イロア海戦 壱
9日後、アルティーア帝国の首都クステファイ、その他ノスペディ、マックテーユ等各地の港から洋上で合流し、セーレン王国へ向かう軍艦1731隻、兵数384,500名、竜騎651体、実に帝国総戦力の9割近くに達する大艦隊が、セーレンに進駐した自衛隊と米軍を殲滅するため進軍を続けていた。
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旗艦アルサカス
「交渉は拒否されたか・・・。」
自身の船室にて日本侵攻軍総司令官テマ=シンパセティックは悲痛な顔でつぶやいた。
「だから申し上げたでしょう。蛮族相手に交渉など無駄だと。しかし、テマ様がこれ以上無いというべき慈悲を与えたというのに、それを拒否するとはやはり身の程知らずと称するしかありませんな。」
そう述べるのはアルサカスの艦長アフラ=アテリオルである。
「しかし相手は、我らがアルティーア帝国軍を2回も退けたニホンだぞ!心して挑まねば、これ以上帝国の威信に泥を塗る訳にはいかん。」
「ニホンがどれほど強かろうが、この帝国総出の大艦隊と兵力の前に敵う訳がありません。もしやとは思いますが、9日前に音信を入れた兵士の戯れ言を気にしているのではありますまいな?」
テマが長谷川とコンタクトを取るために音信を入れた「信念貝」の持ち主であるマイネルトは、自衛隊と米軍については兵数だけでなく、護衛艦や戦闘機、ヘリコプターなどの彼らにとっては未知の脅威である現代兵器についても当然のことながらしっかりテマに伝えていた。しかし、この世界の常識からはあまりにもかけ離れた荒唐無稽なその内容に、彼を含め帝国艦隊の誰もが真に受けていなかったのだ。
「・・・最初はあの兵士が敗戦と捕虜となったショックから生み出した想像のようなものだと思っていたが・・・、いままでのニホン軍の戦績を考えると・・・もしやと思う。我々の想定を遙かに超越する巨大な敵とぶつかることになるかも知れん。」
テマは謎の国・日本の未知なる軍事力に対する不安をこぼした。
「あなた程の方が不安を口にされるとは。これほどの大戦力、極東の蛮国の軍1つをつぶすには不釣り合いと言うもの。今の我らならばショーテーリア=サン帝国をも打ち破る事も可能!今宵は皇帝陛下に良い報告が出来るでしょう。」
アフラを始め、大艦隊の兵士全員が自分たちの勝利を疑わなかった。
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旗艦「あかぎ」 艦橋
「いよいよ今日か・・・。」
敵将テマが予告した帝国艦隊がセーレンに到達する日を迎え、自衛隊員や米軍兵士たちはすでに艦内にていつ起きてもおかしくない戦闘のために待機している。長谷川は窓の外に見える水平線を眺めていた。
「より確実に敵を全滅させるには・・・。」
この先訪れる敵の恐るべきはその物量である。長谷川の脳裏には昨日、ロドリゲス大佐より提案されたある腹案が浮かんでいた。
(いや・・・、将来日本の貿易路となり得る航路上に死の海を作り出す訳にはいかない。)
彼は心の中でその計画案を否定する。
その時・・・
「シーホークより敵艦隊を発見したとの報告!」
哨戒ヘリコプターSH−60Kから帝国軍の大艦隊を発見したという報告が「あかぎ」へと届けられた。
「すごい戦力です。今までとは比較にならない!」
シーホークの報告を聞いた長谷川は立ち上がり、艦橋から戦闘指揮所へと急ぐと、船務長 飯島に現状を尋ねる。
「とうとう来やがったか!整備状況は問題無いな!?」
「はい!昨日、全ての艦船、戦闘機の点検及び爆装を完了しました!各艦ともに異常はありません。」
「よし、完璧だな。全艦戦闘準備!各自持ち場に付け!敵戦力を殲滅する!米軍のロドリゲス大佐にもそう伝えろ!」
「了解!」
長谷川の命令により自衛隊は迎撃体勢を整える。
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セーレンの沖合 イロア海
「あと1時間ほどでセーレン王国が見えます!」
総司令官テマに部下が報告する。
「あと1時間か・・・・よし、陸が見えたら総員に戦闘準備の命令を出せ!」
「はっ!」
こちらも戦闘準備を整えつつあった。
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シオン基地護衛艦停泊地 「あかぎ」船内 戦闘指揮所
「この数は・・・、とても1500隻じゃないよなあ・・・。」
船務長 飯島はSH−60Kが送る映像を見ながら呆れ気味につぶやく。
「確か敵の軍艦には竜が積んであるんですよね?」
電測員長の津田一等海曹/一等兵曹が飯島に尋ねる。
「ご存知とは思いますが、先の海戦にて拿捕された兵士から聴取した話によれば、以前の海戦では110騎の竜が参加していたようです。」
船務士 望月二等海尉/中尉が横から補足を述べた。
「相手の艦数が1500隻だとすれば、単純に比例計算して軍艦5倍の竜5倍、500から600騎の竜を積んでいることになる。いや、もっとか・・・。アルティーアの軍艦は1隻当たり大体5〜6騎の竜を搭載出来るらしいからな。」
「しかし、全ての艦に積んである訳ではないようです。前回の戦いでもそうですが、外から見てどの艦に竜が乗っているのか判断するのは不可能です。」
「仮に敵艦が1500ではなく2000隻いるとすれば艦砲の弾数が恐らくは足りない。ヘリによる敵艦攻撃を行うことになるが・・・。」
「ヘリを不特定多数の対艦攻撃に用いるには、可能な限り制空権を確保した後の方が確実でしょう。ここは作戦通り、竜は以前の戦いのように飛び立つ前に艦ごと沈めるのが得策です。」
望月船務士と飯島船務長の会話の傍らで、総司令 長谷川は仮定を超える敵船団に対処するための戦術を思案していた。
「敵艦隊接近90km。十分に対艦ミサイルの射程圏内に入っています!」
津田の報告を受けた長谷川は最初の攻撃命令を出す。
「当初の予定通りに行く!各艦、対艦ミサイル発射!同時に戦闘機団を先行して出撃させろ!」
空母「あかぎ」、また強襲揚陸艦「しまばら」「おが」「こじま」の計4隻から、日米の戦闘機が短距離空対空ミサイル、及び空対艦ミサイルを乗せて次々と飛び立つ。
そして各護衛艦及び米軍の巡洋艦、駆逐艦から対艦ミサイルが次々発射された。
「赤外線誘導の短距離ミサイルで大丈夫なのでしょうか?」
飛び立つ戦闘機団を眺めながら、「あかぎ」航空管制員 多村が飛行長の佐分利 二等海佐/中佐に尋ねる。
「政府から中距離ミサイルを使用することに待ったをかけられたんだ。視認できる距離なんかでそんなもの使うな、とね。」
自衛隊は今までの戦闘において確実に敵の竜を仕留めるために、ミサイル本体が目標に電波を照射することでミサイルを誘導し標的を仕留める「アクティブ方式」の空対空誘導弾を装着していたが、射程距離が100kmに相当し、尚且つ高価であるそれらを消費することに、防衛省から規制が掛かったのだ。
「竜は口腔内から炎を吹くための器官を体内に持っている。防衛省のシミュレーションでは、そこから放出されている赤外線を捉えることで、赤外線画像誘導による竜の補足は可能だったが、あくまで理論上の話だ・・・。実証も行われていないからな。」
「つまり“実際にはやってみないと分からない”という訳ですか。」
実証実験を行うために、日本政府は以前よりノーザロイア各国政府に協力を打診していたが、彼らからすれば良く意味も分からない実験に、貴重な航空戦力である竜を貸し出すことは不安材料でしかなく、どの政府も首を縦に振ってはくれなかった。
(飛行した竜の中で戦闘機が取りこぼしたものに関しては、対艦攻撃に集中する予定のアパッチとシーホークと護衛艦で対処することになっている。
短距離による撃墜が不可となると我々の負担がその分でかくなるが・・・、何分予想される竜の量が量だからなあ・・・。本格的な危機になることはなくてもかなり手こずるかも知れん・・・。それ故、この攻撃でなるだけ竜を減らす必要があるが・・・。)
佐分利は敵船団へ飛行して行く戦闘機団の姿を目で追いながら、彼らの戦果を祈る。
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「報告!セーレン方向から高速で接近中の飛行物体を発見!」
帝国軍の見張りの水夫が対艦ミサイルを発見した。
「ニホン軍の攻撃か!?ばかな、セーレン王国からはまだ遠すぎるぞ!」
突如として現れた正体不明の飛行物体に対して兵士たちが騒ぐ中、対艦ミサイルは次々軍艦に着弾しこれらを撃沈した。
「軍艦200隻以上が撃沈!」
「な、なんだと!」
いきなり襲いかかって来た理解不能の攻撃にテマは愕然とする。日米の各艦28隻に装着されている4連装発射筒2基から、すなわち1隻から8発ずつ発射されたハープーンや90式艦対艦誘導弾等の対艦ミサイル計224発の雨は正確に帝国艦隊を襲撃した。
この攻撃で全騎の5分の1弱にあたる竜騎約110体が海の藻屑と消えてしまった。運良く脱出した竜騎も混乱のためか、騎乗している兵士の言うことを聞かずでたらめに飛び回り、味方の軍艦を傷つけていた。
「暴れている竜騎を早く抑えろ!」
自分たちの装備品で自分たちの船を沈められてはたまらない。最悪の事態をさけるため竜騎兵や兵士たちが慌てふためく中、その直後、水夫が次なる厄災を発見した。
「報告!セーレン方向から再び飛行物体を発見!先程のものとは違います!」
対艦ミサイルに遅れて日米戦闘機団50機がアルティーア帝国艦隊に接近していた。
「今すぐ竜騎を全て上げろ!迎え討て!」
戦闘機団を落とすため、軍艦から竜騎兵が次々飛び上がった。それらは大編隊を成して戦闘機団の方へ飛び去って行く。
「敵の竜を確認。ミサイル発射用意!」
E−2Dの命令を受けた各機のパイロットたちは、短距離空対空ミサイルのシーカーで竜の捕捉が可能かどうかの確認に入っていた。
「頼む・・・来い!」
1人のパイロットが祈りの声を口にする。
「・・・・来た!目標捕捉!」
ついに短距離空対空ミサイルが竜を目標として捉えた。その後全ての戦闘機にて目標の捕捉が成功したことを確認したE−2Dによって、攻撃命令が下される。
「全機、敵の竜に向け攻撃を開始せよ!」
直後、各機の翼から短距離空対空ミサイルが竜にむけて発射された。
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「全艦出撃!」
戦闘機団に続き、シオンの港から日米合同艦隊34隻が出撃した。
「このまま進めば約2時間半で敵艦隊と遭遇する。総員警戒を解くなよ!」
「あかぎ」艦長 安藤が乗員にアナウンスを行う。
「夢にも思わなかったな。まさかベトナム、チャイナ、ノースコリアの次に戦うのが異世界の軍隊とはね。」
「チャンセラーズビル」艦長 アントニー=ロドリゲス海軍大佐は海上自衛隊に追走する米艦隊を眺めながらつぶやく。
ここに、日本=アルティーア戦争最大の戦い「イロア海戦」が開幕した。
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「目標・・・・捕捉!シェパード1、発射!」
「シェパード2、発射!」
「シェパード3、発射!」
帝国艦隊の上空では、短距離空対空ミサイルが問題無く竜を捕捉出来ることを確認した各機のパイロットによって繰り出されるミサイルと機関砲の攻撃の前に、竜騎兵が次々と撃墜されていた。
「うわあああ!」
「た、助けてくれ!」
さらに空対艦ミサイルによって、周りの軍艦は着実に数を減らされていた。
「うわ、あの槍をまた撃ったぞ!こっちに来る!」
「撃て!何とか撃ち堕とすんだ!」
戦闘機から発射された空対艦ミサイルを撃ち堕とすために、兵士たちが甲板から矢や銃、砲を放つが、高速で飛行する現代兵器にそんな物が当たる訳も無く、ミサイルは軍艦に命中する。
「竜は3分の2、軍艦はもうすでに400隻以上を失っております!」
「これがニホンの力か・・・!」
アルサカスの艦長アフラの報告、そして一方的にやられていく竜騎部隊と艦隊の姿にテマは驚愕する。最悪の予想が的中したのだ。さらに彼らに追い打ちをかけるように次なる敵が出現する。
「敵巨大艦発見!」
「なに!・・・先程、200隻あまりの軍艦を沈めた攻撃はそいつらか!」
もはや出し惜しみする余裕は無い。テマは決断する。
「少し早いが仕方がない・・・。後ろに控える特別部隊を出動させよ!」
命令の後、帝国艦隊の後ろを付いてくるように海の中を動いていた、全長50mはあろうかという5つの巨大な影が、海のさらに深くへと消えていった。
竜110体を葬れたのは自衛隊・米軍としてはそこそこラッキーな数字ですね。




