀬口は驚く。もしかしたらこれは・・・


このことはすぐに、総督府の長である後藤の耳に届けられるのだった。


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