十二話 一転する世界
勇者一行は夜明け前に起床し、一通りの準備を終えて野宿場をあとにした。
本来なら高い位置から平原を眺める必要はなかったため、四人は来た道を引き返す。
ここから崖上まで十分。デマドへと続く森道までは、一時間ほど歩くことになる。周囲は完全な暗闇ではないが、視界のみでは心持たない。
ガンセキはランプで前方を確認しながら進み、グレンが火玉で一行の足もとを照らす。
責任者は後方に意識を向け。
「早めに起きた目的は他にあるんだ、陽が昇るところを見たらすぐに移動するぞ」
夜明の時刻に合わせて一行は出発していたため、もしかすれば間に合わない可能性もある。
アクアは少し不満そうに。
「もし朝陽が見れなくても、ボクたちは文句なんて言わないよ」
森中は平原と違い、人工道から外れて歩くのは危険である。
「信念旗はそれを読み、森道へと向かう途中に潜んでいる可能性がある」
ガンセキの予想にグレンが続く。
「俺たちが早めに動き始めりゃ、そんだけ相手の準備時間を短縮させることができんだ」
敵が待ち伏せをしているのなら、オルクは策を用意しているはず。この森のように雑草が少なくとも、罠を土などで隠すことができる。しかし注意して周囲を見渡せば、程度はあるが見破ることも可能だ。
魔物の動きが活発な夜のうちに策の準備を行うのは危険であり、それをするには俺たちが通り過ぎてからの日没までか、周囲が明るくなり始めたこの時間帯だけだ。
森中のような場所でも中岩の上部を平らにして召喚すれば、そこに小魔法陣を描くことができる。ただしそれよりも大きいものを描くには、加工したものを運ぶ必要がある。
魔法陣を木版や石版にして使うことはできるが、動かした時点で能力が消えてしまう。それを持ち運ぶには、職人が武具へ覚えさせなくてはならない。
「たしかに直陣魔法は強力だが、あらためて考えろば弱点もかなりみえてくる」
属性紋があるため、岩を出現させることで魔法陣を破壊するのは難しい。だが雷撃などで地面を直接削るという手もある。岩の腕を召喚し、それで殴り潰すことも可能だ。
「共振型は使い手が乗っているため、それらの攻撃から魔法陣を護ることができる。しかし放出型は離れた場所から使うことが多いため、味方を用意して陣を護ったり、土などで敵から隠す必要があるな」
グレンは周囲を見渡しながら。
「完成させるのに必要な時間は?」
「込める能力の数や魔法陣の大きさ。または属性紋の質で変わってくると思うが、俺にも詳しくは解からん。だが直陣魔法の使い手は、それを戦闘へ組み込むことに慣れているため、研究者よりも早く描けるはずだ」
二人の会話を聞いていたセレスが。
「それが近くにあれば真っ先に狙われる。もし私たちが襲撃を受けたとき、オルクさんは離れた場所から使ってくる」
「残念ながらそうとも言えねえな。魔法陣が手に届く位置にあるってのは、裏を返せば相手の視線を一点に向けさせることができんだ。前もってそれを自覚できたとしても、見えちまうもんから気を散らすのは難しいぞ」
意識の操作が目的だとしても、能力が込められているのは事実であり、魔法陣を無視することもできん。
ガンセキはグレンの言葉にうなずくと、セレスとアクアを交互にみて。
「今まで人工道から離れた場所で野宿をしてきたのは、俺たちなりに考えた信念旗の対策だ。しかし魔物に関してだけならば、ほかの旅人と夜を明かしたほうが安全だろ」
アクアは自分の足もとを見つめて。
「一つに気を取られすぎれば、それ以外が甘くなってしまうこともある。ボクたちは魔物よりも信念旗を危険視している。実行部隊そのものより、オルクの策を警戒している。こんなふうに一つずつ決めていくことが、きっと大切なんだよ」
「アクアさんの言うとおり、俺たちゃ奴を最優先に考えている。でも魔物が危険な事実は変わらねえからよ、そっちにも気を向けて行ったほうが良さそうだ」
信念旗に重点をおいた行動を取りながら、魔物を警戒してヒノキ山を目指す。
四名はオルクについて考えるのを一度やめると、崖へ向けて歩くことに集中する。
視覚や土の領域だけでなく、音にも注意を向ける。
木々のあいだを風が通り抜け、独特な音を鳴らしていた。しかし徐々に辺りは明るくなり始めていたため、夜間ほどの不気味さは感じられない。
魔物は自然に溶け込む。土の結界や魔物具を使わずに、その技術を身につけた人間は少ない。
俺は土使いであり、どうしても領域に頼ってしまうところがある。自然の中からわずかな違いを感じ取るのは、グレンのほうが得意だろう。
アクアとセレスは視界での警戒。
俺は土の領域で魔物の把握をしながら、隠れている者がいないかを調べる。
グレンには周囲の音へ意識を向けてもらう。
・・
・・
一行が目的の場所へ到着したころには、すでに崖下の木々から太陽が昇りはじめていた。二人は残念そうに肩を落としていたが、それでもしばらくは無言でその光景を眺める。
高いとこからの景色は一度みてるし、どちらかって言えば昨日のほうが良かったか。まあ不満はあるけどよ、綺麗なもんは綺麗だから否定もできねえ。
そんな感情を表にださないようにして、赤の護衛は責任者のとなりに立つと。
「デマドまでたどり着けば、そこから先はゼドさんやボルガたちと本陣を目指すんですよね」
「イザクさんは本陣にいるが、彼の所属する小隊の一部が、油玉を含めたレンガからの物資を運ぶらしい」
正確にいえば物資を運ぶのは鉄工商会の人間で、ボルガたちはそれの護衛をする。レンガからデマドまでは恐らく護衛ギルドで、そこから中継地点を経て、本陣までをレンガ軍の兵士が受け持っているんだろうな。
「刻亀討伐による兵士の不足分を補うのに頼ったり、各地の魔物を討伐できる職権がある。レンガにいた頃から感じていたんすけど、ギルドってのは随分な権力を持っているんすね」
登録している団体じゃなくて、そいつらを管理している者たち。
グレンの疑問にガンセキは、自分が知っている限りの情報を伝える。
「村人の一部が出稼ぎに都市や町へ向かうということは、村の自衛に問題がでてしまう危険がある。守るだけなら個々でも可能だが、群れの巨大化を防ぐには、定期的にギルドへの依頼が必要になる」
勇者の村は戦える人材に余裕があるけど、他村はそうもいかねえからな。特にレンガは工業が中心だから、若者を都市に奪われるって傾向が強いのかも知れねえ。
「ギルドという組織が現れたのは、たしか古代種族が現れた前後だったな。魔族に国を追われた者たちが組織したのが始まりだったか」
少し違うんだろうけど、傭兵ギルドの前身って考えでいいのかな。今は魔王の領域と呼ばれてるけどよ、魔族が現れる以前はそこで暮らしていた人々がいた。負けろば殺されるわけだから、民たちは逃げるしかねえ。
光の一刻という時代。真っ先に古代種族へ協力したのは三大国じゃなく、魔族に居場所を追われた人々ってことか。
「古代種族が表舞台から去ったのち、彼らは大国に吸収されたが、すでにその時点で無視ができないほどの力を持っていた。現在の冒険者ギルドが結成させたのはその頃だな」
ガンセキの教えを受けたグレンは、しばらく考えに耽っていたが、顔を上げて平原を見つめると。
「魔族により故郷を失った連中が、三大国に要求した権利。もしかしてそれが、今でいう神官なんじゃねえっすか」
たしかに金と努力さえあれば、その資格は誰でも手にすることができる。でも敗国人という血が混ざってなければ、神官としての位を上げるのは難しい。
治安維持軍とギルド。
「推測の域をでませんが、もともとは一つの組織だったのでは」
護衛ギルドってのは魔物だけでなく、追い剥ぎなんかの犯罪から依頼主を護るって意味合いもあるからな。
水の神は時を司る。聖域を調査するってことは、過去を調べるのと同じだ。
「それらの詳しい成り立ちは俺も知らんが、言われてみれば確かにな。神官と呼ばれる者たちを管理しているのは国なのだが、規模を考えるに容易な手だしはできんだろう」
夜の幕開けという時代。魔族と戦って敗れた連中が、古代種族と最も深いつながりを持っていた。
「今もそいつらが裏に控えているからこそ、治安維持軍やギルドってのは成り立ってるんじゃねえのかな」
まあ見方を変えろば世界規模の組織だしよ、そんくらいの背後はあって当然なのかも知れねえ。
「しかしお前の予想が事実だとすれば、それはそれで恐ろしいな」
千年という時が流れようと、未だ敗国の人間だという意識を持ち、三大国の裏側で力を蓄えている者たち。
「俺もそう思いますよ。だけど治安軍の背後に控えている連中だとすれば、信念旗とは敵対しているはずです。味方として認識するには情報が足りませんが、敵とまで考える必要はないと判断します」
信念旗。勇守会。治安維持軍とその背後。
「セレスは信念旗と歩み寄ることを望んでいる。一行としての立ち位置をどこに持っていくかで、この関係性は違ってくるのかも知れんな」
グレンとガンセキは声を潜めていたわけでもないため、会話の内容は二人にも聞こえていた。
遠目から平原の朝を眺めていたセレスは、振り向くとガンセキに話しかける。
「早起きした意味がなくなっちゃうよ、そろそろ行かないと」
その言葉にうなずくと、責任者は三人を見渡し。
「森道までの途中、足場の悪いところが何ヶ所かあったな。もし俺がオルクなら、そこを襲撃地点にするだろう。各々警戒を怠らずに進むぞ」
アクアは指示を受けたのち、少だけ俯いて。
「許される範囲の無駄だってガンさんは言ってたけどさ、寄り道をしなければここまで考える必要はなかったんだよね」
壊滅した勇者一行の話を聞いて、俺は実行部隊の危険性を再確認した。でもそれがなけりゃ、崖上から離れた場所で野宿をしようなんて提案はしなかった。
「平原を高いところから眺める。確かに俺は反対したけどよ、納得をした上で従ったんだ。寄り道をする前とした後で、アクアさんの中に思う所があるのなら、次に活かすことが大切なんじゃねえのか」
「間違いだったのかも知れないけど、それでもアクアと一緒に平原を見ることができて、私はすごく嬉しかったもん」
最後にガンセキが話をまとめる。
「グレンには悪いが、目的を果たすだけで旅を終わらせたくないんだ。今ここで考え方の変化が起こっているのなら、それだけは忘れないで欲しい。この寄り道を無駄とすればそこまでだが、なにか一つでも小さな価値を見いだせたのなら、それはお前の経験となる」
「ボクの中で無駄じゃなかったとしても、本来の道から少し離れろば、考えなくちゃいけないことが増えていく。ボクはそのことを学んだよ」
セレスはいつもの笑顔をみんなに送ると。
「時間がかかっても、慎重に歩けば到着できるもん。ガンセキさん、もうそろそろ行かないと」
「言ったからには昨日みたいに転ぶんじゃねえぞ。俺はもう巻き込まれるのはごめんだからな」
グレンが茶化したせいで真面目な会話が一転し、アクアがいつものように。
「ダメじゃないか、また君はそんなこといって。珍しくセレスちゃんが話をまとめようとしたのにさ」
「ならもし俺が転んだら、アクアさんが受け止めろよ。じゃないとセレスみたいに泣くからな」
意味不明なグレンの言い分に、アクアはぷいっと顔を逸らし。
「セレスちゃんなら可愛いらしいけど、グレンくんだと気持ち悪い。想像しただけでボクは吐きそうだ」
「可哀想なアクアさん。俺の可愛らしさを理解できないとは、人生の半分を損しているようなもんだな」
言い終えたあとにグレンは気づく。
なんかアクアの顔色が悪いような気がする。こいつ……本気で俺に引いてないか。
責任者は溜息をついて、一足先に歩きだす。
青の護衛は気持ち悪いと連呼しながら、本当に具合が悪そうにガンセキのあとに続く。
勇者はアクアとならんで歩いていたが、振り向くとグレンに舌をつきだす。
その場に残された赤の護衛は、地面を蹴りながらツバをはく。
身体が訛っていたせいか、あろうことか拳士のくせに、体勢を崩して転んでしまう。
グレンは顔を真っ赤にしながら急いで起き上がると、三人に気づかれてないかを確認して、そそくさと歩きだした。
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森中はすでにその姿を変え、朝の清々しい空気へと変わっていた。しかし木々が太陽の光を遮り、平原とは比べるまでもなく、薄暗い場所だと感じていた。
雑草は確かに少ないが苔らしきものは多いため、地面に人の手を加えれば、なんとなく気づくことができそうだ。数日前まで雨が降っていたせいか、それとも元々この森は空気が湿っているのか、んなこた俺にも解らねえ。
平原の東側に存在する森は、そこに暮らしている者たちが土と水を崇めているからなのか、ガンセキさんの話では木々が物凄くでかいらしい。
だけどここの木は勇者の村とそこまで大きさに違いはねえな。この世界でいう自然ってのは、神さまが創造したんだって婆さんから教わった。
俺の故郷からそんなに離れてねえのに、同じ森といっても随分と違うもんだ。
確信なんてなんもねえけど、魔物が関係しているような気がするな。刻亀は季節に関係なく雪を降らす。異常気象は自然の摂理を狂わせる。
生物を無理やり進化させているくらいだからよ、恐らくヒノキ一帯の自然も、寒い地方とは違う形でなんらかの変化を起こしているはずだ。
魔物は闇の魔力により、それぞれの属性を黒魔法として使うことができる。刻亀ほどではないとしても、自然に影響を与えているはずだ。
まあそれを言っちまったら、人間も魔法を使えるから、魔物のせいにだけはできねえか。
信念旗の襲撃を警戒している現在。本来ならばこのようなことを考えてはいけないと、グレンも重々に承知していた。しかし先程の失態が恥ずかしくて、周囲の音に耳をすませる余裕が持てていなかった。
別の物事を考えることで雑念を消す。失敗して余計に深みへ嵌ることも少なくはないが、上手くいけばかなりの効果がある。
実際にグレンは考え事により、今は冷静を取り戻すのに成功した。
視界での警戒はセレスとアクアに任せてあるため、俺は自分のすべきことをする。
まず自然の音色は場所により異なる。魔物は人間と同じく呼吸をしているため、生物としての音を鳴らす。オッサンの話では植物なども息をしているらしいが、俺には意味不明でよくわからない。
家畜と違い魔物は通常時、鳴き声を上げない種が多い。そのため森中は非常に静かであり、風による木々のざわめきしか聞こえない。
魔力かなんかを使うことで、オスやらメスやらの位置を把握する。こんな能力が微魔小物や魔虫にはあるのかもな。
俺の場合は音を聞くというよりも、聴覚と触覚を合わせた技術で周囲を警戒している。簡単にいえば耳から取り入れた情報を肌で感じているんだ。
特殊な訓練を受けたわけでもねえし、俺の持っている技術なんて大したもんじゃない。それでもこれで危機を脱した経験があるから、まったく役に立ってないとも言い切れない。両手で数えられる程しか記憶にないけどな。
どうも戦闘経験が多い魔物のほうが効果は高いようなんだけど、残念ながらここいらに犬魔は生息してないらしい。
この辺りに生息しているのは、家畜でいう豚の魔物が多いらしい。雌は雄よりも体格がよく、単独に近いが子育て中は群れとなる。
産まれた頃は母親や兄弟と暮らし、親離れの後は若い雄どうしで群れを形成しはじめる。
群れの魔物ではあるが、犬魔と違いボスなどは存在しない。そのかわり一定の年齢を過ぎると、身体が巨大化して仲間を殺し、単独へと変化するのがいる。この森でもっともボルガなのがこれらしい。
だけど色んな面で一番厄介なのは水属性の熊だ。でも遭遇する確率が高いのは、デマドからヒノキまでの道程だそうだ。
豚の魔物は種が少し異なるけど、セレスたちがレンガ滞在中に戦闘したことがあるそうだ。俺は別行動だったから一度もない。
熊とは勇者の村で戦闘経験があるけど、魔力まといだけで氷魔法は使ってこなかった。
グレンが聴覚での警戒をしているため、セレスとアクアも会話をすることはなく、昨日と同じように静寂が一行を包み込んでいた。
しばらく進むと責任者が手で合図をだし、三人はその背後に立ち止まる。
一息をついたのち、ガンセキは姿勢を低く取り、地面の慣らしを始めた。歩行中は杭からの領域で周囲を把握し、一定の間隔で地面から隠れている者がいないかを探る。
グレンは責任者の背中を見つめながら。
オルクの策には勇者への憎悪が感じられる。こういった場所に架かる橋を造んのは、町中と違いかなり危険が伴う。それを壊すってことはよ、恐らくそれまでの信念旗だと考えられない行為だろうな。
だけど俺の予想とは少し違った。
「味方すら捨て駒にするような策かと思ってたんだけどな」
普段なら周りに聞こえないほどの声だったが、ここでは三人の耳に届いてしまったようで。
「グレンちゃんの言う通りなら……私は目を開けて刃を向ける」
「だいたいそんなだったらさ、実行部隊の指揮なんて任されないよ」
ガンセキは意識を地面に向けながら。
「お前の予想した策を否定はしない。しかし一時の勝利を味わうことはできるかも知れんが、後に響くため時と場所を選ぶ必要がある」
そう言うと少し笑いながら。
「不戦で勝利を掴めるのなら、それが一番なのだがな。相手が魔族でなければ、敵方と接触するのも手ではある」
人間同士の場合は剣をもって戦うだけが戦争じゃないんだろう。だけどその場合は交渉が必要になるってことだ。
敵方の誰かを裏切らせるには、なにかしらの材料を用意しないといけねえからな。
グレンは三人の言葉に返事をすることもなく、周囲の警戒に集中する。
ここから森道までは、あと二十分ほど。
黙々と周囲を探っていた責任者は、立ち上がると後方の仲間に向け。
「他者の展開した土の領域に気づく。個人により差もあるが、そんな能力を持っている土使いはそれになりいる」
ガンセキは地の祭壇により、無理やり土の結界を広げている。だが通常は結界を重ねても、範囲を広げることはできない。
低位上級魔法・土の守護領域 他者から自分の領域を気付かれ難くすることができる。
土の結界を五重以上にした状態で、領域を展開させるのが発動条件であり、六重七重と増えていくほどその効果は増す。
「俺が高位魔法で一行の存在を隠しているが、相手方にも俺と同等か、それ以上の領域を使える者がいると考えたほうが良い」
大地の結界と土の領域では、守護領域へと変化させる条件は満たさない。
何者かがこちらに意識を向けて、土の領域を展開させているらしい。
「相手は土の結界で身を隠しながら、守護領域でこちらを探っているんすね……それで数は」
「ここから徒歩で三十分の位置。俺たちが目指している森道を十二時とすれば、十時の方角に四名が存在している」
山の方角とは逆だから、連中がいるのは平原側だな。
青の護衛は少し震えた声で。
「四人ってのは少なくないかい。どこかに隠れてるんじゃないかな」
「調べては見たがそれだけだ。恐らく……偵察だな」
勇者は両手を握りしめ。
「私たちの警戒度合いを調べている」
領域の対象が魔物だけなら、近いうちに奇襲の機会はあると判断される。
領域の対象に信念旗も入っていたら、奇襲は無理だと判断される。
「敵の存在に気づいたのは今さっきだけど、本当はもっと以前から見張られていたかも知れねえ。ガンセキさんはこれまで、数分をかけて周囲を一定の間隔で警戒していた。以上のことから相手方の判断は、恐らく後者ですね」
グレンの意見にガンセキは腕を組むと。
「わざと存在を発見させて、後者だと勇者一行に判断させる」
「俺たちに警戒を緩めさせるのを目的とした、一種の策と考えることもできるっすね。しかしどうしますか、徒歩で三十分となれば、こっちから連中に攻撃を仕掛けるってのは難しい」
アクアは偵察がいるであろう方角に一瞬視線を向けると。
「ガンさんと同等の領域を使えるのなら、もう遅いんじゃないかい。ボクたちは偵察の四人に意識を向けちゃっているからさ」
岩の厚壁と守護領域は同時魔法だけどよ、習得の難度は後者のほうが高いんじゃねえか。それを使えるってことは偵察の分野においては、かなりの熟練者であることに間違いはねえはずだ。
「でもガンセキさんが大地の結界を使っているから、こちらの感情は相手に伝わってないんじゃねえか」
「こちらの心は読めなくとも、俺が彼らを発見したのは普通の領域だ。恐らくこちらが勘付いた事実は向こうに知られている」
それならそれで、こっちからもやれることはある。
「今後も俺たちは警戒を怠らない。ようは偵察の連中がオルクにそう報告すればいいんだ」
グレンはニヤけながら、そのまま話を続ける。
「ひとつ手を思いついた、策なんて言えるほどのもんじゃねえけどよ」
ガンセキさんに安全を確認してもらった所で、大地の結界を一度解いてもらう。そしたら皆で昨日分析したオルクの策を思いだし、その恐怖を信念旗と思われる連中に向ける。
「たったそんだけでもよ、俺たちが今後も警戒を続けるって気持ちは伝えられるはずだ」
セレスはグレンの言葉を受け、自分の片手剣を見つめていた。
「戦いたくないってだけじゃ駄目。刃を人に向けたくないのなら、その方法を考えなくちゃ」
「でもボクたちの偵察をしているってことは、またいつか襲撃するって意味なのかな」
アクアの言葉にガンセキは自分の予想を。
「デマドからは団体行動となる。兵士に協力者が紛れている可能性は否定できないが、手だしはこれまで以上に難しくなる」
そうだとしても、いつかオルクと決着をつけるときがくる。
ガンセキは周囲の安全を確認したのち、大地の結界を解き。
「十時の方角にいる四名は囮で、本命がほかに隠れている可能性もある。向こうに俺たちの恐怖を送った後も、それぞれ警戒は続けるぞ」
・・
・・
やるべきことを行ったのち、一行は森道に向けて歩みを再開させた。
その数分後、グレンに悲劇が起こる。
それはあまりにも悲しい定めであった。
目の前に自然と同化した人工の階段がある。
三人は段下から赤の護衛を見上げると。
「すべるから気をつけろ」
「にへへ~」
アクアは心の底から嬉しそうに。
「まったくグレン君は、地面にツバ吐いちゃダメじゃないか」
なぜだろう。
顔が熱い。
なぜだろう。
今俺は……とても泣きたい。