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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
7章 デマドへの道程
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九話 黒い腕

雨の中を進んできた勇者一行は、当初の予定よりも一時間ほど速く村へ到着した。警備をしている若者から聞いた話では、村の中央と出入り口の二ヶ所に大きい宿があるらしい。


村の雰囲気は俺の故郷に近いが、道なんかも平坦で歩きやすいし、雨で人は少ないけど栄えているんじゃねえか。川とかは近くにないけど、水関係は魔法を使えばそこまで困らないからな。


場所的に木材の調達が難しいのか、建物にはあまり使われてない。


岩は召喚した時点で魔法ではなくなるから、加工して建物の基礎になったりするらしい。


それを利用して村の外壁を造れるかも知れねえが、意外と難しいのかもな。土使いは岩の形を変化させることができるけど、それにも限度はある。小さいのを積み重ねるときは固定する必要があるし、大きいのを使う場合は持ち上げたり、形を揃えるだけでも一苦労だ。


それでも魔法があれば、綺麗な水が手に入るし、大きな岩を他所から引いてくる必要もない。



この村はたしかにそこまで大きくないが、余所者の出入りが多いから、宿関係は充実しているのかな。出入り口付近の宿をみた感じだと、レンガで利用してたのと同じくらいの大きさだった。


俺の故郷は人なんて滅多にこないから、宿屋なんてもんはない。知ってのとおり勇者の村だしな、契約している旅商人は稀にくるけど、余所からの客人は自由を奪われる。


信念旗みたいな連中がいるから、三五歳以下の村人は情報が伏せられてんだ。俺も近隣の村くらいなら行ったことはあったけど、余所での魔法使用は控えろと言われていた。



貧困に喘ぐ村はたしかに少なくない。だけど地域の中央都市に行けば、なにかしらの仕事は見つかる。


他国は知らないけど、この国には貧富の格差はあっても、最低限の人権は守られている。


だけど重要なのはやっぱ金だ。それがあれば神官の試験だって受けれるし、より専門の知識を学ぶことだってできる。なにをするにしても、国や都市の許可が必要になるんだろうけどよ。


職種にもよるけど、偉くなる権利は誰にでもある。だけどそのためには、相応の金を用意する必要があるってことだ。運や実力なんかも関係してくるんだろうけど、俺には詳しいことは解らねえ。


村には金がなくても、長男でない限りは都市へ出稼ぎに行ける。魔法が使えない人間でも、探せばなにかしらの仕事はあるんだ。


都市には専門職が沢山あるからよ、書屋のように民でも利用できる場所が用意されている。



グレンは周囲を見渡しながら、ガンセキに故郷の話をする。


「勇者の村は自給自足だけど、ほかと比べればいろんな面で恵まれてますね」


三五を過ぎた村人が、近隣の村から依頼を受けて、魔物を討伐しに行くことも稀にある。そのとき金を受け取らなければ問題ねえんだけど、勇者の村は確りと報酬を頂いているからな。


討伐ギルドを通さないでそういうことをすると、本来ならお叱りがあるような気がするけど、あそこは無許可で行なっていた。


それに加え勇者関係で国から結構な金を貰っているはずだし、贅沢は無理でも他村よりは裕福なんじゃねえか。


ガンセキは苦笑いを浮かべながら。


「お前のような例外もいるが、あの村は生活をする上での苦労は少ない。厳しい掟もあるが、知っての通り勇者関係だけだ」


村内での恋愛は自由だが、外界の者と婚約することは禁じられている。


「ただし三五歳を過ぎるか、勇者の護衛として旅立った者は別だ」


それでも外の血を混ぜるわけにはいかないため、余所者を村人として向かい入れることはないらしい。


「死後の考え方は世界と異なっているが、勇者の村が崇めている神は外と同じだ。三五という年齢を過ぎれば、村長とオババの許可さえ貰えば旅立つことも可能だ」


旅立った奴は信念旗に狙われる恐れがある。村内の情報を口外しない人物かどうか、そこら辺は婆さんたちが判断するってとこか。


もっともその年齢になっちまえば、殆どが家庭を持ってるから、好んで旅立つような村人はいねえだろう。


「でもそう考えると、俺たちの情報がどこから漏れているか解らねえっすよ」


余所の村人と結婚し、移り住んでいる人も少ないけどいる。勇者の護衛に失敗したあと、生き残った奴がそのまま故郷に戻るとは限らない。


責任者は過去に護衛だった人物が選ばれることが多いため、それだけで信念旗に情報を知られていると考えたほうが良い。


「まあガンセキさんは前回と武器が変わっているから、その点に関しては安心できますけど」


その発言にガンセキは立ち止まり、腕を組んで考えこむと。


「お前の悪い癖がでたな、もう少し広い視野で考えてみろ。俺はレンガに一年という期間滞在していたが、それ以前の所有者は誰だ」


どのような経路で入手したのかは不明でも、間違いなく魔王の領域で使われていた過去がある。


その情報を信念旗が得ていれば、そこからガンセキさんの武具を予想できるかもしれない。



でもまてよ・・・そうなると、俺もまずいんじゃねえか。


「オッサンは赤の護衛だったんすよね。なら過去の変人を調べれば、魔力拳術の解明も可能ってことになりますよ」


ガンセキは雨雲を見上げながら。


「戦場でのギゼルさんは拳士よりも、道具使いとして認識されていた」


拳士だって事実は周りも承知してただろうけど、人内魔法に関しては隠してたんじゃねえか。


「オッサンが使っていた道具の威力を知れば、周囲がそれを欲しがるのは当たり前っすよね」


炎拳士の道具が現在も多少は残っていたとしても、それを解体し構造を研究しようと、同じ物を再現できるとは限らない。


学者はギルドや国の支援を得て、聖域を研究している。しかし生活玉具や宝玉兵器の原型を発見できても、設計図がなければ解明は難しい。


設計図の入手に成功しようと、古代文字の解読が追いついてなければ、それを造ることはできない。


ガンセキはそこまで詳しくないが、盾国の増援に向かった古参の同志数名から、過去のギゼルに関する話は聞いていた。


「あの人は技術提供を拒んだ」


偉い人から金を積まれても、同志たちから頭を下げられても、道具を自分だけの力とすることに拘った。それがどれほど無意味であるか、本人も恐らく解っていただろう。


「俺にはなんとなく解りますよ」


オッサンからしてみれば、道具ってのは自分の非力を補う物なんだ。


「実績だけは古参の同志たちも認めていたが、その多くは彼の人格を否定している」


変人を悪くいう者もいれば、レンゲさんのように良くも悪くもいう人だっている。


ガンセキさんは彼女と一年近く過ごしたんだ、過去のオッサンがどんな感じだったのかも、それとなく聞いてたんじゃねえのか。


「どんな理由があったとしても、奴は自分で決めて、自分で実行したんすよ」


多くの犠牲を払おうと、数えきれない所業に手を染めようと、己の罪から逃げてはならない。奴からもらった本に、そんなことが書いてあった。


あいつは俺とは違う。なにをしたのかまでは知らないけどよ、言い訳なんてしなかったと思いてえな。



前方を歩いていたアクアは、二人に振り返ると声を張り上げて。


「いつまで話しているのさ、速く宿屋に行こうよ!」


「うるせえ! 今さら急いだって変わらねえだろ!」


防水粉の効き目はすでになく、外套の内側にまで水分は入り込んでいた。だけどよ、どちらにしろ俺とガンセキさんは今から修行場だ。


もめている二人に溜息をつきながら、ガンセキは一方を指さし。


「あの建物が恐らく宿だな」


女共はその言葉を聞くと、両手を上げて喜びだした。


「ガンセキさんも先に入っててください、俺はちょっくら修行場を確認してきますんで。申し訳ないんすけど、荷物のほうを頼んでいいですか」


警備をしていた若者に場所を聞き、すでに許可もとってあるが、利用者がいるようなら次の機会にする予定だ。


グレンは外套を脱ぎ、それと一緒に自分の荷物をガンセキに手渡す。その様子を黙ってみていたアクアがすかさず。


「セレスちゃん逃げて!! 極悪人はボクがくい止めるから!!」


「アクアをおいて行くなんてできないもん。私も・・・戦う!!」


左腕でガンセキから杭を受け取ると、グレンは不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと二人に近づいていく。


いまだ降り続ける雨が、血に染まった逆手を一層に引き立てる。


両腕を広げながら勇者を護ろうとする青の護衛は、少しずつ迫ってくる狂人に足を震わせていた。


化物が灰色の空へ左腕をかかげた瞬間であった。アクアとセレスはあまりの恐ろしさに、悲鳴を上げながら逃げだした。


全力で走る二人。その背後からは、不気味な高笑いだけが響く。


宿まで無事に到着したセレスは、男がいるであろう方角に視線を向けた。しかしそこにはガンセキだけが、一人寂しく立ち尽くしていた。



勇者は両目に涙をためながら。


「アクア・・・こんや一緒に寝よ」


青の護衛は友の手を強く握りしめ。


「お手洗いも一緒のほうが良いんじゃないかな」


それから暫くのあいだ、二人は寄り添っていたらしい。


・・

・・


宿から徒歩で数分のところに修行場はあった。レンガは金もとるし、夜間の使用は禁止だけど、ここのような村は許可をもらうだけで開放される。


それに殆どの客人は長期滞在もしないだろうし、修行場を利用すんのは村人だけだ。


自然の雨はあんま嬉しくなかったけど、そのお陰で現在は誰もいねえ。信念旗が探っているかもしれないし、新しい能力を調べんのは、土の領域を展開させてからだ。



とりあえず黒手について再確認しておくか。


左腕の魔力を練り込むことで、逆手重装は魔獣具形態となる。まあ左手が黒くなるだけなんだけどな。


さらに詳しくいえば、俺の光魔力を魔獣の素材が喰らうことで、魔犬の闇魔力に変えている。それをクロが魔力練りを補助する能力にしている。



赤鋼から黒手へと変化させるのに必要な魔力量は、今まで逆手重装を使ってきた感覚だと、恐らくそこまで多くはない。


魔力練り完成までの秒数を、左腕だけ短縮させる。一見すれば強力なんだがよ、変人なんか黒手なしで全身極化ができるんだ。


現在の技術が未熟だから際立っているだけで、本来はそこまで強力な能力じゃないのかも知れねえ。俺だって半年から一年くらい徹底した修行をすれば、この能力は黒手なしでも実現できると読んでいる。


でも魔力練りだけに重点をおいた修行はできねえな。今は赤鉄を優先させているし、魔力纏いだって現状で充分なんて考えちゃダメだ。なにより拳術の鍛錬を怠ったら大変なことになる。



身体強化魔法について。


光魔力により筋肉を強化するのは人内魔法であり、グレン本人の体重に変化はない。そのためこれらの差が開きすぎると均衡が保てなくなり、筋力に身体が振り回されてしまう。


大量の魔力をまとった状態で、異常な速度を実現させるには走行法が要となる。このようにグレンはギゼルから教わった技術を利用することにより、筋力と体重の開きを埋めている。


拳心に関しては未熟であり、現状では使いこなせていない。だが不動の構えは重力を活かせるため、大型の単独にはそれなりに有効である。








足音は雨に掻き消され、気配は土の結界により沈められていた。


考えに深けていたせいで、グレンは対処に遅れる。背中には敵の武具が突きつけられており、一歩でも動こうものなら、そのまま押し込まれるだろう。


「反省しろ、警戒を怠ればこうなる。考え事をするなとは言わんが、時と場所を選べ」


グレンは両腕を上げて降伏の意を示すと、癖になった笑を浮かべながら。


「面目ない。考え始めると、自分でもやめられないんすよ」


また言い訳しちまった。こんなんじゃ小馬鹿にされても、アクアの野郎に言い返せねえな。


ガンセキは杭をグレンの背中から離すと。


「一点に集中する。長所もあるが、それ以上に短所も多く、なおかつ危険もある」


背後をとっていた責任者は、問題点を簡単に上げていく。


周囲が見えなくなる。


浅い見落としで失敗する。


考えている途中で主題がそれやすく、関係ないことを掘り始める。


考えが整理できなければ、そこから抜けだせなくなる。


「俺は自分の中で納得できれば、それだけで満足するんですよ。そういうことを繰り返しているから、アクアに怒られるんですがね」


魔人は人類を裏切り、人であることを捨てた者。


勇者の村に産まれた人間が、魔人へと堕ちるはずがない。世間が持つこの先入観に、俺は随分と助けられている。



自問自答を繰り返した結果なのか、知られなければ罪にはならないと考えるようになった。


これも恐らく、一点に集中する性格の短所である。


「昔のガンセキさんは修行に逃げてたんすよね。もしかしたら、それと同じかも知れません」


なにか考えていれば、それだけで心が落ちつく。


「お前は考えることで、なにから逃げている」


「誰の心にも潜んでいるんすよ。一歩道を外れるだけで、なにかが狂い始めるんです」


優劣に関係なく、人が造ったものは、いつか動かなくなる。


「今も心の中にある、この忌々しい臆病な自分から、俺はずっと逃げ続けてきた」


ガンセキは真っ直ぐに相手を見つめ。


「だがなグレン。どんなに逃げていても、いつか向かい合うときがくる」


赤の護衛は責任者から微かに目をそらし。


「この話はもうやめましょう、それより魔獣具を調べねえと」


しかしガンセキはグレンの提案を無視すると。


「そいつと向かい合ったとき、お前は決めなくてはならん」


認めた上で戦う道を選び、いつか勝利を掴み取るのか。


認めた上で受け入れようと、抗いながら進むのか。


グレンは俯いたまま、返事をすることはなかった。


本当はもう少し踏み込みたかったが、これ以上は無理だとガンセキは判断した。


・・

・・


責任者が両手を合わせ、音を鳴らしたことにより、二人は気持ちを切り替える。


土の領域を展開させたのち、岩の壁をグレンの前方に召喚すると、ガンセキはその場から少し離れ。


「まずは赤鋼の状態で、壁に爪で攻撃をしかけろ」


ガンセキの指示に従い、グレンは一歩踏み込むと、魔犬の爪で岩壁を引き裂く。


しかし爪は壁にくい込んだ状態で止まっていた。


「そのまま左腕の魔力を練り込んでみろ」


5秒が経過すると、逆手重装が黒手へと変化する。しかし岩の壁に変化はない。


グレンは左手を抜くと、今度は壁に爪を突き刺す。


「刺さってはいますが、なんも起きませんね」


爪が触れているだけでは能力は発動せず、刺すだけでも結果は同じ。ここまですれば、あとやるべきことは一つだけだ。


突き刺さっていた左腕に力を入れ、魔犬の爪でそのまま引き裂く。


加工されたことで本来の姿とは違いがあるけど、鋭さは相変わらずだ。しかし小振りなため、爪による傷あとは浅い。


「黒手だと切れ味が上がるみたいだけど、こんなんで魔力を奪ってるんすかね?」


グレンがそう述べた直後だった。岩の壁が乾いた土となり少しずつ崩れ始める。


乾土は雨にぬれることで、完全に地面と交わった。


ガンセキは壁の存在していた場所を見つめながら。


「無理やり岩壁を破壊したという感じではないな。どちらかと言えば、俺の意思で壁を土に帰したときに似ているな。お前も知っていると思うが、岩の壁を維持させるには、一定の間隔でツチに魔力を送る必要がある」


神。人。魔法。これらは魔力により繋がっていた。


爪を使い魔法から魔力を奪うことで、その繋がりを引き裂ける。


「だけど壁が崩れて消えるまで、結構な間がありましたよね。爪で引き裂いて魔力は奪えるだろうけど、対象が岩の腕になると、攻撃はそのまま続きますよ」


グレンの予想にうなずくと、ガンセキは姿勢を低く取り、泥の地面に両腕を添える。


「恐らく爪で奪える魔力の量は決められている。そのため高位魔法となれば、繋がりを断つことは難しいかも知れん」


ガンセキの予想通り、切り裂こうと大地の壁が崩れて無くなることはなかった。しかしグレンは諦めず、そのまま攻撃を繰り返す。


30秒ほど経過する。


大地の壁は少しずつ崩れ始めているが、全てを土へ帰すにはもう少し時間が必要だろう。


グレンは引きつった笑を浮かべながら、自分の左腕をガンセキに見せて。


「これ・・・どう思いますか」


逆手重装には明らかな異変が起きていた。


大地壁を魔犬の爪で引き裂くたびに、手首までだったのが徐々に広がっていき、今は左腕の全体が黒色に染まっている。


ガンセキは変化した逆手重装を観察しながら。


「色だけで形に違いはないか。しかしこれだと黒手ではなく、まるで黒い腕だな」


赤鋼は血みたいだからよ、色だけならこっちの方がまともだ。


左腕の魔力は練り込んだままであり、それを胴体に移動させてみたが、黒腕はそのまま維持されている。恐らくこのまま数秒放置すれば、逆手重装は赤鋼に戻るんじゃねえかな。


だけどそれを確かめるのは後にして、今は胴体の魔力を左腕に戻しておく。


「多分なんすけど、ここからが本番だと俺は考えています」


魔獣の素材が魔力を喰らうってことは、クロの闇魔力がこれまで以上に造られるって意味だ。


黒手から黒腕に変化したんなら、魔力練りを補助する能力だって、そのぶん強化されているはずだ。


「なるほどな。それで、追加された能力の予想は立てているのか」


ガンセキの質問を受け、グレンは目を輝かせながら答える。


「左腕の極化を素早く完成させる、これが今までの能力です。黒腕に変化したことで、初歩や進歩といった人内魔法を補助してくれるのでは」


橋の上で信念旗と戦っていたとき、使った経験すらない二段掌波を成功させた。恐らくあれにはクロの手助けがあったと俺は読んでいる。


グレンの予想する黒腕の能力。


手の平に魔力を凝縮させる。攻撃を受けた瞬間に魔力を移動させる。


これらの動作をクロが補助することで、難度の高い進歩を成功に導く。


「まあ確証もないんで、実際にやってみるのが一番ですね。俺としては敵流しより、一瞬全身極化の方が良いかな」


関節とかが痛くなるけど、このさい仕方ねえ。


「あと名前が長くて面倒だし、極歩のそれと区別するためにも、一瞬全極いっしゅんぜんきょくってふうに短縮したいと思います」


そういって準備を始めようとしたグレンを見て、ガンセキは笑いながら。


「すまんが実験を始める前に、その一瞬全極がどのような感覚か教えてくれないか」


断わる必要もないため、ガランたちに使ったときの記憶をたどり。


「恐らく一瞬全極と全身極化は別物です。なんつうか進歩の方は、頭が身体に追いついてないんすよ」


信念旗の襲撃を受けたのは夜だったから、あんま確信は持てないけど、発動中は視界から鮮やかな色が消える。詳しくは解らねえけど、目から取り込んだ情報を処理しきれないから、そういう現象が起こっているんじゃねえか。


「あと移動するときにも抵抗があって、上手く歩けないっすね。見えない壁を押しながら進んでる感じです」


一瞬全極の情報を得たガンセキは、空を覆う雨雲を指さし。


「俺が戦った一角の牛魔は突進を武器としていたが、人間と魔物の皮膚は別物だからな。空気ですらそれほどの抵抗を受けるのなら、このような天気で発動させるのは危険だと思うが」


たしかに雨中での疾走は、チクチクして痛かった覚えがある。


「それが一瞬全極になれば、たかが雨でも下手すりゃ大怪我ってことか」


全身極化ならこの問題を解決できるかも知れねえ。


本気で相手を殴れば自分の拳が壊れる。魔力まといはそれを防ぐために、程度はあるが身体を頑強にしてくれる。


たぶん一瞬全極ってよ、そういった細かいとこが半端なんじゃねえか。でも俺には全身極化ができないし、雨中での使用は避けたほうが良いか。



そうなると黒腕の能力を確認する方法は、悲しいことに敵流しだけだ。


ガンセキは泣きそうなグレンを見かねて。


「すまんが雨の対策はこれしか思いつかん」


盾によりグレンの頭上は雨から護られていた。


「一瞬全極を発動させても問題ないと思うが、できる限り動かないようにしてくれ」


その気づかいに礼を言い、安堵の表情を浮かべながら。


「信念旗に使ったときは8回のうち3回が成功でした。今は修行中だから、それより結果は良いと思います」


逆手重装を使い両腕の魔力を練り込むと、グレンは右肩の痛みを堪えながら姿勢を造り。


「そんじゃ、行きますよ」


呼吸法で一点集中を強化させたのち、心臓へ魔力を凝縮させた。


数秒が経過する。



・・・あれ?


グレンは情けない表情を向けると。


「失敗しました」


しかしガンセキは冷静な口調で。


「まだ一度目だ、そのまま続けてみろ」


言われた通りその後も繰り返したが、なんど挑戦しても成功しない。


戦いの最中ですら成功したのに、なんでこの状況で上手くいかねえんだ。


ガンセキはしばらく悩んでいたが。


「緊迫していた方が成功しやすいのかも知れんな」


へんな自信があったぶん、グレンは予想外の結果に肩を落としていた。


「結論をだすにはまだ早いが、ほかの能力も探したほうが良さそうだな」


「俺の考えが甘かったようです。そう簡単に繊細は掴めないっすね」


それでも楽しそうに笑っている青年を、ガンセキは横目で観察していた。


・・

・・


今朝のグレンは明らかに普通ではなかった。


確信は持てないが、気づいたことがある。



俺も人のことは言えないが、こいつの考え方はどこか偏っている。


グレンも修行好きではあるが、俺とは根本が違う。


壊れてまではいないが、壊れそうな気配はこれまでにも感じていた。


狂ってはいないが、時折その片鱗をみせている。


一対一に強い拘りがあり、なにか目的のために生きている。



確かに情報は少ないが、照らし合わせてみれば明らかだ。


剣豪でも狂戦士でもない。


それでもお前は、道を歩く剣士に、どこか似ている。



次回は少し物語内の日数を飛ばしたいと考えています。


それでは失礼しました。



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