新聞係、発足
精神年齢、高すぎるだろうか……
「駄目……なんだ、夢か」
しかし生々しい夢だった。そう、夢だ。あれは夢だ。確かに佐藤は自己主張の強いキャラじゃ無い。でも……するはず無い、自殺なんて。
「あれは、ただの夢だ」
口に出すことで自分を納得させようとした。不思議な物で、言葉には一種の暗示機能があるらしく、俺の不安は一気に和らいだ。
「おはよー」
気怠く声をかけた俺に、母さんも
「おはよー」
と返す。いつもと変わらない一日。あの不可思議な夢なんて、朝の多忙に押し流され、記憶の片隅の物になっていた。
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
普段通りの朝だ。何も心配する事は無い。背中にランドセルを背負いながら、雨の雫に濡れ散りかけている桜の花を横目に今日も学校へと向かう。
「いよっす、本田」
「おう岸原」
とりとめもない事を話しつつ、学校への歩みを進める。
「どうした? なんか浮かない顔してるけど」
「なんでも……」
そこまで話して、そういや今朝の夢にはこいつもでてたな、と思い出す。しかもあれはただの夢だ。気にする事は無い。
「今日さ、なんか変な夢見てよ」
説明する。転校生の桜井の視点だった事。その桜井が俺と必死に走っていた事。その先にこいつ、岸原が、佐藤が自殺しようとしているのをを止めようとしていた事。そこで夢が途切れた事。
「なんつー縁起悪い夢見てんだよ」
「すまんすまん。でもそこで止めてたお前への佐藤の好感度ダダ上がりだぞ」
「夢じゃん」
「そう、夢だ。別に現実にお前が惚れられる訳じゃないからな」
冗談めかして言う。まあ冗談だし。
「だよなー。気にしたら負けな奴だろ、それ。でも、なんで転校生がそんな夢を見んだ?」
そう。それなんだ。俺は人の夢を見る事ができる。正確には、人と夢の記憶を共有できると言った方が正しいかもしれない。とにかく、視点が桜井の物だった以上、桜井の夢なんだろう。
だが、桜井は転校生だ。
しかも、昨日がうちの学校の初登校だ。
いくら女子が男子よりそういうのに敏感だとしても、さすがにそんな事は認知しないだろう。
「それが謎なんだよなあ」
おっといけない。ただの夢に意味なんて求めたら駄目だ。落ち着け俺。
「まあそんな事もあるんだろ」
そう言って強引に話を打ち切った。
もちろん全く無視できるほどの鉄のメンタルを持ち合わせているはずは無い。
あんな夢を見たら、誰だって気になるだろう。
教室に入った俺は、まず佐藤を探す。そして桜井を探そうとして、サトウとサクライではほぼ席が変わらない事に気付いた。
佐藤の様子に、特に変わった所は無い。ただ、桜井がチラチラ佐藤の方を見ているのは、やはりあの夢は桜井のものだという事を示していた。
もちろんこれが即、何かの証明になるなんて思っていない。あんな夢見たら気になるのは仕方ないことだから。そもそも俺がそうなのだ。
「本田くーん、なーに見てんのよ」
隣から聞こえてきた声に振り返ると、牧原がニヤニヤしながらこっちを見ていた。といっても深い意味は無い。はずだ。そもそも彼女は彼氏持ちだ。しかも相手は学年一の天才ときてる。
ま、どうでもいいんだけどな。
……っていうかどうでもよくない誤解を受けてる気がするんだけど。
「そんな目で見んなよ、別に転校生に一目惚れしたとかじゃねえからな」
絶対零度で言い放った。この言葉からそういう甘い感情を読み取る事は不可能だろ……。
「何にも言って無いのに」
……やられた。こいつは特に何の感情も示さず淡々と隙を突く。
「まあ、本田君に限ってそんな事無いよね」
それもそれでなんか辛い。お前は俺をなんだと思ってる。俺も男だぞ、一応。
「女子に変な感情持たなさそうじゃん。っていうか本田君って海斗に似てない? なんか」
「はあ?」
海斗。港川海斗。こいつの彼氏で、日本でもトップクラスの中学を狙ってるらしい事は、一応隠す気はあるらしいけど、本人の性格上突っ込まれるとがまんできなくなるらしく、学年中に知れ渡っている。ただその代償として運動神経が悲惨な事になっているらしい。ちなみに、俺とは面識が無い。
「なんで俺があいつに?」
「なんか見た目とか、あと性格。女子への反応とか」
……自分で俺が女子に興味無さそうと言った後、彼氏のそういう点に似てると言う。訳わかんない。
「お前は男か。ついでに……」
「ストップ! その先は予想付くけど駄目」
はいはいそうですね。純粋な男女愛ですよね。
「あ、もう授業始まるよ。教科書出さないと」
初日だから、今日は午前授業だ。一時間目は国語。短い詩を音読だけして、ちょっと内容について話し合う、という簡単なものだ。二時間目は算数。これも五年の復習に終始していたから簡単だった。
そうしている間にも佐藤、桜井の方を気にしていたのだが、特に何もわからなかった。
そして三四時間目。学級活動、縮めて学活。まず学級委員を決め、そしてクラスでの仕事を○○係という形式で決めていく。
学級委員は立候補優先、その後他推によって候補を出す。その時に決まらなければ選挙する事になる。
「はい」
隣からの声に思わず振り向いた。
「牧原ね、他には?」
司会の先生の声が響く。それで手をあげる人はいない。このクラス、静かなんだな。二、三人はいると思ってたのに。
「誰かいないか?」
先生の声が聞こえるが、それも含めて気まずい沈黙に感じられた。
「じゃあまあ自分じゃなくてもいい。誰か推薦は?」
こうなると一気にうるさくなる。こんなもんだ。
「なんでこんなに推薦だけあるんだよ」
笑いながらツッコむ先生。だって面倒なのだから仕方ない。
ちなみにみんなジョークで言ってる。本気で推薦しようという奴は挙手して言う。しかし手を上げているのはほんの数人だ。いや、一人だった。
「永井、どうぞ」
続きを促す先生に、彼女は言った。
「佐藤さんが良いと思います」
「えっ」
思わず驚きが口から漏れた。いきなり朝から気にしていた名前が出たのだ。当然だろう。
「本田君どうしたの? あ、やっぱりかなえの事……」
佐藤かなえ、である。
「違うわ」
「えっと……」
唐突の指名に戸惑う佐藤。
「佐藤、どうだ? やってくれるか?」
まあこういう時に佐藤みたいな気の弱い人が断れるはずが無い。
「わ、わかりました」
ほらやっぱり。まあ別に悪い人選でも無いんだけど。
次は係を決める。個人的にはなんでもいいが、佐藤あるいは桜井と同じ係になりたかった。
別に変な意味は無い。ただあの夢が気になるだけだ。
無視すると決めたはずなのにな、なんて苦笑しつつ出席番号1~10がなりたい係の所に名前を書いていくのを見ていた。
佐藤が掲示係に書いたのを見てその下に名前を書いた岸原はマジでバカだと思う。桜井は決められず立ちすくんでいた。
「桜井、決められないなら後にするか?」
と助け舟を出す先生に
「あ、ありがとうございます……」
と消え入りそうな声で返す。そのまま席に戻った。
次は11~20だ。でもとりあえず今この範囲の人に関わる必要もないな。あの夢に今関わってる人は一人もいない。
最後に俺を含めた21~31だ。と言っても俺もこういうところでは優柔不断なので、とりあえず他の人たちが名前を書くのを待っている。
……新聞係が空いてるな。ここまで誰も書かない=人気がない=あまりの桜井が来る可能性も高い、と考えそこに名前を書いた。
予想通り、最後に先生に呼ばれた彼女は新聞係に名前を書いた。
そしてじゃんけん大会が始まる。人気係の奪い合いだ。
結局それに敗れた金沢美雪、竹原隆が新聞係になった。とりあえず、これからよろしく。
「ってな訳で係の紹介ポスターを作れだって」
説明口調で語る金沢に突っ込んだ。
「誰に話してんだよ」
「自分にだよ。気合入れてるの!」
このポスターは誰が何係か、そして係の仕事内容は何か、と言うのを一目でわかるように書かなければならない。
「まずは班長を決めよう」
「お前でいいんじゃねえの? 金沢」
こういう場での言いだしっぺにはリーダー性質が備わっている……もといリーダーを任せると張り切ってくれるタイプが多いように考えている。事実彼女は
「そう? えへへ」
とまんざらでもなさそうだ。
「じゃあたしでいい?」
「うん」
「いいよ」
初めて二人が話したのを聞いた。ちなみにうんが竹原でいいよが桜井だ。
「じゃあまずは係の名前から決めよう」と仕切る金沢に俺は「新聞係でよくね?」と返す。
「普通すぎだよ」
「普通でいいじゃん、めんどいし」
変に凝った名前は恥ずかしいのだ。これは一般的な思春期男子としては正常だと思うんだが……。なんて考える時点で異常かね。
「でもシンプル過ぎてもそれはそれでなあ」
「そっち二人はどうなんだよ。俺と金沢しか話してねえぞ」
「あっと……僕は普通に新聞係でいいと思うけど」
「はあ?」
金沢、タチが悪いぞ。そんな凄まれたら気の弱そうな竹原の事だ。
「いや、やっぱりもっと考えるべきかなあ……」
ほら。やっぱり発言を変える。
「桜井は?」
竹原を引き入れる事を諦め、桜井に話を振った。
「別に……どっちでも……」
「あ、そ。じゃあ仕方ない。俺の負けだよ。どうぞなんでもつけてくれ」
恥ずかしいが、説得は面倒だ。どっちでも、は無関心なのかあるいはプレッシャーのせいで意見を発信できないか、のどちらかに大別できると思う。
真剣に悩んだ末にまだ決められない時、面倒になってどっちでもいいとなる人もいるが。主に俺とか。後は俺とか。そして俺とか。
はあ……。
それはともかくいざ名前を考える段になって俺たちは、誰もいいアイデアを思いつけないでいる。と言うより金沢が出す可愛らしいを通り越してもはやイタい名前を恥ずかしいの名の下に俺が切り捨てている、というのが正解か。
「そんなに言うならあんたのアイデアを教えなさいよ」
「だから俺は新聞係でいいっての」
「はあ……そっち二人は何かない?」
「ごめん」
「……ごめん」
竹原にも、桜井にも振られた金沢。
「わかったわよ、もう! 新聞係でいいわよ!」
「いよっし」小声でガッツポーズをかました。
「で、仕事内容は新聞を書く、だけでいい?」
「頻度は決めるべきだろ」
「あ、そうね。月一でいい?」
もちろん異論があろうはずもなく、ポスターは完成した。
「じゃあこれ、先生の所に持ってくね」
そう言って金沢はポスターを持って立ち上がった。