ダウンフォール 壱
2月16日 10:00 アルティーア帝国 ヘムレイ湾
ヘムレイ湾のほぼ中央に陣取っていた日米合同遊撃群首都攻撃隊9隻は、首都への進撃を開始し、首都クステファイの沿岸からすでに35kmのところまで接近していた。
「もうすぐ首都へ到達する。各上陸部隊はぬかりなく準備せよ!」
艦隊各艦に響くアナウンス。ついに迎えた最終作戦。参加する各員の表情は階級に関わらず、緊張感を湛えていた。
日米合同遊撃群首都攻撃隊 総司令 長谷川誠
航空母艦(旗艦)「あかぎ」
強襲揚陸艦「しまばら」「おが」「こじま」
護衛艦「きりしま」「たかなみ」
駆逐艦「ベンフォールド」
巡洋艦「チャンセラーズビル」
ドック型揚陸艦「トーテュガ」
首都クステファイ 沖合25km
首都へと続く海上、ガレオン船ほどは大きくないが、全長30mくらいはある首都警備隊海上部隊の軍船が哨戒活動にあたっていた。
「巨大艦、発見!」
兵士の1人が東から突如迫ってきた灰色の巨大艦隊を発見する。そこに現れたのは、この世界のどの国が所有するものとも違う異形の姿。ただ一カ国を除けば。
「ニホン国の艦かと思われます!」
「至急首都に連絡! 総員戦闘体勢を取れ!」
ついに現れた敵。首都への侵入を阻止するため、海上部隊の兵士たちは迎え討つ体勢を取る。
「敵艦、発砲!」
突如、砲撃音が海上に響くと共に、日米の首都攻撃隊9隻のうち、4隻の前方に取り付けられている砲が閃光を放った。
「ばかな、まだ遠すぎるぞ!」
その時、前方を進んでいた軍船が次々と木片を巻き上げながら沈没する。
「な、なんだと!」
海上部隊隊長プラーク=スカベンジャーは、視覚情報として入って来たものが信じられなかった。逓信社の報道により、前情報として日本軍の実力についてはある程度頭に入っていたが、実際に目の当たりにすると、自分たちとはあまりにも隔絶された、次元の違う攻撃力の差に絶望する。
「これが・・・現実なのか・・・?」
目の前で繰り広げられる遙かなアウトレンジからの、反撃の余地もない一方的な殲滅。隊長プラークは次々と海の藻屑に消えて行く部下たちの悲鳴を耳にしながら力なくつぶやいた。
〜〜〜〜〜
「たかなみ」 艦橋
「敵船発見!」
日米合同遊撃群の方でも、首都警備隊の軍船を見つけていた。
「たかなみ」 戦闘指揮所
「旗艦より連絡! 艦砲、発射せよ!」
「あかぎ」からの命令が全艦に届けられる。上陸部隊の妨げになるものは全て排除しなければならない。
「艦砲用意!」
砲雷長 高橋三佐の命令を受け「たかなみ」の砲が敵の軍船を標的に捉える。
他にも、今回の首都攻撃隊に参加している「きりしま」「ベンフォールド」「チャンセラーズビル」、合計して4隻の艦砲が、その弾道上に首都警備隊の軍船を置く。
「撃ち方始め!」
艦砲を搭載する4隻から繰り出される無慈悲な砲弾の雨にさらされ、首都警備隊海上部隊の軍船は破片を飛び散らせながら次々と沈んで行く。一時間もかからず、首都への航路を護る船団は全滅した。
「敵海上戦力の排除完了」
数十分後、首都警備隊海上部隊の全滅を確認した「たかなみ」の航海員たちは、すでに目視出来るほどに接近していた首都へと目を向ける。
「あかぎ」 戦闘指揮所
「そろそろ時間だ。全部隊に作戦開始を伝えろ!」
長谷川の命令を受け、上陸部隊発進のコードが全部隊へと発信された。
「日ノ出ハヒロシマト、ムロラントス!」
その通信を合図に、すでに海水の注水が完了していた「しまばら」のウェルドックから水陸両用強襲輸送車20輌と、「おが」「こじま」「トーテュガ」からはエアクッション揚陸艇9隻、そして上陸用船艇4隻が、10式戦車6輌と各種車輌や歩兵団からなる陸自水陸機動団と米海兵隊合同の上陸部隊“第一陣”、計1000人前後の人員を乗せ、帝国の首都クステファイの海浜へ向けて進軍を開始した。
さらに「しまばら」「おが」「こじま」から陸上自衛隊のコブラとアパッチ、そしてアメリカ海兵隊第1航空団のヴァイパーとツインヒューイの計24機が、港へ向けて飛び立ったのだった。
〜〜〜〜〜
首都クステファイ 海岸部
「敵の首都侵入をなんとしても阻止しろ!」
首都クステファイの沿岸では、港に配置されていた首都警備隊の兵士たちが、哨戒中の船からの緊急連絡と、その直後に音信が絶たれたことを受け、迎撃体勢を取っていた。
海浜では日米合同遊撃群首都攻撃隊の上陸に備えて、大砲やバリスタ、投石機が横一列に並べられ、刀剣やわずかな銃を携えた兵士たちが、首都への進撃を阻む壁のように固まっている。
また、海上部隊の全滅と敵艦の出現を受け、港に設置された陸上第一部隊の仮設テント司令部より、中心街に位置する首都警備隊本部に、敵襲来の緊急連絡を行っていた。
「海より敵軍が接近! 増援求む!」
『何!?』
報告を受けた首都警備隊総隊長リーン=スプレーンは決定を下す。
『国境警備隊竜騎部隊を直ちに海に向かわせる!』
「了解した!」
通信が切れる。その後、市内各地の仮設竜舎から国境警備隊より移動された竜、計20騎が海に向かって出撃した。
〜〜〜〜〜
「きりしま」 艦橋
「この状況下で、未だに抵抗する心を保てることに感動するな」
海浜を固める首都警備隊の様子を双眼鏡越しに眺めながら、「きりしま」航海長の安岡二佐は、敵の諦めの悪さに少し呆れていた。
このとき日米艦隊はすでに首都海岸から15kmまで接近していた。
「敵航空戦力発見!」
先日「しまばら」によって殲滅されたはずの竜が首都から接近する様がレーダーに映し出された。この様子は此度の作戦に参加している日米のイージス艦3隻でも、搭載されているSPYレーダーによって確認されていた。
「あれが、首都警備隊の竜が全滅したことを受けて“国境警備隊”から移された竜か・・・。潜入した海兵隊員によると、20騎ほどいるらしい」
「きりしま」艦長 六谷一佐は旗艦より送られてきた情報を、戦闘指揮所の隊員たちに伝える。
・・・
チャンセラーズビル 戦闘指揮所
「ドラゴンのお出ましだ」
街の方から艦隊に迫って来る竜の群れがSPYレーダーに映し出される様子を見て、ロドリゲス大佐はつぶやく。
「『きりしま』『たかなみ』『ベンフォールド』『チャンセラーズビル』の各艦は対空戦闘用意!」
旗艦より伝えられた命令が戦闘指揮所内に響き渡る。
「艦砲、用意!」
チャンセラーズビルの前方に装備されている5インチ砲が、その砲身を上へと向ける。SPQレーダーに追尾された竜の群れは、砲射撃指揮装置によって寸分違わず目標として捉えられる。
「発射!」
砲術士が発射装置に手をかける。直後、砲撃音が海上に響き渡る。また、他の3隻からも同様に砲弾が発射された。
〜〜〜〜〜
海上
「首都へ到達する前に沈めるんだ!」
20騎の国境警備隊の竜は、海岸と日米艦隊の間を走る水陸両用強襲輸送車と、エアクッション揚陸艇、上陸用船艇、そしてヘリコプターからなる上陸部隊に迫っていた。
その時、敵艦からの砲撃音が彼らの鼓膜を響かせた。
ドン! ドン! ドン! ドン!
少しの間が開いた後、16騎の竜とそれに乗っていた竜騎兵が、人成らざる姿になって海に落ちていく。
「ばかな! 奴らの砲はあの距離から寸分違わず、船だけでなく空を飛ぶ我々をも狙えるというのか!?」
国境警備隊第一竜騎部隊隊長のカスプは驚愕する。海の上を見ると無残な姿で墜ちて逝った部下が海上に浮かんでいた。
「おのれ! 悪魔め!」
直後、砲撃音が響き渡り、残りの竜は撃墜された。海上部隊と部下たちの仇をとるための行動を起こす間も無く、カスプはこの世を去った。
「敵航空戦力全機撃墜!」
各艦のレーダーから竜が消え去る。
その後、何も無かったかのように揚陸艇は首都の海岸へとその進路を進めるのであった。
〜〜〜〜〜
首都 海浜
「敵艦隊に動きあり!」
海浜に集結していた首都警備隊の兵士たちは、艦の中から不思議な形をした船が出てきたのを確認する。それらは轟音をたてながら猛スピードでこちらに向かっていた。
そして空からは奇妙な羽音を轟かせながら、見たこともない飛行物がこちらへ近づいている。あれが逓信社の報道にあった「ヘリコプター」とか言うものだろうか。
「増援の国境警備隊が来たぞ!」
後方から20騎の竜が飛来する。それらは彼らの上空を通過すると、海岸へと近づく敵の揚陸部隊に向かって行った。
「いいぞ! 炎をお見舞いしてやれ!」
誰かが叫ぶ。誰しもが彼らの活躍を祈る。
直後、彼らの期待は打ち砕かれる。敵の艦から砲撃音が聞こえたかと思うと、20騎の竜は瞬く間に全滅した。
「・・・・」
一瞬の出来事にその場にいた誰もが開いた口がふさがらない。
「う、うろたえるな! 必ずつけいる隙はある! 国境警備隊の仇を取るのだ!」
指揮を執っていた首都警備隊第一陸上部隊隊長のオルガは呆然とする兵士たちを鼓舞する。しかし、見せつけられた現実の前に皆の顔は暗かった。
〜〜〜〜〜
首都 沖合の上空
「敵の部隊が上陸予定の海岸に固まっています!」
上空を飛行しているアパッチから通信が入る。
「揚陸艇の安全確保のために、ヘリ部隊は敵を排除せよ」
「了解!」
攻撃命令を受けたヘリ部隊の操縦士たちは、各種武器の発射装置へと指をつける。
「対地ミサイル発射!」
直後、各ヘリコプターの兵装パイロンから、ヘルファイアまたはTOWといった空対地ミサイル、及びハイドラ70ロケット弾が首都警備隊に向けて発射された。
〜〜〜〜〜
首都 海浜
「敵の飛行物をよく引きつけろ・・・。有効射程に入り次第、発砲せよ!」
羽音を響かせながら首都の海岸へ近づくヘリコプター部隊。それらを迎撃し、首都上空への侵入を阻止するために、首都警備隊の兵士たちはあらゆる飛び道具の発射準備をしていた。
その時・・・
「何だ、あれは!?」
まだまだこちらの射程には届かない地点から、敵の飛行物より、火を噴く槍が海浜に向かって発射された。それも一発ではない。24機全てから1発ずつ、計24発の対地ミサイル及びロケット弾が兵士たちへ襲いかかったのだ。
「た、退避!」
隊長オルガは本能的に身の危険を察知した。発せられた退避命令を受け、火を噴く槍から逃れるため、海浜を固めていた兵士たちはちりぢりになって逃げ出す。
「うわあああ!!」
時すでに遅し。対地ミサイルの群れは彼らを襲撃した。
・・・
「敵の部隊は離散した。市街地へ逃げ込む前に殲滅せよ!」
指揮系統を失った敵にヘリコプター部隊は機関砲とロケット弾による追い打ちを食らわせる。
「た、助けてく・・・!」
「ぎゃあぁ・・・!」
何度も繰り替えされる炸裂とともに、兵士たちの肉片が宙を舞う。
助けを請う叫び声、それらをかき消す機関砲の発射音、ロケット弾の爆発音。これら全てが交わった巨大な雑音が、海岸を覆っていた。海岸付近の住民たちは、浜で行われている一方的な惨殺を、震えながら見ている。
浜の上に約3000人の骸が築かれたのは、それから約30分後のことだった。
その後、ヘリコプター部隊の掃討終了に合わせて、揚陸艇群が首都クステファイの海浜に上陸した。
海の上を走る勢いそのままに、ホバークラフトであるLCAC9隻と水陸両用強襲輸送車20輌が首都の海浜に突っ込んだ。続けて上陸用船艇LCM-6 4隻が浜に乗り上げる。
「総員、上陸開始!」
LCACやAAV7、LCM-6の中から姿を現したのは、大地を振るわせる6輌の10式戦車に加え、各種車輌、そしてあらゆる武器を携えた1000人の上陸部隊であった。
部隊や戦車、車輌の揚陸を終えたLCACは、上陸部隊第二陣を上陸させるため再び海に転身し、4隻の艦へと帰って行く。
「東の海岸からの上陸を完了、速やかに市街地に入る」
迅速に隊列を成した上陸部隊第一陣は、首都中心部へ向け、港から皇城へ続く大通りに向かって進軍を開始した。
首都警備隊の全滅を目の当たりにした海岸付近の住民たちは、全てが自分たちの想像を越える異世界の軍隊の上陸に、家に閉じこもり、ある者は毛布の中に身を潜め、ある者は我が子を護るようにして抱きかかえ、上陸部隊の進撃に対して、恐らくはその生涯で初めて味わう程の恐怖心を抱いていた。




