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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
レンガ外伝 Ⅱ
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交渉

勇者一行がレンガに到着する以前の話です。時期は自分にもよく解りませんが、始まりの朝の前後くらいですかね。

眠る都市に存在する宿。夜といわれる時間帯にも関わらず、その一室は日中のように明るい。


そこには三名の男女が話し合いのために集まっていた。


しばらく無言の時が流れる中、旅人と思われる服装の男が口を開く。


「自分は反対だす。勇者を守ることこそ、我らが結成された目的ではないのだすか」


彼の口調とは裏腹に、その眼光は高級宿の一室を凍えさせていた。


しかし高そうな服を着た女性は、それに恐れを抱くこともなく、柔らかい笑顔を向けると。


「私が言わなくても、お兄さんは知っているはずですが。それは世間さまに向けたものですよ」


商人が言葉を終えるのを待って、もう一人の男性が旅人に向けて。


「信念旗はオルクと呼ばれる策士の加入により、勇者一行に被害をもたらしてしまった。我々は治安軍と協力関係にはありませんがな、それを放っておくこともできません」


魔獣討伐を達成した一行に被害をもたらす。最初は民の怒りを買うだけだが、それが続けば勇者の必要性を低下させる危険がある。


勇者という存在は、世界の安定に一役買っていた。これまでの信念旗なら問題はないが、現状では見過ごすこともできない。


旅人はその発言に頷くと。


「だからこそ安定派を中核に、勇守会を組織しただす。実行部隊は近いうちに事を起こすはず、そのとき勇者を守ることこそが、自分たちが結成された理由ではないのだすか」


今までの信念旗は情報収集を事前に行なっても、剣を直接向けるのは魔獣討伐を達成した一行だけであった。


「しかしゼド殿、今回の勇者様はこれまで通りには行きませんぞ。我ら安定派はその名の通り、世界の安定を目指しているのですからな。こちらとすれば刻亀討伐が成功する前に、一行へ被害を齎してくれた方が良いと判断している」


魔獣王を退治した勇者が戦争で死ねば、世界の安定は崩れかねない。


微動だにしない笑顔をそのままに、商人は呑気な口ぶりで。


「純粋な武器商人なら私たちも喜んで討伐に手を貸すのですが、残念ながら権力を持ちすぎてしまったせいで、お金大好きとも言ってられないのですよ。立場上は協力しているのですが、本音を言えば計画段階で失敗してくれたほうが嬉しいのです」


作戦開始の前に護衛が一人でも死ぬことがあれば、恐らく刻亀討伐は中止となる。


鉄工商会は鎧国の政治も一部担っているため、討伐の成功は遠い目でみれば不利益につながる。


「今や伝説となった神位魔法、私はお伽話の類だと思っていました。戦後の用意は整えてあるのですが、やはり戦争は続いてくれるほうが望ましい」


勇者さまには申し訳ありません。そう最後に残すと、女性は旅人に向けて微笑み、相手の言葉を黙って待つ。


損得で動く商人と、世界の安定を第一とする神官。そのことを忘れていたゼドは、頭に血が上っていることを自覚して、自分の中に存在する甘さを研ぎ捨てる。



しばらく黙って椅子に腰を下ろしていたが、旅人はなにかを閃いたのか、女性と男性を交互に見て。


「そういえばお二人に伝えてないことがあっただす。オルク殿は恐らく、このレンガで襲撃を実行するだすよ」


あからさまに今さっき思いついたような発言に、ニコニコしていた商人は細目を開けて。


「前例がありませんね。できれば証拠を示して頂きたいのですが」


無表情になった商人の変わりに、ゼドは薄気味悪い笑顔を浮かべると。


「そんなもんないだす。でもこの予想を無視すると、きっと痛い目に遭っちゃうだすよ」


気づけばこの男、なにを思ったのか鼻の穴を穿りながら。


「お嬢さんも知ってると思うだすが、自分は情報収集が得意だすからね。小さなものを繋ぎあわせれば、場合によっては全体像が見えてくるだす」


所々で変化する感情。飄々ひょうひょうぜんとした態度の裏から、時々見える鋭い眼光。


交渉材料としては弱くとも、その重さは幾らか増していた。


「自分にも確かなことは解らないだすが、前もって対策を練っておいたほうが良いんじゃないだすか」


本当は嘘だった。信念旗はそう安々と情報を与えてくれる組織ではなく、ゼドの部下も都市内襲撃の確たる証拠は掴めていなかった。



商人は無言で旅人の目を見つめていた。


種族を誤魔化して敵地に潜入する。そのような馬鹿げたことを可能とした相手から、感情を探るのは商人といえど難しい。


女は再び微笑むと、困りましたと言いながら。


「敷地内でそのようなことをされて、勇者一行にまで死なれたとなれば、私……上に呼び出されて怒られちゃいますよ」


鉄工商会からしてみれば、国政と都制を切り離すのは難しい。だがここで商いをしている以上、レンガの印象を悪化させる事態は避けたいと考えるのも当然である。


それと。どうやらこの女が勇守会だという事実は、商会の側にも知られているようだ。


「お嬢さんの力で宝玉武具を用意してくれるなら、もし襲撃があった場合は、自分の部下たちがなんとかするだす」


情報収集を専門としているため、ゼドたちはそこまで強力な玉具を所持しているわけではない。


眼光の鋭い男は商人を見据えると、己の持つ最後の手札を切る。


相手に嘘をついていると思われたら終いだから、より真実味を持たせるために、余計な雑念を研ぎ捨ててから声にだす。


「証拠と言えるほどでもないだすが、自分はオルク殿と過去に面識があるだす。あの人は信念旗の理想とは無縁だすからね、手段は選ばないはずだすよ」


だからこそオルクは信念旗の上層部に危険視されている。



オルクというのは勝手につけられた名であり、本人はあまり好んではいなかった。そもそもこの名を世間に広めた張本人がここにいる。


当時は別の名を使っていた実行部隊長。


「たぶん彼は詳しいことは知らないんじゃないだすかね。下手すれば復国派の存在すら、上層部から教えてもらってない可能性もあるだす」


物事に興味を示さない人物だったという覚えがあるため、信念旗を自ら深く調べることもないと予想している。


ゼドからオルクの人物像を聞いた女性は、赤くなった頬に両手を当てると。


「あら、オルクさんって野心がないのでしょうか。ぜひ一緒にお仕事してみたいです、今度紹介してください」


相手に話の切り替えを許してしまったゼドは、それでも笑顔を向けながら、自分の指先に乗った品を女性に向け。


「自分は過去にやらかして実行部隊に嫌われているから、オルク殿とはもう会えないだす。でもこれを大切に持っていれば、運が良ければそのうちきっと会えるだすよ」


女はそれを躊躇ちゅうちょなく素手で受け取ると、小形の四角い布でそっと包み込み。


「私、こう見えても運にだけは自信があるのですよ。ところで……これは無料で頂けるのでしょうか」


「それはハナクーソと呼ばれる高級食材だす。左の穴は十万を超えるだすが、右はしょっちゅう穿ってるだすからね、お金は気にしないで良いだす。ちなみに保存食じゃないだすから、オルク殿との接触を諦めて食すのなら、できるだけ速い方がいいだすよ」


女性は立ち上がると、気前の良いゼドに向けて、丁寧にお辞儀をする。


ゼドは普段そんなことをされた経験がないから、照れくさそうに商人へ微笑み返しをすると。


「そんなに喜んで貰えるなら、自分も嬉しく思うだす。ちなみにオルク殿を下手に利用しようとすれば、逆に利用されるんじゃないだすかね。実際に信念旗の理想を無視しまくっているようだすし」


「そうですか……仲良くできると思ったのですが、私の早とちりだったようです」


残念そうに肩を落とした女性は、胸元に抱いていた小さな四角い布を両手で丸め、部屋に備え付けられているゴミ箱へ全力で投げ捨てる。


人を殺せそうな目つきで女の動作を見守ると、今度は苦笑いを浮かべていた神官へと振り向き。


「自分の部下はそんなに多くないだす。できろば戦える人員を欲しいだす」


「貴方がたは安定派の一員ではございませぬが、勇守会の同志である以上、一人で反対もできませんな」


どこか古い紙の匂いがする男性も、渋々納得はしたようだが、それでも複雑な表情を浮かべながら。


「我々の派閥には復国派の賛同者が多く在籍しておりましてな、そのため安定派全面での協力はできませぬぞ」


現時点で名の売れている白銀の勇者が、魔獣王討伐により大きな実績を残す。それは安定派からしてみれば、好ましくない事態でもあった。


「しかしギルドにはこちらの息が掛かった団がそれなりにおります。相応の宝玉武具を用意してくだされば、それだけでも引き受けて貰えましょう」


宝玉具だとしても、良い物なら数十万の値がつく。たとえ依頼内容が人殺しだとしても、充分な報酬になると考えられる。


神官の提案に軽く礼をいうと、ゼドは再び商人と向き合い。


「そういえばまだお嬢さんから返事をうかがってなかっただすね」


「あら残念、適当にこのまま流れろば良いと思ってたのですが。そうですねぇ……協力は約束いたしますが、私は勇守会としてこの場にいるので、個人の権限で用意可能な品数は限られております。そのことだけはお忘れなきよう」


レンガでの初顔合わせは、こうして一応の終わりが見えた。


その後は勇守会でのみ効果の発揮される契約書を机に広げると、ゼドは二名に印と直筆を願う。これを無視して約束を放棄すれば、相応の痛みを受けることになるのだろう。


本当は立会人を必要とするのだが、とりあえずこの場はこれで良しとする。



ゼドは立ち上がると、協力を約束してくれた二人に頭を下げ。


「自分からの無理な頼み、返せるものは少ないだすが、恩に着るだす」


「交渉材料としては少し甘いのですが、レンガで一行に死なれると困るのは事実ですので、あまりお気になさらずに」


ニッコリとしている商人に続き、神官も頷くと。


「この身にも本職がありますのでな、恐らく刻亀の情報収集を手伝うことになりましょう。見知った顔が身近で死なれるのも、気分が良いものではない」


「先に言っておくだすが、もし都市内での襲撃があろうと、我ら勇守会は直接関わらないだす。一行がそのとき生き残れるかどうかは、彼ら彼女らの実力しだいだすから、上手く行かなかったときのことも考えてもらいたい……お金は自分もってないだすが」


その言葉に商人は細目でゼドを睨むと。


「そういうことは契約書に印を押す前に言わないと、信用を失うことになりますよ。あとたしか私の仕入れた情報では、一人だけ関わるのではありませんでしたか」


彷徨う旅人は再度頭を下げると。


「申し訳ないだす。別に黙っている積りもなかったのだすが、案内はデマドからヒノキまでになっているだす。儀式責任者から国を通しての依頼だすから、そう簡単に断わることもできないだす。まあ何事もお金のためだから、不満はないだすがね」


そんなゼドの言い訳に、商人はなぜか気を良くしたのか。


「あら、ゼドさんもお金が好きなのですね」


神官は肩を丸めている旅人に笑みを向けると。


「我々はギルドに依頼する形ですからな、失敗のときは損失もそこまでありません」


失敗の代償に関しては、商人とだけ話しあえば良いとのこと。


「そうですね。私はお仕事でレンガと王都を行き来することが多いのですが、ヒノキへの案内が終わったら、今度はこちらの護衛でもしてもらいましょうか」


「自分は低位魔法しか使えないだす。それに土の領域くらいしかできないだすし、いざとなれば颯爽さっそうと走るだすからね」


商人は片手を頬にそえ、わざとらしく驚いた表情を造ると。


「あら以外。私ったらてっきり、お強いのかと勘違いしていました」


「お強くはないだすが、お嬢さんよりも逃げ足は速いだす」


ゼドの部下たちは彼と同じように、普段は散り散りに旅をしていたが、国に頼んで行方の解るものだけを集めてもらっていた。


旅人は勇者の案内を終えたのち、再び放浪に戻りたいと考えていた。


「失敗したら、そのときは引き受けるだす」


「もし良かったら失敗や成功に関係なく、私の下でなくてもいいので、鉄工商会に雇われて見ませんか。きっと今よりも刺激がたっぷりの、素敵な生活をお約束いたしますよ」


どう見ても商売には向かない面構えの男は、部屋のゴミ箱を眺めながら。


「人の気持ちを投げ捨てるような人間を、自分は心の底から信用できないだす」


「あら残念」


そっけなく言葉を返すと、女性は扉の方を向いて。


「それでは、私はそろそろ帰らせて頂きます」


「失敗に関する手続きは良いんだすか、自分は行方をくらませるだすよ」


商人はゼドに笑顔だけを返すと、そのまま部屋を後にする。


とり残された二人の男は。


「女は怖いだす」


「まったくその通りですな。では、私もそろそろ帰らせて頂きますぞ」


そういうと神官はゼドに金袋を渡し。


「ここは一時的に借りているだけですからな、良ければこれで宿泊されるといい」


旅人は意地汚い手つきでそれを受け取ると、その中身を覗きこみ。


「これだけあれば自分なら数日は生きていけるだす」


「そうですか。それなら折角なので、外までお伴しましょう」


ゼドは頷くと、展開していた土の領域を消して、神官のあとを追っていく。


その姿は、主に尽す使用人に見えなくもない。


二名の男は既に登場済みですが、女は初登場です。


鉄工商会での彼女の地位は、俺にもどれくらいなのか良くわかりません。王都で国政をしている人とレンガ周辺の政治をしている人のパイプみたいなことでもしているのでしょうか。


前話で表向きの世界を載せたんで、今回は裏のほうを一部と思いまして。


予定ではこの一話で終らせるつもりですが、もしかしたらもう一話増えるかも知れない。



今まではなぜか七千文字以上じゃないと投稿しないぞって、訳わからん拘りをもってたけど、減らそうと思う。


これからは4千以上にします。



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