七話 朝陽の影を歩む者
深夜、まだ陽が昇るまで時間はある。
祭壇の頂上を目指し、階段を上る。
セレス、もう来てるだろうか・・・。
グレンは無言で上がり続ける。
辺りはとても静かで、俺の足音だけが響いている。
最後の一段を踏み締める。
・・・其処にセレスは・・・。
「今晩は~ グ~ちゃん遅いよ~ まさかして、お寝坊した?」
「・・・するか、お前が来るの速過ぎるんだよ」
セレスは納得出来ないと言った表情で、グレンに語りかける。
「オババがね、グレンちゃんを起こしに行っちゃ駄目って言うんだよ」
「当たり前だ、少し考えれば分かるだろ」
セレスはグレン歩み寄る。
「ねぇ、少しお話ししよ~よ」
階段を指差す。
セレスは俺の返事を待たずに階段に座る。
「まったく」
俺もセレスの隣に座り、景色を眺める。
村の家々には弱いランプの灯火が輝いており、それが周囲の自然を壊す事もなく、穏やかに溶け込んでいる。
セレスは村の灯りを見詰める。
「まだ村の皆、起きてるんだね・・・もう時間遅いのに」
「ああ、新たな勇者の誕生を見る為に、皆起きてるんだろ」
セレスは村に向かって手を伸ばす。
「村の光がきれい、ずっと見てたいな」
「良く見とけ、次は何時戻ってこれるか・・・分からないからな」
セレスはグレンに微笑みを向ける。
「私・・・寂しくないよ、だってグレンちゃんが一緒に来てくれるんだもん」
「お前、俺が勇者候補を断ってたら、どうする積もりだったんだよ」
「大丈夫だよ、グレンちゃんは絶対にそんな事しないもん」
こいつ何様の積もりだ、俺を知ったような事を言いやがって。
「セレスの癖に、生意気な事言うんじゃねぇ」
グレンはセレスの頭を叩く。
セレスは頭をさすりながら。
「痛いよ、グ~ちゃん」
「うるさい、お前が悪いんだ」
グレンは寝転がり、夜空を眺める。
セレスもそれを真似する。
「うわ~・・・・」
セレスの瞳には満天の星空が押し迫る。
「すごいな~ わたし・・・飲み込まれちゃいそうだよ」
「夜の闇に飲み込まれたら、二度と帰って来れないぞ」
グレンが珍しく似合わない事を言う。
「そしたら・・・またグレンちゃんが、何時もみたいに私を見つけ出してくれるもん」
グレンは照れたのか、何も言わず夜空を眺めている。
暫く静かな時間がセレスとグレンを包み込む・・・ ・ ・
母なる月は・・・2人を優しく照らしている。
「・・・ねぇ、グレンちゃん」
「なんだよ」
セレスは何も言わない・・・少しして意を決したように語り始める。
「私、勇者に成らなきゃ・・・駄目なのかな?」
「少なくとも、村の皆はそれを望んでいるだろうな」
こいつの才能は、普通じゃないんだ・・・神の子と崇められ、この世界を魔王から救う。
セレスは幼少の頃より、周囲から一線を置かれていた・・・神聖な者として。
「グレンちゃんは・・・私に勇者に成って欲しい?」
「勇者はお前の宿命だ・・・お前より強い人間なんて、多分居ないだろうな」
セレスは起き上がり、グレンを見る。
「私は・・・グレンちゃんが勇者に成って欲しい」
「村の皆は納得しないだろうな」
「グレンちゃんはどうなの? 聞かせてよ・・・」
「お前に勇者に成って欲しい・・・俺は勇者に成りたくない」
セレスは頬を膨らませ、ぷいっと横を向く。
「グレンちゃんは・・・何時も意地悪だよ」
「俺は嘘は言ってないぞ」
グレンは手を伸ばし、夜の星を1つ掴もうとする。
「俺は・・・勇者には成れないんだ」
セレスは首を傾げる。
「どうして?」
「・・・どうしてもだ」
暫く二人は無言・・・・。
セレスは立ち上がり、グレンから離れ・・・鞘から剣を抜く。
「それじゃあ・・・私が勝ったら、グレンちゃんが勇者になる」
「俺は戦わない・・・お前には勝てないからな」
グレンは戦闘を拒む。
「駄目だよ・・・戦ってよ・・・グレンちゃん・・・」
だから・・・勇者候補には、なりたくなかったんだ・・・。
・・・私は・・・
・・・勇者に何か・・・
・・・成りたくない・・・。
・・・
・・・
・・・
・・・
男が一人居た。
そいつは、勇者になる事を夢見て、日々修行に励んでいた。
そして遂に、男は候補に選ばれる。
しかし・・・共に修行に励んでいた恋人は、選ばれなかった。
男は勇者になる事を諦め、断る事にした。
その時32歳・・・次の儀式の時は、37歳になってしまう。
恋人は必ず生きて戻ってくる事を条件に、男の背中を押した。
男は勇者となり旅立つ。
彼女には一つ秘密があった・・・その時、新たな生命を宿していた。
セレスの母親は、出産の時に死んでしまった。
俺が八歳の時に事情があって、婆さんの家に世話になった。
その頃のあいつは、何時も自分の父親は勇者だって、俺に自慢してきた。
セレスにとって、見た事すらない父親だけが、たった一人の肉親で、数少ない心の拠所だった。
俺がセレスと暮らし始めて1年が過ぎた頃だった・・・セレスは拠所を失った。
セレスはグレンを見詰める。
「グレンちゃんだけが何時も、私の傍に居てくれた、私が困っていると助けてくれた」
セレスの頬が濡れる。
「グレンちゃん助けてよ・・お願い・・・勇者になんて・・・成りたくないよ」
「皆・・・わたしに期待ばっかりして・・・わたし、嫌なのに・・・」
グレンはセレスに言い聞かすように話し掛ける。
「セレス・・・なんで皆がお前に期待するか、分かるか?」
「私が・・・強いから・・」
「そうだ・・・お前が強いからだ」
「お前なら、魔王を倒してくれるって」
セレスは首を振るう。
「別に・・・私はこんな力なんて・・・要らないもん」
「グレンちゃんには分からないでしょ・・・人と違う、異常な力を持つ事の苦しさなんて」
グレンの表情が暗くなる。
「・・・俺には・・・分からんよ、そんな羨ましい苦しみ」
セレスの顔に今迄に見た事のない、怒りの表情が灯る。
「何も知らない癖に!! 分かったような事を言わないでよ!!」
だが、グレンは怯まない。
「それでもお前は・・・その力を持って産まれて来たんだ」
「そんなに力が欲しいなら!! 私も一緒に行くから、グレンちゃんが勇者に成ってよ!!」
お前は・・・力の所為で勇者にさせられるのが嫌なんじゃない・・・勇者に成る事が嫌なんだ。
やっぱりお前は馬鹿だ・・・少し考えれば分かるだろ。
腹が立つな・・・ムカつく。
グレンは立ち上がり、セレスに歩みながら叫ぶ。
「良いか!! お前から父親を奪ったのは勇者じゃない!! 魔族だろ!!」
「お前だけじゃない!! 皆だって家族を失ってんだ!!」
「それでも勇者を創らないと、人々の平和は訪れないんだよ!!!」
「勇者を創り出すのが、この村に産まれた者の宿命なんだ!!」
「だから・・・皆は・・・今まで涙を飲んで、家族を友を恋人を死地に見送ってきたんだ!!」
グレンはセレスの肩を掴み、セレスの顔を直視する。
「お前が憎むのは勇者じゃない!! 魔王だ!!」
「魔王さえ・・・倒せば・・・勇者なんて・・・必要ないんだ」
「こんな馬鹿げた儀式・・・もう、しなくて済む・・・」
セレスはグレンから顔を背ける。
「それでも・・・私は・・・」
「だけどな、お前がそれでも勇者を嫌がるってなら、押し付けたりなんかしない」
グレンは懐からコインを取り出す。
「どっちが勇者に成るか、こいつで決めよう・・・いいか?」
セレスは頷く。
「表なら・・私が勇者」
「裏なら・・俺が勇者」
「選ぶのは神様だ、二度は無いぞ」
グレンとセレスは見詰め合う・・・。
夜空にコインを投げる。
コインが地面に落ち、回転する・・・ ・ ・
・・
・・
・・
・・
もう直ぐ朝陽が昇る・・・祭壇の下の方が騒がしい。
村人が、新たな勇者を拝む為に集まっている。
セレスは俺の肩を枕にして、スヤスヤと寝息をたてている。
「いい気なもんだ・・・ったく」
グレンはセレスの額を叩く。
「おい、起きろセレス」
セレスは目を擦りながら、グレンの肩から離れる。
「汚いな・・・涎が肩に付いたじゃないか」
「にへへ、寝ちゃった」
「お前はそんな顔で人前に出る積もりか?」
「きゃっ、恥ずかしいよ~ もうお嫁に行けない、グレンちゃん責任とって」
「なんで俺が責任取らなきゃいけないんだ、自業自得だ」
セレスは袋の中から櫛を取り出す。
「お前はなんでそんな物を持ってるんだ?」
「グ~ちゃん・・・私だって一応年頃の女の子だよ・・・」
その後も袋から見た事のない道具を取り出して、顔面を直していく。
「女って面倒だな、ご苦労さんです」
「グレンちゃん、髪の毛梳かしてよ」
「自分で出来るだろ・・・」
「昔はグレンちゃん、良くやってくれたもん」
「しょうがないな・・・今日だけだぞ」
「にへへ~ うれしいな~」
相変わらず笑い方が気持ち悪い。
膝を抱えているセレスの後に立ち、白銀の髪を梳かす。
「こんなもんで良いか?」
「うん、グレンちゃんありがとう」
セレスは立ち上がり、体の埃を手で払う。
グレンは剣をセレスに差し出す。
「それじゃ、行って来い」
セレスは受け取りながら。
「行って来ます・・・グレンちゃん」
・・
・・
・・
・・
村人達はその時を待っていた。
今までずっと、待ってきた。
あの方が勇者と成れば、必ずや魔王を討ち取ってくれると。
そうすれば・・・もうこんな想い、しなくて良い。
僕は、わたしは、俺は、私は、わしは・・・ ・ ・
父を見送った・・・。
母を見送った・・・。
息子を見送った・・・。
娘を見送った・・・。
兄を見送った・・・。
弟を見送った・・・。
姉を見送った・・・。
妹を見送った・・・。
孫を見送った・・・。
親友を見送った・・・。
恋人を見送った・・・。
・・・村の仲間を・・・見送った。
あの方が勇者に成れば・・・もう誰も見送らないで済むんだ。
祭壇の頂上に人影が・・・辺りは、静まり返る。
彼女は鞘から剣を抜き、天に掲げる。
白銀の髪は、風になびき・・・昇った太陽が、その体を照らす。
その姿に祈りを捧げる者も・・・。
その姿にただ唖然と立ち尽くす者も・・・。
その姿に眩しそうに目を細める者も・・・。
その姿に・・・泣き崩れる者も・・・。
誰一人、言葉を発する者はいない。
白銀の乙女は皆に唱える。
「私は、あなた方の想いを胸に、戦うと此処に誓う!!!」
「今この時、神の祝福を受け!!」
「私は・・・勇者と成る!!!」
村の人々は両手を挙げ、声を上げる。
新たな勇者は叫ぶ。
「必ずや!! 人々に平和を!!!」
グレンはセレスの背中を眺めていた。
・・・セレス・・・お前が英雄と成る時、俺はお前と居られるのだろうか・・・今までの決戦で、勇者にならなかった者達は、俺みたいな事を考えてたのだろうか?
今となっては・・・考えても分からないか。
今はただ・・・新しい勇者の誕生を祝福しよう。
グレンは向きを返し、裏の階段から祭壇を下る。
表の階段と違い、彼を祝福してくれる者は誰一人居ない。
セレスへの歓声を聞きながら、階段を降りる。
一番下の段には妖怪が座っていた。
「ご苦労じゃったな・・・お主は何時も、辛い役目ばかり引いてしまうの」
「そうか? 勇者に成れなくて、俺はとても気分が良いぞ」
「しかし、コインの件は肝が冷えた・・・裏が出たら如何する積もりじゃった?」
「なんだ? 盗み聞きかよ、いい歳して恥ずかしい婆さんだな」
だがグレンが茶化しても、オババは表情を崩さない。
「分かっとると思うが、お主を勇者にする事は出来んぞ、セレスの事を差し引いてもな」
グレンの顔に闇が射す。
「神様ってのが、本当に居るならさ・・・コインの裏を、あの場で出すと思うか?」
「俺は・・・魔人病だ・・・神は絶対に、俺を勇者とは認めないよ」
「その事でお主に話が有る・・・宴には参加出来んが、良いな」
「ああ・・・分かった」
グレンはオババの後ろを歩く。
「なあ、宴は陽が暮れるまでだろ? そんなに時間が掛かるのか?」
「封印を調整する、今のままだと聖域に入る事すら出来んからな」
「王都は闇を遮断する結界が張られておる、一種の聖域のようなものじゃ」
「じゃから少し、手直しをする必要がある」
「そんな事出来るのか?」
「その為に、今日まで調べてきたんじゃ」
「そりゃどうも」
妖怪は立ち止まり、俺の方を見る。
「一つ言って置く・・・あくまでも調整にすぎぬ、一度でも力を使えば、お主は死ぬぞ」
「言われなくても・・・分かってるさ」
使わねぇよ・・・こんな力・・・。
七話 おわり