新聞係、再動
ようやく話が動き出しました。
「ふああ……」
ありきたりを極め過ぎて、むしろ違和感がある。今日の夢も、そんな感じだった。まあ、わかりきってはいた事なんだが。
カーテンを開ける。眩しい光に思わず目を背けた。
日曜も母さんはなかなか起きだして来ない。普段忙しいから仕方ないのはわかってるし、それに対してどうこう言うつもりもさらさらないけど。
今日もまた自分で朝飯を用意して、食べる。
そのまま特にすることもなく、ヒマに任せて怠惰にテレビを眺めていた。
電話の音が鳴り響く。
「誰だ?」
受話器を手に取った。
「はいもしもし」
「おう本田」
「ああ、岸原か」
「おう。昼……一時辺りから遊ぼうぜ」
「あ、いいけど」
「いつものあの公園な」
「了解」
それだけ言うと受話器を下ろした。
だいたい持って行く物なんて変わらない。ゲームの本体とあのソフトだ。取りあえずそれがあれば後は割と何とかなる。
昼一時か。今は十時だから昼飯食ってそのまま出て行く感じだな。
それだけ確認すると、俺は昨日買ったマンガを手に取った。
「おはよー耕一」
「あ、おはよ」
小声でもごもごと言うと、俺はそのままマンガに視線を移す。
「お昼ご飯作っちゃうね」
「ん」
同意を示した。
昼飯を食いつつ、昼から遊びに行く事を伝えた。
「六時には帰ってきなさいよ」
「わかってるって。そこまで遊ぶ事もたぶんないからさ」
「ってな訳で行ってきまあす」
「んー、いってらっしゃあい」
家から出て、そのままいつもの公園に向かう。
俺の手には……正確には、俺の肩にかけた小さなかばんには、昨日のマンガとゲーム機。それだけ持って、俺は歩いた。嘘だ。水筒も持っている。それだけだった。
「ふう、着いた着いた。岸原、いるか?」
「おう、やっと来たか」
「まだそんなやっとなんて時間じゃないんだが。お前が早く来すぎなだけじゃねえの?」
岸原は参ったなあと言うように頭をかくと、言った。
「まあ、確かにな」
「で、遊ぶったって、何するんだ? 俺以外にも誰かいるもんだと思ってたんだが」
こいつはクラスでも人気者だ。他にももっと遊べる友達はいるだろう。
「わかんねえかなあ。あれだよ……桜井の事、もう少し調べようぜ」
へえ、なるほど。なら、俺が持って来たゲームとマンガは無駄になるのかな?
正直、こいつがここまでこの件に熱心になるとは思ってなかった。
「よしわかった。じゃあ、今わかってる事まとめるぞ……つっても、まだほっとんど調べてないけどな」
「佐藤と永井は仲があんまりよくない。これはまず間違いなく言えるな。でも俺がわかるのはそれだけだ。本田、お前桜井の夢から何かあれから情報掴んだりしてないか?」
「あいにくながら。そもそもあれを証拠として認定していいのかって問題もある」
「なんだよなあ。予知夢がこの世にない! ってのはお前、の一言で否定出来るんだけど、かと言ってそれが桜井に当てはまるかと言われるとわかんないからさ」
ふうむ。正直情報が足りないから、今は何を考えても無駄だと思うんだけど。それでもなんだ、考えないよかマシか。
「で、お前はどう思ってるんだ?」
「まだなんとも。だから今から調べようぜって事」
「何をだよ」
「まず、お前、調査対象の家すら知らないだろ? まずくないか?」
「確かに」
「俺が案内してやるよ」
自信満々に言うもんだからちょっと茶化してみた。
「さっすがストーカー」
「うるさい」
軽く頭を叩かれる。いってえ。
「ここだ」
「ふうん」
広さは普通。二階建てのありきたりな家。
まあ、家がどうだろうと学校での暮らしにそこまで関係する訳でもないか。よっぽど貧乏とか、そう言うのがない限り。
なんか音が聞こえた。ピアノか。やっぱり上手いな。まあ上手さがわかるほど俺は上手くないけどな。
「あんまりじっと見てるとストーカーと間違えられかねないぞ」
「間違い?」
「うるさい。行くぞ」
軽口を叩く俺にキレたのか、速足で歩き去る。まあ、ちょっと言い過ぎたかな。にしても、ピアノやってるって事と自己主張が弱いって事と、俺が他にあいつに……佐藤について知ってる事って何があるんだろうか。
「さっきは言い過ぎた! すまん!」
「で、だよ」
今の岸原の表情には、真剣の二文字が似合う。
「まだ情報が足りないのがマジでどうにもならない」
「ずっとそれ言ってる気がする」
まぜっかえす俺に岸原はため息をついた。
「取りあえず、明日俺佐藤に話聞くからさ……話はそれからだ」
「まあ、そうだな」
「あいつの家教えてくれてありがとうな」
「いいって事よ。俺も佐藤に死なれるのが嫌だし、気のせいなら気のせいで全然いいんだけどさ」
「気のせいだったらいいな」
そうは言っても、その可能性は、俺の中では相当に薄い。明らかに異常性を欠き過ぎて、むしろ異常に思える。
妙な特徴が、俺の中の疑念を証拠もないのに勝手に確信に変えていた。
「んじゃ、今日はもうどうにもならないっぽいし、もう俺は帰るぞ、本田」
「おう」
「ただいまあ」
返事はなかった。まあどうせ寝てるんだろ……ほらやっぱり。疲れが溜まってるんだよな。
「さあてっと。風呂洗って、マンガでも読むか」
その後、飯食ったり風呂入ったり明日の用意をしたりいろいろ済ませて、布団に潜り込む。もちろん、桜井の夢を見ようと意識を集中させて。
だんだんと感覚が消えて行く……。
「ふあっ」
一つあくびをして立ち上がる。カーテンを開けた。朝日が眩しい。
そんな中、今朝の夢について思いを馳せる。
「佐藤と俺と桜井で話してる……今日の事か?」
「おはよ」
「ああ、耕一、おはよ。ごはん出来てるから、速く食べちゃいなさい」
「うん」
朝の用意を済ませて、ランドセルを背負った。
「行ってきまあす」
「行ってらっしゃい」
適当に岸原としゃべりながら学校へと歩く。
いつまでも夢の事を引っ張る訳にもいかないし、そもそも話す事もないしで全く関係ないような、どうでもいいような話をしながら。
「そういや今日は佐藤に話を聞くチャンスがあるんだわ」
「ああ、インタビューだっけ」
「そう。なんとか手掛かり欲しいなあ……」
授業を適当にこなしていく。そして休み時間に。
「佐藤、今日はよろしくな」
「え、あ、うん」
取りあえず声だけかけておく。自分でも理由はわかんないけど、なんとなくそうしておいた方がいいような気がして。いわゆるマナーって奴なんだろうか。
「な、おま……何佐藤と話……」
「いいだろ別に。係の仕事の都合上なんだから」
無駄に茶化して来る岸原を軽くあしらいつつ席に戻る。茶化し……てんのかなあ?
業間休み。新聞係の四人で集まって、打ち合わせをする事になった。
「放課後なんだよな、インタビュー」
「そ。誰が行く? まさか四人で押しかける訳にもいかないし。二人ぐらいね。家の場所の問題があるからあたしは行くべきだと思うんだけど……」
「俺行こうか?」
「わ、私もい、行きたい……」
「僕は……行かなくて大丈夫」
「って行きたい?! 桜井さん、ウソでしょ? そんな気弱な感じなのに」
「言い過ぎだろ金沢」
とは言ったが、その後小さく「俺もそう思うけどさ」と付け加えた。
たぶんだけど……あの夢が気になって、話を聞きたいと思ってるんだろうな、桜井は。もっとも、それは俺も一緒なんだけどさ。ってな訳で、俺もたぶんその話は聞くって事を言いたかった。まあでも、いきなりそんな事を言い出すのも不自然だし、後で言っとくか。
「まあ私……ちゃんと話が聞けるかって言われたらわかんないし……わかった、譲る」
「OK。って事はあたしと本田君ね。かなえの家はあたし知ってるから安心して」
「で、僕たちは放課後はどうすれば?」
「普通にしてて」
で、話す事もなくなり解散する事になる。
そして俺はと言うと。
「なあ桜井。佐藤に関して、なんか聞きたい事でもあるのか?」
「え、べ、別に、そ、そんな事……」
「例えば……佐藤の人間関係とかさ」
「……どういう事?」
「いや、お前ってさ、なんとなく積極的にインタビューなんかしに行くキャラじゃない気がして。で、なんか違和感。だから今こうやって聞いてんだけど」
「な、なんでもないよ」
「……そうか。変な事聞いて&言って悪かったな。じゃ、また明日かな?」
「う、うん」
「何? 葵といい感じになってんの?」
「だからお前は桜井のなんなんだよ」
「クラスメイト」
「そう当たり前の事を当たり前のように返すな」
「だって事実じゃん」
「そうだけどさあ。後あれはただの係の仕事の話だし」
「わかってるよそのぐらい。でもなんか本田君が変なのも確かだよ?」
「知らねえよ。授業始まるぞ」
「話題逸らした」
「ふざけんな」
にやにやといつものように笑いを浮かべる牧原を無視して教科書を取り出した。
給食を終えて、掃除タイム。
「今日の放課後はかなえにインタビューするのか」
「ああ」
「でもなあ、かなえって気弱じゃん? インタビューなんてよく受けてくれたね」
「まあ、金沢が上手くやったんだろ。それに、ただのインタビューだし」
そこで牧原は品定めでもしているような目付きになる。そして、「ふうん」と意味深に笑った。
「なんだよ」
「ホントにただのインタビューなのかなって」
「は?」
「いやさ、百歩譲って恋愛じゃないとするじゃん。だとすると、何か狙いがあるんじゃないかなあって。あ! もしかして、岸原君とくっつけようと?」
「違わい。恋愛は関係ないっての」
「ふうん……わっかんないなあ」
視線を下に向ける牧原。まあ、掃除中だから当然と言えば当然なんだけど。
「葵にもかなえにも急に興味を示しだした恋愛に興味ない男かあ」
それ、ただ俺の事を説明しただけじゃねえの? まあ、今こいつが考えてるのは俺についてだろうから、それがどうしたと言われたら何も答えられないけど。
「ううむ。何かあたしじゃ想像もつかないような事が起きてるような気がする」
まあ確かに予知夢だなんて想像もつかないだろうな。予知夢までならまあワンチャンはあるか。でも、俺が他人の夢を覗けるだなんて想像出来たら逆にちょっとひく。
「あの二人の共通点、気弱な所? もしかして、ホントに恋愛じゃないとすると、本田君あんた、純粋に心配して?」
「まあそうだな」
ウソではない。純粋に心配してるのは事実だ。
「でもそんなキャラじゃないか」
「ひどっ」
「なんだろうなあ、すっごい違和感がある」
「いや間違ってはいないけどさ。本人の前で口にするなよ」
「そんなキャラじゃない……つまり心配してないって事で確定だし……」
う、しまった。今はそう誤解させとかないといけなかったのに。まずったなあ。
「ねえ、教えてよ。どうしてそんな急に気にしだしたのか」
「そんなの人の勝手だろ」
「そうだけどさあ? 気になるじゃん」
不満気に口をとがらせる牧原を、「掃除しろ掃除を」とあしらう。いや、これであしらえるほどこいつは甘くないだろうけどさ。とにかく今この瞬間を切り抜ける事が重要で、少しでも対策を考える時間が増えるならそれで御の字だ。
ううむ。どうしろと言うんだ……何も思いつかねえ。何言ってもこいつに勝てる気がしない。
その時鳴ったブザーの音が、まるで救世主のように思えた。
放課後。
「じゃ、本田君、行くぞ!」
「そんな気合い入れなくても大丈夫だろ」
「いいじゃないの」
「まあどうでもいいけど」
「ちょっと何それ?!」
「はいはい」
適当にあしらいつつ二人で佐藤家へと向かう。道すがら、とりとめのない話をしたり、静かに歩いてみたり。ただ、二人きりになったからと言って何か変な事が起こる訳でもなく、そもそも金沢は竹原と付き合ってるらしいし、当然と言えば当然だけど。
「もう少しよ」
「だな」
そう返した俺に驚愕の表情を浮かべる金沢。どうしたのか聞いてみると「なんで知ってるの……」と尋ねられ、少し焦った。岸原に全責任をなすり付けたと同時に家が目に入った。
「到着っと」
「おじゃましまあす」
「いらっしゃい」
重なる二人の声に、佐藤の母親が返事を返す。
「あら、どうかしたの? 男の子なんて……」
「インタビューしに来たんです。ピアノが凄いから」
「あたしたち、新聞係やってて、それに載せようと思ってるんですよ」
「あらあら! それなら大歓迎よ。存分に質問しちゃって! かなえ、県のコンクールでも優勝して、将来はそっちの方面に進みたいらしくって」
「そうなんですか。じゃあ取りあえず、お邪魔しますね」
なんだかほっとくと延々と自慢話を聞かされそうな気がして、適当の話を切り上げた。
「ども」
「あ、どうも……」
「どこまで他人行儀なのよ。クラスメイトなのよ!」
積極的コミュニケーションを促す金沢に、「でもまだ四月前半だけどな」と返す。
「今まで俺あんまこいつと話した事ないし、そもそも男子と女子じゃそんな積極的に会話出来る訳ねえじゃんか」
「あたしはどうだって言うのよ。あたしだって女子よ!」
激昂する金沢だが、ここは冷静に。
「係の仕事以外で何か話した事あるか?」
「う……」
「あの……早く終わらせちゃおうよ」
「それもそうか」
「じゃあ聞くよ。ピアノに関するインタビュー」
「まずは……何がいいと思う? 本田君」
「ううん」
うなる声の奥、俺はいかに自然に自殺しそうな原因を探れるかを考えていた。しまったなあ。話の流れでなんとかなるような気がしてたんだが、気のせいだったか。もう少し考えておくべきだったか。
「まずは、いつピアノを始めたのかとか」
「いつ……幼稚園の時からかな」
「年少か年中か、それとも年長?」
「年少」
「うわ、大変だな」
「好きだったから」
「好きだったからこそ続けられた、って事か」
「うん」
「やっぱりそれが一番の原動力なの?」
金沢の質問に一瞬の沈黙が下りた。その沈黙に、金沢が慌ててフォローを入れる。
「あ、答えたくない事は無理に答えなくてぜんっぜん大丈夫だから」
「いや、大丈夫……好きだったから続けられたって、うん、合ってる」
「そうか」
でも、なんでためらったんだろ。なんとなくそれが重要になる気もしたんだけれど、そこをこれ以上ツッコむのは、恐らく佐藤の態度的に不可能だと思い、質問を切り替えた。
「次の質問! コツとかなんかあるの? あたし、全然音楽出来ないんだけどさ」
「コツ……って言うか、慣れかな。もうずっとやってるから、考えるより先に体が動いちゃって」
「すごいなあ」
感嘆のため息をもらす金沢。それを横目に捉えながら、思考を巡らせていた。交友関係ねえ……ピアノ関係での交友関係なら今ここで調べられるだろうけど、でもそれだけで足りるのかなあ。まあいいや、わかんないよりマシか。
「俺らインタビューの初心者でさ、話があっち行ったりこっち行ったりして申し訳ないんだけど、ライバルとかいんの?」
「え……」
目を見開き、絶句したように口を開けたまま凍り付く佐藤。もしかして、俺、地雷を踏み抜いた? それならそれで、手掛かりになるしいいんだけど。
「ど、どうしたのかなえ!」
「う、ううんなんでもないよ。ライバル……香かな」
「香? 永井の事か?」
「うん」
「あれ? 香ってピアノやってたっけ」
「えっと……うん、やってた、よ」
そうなのか、知らなかった。同じ学校に六年いても、案外知らない事ってあるもんなんだな。って言うか、永井かよ。だとすると、明らかに例のあの夢に関係がある。と言うかむしろ、あの夢に出て来た永井が佐藤のライバルだって事に、関係がないと考える方が不自然だ。でもなあ、まず、その夢が本当に予知夢なのか、それともただの夢を俺も桜井も気にしているのか、それはまだわからない。
そこから、とりとめもない質問をいろいろとして、時間は過ぎ去る。そして最後に、締めとも言うべきありきたりな質問で終わる。はずだった。
「最後の質問。ピアノって、楽しい?」
当然楽しいって返事が即答で帰って来る物だと思い込んでいた。だが。
そこにあったのは、沈黙だった。佐藤の握りしめられた拳が、わなわなと震えていた。
「……楽しい、よ」
絞り出すようなその声は、か細く、しかし強固に、これ以上の質問を拒んでいるように、俺には思えた。
「楽しい、そうやって新聞に書いて大丈夫?」
金沢の質問に、頷いて同意を示すと、佐藤は「もう終わり?」と尋ねて来た。どちらかと言うと、終わってって言ってるみたいだったが。
「じゃあ、質問終わりでいいよな金沢」
「……うん」
「ありがとうな、答えてくれて」
なんだろう、ビンゴな気がする。佐藤が自殺を思いつめる原因、たぶん、ピアノにある。頭の中の思考が、確信を伴ったのは、佐藤の母親と話した時だった。
「お邪魔しました」
二人が声を重ねてお礼を言うと、母親は佐藤の自慢話をし始めたのだ。やれうちの娘は毎日どうだだの、やれうちの娘のピアノはどうだのと。正直、インタビューでわかる内容ばっかりだったのは気にしないとして、この母親は、娘の事を、自慢したいのだろうと思う。そこに、佐藤がピアノを無理して続ける理由があるのだろうな。なんて事を考えながら、俺たちは佐藤の家を後にした。
「あれ、どうしたんだろうね」
心配そうな表情を見せる金沢に、「さあな」と返す。
「まるで、ホントは好きじゃないみたい」
「だと思うよな、お前も」
「ちょっとみんなに相談してみない? 隆と、後桜井さん」
その展開は願ったり叶ったりだ。どうにかして桜井にこの事をうち明けないと駄目だと思ってたもんだから、いかに伝えるかを考えてた。でもよくよく考えればあんな露骨に不安を煽る態度取られたらそりゃ相談する事になるか。
「だな。この事案は明日まで持ち越しになるけどな」
時間も時間で、もう夕方だ。今から行動を起こすには、小学生にとっては遅すぎる。
「じゃ、また明日」
どちらからともなく別れを切り出し、家への道を歩いた。