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降伏勧告

ちょっと時系列が分かりにくくなったので


1月26日 イロア海戦

  27日 シトス、虚偽の報告

  31日 テマと長谷川、鈴木の談合


1月30日 ミスタニア王国 首都ジェムデルト 世界魔法逓信社第42支部


1人の報道員が上司に呼び出されていた。



世界魔法逓信社。信念貝が開発された55年前、それをヒントに遠距離間における迅速な情報の提供、すなわち“報道”という新たな商業形態を生み出した当時の魔術師、プリートレット=フィリノーゲンによって設立された通信社である。


何より正確な情報の収集、迅速な情報発信を社訓としており、どの国家にも属さず、今やこの世界の民の情報供給源として各国に支部を設置している世界規模の組織である。そうした徹底的な現場取材により、この会社の情報収集能力は各国家に属する諜報機関と同等かそれ以上に正確かつ迅速であると言われており、各国政府もこの社が発信する号外紙には常に目を光らせており、支部の設置も甘んじて受け容れている。


しかし一方で、各国の利害を完全に無視し、ただひたすら正確性を追求した報道や取材活動を行うため、各国政府はこの社による自国の機密情報流出や汚点の暴露を何より恐れているのだ。



「グランデ君。」


名を呼ばれた報道員、グランドゥラ=パラソルモンは上司であるコルテクスの部屋に入る。


「現在、ミスタニアを含む極東各国政府の発表とロバーニア支部からの報告によれば、『イロア海戦』においてニホンが勝ったと発表されている。しかし、アルティーア帝国政府は帝国軍が勝利したと発表している。このことは知っているな。」


コルテクスは早速、彼を呼び出した理由について説明する。


「はい。今やミスタニア王国だけでなく極東世界が大騒ぎになっています。」


「しかし、どちらの発表が正しいのかはまだ不明だ。これを白黒はっきり付けるために一番良い方法は何だと思う?」


煙草を吹かしながらコルテクスは問いかける。セーレン支部は帝国の侵攻の際に廃棄されているため、現地と直接の連絡は出来なくなっていた。


「現場に行き、目で見て確かめることです。」


グランドゥラはきっぱりと答えた。常に取材は現地の最前線、それが彼らの社訓なのだ。


「その通りだ。君にはセーレン王国に行ってもらう。船はすでに手配済だ。明日の朝に出発する。」


いきなりの出張命令にもグランドゥラは動揺することは無い。彼ら報道員にとってこの手のことはよくあることなのだ。


「さらに、もしニホン軍の勝利が真実であれば、ロバーニア沖海戦、セーレン奪還戦など大国を2度も破った彼の国の軍についても詳しく調べてくれ。」


「承知しました。」


上司の追加司令を拝聴した後、グランドゥラは部屋をあとにする。


その後、翌朝に彼を乗せてジェムデルトの港を発った逓信社の船は、その4日後にセーレンの湾港都市シオンに到着することとなる。


〜〜〜〜〜


1月31日 シオンの街


「ニホンの兵士様たちだ!」


セーレン解放戦にてセーレン王国を救った自衛隊員と米軍兵士は、市民にとっては理解不能の力と見慣れぬ服装から来る不気味さから、街を歩けば敬遠されるような扱いを受けていたが、その後、イロア海戦を経て軍神のような存在に変わっていた。


「いらっしゃい!今日はどのようなご用件で?」


食料品店を訪れた自衛官4人に、店主は腰を低くして対応する。


「買い出しだよ。小麦粉を5マガル(5.3kg)買いたい。」


彼らが街の店で買うのは主に不足分の食糧である。持参した食糧を捕虜の食事に回していたため、足りない分は現地調達によって賄われていた。


「へい!まいど!」


お代を渡すと、自衛官たちは購入品を73式中型トラックへ載せる。こうして日本人が気前よく落とす金によって、元々損傷が少なかったシオンの街の復興は首都セレニアを大きく引き離すほどに進んでいた。


「兵士さまー!」


トラックへ乗り込む彼らに小さな女の子が手を振っていた。4人はほほえんで手を振り返す。


街を移動する自衛官たちの周りには、彼らを拝んだり、供物として食糧を捧げたりするなど、畏敬を通り越して崇拝の目を向けるシオン市民の人だかりが出来ていた。


「また“供え物”を頂いたよ。」


自衛官の1人が、市民から渡された芋を持ちながらトラックへ乗り込む。


「何だかむずがゆいというか・・・、今まで見てはいけないもののように俺たちを見ていたのに、調子がいいなあ、全く。」


ハンドルを回しながら自衛官の1人がつぶやく。


「まあ、邪険にされるよりはいいだろう。こっちの方が仕事もしやすいし、軍神扱いも悪い気はしないしね。」


「確かに、朝鮮半島で同盟国民であるはずの韓国人に石投げられたのと比べれば、ずっと良いな。」


のんきな会話を交えながら、4人は更なる調達のために次の店へ移動する。


しかし、それを快く思わない一部の勢力がいるのもまた事実であった。

物陰から73式中型トラックを睨み付ける視線がある。それはかつて帝国軍に対してパルチザンとして抵抗を続けて来た王国軍の将官たちのものだった。


「くそ!何が『兵士様』だ!蛮族どもが英雄気取りやがって!」

「全くだ。今まで王国を守るために戦って来た我らのことなど、国民はまるで眼中に無い!」


彼らの胸中には黒い感情が渦巻いていた。


〜〜〜〜〜


同日 自衛隊/日本軍基地(仮) 港


港に停泊していた1隻の護衛艦の傍らで自衛官2人が話をしていた。


「やはり、『ふゆづき』はここで脱落(リタイア)させるしかありませんね・・。」


潜水員 岡見二等海曹/二等兵曹が潜水器具を脱ぎながら、応急長中田三佐に結果を報告する。


「まあ、致し方ないな。」


海獣に激突された「ふゆづき」は船底部を詳細に調査した結果、切り傷のような裂け目が出来ていたため、今後の戦闘参加は不可能だと判断されたのだった。

その後、他の護衛艦2隻によって拘引されながら「ふゆづき」とその隊員たちは一足先に日本へと帰国することになった。


〜〜〜〜〜


同日 首相官邸 総理執務室


「では以上の要項を共同宣言としてアルティーア帝国に提示しますがよろしいですか?」


内閣府職員が内閣府にて作成した書面内容を提示し、内閣総理大臣 泉川耕次郎に同意を伺う。


「・・・うん、問題ないな。」


泉川は間を置いて答えた。

その後、一礼して退出する職員の後ろ姿を見て、彼は先程の書類内容について考えていた。


(一体、何のあてつけなのだろうねえ、あの文書は。あれじゃ、ほとんど“あれ”と同じじゃないか・・・。)


2月2日、日本政府からアルティーア帝国への最初の降伏勧告が、日本にとって唯一、帝国の政府機関との通信手段であるシオン基地捕虜のテマの信念貝を介して、アルティーア帝国軍事局へ届けられた。


〜〜〜〜〜


2月2日 アルティーア帝国 首都クステファイ 軍事局 シトスの執務室


一人の局員が書類を持って入室してきた。日本侵攻艦隊との音信を担当していた局員だ。


「シトス様、テマの信念貝を介してこのような文書がニホンより届いています。」


「ニホンから・・・?」


局員は少しためらう様子で書類をシトスに見せる。


「・・・・これは!」



3カ国共同宣言


・ 日本国首相、極東海洋諸国連合最高理事およびセーレン王国臨時政府代表は、自国民を代表して協議した上でアルティーア帝国(以下帝国)に対し、終戦の機会を与えるということで意見が一致した。

・ 我らの条件を次に述べる。これらに変わる条件は存在しない。

・ 我らは帝国から覇権主義が駆逐されるまでは東方世界に平和、安全が生じ得ないことを主張する。従って此度の開戦という過ちを犯させた者の権力と勢力は永久に除去する。

・ 帝国から覇権主義が駆逐されるまでは日本国の指定する帝国領内の諸地域は我らの目的を達成するために占領されるべきだ。

・ 帝国の主権は我らの決定した領域に限定され、帝国が配下に置く全ての属領・属国は独立すべきだ。

・ 帝国は日本国の指定する領域外に所有する全ての権益を放棄すべきだ。

・ 我らは帝国国民を虐げる意図はないが、一切の戦争犯罪人に対しては厳重な処罰を加える。

・ 帝国は公正な損害賠償の取り立てを可能にするように産業を維持することを許される。

・ 前記の目的が達成され、かつ、帝国国民の意思に従って、平和的な政府が樹立された場合には、日本国の占領軍はただちに帝国より撤収する。

・ 帝国は占領軍の撤収後、日本国の監視・指導のもとで最小限度の防衛能力を持つ武装組織の所有を許される。

・ 我らは帝国政府がただちに帝国軍隊の無条件降伏を宣言し、かつ同政府の誠意によって適正かつ十分な保障を提供することを同国政府に対し要求する。これ以外の帝国の選択は、迅速かつ完全なる壊滅があるだけだ。



「これは我が国に対する降伏勧告か・・・!」


ついにあちら側から行動に出てきたことにシトスは驚愕する。


「・・・やはり、行政局には報告された方が。」


「・・・。」


局員の注進にシトスは悩む。


「いや、この件は私が預かる。他の誰にも言うな、クラウゼとセッタにもだ・・・。」


発せられた密命に局員は困惑した。これ以上どうやってごまかすというのか。


「・・・わかり・・ました。」


退室する局員の背中を見送った後、シトスはまた頭を抱えていた。


(局員の口止めもいつまで保つか・・・。)


先程入室して来た者を含め、事実を知る局員たちがいつそれを外部に漏らすか分かったものでは無い。不安は尽きなかった。


(やはり・・・。)


可能な限り隠し通して、ばれたら今の地位を捨て、逃亡する。現状、自分の命を守るためには、最適の手段はこれしか無い。彼はそう考えていた。


(いや、待てよ・・・。)


その時、シトスの脳裏に先程の局員の言葉からある事実が浮かんだ。


(一国の政府の意志が一将軍(テマ)の信念貝を使って送って来られたという事は、ニホンと帝国との遠距離連絡手段がそれしかないということだ・・・。)


シトスは思考を巡らす。


(ニホンとの交渉の窓口は、唯一私が握っている・・・。これを使えば・・・!)


絶望と後悔にさいなまれていた彼の眼前に一筋の光が差し込んでいた。


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