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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
レンガ外伝 Ⅱ
98/209

暗闇の中で

山の麓に存在する森の中。正道から少し離れた場所で、二十から三十名ほどの一団が野宿をしていた。周囲に闇が広がり始めていたが、その一ヶ所だけは玉具の明かりに照らされている。


焚き火という手段もあるのだが、風向きを読むなど色々と考えなくてはならない。そもそもこの森は空気が湿っているため、燃料を現地調達するのは難しい。



物資を運んでいるのは鉄工商会の者たちであり、その護衛をしているのは、彼らが年契約で雇ったギルド登録団体。


町から村へ品を売りに行く場合は、旅商人がギルドから護衛を雇うことが多い。しかし町から町への運搬などは、護衛団の長が全体の指揮を取っている。


だが今回の輸送は通常と違い、鉄工商会でそれなりの地位を得ている者が一人混ざっていた。



護衛長は土の領域で周囲の警戒を行ったのち、食事中の女性に声をかける。


「数日前の豪雨により、予定がすこし狂っています。そのため明日は早めに出発したいのですが、よろしいですか」


女はスープを一口すすると、団長へ向けて微笑みながら。


「ええ、構いませんよ。でも私たちが遅れているということは、勇者さま一行もデマドへの到着は、当初の予定より遅れているのではないでしょうか」


「ですが一行の方々は我々と違い徒歩です。討伐作戦が進行中である以上、大幅な遅れは避けたいと向こうも考えているはず」


ヒノキ周辺の魔物は強力なため、本陣の維持はかなり困難なものとなっていた。それでもレンガの兵は、少数で大都市を守っていた者たちである。


「組織された集団から砦を守るのと、周囲の魔物から砦を守るのとでは、やるべき訓練は別物です。私が考えるに、レンガの兵士はその点においてだけは、ほかの都市よりも優秀だと思いますが」


どちらかと言えば大軍での移動経験が少ないため、そちらの方に不安が残っているのかも知れない。


「確かにそうですね。それにあの火炎団が協力してくれていますし、過去に行われた刻亀討伐の中で、今回ほど事前の準備が整っている作戦はないのではありませんか」


複数の団体に討伐作戦への参加を依頼すれば、統率が上手く取れず、そこから多くの問題が生じる。


「過去の失敗と同じ過ちを繰り返してしまうと、色んな方面からお叱りを受けるのですよ。怒られるのがギルド側だけなら良いのですが、悲しいことに商会へもそれが回ってくるのです。そういった面から考えれば、火炎団というのは非常に助かりますね」


「鉄工商会に雇われて十年を過ぎましたが、こうやって話を聞くと、我々が勉強不足だということを思い知らされます。雇い主がどのような存在なのか、触りだけでも知っておく必要があるのかも知れません」


そう言った護衛長は視線をわずかに動かすと、一団から少し離れた場所に座っている男を見て。


「何かを守る。長年そういったことを生業にしていると、感覚で危険な人間というのを見分けられるようになります。ですが彼の人間性は今ひとつ掴めません」


一見はどこにでもいるただの旅人である。相手が彼一人だけなら、護衛長もここまで気を向けてはいなかっただろう。


「この野宿場から少し離れた場所に、五名ほどの存在を領域で確認しています。玉具で身を隠しているわけでもないので、我々を守ってくれているのだと解るのですが」


離れた場所にいる五名の感情を、土の領域で読み取ることができない。護衛長はそれが不気味で仕方なかった。


「彼の部下たちは私の予想ですと、普段は裏の仕事をしているのではないでしょうか。素顔を他者に晒すということは、土の領域による個人の特定が容易になるということです」


そこら辺にいる追い剥ぎとは格が違う。護衛を生業とする彼からすれば、天敵とも呼べるだろう。


「ゼドさんはその筋では有名な人です。彼が魔王の領域で育てた人材は、今も戦場で働いていますが、その一部は盾国に雇われているのかも知れません」


感情を隠す技術。闇に溶け込む能力。


「それを戦争だけに利用するなんて、勿体ないじゃありませんか。私ならもっと有効活用します」


物騒なことを笑顔で話すこの女は何者なのか。


レンガと王都に存在する鉄工商会の重役たち。その関係を繋ぐのが自分の役割だと護衛長は本人から聞いていた。しかしこの女が把握している情報は、かなり危険なところまで来ているのではないだろうか。



商人はそんな彼の内心を読んだのか、微笑みながら薄目を開けて。


「大鉄所で造られた製品は、国直属の輸送部隊により、各都市へと送られます。もし今回の刻亀討伐に成功すれば、デマド方面から王都へ向かう道の開拓が進められるのですよ。その準備をするために、今回は貴方たちと同行させて頂きました」


ゼドは勇者一行と共にヒノキへ向かうが、五名の部下たちと女商人は中継地点で別れることになっていた。


「この道を開拓できれば、私たち商会にとって都合がいいのです」


刻亀討伐の成功には悪い面も多いが、良い面も探せば見つかる。


「損得というのは完全に分かれてはいません。得もあれば必ず損もついてきます。ですが完全な等価交換はありませんので、私たち商人はその隙に漬け込んで、お金を儲けるのです」


護衛長はその話に興味を持ったようで。


「数十年たてば、刻亀討伐は今よりも難しいものとなる。単純に商売だけを考えるのなら、刻亀はいないにこしたことはありませんね」


女商人は嬉しそうに頷くと。


「鉄工商会は大きくなりすぎました。商売だけでなく国政も考えなくてはなりません。ですが私には大きな判断を実行する権限はないので、偉い人がそれを間違えないように、少しでも多くの情報を集めなくてはなりません」


商売では得だったとしても、都政や国政の方面でみれば損となることがある。どちらも担う必要がある鉄工商会は、常日頃からそういった判断をしなくてはいけない。


「正直に言いますと、私は今の仕事があまり好きではないのです。本当はお金儲けだけを考えていたい」


「ピリカ殿は商売人ということですね」


この男も自分の仕事に誇りを持っていたため、その気持は解らなくもない。


「それでは、いつまでも自分の役割を疎かにするわけにもいかないので」


「あら、もうそんな時間でしたか。明日もよろしくお願い致しますね」


簡単に明日の予定を聞いたのち、ピリカは護衛長と別れる。



食事を済ませるとその場から立ち上がり、水使いに食器の片付けをお願いする。


ふとゼドの方を見れば、彼は食事中のようだった。


玉具の明かりが届かない薄暗い場所で、木に背中を預けながら、ナイフを使って干し肉をかじっていた。


旅人は商人の視線に気づいたが、あからさまに嫌そうな顔をして、さり気なく目を逸らす。


ピリカはそんな態度を気にも止めず、ニコニコしながらゼドに近づくと。


「炎使いにお願いすれば、暖かい食べ物も用意できますよ」


「もう時間が遅いから結構だす。それに固い物の方が腹持ちがいいだす」


あっちに行けという口調で返事をしたのだが、一向にその場から離れようとしないため、ゼドはピリカを睨みながら。


「それより……お嬢さんの条件を飲んだのだすから、こっちの頼みも守ってもらうだすからね」


勇者と関わったレンガの一般人を、信念旗から守ってほしい。


ガンセキは勇守会を一枚岩だと勘違いしていたようだが、実際にはそれぞれの価値観が重なって生まれた組織であるため、同志への頼みごとには交渉が必要であった。


「私はゼドさんが考えているほど商会での地位は高くありませんので、動かせる人数も限られているのですが、約束したからには守らさせて頂きますよ。でもあの神官さんに頼んだほうが、安全面では確実だと思いますが」


「たしかにギルドの力は凄いだすが、あまり安定派には頼りたくないだす。自分はお嬢さんを信用してないだすが、鉄工商会はある程度信じているだす」


そんな失礼な発言にも、ピリカはニッコリしながら返事をする。


「あら残念。私はこうみえても、ゼドさんを信じているのですよ。ですが……あまり勇者さまの肩ばかり持っていると、ほかの同志からあらぬ疑いを掛けられますよ」


「わかってはいるだすが、自分が勇守会に所属しているのはそのためだす。だけど世界の管理なんて大それたこと、自分は微塵も考えてないだすよ」


世界の安定を目指す安定派。


「彼らは古代種族との約束を、今も律儀に守っているだけだす。安定を目指していても、世界の管理までは望んでないから、自分は協力してるんだすよ」


安定派などと呼ばれているが、正確には戦争継続派といったほうが近い。


「いつか終りが来ることを解っているからこそ、安定派は復国派に賛同する人が多いだす。そのぶん勇守会に難色を示す者も大勢いるだすが」


「鉄工商会の根本は商人ですので、管理された世界など考えられません。だから私は商会の代表として、安定派に接触しました」


果たしてこの言葉は、彼女の本心なのだろうか。ゼドにも確かなことは解らない。


それでも彼はピリカを信じることができなかった。


「土の領域から身を隠す。この玉具は悪用されるため、一般の武具屋から入手するのは不可能だす。ましてやそれを大量にとなれば、相応の後ろ盾が必要になるだす」


ゼドたちはその玉具が裏武具屋を通じ、実行部隊に渡ったところまで突き止めていた。


「では裏武具屋にその玉具を流したのは、いったいどこの誰なんだすかね」


「あら悲しい。もしかして商会の人間に、信念旗と繋がっている人がいるのでしょうか。でもゼドさん……その裏武具屋を貴方が張っていたのなら、私が店主と接触したことは一度もなかったはずですが」


それでも疑いの眼差しを向け続けるゼドに、ピリカは爽やかな微笑みを送ると。


「もしそうだったとしても、都市内襲撃の可能性を私に教えてくれたのは、他ならぬゼドさんではありませんか。知っていて実行部隊へそれを売るなんて、普通は考えられないことではありませんか」


「お嬢さんはお金が大好きだすからね。どうせそういった理由でオルク殿を脅して、通常よりも高い金額で売ったんじゃないだすか」


もしピリカが信念旗と繋がっていたとすれば、鉄工商会はその事実を知っているのだろうか。


「確証を掴めていないのに、当事者である私に直接その疑惑を向けるのは、少し気が速いのではありませんか。それと貴方は感情の操作ができるくせに、なぜ今そこまで怒りを剥き出しにしているのでしょうか。私にはゼドさんの行動が理解できません」


交渉の場であったとしても、ゼドは感情操作の技術をここぞという時にしか使わない。最初から感情を殺して進めていれば、もっと有利に事を進められていたはずなのに。


「自分はただの旅人だす。お嬢さんが身を置いている、騙し騙されの世界なんて、本当は御免なんだすよ」


旅人はこの女と関わるのがもう嫌になったため、干し肉を荷物にしまうと立ち上がり、商人から逃げようとする。


そんなゼドの行動にピリカは笑顔を消すと。


「貴方が世界中を旅して回っているのは、非協力的な安定派の方々に、勇守会への参加を呼びかけるためですか」


「自分は世界中を歩き回りたいだけだす。そのためには理由がないといけないから、そうしているだけだすよ」


ピリカは瞼をわずかに開き。


「私はゼドさんのように、意味もなく生きる人間を嫌います。貴方は今……生きていて楽しいですか」


「楽しいから生きているんじゃないだす。生きたいから、一生懸命お金を稼ぐだす」


旅人はそのまま森の中に消えていこうとしたが、立ち止まり商人へ振り向くと、頭を少しだけ下げて。


「確証もないのに疑ってごめんなさいだす。でも今の自分は勇者の案内人という仕事をしているから、お嬢さんが一行と接触するのがすごく嫌なんだすよ」


そんな予想外の行動をとったゼドに、ピリカは笑顔を再び造ると。


「一人で行動するのは危険です。私も謝りますので、ここで一緒に夜を明かしませんか」


彼女の優しい言葉に、旅人は頬を赤く染めると。


「ここでウンコをしても構わないのだすか。自分のは下痢気味だから臭いだすよ」


相手の苦笑いを確認したゼドは、肩を丸めると、相手をその場に残して再び歩きだす。



ピリカは去って行く彼の背中を眺めながら。


「せめてここから離れるのなら、剣くらい持っていったほうが良いと思うのですが」


そう言い終えたころにはすでに、玉具の光が届かない森の中へと、ゼドの姿は消えていた。


・・

・・


暗い暗い闇の中


・・

・・


暗く怖い風の音を聞きながら。


男が一人、そこに佇んでいた。



一寸先すら、なにも見えない。


月の僅かな光すら届かない。


それでも少し離れた場所で、人の気配がある。しかしゼドはそちらに意識を向けてはいなかった。



遠くから小さな光が、少しずつゼドへと迫ってくるのが伺える。


暗い暗い闇の中で、赤い炎が燃えていた。



数分後。炎の正体をゼドは理解した。


巨大な豚の頭部だけが、真っ赤に燃えていた。



炎魔豚の瞳からは生気が感じられない。剥き出しの白目だけが、ゼドを睨みつけていた。


下顎から突きでた二牙は折れていた。その身体は傷だらけであり、所々が膿んでいて、微魔小物が少しずつ豚の命を蝕んでいるのが解る。


春を迎えたこの森には、少なくとも食べ物はあるはずなのに、大きな豚は異常なほどに痩せ細っていた。



子孫を残すための欲望を忘れ、生きるために餌を食らうことも忘れ、太陽から身を守るために眠ることを忘れ。


魔物としての本能だけでなく、獣としての本能すら忘れてしまっている。こういった存在に、土の領域で対応するのは難しい。


このような狂った魔物が生まれるのは、刻亀の領域と関係があるのだろうか。



気づけばゼドは、右手に握ったナイフを構えていた。


「お前は殺すために造られた刃物じゃないだす。でも今の自分には、お前しかいないだす」


「どのように振れば、こちらの願いに応えてくれる」


「どのように感じれば、お前のことを教えてくれる」



ゼドは目の前に灯る炎を見つめる。


「そこは暗くて、なにも見えないだす」


「だからせめて、この刃が君の一点となることを」


巨大な豚の瞳には、なにも映ってはいなかった。


それでも炎魔豚は、頭を低く落とすと、ゼドの刃に向けて走りだす。



頭部に炎を纏う豚。ゼドはその両目を狙い、スッとナイフで真横に斬る。


肉を斬る感触はない。血も出てはいなかった。


すでに痛みを感じることすらできない豚は、ゼドの攻撃を気にすることもなく、そのまま相手を突き飛ばそうとした。



互いが触れ合う寸前、ゼドは後方に跳びながら、左手を豚の傷口に刺し込んでいた。


しかしそれでも突進の勢いに変化はない。


ゼドはそのまま豚に突き上げられ、後方の木に激突するまで吹き飛ばされる。



後頭部を打った。ゼドは何気なく左手をそこに添えると、血が滲んでいることに気づく。


火傷していた左手に、血が染みて痛い。


軽傷ではないが、動けないほどでもない。にも関わらず、ゼドは両腕で頭を抱えながら、その場に蹲ってしまう。


彼が痛みを感じるということは、この戦いがすでに終わっている証拠であった。


先程まで周囲を照らしていた炎が消えていた。


豚に突き上げられる衝撃を利用して、化物の下顎にゼドはナイフを突き刺さしていた。





それでも豚はゆっくりと、震える足を進めようとする。


一歩一歩、四本の足で、光を探す。


だけどすでに、一点の輝きはどこにも見当たらない。


豚は疲れ果てて、そのまま地面に横たわった。



魔物が死んでも、ゼドはその場から動かない。


隣には誰も居ないのに、ゼドは誰かに言葉を送る。


「そんな顔ばかりしていたら、今に化物になっちゃうだすよ。グレン殿は炎使いなのだから、望めば自分の足下を、照らすことだってできるはずなのに」


旅人は昔を想いだし、ふと空を見上げる。


木々に邪魔をされることもなく、そこには綺麗なお月さまが浮かんでいた。


『ねえゼド。いつもそんな顔ばかりしてたら、今に本物の化物になっちゃうよ』


旅人は立ち上がり、服についた汚れを手で払う。


今はただ、一生懸命に仕事をする。


「自分は……化物にはならない」

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