皇女の決意
新キャラ、そして再登場キャラが出て来ます。
5日後 湾港都市/臨時首都シオン 自衛隊/日本軍基地(仮)
アルティーア帝国軍将軍から、今や捕虜の1人になっていたテマ=シンパセティックは、基地司令室へと案内されていた。
部屋の扉を開くと、そこには基地司令の鈴木、艦隊司令の長谷川の姿があった。
「どうぞ、こちらへおかけ下さい。」
テマは長谷川の示すまま、テーブルを隔てて2人と向かい合うように、司令室のソファへと腰を下ろした。
「調子はどうですか?」
鈴木が尋ねる。
「捕虜たる我々に対してのこのような厚遇、この場を借りて感謝申し上げたく存じます。」
テマは頭を深く下げた。
捕虜として自衛隊に下ったテマの目に入って来たのは、彼らの常識ではありえない光景であった。
捕虜も自軍の兵士も分け隔て無く治療する医院、そしてその医療技術の高さ。普通この世界では、戦場で貴重な薬品を捕虜のために使うなどまずありえない。
そして収容所。確かに自由は多少制限されてはいるが、朝昼晩の食事が保証されており、施設も清潔だ。長谷川の話によれば捕虜への虐待は厳禁、破ればあちらの方が処罰されるらしい。
この世界にはジュネーヴ条約の様な、捕虜の保護を目的とした国際的な規定は存在しない。故に、敵軍に捕虜として捕らえられた兵士や軍属、民間人に対する暴行や陵辱は当然のこととして認知されており、その苛烈さに耐えられず死亡する者も多く、生きていれさえすれば、たとえその後奴隷に売られたとしても幸運として捉えられていた。
言わば“生きていれば幸運、自由の身として解放されるのは奇跡”、この世界における捕虜とはそういう存在なのだ。王族や有力貴族などの上級階級であれば、身代金要求のために生かされることも多いが、それは特例でしかない。さらにそれも、身代金だけ貰えば用済みとして殺される、または売り飛ばされるという場合も多い。
それゆえ、自衛隊による帝国軍捕虜への扱いはテマの目から見ればこれ以上ない信じられない程の好待遇なのだ。
「本国への連絡はすでにされたのですよね?」
長谷川は信念貝で降伏を伝えたかどうかを尋ねた。
「ええ、それは海戦の直後に。帝国の存亡に関わることですから・・。」
事実上、すでにアルティーア帝国は戦争継続が不可能な状態となっている。これ以上日本と戦争を続ければ間違いなく滅亡するだろう。テマは帝国に残された道は日本との講和しか無いことを十二分に分かっていた。
「その後、軍事局より連絡は?」
戦争継続が不可能であると分かったからには、帝国政府から何かしらのコンタクトが来るだろう。長谷川はそう考えていた。
「いえ、それはまだです。すでに軍事局の方から政府には伝えられているとは思われますが・・・、何分帝国の歴史上類を見ない事態ですから・・・。」
「・・・確かに混乱しているのかも知れませんねえ・・・。」
話を聞いていた鈴木が横からつぶやく。
「直接、皇城や行政局に連絡を付けることは出来ないのですか?」
長谷川がテマに尋ねる。彼の言う通り、日本における一省庁に過ぎない軍事局をわざわざ介すよりも、直接、国の中枢を束ねる存在に話を付けた方が確かにてっとり早いだろう。
「私は軍の一将軍に過ぎません。皇城や行政局に直接、連絡をつなげることが出来る貝のコードについては、さすがに知らされることは無いのです」
長谷川の質問に、テマは首を振って答えた。
「そうですか・・・、まあ仕方ありませんね」
残念そうにつぶやく長谷川。すると、突如彼は立ち上がり、再びテマに向かって話しかける。
「貴方をお呼びしたのにはもう1つ、以前より我々日本軍の兵装を観察したいと仰ってましたね。」
「・・・では!」
長谷川の言葉にテマは目を輝かせる。敗軍の将であり、強くものが言えぬ立場ではあるが、彼にとって日本の兵器は1人の軍人として大きな興味をそそられるものだった。
「昨日、ここにいる鈴木海将補と話したのですが、一部機密を除き、日本国民にも一般に公開されている範囲のものならば、問題ないだろうとの結論に至りました。辺土名二佐、テマ殿をご案内して下さい。」
「はっ!」
長谷川の指示を受けた辺土名二等海佐/中佐は、敬礼するとテマを引き連れて司令室を退出した。
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セーレン沖 イロア海 上空
海上の監視も兼ねた戦場跡の様子見のために、1機の“偵察機”が「あかぎ」より飛ばされていた。
「こりゃ・・・すげぇな。」
海自パイロットは海の上に浮かぶ木片の山を見て、思わずため息をついた。
今、上空を飛んでいるのは、後発隊により運搬された偵察機である。名を「RF−4EJ改」。往年の名機「F−4ファントムⅡ」の偵察機型「RF−4EJ」にさらなる改装を施し、「ファントム」本来の姿である艦上機としての能力を再装備させた機体だ。大きな改装点としては、省略されたカタパルトブライダルフックが再追加されている。
導入からすでに55年以上経過しており、本来ならすでに退役させるべき機体である。事実、転移直前までF−4を運用していたのは、日本以外にはイランとエジプトだけだ。
日本でももちろん退役予定であったが、空母保有が決定した際、空軍向けの機体とはいえ、着陸装置に関して言えばベースの海軍型とほぼ変更が無い空自の「F−4EJ」を何とか利用出来ないか、という議題が持ち上がった。その結果、偵察機に関しては「RF−4EJ」を改修した機体を運用することが決定し、その後改修を経て導入されたのが「RF−4EJ改」である。
「あかぎ」 戦闘指揮所
「油でも撒いて一気に燃やすかな・・・?」
偵察機から送られて来た映像を見て、「あかぎ」艦長 安藤はつぶやいた。
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海戦翌日 アルティーア帝国 首都クステファイ 皇帝の居城 執務室
「ニホン軍は我らがアルティーア帝国の大艦隊を前に壊滅、侵攻軍は大勝利を収めました!」
「ふん、所詮は未開国だったということか。」
シトスの報告に皇帝ウヴァーリト4世は平然を装いながら、しかし満足気に答えた。
「それならば侵攻軍をすぐにニホン本土に向かわせろ。2回も帝国の顔に泥を塗った罪を償わせ、2度と舐めた真似が出来ぬように、ニホン人は念入りに苦しめて殺すように艦隊に伝えよ。」
「はっ!仰せの通りに!」
皇帝の命令を受けたシトスは執務室を退出した。
その後、皇城の廊下を暗い顔でうつむきながら歩く彼の前に1人の女性が現れる。
「ご機嫌よう、シトス殿。」
「サ、サヴィーア殿下・・・!」
シトスの前に現れた女性はサヴィーア=イリアム。アルティーア帝国第三皇女である。サヴィーアは妖しげな笑みでシトスに問いかける。
「嘘ですね。帝国軍が勝ったというのは。」
「は・・はは!何をおっしゃる!?」
いきなり核心を突かれたことにシトスは動揺を隠せない。
「サヴィーア殿下も冗談がお好きな方だ!」
そう言って笑いながらその場を去る彼の姿を、サヴィーアは冷たい眼差しで見ていた。
(ニホンの本当の力を知っているのは、帝国の中枢では私とシトスだけ・・・。
私もゴルタに教えてもらえなかったら、知る由も無かった。)
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2週間前 首都クステファイ ゴルタの屋敷
ロバーニア沖海戦から帰還したゴルタはその精神に問題ありとして、自身の屋敷に謹慎処分となっていた。
「頼む、サヴィーア!これから言うことを信じてくれ!もう君しか頼りに出来ないんだ!」
「どういうこと?極東洋で一体何があったの!?」
謹慎中の自分を秘密裏に尋ねて来てくれた恋人にゴルタは自分の思いの全てを打ち明けた。
「俺が軍事局に届けたロバーニア沖海戦の報告内容・・・、あれは全て真実なんだ!」
「えっ、でもそれはみんなあなたがおかしくなったって!私もそれを聞いてあなたのことが心配でここに来たのよ!」
「それこそ政府や閣僚たちの妄想だ!ニホン・・・奴らは悪魔だ!このままニホンと戦争を続けていては、アルティーア帝国は間違い無く滅びる!」
帝国の滅亡、今まで考えもしなかった未来を突きつけられサヴィーアは衝撃を受けた。
「で、でもどうすればいいの!?」
「君がこの戦争を終わらせるんだ!」
「でもそんな権限も力も、私には・・・。」
サヴィーアは悲壮の表情でうつむく。
皇族とは言えども、女性でさらに市井の出自であった彼女は政府内での発言力などほとんど無かった。
「俺と一緒に極東洋から帰還した兵士たちが君に力を貸してくれる。いずれ閣僚たちも皇帝陛下もニホンの真の力を知る時が来るだろう・・・。その時まで待つんだ。」
「ええっ!それってつまり・・・。」
サヴィーアはゴルタの目論見を悟った。
(私は絶対にこの戦争を終わらせて見せる!ゴルタの思いを無駄にはしない。)
皇城の中でサヴィーアは1人、終戦への決意を固めていた。
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5日前 イロア海戦直後 軍事局
「シトス様!ニホン侵攻艦隊指揮官テマ=シンパセティックより緊急連絡が入っております!」
部下が血相を変えて持って来た知らせ、それはニホン侵攻艦隊“大敗”の一報であった。
「何の冗談だ、私をからかっているのか?ふざけるようなら許さんぞ!」
シトスは貝の向こうのテマを怒鳴り付ける。
「冗談でもふざけている訳でもありません。・・・我々はイロア海にてニホン軍に敗北しました。私は帝国総戦力の9割を喪失させてしまった・・。指揮官として恥ずべきことだと重々に承知しています。」
テマは敗北を詫びる。
「しかし、もうこれ以上戦争を継続することは不可能です!一刻も早く、行政局と陛下へ講和の進言を!」
「馬鹿な、そんなこと出来る訳が無いだろう!」
交戦中の極東の未開国へ講和の打診、言わば敗北を認めろ、などと言える訳が無い。シトスはさらに怒りを深める。
「・・・それで、敵はどれだけ消した?」
この質問にテマはやや萎縮して答えた。
「・・・ニホン側の人的被害は・・0です!」
「冗談も休み休み言え!」
あまりにも現実離れした報告の数々にシトスの怒りは頂点に達する。
「私はふざけてなどいません。彼の国はたとえ少数の兵力であっても、帝国軍を圧倒出来る種々の兵器を所有しております!そもそも彼らを野蛮人だと侮っていたのが間違いだったのです!」
「っ・・・!」
「帝国の存続のためには最善の道は講和しかない!どうかご決心を!」
音信終了後、
「・・・このことを知っているのはお前の他に何人いる?」
心労に襲われたシトスは気の抜けたように局員に尋ねた。
「侵攻軍との音信を担当していた局員によって陸軍長と海軍長には報告されています・・・。」
「なるほど、ではまだ軍事局の外部へは漏れていない訳だな・・・。」
局員の言葉を聞いたシトスは歪な笑みをこぼした。
「あの・・・、行政局への報告は」
「ならん!!」
局員の言葉をシトスは机を叩き全力で否定した。
「し、しかし、テマ殿の報告が真実であれば帝国が・・・」
局員は恐る恐る注進する。すると、シトスは立ち上がると局員の方へ徐々に歩み寄った。
「なあ、良く考えろ。こんなことが陛下の御耳に入ってみろ・・・。」
そう言いながらシトスは局員の肩を組むと、耳元に顔を寄せささやくように言い聞かせた。
「間違い無く軍事局全体が厳罰対象になる。・・・そうなればお前も私も“これ”だ。」
首切りのジェスチャーをしながらシトスは局員を脅す。
「もう一度聞く。外部へは漏れていないんだな?」
「はい・・・。」
局員は萎縮しながら小さな声で答えた。
こうして、テマの主張はシトスによって軍事局内の一部の人間の間で隠匿されてしまっていたのだ。
〜〜〜〜〜
現在 軍事局 シトスの執務室
(ああ、何てことを言ってしまったんだ!)
机に座りながら、シトスは1人頭を抱えていた。自らの保身のために全くの虚偽を伝えてしまったことの重大さを今更ながら大きく後悔していた。
(イロア海での大敗で、もうこの国で戦える戦力は国境警備隊、首都警備隊、近衛兵、そして少数残っている帝国軍兵士くらいのものだ。生還した兵士も含め、全て集めても5万人ほどにしかならない・・・!)
(いや、各属領にちらばる治安維持軍を集結させれば12万にはなる!・・・だめだ。それでは属領を統治出来なくなるし、そのような命令を出せば他の閣僚や政府の連中にすぐに怪しまれてしまう・・・。それにそもそも彼らは治安部隊、37万を超える兵力を全滅させたニホン相手にそんな者たちをどれだけ頭数をそろえようがおそらくは無駄・・・!仮に治安維持軍を集結させるとしても時間がかかり過ぎる。その間にセーレンに陣取っているニホン軍によって帝国本土に攻撃を受ける可能性が高い!)
ようやく見つけた策の1つも、全くあてにならないことにすぐに考え至ってしまい、戦闘を継続することが出来ないという現実に悩む。
(今回、イロア海戦が世界魔法逓信社に取材されなかったのは不幸中の幸いだが・・・いずればれるのは時間の問題!虚偽の報告の責を問われて俺は処罰されるだろう・・・。それにサヴィーア殿下・・一体いつどこで情報を掴んだんだ!?)
命の危機、出所が分からない情報のリーク。彼を悩ませる問題は尽きない。
(かくなる上は・・・!)
シトスは覚悟を決める。
F−4については、ファントムじいさんをこの世界で活躍させたいという個人的願望で登場させました。恐らくこの作品で一番ファンタジーなシロモノですね。
 




