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12話:夜の海辺で

 ショッピングモールでの買い物を存分に楽しんで、電車に乗った時には空が赤くなり始めていました。

 予想よりも長く買い物をしていて、私としてはちょっと予定が狂った程度ですが、先生は完全にお疲れモードです。いつもマイペースな先生がこんな風に疲れることは滅多にないんでしょうね。それに加え、インドアな人なので、一日中歩き回ることも無いのかもしれません。

 これ以上疲れさせるのはやめようと、どんどん暗くなっていく空を何も考えずに眺めていました。

「海、いいですね。」

「どうしたんですか? いきなり。」

「海に行きたいと思って。」

「中島先輩達について行けば良かったんじゃないですか?」

「何で中島と行かなきゃいけないんですか? つまらない。」

「私となら楽しいんですか?」

「ええ、かなり。」

 言わせておきながら、何となく恥ずかしいのですが……。

「海、行きましょう?」

「いいですけど……、いつ行くんですか?」

「今からですよ。」

「今から?」

 先生の行動はいつも突然。

 確かにこの辺りは海沿いの町ですし、すぐに行くことはできますが、こんな時間に行ってもしょうがないんじゃないでしょうか?

「次の駅で降りましょう。近くにマリーナがあるんです。」

「はぁ。」

 なんだかよくわかりませんが、先生がちょっと元気になった様子なので、ついて行くことにします。




 駅を降りて歩くこと約十分。海に着く頃には、塩の混ざるねっとりとした空気に覆われていました。

 完全に夜となり、海辺で頼りになる明かりは、レストランなどの入った小さな建物だけです。

 先生は砂浜までは行かずに、手前の階段に腰を下ろしました。

 夜の海は、暗くて寂しいだけだと思っていましたが、花火をする子供や散歩をする人もいて、意外と賑やかな雰囲気でした。昼間よく晴れていたおかげか今も雲が無く、また、視界を遮る物が無いここでは、何にも邪魔されることなく、星を眺めることができます。

「結構いいものでしょう?」

 そういいながら、先生の視線は、ずっと続く暗い海をとらえていました。

 波は心地よいリズムで、穏やかに繰り返し、こちらへ来てもすぐに返ってしまいます。

「先生は、よく来るんですか?」

「たまに一人でうろついていますよ。」

「それって、不審者なのでは……。」

「そうですか? 考え事をしながらよく来るんです。」

 こんなことを言っては失礼かもしれませんが、先生ってあんまり考え込むタイプじゃないと思っていましたよ。誰でも考え事はすると思いますけどね。でも、やっぱり先生が必死で考える事って、かなり大事なことか、私には考えられないような大きな話だと思うのです。そうでないとしたら昔のこと。フォーラムの時に再会した坂上先生の事なんて特に根に持っていて、たぶん、一生引きずるんだろうと思ったのです。でも、信頼していた人に裏切られた時の痛みが、先生の動力になっていることも間違いありません。

「僕はこれ以上行くことができない、いいえ、行けなかったんです。」

 先生は、話を変えるのも急なんですね。そう思ってのぞき込んだ瞳は、ずっと遠く、海と空が闇に変わる様子を見つめていました。こういう時、なんだか先生が遠く感じるのです。

「でも、どんなチャンスを与えられようと、その先には恐怖が立ちふさがっているんです。」

「先生にも怖いものはあるんですね。」

 何を意図した話かさっぱりわかりませんけど。

「……失ってしまう恐怖。」

「失ってしまう?」

「生きている以上、その節目節目に終わりがあるんです。そこで何かがとぎれてしまう。多くは別れ。関係性がなくなってしまうんです。時間の流れと共にそれは思い出になって、次第に、大切な人の顔も声も一緒に見た景色も、何もかも忘れていくんです。たとえ、どんなに自分が強く想っていようと、……想っているからこそ、そのときが怖くて仕方がないんです。」

 先生が思い詰めたように悲しい顔をしても、私にはどうすることもできません。

 でも、何となくわかるのです。

 私が先生を好きになったとき、先生に私の気持ちがわかってしまったとき。先生といるだけで楽しくて、幸せで、それ以上のことは望んではいけないと思っていました。言ってしまった瞬間、その全てが壊れてしまうような気がしたから、失ってしまうと思ったから。あのときは、ただ、怖いと思っていました。きっと、今の先生も同じなんだと思うのです。

「先生、怖くても、それを乗り越えたときに見えるものがありますよ。」

 励ましにもならない言葉を返して、そっと、先生の肩に寄り掛かりました。

「そこにあるものが、望んでいたものであればいいですね。」

 今度は先生の腕が私の肩に回り、ぐっと、抱き寄せられました。

 少し冷たい海風の中で、先生の体温は心地よく、夢を見ているかのような優しい気持ちに包まれました。

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