対日宣戦
いよいよ正式開戦ですが、帝国は一体どのような行動に出たのか・・・。
日本政府は、11月15日以降アルティーア帝国に派遣していた使節団に対して、ロバーニア沖海戦への参戦を決定したその日に、安全確保のため帝国からの一時国外退去を通告していた。
しかし、アルティーア帝国は首都における防衛や密輸入、スパイ防止の観点から、許可状があるものを除いて、他国の船が首都クステファイに停泊することを禁止しており、使節団の船である護衛艦「いなづま」は陸路では東京札幌間ほど首都から離れている帝国第二の都市ノスペディ沖合に停泊していた。
また帝国国内の移動は現地で雇った馬車を使用していたため、首都入りしていた使節団が12月12日に国外退去命令を受け取り、再びノスペディに到着したのはその16日後の28日の夜のことだった。
「やっと日本に帰れる。こんなおごり高ぶった連中との交渉なんて金輪際ごめんだね!」
「外務省も外務省だ。上役ったら『この国との交渉は不可能』と再三報告しているのに、『なんとかして来い』の一点張りだもんな。」
「あいつらそもそも日本を極東の未開国としか認識してないのに、この世界の外交常識から考えて対等な立場での国交開設なんて応じる訳がないんだよ。」
アルティーア帝国に派遣された外交官、嶋と川口は馬車の中で愚痴をこぼす。ノスペディの港まで来たところで、外交官2人と護衛としてついていた陸上自衛官3人が馬車から降りる。
「では旦那、あたしゃこれで。」
「ああ、長距離ごくろうさん。」
川口がねぎらいの言葉をかけ、使節団は雇い馬車の主人と別れた。
「船はこちらです。」
佐藤陸士長の先導で使節団は「いなづま」へ向かうための小型船が停留している桟橋へと歩く。夜半の冷たい海風を感じながら一行は港を歩いていた。
その時・・・
「! 何だ、お前は!」
フードをかぶった男がいきなり彼らの前に立ちはだかった。見るからに怪しげな風貌に5人は本能的に警戒心を強める。
「貴殿らをニホン国使節の方々とお見受けする。」
我々の身の上を知っている。こいつはいよいよ怪しい。
「・・・ええそうですが、何かご用ですか?」
嶋が相手に言葉を返し、少し前に出たその時・・・
「嶋さん、前に出ないで!危ない!」
「え・・・。」
佐藤の警告と同時に、突如男が剣を振り下ろし嶋の左前腕をはね飛ばした。
「ぐっ・・・!うわあああ!」
あまりの激痛に嶋は倒れ込み、うずくまる。
「嶋!・・・貴様一体何を!?」
「・・・・。」
川口が叫んだ、が男は何も答えない。
そして嶋にとどめをさそうと男が剣を振り上げたとき、佐藤は持っていた拳銃で素早く男を射殺した。
「ぐはっ!?」
男が倒れる。
直後、使節団員たちが周りを見渡すと、自分たちに敵意があると思われる集団にいつの間にか取り囲まれていた。
「なんだ、お前たちは!」
佐藤の問いに集団のリーダーと思しき人物が答える。
「我々はアルティーア帝国軍だ。貴様らの国は極東洋にて帝国への敵意を表明した。皇帝陛下ウヴァーリト=バーパル4世の命により貴様らを殺し、その首をさらすことでニホンへの宣戦布告とするのだ。」
「!!」
「愚かな蛮国だ、自らその死期を早めるとは。首都での貴様らとの交渉の場では、常識をわきまえぬ貴様らニホンに帝国はこの上ない慈悲を与えたというのに。」
「・・・何が慈悲だ!」
佐藤は怒りをあらわにする。
帝国との外交交渉は日本使節団にとっては侮辱の連続だった。外務局を訪問した後、5日間窓口で待たされたあげく、ようやく会えた担当者の態度も礼の無いもので、その発言内容も属国化、奴隷供出、果ては天皇陛下への土下座外交要求と日本人として耐え難い屈辱的なものだったのだ。
「城、山本・・・、敵中を突破し『いなづま』へ帰還するぞ。」
佐藤は部下の一等陸士2人に小声で命令を出す。その言葉に部下2人は黙ってうなずいた。
「発砲!!」
佐藤の号令で自衛官3人は拳銃を帝国軍に乱射した。
「ぐはっ!」
「げふっ!」
銃弾を受けた10人ほどの帝国兵がなすすべも無く倒れていく。この一瞬の出来事に他の帝国兵たちが怯んだ。
「これは銃か!なぜ蛮国の一兵卒ごときが銃を持っている!?」
その様子を見た帝国軍の隊長が拳銃を手にしている3人を睨みつける。
彼らにとって持ち運びの出来る小型の火砲の「銃」は「とある大国」によって近年開発された最新兵器である。アルティーア帝国にとってもその銃を輸入から自国生産に切り替えることができたのは最近の話であり、その最新兵器を文明後進国がすでに実用化、さらには小型化しているなど、想像すらしていないことだった。
「今だ!!走れ!!」
そんなことはつゆ知らず、佐藤の号令を受けた川口、城、山本の3人は、こじ開けられた退路に向かってくぐり抜けるように走り出す。
続いて佐藤は倒れていた嶋の左上腕をハンカチで縛った後、落ちていた左前腕を持って彼を抱きかかえると、3人の後を追い全速力で走り出した。5人の目的地は同一、小型船が停泊している桟橋だ。
「くそ!逃がすな!皆殺しにせよとの命令だ!」
帝国軍は使節団の後を追う。
「矢を放て!」
リーダーの命令により帝国兵が放った矢が、佐藤の右大腿部に突き刺さった。
「ぐっ・・・!」
佐藤は思わずその場に倒れ込み、彼に抱えられていた嶋は前方へ投げ出された。佐藤の大腿に深く刺さった矢はどこか動脈を傷つけたのか、傷口から勢い良く出血している。
佐藤が嶋の方へ目をやると、止血が不完全な左腕からの止まらない出血のために、彼の血色がどんどん悪くなるのが目に見えて確認できるほどであった。事態は一刻を争う。
止血の応急措置として自らの大腿部をネクタイで締め上げると、佐藤は嶋を再び担ぎ上げようと、彼のもとに駆け寄った・・・
「お前ら・・早く行け!俺にかまうな・・!」
嶋は同じく重傷を負った佐藤に自分を見捨てるように指示する。
「そんな!置いては行けません!」
この間にも帝国兵の放った矢が嶋と佐藤の周りを飛んでいたが、後ろの事態を察した城と山本はすかさず拳銃で帝国兵へ向けて射撃を行い、彼らが降らせる弾丸の雨は再び帝国兵たちを怯ませ、その動きを止めていた。
「血を流し過ぎた・・・。俺はもう助からない・・・ここまでだ。」
「そんな!輸血すればまだ助かります!」
「無理だ・・・!」
「嶋さん!」
「早く本国に伝え・・るんだ・・!アルティーア帝国は日本に宣戦を布告した!」
「・・・・・・!」
「行け!!」
その時、後ろから怒鳴り声が聞こえた。
「・・・何を格好つけている!見捨てて行け、なんて言葉に従えるか!」
佐藤と嶋が振り返ると、そこには先に逃げていたはずの川口が立っていた。
「城、山本!佐藤が負傷した!代わりに嶋を運んでくれ!」
川口の指示を受けた2人の一等陸士はすぐに嶋を担ぎ上げる。また足を負傷した佐藤は川口の肩を借りることで再び走り出す。
その後、射撃によって追走する帝国軍を牽制しながら5人は夜の闇に紛れ、何とか目的の桟橋に到達した。
使節団を乗せた小型船のエンジンがかけられ、彼らは港を離れて行く。
その後、小型船は「いなづま」によって助け出され、彼らは帝国の対日宣戦を日本政府へと伝えた。
その後、佐藤と嶋は艦内にて医官による治療を受けたが、すでに多くの血を失い出血性ショックによる昏睡状態に入っていた嶋は、輸血の甲斐無く臓器不全により死亡。この非道な所業に日本政府は、徹底的な“防衛戦”を国家安全保障会議の緊急事態大臣会合にて即時決定したのだった。




