十一話 現在対過去
空には欠けることのない月が浮かんでいた。
すでに太陽は山へと沈んだが、いつもより気持ち明るい気がする。暗くなる前にセレスが剣で照らしたから、なんてことはありえねえけどな。
当初は崖の付近で夜を迎える予定だったけど、あそこを旅商人から聞いたってことはよ、裏を返せば信念旗に知られる恐れがある。
たとえガランを失ったとしても、この期間で態勢を立て直せるはずがないとは言い切れない。それに加え野宿場を予測されたとなれば、オルクが生きているからには、なにかしらの策を用意していると考えた方が無難である。
ガンセキはグレンの意見を受け入れ、崖から少し離れた場所で夜を明かすことに決めた。しかしそこは森道でもなければ自然道でもないため、危険は通常よりも増している。
そもそも俺たちが歩いてたのは、物資を運んでいる連中が通るのとは別道だからよ、そこを利用する奴は少ないはずなんだ。
たしかに平原の景色は綺麗だった。でもあらためて考え直せば、こんな寄り道なんて必要だったのかね。
まあ勇者が望み責任者が許したんだ、今さら文句を言っても仕方ねえけどよ。
四人が野宿に選んだ場所は完全な森中であるため、今夜は赤青と黄白で見張り番を分けることになった。
明かりは平原のときと同じでランプだけど、木々に囲まれているから穴には入れてない。地面が湿っているから、防水粉をすり込んだ布の上にそれぞれ座っている。
晩飯は塩で味付けしたスープに、硬パンを浸したものを食べた。今は食後の一時を利用して、ガンセキさんからオルクの情報を仕入れている。
まずは壊滅した一行の特徴を簡単に教えてもらった。
近・中距離を得意とする赤の勇者。
黄の護衛は攻撃型で、足の怪我は山へと逃げる最中に負ったとのこと。
白の護衛は盾と片手剣を得物としていたらしい。
そして一行の要である、捕縛の氷を極めた青の責任者は、氷壁もかなりの熟練を備えていた。攻撃型の土使いが勇者候補となったのは、おそらく彼女の防御魔法が優れていたからだと思われる。
通常の氷壁は近距離でなければ召喚できないが、その責任者は宝玉具により、離れた位置にいる仲間も護れたそうだ。
勇者を残して壊滅した他国の一行は、すでに魔獣討伐を達成したあとだった。
ガンセキは水を飲むと、ランプを挟んで向かい合っているグレンに視線を向け。
「勇者たちは二度の襲撃を受けている。最初は魔獣との戦いを終え、近隣の町へ向かっている途中だったそうだ」
勝利を掴んだといっても相手は魔獣であり、一行も無傷だったわけではない。白と赤が負傷していたけど、隠れていた信念旗の存在を、土使いが事前に察知したらしい。
グレンは頼りない明かりを見つめながら。
「激戦を制したあとだったから、あらかじめ警戒してたんでしょうね」
勇者一行は準備を整えたのち、十名前後の相手を迎え撃った。
「襲撃した者たちはこれといった策もないまま、三名ほどの負傷者はでたようだが、あっけなく撤退している」
もともと不意打ちを狙っていたんだ。その当てが外れたからには、すぐさま逃げだしたって考えるのも無理はないか。
アクアは暖かくもないランプに両手をかざすと。
「魔獣戦で疲労しているところを狙った襲撃。そんなふうにみせかけてるけどさ、本当の目的は情報収集だったんじゃないのかな」
「オルクの存在が明るみになるまえだ。俺たちが同じ状況だったとしても、騙されてたかも知れねえぞ」
セレスは片手剣を両腕で抱きしめながら。
「怪我人がいる状況でも相手を退けることができた。町で休息をとってから旅だったはずだし、また襲撃を受けるなんて、きっと考えてなかったと思う」
勇気をだして会話に参加したセレスに、責任者は強く頷きを返すと。
「命をかけて勇者を守ってくれたからこそ、俺たちはこうやって警戒をできているんだ」
他国の出来事だろうと、生き残りが一人いるだけで、これほどの情報が伝わるんだ。
「こんな言い方は失礼になるかも知れないけどさ、三人のお陰でボクたちは、大切な仲間を護ることができたんだ」
とりあえず無視しておく。そりゃあ否定したいけど、今するべきことでもねえ。
セレスは精一杯の笑顔をアクアとグレンに向け。
「死んでいった人を可哀想って思うより、生き残った人にありがとうをしなさいって、私はオババに教わったよ」
策は一人ではできない、勝利にも敗北にも必ず犠牲は生じる。敗北は無駄な犠牲だと思え、味方の屍を踏み潰した先にこそ、己の勝利が待っている。
もしかして六の心得って、そういう意味なのか。
グレンはガンセキの無表情を確認すると。
「相手はこの場にいないけどよ、感謝の気持ちなら送っても良いんじゃねえか」
もっとも四人全員が死んでろば、その事実だけで俺たちは警戒しただろう。だけど赤の勇者が生き残ったからこそ、オルクの実行した策を知ることができたんだ。
一通りの説明を終えたガンセキは、重要なことを三人に伝える。
「ただ悲しむだけでは、彼らの死が無駄となる。残してくれた情報をもとに分析し、オルクの策を打ち破る方法を導きだそう」
いつもの元気を感じられない二人と違い、グレンは目を爛々とさせながら。
「まず考えることは連中が負けた原因です」
虚をつかれたことが一番の敗因だけどよ、それだけで壊滅するほど、勇者一行ってのは弱くねえ。
「五名以上の炎使いが放つ一点放射となれば、おそらくそちらへ近づくのは難しい」
でも遠距離で、なおかつ森中からだとすれば、木々が邪魔して一行まで届くのは数発だろう。
「近づけば近づくほどに危険は増す。だから責任者は撤退すると判断したんでしょうね。ですが四人の逃げ道にあらわれた大岩が一つだけなら、迂回して逃げ切ることだって可能なんじゃねえかな」
グレンの疑問を聞くと、ガンセキは土使いとしての知識を教える。
「岩系統の魔法は召喚さえできろば、自然の岩と違いはない」
つまり同時魔法で維持させる必要がないってことだ。複数の大岩を造りだし、その前方に雷使いを数名おくことで、一行の退路を塞いだのかな。
「しかし大量に造るとなれば、魔力の消費は馬鹿にならん。恐らく道を塞ぐのに召喚した大岩は、三から四だな」
魔力量が他者より多いだけで、長時間の修行ができるんだ。上級は並位属性使いからしてみれば、習得するだけでも大変なんだ。
勇者の村出身でない高位属性使いってのは、標準の魔力量で剛炎や大地壁を習得した連中が多いから、どちらかと言えば俺に近い。
アクアは二人の会話を一通り聞き終えると。
「たくさんの大きな岩を召喚するには、熟練の土使いが必要ってことなのかな」
それなりの年齢にならなければ、並位上級魔法は使いこなせない。
「魔力消費を減らす玉具があれば、そんだけで可能だけどよ」
でも大岩だけで一行は身動きが取れなくなったのだろうか。そこら辺を考えてみたいと思う。
グレンは視線をガンセキに向けると。
「これまでの情報収集で、黄の護衛が攻撃型だってのは判明してたはずです。岩の壁は離れた場所に召喚することはできるけど、人の力だけで動かせますか」
「大地の鼓動を使えば可能だが、その系統を発動している際中は移動ができん」
岩壁を押したまま歩くのは無理。そうなれば敵の雷撃と矢を掻い潜りながら、壁から壁へと移動する必要がある。
「残念だが攻撃型の岩壁では、移ろうとしているあいだに破壊されてしまうだろうな」
おそらく雷撃は岩の壁を狙い、矢は移動中の一行に向けて放たれる。
「それともう一つ。最初に攻撃してきた炎使いの一点放射は、勇者たちまで届いてなかったはずなのに、そこから離れた場所での魔法は届いていた」
グレンの予想を聞いたアクアは片手を頬にそえて。
「相手を撤退させるのが目的のところと、一行を攻撃するための場所。魔法陣は二ヶ所に描かれてたってことかな」
「そうとは言い切れねえ。勇者たちが大岩で退路を絶たれたあと、炎使いは二手にわかれただろ」
最初に攻撃を仕掛けたときは、実際に五人以上いたのかも知れねえ。勇者たちが撤退したのち、オルクは魔法陣のもとまでいき、一点放射の連発で人数を誤魔化す。
そんで残った四人が一行を川に誘導させるため、山へと逃げる方角を塞ぎにかかる。
二方面からは炎放射、一方面からは雷撃と矢。
強力な氷壁を使えるといっても、そんだけの一点放射となれば、防ぐだけで精一杯なはずだ。
これまで黙っていたセレスが、両手を握りしめながら。
「並位魔法だけなら身動き取れないのはわかるけど、高位を使えばなんとかならないのかな」
土使いの高位攻撃魔法なら、広範囲を一気に殲滅できる。
「しかし巨剛剣は上級であり、使い所を誤ると下手すれば事態が悪化するぞ」
グレンはガンセキの発言に上乗せする。
「それに急な襲撃だったからよ、完全な状況で大地の兵は使えねえ」
たしかに土の高位魔法は広範囲の攻撃が多い。でも準備に時間がかかったり、魔力消費が多かったりする。
氷の領域。捕縛の氷。効果は似ているけど、この二つは別の魔法だ。大型の単独を捕縛することはできても、群れの動きを封じられるわけじゃない。
氷魔法を優先させろば、そんだけ雨は未熟になる。敵味方の判別に関しては、今のアクアと同じくらいだったんじゃねえか。
強力な単独と戦う。壊滅した一行は、これに優れた組み合わせなんだ
「オルクは相手方の弱点をついてやがる。だからよ、この策は俺たちに通用しねえ」
信念旗は犬魔と違い、遠距離からの攻撃しかしてこない。ガンセキさんに大地壁と岩壁で四人を護ってもらい、そのあいだにアクアが体力奪いの雨を実行すればいい。
敵が撤退せず接近してくるようなら、壁を消して俺とガンセキさんで迎え撃ち、セレスにはアクアを護ってもらう。
グレンの説明を受けても、セレスはまだ納得はしていなかった。
「たしかに天雷雲は完済させるのに時間がかかるもん。でも天雷ならすぐにできるよ」
こいつの魔力量が異常なのを忘れてた。そもそも天雷雲ってのは、使い所を誤ると痛い目をみる魔法だったな。
しかしガンセキはその点に気づいていた。
「天雷にも小さな雲を頭上に召喚する必要がある。だが俺の記憶だと小雷雲は本来、お前の真上にしか造れんぞ」
なるほどな。敵が雲から離れた位置にいると、天雷は届かねえってことか。
グレンは視線をセレスからガンセキに移すと。
「勇者と責任者が敵の一点放射を防ぎ、黄の護衛が矢と雷撃から仲間を護る。そのあいだ白の護衛は手が開いていたはずです。そいつの得物である剣と盾のどちらかが、小雷雲を移動させる能力だったかも知れませんよ」
誰一人欠けずに魔獣を討ち取った一行だからよ、そんぐらいの宝玉具を持ってても変じゃねえ。
純宝玉の武具を手に入れれば、セレスのように指定した位置へ雲を召喚できるだろうけど、そいつを移動させるくらいなら宝石玉でも可能なはずだ。
「一行の情報を仕入れるために、信念旗は危険を覚悟してまで、前もって襲撃を一度している。小雷雲を動かせるのなら、それに備えていたと考えるべきだろう」
それは離れた場所から魔力を送る放出型で、雷魔法を引き寄せる玉具。
能力名を考えるなら、罪の身代わり。
天雷となれば玉具は破壊されてしまうだろうが、あの魔法は高位上級と違い、決められた数を放てば雲は消える。そのため複数用意しておけば事足りるだろう。
ガンセキは三人を見渡しながら。
「実行部隊の中で強力な武具を使いこなせる者は少ない。だが戦いを有利に運ぶ玉具を、必要な数だけ用意できる組織力がある」
「グレン君が襲撃を受けたときも、土の領域から身を隠す道具を利用してたんだよね。ボクなんとなく解ったよ、協力者の恐ろしさはここなんじゃないかな」
それだけじゃねえ。奴らはあのとき、遠くの仲間に信号を送る玉具も利用していたはずだ。
杭の場合は距離が広まるほど、ハンマーへの反応が徐々に弱まっていくらしい。そもそも感じ取るだけでも、ある程度の訓練が必要なんだと。
魔王の領域では狼煙なんかも使われているけど、この信号玉具は敵の目に触れることもないため、有効な場所では重宝されているらしい。
「思ったんだけどよ、俺を襲撃したときに玉具を用意できたってことは、オルクは信念旗のお偉いさんから許可をもらってたんじゃねえか」
組織の協力を得られたからこそ、あんだけの人数をレンガへ呼び寄せることに成功した。
「協力者の完全な活用にオルクの策と直陣魔法。もしお前の予想が当たっていれば、ガランという人物が散ってもなお、実行部隊は依然油断ができんということになる。今までどおり警戒した方が良さそうだな」
他国の一行を襲撃したときも協力者を利用して、情報を集めていたはずだ。
「オルクは前もって得た情報から、一人ひとりの対策を練り、相手がどのように動くのかも予想している」
襲撃実行までの下準備は指揮をとっているようだけど、本番ではなぜか最前線で戦っている。
「恐らく事を起こす前に、奴はそれぞれの隊長みたいなのに、何通りかの指示をだしてんだと思う」
もし最初に仕掛けた一点放射を受けても、勇者たちが撤退せずそのまま向かってきたら。
「炎使いは常に攻撃を仕掛けているから、一行が接近するまでに時間がかかる」
五人は敵が一定の距離まで近づけば、遠距離攻撃をやめ接近戦で迎え撃つ。やがて勇者たちを挟みこむように、弓から剣に持ち替えた連中と、雷使いが後方から襲ってくる。
グレンの予想にガンセキは腕を組み、考える姿勢を造ると。
「しかし一行は逃げることを選択した。退路を大岩に塞がれたのち、川の方向へ逃げれば橋が壊される」
では取るべき最善の行動はなんだったのか。
アクアは両目を閉じ、その場面を想像しながら。
「山側には四名の炎使い、歩いてきた方角は雷使いと弓使い。オルクは魔法陣を使って数を誤魔化してたわけだからさ、普通に考えればそっちに逃げるのが安全かな」
低位魔法しか使えない奴とオルクだけ。
「策を練った本人が、それを一番理解しているんじゃねえか。もし俺が奴だったら、なにかしらの対策を考える」
今度はグレンの考えにガンセキが続く。
「それに当時の一行は魔法陣の存在を知らん。土の領域から伺える人数は、ほかの二方面と変わらないはずだ」
自分の両手を見つめていたセレスは、ゆっくり目線を上げると。
「天雷で大岩の破壊が難しいとなれば、山の方角に逃げるべきかと私は考えます」
「そっちには罠かなんか仕掛けられているんじゃねえか。魔物に襲われる危険も高くなるだろうしよ」
グレンの予想にうなずきを返すと、セレスは確りとした口調で。
「橋が架かっているのは、その先にも道があるって証拠だもん。でも勇者と黄の護衛は、追ってきた敵に誘導される形で、川向こうの山に逃げた」
それは人工道を使って逃げさせるのを、信念旗が許さなかったという意味である。
「橋を渡った先の山へと向かう方向にも、たぶん罠は仕掛けられている。黄の護衛さんが足を怪我したのは、そのせいだって気がする」
ここは木だけでそこまでないけど、勇者の村周辺の森みたいに雑草が多いとこもある。道から外れちまえば、足元になんらかの罠を隠すのも簡単だ。
こいつ……本当にセレスか。
ガンセキもグレンと同じように驚いていたが、声を引きつらせながら。
「山へと敵を追い込むには、ある程度の距離を取り、包囲する形で相手を追う必要がある。勇者たちは敵に気を取られていたせいで、罠の存在に注意を払う余裕を持てなかった」
どちらにせよ罠があるのなら、橋という危険を無視できる方向に逃げるべき。それがセレスの考える最善の選択ってことか。
赤の護衛は悔しそうに苦笑いを浮かべながら。
「俺もお前の考えに賛成だ。罠が仕掛けられているってことは、敵方も容易にこちらへ近づけねえからよ」
荒い口調で言い終えたのち、グレンは小さく息をつくと、策士として発言を続ける。
「四名の炎使いを凌げればの話だけどな。そいつらの対処に手間取れば、残った二方面から挟み撃ちをくらうことになる」
それでもセレスは嬉しそうにしていたが、少しすると唇をかみしめながら下を向き。
「勇者を嫌っている人は多いのかな」
初手の炎使い五名。
三名ほどの雷使いと土使い一名。
責任者がその場に残り、死を覚悟してまで足止めする必要があった。間違いなく川の先で待ちかまえていた三名のなかには……ガランがいたはずだ。
およそ一二名の属性使い。そうでない者と合わせれば、一五から二十のあいだ。
「組織として成り立ち、実行部隊ができるだけの数がいる。少なくはねえだろ」
グレンの優しくない発言から、アクアが友を守る。
「でも勇者を必要としている人は、それよりもっと沢山いるんだ」
そんな励ましに微笑みながらも、セレスは首を左右にふると。
「正しいか間違いかを、人の数だけで決めちゃダメなんだよ」
「また婆さんの教えか?」
グレンに茶化されても、セレスは怒ることもなく。
「そうだよ。だけど私もその考えに賛成だから、信念旗の言葉を聞いてから判断したい」
連中が勇者を否定する理由は解んねえけど、それなりの筋が通ったもんだと俺は予想している。
だからといって、セレスも勇者であることを放棄するわけにはいかねえ。
「意見と意見をぶつけ合うってのは難しいぞ。価値観は心根に染み込んじまう場合もあるからよ、正否だけで片付けることができねえときもあるんだ」
下手すりゃ俺みたいに、自分で自分を洗脳している奴だっているから、本当は言い訳なんてしちゃいけねえ。他者まで洗脳しちまう可能性があるからよ。
開き直って逆に嫌われる方が、まだ良いんじゃねえか。
「オルクって人は……私の話を聞いてくれるのかな」
「ガランから得た情報だと、奴は信念旗のなかでも孤立してるんだ。どうしても話し合いを望むのなら、まずは組織のお偉いさんを探す必要がある」
もっともどちらにせよ、そう簡単に接触なんてできねえだろうけど。
「でもさグレン君、その情報は正しいのかい。一行を壊滅に追い込んだって実績があるのに、なんでオルクは孤立しているのさ」
「俺に聞かれても、確かなことは解らねえよ」
信念旗の理想とは無縁だから敬遠されてんのか、それとも人格に問題があるのか。
どちらにせよ、奴が危険な事実は変わらねえけどな。
最後に一つ忘れちゃいけねえことがある。俺たちは奴が直陣魔法の使い手だと読んでいるが、本当はその証拠なんてないんだ。いうなれば策士の勘なんだけど、あんま当てにしないほうが良いかもな。
オルクは作戦実行中も比較的に安全な場所で指揮を取り、別に存在する直陣魔法の使い手と、体術のガランが戦力の要となっていた。
今日はもう時間的に無理だけど、近いうちにこういった可能性の分析もした方が良さそうだ。
その後も三人の会話は続いたが、それにセレスが参加することはなかった。
彼女の異変には皆が気づいていた。しかし触れようとする者はいない。
自分で一生懸命に考えて、それでも答えが導きだせないときは、誰かに相談すればいい。
別に俺である必要もない。ガンセキさんでもアクアでも、頼れる奴が近くにいたのなら、そいつに助けを求めろ。お前は誰かさんと違って、素直にそれができるんだ。
大丈夫だセレス。きっと……お前は強くなれる。
・・
・・
時間は流れていき、やがて二名が眠りにつく。
・・
・・
夜はだいぶ深まり、今はアクアの小さな寝息だけが森中を彩っている。
ガンセキは土の領域により、周囲の警戒をしていた。
目からだけでは解らないが、魔法を利用すれば森中での野宿がいかに危険かを認識できる。通常時より魔物の数が多い。
視線の先に映る赤の護衛は、寝息一つたてることなく、まるで死んだように眠っていた。だがその見た目とは逆に、彼の眠りが浅いことをガンセキは知っている。
信念旗の襲撃とは関係なく、完全な森中での野宿は危険である。恐らくグレンもこの点には気づいているだろう。
平原を高い場所から眺める、それが無駄なだけならいいが、本当なら俺も避けたいところだ。
だがなグレン。無駄かどうか判断するのは、望んだ本人なんだ。
いつもなら眠そうにしている時間なのだが、セレスは片手剣を抱かえたまま目を開いていた。
彼女の剣を村に運んだのは俺だから、それなりに話は聞いている。
どちらかといえば切れ味に重点を置いた片刃の片手剣。
土の純宝玉により強度を底上げしてあるため、刃こぼれの心配はまずない。しかし生物を斬り続ければ血や油により、切れ味は徐々に低下する。
剣身の溝により、振ったときに発生する音を大きくでき、それにより相手を馬上などから威嚇したりするそうだ。少しでも軽くするという意味も勿論ある。
相手を突きさせば、溝があっても血などがつまってしまうため、抜くときの隙を短縮する効果は薄い。
鎧をまとっていたり、皮膚が頑丈な魔物もいる。兵士の多くが実戦で使用するのは、打撃に重点を置いた剣だ。
しかし式典などでは切れ味を優先させたものや、細剣などを携帯することが義務づけられている都市が多い。レンガ軍も実戦用と式典用の二振りを、一般兵に支給しているそうだ。
日勤内務も警備する場所により、式典用の剣を腰に挿している兵士がいる。時計台とかだな。
素人が剣を研いではならない。理由は色々とあるが、最たるものは宝玉だ。
埋め込んだのなら問題はないが、鋼に練り込んだ剣を下手に研げば、最悪だと能力が駄目になる恐れがある。
ふと、ガンセキは自分が考えに耽っていたことに気づく。
グレンのことを言えんな。レンガでの日々を思いだしていたら、周囲の警戒を怠っていた。
先ほどまで一人で悩んでいたセレスが、気づけば自分に視線を向けていた。
責任者は姿勢を整えると、勇者が自ら口を開くまで待つ。
しばらくの沈黙が流れると、セレスはかすかに震えた声で。
「私は人々のために戦いたい。だけどそれを望まない人がいる。グレンちゃんの言う通り、歩みよることは難しいのかな」
「それでもお前の中に譲れないものがあるのなら、自分の志を信じ抜け」
勇者は目線をランプへと下げ。
「心の中に譲れない気持ちはある……でも。それを言葉にできません」
「思想を形にするのは確かに大切だがな、今後の人生でなにか見えてくるかも知れん」
そう言い終えるとガンセキは苦笑いを浮かべ。
「俺やグレンのように焦ったり、アクアのように心へ余裕を持たせたり。そんなことを繰り返すのも、人の一生なのかも知れん」
情けない話だが、なにをセレスに言うべきか解からん。
責任者として、勇者に伝えられることはなんだ。
仲間として、彼女に教えられることはなんだ。
言葉を選んでいては駄目なのかも知れん。今ここで俺が思うことを、そのまま声にだそう。
「雷使いは、その力でなにを成す」
「勇者は、その意思でなにを望む」
「剣士は、その刃でなにを斬る」
「誰が死ねば、誰が生きる」
「誰が笑えば、誰が泣く」
「お前は誰のために生きたい。お前は誰を支えたい」
ガンセキの質問に、少女は眠る二人を交互に見ると。
「私は私を信じてくれる人のために生きたい。私は私を助けてくれる人を支えたい。すべての人に幸せになってほしい」
セレスは理想に生きている。それは悪いことだとは思わんが、偏りすぎれば現実が見えなくなる。
「望みを叶えようとすれば、その裏で涙を流す者が必ずいる。全ての人々に幸せを与えるなど、誰にも嫌われない生き方など不可能だ」
勇者は涙を堪えながら、ガンセキの声を心に刻む。
「共に笑いたい者を一人でも多く作りたいのなら、その方法を寿命が尽きるまで考え続けろ」
すぐに受け入れることはできないだろう。それでも俺の話を、一生懸命に聞いてくれた。
「だが理想だけではなにも変わらないんだ。たとえそれが無駄だといわれようと、やってみなければ答えは解らない」
「ガンセキさん……わたし、強くなりたい」
安心しろ。俺やグレンなんかより、お前はずっと強い。
「無理して難しく考えるな。小さなことから始めろばいい。人と話をしたり、兵士と一緒に戦ったり、それだけでも誰かを勇気づけることができるかも知れん」
その返答を聞いたセレスは微笑んた。
俺の言葉が正しいのか間違いなのか。答えは今はでなくても、セレスが少しでも元気がでたのなら、それだけで良かったと思いたい。
オルクの過去の策をグレンたちが分析したのですが、一応自分は戦闘場面という積りで執筆したので、このようなタイトルにしました。
刀研ぎ師は技術が必要なんですが、よくよく考えたら西洋の剣を研ぐのにそこまで高い技術は要らないのかも知れません。
日本刀の手入れ方法とかは知っているのですが、正直西洋剣の手入れ方法って知らないんすよね。
中途半端な刀の知識はあるんですがね、西洋剣に関しては困ったことにほぼ無知なんです。
それと直陣魔法の使い手はグレンの勘どおりなので、そうでない場合の分析は本編中にはしないと思います。
それでは失礼しました