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開戦

日本政府の少し黒い部分が垣間見える回です。

12月29日19:00 日本国 首都 東京 首相官邸


「以上をもちまして、これまで積み重ねた外交努力も空しく、日本はアルティーア帝国より宣戦布告を受けました。この帝国の愚行に対して日本政府は徹底的な防衛戦を決定致しました。」


記者会見の場において外務大臣 峰岸孝介が発した言葉にその場にいた全員、またテレビ・ラジオの前にいた国民は騒然とする。


「前回の軍事支援がきっかけとなったのではないのですか!?」

「この世界でも戦争を招いた責任を自民党はどう取るつもりですか?」


質問やヤジが左系のマスコミから飛ぶ中、峰岸は冷静に口を開く。


「そう、その通り我々はあの東亜戦争を乗り越えたではないですか。あの国難を乗り越えた今、この世界で近世レベルの軍隊が攻めてくるということに何の恐怖を抱く必要がありましょうか。」


大臣のこの発言に記者、国民が戸惑う。


「ご心配せずとも、近世レベルの兵器や軍隊など自衛隊の現代兵器の前には吹けば飛ぶ紙切れのようなものです!それは前回の軍事支援で証明されています!」


負ける訳が無い。その事実を峰岸は断言する。


「約束致します。日本政府は国民誰1人の命も奪わせたりしません!どうか安心して頂きたい。」


記者会見は終了した。


~~~~~


首相官邸 国家安全保障会議 緊急事態大臣会合


今後の具体的な方針について討議するため、議長たる首相、議員たる防衛相や外務相などの閣僚、及び議長により関係者として出席が許された防衛省官僚が集まっていた。


「今回アルティーア帝国に対して徹底的防衛戦を行うにあたり、実際にどのように戦闘を行うかについて我が省が立てた方針ですが・・・。」


防衛大臣 安中が、防衛省が立てた今後のプランについて説明を始める。


「短期決戦で行きます。」


すこし溜めたあと、安中は主軸となる方針を述べた。


「短期決戦?」


泉川が言葉の真意を問う。短期決戦ということはこちらから積極的に攻撃をしかけ、相手を追い込むということだろう。専守防衛を国防の基軸として来た現代日本にとってはある意味で初の試みとなる。


「もちろん、専守防衛を基軸として敵さんがこちらへお見えになるのを根気良く待ち、領海内で迎え討つのも選択肢の1つですが、その場合敵船団が障害となり周辺国との貿易や近海での漁業に影響が出ます。

それゆえ、宣戦布告をしてきた敵国という存在に対してこちらから積極的に行動し、日本国民の生活と生命に一刻も早い安らぎを与える。これが、防衛省が考える“徹底的防衛戦”の解釈です。」


今回、短期決戦という方針に固めた背景には、異世界の国からの不安定な輸入に頼らざるを得ない切実な食糧事情がある。その如何ともしがたい事実を安中は述べた。


「では詳しい作戦内容について説明します。・・・西島くん。」


「はい。」


安中に名前を呼ばれた防衛官僚が壇上に立つ。


「防衛省防衛政策局次長の西島佳紀と申します。早速ですが、今回防衛省が立案しました戦闘計画の詳しい内容について説明させて頂きます。」


西島はプロジェクタに写し出された地図のとある島をポインターで示した。


その後、西島が説明した内容は簡潔にまとめると以下の通りだ。


1、セーレン王国は日本とアルティーア帝国主要部(大陸東北部)との最短航路上にある島国である。ここは帝国の占領下にあり、事実上日本に最も近い敵軍事拠点である。

2、ここを攻撃するために海上自衛隊の護衛艦隊、及び在日米海軍の艦船による合同艦隊を組織し、それらを先発隊と後発隊に分ける。

3、先発隊によって、帝国主要部から日本への最短航路上にあるセーレン王国のシオンという港町の沿岸に存在するアルティーア帝国の基地を攻撃、殲滅。

4、その後、基地の建築機材、追加の弾薬・燃料、施設科隊員、民間建設企業作業員などを乗せた後発隊を3日遅れでセーレン王国に派遣。ここに拠点を建設し海上防衛線を設置。日本に向かう帝国軍を順次迎え撃ち、ここより東側に存在する民間船貿易路への侵入を阻止。

5、その後、帝国軍が疲弊したところで大陸北東部のヘムレイ湾(帝国主要部)に侵入(海上防衛線は一部艦艇をセーレンに残すことで維持)。ヘムレイ湾内の北部沿岸に存在するアルティーア帝国主要都市の1つであるマックテーユを占領。ここにも拠点を建設。

6、マックテーユを第2の拠点として帝国首都攻撃を開始。


ここまで説明したところで西島は質問の有無を議員たちに尋ねた。


「少しいいですか。」


挙手したのは国交相の石川良信だ。


「はい、どうぞ。」


「首都攻撃の詳しい内容とはどのようなものですか?」


「その時の状況にも依りますが、現在想定しているものとしては、まず戦闘機によって、首都の防衛を担う海上、及び航空戦力を破壊した後に上陸による首都占領、及び要人確保といった流れになっております。」


石川の質問に答えた後、西島は説明を続ける。


「尚、これは暫定的な計画内容であって相手の出方によっては変更される可能性も大きいということをご理解ください。

計画内容の変更については、相手の出方を見たあとでその都度判断しますので、その時改めて説明致します。」


簡潔な説明を済ませた後、西島は最後に参加者全員がもっとも不安視している最重要の事柄を述べる。


「なお予算については3兆円ほどと見込んでおります。」



閉会後、身支度を整え会議室を出る安中と峰岸に石川が耳打ちをする。


「明日の夜、『樹蝶』で会いましょう。話があります。」


その後、何も無かったように3人は会議室を退出した。


~~~~~


翌朝 サファント王国 首都ポートレイ


富田はセーレン亡命政府本拠を再び訪れていた。


「いきなり主張を一転させるとは、どういう風の吹き回しだ?」


相変わらず見下した態度で接して来るセーレン人に富田はあきれる。


「黙りなさい、シモフ。・・・・此度の貴国の決断、亡命政府の総意として感謝致します。」


セーレン王国はアルティーア帝国の首都クステファイから日本への最短ルート上に位置している。

そのため日本政府はセーレンに存在する帝国軍基地が日本侵攻軍の中継、補給に使用される可能性が大として、ここの占領軍及びその基地を殲滅することを決定したのだった。


「こちらがセーレン王国奪回に日本軍を派遣するにあたって日本政府が求める要件です。」


富田がヘレナスに手渡した書類には次の事が書かれていた。


・ セーレン王国政府は王国奪回のため日本軍がセーレン国内に進駐することを認める。

・ セーレン王国政府はその政権を回復したあと、日本国と対等な国交を開設する。

・ セーレン王国政府は日本軍がアルティーア帝国の占領軍をセーレン国内から駆逐したあと、同国内にアルティーア帝国本土を攻撃するための基地を建設し、駐屯することを認める。

・ 日本軍及びそれに協力する日本国民はセーレン国内の基地設備とそれに属する戦力を、セーレン王国政府の意向に関わらず自由に使用できるものとする。

・ 基地敷地内は日本国の法制下に置かれるものとする。また基地に属する日本軍兵士及び日本国民は治外法権のもとに置かれる。

・セーレン王国政府は日本軍による国土奪還の見返りとして日本政府の意向も考慮に含め、日本国に対して何らかの対価を提出する。

・奪還戦の経費については王国奪還後、セーレン王国政府は日本政府の請求に従ってこれを支払う義務を負う。

・ 日本と帝国との戦争が終結した後の基地の扱いについては、その時両者の間に改めて協議の場を設ける。


「・・・問題ありません。セーレン王国をアルティーア帝国の手から取り戻せれば、我々としては、文句はありません。」


一通り目を通したあと、ヘレナスは答えた。


会談後、


「正気ですか!?ヘレナス殿下!あのような条件を飲むなど・・・、奴ら確実にセーレン王国に居座る気ですよ!蛮人どもに租借地を与えるようなものです!」


自室に戻るヘレナスに近衛師団長シモフが詰め寄る。


「こうしている間にもセーレン(故郷)では国民や同胞たちが地獄を見ている、我々には手段を選んでいる暇は無いはずですよ。」


ヘレナスは毅然とシモフを諭した。


~~~~~


同日 日本国 東京 駐日アメリカ大使館


「では新たなアメリカ合衆国建国のために援助をしてくれると?」


訪問して来た外務官僚 壱川吉利の言葉に、駐日アメリカ大使キャルロス=ケーシーは目を見開いて聞き返す。


「はい。しかしそれには1つ条件があります。」


「条件とは?」


「先日、日本はこの世界での強国、アルティーア帝国から宣戦布告を受けました。この戦争での勝利のために在日米軍が自衛隊に協力すること、これが条件です。」


「そうすれば、我々の要望をかなえてくれるのですね?」


「ええ、戦勝後には日本国外の地に新たなアメリカ合衆国の建国を約束しましょう。」


「わかりました。日本の勝利のため、我々は全面的に協力します。」


「ありがとうございます。」


「いえこちらこそ、日本政府の決定に感謝します。」


交渉終了後、大使館を出た壱川は電話で上司に交渉成功の報告を入れる。


「こちらは済みました。在日米軍は自衛隊に全面協力するとのことです。」


アメリカの協力を得られたことに、壱川は安堵するのだった。


~~~~~


同日 22:00 帝都ホテル 塔館地下1階 料亭「樹蝶」


VIP用の出入り口から閣僚3人が来店した。


「いらっしゃいませ。」


石川は右手で“3人”というジェスチャーをしながら、出迎えたウエイターに一言つぶやく。


「個室を頼む。」


「承知しております。こちらへどうぞ。」


店の人間は国の重要人物の来店にも慣れた様子で3人を案内した。

個室席に座った後、3人はウエイターが差し出したメニューを見て料理の注文をする。ウエイターが一礼して退室したあと、石川は一息着いた様子で水を含んだ。


「で、何ですかな、話というのは。」


峰岸がおしぼりで手を拭きながら尋ねた。


「前回の軍派遣、そして今回の開戦。これら2つを経て少し考えたのですが・・・。」


ここで石川は言葉を詰まらせる。


「どうしました?ためらわずに仰ってください。」


安中が発言を促す。


「・・・単刀直入に言います。私はロバーニア沖海戦から帝国との開戦まで、ここ1ヶ月の間の出来事が全て誘導されているような感じがしてならなかった・・・。

特にあなた方・・・というか外務省と防衛省はこの世界に新しい「大東亜共栄圏」を作るおつもりですか?それとも日本をこの世界での「世界の警察(アメリカ)」にでもするつもりですか?」


「!」


閣僚2人は国交相のこの発言に、少し驚いた表情を見せた。少しの沈黙がその場を支配した後、峰岸が口を開く。


「・・・たとえ、帝国に派遣していた使節団にロバーニア派兵を思い止まらせるように帝国を説得させたとしても彼らは聞く耳を持たなかったでしょう。それに、軍事支援をあそこで行わなかったとしても、その後アルティーア帝国がノーザロイアへもその矛先を向ければ、どちらにしても衝突は避けられなかった・・・。それに軍事支援にはあなたも賛成したでしょう。」


「・・・それはそうですが・・・。」


「いま確かに日本は第2次大戦後、類を見ないほどの対外軍事行動を行っていますが、あなたはそれを不安に感じているのではないですか?気持ちは分からないでもありませんが、これは日本が生き残るために必要なことなのですよ。」


峰岸の言っていることは確かに正しい、しかし石川は違和感をぬぐえない。

たとえば、そう・・・あの9大臣会合の場で参加閣僚が誰1人異を唱えなかったこと、まるで全員の結論が予め決まっていたかのように。


その後、コップの水を含んだ峰岸の口から新たな事実が語られ始める。


「・・・12月初めに在イラマニア大使館から外務省に送られて来た情報ですがね、アルティーア帝国の北部、ヤワ半島に良質な鉄鉱石が出土する鉱山があるそうです。」


「!!」


石川は峰岸の言葉に驚愕する。


「それでは、それが目的で!?」


「そうではない。宣戦布告してきたのはあちらの国です。大義は我々にあります・・・。」


興奮気味の石川をなだめるように、安中が続ける。


「あくまで我々が求めるのは日本の安全と・・・繁栄です・・・。」


さらに沈黙がその場を支配する。

その後、ウエイターが持ってきた焼酎を、峰岸は石川と安中のグラスに注ぐ。


「本州じゃ日本酒がメインらしいが、九州生まれの私にとってはこちらの方がなじみ深くてね・・・。」


2人のグラスになみなみ注いだ後、今度は自分のグラスに注ぎながら、峰岸は本題を語り出した。


「・・・転移後、国内の鉄生産は既存の鉄鉱石の在庫と、都市鉱山のリサイクルによって賄われて来ました。これは貴方もご存じでしょう。しかしリサイクルにも限界がある。何より量が少ない。現状として鉄鉱石の輸入が滞っている国内の重工業は転移前と比べて、その経済規模は2周り劣る程に落ち込んでいる。転移後、海外における貿易基地建設を民間企業に発注することによって、瀕死状態となった国内経済をなんとか繋いで来ましたが、このままではそれもままならなくなります。」


「それは知っています。何とかしなければならないことも。」


グラスを口に寄せながら石川が答える。公共事業の将来的な行き詰まりなど国土交通省大臣である自身が一番分かっていることだった。そして次は安中が語り始める。


「そのため主に鉄鉱石の輸入を主な目的として、外務省はアルティーア帝国に使節団を派遣しました。しかし、全くといって良いほど取り合ってもらえませんでした。」


「・・・・。」


再び峰岸に語り手が移る。


「いくら資源が必要とは言え、それを理由にこちらから宣戦しては第2次大戦前の日本に逆戻りです。さすがにこれは多くの世論の反発に遭うでしょう。しかし、そこに極東連合からの軍事支援要請があった・・・。さすがに外交官1名が殺害されたのは予想外でしたが・・・“予想通り”、彼らは我が国に対して宣戦して来ました。

他国から宣戦布告“された”とあらば、東亜戦争を経験した国民は帝国に対する武力行使を支持するでしょう・・・使節団襲撃事件も今考えれば、国民感情に火をつける良いスパイスとなった。」


「・・・!」


「他の友好国にも、こちらからは宣戦することは絶対に無い平和主義国家としての顔を保つことが出来る。国力が隔絶されており、周辺国にとっては相当な脅威であるはずの我が国が彼らから信頼されているのは、憲法に従い侵略戦争放棄を遵守しなければならないという保証があるのも理由ですから、これは大きな利点です。

それにアルティーア帝国を徹底的に叩いて、彼らを短期で降伏させれば、世界各国に軍事力の高さを示せるし、そうなれば大陸国家との外交もスムーズになる。

以前の9大臣会合の前日に、これらのことを他の閣僚に説明したら、彼らはロバーニア派兵に快く納得してくれました・・・。」


「・・・泉川総理は9大臣会合の場では派兵を少しためらわれているように見えましたが・・・。」


石川はもう1つの疑問を尋ねる。


「総理にこのことをお伝えしたのは9大臣会合の後でしたから。」


安中は素っ気なく答えた。


「なぜ?」


「総理は優れた人物です。それは我々閣僚が一番分かっていることです。しかし、彼はまだ若い。単純に国防のためではなく将来的な帝国からの資源奪取を見据えた派兵となれば、恐らくその可否に揺れたでしょう。もちろんその後の説明には納得して頂けましたが。」


「では、総理すら知らぬうちにあなた方2人だけでここまでの筋書きを立てていた訳ですか。さらには、閣僚の中で唯一、自民党の所属ではない私には今まで何も伝えなかったと!」


正式開戦に至るまでことの成り行きについて知らなかったのは自分だけ。

規模は劣るとはいえ、連立政権を組んでいるはずの自民が自分たち公明党をのけ者にしたのではないか、さらには、内閣の長である総理にすら一時的とはいえ“筋書き”を秘匿にしていた。石川はこれらのことを少し憤る様子で尋ねた。


「・・・お伝えする機会が中々得られず、事後報告に成ってしまったことは申し訳ありません。しかし、我々自民党は長きに渡り連立政権をともにしてきたあなた方公明党を、今までも、そしてこれからもパートナーとして両党の関係を大切にして行きたいと考えています。貴方だけ事後報告になってしまったことも他意は無い。どうか、今回の事は寛大に見て頂きたい・・・。」


そう言うと、峰岸は少し頭を下げる。


「・・・・。」


その後、3人の大臣による密会は深夜に及んだ。


一応補足しておきますが安中も峰岸も、外交官の襲撃事件は悼むべき、怒るべき悲惨な出来事だと胸中ではちゃんと思っています。

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