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交渉

アルティーア帝国 首都クステファイ 軍事局


「シトス様。」


軍事大臣シトスの執務室に、海軍長クラウゼ=サイロイドが入室する。


「現在、首都または主要都市ノスペディ、マックテーユを含む各地の港にて編成されているニホンへの派遣艦隊ですが、昨日準備が整いました。後は貴方のご命令があればいつでも出撃出来ます。」


部下の報告を耳に入れたシトスは、少し神妙な表情で口を開いた。


「そのニホンへ派遣する艦隊についてだが・・・、皇帝陛下の御意志により増強を行うことになった。」


「・・・セーレンを奪われてしまった事実を受け、その様なご決定も下されるであろうと思い、すでに各地にて兵士と竜の招集を行っています。」


帝国各地に停泊している軍艦は、常に出撃出来る状態の物資を積んである。兵士と竜を乗せさえすれば命令次第でいつでも出航出来るようにしてあるのだ。それゆえ、帝国は有事の際、軍艦の準備から出航までの時間の大幅な短縮を可能にしている。


「増強の量と致しましては当初の予定であった430隻の2倍の戦力を現在準備しております。尚、出撃は2、3日ほどの延期を要しますが・・・。」


「・・・・足りぬな。」


「!?」


「陛下が望まれたのは総力による攻撃だ。」


シトスの言葉にクラウゼは目を見開く。


「すなわち全ての軍艦を、ということでしょうか?そうなりますと、編成には10日ほどの猶予を必要としますが・・・。」


「かまわぬ。どうせ敵は逃げはしない。」


シトスの命令を受けたクラウゼは退室後、兵力のさらなる追加招集を発布した。

その後、首都警備隊、国境警備隊、治安維持軍などを除き、軍事局に属するほぼ全ての兵力がニホン侵攻のために徴用されることとなる。


〜〜〜〜〜


帝国軍による支配から脱出したセーレン王国は復興のために新たなスタートを切っていた。


セーレン亡命政府は再び祖国に足を付けたことで「臨時政府」とその名を変え、帝国軍とセーレン王国軍の激戦のために損傷の激しい首都セレニアに代わる暫定的な首都として、比較的損傷の少ないシオンにその本拠を設置した。


また、帝国軍の後始末も順調に行われており、シオン市内では奇襲攻撃の際に基地から逃げ出した残兵たちが、米海兵隊員により順次拘束されている。また国内に散らばり、各地パルチザンの鎮圧任務についていた残存の帝国軍部隊は、最大の本拠地を失うことで鎮圧する側からされる側へと変わり、各地で“元”パルチザンによる鎮圧攻撃に対して抵抗を続けているが、いずれ全てが制圧されるのも時間の問題だろう。




セーレン王国 港湾都市/臨時首都シオン 日本軍/自衛隊基地(仮)


作業休憩中の2人の自衛官が話をしている。


「後発隊はまだ来ないのか、本当なら4日前に来るはずだったのに。」


「進路上で、どでかいサイクロンが発生したらしい。いつ収まるか分からんそうだ。」


後発隊は現在、セーレンへの航路上に突如発生した暴風雨の終息を待ち、ノーザロイア5王国の一、島南部に位置するミスタニア王国の首都ジェムデルトの港に足止めを食らっていた。


「・・・この季節にサイクロン?」


「嘘か本当か知らないが、何でも“海の精霊”が怒ったからだとか何とか・・・。ここは異世界だから、俺たちの常識でものを考えてはいけないのかも知れないな。鈴木少将も自ら精霊の怒りを沈めるための儀式に参加されているらしいし・・・。」


「精霊かあ・・・。本当にいるのかなあ、そんなもん・・・。」




日本軍/自衛隊基地(仮) 司令室


セーレン王国奪回から7日後、仮設プレハブの日本軍基地司令部の長谷川の元へ部下から報告が入る。


「捕虜とした帝国兵士の魔法道具より通信がありました。どうやら帝国は我々を駆逐しこのセーレンを再び支配するために、残存戦力のほぼ全てを編成した大艦隊をここに送り込んで来るようです。」


「何!?」


長谷川は驚愕する。

計画では、帝国軍の艦隊は後発隊到着後に設置する防衛線によって順次撃破していく予定であり、それ故、セーレン王国を奪われたことに激昂した帝国が艦隊を成して迫って来ることは予想通りである。

彼にとって驚愕の対象となっているのは防衛省や自衛隊が予想していたものより、敵の行動があまりにも早すぎることだ。標的となる敵戦力がここまで早期に、それも一丸となって迫って来るとは想定外の事だった。


「・・・随分急だな。我々がセーレンを奪回したのは7日前の話だぞ?」


「元々奇襲とは関係なく、日本本土へ侵攻するために編成されていた部隊のようです。それが今回セーレン基地を奪われた事実を受け、大幅な増強をされこちらに攻めてくると。

残存戦力のほぼ全てという大部隊を編成したのは、おそらく極東の島国に2回も負けたという事実が彼らの逆鱗に触れたからでしょう。」


「その規模は?」


「軍艦は1500隻を超え、総兵力として30万以上が襲来すると。帝国兵士たちは我々が殲滅されることを確信しているようで、収容所内で騒いでいます。」


ここまで自衛隊は400隻近い敵艦と10万の敵兵を葬って来た。それがまだアルティーア帝国の総戦力の4分の1程度でしかなかったことを長谷川は初めて知る。


「・・・それはいつ頃になるのか分かっているのか?まさか明日なんて言わないだろうな。」


敵の物量に少々頭痛を感じながら長谷川は部下に質問する。


「本隊の首都からの出撃が今日であるとのことなので、さすがに明日明後日は物理的に不可能ですが、詳しくはまだ・・・・。」


部下の答えに長谷川は頭を抱えた。

いつ到着出来るか分からない後発隊の問題に加え、基地の建設はおろか奇襲戦に参加した艦船・戦闘機のメンテや弾薬の装填、燃料の補給も全く終わっていない今の状況では、数が圧倒的に上回る大群に押し寄せられたら、いくら兵器の性能差が隔絶しているとは言えども負けかねない。そのことを長谷川は懸念していた。


「しかし随分詳しく情報が入って来ているな。そんな軍事情報を捕虜の通信機に漏らすか、普通?」


「確かに、仰る通り敵から教えて貰ったというのが正解です・・・。」


「??」


長谷川は部下の言葉の意味を理解しかねる。


「それについてですが・・いえ、こちらの方が本題です。」


さらなる報告に彼は覚悟して耳を傾ける。


「・・・アルティーア帝国日本侵攻艦隊の指揮官より交渉の場を設けたいとの申し入れが、捕虜の魔法道具を介して届けられました。」


〜〜〜〜〜


1時間後・・・


長谷川の集合命令を受けた各護衛艦の艦長などの幹部、米軍代表としてアントニー=ロドリゲス海軍大佐、そして「信念貝」を使用するのに魔力を貸してもらうための捕虜帝国兵士1名が長谷川の司令室に集まり、着席した。



この世界では、詠唱などで魔法を実際にその身1つで使用できるのは魔術師と呼ばれる存在だけだが、魔力そのものは全ての人間の体内に宿る。非魔術師が体内に宿る魔力を使うための触媒が魔法道具である。しかし、魔力そのものを一切持たない日本人が「信念貝」のような魔法道具を使うためには他の魔力を持つ者による補佐が必要なのだ。


このような補佐として、日本国内では主にノーザロイア5王国出身の魔術師たちが、各国大使館では現地の魔術師が雇われていた。

この世界では基本として全ての人間に魔力が宿るが、日本の他に1国だけ、「とある大国」の民は日本人同様に魔力を持たないらしい。



「録音準備OKです。」


「あかぎ」艦長 安藤はメンバーが取り囲んでいるテーブルの上に、スイッチが入った録音機を置く。


「・・・マイネルト君、つなげてくれ。」


名を呼ばれた帝国兵士は長谷川の言葉にうなずくと、貝の口に向けて帝国艦隊の指揮官に音信を繋ぐコードを唱えた。その後、貝の口を長谷川たちの方へ向ける。


「十数秒後、相手に音信が届きます。会話については聞くにしても話すにしても、この貝の口を介して行います。この貝まで届く声量で話せば良いのでそこまで大声を出す必要はありません。」


元通信兵であるマイネルトは、幹部たちに「信念貝」について軽く説明をする。


(なるほど、便利なもんだなあ。魔法って言うのは。)


ロドリゲス大佐は、異世界で初めて触れるファンタジックな品物に少し心踊らせていた。


その時、貝の向こうから声が発せられた。


「お時間頂き恐れ入る、私の名はテマ=シンパセティック。今回、ニホン侵攻軍総司令官の職を戴いている者です。」


意外にも礼儀をわきまえた敵将の挨拶にその場にいた全員が少し驚く。


「これはご丁寧に。私は日米合同艦隊総司令の長谷川誠といいます。さて、貴国に敵対する我々に対して一体どのようなご用件ですかな?」


長谷川は早速相手の目的を探る。


「今回、セーレン基地占領の任に就かれたのは貴方かな?」


「いかにも。」


「前回の極東洋での戦いも?」


「・・・いえ、それは別の者が。」


「ほう、奇跡的とはいい、ニホンという国の将は貴方を含め、圧倒的不利な戦況を逆転させる術に長けているようですね・・・。」


「列強たるアルティーアの将からその様にお褒め頂けるとは、これは恐縮千万。」


しばらくお互いの腹の探り合いが続く。そしてついにテマが本題の内容に一歩踏み込んだ。


「ニホンという国の名を実は開戦前に耳に入れたことがありましてな・・・、以前我が国の商人が港にて、どこから仕入れたのか分からぬ鮮やかな織物や奇妙な品を取引しているのを目にしたので出所を尋ねたところ、彼らはそれらをノーザロイアを経て入って来たニホンという島国の産物だと答えた。

特に生地や織物の鮮やかさといったら、我が国の熟練した職人でもあのような品はそうそう作れはせぬほどのものだった。それに他の品々にも、我が帝国でも解明し得ぬ未知の技術が使われていることに実に衝撃を受けたのです。」


「・・・。」


テマは開戦以前からニホンについて独自に情報を掴んでいたことを伝える。


「我々は早ければ9日後にセーレンに到達し、あなた方を殲滅したその後、あなた方の母国であるニホンを血と火の海にしなければならない。

しかし私は、戦略眼に長けた貴方の様な指揮官や、世界の辺境にありながら長けた技術を持つ貴国の民を政府の命のままに殺戮し尽くすことを口惜しく思っている。」


「!」


敵将による予想外の発言に司令室にいる全員が顔を見合わせた。


「そこの捕虜兵士に聞けばセーレンに駐留しているニホンの兵は1万人いるかどうかの数とか・・・。いくら貴方が優秀な指揮官でもこの兵力差をひっくり返すのは不可能でしょう。

そこでどうでしょうか、もしあなた方が降伏し、我々に協力するならば、ニホン国内における軍事行動は政府首脳と王の処刑に止め、あなた方と貴国の民の命は保証致しましょう。そのためにはあなた方が持つニホン国内についての情報提供が不可欠ですが。」


「!!」


長谷川たちは驚愕する。テマが提示してきた交渉とは、簡潔に言えば命惜しくば降伏した上に国を裏切り日本国内での道案内をしろ、という内容だったのだ。


「私たちにニホンを侵略する手助けをしろと!?」


長谷川は少し興奮気味に聞き返すが、貝の向こうのテマは落ち着いた声で答える。


「貢献次第では、戦後、軍事局に対してアルティーア軍の将官ポストに貴方を推薦することも考えています。双方にとって悪い話では無いのでは?」


「!・・・それはなんとも光栄な話ですがね、私がアルティーア軍の将官の地位に就くなど不可能ではないのですか!?まず貴方が良くても、他の軍人たちや役人が私を信用しないでしょう!」


長谷川を含め司令室にいる全員が、敵国の将を自軍の将官の地位に据えるというテマの発言内容を理解しかねていた。


「私が軍事局の上層部に顔効きすれば人事を操作するなど訳ありません。貴方がどれほど信頼するに足る人物かということについては、ニホン本土占領戦における貴方の貢献度にて便宜を図りましょう。それに第一、どのような出自であれ能力に優れている者こそ上位の地位に座すべきだとは想いませんか?」


「!?」


長谷川たちの頭上に感嘆符と疑問符が踊る中、テマは持論を述べ始めた。


「私は思うのです。今、我が軍の将官はコネや身分によって幅を効かせただけの本来その地位に就くべきではない無能者によって占められている。130年前、大陸統一に乗り出した当時の皇帝であるアシュール帝は、能力が優れている者を出自・身分に関わらず、時には占領した国々の遺臣や将でさえ積極的に登用されたと云われている。しかし彼が掲げた“能力主義”という気高い志は軍や政府からは今や完全に消え失せている。仕舞いには大陸統一が不可能だからと、今度はこのように極東洋へ向けて版図を拡げようとする始末だ。

しかし、大陸の統一が現実として行き詰まっている今この時こそ、能力主義を採るべきなのではないかと。その先駆けとして貴方を我が軍の将として迎え入れたいと考えているのです。」


「・・・。」


「もちろん決断には悩まれるでしょう。今すぐに決めろとは申しません。返答期限は、そうですね・・・・8日後の日の入りまでと言うことでどうでしょう?」


「・・・良いでしょう。8日後ですね。」


長谷川は少し間を置いて答える。


「良い御返事を期待していますよ。兵と民の命を望むのでしたらね・・・。」


その後、程なくして音信が切れる。


(・・・随分と崇高な志だ。だが貴方は重大な勘違いをしている。)


長谷川は心の中でつぶやくと、部下である古田二等海佐/中佐に尋ねた。


「後発隊がセーレンに到着するまで、あとどれくらいかかる?」


「・・・先程入ってきた報告に依りますと、暴風雨は次第に弱まって来ているらしく、明後日には出航出来るということなので、4日後の早朝にはシオンに到着するかと。」


「確か彼は帝国艦隊が到着するのは早くて9日後だと言っていたな。」


「ええ。」


「・・・時間との戦いだがなんとか間に合いそうだな。4日後、後発隊が到着したら直ちに燃料の補給と各装備の点検、艦砲弾の補填及び戦闘機やヘリのミサイル装着を急ぐんだ!」


「了解!」


長谷川の命令を受けた幹部自衛官たちは、敬礼した後に司令室から退出した。


「・・・返答はどうするので?」


部屋に残っていたロドリゲス大佐が長谷川に尋ねる。


「・・・決まっているでしょう。」


長谷川は少し間を置いて答えた。


「確かに。・・・愚問でしたね!」


そう言うとロドリゲスも司令室を後にする。

誰もいなくなった司令室にて長谷川は窓の外を眺めていた。夕日の光がブラインドの隙間から部屋の中へ差し込んでいる。


(時間が無い・・が仕方ない。なんとしてもここは守らなければ。)


長谷川は敵を迎え討つ覚悟を固める。



首都クステファイから出撃したアルティーア帝国日本侵攻艦隊の旗艦を含む本隊は、航路の途中途中においてノスペディ、マックテーユ等国内各地の港から出撃した別の艦隊と次々合流を果たし、その3日後には軍艦1731隻、兵数384,500名、竜騎651体、実に帝国総戦力の9割近くに達する大艦隊となって、一路自衛隊と在日米軍が駐留するセーレン王国へ向かうのであった。

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