表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/25

第一章 絆‐4

 ジンとコーレイは、人々の怒号とワイバーンの放つ炎を目指して駆けた。

 ワイバーンは二体一緒にいるようだ。

「つがいか……」

 ようやく空を舞うワイバーンを視界に捉えたコーレイがつぶやく。

「よくわかるな。俺には性別すらわからん」横に並んで走るジンが言う。

「なんとなく、だ。強いて言えば、連携しているように見えるところかな」

「ワイバーンの連携か。厄介そうだ」

「そうでもないみたいだぞ、見ろ」

 一体のワイバーンの足に、縄が巻き付いた。動きが鈍り、高度を下げる。建物の上を進むジンとコーレイには直接見えないが、縄を持った人々が地上におり、彼らが引っ張っているのだ。もう一体のワイバーンが、相方を助けるべく、縄と人々に向かい、炎を放つ。

 その直前に、炎注意! という声がした。

 竜と戦うときは、その口だけを見る役目の者が用意される。彼らは、竜の口が赤くなったら、叫ぶのだ。それが聞こえたとき、人々は縄を放して逃げる。これで被害は最小限に防げる。逃げ遅れるような間抜けは、どちらにしろ貧民街で生きてはいけない。

 足に縄が巻き付いたワイバーンが高く舞い上がった。距離を取り、様子を見るのだろう。

「どこが、そうでもないみたいだぞ、だ」

「俺も見誤ることくらいある」

 コーレイが少しふてくされたような声を出す。ジンは、にやつきそうになった。

「今日はいい日だ。珍しいものが見れた」

「馬鹿なことを言ってる場合か。もうすぐだ」

 人々の喚声がはっきりと聞こえる。あと少しで、ジンとコーレイも戦列に加わる。

 今度は、先ほど炎を吐いたワイバーンの足に縄が巻き付いた。

「今度も炎を吐かれちゃ、意味ないよな」

 ジンの言葉に、コーレイが笑みを見せる。

「なに、高度を下げてくれれば、俺たちにも打つ手はある」

 彼は腰から何かを取り出した。二本のナイフだ。一本をジンに渡す。

「こんなやわなものじゃ、ワイバーンに届かないんじゃないか?」

「確かにナイフはそこらへんから拾ってきたものだが、刃に毒を塗っている。うまく身体に届けば、多少は効くかもしれないぞ」

「なるほどな」

 ジンはうなずいた。毒を塗ったとはいえ、ナイフの表面につけられる程度では、ワイバーンを倒すことはできないだろう。だが、一人で戦っているわけではない。わずかな時間でも動きを抑えられればいいのだ。

 もう一体のワイバーンにも、縄が巻き付いた。今度は翼だった。

「コーレイ、俺はこいつだ――って、おい!」

 ジンが宣言している間に、コーレイは加速し、そのまま跳躍した。着地点は、翼に縄が巻き付いたワイバーン。

「悪いな、ジン!」

 コーレイの溌剌とした声が響く。ジンは「くそっ」と言いながら笑った。もう一体のワイバーンも、足だけでなく、翼にも縄が巻き付いた。火を噴こうにも、縄のせいでうまく狙いが定められないようだ。

 ジンは、そのワイバーンに向かって跳んだ――が、落ちた。

「ぐわっ」

 地面と激突した衝撃に、ジンは呻いた。ワイバーンを縛る縄を持っていた人々が笑う。

「ジン、かっこつけてないで、さっさと縄を握って、手伝ってくれよ」

 誰かが言う。ジンは痛みを堪え、身を起こした。恥ずかしげに頭をかきながら、「ちぇ、わかったよ」と、手近の縄をつかんだ。それはまだ、ワイバーンに届いていない縄だった。縄の先端は、建物の上にいる男が回している。狙いをつけて、ワイバーンに投げる腹だ。

 頭上では、別の縄が次々とワイバーンを捉えている。ワイバーンも、先ほどのように炎を吐いて互いを救えるほどの自由はなかった。

 コーレイが乗っているワイバーンは、もう一方より暴れ方がひどい。ジンからはワイバーンの腹しか見えないが、コーレイの攻撃によるものだろう。鱗を剥いだが、目を刺したか。とにかく、ワイバーンは痛がり、徐々に弱っているように見えた。

「やるなあ、コーレイは」

 ジンの縄を引く手にも、力がこもる。口元がにやけそうになるのに必死だった。


 ◇


 二体のワイバーンは大地に落ちたところを、人々によって撲殺された。コーレイが乗っていた方は、落下したときにはすでに目が濁っていた。背中の傷だらけで、言わずともコーレイの奮闘ぶりが伝わる。

 戦いのあと、ジンはコーレイと合流した。二人は無言で拳を合わせる。

「他のみんなは?」コーレイが口を開いた。

「わからない。死骸あさりかもな」

 貧民街に襲来した魔獣は、住民が共同で退治する。その死骸――皮や鱗、牙は当然売り物になる――は、早い者勝ちだった。先ほどまで協力していた者同士が、欲にまみれて争うのもよくある光景である。死者が出ることも珍しくなかった。それでも、生きるためにはやらなければいけないことだ。ジンとコーレイがのんびりしているのは、今日はすでに強盗をしているからで、それがなければ、争奪戦に参加していた。

 なお、ジンがヘルハウンドの死骸をそのままにしたのは、人気がないからだ。肉はまずく、毛も硬い。そのくせ、臭いので処理に手間がかかった。ただ、そのままにしておくとヘルハウンドの肉を求めて、別の魔獣が寄ってくることもあるので、今頃は誰かが燃やしているはずだ。

 ふと、ジンたちが周囲に視線を向けると、けが人たちが集まっているのが目に入った。

「死人は出なかったようだな」

「いや、家族がすがっている。重体なんだ。皮膚が赤い。やけどじゃないか。早く回復魔法がかけられれば、助かるかもしれない」

 コーレイが、ジンの内心を探るように見つめた。ジンは、その目をそらした。

「教会から司祭が来るんじゃないか」

「まさか。知らせがあってどれくらい経つ。川向うにいたって聞こえただろうし、来る気があるならもう着いていてもいい頃だ。今日は来ない日なんだろう。神の御心にそわなかったんだろうな」

 コーレイの言葉に、やや皮肉が混じった。

 魔法は、ロトス教の司祭かそれに準じる者しか使えない。いや、使うことを禁じているし、使う方法を教えもしない。ロトス教にかかわらない者が魔法を使った場合は、死刑になる。

 貧民街の住民はロトス教と縁がなかった。ロトス教は選ばれし者のみを対象とした教え。貧民は選ばれていないのだ。したがって、回復魔法をはじめとする魔法全般に無縁だった。もし魔法が使えれば、攻撃魔法でワイバーンが街に着く前に撃退できたろうし、街も障壁魔法で損害を出すことはなかっただろう。実際、川向うの上流街はそうやって守られている。

 貧民街の人々にとって魔法との接点は、気まぐれにほどこされる『慈悲』だけであった。それだって、全員に行きわたるわけではない。

「ジン……」

 コーレイは、けが人を見つめている。放っておけば死にそうだった。それはジンにもわかる。だが、彼は首を横に振った。助ける術などないのだ。

「コーレイ、俺たちは諦めるしかない」

 ジンは、声を絞り出した。死にゆく者への同情ではなく、コーレイの期待に応えられないことが苦しい。

「わかった」

 コーレイも、それはじゅうぶんすぎるほど知っていた。

 騙されるほうが悪いを地で行く貧民街で、なおも良心を捨てきれないコーレイが、ジンはとても好ましく思っていた。

 それでも、できないことはできないのだが。

 家族のわめき声がひときわ大きくなった。

「ああ、死んだのか」

 コーレイの声音は沈んでいた。

 ジンは黙っていた。その死が自分の責任だとは思わないが、コーレイにだけは、自分は無関係だと言えなかった。

「二人とも、ごくろうさん」

 やや背の低い中年の男が、おざなりな拍手をしながら二人に寄ってきた。

「クワイか」

 ジンが露骨に顔をしかめた。

 クワイは、貧民街の顔役だった。多くの部下を持ち、店からみかじめ料を取り、あらゆることの便宜を図り、合法非合法問わず様々なモノを仕入れ、売る。表ではまとめ役として、魔獣が襲ってきたときなどは指揮を執る。ライバルは芽が出る前に潰してきたため、その権力は盤石だった。

 そんな男が、ジンにうさんくさい笑顔を向ける。

「おい、ジン。クワイさんだ。目上は敬うものだろう」

 ジンの隣で、コーレイが笑みを見せた。

「俺たちは、お前の部下じゃない。名前を呼ぶだけましさ。そんなことより、犠牲者が出たぞ」

「知っている。俺が見たときは手遅れだった」

「魔法が使えれば助かった」コーレイが食いさがる。

「ロトス教とは関係のない俺たちが、どうやって魔法を使うんだよ。呼んだって来やしねえ連中だ」

 クワイの声に怒りが混じる。彼も、多くの人の上に立つ者と同じように、他人から批判されるのを特に嫌う。それでも、コーレイは口を閉じなかった。

「顔役なら、教会に頭を下げてでも人々の命を守るべきだったんじゃないか? それに見合うだけのものを普段からもらっていると思うがな」

「ふん、いつまでもそんな口が叩けると思うなよ。コーレイ、お前はここんところ、目立ちすぎだ。今日もなんだ、ワイバーンの上に乗りやがって。曲芸のつもりか」

「できることで街に協力をしているつもりなんだがね」

「どうだかな。自分が人狼だからって、いい気になっているんじゃないのか」

 人狼という単語が出たとき、コーレイの表情が固まった。ジンは気づいたが、クワイは他人の細かい感情には興味もなかったようで、話を続ける。

「いくら亜人の住む街とはいえ、まとめているのは、ヒト種の俺だ。それは忘れるんじゃないぞ」

 ジンが肩をすくめたのを見たのか見なかったのか、クワイは自分の言いたいことを言うと、多少は満足したのか、どこかへ行ってしまった。クワイが視界から消えると、コーレイが呟いた。

「ジン、帰ろう」

 その声には、感情が失われていた。しかし、ジンはどうすればいいのかわからない。出会ってから十数年、同じようなことが何度もあったが、そのたびにジンはかけるべき言葉を見つけられなかった。だから、極力このようなことがないようにしていたが、どうやら今日は失敗だったようだ。

 ユユイたちが二人を見つけて近寄ってくる。

 しかし、返答する気力はコーレイにも、ジンにもなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ