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13話:尾行

 誰が夏休みの宿題を考えたのでしょうか。むしろ、誰が夏休みを考えたのでしょうか。私はその人に問いたいと思います。何が休みだ、と。

 私の前には相変わらず課題の山がそびえ立っています。

 先生達も考えてくれればいいものを……。塵も積もれば山となる。「夏休みだからできるでしょ。」と誰もが言ったら、かなりの量となるに決まっています。

 この状況を冷静に分析した結果、毎日図書館に通って進めることが最善策との結論に至りました。

 そんなわけで、朝から電車に揺られているわけですが……何とも眠い。いわゆる拒否反応ですね。

 私の前には高校生と見える女の子三人が、いかにも、遊びに行きます、という恰好で騒いでいます。化粧の仕方を間違ったのか、それがかわいいと思っているのか、顔がお祭り騒ぎになっていますよ。それも若さゆえですね。若いって羨ましい。

 むこうのお姉さんも、デートです、と言わんばかりの気合いの入りようで。世の中はなんて不公平なんでしょう。

 不意にため息をつくと、さらに気分が落ち込んでしまいました。

 何となく気になって、もう一度、ちらりとそのお姉さんを見ました。どこかで見たことがあると思ったら、春恵先輩じゃないですか!

 思わず声を出しそうになりましたが、ここは我慢です。

 でも、何で春恵先輩が……?

 中島先輩と春恵先輩が別れたのは夏休みの始め。その後、落ち込んだ中島先輩は何度か見ましたが、いい話は一度も聞きませんでした。春恵先輩からもそういう話題は一切ありませんでしたし、もちろん新しい彼氏が出来たなんて聞いてませんよ。

でも、いつもよりお洒落な感じだからといって、必ずしもデートなわけではないですし、友達と遊ぶという可能性も大です。学校に行くだけというのも無きにしもあらず……。これは課題どころではないですね。




 春恵先輩の観察を始めて十分経過、大学の最寄り駅に到着です。先輩がやっと顔を上げたので降りるのかと思いましたが、窓からホームを覗いて人探しをしている様子。

 結局誰も来ないまま電車は出発してしまいました。が、今度は携帯片手に、車内をキョロキョロ……。私の存在が気付かれそうでどきどきです。

 少しして、別の車両から移動してくる人が……って、中島先輩じゃないですか!?やっぱりそういうことなのですね。

 春恵先輩のさっぱりした性格からして別れた相手とわざわざ遊んだりはしないでしょうから、これは確実に元に戻ったと言うことですよね。すると今度はなぜ戻ったのか、と言うよりなぜ別れたのかが気になりますよね。このまま先輩達の後をつけるのはおじゃまでしょうが、私は好奇心で動きますよ。




 先輩達の後をつけてやってきたのはショッピングモール。以前、私と先生が買い物に来た場所です。どこも人がいっぱいなので、見失う可能性も大いにありますが、その分こちらが見つかる可能性は低くなります。もし見つかったとしても、買い物に来て偶然会うことなんてよくありますから、何ら問題はありません。

 やっぱり買い物となると、春恵先輩ペースなのですね。まるで犬の散歩でもしているかのように、春恵先輩が中島先輩を引っ張って……。もちろん、中島先輩が犬ですよ。ちょっとやんちゃな犬を引っ張って、ご主人様が自分の行きたい方向に連れて行く感じ。見ていてちょっと羨ましい感じもします。私と先生ではこんな風につきあえません。どこかに境界線がひかれているような気がして、距離を感じずにはいられないのです。それはしょうがないことなのかもしれませんが。色々考え出したらちょっぴり気分が落ち込んできました。

 尾行なんかやめてさっさと課題を終わらせようと思ったそのとき、

「リンちゃんじゃん!」

「な、中島先輩!」

「あれぇ、古谷じゃん。買い物?」

 こういうとき、意外と平常心じゃいられないものなのですね。中島先輩に声をかけられ、かなり焦ってしまいました。春恵先輩まで来ちゃいましたし、今更ながらに後ろめたさが全身をかけ巡ります。しかし、怪しまれるのはいやなので春恵先輩の問いかけには「気分転換に」と返しておきました。ある意味、真実です。

「リンちゃん、最近ざきっちのとこ行ってる?」

「いいえ、あんまり……。課題とかたまっちゃって時間もなくて。」

「ふぅん。それで矢崎が寂しがってるって話?」

 春恵先輩? いきなり何を言い出すのですか!?なんだか中島先輩も楽しそうな顔をしていますし。色々と怖い感じがするのですが……。

「ピンポーン! ご名答。ざきっちは今、恋の病にかかっているのだよ。」

「何の話ですか?」

「何の話って、リンちゃん、ざきっちと付き合ってるんだろ?」

「は? えーっと、何の冗談でしょうか?」

 いいながら顔が真っ赤になるのがわかりました。必死で隠そうとしてるのに、これじゃあからさまに、はいそうです、と言ってるようなものですよね。そんな私に、中島先輩から思わぬ一撃が。

「え、だって、ざきっちからそう聞いたんだけど?」

 なぜ!?目の前が真っ白になるってこういうことを言うのでしょうか?

「少し前にさ、ざきっちのとこ行ったらすっごくきげんよくってさ。久しぶりに飲みに行こうなんて言うから喜んでついてったわけ。俺も楽しくなってきてさー、調子乗ってざきっち酔いつぶしたら、まぁ、のろけ話をたっくさん聞かしてくれたってわけよ。それにさ、前に俺がリンちゃんに電話かけたとき、ざきっちが出ただろ? あのときも一緒にいたって事じゃん? 音楽とか聞こえてたし、学校じゃなかっただろ?」

「まぁ、それはそうですけど……。」

「別にいいんじゃないの? ほら、数学の岡野、もうおじいちゃんだけどさ、あの先生の奥さん、教え子でしょ? 私の友達にも中学の先生と結婚した子がいるし、よくあることなんじゃない?」

「はぁ……。」

 そんなものなのでしょうか? 今まで私が気にしすぎていただけなのでしょうか? 実際、おおっぴらにはできない事だと思うのですが、神経を使いすぎるのも良くない気がします。先輩達がこれを知ったところで全く問題は無さそうなので、あまり深く考えないでおこうかと思います。むしろ、この先輩達にそんな話は聞き入れてもらえそうもないので。

 ところで、私も気になることがあるのですが……。

「先輩達、元に戻ったんですか?」

 私が素朴な疑問を口にすると、春恵先輩は笑いだし、珍しく中島先輩は赤面しています。

「あぁ、あれ? 夏休みのはじめに研究室のみんな、矢崎に連れられて学会かなんか行ってたでしょ? あの日に私たち遊ぶ約束してたんだけど、ドタキャンみたいに断られたからちょっとむかついてたの。別れてやるってメールしたら、返信も来ないし。古谷に聞いたら毎日泣き叫んでて手のつけようがないとか言うでしょ? 私もさ、嫌いになってたわけじゃないし、ちょっと困らせてやろうと思っただけだったんだけど、よりを戻すタイミングを失ってしまったというか、ちょっと面白くなってきたというか……。まぁ、そんなとこ。別に、たいしたことじゃないのよ?」

「俺の夏休みはあんなに寂しかったのに……。」

「いいじゃない! あれからちゃんと毎日メールもしてるし、電話もするし。中島君のわがままも聞いてるでしょ?」

 そうですか。なんだか私が勝手に心配していただけなんですね。先輩達には今日一日だけでもかなり振り回されたような気分ですよ。わざわざ私の目の前で痴話げんかなんか始めちゃいましたし。先輩達の心配より、自分の心配をするべきでしたね。さっさと大学に行って課題を終わらせようと思います。

 と言うことで、私、帰ります。

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