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17/19

17話:不安

 日に日に寒さが増してゆく季節。気がつけば街はクリスマスに向かって猛スピードで進んでいきます。

 つまり、クリスマス、大晦日、お正月、お年玉……年間行事の贅沢な部分をこれでもかと詰め込んだ冬休みが近づいているということです。

 去年までは、中学校や高校の友達とクリスマスパーティをしたり、年越しで初詣に行ったりしていました。でも、行く先々で見かけるカップルを少し羨ましく思う気持ちがつきまとっていたものです。クラスの友達に彼氏が出来ればそれを話のネタに、全力ではしゃいでいた時代ですから。

 そうは言いつつ、本心は一人でかなりはしゃいでいるのですが、もう数週間も先生と連絡を取っていないので、複雑な心境ではあります。

 結果を出しなさい、という先生の言葉に腹を立ててやけになっていた私は、確かに勉強では結果を出しつつあるのですが、変わりに、先生との時間を一切作らなくなりました。

 あの時部屋を飛び出したせいで気まずさはかなりのもの。それに加え、先生からの連絡は一切無いので、本当は私のことなんてどうでもいいんじゃないか、なんて考えで頭がいっぱい。本当は寂しくも悲しくもあるのです。

 だからといって、先生の本心を聞くのはもっと怖いのです。

 はぁ、と盛大なため息を一つ。ため息をつくと幸せが逃げるなんて言いますが、そうでもしないとやってられないときもあるんです。

 数十分前に開いた本のページは未だめくられないまま放置状態。

「クリスマス、クリスマス……。」

もはや呪いの呪文と化したその言葉を繰り返しつぶやいていました。




 次の日、学食で席を探していると春恵先輩を見つけました。今日は一人のようです。

「あっ古谷じゃん。久しぶりー。席あいてるから座りなよ。」

「ありがとうございます。珍しいですね。一人で学食なんて。」

「そうなの。学校のすぐ近くにパン屋がオープンして、みんなそっちに行っちゃった。残念ながら昨日の買い物で財布の中身空っぽなの。帰りにお金おろさないと生きていけないわ。」

「大金使っちゃったってことですか?」

「元々手持ちが少なかったんだけどさ。幼なじみ達と久々に遊んだら調子のっちゃって。」

「しっかり者の先輩にしては珍しいですね。」

「私だって人間なんだから失敗もするに決まってるでしょ?あ、そうそう、それよりこれ見てよ。」

 春恵先輩は鞄の中からパンフレットを数枚取り出して、テーブルの上に並べました。どれもこれも、クリスマスムード一色。おいしそうなケーキのパンフレットでした。

「ほら、もうすぐクリスマスじゃん? 中島君と二人でクリスマスパーティーしようと思ってんの。せっかくだからケーキくらい贅沢してもいいかなーって。料理はあたしが作るんだけどね。もちろん、古谷もデートでしょ?」

「いいえ、全く……そのような予定はございません。」

「なんで!?」

 そんなに驚かなくても、と思うのは私だけでしょうか。

「クリスマスにはね、世の中のカップルはみんな一緒にいなければいけない決まりなの。」

「そんなの聞いたことないですよ。」

「だって私の考えだもの。でも、今聞いたでしょ。」

 それはあまりにも強引ですよ。

「先輩の考えはわからなくもないですが……。学生には可能でも、社会人には不可能じゃないですか。クリスマスって、祝日でもなんでもないんですよ?」

「わかってないなー、古谷は。バレンタインも、ホワイトデーも休日じゃないよ?誕生日だってそう。だけど恋する乙女にとっては何よりも特別な日じゃない。今だって、ちょっとは気にしてるんでしょ? それが証拠。古谷にとっても特別な日のはずよ。それに、今年の25日は土曜日だしね。関係ないでしょ?24日に矢崎の仕事が終わったらディナーに行って、それからお泊まりデートってのもよくない?」

「お泊まりデート……ですか。」

「ん? やらしいこと考えちゃった?」

「っ!? そんなんじゃないです! そんなんじゃなくて、その……何にも考えられないっていうのが正しいかもしれません。」

「うまくいってないってこと?」

 私は肯定するでも否定するでもなく、先輩から視線をそらしました。

 ぽつぽつと、自分の中の不安……先生とけんかするように研究室を飛び出してから、ほとんど会っていないことを話しました。

 話し出したらどんどんと不安が大きくなって、自分の中で何が原因で何が不満なのか、そういうものがどんどんとわからなくなってきてしまいました。

 それでも春恵先輩は心配そうな顔をして、真剣にうなずいて聞いていてくれました。

「やっぱり、私じゃ駄目だったんですね。」

「その結論はまだ早いよ。少なくとも、私たちから見て、矢崎が遊んでるようには見えなかったし。不安になることもあるだろうけど、自信持ちなよ。中島君が、最近の矢崎はちょっと元気がないみたいなこと言ってたし。学年末が近づいて卒研が追い込みの時期ってのもあるし、とにかく忙しいみたい。だからと言ってもいいのかわかんないけど、これは先輩命令! お互い気分転換すると思って、とにかくクリスマスは一緒にいなさい! わかった?」

 突然口調が強くなった先輩に唖然とする私をみて、今度は先輩がきょとんとした顔をしました。そのやりとりがなんだかおかしくて、急に笑いがこみ上げてきました。

「やっといつもの古谷になった。不安になることは多々ありますとも。それを乗り切れなきゃ偽物だって。それに、悩みすぎるとハゲるよ?」

「そうですよね。拒否されたわけでもないんだから、落ち込んでてもしょうがないですね。」

「人生、常に直球勝負!」

 いつも前向きな春恵先輩をちょっぴり羨ましく思います。こんな風に自分に素直に、なんでもすぐに行動できたらどんなに楽だろう、と。でも、自分の中の不安をぐるぐる循環させていてもしょうがないので、ここは春恵先輩のパワーをもらったことですし、勇気を出して先生と連絡を取ってみようと決意しました。



 あれから数日後、先生の授業が終わるとすぐに荷物を片付け、質問があると嘘をついて、放課後に研究室に行く約束を取り付けました。正直、自然な態度で先生に声をかけることを意識してばかりで、授業中も話なんて右から左状態です。質問できる箇所なんてありません。

 それでも何とかそれらしい話ができるようにシミュレーションし、放課後、研究室へと向かいました。

 しかしながらそんな芝居は全く意味がなかったようで、私が部屋に入るなり、先生は不機嫌そうな視線を向けてきました。

「質問なんて無いんでしょう? いったい何のようですか?」

「え? そんなことないですよ。えーっと、このページの……」

「授業聞いてないのにわかるわけないでしょう?」

「ばれてましたか。」

 焦る私に、先生の顔がほころぶのがわかりました。

「ええ、あまりにもわかりやすすぎて面白かったですけどね。最近はとっても真面目に授業も聞くし、テストの点数も上がって感心していたのに。明らかに今日は挙動不審というか……。手も動いていませんでしたからね。」

 そんなにもあからさまな行動をとっていたのかと思うと、急に数時間前のことが恥ずかしくなり、赤面してしまいました。先生はそんな私を特に気にもとめず、いつものように余裕の笑みを浮かべていました。

「それで、本題は何でしょうか?」

「えー、あの、その……」

 なんではっきり言えないんだろう。まるで告白するときのように、妙な緊張が襲いかかってきました。

 微妙な間がとても長く感じ、でも、なかなか言葉が出なくて、脳内がどんどんぐちゃぐちゃ散らかっていきます。それでもなんとか、泣きそうな気分でやっとぽつりと単語をを発しました。

「……クリスマス、24日……。」

「クリスマス? ああ、中島に何か言われたんですか?」

「中島先輩?」

「違うんですか? 僕は何故か説教くらいましたよ。クリスマスに彼女をほったらかしにする馬鹿な男はこの世に存在してはいけないとか何とか。相当意味不明でしたけどね。卒研のせいで常々僕の貴重な休日を削っておいて、自分のことを棚に上げるにもほどがある。」

「そうでしたか。私は春恵先輩に説教されて。」

「二人してそういう考えな訳ですね。学生って気楽でいいですよね。で、古谷さんはそのクリスマスのお誘いにきてくれた、と。そういうことですね?」

「えぇ、まぁ。」

 私が苦笑いを返すと、先生は困ったなぁと言って手帳を開きました。

「その日はどうしてもはずせない用があるんです。冬休みも休みじゃないし……。年始かなぁ。3日、1月3日はどうですか?」

「クリスマスじゃないです。」

「クリスマスじゃなきゃ駄目ですか? 行きたい場所に希望があるとか?」

「そんなんじゃないですけど。」

 もしかすると本当に先生は私のことなどどうでもいいんじゃないかと思えて、悲しい気分になりました。それは先生にも少し伝わっていたようです。

「すみません。特別な日を大切にしたい気持ちはわからないこともないんですよ。でも、こちらにも都合があることもわかってもらえますよね? 3日なら本当に大丈夫ですから。朝イチで遠出して、知っている人が誰もいないところへ行って、いつもの現実から離れて少し違う気分を楽しみましょう。その日までにきちんとプランは立てておきます。古谷さんの希望があれば何でも言いつけてください。そんなんじゃ駄目ですか?」

 私は首を横に振りました。

「じゃぁ、いらない気を遣わなくていいように、それまで真面目な学生でいてくださいね。課題をため込むのは禁止です。」

 今度は首を縦に振りました。

「物わかりがいい学生で助かります。こんな学生ばっかりなら苦労しないんですけどね。」

 そういいながら先生が手元の小テストに手を伸ばし、採点作業を始めたので、私は一礼して研究室を後にしました。



 クリスマスではなかったけど、デートの約束をすることは出来ました。それなのに、なんだか腑に落ちないもやもやした気分が残っていました。

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