十話 私の旅
太陽が隠れていれば、そのぶん魔物の活動時間は長くなる。雨は翌日も降りつづき、責任者はそのまま村に留まることに決めた。
魔獣具についてあれから幾度か調べてみたが、黒腕の能力を解き明かすことは結局できなかった。
しかし魔犬の爪については、少しだが解ったことがある。引き裂く魔法が放出型か共進型かにより、そのあとに起こる現象に違いがある。
まだ土と火しか試してないが、爪により引き裂いて傷をつけなければ、魔力吸収が発動しないのだと思われる。そのため炎や雷は対象外ということだな。
だが黒腕についても、魔犬の爪についても、検証は足りていないだろう。今後も合間をみて、続けていきたいと考えている。
レンガを発って六日目の朝。雨はいまだ止んでないが、だいぶ弱まっていた。宿主の話では昼過ぎには太陽も見えるとのことで、四人はデマドに向けて出発した。
村の宿では別料金で食事も用意されるため、暖かいスープとパンにありつけていた。そのためアクアはもう一泊したいと我儘をいったが、今後の予定もあるため却下した。
そのときグレンと一悶着あったが、それはいつものことなので触れないでおく。
村から二日ほどの場所には旅人の宿があり、俺たちはそこを利用した。到着した時刻が遅かったため仕事は得られなかったが、俺としては結界を貼りなおす必要がないので助かる。
群れの襲撃があったようだが、宿の敷地内に侵入されることもなかったため、一行は無事に朝を迎えることができた。
レンガをでて八日目。
旅人の宿をたって、すでに二時間ほどが経過していた。俺たちは西へと伸びる人工道を歩いている。
空は晴れ渡り、身体を通り抜ける風もどこか清々しい。
先を行くアクアが俺のほうを振り向き、前方を指さしながら。
「ねえねえガンさん、あの中にヒノキ山はあるのかい?」
数日前からすでに遠目で薄く見えていたが、俺たちの進む先には山々が広がっていた。
旅人の宿に到着したのは一九時を回っていたから気づかながったが、朝となりあらためて眺めろば、山はかなり近くまで迫っていた。
一山こえてもその先には別の山が控えている。デマドから本陣まで二十日というのは、山々のせいで進む速度が落ちるからだろうな。
土が創造した大地。水が支える大きな空。雷の司る白い雲。それらの間にそびえる不動の山。
いつのまにか地面は平坦ではなくなり、すでにユカ平原は抜けたと考えても良いだろう。近くには木々の密集している場所も多く、山麓は森となっている。
すこし間をおいてしまったが、ガンセキはアクアの質問に答える。
「ここからヒノキ山は見えんよ」
山間から川が流れており、ガンセキはそこを指さしながら。
「迂回するかたちで山越えをする。頂上を目指す道筋でいけばユカ平原を一望できると思うが、時間に余裕がないから諦めろ」
その言葉にアクアとセレスは不満を口にするが無視しておく。だいいち行ったらいったで、予想以上の困難な道のりに、音を上げられたら困る。
勇者の村は森に囲まれているが、その背後には山々がそびえている。二人も多少険しいくらいなら問題ないが、荷物を背負っているとなると、標高が低くても山登りの苦労は格段に増す。
「俺たちは素敵な景色をみるために旅をしてんじゃねえだろ。人が造った道は交通のために先人がこしらえたんだ、頂きを目指すってことがどういうことか、もう一度考えてみやがれ」
言い方は悪いが、グレンの言っていることはもっともだ。人が繰り返し歩くだけでも道はできる。それは誰かがその道を見つけてくれたお陰なんだ。
それに道なき道を進むということは、相応の装備を整える必要がある。
「頂上を目指すってのは、そんだけ歩く人が少ないんじゃねえのか。悪いけどよ……俺にはそんな覚悟はない」
先人の知恵と経験を学び、失敗を繰り返し犠牲を伴いながら、木を倒し川を整えそこに根を下ろす。
「刻亀と戦う。そんな目的がある以上、俺たちに無駄なことをする余裕はねえだろ」
セレスは肩を落とし、悲しそうな顔をグレンに向ける。
アクアは拳を握りしめ。
「まえにガンさんにも似たようなこと言ったけどさ、グレン君はなぜそんなに焦っているんだい」
「実際に雨で日数に遅れがでているだろ。ゼドさんと合流するまでは待機だとしても、俺としては予定どおりにことを進めたい」
その言い分はもっともだが、確かにアクアの言うとおり、グレンも俺と同じで余裕を持ててないな。
「ボクの考えは君とは違う。時間に余裕がなくても、心に余裕を持たせないと、大切なことを見落とすと思うんだ。楽しむことを忘れた先に、切り開ける明日なんてないんじゃないかな」
「心に余裕を持たせろば甘さがでる。追い詰めてこそ、見えることだってあるんじゃねえのか」
綺麗な景色を見たいという我儘から、いつの間にかグレンの内面へと話題が変化している。
俺の認識以上に、アクアは頭が切れるのかもしれん。
「ボクには追い詰めているというよりも、自分で自分の首を締めているようにしか見えないけど」
「限られた時間の中で、できる限りのことをする。後になって悔やむよりは、今できることをやるべきじゃねえのか。首を締めて息ができなくなったとき、そこで知恵を振り絞れるかどうかで現状は変化する」
言っていることは滅茶苦茶だが、最後の一線で筋は通っているような気もする。
アクアは唇を噛み締めて、次の言葉を必死に考える。
これまで黙って聞いていたガンセキは、二人に穏やかな口調で。
「俺は赤の護衛に賛成だが、可能な限りの無駄は必要だと考えている」
責任者は立ち止まり、ここら一帯の地図を懐からとりだすと、それをアクアとセレスにみせる。
ユカ平原を高いところから見たい。そう言われると予想していたため、ガンセキは準備をしていた。
実際に行ったことがないため確証は持てないが、デマド付近に詳しい旅商人から話を聞いている。
「麓の森には清めの水を汲める源泉があるそうでな。そこは教えてもらえなかったが、道中に平原の見える場所があるそうだ」
決して高い位置からの風景ではないため、平原を見渡せるとまでは言えんがな。
「信念旗の対策として、俺たちは森道から外れて野宿をすることになっている。今日中の山越えは不可能だからな、そこで夜を明かしたいと考えている」
責任者は赤の護衛を見て。
「俺としては許される範囲の無駄だ。できろば行きたいのだが」
唯一の味方であるガンセキに己を否定されたグレンは、歯をかみ締めながら下を向き。
「責任者の決めたことなら、俺に抗うすべなんてありませんよ」
お前が壊れるくらいなら、嫌われた方が良い。
その判断にセレスは足を一歩進め。
「ガンセキさん……ありがとう」
勇者は責任者に頭を下げると、次にグレンの方を向き。
「私はアクアといっぱい笑いたい。ガンセキさんからいろいろ教わりたい。グレンちゃんと嬉しい記憶を一緒につくりたい。一行の仲間だけじゃなくて、沢山の人たちと想いでを築きたい」
たとえ同志を犠牲にしたとしても、その人たちと絆を繋ぎたい。
相手に目をそらされようと、それでも恐れることなく、セレスはグレンの内面に踏み込む。
「それが私の望む、勇者の旅だから」
わずかなのかも知れない。そうだとしても、これまでに過ごした日々の中で、彼女が進みだした最初の一歩である。
赤の護衛は勇者に背を向けると。
「そうか……頑張れよ」
まるで他人ごとのような返事だけを残し、グレンは逃げるように歩きだした。
そんな青年の後ろ姿を見つめながら、旅の責任者は青の護衛に。
「すまんな。俺のように遠慮していては、なにも始まらん」
いつもグレンを悪くいうが、誰よりもあいつに踏み込もうとするのはアクアだ。
俺は踏み込むべきか悩んでから行動に移すが、アクアはセレスを第一に考えているためか、いつも真正面からグレンに突っかかる。
「今くらいが調度いいんじゃないかな。ボクは後先考えず文句をいって、ガンさんはここぞというときにたたみ掛ける」
責任者はニヤけながら。
「それで……止めはセレスか」
勇者は涙を必死に堪えながら。
「グレンちゃん。私の目を一度もみなかった」
あいつはこうやって、自らの意志で可能性を一つずつ消していくのか。
「それが奴の選んだ生きる道なのかも知れん。進ませる積りは毛頭ないがな」
ガンセキの言葉に二人は強く頷いた。
今後一切の隠しごとをしてはならない。この約束を守るためにも、ここで打ち明けなくてはならんか。
「村の修行場で、グレンについて一つ気づいたことがある」
責任者の発言にアクアは驚いた表情を浮かべながらも。
「今はそれをボクたちに教えることはできないのかな」
ガンセキは首をたてに動かすと。
「すまんが待ってくれ。もう少し情報を集めてから、ことを起こしたい」
「今はガンセキさんの胸に留めておいてください。グレンちゃんに内緒なんて私も嫌だから」
セレスの発言にはアクアも賛同した。責任者は素直に礼をいう。
三人の仲間たちは、先を行く同志のあとを追って歩きだした。
お前を壊れさせるわけにはいかん。まずはゼドさんに話を聞かなくては。
グレン……お前は嘘つきだ。都合の悪い情報は、決して俺たちには明かさないはずだ。あの人から情報を得られなかった場合は、俺からもイザクさんに接触した方がいいか。
感情が顔からでやすい。これは本性を隠すための仮面と考えることもできる。
狂うことをお前は恐れている。
本性からお前は逃げている。
それでも前に進もうと足掻いている。
たとえ壊れようと、一歩を踏みだしたいと望んでいる。
なあグレン。お前が目指す道の果ては、そこまでして得る価値があるのか。
その先に……望む未来は待っているのか。
昔ならともかく、今のガンセキに理解することはできないだろう。
たとえ未来はないとしても、そこにはグレンだけが味わうことのできる、己の勝利がまっている。
・・
・・
そのあとは特に何事もなく進むことができ、時刻は一四時をまわったころである。
現在の一行は山麓にある森中を歩いていた。道の両側には沢山の木々が奥まで続いており、視界が遮られているため平原をみることはできない。
遠くで音だけは聞こえるが、川を目視することはできんだろう。恐らく数日前の大雨により水量が増している。しかし目的の場所へ向かうには、川に架かる橋を渡る必要があった。
ガンセキは先頭を歩くグレンに。
「一度とまってくれ。領域で周囲を調べたい」
セレスはガンセキのそばまで行くと。
「どうかしたのガンセキさん? 速く行かないと、高いとこから平原を見るんでしょ?」
「今から八年ほど前にな、こことよく似た場所で、他国の勇者が襲撃を受けているんだ」
その一行は赤青白黄の四属性。ここは平原と山の境に存在する森の道だが、他国の勇者たちが襲撃を受けたのは山間だった。
炎放射による遠距離からの攻撃を受けた勇者たちは、一度距離を置くために逃げようとした。一点放射の数から察するに、炎使いの人数は五名以上。
土使いがいるため橋の方角に向かうのは得策ではない。そう判断した責任者は道を引き返す。
だが信念旗はそれを読んでいた。道の真中に大岩を召喚し、その上に弓を持った数名を乗せる。大岩の前方には雷使い。
一方からは矢と雷撃、もう一方からは一点放射。
勇者たちは氷壁と岩壁により大きな被害は受けなかったが、その場から動くには位置が悪かった。
敵の炎使いは何名かを残し、身を隠していた場所を移動する。
「山川敵に囲まれているせいで、動ける範囲が限られていたようだな」
グレンは暫し考えながら。
「当時の位置取りが解んねえから難しいですが、逃げるとすれば山か川の方角しかないってことですかね」
ちゃんとした道から山に入らないと遭難する危険もあるし、魔物に襲われる確率も高くなる。それに加えオルクのことだから、罠とかも設置してそうだしな。
川の方角は魔物の危険は少ないけど、橋を通るのは怖い。
「襲われた場所の近くにあったのは、どんな感じの川ですか」
「そこまで大きな川ではなく、深いところでも膝上だったと聞いている。橋を使わずに向こう岸へ渡ることも可能だ」
流れる水に足を取られる。足元はコケだらけの石。
「俺だったら川のほうに逃げて橋を使いますね。炎と土を先に向こう岸へ渡らせ、水と雷は橋の前で待機って感じですかね」
橋の先にも数名が待ち構えているだろうけど、山の方角に逃げるよりゃ良いだろ。
ガンセキはグレンを確りと見つめ。
「渡ろうとしている最中に、橋を壊されたらしい」
橋を簡単に壊せるよう、予め細工でもしてたのか。
「逃走に失敗した白の護衛は討ち取られたが、青の護衛は仲間との合流に成功した」
生き残った者たちは川を渡りきり、逃げることには成功するが、その先で三名の敵がまち構えていた。
青の護衛が領域でそいつらを足止めしたが、赤と黄は追ってきた敵に誘導される形で川向うの山に逃走。
二人は信念旗の追跡を免れたが、一夜を山中で過ごすことになる。だが野宿中に単独の魔物に襲われ、そこで足を負傷していた土使いが散った。
簡単なあらすじだけだが、これだけでも下準備が細かったことが解る。
勇者一行が通るであろう場所の予測をし、その道中で襲撃する地点を考える。そこでどのように四名を追い込むかの策を練る。
「もしかしてさ、最初に攻撃を仕掛けた炎使いって、五人もいなかったんじゃないかな」
グレンは視線をアクアに向けると。
「直陣魔法を使うことで、炎使いの数を一行に錯覚させたってことか」
低位魔法しか使えない人間を炎使いと共に森中に隠せば、上手くいけば人数もごまかせるか。
用意できる属性使いは十名前後という偽の情報があったが、魔法を使えない実行部隊もいるだろうしな。
それに低位しか使えないってことは、下手な土使いよりも熟練された結界を使えるかも知れねえ。そいつの魔法を宝玉具で利用すれば、黄の護衛が展開した領域でも誤魔化せる。
はたして高位属性使いである勇者一行を、実行部隊に打ち取ることができるのか。
直陣魔法の使い手であるオルクは、正直なところ戦った経験がないからよく解らない。
だけど少なくともガランは、それだけの実力がある。俺と戦っていたときは、全体の指揮をとっていたせいで本来の実力をだせなかったんだろう。
考えに耽っているグレンを見て、責任者は笑いながら。
「似ているといっても、一行が襲われたのは別の場所で、それも他国だ。もし詳しく知りたいなら、野宿中にでも教えるぞ」
敵であるオルクがこれまでに実行した策。
「もっと早く確認しなけりゃいけないことっすね。正直そこまで頭が回ってませんでした」
だけど四人の敗因は、間違いなく油断だろう。信念旗のことはそいつらも知ってたはずだ。でもオルクが指揮を取る以前は、実行部隊なんて今ほど恐れる対象ではなかったんだろう。
グレンとの会話を終えたガンセキは領域を展開し、普段より時間をかけて周囲を調べる。
「問題はなさそうだな、潜んでいる者はいない」
この道を通る人は少ないが、レンガからデマドへと物資を運んでいる連中もいるからな。
セレスの表情は暗かったが、目を背けることもなく、内容は確りと聞いていた。
・・
・・
そこからの四人は通常よりも警戒して進み、橋の間近までたどりつく。
目に見えた川の水量は確かに多いが、幅は予想していたほど広くない。それでも渡り切るのに二分ほど必要だろう。
地面との高低差はそこまでないが、地形を上手く利用した木製の橋が架かっていた。
ガンセキは三人を見渡して苦笑いを浮かべると。
「俺はこういう橋が苦手でな。すまんが少し時間をくれ」
決して立派な橋ではないが、そこまで頼りないものではない。橋の上だと魔法が使えないから怖いんだろう。
アクアはニヤけた顔で。
「大丈夫だよ、ボクたちがついているじゃないか」
まあ、いないよりゃマシだな。
「にへへ~ ガンセキさん、こんなとこで寝ちゃダメだよ~」
責任者はセレスの言うとおり目をつぶっていた。恐らく意識を内へ向け、恐怖を想像の水で薄めているのだろう。
ガンセキは準備を終えると、震えなき声で。
「先頭はグレンに頼む。セレスは左右前方を目視での警戒、アクアには一番後ろを任せる」
責任者は領域で周囲の警戒をする。
「一人ひとりの間隔は二メートル、橋を渡りきったらそのまま待機だ」
付近に魔物はいないようだが、橋から数分先の道上に、単独と思われる闇魔力の反応があるらしい。
人が通る道を縄張りとするような群れはないが、少し外れると襲われる危険もある。
領域ってのは発動させた場所を中心に展開するから、動かすことはできないんだけど、杭は持ち運びができるからその点では便利だな。
あと発動させた場所じゃないと、領域の操作なんかはできないんだと。
重ねることで領域の範囲を広げて、熟練しだいで土の結界を見抜いたりするのが可能になる。ただ領域内のどこに意識を向けるかは、自分で決めないといけねえらしい。敵が隠れている場所は、領域を使った本人が予想するってことだな。
ガンセキさんは安全を確認するため、先に数体の下級兵に橋を渡らせる。この場で実行部隊の襲撃はないとしても、橋に細工をされてないとは言い切れないからよ。
下級兵が可哀想とか抜かす馬鹿がいたが、そいつのことは無視しておく。
安全を確認した四人は、橋へ足を踏み入れる。
なんとなく気づいていたけど、やっぱ傾斜があるな。この橋は徒歩専用だ。
馬なんかも単体なら通れるかも知れないが、たぶん怖がるんじゃねえか。ヒノキへの物資を運ぶ連中は、別の道を通る必要があるだろう。
下を濁った川が流れているから、なんとなく肌寒い気がする。
グレンの後ろを歩くセレスは、橋の中央まで進むと声を震わせながら。
「ううっ 下みちゃったよ~」
「怖がってねえで周囲を警戒しやがれ」
土の領域だけに頼るわけにはいかねえんだ。魔物の中には身を隠す術を心得ているのもいて、その中には土の領域すら反応しずらい奴もいるんだ。
優しさのカケラもない言葉に、一番後ろを任されているアクアが。
「俺がいるから心配するなって言わなきゃダメじゃないか!」
グレンは頭を掻きむしりながら。
「大丈夫だセレス、俺がいるから心配するな。安心して飛び込んでいいぞ」
後方からアクアの怒鳴り声が聞こえるが、グレンはそれを無視しながら。
「なんならアクアさんも楽しめ。魔物のせいで川遊びなんてそうそうできないからな」
「グレン君が飛び込めば良いじゃないか!」
「馬鹿かお前は、こんな川に飛び込んだら死んじまうだろ!」
などとふざけ合っていたら、ガンセキさんに怒られた。
そんな緊張感のないやり取りをしていたが、一行は無事に橋を渡り切ることに成功する。
責任者は安堵の表情で息をつくと、姿勢を低くして湿った土を掴みとる。
地面の慣らしを終えたのち、あらためて領域を展開させる。
「道上にいた単独は離れてくれたようだな。だが……俺たちが来た方角から接近する闇魔力を確認した、少し急いで進むぞ」
三人はその言葉にうなずきを返し歩き始める。
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橋を渡ってから十分ほど進むと、ガンセキは一度立ち止まり周囲を見渡す。
「恐らく目的の場所に行くとなれば、あそこから入る必要があるな」
ガンセキが指さす先にある道は、人が歩くことで自然にできたという感じだった。
このまま森道を進んだほうがデマドには近づけるが、その自然道を行けば目的の場所につく。
「君が納得していないことは知ってるよ。だけどそれはボクたちの勇者が望んだことなんだ。この無駄がセレスちゃんの成長につながるって信じて欲しい」
意見が一致しなかったとしても、話し合って決めたことなら満足したい。それが青の護衛であるアクアの望みだった。
「不満はあるけどよ、こうみえても納得はしてんだ。俺は自分に都合が悪けりゃすぐに逃げる、だから行動になかなか移せねえんだ」
「グ~ちゃんは昔から素直じゃないもんね。たくさん時間がかかっても待っているから、いつか私と目を合わせて」
赤の護衛は返事をしなかったが、勇者を拒絶することもなかった。
しかし彼は右腕で……必死に逆手重装を握り締めていた。
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・・
自然道を進む四人。ガンセキは先頭を歩きながら後方に意識を向けると。
「ここからは群れの縄張りに踏みこむかも知れん。領域で常に確認しているが、必要なら走って抜けるぞ」
セレスは一番後を任されているグレンに。
「もし縄張りを抜けても追ってくるようなら、戦闘は避けれないよ。グレンちゃん怪我は大丈夫?」
「ほとんど動かさないでいたから、本調子とは言えねえな」
村で一日を安静に過ごしたこともあり、予定よりも治るのは早そうである。
グレンは左手を肩にそえると、右腕を動かしながら。
「感覚を取り戻すのに三日は欲しいが、戦闘は問題なく行えるはずだ」
体術の修練を再開させたのは昨日からであり、身体の方はだいぶ鈍っていた。
ガンセキは二人の会話を聞いたのち、大地の結界を張り一行の存在を隠す。
これで勘付かれる心配はないが、それでも警戒を怠らずに進む。
その後は四人とも会話を控えていたため、自然がつくりだす音だけが辺りに響いている。
森の中を無言で見渡せば、それはそれで美しいものであり、危険と隣り合わせだということを忘れそうになる。
途方もない年月の中で盛り上がったのか、それとも地震かなにかの影響か。自然道はもともと傾斜だったが、山側の地面だけが極端な上り坂となっていた。
その道をしばらく進んでいくと、自然と同化した階段らしき場所などもあり、これはこれで味わいがあるとガンセキは感じていた。
だが決して上りやすいわけではなく、セレスが転びかけてグレンを巻き込んだりもした。
所々で移動の補助と思われる縄なども設置させれおり、四人は確実に高い方へと先人に誘われていた。
多少の困難もあったが、一行が辿り着いたのは小高い崖の上。
故郷との別れを交わしたあの場所に、少し似ている気がしないでもない。
後ろをふり向けば木々に遮られながらも、これから越える山を拝むことができる。
前方には俺たちが歩いてきた広い平原。崖下の木々が少し邪魔ではあるが、自然の偉大さを感じずにはいられない。
ここで野宿をするとなれば、逃走経路の一方を塞がれる危険もある。そうだとしても、ガンセキはこの場所で朝を迎えたいと考えてしまっていた。
アクアはその景色から目を動かさないまま。
「グレン君……ボクはこれを無駄だなんて思いたくないよ」
「癪に障るけど、素直に頷くしかねえな」
勇者は崖の直前まで足を進め、三人に背中を向けて立っていた。
後方の山へと沈む太陽の光が、女性の髪と重なり、それを風がなびかせる。
その光景に、青年は思わず息を呑む。
セレスは片手剣を鞘から払うと、両手でもった柄を己の胸に添える。
ゆっくり天へと掲げられた刃は、父の光を帯びて輝きを増す。
白銀の乙女は太陽の剣により、闇へと染まる世界を照らした。
あまりの眩しさに、赤の護衛は右腕で顔を覆う。
「グレン……目を背けるな」
しかし彼は両足に力を入れることすらできず、今にもその場へ崩れ落ちそうになっていた。
「ボクは昔から好きなんだ。君の炎は……何色だい」
弱者は左手を握りしめ。
《紅蓮の炎よ 勇者の足もとを》