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新聞係、相談

「ただいま」

 間延びした声で帰って来るはずもない挨拶を一言だけして、風呂を洗い、宿題を片付けた。その間にも、思考は留まる事を知らないままに回転を続けた。

 だが、出た結論は、母親が過剰な期待を佐藤に込めて、押しつぶされかけているって事ぐらい。いやまあ重要だけど、永井との関連性が見付からないのが問題だ。

「まあ、まだわかんねえか」

 諦めてそう結論付けると、いつも通りの日常へと戻って行った。


 翌朝。例のごとく桜井の夢を見た。そして例のごとく、何の情報もなし。

 だけど、もしかすると、今日いろいろはっきりする可能性がある訳か。昨日のインタビューで、どうにかなればいいんだが……。


「おはよー」

「あ、耕一おはよ」

 朝飯を食べて、着替えて、歯を磨いて、ぼうっとテレビを眺めて、そのまま家を出た。


「いよおっす、耕一」

「よう」

 岸原が隣に来たのを感じながら、まっすぐ歩いた。もちろん、そこから会話が始まる。

「で、どうだった? 佐藤のインタビュー」

「あいつ、ピアノの事、もうあんまり好きじゃなさそう。後さ、永井ってピアノやってたのか? 佐藤がライバルだって言ってたけど」

「え、さあ。知らない」

「だろうな。まあ仕方ないか」

「ってか、永井がライバル? でも今ピアノやってないって事は昔やってたって事だろ?」

「だろうな。ううむ、それがピアノをやめた……あ、そうだ。後佐藤の母親が佐藤にとってプレッシャーになってると思う」

「ああ、それはわかる気がする」

「だからお前は一体佐藤のなんなんだよ」

「ストーカー」

「アホ」

 なんて話しているうちに学校に到着した。

「取りあえず、桜井については何かわかるかもしらんな」

 それだけ話して、切り上げる事にした。


「インタビューして来たんだよね。どうだった? ねえ、どうだった?」

「どうだったって言われてもな……」

「教えてよお」

 そう言って俺の体をゆさゆさと揺らす。

「あーわかった! わかったから牧原、揺さぶるのやめろ!」

「それでよし」

「お前彼氏いるんだろ、いくら割り切った付き合いとは言え」

「大丈夫。海斗そんなの気にしないし」

「いや、そう言う問題じゃなくて、俺たちが誤解されるっての」

「あ、確かにそうかも。ごめん」

「それでよし」

 さっきの牧原と全く同じセリフを口にした。

「で、インタビューって結局どうだったの?」

 概要を一通り説明した。黙って頷きながらそれを聞いていた牧原は、話し終わるとそのまま言った。

「よくわかんないんだけどさ……まずなんであんたはそんなかなえにこだわるの? もはやおかしいレベルだよ。ピアノ関係ない所心配してるし、まるで何かあるって前提で話してるみたい」

「う……」

 しまった。ここでチラッとでも動揺を見せたら対処が面倒になるってのに……。

「もう恋愛感情じゃないってのは認めるよ。でも、じゃあなんで?」

 幸いな事に、牧原がその質問を言い終わる前にチャイムが鳴った。

「あっと……また後で教えてね」

 出来る事ならこのまま帰ってしまいたかった。どれだけ逃げても、俺はこいつと掃除しないといけないと言う事実は変わらない。


 そして業間休み。いつものように新聞係で集まったが、もちろん題材は佐藤の事だ。

「……ってな訳で、あたしたちはそのまま帰って来た訳。どうすればいいんだろうね」

「本当は好きじゃないのに……かあ」

 竹原が呟くのに対して、俺が補足した。

「あくまでそう見えるってだけだけどな」

 桜井の方をチラ見する。うつむいたその表情からは、特定の感情のような物は読み取れなかった。

「ううん……あたしたち、二つ対応しないといけないのよね。まず一つは佐藤さん本人の事。後、新聞の内容にちゃんとそのまま書いていい物か、って問題もあるのよ」

「あいつが傷ついてるのをほじくり返していいのか、ってか」

「傷ついてる? なんで? 嫌と傷つくは別だよ?」

 不意に聞こえた声に驚いて振り返ると、そこには見慣れたあいつが。

「あ、驚かせちゃった? ごめん。でもさ、どうしても気になって」

「今係の仕事してんだから帰ってくれ牧原」

 冷たく言い放つと、また別の視線を感じた。金沢だ。

「あ、ふうん。そう言う関係なんだ」

 茶化すようなその声音を聞いて、反射的に頭を叩いていた。

「いった! 何すんのよ!」

「当然の報いだ」

「誤解のないように言っとくけど、あたしは本田君とは席が隣なだけだから。それ以上でもそれ未満でもない」

「必死過ぎ。こりゃますます怪し……」

 さすがに俺の殺気のこもった目を見て、言葉を引っ込めたらしい。

「んなこたどうでもいいんだよ。とっとと佐藤の話に戻ろうぜ」

「そうね」

「なんで当然のようにお前混ざろうとしてんだよ」

「……駄目?」

「帰れ」

「ちぇ」

 ふう。やっと静かに話が出来る。

「えっと……そんな時間もない……よね」

「え……うわ、マジだ」

 なんでこうどうでもいい話に時間取られてんだよ。まあ状況を桜井に伝えられただけでもよしとするか。

「取りあえず、どうにもなりそうにないね。新聞のネタは……別に探そ」

「そうだな」

 桜井の方を見る。向こうも俺を見返して来ていた。

「じゃ、席に戻ろ、隆」

「うん」


「なあ、桜井」

「……何?」

 二人が帰ったタイミングで話しかけた。ようやくこの時が来た。

 確証を持って言葉を切り出す。

「今日の放課後、近くの一号公園わかるか?」

「一応家の近所だし」

「お前んちあの辺か。ならちょうどいいや。そこで少し、話をさせてくれ」

「……わかったけど、なんで?」

「別に告白とかじゃないから、そこは安心してくれ」

「はあ……」

 腑に落ちない表情の桜井を残し、俺は席に戻った。


「どうしたの、告白?」

「死ね」

「ひどっ」

 冗談だろうから冗談みたいに返したつもりなんだが……今のひどっって割と本気で言ってないか? 俺そんなきつく言ったつもりないんだが。

「冗談は置いといて牧原。マジでそれはない」

「じゃあ何?」

「関係ないだろ」

「そうだけど……でも気になるよお!」

「知らん。先生入って来たぞ。そろそろ黙れ」

「ちっ」

「今舌打ちした。完全に舌打ちした」

「黙りなさい」

 やり返された。まあどうでもいいんだけど。

「あ、なんでそんなかなえにこだわるのか聞くの忘れてた」

 頼むからそのまま忘れてくれ。


 そして尋問もとい掃除の時間が始まる。

 一日で一番緊張する時間と言っても過言じゃない。何しろ、牧原と一対一で話さないといけないんだから。

「なんでそんなにかなえにこだわるのか。と思えば葵も気にかけて」

「だからお前は桜井の何なんだよ」

「え、もう割と仲良くなってるけど」

「はあ?!」

「まあそれは冗談だけど、あんたがあんまり気にするもんだからあたしも気をつけて見てた。葵、あなたが気があるって事は気付いてないみたいよ」

「そりゃそうだっての」

 そんなありもしない事実に気付かれても困る。

「冗談。そこまで睨まないで」

「わかってるっての」

「それはどうでもよくて、実はさ……葵も気にしてるみたいなの。かなえの事」

「え?」

「そのままの意味。ほら、あたしって女子だから少なくとも本田君よりは話しやすいのかな。しかもあたし、葵の事気にかけてたじゃん? それがきっかけなんだと思うけど。で、向こうもあたしに聞いてきたって訳」

「マジか」

 だとすると、いや、それだけで何かの証拠にはならないってのはわかってるはずだ。けれど、それを見過ごして来るとも思えない。

「これを偶然で片付けるのはいくらなんでも強引だよね?」

「……だな」

「何があったの? 今までに接点があったとは思えない。それならもっと直接的に話せるはずだし、話せないほどの関係なら本田君と仲いいあたしに話しかけてこないはず」

 何も言い返せなかった。牧原の言葉は理路整然と俺を追い詰めていく。

「だから、本田君も葵も、独自のルートでかなえの何かを掴んだ。それはそうなんだろうけど、そっから先がさっぱり。ねえ、本田君、どうやってかなえの何かを掴んだの? それと、その何かって何?」

 もう限界だった。これ以上隠す事なんて、もう不可能だ。それが、わかり過ぎるほどわかった。

 だが、俺自身、確証がある訳でもないのは事実だ。確信はあるが、証拠は未だ、何もない。だから、俺はこう言った。

「俺も今日確かめるつもりなんだ。だから、もう少し待ってくれ。俺の一存で決められる話じゃない」

「……そう。それなら仕方ない。葵と話し合わないといけないって事だよね。あれ? でも、確かめる? 一方的な疑問って事?」

「あーもう! 掃除するぞ!」

 強引に言い切り、後は無言を貫いた。


 授業を上の空で聞き、気付けば六時間目が終わっていた。

「本田君大丈夫? ぼーっとしてるけど」

「え、あ。すまん、全然大丈夫だ」

 本当に大丈夫なのかはいまいちわからないけれど。俺の心は放課後の事で埋まっていて、他の事に対する集中力がもうゼロ。どうにもならなかった。

「まあ、仕方ないかな。じゃ、後で教えてね!」

 いやまだ教えるって決まった訳じゃない、なんて主張を聞き入れてくれるような奴ならここまで苦労する事はなかっただろう。残された俺は茫然とため息をつくしかなかった。


「いよっす本田」

「おう」

「で? 桜井の件はどうなった?」

「今から確かめに行く。約束は取り付けた。後、お前誰にも話してないよな?」

「当たり前だろ! さすがにそこまで馬鹿じゃねえよ」

「よかった」

「一号公園。よかったらお前も来るか? 関係者って事ではお前も同じだ」

「そうさせてもらっていいか? なら遠慮なく。佐藤の事についてなら俺もいろいろ協力出来るしな」

「サンキュ。じゃ、俺は直行するけど、お前は? 出来れば別行動しときたい。俺しか行くって言ってないからな」

「あ、そう。じゃ、一旦帰ってすぐ行くわ」

「了解。んじゃ、またな! お前は、あのドーム型のあれの下に隠れといてくれ」

「おう!」


 さて、運命の時、ってのは言い過ぎだが、いよいよ桜井と一対一で話をする時がやって来た。

 どんな話になるのか。最悪俺の超能力をただ不用意に晒すだけに終わるかもしれないが、それでも構わない。あんな夢を見たら例えそれがただの夢でも苦しい物だろうから。しかも、ほぼ初対面の人の夢だ。

 俺が道化を演じて、その感情が救われるなら、諦めも付く。

「あ、いた。本田君」

「おお、来たか桜井」

「うん。待たせちゃってごめんね。一旦家に帰って、ランドセル置いて来ちゃった」

「気にすんな。別にランドなんてそんな重くもないし、置いとけばいい話だ」

「それならいいんだけど……」

「俺が誘ってる訳だしな。ま、取りあえず座ろうぜ」

「うん」

 そう言って、岸原が隠れているドーム型のあれの近くに誘導した。

「……誰もいないな」

 いる。隠れてる。それが表情に出ないように、必死にこらえた。

「うん……聞かれたらマズイ話なの?」

「ああ。今から、バカみたいな話する。もし間違ってたら、俺はただのピエロだ。笑ってくれ」

「えっと……よくわかんないんだけど」

「お前……予知夢見てるよな?」

 沈黙が場を包んだ。車の音が遠くに聞こえる。桜井の表情には、見ていてもう、滑稽なほどに動揺が浮かんでいた。もっとも、滑稽だからと言って笑ったりはしないが。俺だって動揺する気持ちはわかるし。

「その顔と沈黙が答え、でいいか?」

「……うん」

 やっぱりか。やっと、やっと事実が掴めた。

「でもなんで? なんでわかったの?!」

「俺も!」

 激昂する桜井を遮るような大声で言いきった。

「俺も、夢に関する超能力を持ってんだ。他人の夢を覗ける、ってな」

 桜井は、今度は何も話さなかった。ただうつむいて、俺の次の言葉を待っていた。

「この事は、お前を除くと岸原にしか言ってない。岸原も、ああ見えて口が堅いからそこは安心してくれ」

 まだ桜井は黙っている。俺は、かけるべき言葉を失い、途方に暮れた。

「……わかった。ここじゃなんだから、家に来て」

「え?」

「あんまり外で話すような話じゃない。だから」

「え、まあいいけど……」

 視線を向けた先は、おそらく岸原が隠れていると思われる空間。あれ? どうせ言うならここに隠れさせた意味なくね?

 いやまあ、一対一の方が言いやすいか、うん。

 心の中で謝罪の言葉をかけつつ、俺たちは公園を後にした。


「なるほど、これがあの予知夢の正体、ね」

「えっと……嘘とかハッタリとかじゃなかったんだ。私も……こんなシーン、夢で見たし……」

 俺が桜井の家に行くあの夢。

 その予言は、成就された。

「あ、お前んち猫飼ってんだ」

「ああ、うん。アムって言うの」

「へえ。こりゃ岸原こっちに連れて来れねえな」

「え、なんで?」

「あいつ、猫アレルギーなんだよ」

「そうなんだ……」

「ま、んなこたどうでもいいんだけどよ。取りあえず、上がらせてもらうぜ」

「……うん」


「ただいま、お父さん」

「……ああ、父親……なんでこんな時間に?」

「え? ああそうか……私のお父さん、マンガ家なの。青井拓也って言う」

「……青井拓也だあ?!」

「え……何か……気に障った?」

「気に障ったとかじゃなくて……俺、最近ハマりだした奴……」

「え……」

「先生が紹介してくれ……まさか」

 先生が俺に青井拓也を紹介したのは、だから?

「……いつか……本持ってくる。サインしてもらう」

「わかった。……お父さんのマンガ読んでる人、日常生活で見たの初めて」

 にしても言葉が出て来ない。まさしく絶句、って感じか。いや、にしてもビビった……。

「それはどうでもいいの。取りあえず……私の部屋に来て」

「あ、おう」

 困惑を心の奥底に封じ込め、なんとか応じた。


「……ねえ、どこまで知ってるの? なんとなく、そんな気はしてたけど……。だって、絶対佐藤さんの事、気にして……」

「ああ、お前が転校して来た日の夢から覗き見てた。勝手に。すまん」

「いや! いいんだよ全然! むしろ嬉しいぐらい……」

「え?」

「だって、未来が、わかっちゃうんだよ? それを、一人で全部受け止めないといけないんだよ? 怖いよ……」

 学校での桜井と比べると、明らかに饒舌だ。それでも、根本的な所は変わってない気がする。まあただの印象ではあるけれど。

「……でも、本田君も、そんな特殊能力持ってるなんて……」

「ああ、俺のは伝えてあるけどな。親にも、岸原にも」

 だが、俺はもう慣れた。どうせ他人の夢だろうがなんだろうが基本的に夢は夢。突拍子もない事なんだから、自分とそこまで変わりない。

 それなのに気付けたのは、あの事件がきっかけだったっけ。

 いや、今は思い出してる場合じゃない。

「まあな。でも、お前の夢に関して、もっと詳しく聞かせてくれ。どのぐらいの確立で夢が現実になるのかとか」

「百パー」

「……そうか。変わる可能性は?」

「ない、と思う。正直、変えようとした事なんて、って言うか、変えないといけない夢なんて、ほとんど見ないから」

「おう。じゃあ、単刀直入に言う。桜井、佐藤に関して、っつーかあの夢に関して、どう考えてる?」

「……岸原君が止めようとしてた。それが成功するのを……祈るしかない。だけど……私も、やれるだけの事はやりたい! もうこれ以上、苦しむ人、見たくないもん!」

 それは高らかな決意表明。

 不安に満ちた顔をそれでも前に向け、決然と言った。

「わかった」

 俺もその顔を見据え、こう言った。

「俺も手伝うよ。これからよろしくな」

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