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3人の企み

マックテーユ陥落から2日前 首都クステファイ とある建物


「いつまで待たせるつもりだ?  “ある方”とは一体誰のことだ!?」


収監、そして死刑から助け出されたのはいいものの、酒屋の地下に丸1日監禁され、自分と話をしたいお方というのも現れない。シトスの不安と不満は増大していた。


その時、酒屋の一階から兵士が勢い良く階段を降りてきた。


「お見えになったぞ!」


「!」


兵士が入って来た直後、階段から降りてくる靴音。

とうとう来たか。仮にも恩人、思案しても思い浮かべられなかったその正体がシトスの前に姿を現した。


「ごきげんよう、シトス殿」


「サ、サヴィーア殿下!」


予想外の人物にシトスは驚愕する。


「お待たせしてしまって申し訳ありません。少し時間が取れなかったもので」


「い、いえ。私もお救い頂き感謝しております・・・が、なぜ殿下が帝国軍の兵士を動かしておられるのですか!?」


シトスは疑問をぶつける。全ての軍は皇帝、それを補佐する軍事局の統帥下にある。少なくとも、サヴィーア皇女に動かせる軍隊は無いはずだ。


「彼らは、ニホンとの初戦闘であるロバーニア沖海戦から命からがら逃げ延びてきた3隻の軍艦に乗船していた兵士たちです。

ズサ艦長ゴルタ=カーティリッジ佐官を始め、3隻の艦に乗船していた上位武官たちは現在、精神の異常を疑われたため、自宅謹慎の憂き目に遭っております。それ故、彼らは私に部下の兵士たちの指揮権を非公式に譲渡することで、自らの意志を私に託したのです」


「彼らの・・・意志・・・?」


「ニホンとの“終戦”です」


「!」


皇女の言葉にシトスは驚く。


「貴方をここにお呼びしたのは他でもありません。貴方が持つニホン国とのパイプと情報が必要だったからです」


「ニホン国の情報?」


「“自軍の駐留”・・・、他に彼らはどのような要求をしてきたのでしょう?」


「!」


日本からの講和提示、実際には降伏勧告であったその内容を、確かに彼は元老院の場でかなりぼかして説明していた。


(お見通しという訳か・・・。確かに、勝ちが決まっているような側が、敗戦目前の敵国に対して自軍の駐留“だけ”を求めるというのも不自然な話だ)


日本国からの降伏勧告の内容について詳しく知るのは、シトスと降伏勧告が伝えられたことを報告してきた局員 カミナくらいである。


(とりあえずクラウゼかセッタ・・・クラウゼで良いか。あいつに連絡を取って、カミナに“こちらに至急来い”と伝えさせよう・・・)


「軍事局の海軍長と連絡を取りたい。“貝”を貸してくれないか?」


降伏勧告が記された例の書類をここへ持って来させるために、彼に何とか連絡を取らねばならない。シトスはそばに立っていた兵士に信念貝を持ってくるように頼む。


「それはなりません」


「?」


「昨日、軍事局全体に捜査の手が入り、海軍長クラウゼ=サイロイド殿と陸軍長セッタ=パラクリン殿、そしてニホン侵攻艦隊との通信を担当していた局員を含め多くの者が、イロア海戦結果隠匿の共犯を問われて、現在収監されております」


「・・・・!」


軍事局全体を対象とした大規模な処罰、確かにそれをちらつかせて局員を脅したりはしたが・・・実際に、それもここまで早期に行われるとは。

腹心の部下たちの失脚により完全に軍事局との繋がりが絶たれてしまい、シトスは軍の最高職から、本当にただの一脱獄囚に成り下がってしまっていた。


「仕方ありません・・・。私が書き記します」


シトスは紙とペンを持つと、日本政府より送られて来た降伏勧告の内容を書き記し始めた。


「よく覚えていますね」


迷い無く筆を動かすシトスに、サヴィーアは本当にそれで大丈夫なのか、またごまかしていないかという含みを持たせて尋ねる。


「自分で言うのも何ですが、伊達に大臣職に就いていた訳ではありませんよ」


数分後、


「これが、ニホン政府が我が国に提示した“実際”の文書内容です。私の名誉に賭けて一言一句変わりありません」


サヴィーアはシトスから提示された内容を受け取る。

“賠償請求”、“占領統治”、“軍の解散”、“属領属国放棄”・・・確かにこの内容をそのまま、あの場で話せば、議員たちや父上・・・皇帝陛下は激昂しただろう。そんな中、彼女にとって引っかかる一文があった。


“一切の戦争犯罪人に対しては厳重な処罰を加える。”


サヴィーアは眉を歪める。

これに記されている戦争犯罪人として思いつくのは、極東諸国に恫喝外交を行い、軍の派遣を積極的に皇帝へ進言していた外務大臣のカブラム、使節団襲撃の実行犯ノデュールとその部下の兵士たち、現宰相のイルタ、そして国の最高権力者であり、日本の外交使節団抹殺を命じた現皇帝ウヴァーリト4世。それに軍事大臣としての職務に就いていたシトスも処罰を免れる訳があるまい。それなのに、何故シトスは日本の降伏勧告受け入れをあそこまで必死に主張したのか。


「・・・・」


シトスもそのことは想定内である。故に、戦争犯罪人の処罰という日本の要求を隠しつつ、元老院と皇帝を説得した上で日本軍を帝国に招き入れ、いざ日本による戦争犯罪人の捜査が始まったときには、終戦のために尽力したという事実を示し、減刑や恩赦を引きだそうと考えていた。それによって実際に裁かれる身となる者たちにとっては、寝耳に水の話になるだろうが、すでに日本軍を招き入れた状況では彼らにはどうすることも出来まい。

また、これらの思惑を日本と帝国の間に齟齬が生じないように進めるためには、双方のパイプが自分、そしてクラウゼやセッタや一部局員など、軍事局内でも自分の息がかかっている一派によって独占されていた状況が、偶然にもたらされたものとは言え、最大の好機でもあった。


「・・・あなたはニホンとの音信手段を唯一持っていると仰っていましたね」


「・・・ええ」


彼が述べた日本とのパイプとは当然、テマの信念貝のことである。実際には彼の貝への発信コードを知る者は、艦隊との通信を担当していた局員や海軍長クラウゼもいるから“唯一”では無い。

そんなことを知る由も無いサヴィーアは、シトスがニホンとの戦争を終わらせる唯一無二の希望と信じて、兵士たちに馬車襲撃を行わせたのであった。




「では、かけますよ」


「宜しくお願いします・・・」


皇女や兵士たちが見つめる中、シトスはテマの貝への発信コードを唱える。


数十秒後・・・


「はい、こちらシオン日本軍基地」


つながった! シトスの言っていたことは本当だったのか。

この瞬間、ついに帝国と日本との間で、非公式ながら対話が持たれたのだった。


〜〜〜〜〜


臨時首都シオン 自衛隊/日本軍基地


貝が光っているのを確認した基地司令 鈴木実海将補は、受信に備えて隣の部屋に随時待機している捕虜帝国軍兵士マイネルトに貝を持たせると、帝国側からの初コンタクトを記録に収めるために、偶然基地司令室にいた大河清栄二等海佐/中佐に録音機の用意をさせた。


「出ますよ、いいですね」


「O〜K〜!」


マイネルトの問いかけに、鈴木はやや興奮気味に答える。


「はい、こちらシオン日本軍基地」


先程までの興奮とは裏腹に、至って落ち着いた応答を送る鈴木の姿に大河二佐は少し驚く。


「お時間頂き恐れ入る。私はアルティーア帝国軍事局大臣シトス=スフィーノイドと申す者です」


「シトス?」


その名には聞き覚えがある。確か昨日、軍事大臣を首になった男だ。


以前、世界魔法逓信社の取材を受諾した時、同時に世界魔法逓信社セーレン支部が復活した。故にそれ以降、グランドゥラが取り仕切る新生セーレン支部から日本軍基地に、取材の見返りとして送られて来る帝国に関する情報の中に軍事大臣失脚の一報があったのだ。


(となると、この向こうにいるのはただの無職じゃあないか・・・何だよ・・・)


鈴木はあからさまに落胆する。


「軍の指揮官としての任を解かれ、今や何の権限も無い貴方と話せることは無いし話す必要も無い。では」


「ちょっ・・・! 待ってくれ!」


容赦無く通信を絶とうとした鈴木を、シトスは貝越しに必死に止める。


「まだ何か?」


「いま私のそばにアルティーアの第三皇女殿下がいらっしゃる! 我々は貴国との戦争を終わらせたいという意見で一致し、行動を起こすために結託しているのです!」


「・・・で?」


「戦争の長期化やゲリラ化は貴国にとっても避けたいのでは無いのですか?」


「・・・・」


シトスの話を適当に流していた鈴木は、このとき少し言葉に詰まった。


戦闘計画の最終段階である首都上陸作戦において最も重要視されているのが、皇帝を含む首脳の確保だ。


首都上陸作戦にて帝国首脳、特に皇帝を取り逃がし、ゲリラ化した場合は、適当な皇族、例えるならこの第三皇女殿下の様な方を立てて首都に傀儡政権を設立し、帝国領内を治めようという案もあるが、やはり本来の為政者が抗戦を表明している状態では、他国によって祭り上げられた操り人形には、いくら血統の正当性があったとしても帝国全てが付いて行くとは限らない。


さらには、未だ静観を続けているとは言え、ショーテーリア=サン帝国の動きもやはり気になる。彼の国に睨みを効かせる意味を込めて、マックテーユ占領を少し前倒しで進める計画だが、属国群の反乱に加え、帝国首脳部がゲリラ化し、その上この国が西から進軍してくれば、アルティーア帝国は完全に瓦解する。そうなれば占領統治どころでは無いし、賠償を取る相手が消滅してしまう。将来的にアルティーア帝国を経済支配下に置くこともままならなくなる。


最悪、資源地帯のヤワ半島だけを確保していれば良いと思っていたが、その場合、開発事業を強行するとなると、開発地域のすぐ隣に日本へ敵意を向ける勢力が存在し続ける状況になり、自衛隊の護衛が就くとはいえ、開発団の身に危険が及ぶ可能性がある。


日本政府の意向としては、この地に反日精神を根付かせないためにも、またアルティーアを国として経済的に依存させるためにも、帝国に対しては数年間の占領統治を、しかも正統な君主と政府を間に挟んだ間接統治で行う方が望ましいようだ。その場合、アルティーア帝国は“国”としての形が健在である方が良い。

そのためには確かに、帝国の政府機関が首都に残ったまま、領域内の統治能力が正常な状態にある内に講和にこぎ付けるのが最善ではあるだろう。


「我々は“行動”を起こすために、“最適の日”を貴方に教えて頂きたいのです」


「!」


いきなり貝の向こうの声が女性の物に変わった。元軍事大臣が言っていた第三皇女殿下だろう。


「それはつまり・・・こちらの作戦日程を教えろと?」


自軍の行動予定を敵国人に漏らすことなど将官として出来る訳がないし、して良いはずが無い。


「現皇帝・・・、父上の性格は娘である私が一番良く分かっています! 彼は帝国がどんな状況に陥ろうと決して降伏を許さない」


「・・・・・」


鈴木は悩む。

貝の向こうの様子は実際には一切分からない。普通に考えれば、すでに帝国の総意から離反し、自らの目的を達成するために、露呈すればスパイ容疑が掛かりかねないリスクを犯しながら、敵国の将とこうして連絡を取り合ったという感じだろうか。ただ、もしかしたらこの2人の側で、皇帝や元老院議員たちが聞き耳を立てている可能性だってある。


「・・・帝国の“正統な政府”による共同宣言受諾が通達されない限り、日本軍は作戦を中断することはありません。そして首都陥落を以て、日本軍の作戦は終了します」


鈴木はついに口を開く。シトスとサヴィーアは固唾を飲んで耳を傾ける。


「貴方方がその“行動”に失敗すれば、首都は落ちる。この話が皇帝へ漏れて彼が逃亡するようなことがあれば、首都に残る貴方方がどれだけ弁明を図ろうが、やはり首都は落とされる」


2人と周りの兵士たちは驚く。日本軍は100年以上他国に攻め込まれた事のない首都を落とそうとしているのだ。だが確かに、帝国軍が崩壊し、首都警備隊の竜も失い、これらの保護が無い今の首都クステファイを落とすことは、日本軍でなくともそう難しいことではないだろう。


「・・・このまま帝国からの正式な宣言受諾が無ければ、マックテーユ占領の後に首都上陸作戦が実行されます・・・」


「して、その日付は!?」


鈴木の口から、この後の彼らの運命を大きく左右する言葉が語られ始めるのだった。




数十分後・・・


鈴木はすでに音信が切れ、ただの貝と化した魔法道具を眺めていた。


「長谷川将補や本国には何も相談せずに、作戦日程を伝えてしまって大丈夫だったのですか?」


大河二佐は不安げに尋ねる。


「長谷川くんに聞いたら、駄目って言うに決まってるでしょ〜が。

それに勝敗がひっくり返る戦いでも無し・・・、日本政府も端から首脳部の確保は期待せずに戦後計画を立てている部分もある・・・。それなら、怪しさ全開の自称革命家に賭けてみるのも悪くは無いでしょ」


気の抜けたように答えると、鈴木は椅子に深くもたれかかる。

大河が退室した後、鈴木は一人で思案にふけっていた。


(当然、首都上陸作戦においては皇帝を含む帝国首脳たちの確保を最優先に行うが・・・ただ首都は広い。うごめいている戦力も決して小さくない。故にこれが結構難しい・・・だから!)


一気に椅子から起き上がる。


(彼らのクーデタが成功すれば、皇帝の逃亡、帝国の二分と統治能力瓦解、これらの”回避”をより確かなものに出来る・・・占領統治が大分スムーズに行えるだろう・・・)


マックテーユ陥落から7日後、3人の思惑を乗せ、日米合同遊撃群はその一部をマックテーユに残し、帝国首都へとその進路を取るのだった。




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