イロア海戦 弐
セーレン王国から出撃した日米合同艦隊計34隻の姿はまさに荘厳の一言である。
後方から、F−35B 15機や各種ヘリの離発着艦である海上自衛隊の強襲揚陸艦3隻、その前を進む戦闘機搭載護衛艦・旗艦「あかぎ」。旗艦の両側を船体が「あかぎ」より半分ほど突き出るようにして、陸上自衛隊の戦闘ヘリコプターであるアパッチ・ロングボウと、退役間近の対戦車ヘリコプターであるコブラを乗せたヘリコプター搭載型護衛艦「いずも」と「かが」の2隻が走っていた。
その前方を矢印状に14隻ずつ2列の隊列を成して、28隻の護衛艦、及び米軍の巡洋艦と駆逐艦が、海の上を進んでいる。
またシオンの沿岸部・港には、今回の出撃には参加しなかった日米の輸送艦や補給艦など合わせて8隻が待機していた。
・・・
旗艦「あかぎ」 艦橋
「必中距離に入ったところで艦砲による攻撃を開始する。」
旗艦「あかぎ」の艦橋にて長谷川は各艦に命令を下す。前回と同じ、敵にとっては遙かなアウトレンジから艦砲を使った一方的な連続砲撃という戦法で行くつもりだ。
その時、戦闘指揮所の水測員 島田の口から驚きの言葉が告げられた。
「・・・前方20kmより巨大物体が海中より接近中!」
「何!?」
まさかこの世界に潜水艦?予想だにしなかった物体の出現に艦内は緊張が走る。
「敵の兵器か!?」
「わかりません!どんどん距離を詰めて来ています!数にして5!」
「各艦対潜戦闘準備、及びミサイル垂直発射装置用意!」
切迫した状況に長谷川は未確認潜水物体への攻撃準備命令を出す。予想もしなかった準備命令に各艦の隊員たちは慌ただしく動く。
(くっそ、対潜ミサイルなんて使うとは思って無かった!・・足りるか!?)
この時、各艦の誰もが長谷川と同じ不安を抱いていた。
各護衛艦、巡洋艦及び駆逐艦は帝国軍との戦いに対して、軍艦との対艦戦闘及び竜騎兵との対空戦闘を主眼に置いた態勢を敷いていたため、各艦のミサイル垂直発射装置には主に発展型シースパローやスタンダードミサイルなどの艦対空ミサイルが優先して装填してあり、垂直発射型アスロックなどの艦対潜ミサイルの数は各艦に2発前後、それらに比べて圧倒的に少なかったのだ。
事態を知った長谷川は戦闘指揮所に1つの指示を出す。
「戦闘機団の内2機を攻撃効果確認のために、戦場から離脱させよ。」
『了解! ただちに命令を送ります』
艦橋との通信を担当している戦闘指揮所の隊員が答える。その後、命令を受けた戦闘指揮所の通信員は、2機の戦闘機に向けて対潜攻撃の攻撃効果確認の任務の為、一時的な戦線離脱を通達する。
旗艦の命令を受けたF−35C2機は、未確認潜水物体が出現した帝国艦隊前方へ機首を向け、竜とのドッグファイトが繰り広げている戦闘空域から飛び去って行った。
『各艦、対潜ミサイル発射用意完了!』
攻撃用意が整えられたことが、戦闘指揮所から艦橋に通達される。
「艦隊第1列14隻、対潜ミサイル発射!」
長谷川の命令を受け、各艦のミサイル・セルから対潜ミサイル計25発が逆さに降る雨のように次々と垂直発射された。それらは弧を描きながら目標地点の海上に落下していき、爆発を起こす。
「やったか!?」
前方で起こる連続爆発、戦闘指揮所の総員がF−35Cの報告に固唾を飲んで耳を傾ける。
「こちらオルカ3。着弾地点の海上に用途不明の赤褐色の液体が流出している。恐らく命中。」
F−35Cの報告に長谷川を含む隊員たちはひとまず胸をなで下ろした。
「全て撃沈したのか?」
砲雷長の中尾三等海佐/少佐は水測員の島田二等海曹/二等兵曹に詳細な攻撃効果を尋ねる。
「ソナー探知・・・未確認物体5体の内、2体は攻撃を回避!」
状況を確認していた水測員は、未確認潜水物体を取り逃がしてしまったことを報告する。その言葉に戦闘指揮所は再び緊迫した雰囲気に包まれた。
「あの攻撃をかわしたのか!?残り2体はどこへ行った?」
「攻撃を回避後、並走して右に周り込みながらこちらへ以前接近中!隊列の前方右側に接近している模様!依然正体不明、速度にして45ノット!かなり速い!」
〜〜〜〜〜
「ふゆづき」艦内 戦闘指揮所
「2時の方向、10km!」
突如現れた潜水物に、艦隊の第1列として海上を走っていた「ふゆづき」を初めとする各艦でも警戒態勢を取っていた。
「旗艦より通達!1分後、第2列より第2波攻撃開始!」
すでに「ふゆづき」は先程の第1波攻撃でミサイル垂直発射装置に装填されていた対潜ミサイルを撃ち切っていた。
艦長の金谷裕介二等海佐/中佐は後方を走る第2列のVLA発射に備え、次の命令を出す。
「対潜ミサイル、攻撃効果確認準備!」
直後、第2列各艦のミサイル垂直発射装置に搭載されていた対潜ミサイルが発射された。それらは弧を描いて飛び、目標の海上に落下した数十秒後、再び爆発を起こす。
「未確認潜水物1体に命中!」
これで4体は葬った。あとは1体だけだ。
「短魚雷発射用意!」
砲雷長 甲斐の命令を受け、魚雷員が3連装短魚雷発射管の用意に入る。
「右舷短魚雷1番管、発射用意完了!・・・発射!」
「ふゆづき」の右舷から12式短魚雷が発射された。それに続いて未確認物体の矢面に位置する第1列右側の各艦から同様に短魚雷が次々と発射される。
すでに彼らと未確認物体との距離は6kmを切っていた。この攻撃が最後の頼みの綱だ。艦長 金谷は思わず両手の指を組み、祈る。
「・・・未確認潜水物体、速度そのままに急速潜行!潜水艦ではありえない機動力です!魚雷攻撃、回避されました!」
「何!?」
水測員 瀬名の報告に金谷は絶望する。この世界では無敵だと思っていた現代兵器でも防ぎきれない敵がいた。その事実に「ふゆづき」を始めとする各艦の隊員たちは愕然としていた。
「物体は今どこに向かっている!?」
「いま確認します!・・・あっ!!いつの間に!」
「どうした!」
いきなり頓狂な声を出した瀬名に、声を荒げて状況を尋ねる。
「右舷1km、深度300mより急速浮上、接近!速度は依然変わらず!約30秒後に右船底部に激突します!」
万事休す。「ふゆづき」の隊員たちは覚悟を決める。
「総員、何かにつかまれ!」
金谷の命令に乗員全員が衝撃に備えた体勢を取る。直後、「ふゆづき」艦内に大きな音が鳴り響き、船体が大きく揺れた。
ガ、ガアァ・・ン!
衝撃に耐えきれず、立っていた者はたまらず倒れ、計器の上に置かれていた物は全て床に落ちた。
「右舷底部に未確認潜水物衝突!」
水測員 瀬名の報告に緊張が走る。
「浸水は!?」
金谷は艦内通信にて機関室に浸水の有無を問う。
「右舷底部陥没。少量の浸水有り。沈没阻止のため一部区画を封鎖します!」
興奮する彼をなだめるように、応急長 中田三等海佐/少佐は落ち着いた声で返答する。
応急長 中田三佐の指示により、封鎖区画に指定された場所から隊員たちの退避が速やかに終了した後、船内への浸水と沈没を防ぐために退避区画へとつながる通路が次々と閉じられて行く。
「一部区画を封鎖完了。船体は少々右に傾くも、沈没の恐れ無し。」
衝突から7分後、戦闘指揮所の乗員たちは、応急長のその報告に全員一安心する。
「一体何だったんだ・・・?」
静まり返った戦闘指揮所にて、誰かがぽつりとつぶやいた。
・・・
「ふゆづき」 艦橋
「・・・何か浮かんで来ます!」
「!?」
航海長 有川三等海佐/少佐が、声を発した航海員の指差した所に視線を振ると、艦のすぐ右隣で海が隆起している様子が見えた。それは徐々に大きくなり彼らの前にその正体を示す。
「な、なんだこりゃー!!」
航海科の彼らの前に姿を現したのは、体長50m・太さが直径10mはあろうかという巨大な海蛇であったのだ。
「か、海獣だ!」
「ば、ばかな!本来海獣は極地の極寒地帯に生息していると聞いた!こんな所にいる訳が!」
大騒ぎする隊員たちとは裏腹に、浮上した大海蛇はそれ以上の動きを見せない。よく見ると頭から血を流し、目が虚ろな感じだ。
〜〜〜〜〜
旗艦「あかぎ」 艦橋
「ウィレムス殿、あれは一体・・・?」
「あかぎ」よりこの様子を眺めていた長谷川は、敵の魔法に対する戦術指南役として自衛隊に同行していたイラマニア王国の魔術師ウィレムス=アストロサイトに状況を尋ねる。
「我が国の外務局情報室が手に入れた情報に、アルティーア帝国軍が海獣を手なずけ、海上戦力とするための『操作魔法』の研究を行っているというものがありました。
その時は真偽が定かではなく、そもそも海獣の捕獲自体がかなり困難であることから、政府でもあまり間に受けなかったのですが・・・、どうやら本当だったらしい・・・。恐らく近くに操っている魔術師がいるはずです。」
「『ふゆづき』に連絡! 海獣の近くに魔術師を探す様に言え!」
長谷川の命令に「ふゆづき」艦橋の航海科の隊員たちは、双眼鏡にて大海蛇の付近を見渡した。その後、海獣の体表に奇妙な物体を発見した彼らから報告が届く。
『こちら「ふゆつき」! 海獣の頭部に操縦席らしき物体を確認。中に人影有り!』
「ふゆつき」の報告を耳にした航海科の隊員たちは、すぐさま彼らが述べた通りの場所を双眼鏡で除いた。すると海蛇の頭の上に、戦闘機のコクピットの様な物が埋め込まれているのを見つける。確かに中に人影がある。
「なるほど・・・、まるで人間魚雷だ。あれで体当たりしてこちらの艦の底を片端からぶち抜くつもりだったんだな。
だが、頭突きで穴を開けるには護衛艦の船体は少々硬かったようだな。脳震盪を起こしているんだろう、あれは。」
「ふゆづき」からの報告を受けた長谷川は敵が目論んだ戦術と今の状況を冷静に考察する。
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「ふゆつき」 艦橋
「・・・はっ!ぼーっとしてる場合じゃないぞ!海蛇がおとなしい今がチャンスだ!」
あっけに取られていた「ふゆづき」艦長 金谷は砲雷長 甲斐に攻撃命令を出す。
「艦砲発射!」
かなり至近距離から発射された5インチ砲の砲弾は、大海蛇の喉元を貫いた。大海蛇は断末魔を上げながら、操縦者の魔術師ごと海に沈んで行った。F−35Cの報告にあった赤褐色の液体というのは、ミサイルの攻撃を受けて爆死した大海蛇から流れ出た大量の血だったのだ。
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日本侵攻軍旗艦「アルサカス」 甲板
艦砲射撃になすすべもなく倒れていく海獣。その姿を見て、旗艦を含む各艦の兵士たちは驚愕していた。
「特別部隊がこんな短時間で全滅するとは!あの艦、海中を行く敵に対する兵器をも隠していたと言うのか!」
海の下からの攻撃は防ぎようがあるまい。そう思い込んでいた帝国軍総指揮官テマは、日米の護衛艦・巡洋艦の装備の多彩さに驚きを隠せなかった。
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旗艦「あかぎ」 艦橋
予想外の対潜戦闘という一山を越え、落ち着きを取り戻す隊員たち。艦橋から外海を望む航海科隊員たちの視線は、水平線上に広がる敵艦隊を向いていた。
「さて・・・。」
司令官である長谷川も、気を取り直したように、距離にして10kmほどまで接近していた帝国艦隊が展開している前方を向く。
「今度はこちらの番だな・・・。」
そう言うと、長谷川は首を鳴らしながら次なる命令を下した。
「・・・全艦、砲撃用意!」
指揮官の命令とともに、日米合同艦隊34隻のうち28隻の艦砲が帝国艦隊へとその砲身を向ける。
「目標、前方の敵艦隊。撃ち方始め!」
射撃開始命令、司令官の口から発せられたそれは直ちに全艦へと通達されていく。
戦場はイロア海、砲撃を行うは28隻の艦。帝国軍の終焉を告げる交響曲の幕が開がったのだった。




