セーレン王国奇襲作戦 弐
港湾都市シオン市街地
この街のある酒屋区画の地下には、元セーレン王国軍兵士や警吏から成るパルチザンの総本部があった。
5日前、それまで拠点としていた場所が帝国兵に発見された。壮絶な脱出劇の末、命からがら逃げ延びたパルチザンのメンバーたちが、次なる戦いに備えて地下アジトで休眠を取っている。建物の屋上では負傷を免れた者たちが交代しながら、見張りとして周囲の警戒及び占領軍基地の観察を行っていた。
「・・・!!」
大きな爆炎が基地で発生したかと思うと、少し遅れて爆音がシオンの街に響き渡った。それも1度ではない。爆炎は何度も基地を襲い、それに伴い爆音は何度も街中に響き渡る。
「な、何なんだ、一体!?」
爆音に叩き起こされた街の住民たちが建物の中から続々と外へ出てくる。
そして酒場の地下アジトからも、メンバーたちが謎の爆音の正体を確かめるために、見張り番がいる屋上に上がって来た。その中には元セーレン王国将軍の1人でパルチザンの総隊長であるセシリー=リンバスの姿もあった。
「一体どうなっているんだ!?」
セシリーは見張りのパルチザンメンバーに尋常ではない今の状況を尋ねた。
「帝国軍基地にて大きな爆発が起こっている模様です。おそらく攻撃を受けているものかと!」
「何だと!?」
驚愕したセシリーは改めて基地の方へ視線を振る。
「一体・・・どこの国が?」
その時、彼の脳裏には2週間程前に世界を騒がせたというある事件が浮かんでいた。
極東洋において、極東連合がなにやら強大な軍事力を持つ国家を味方に付け、帝国軍艦隊を完膚無きまでに撃退したという情報がパルチザン総本部に入って来たのだ。
世界魔法逓信社が発信した情報とはいえ、帝国軍の力を嫌と言うほど思い知らされていた彼らはあまりにも現実的ではないその内容に半信半疑だった。
しかし、たった今現実として七龍・アルティーア帝国軍の基地は猛攻を浴びている。この距離からは確認の仕様がないが、あの爆炎の下では帝国兵たちの死体の山が築かれているはずだ。
どういう理由かは分からないが、極東連合に与したものと恐らくは同一の国家が、今度はセーレン王国に与し、自分たちの敵であるアルティーア帝国軍を攻撃している。彼らの目にはそのように見えた。入手した情報ではその国の名は不明だったが、恐らくはアルティーア帝国と同じ七龍国家の残り6カ国のいずれかだろう。セシリーはそう考えていた。
「何にせよ、これは好機だ!」
セシリーに率いられたパルチザンたちは、爆音に不安がるシオン市民の間を抜け、一路瀕死の状態に陥った帝国軍基地に向かう。
〜〜〜〜〜
早期警戒機ホークアイ 機内
対地空爆後、各戦闘機はその機首を自分たちが飛行してきた海の方へ向ける。港には敵の軍艦が並んでいた。
『港には何隻並んでいる?』
旗艦「あかぎ」から早期警戒機ホークアイに通信が入る。
「目算ですが50から70隻程かと」
『了解』
少し間が開いた後に「あかぎ」から次なる命令が下る。
『そこから7km南東、また5km南南西方向に哨戒活動中の敵艦と思しき艦をレーダーにて確認している。正確な数は不明だが、空対艦ミサイルにてそちらの撃破に向かってくれ。詳しいデータを送る。港に停泊している敵艦についてはこちらで撃破する』
「了解」
その後、空爆任務を終えた戦闘機団は航海中の敵艦撃破のために帝国軍基地を後にした。
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基地司令室
「敵航空戦力は海の方へ向かって行きました。」
部下の報告にサファルはひとまず安堵する。
「一体どれほど死者が出た・・・?」
被害状況を尋ねる質問に、部下の兵士は悲痛な顔で答える。
「竜は全滅・・・、兵力についても宿舎が攻撃を受けたため8割方を喪失。生存者についてもそのほとんどが負傷し戦闘は不可能です。事実上このシオン基地は軍事基地としての機能を失いました・・・。」
「・・・軍艦の方はどうだ?」
「爆発に巻き込まれて沈没した6隻をのぞき、各艦大きな被害はありません。しかし乗船する兵士を喪失しています。当直として乗っている水夫だけでは艦を動かすには人員不足です・・・。」
「・・・くそ!」
何1つ救いようが無い状況に、サファルは壁を殴り憤慨する。今この状態でパルチザンの襲撃を受ければひとたまりも無い。
「動ける兵士に銃を持たせ、パルチザンの襲撃に備えろ!」
「了解!」
サファルの命令を受け、部下は司令室を後にした。しかしその数十秒後、先程出て行った部下と入れ替わりで兵士の1人が血相を変えて飛び込んで来た。
「報告します!南の海上に灰色の巨大船団が現れました!」
「なに!?」
戦闘機の空爆を凌ぎ安堵した矢先の新たな敵の出現にサファルは狼狽を隠せない。これ以上、強大な敵を防ぐ手立てなど彼らにはもう存在しなかった。
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旗艦「あかぎ」 戦闘指揮所
「港に停泊している敵艦および敵基地を確認」
前方を進む護衛艦「まや」から各艦に報告が入る。
「全艦、打ち方始めぇ!」
日米艦隊は長谷川の号令を合図に、停泊している敵軍艦に向けて艦砲による攻撃を開始した。ただ停泊しているだけのガレオン船など、彼らにとってはいい的にしかならない。帝国が誇る艦隊は、日米合同艦隊の連続射撃によって一隻ずつ確実に沈められて行く。
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シオン アルティーア帝国軍基地 沿岸部
帝国兵士たちは一方的に沈められていく艦隊をただただ見ていた。自軍が誇る軍艦がなす術も無く木片をまき散らしながら、次から次へ撃沈されていく。
すると、呆然と立ち尽くしている彼らの耳にパタパタパタ、と不思議な音が入って来た。その音は軍艦から昇る煙の向こう側から近づき、徐々に大きくなって行く。
数秒後、港から立ち昇る煙を裂くようにしてその音源が姿を現した。緑色のまだら模様をしたそれらは彼らの上空を旋回すると、その腹部に装着されている鉄の筒から、凶弾を吹き出した。
「じ、銃撃だ!退避!」
音の正体は陸上自衛隊のアパッチロングボウとアメリカ海兵隊第1航空団のヴァイパー、そしてツインヒューイ、計12機であった。地上の残存戦力掃討のために「かが」と「しまばら」から飛び立ったのだ。
「死にたく・・ぎゃああ!」
「こっちに来るなああ!」
「腕・・・!俺の腕がああ!」
空からの機関砲やロケット弾により、帝国の兵士や基地施設はまるで蟻の行列が人間に踏みつぶされるように殺戮、破壊されていく。その残虐な様相はまさしく地獄と呼ぶにふさわしかった。
「くそ・・・!あのうるさい羽虫どもを打ち落と・・・」
すでに錯乱していたのか、不可能だと分かっているはずの命令を出そうとした基地司令サファルは、その全てを言い切る前に、司令部の建物ごとAH−64Dのロケット弾による爆撃を受け絶命した。
その後、日米合同艦隊と戦闘機団は軍艦の掃射を完了し、シオン基地に存在したアルティーア帝国の戦力は陸海空そのほぼ全てが文字通り消滅したのだった。
この奇襲で、アルティーア帝国は軍艦51隻、竜騎81体、兵士約32、000名を失うこととなった。
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同時刻 ノーザロイア島 南部沖合 「いずも」艦内
今回の日米合同艦隊の主力である後発隊が、ノーザロイア島の南の海上を進んでいた。自室で資料の整理を行う鈴木海将補の元に、1人の士官が訪ねていた。
「先発隊が敵基地の占領を完了したとの報告が入りました」
「おお〜、さすが長谷川君。仕事が早いねぇ〜」
先発隊の後を追う合同艦隊後発隊総司令の鈴木実海将補/少将は、任務成功の報告に満足そうに答えた。




