オリンピック作戦 弐
2月9日 5:50 ヘムレイ湾 首都より南へ20km 無人の海岸
「『あかぎ』より連絡、特殊作戦開始せよ!」
「しまばら」に乗船する艦長 大崎淳也一等海佐/大佐と、在日米軍第31海兵遠征部隊指揮官ジェフリー=カラマンリス大佐の元へ、旗艦から連絡が届けられた。
「分かった。そろそろ出撃か。」
大崎一佐は戦闘指揮所から、各機操縦席に待機している日米のパイロットたちに出撃命令を下す。
「我々の目的は本隊のマックテーユ占領に先行して、首都を含む帝国主要部の防空能力を喪失させることである」
アルティーア帝国首都クステファイを護る「帝国首都警備隊」に属する航空部隊の2つの基地は、最重要の警護対象である首都に置かれているが、帝国主要3都市の防空を担う能力を持っていた。これらを破壊することで、マックテーユ占領を補助することがこの作戦の主目的である。
「全機発進用意!」
カラマンリス大佐の指揮のもと、「しまばら」から5機のF−35Bが統合直接攻撃弾を装着した無誘導弾2〜3発を積んで離陸した。
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首都クステファイ沖合 上空
首都警備隊の竜騎6体が哨戒活動を行っている。その構成は紅龍3体と青龍3体からなっていた。
この世界では、軍事戦闘用に飼育されている竜を騎馬になぞらえて「竜騎」と呼称している。一般的な国の軍隊では「翼龍」という全長5〜8m程の、飼育が容易くもっともスタンダードな種の龍が主に採用されているが、七龍アルティーア帝国軍では加えて「紅龍」と「青龍」という、翼龍より一回り大きい10〜13m程で、さらに機動力・飛行速度・火炎射程ともに翼龍を上回る種の竜騎を所有している。大国であるが故の豊富な資金力によって、その所有・飼育が可能になっているのだ。
さらに「中央世界」と呼ばれる領域に位置するジュペリア大陸には「銀龍」という、紅龍と青龍よりさらに一段階高性能な種が固有種として存在し、航空戦力に採用している国家も存在するらしい。
早朝、哨戒活動中の首都警備隊第一竜騎部隊6騎が南方より急速接近中の飛行物体を発見した。
「なんだろう、あれは? 遠くて良く見えないな・・・」
「鳥じゃないのか?」
その時、彼らとF−35B部隊との距離は10km以上離れていた。この時点では竜騎部隊にとって、戦闘機はただの黒い点にしか見えなかっただろう。
「まもなく目標地点に到達」
F−35B部隊が目指しているのは帝国首都クステファイを守る首都警備隊の竜騎部隊の基地である。
イロア海戦にてミサイルを大量に消費し戦費がかさんだため、今回は哨戒任務中の数騎をのぞき、竜舎に保管してある首都警備隊航空部隊の所有する竜、計70体を、ドッグファイトを経ずに手早く始末しようという算段である。
LJDAMが装着された無誘導爆弾のレーザー誘導を行うために、昨日深夜に首都へ侵入した海兵隊員は二手に分かれて、各2地点に待機している。
この作戦が成功すれば、マックテーユを含む帝国主要都市圏の制空権は完全に失われ、今後の戦闘がより円滑に遂行出来るだろう。
「ホエール1、ホエール2、ホエール3、進路3−3−6、左旋回!
パンサー1、パンサー2、進路0−3−1、右旋回!」
「了解!」
首都上空突入20秒前、F−35Bは3機と2機に別れ、それぞれ第一竜騎部隊と第二竜騎部隊の基地へと向かう。
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首都南部 スラム街
早朝、南の空から徐々に近づいて来る轟音にスラム街の住民たちが目を覚まし出す。それは近づいて来ると同時に段々と大きく成っていき、スラム街だけでなく、首都の住民たちが次々と目を覚まし出す。
首都南部 ウィルコック神殿
「何だありゃ!?」
自分たちの頭上を轟音を伴いながら通過するF−35B 2機に、サルカスを含めスラム街を牛耳るギャングたちは驚愕していた。
同じく、首都の住人たちは謎の飛行物体の出現にこれから何が起こるのか分からず、不安を抱きながら空を眺めている。
ウィルコック神殿 最上階
この部屋の窓からは首都の港が一望出来る。首都南部特殊作戦班の海兵隊員たちは、東の港に設置されていた第一竜騎部隊の基地をレーザーにて捕捉していた。
「こちら首都南部特殊作戦班。目標をマーク。」
地上の海兵隊員から首都上空を飛ぶF−35B 2機に無線が入る。
「投下用意・・・」
「投下!」
スラム街のウィルコック神殿から首都南部特殊作戦班によって照射されたレーザーによる誘導を受けて、F−35B 2機から投下された通常爆弾6発は、東の港に基地を置く第一竜騎部隊の竜舎に正確に命中した。
同時刻 首都北西部
「こちら首都北西部特殊作戦班。目標をマーク。」
首都の北西方向400m地点にある丘の上から、首都の西端に基地を置く第二竜騎部隊の竜舎に向かって、同様にレーザーが照射されている。
「投下用意・・・」
「投下!」
こちらでも、首都北西部特殊作戦班による誘導を受けながら、F−35B 3機から投下された通常爆弾6個が、第二竜騎部隊の竜舎に全弾命中した。
「目標の破壊を確認。周辺に被害無し」
地上の海兵隊員によって、爆撃が基地周辺の民家に一切の被害を与えなかったことが確認される。
「任務完了。直ちに『しまばら』へ帰還する」
その後、爆撃を終えたF−35B部隊は上空で合流し、機首を南に転換した。
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クステファイ 首都警備隊本部 司令室
「し、失礼します!」
謎の急襲攻撃による混乱の中、司令室のドアを破るように1人の隊員が血相を変えて入室してきた。
「どうした、これは一体何が起こったんだ?」
首都警備隊総隊長リーン=スプレーンが問いかける。
「報告します!クステファイ東部と西部の第一竜騎部隊と第二竜騎部隊の基地がほぼ同時に爆撃を受け、首都警備隊が所有する竜70騎が哨戒飛行中のものを除き、全滅しました!」
「なに!?」
首都防衛網の喪失というべき最悪の事態。部下の報告にリーンは驚く。
「首都が攻撃を受けたのだな!?」
「おそらく!」
「敵・・・、現在戦争中のニホンによる攻撃かも知れん。すぐに全部隊に警戒態勢を取らせろ!」
「了解!」
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首都クステファイ 上空
「追撃するんだ!逃がすな!」
「了解!」
哨戒飛行中で爆撃を逃れた第一竜騎部隊の竜騎6体は、第一部隊隊長クルース=セリブラルの命令の下、奇襲を行ったF−35B 5機を追撃していた。
「敵航空戦力発見!」
竜6体が追走して来ているのを、先頭より少し後ろを飛んでいた米海兵隊パイロットが発見する。
「撃墜する、各機用意!」
「了解。」
隊長機の命令を受けたパイロットたちは、竜が追いかけて来ている方へ機首を向け直し、機関砲の発射スイッチに手をかける。
「よく、引きつけろ・・・・」
竜と戦闘機、互いの距離が近づく。各戦闘機が標的を機関砲の弾道上に構える。
「機関砲、打て!」
翼に装着されていた25mmガンポッドが火を吹く。放たれた弾丸は竜騎兵5匹を正確に貫いた。
ズダダダダッ!
「ぐはっ・・・!」
「な、何・・・!」
F−35B戦闘機が機関砲ポッドから浴びせる25mm弾の雨は、第一竜騎部隊の竜騎や兵士をはげたかのように食い散らかした。
「よっしゃ、命中!どうだ、見たか!」
米海兵隊パイロットの1人がガッツポーズをし、機関砲での撃墜成功に興奮していた。
「く、くそ!化け物が!」
無残に墜落していく部下を見て、隊長クルースは激しく動揺する。周りを見れば他の部下たちも同様に戦闘機によって無残な姿で撃墜され、空を飛んでいるのは自分だけとなっていた。
「目標、残り1機!」
F−35B 1機が、隊長クルースが乗る竜に機関砲の標準を合わせる。
「ホエール2、機関砲、発射!」
「う、ぐわああ!」
再び25mmガンポッドが火を吹く。直後、首都警備隊が所有する竜の最後の1騎が撃ち落とされた。
「全機撃墜。周囲に敵影無し」
「戦闘終了。全機、帰還せよ」
その後、F−35B部隊は再び機首を南に転換し、急襲を受け大混乱に陥った首都には目もくれず、仕事を終えたビジネスマンのように首都南方20kmの海岸に停泊している「しまばら」へと帰っていった。




