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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
7章 デマドへの道程
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七話 消えろ

旅人の宿で一夜を過ごした四人は夜明まえに起床して、出立の準備をととのえ、朝陽とともに宿をあとにした。


すでにレンガをたって三日。次の目的地は旅人宿ではなく、ユカ平原にある数少ない村の一つ。


予定ではレンガから四日ほどの場所に、その村は存在していた。


勇者一行はレンガから南の方角に現在は進んでいる。村に到着し一夜を明かしたのち、四人は西へ向かうことになっていた。


赤鋼から西南へ向かえば、デマドへの到着は速くなるのだが、責任者は安全を選び上の道順で平原を進んでいる。


旅は今のところ順調である。これまでとの変化を上げるとすれば一つ。グレンの修行を優先させるために、野宿中の見張りを赤白青の三名、黄の一名となっていた。


アクアはセレスが起きていればそちらに意識を向けるため、赤の護衛を茶化すこともなくなった。万が一勇者が眠ってしまおうと、青の護衛がグレンにちょっかいをだしながら見張りを引き受けてくれた。


ガンセキは土の領域を使えるため、一人でも充分に周囲を警戒できる。


ちなみに特殊な例として、魔物具を領域のかわりとする旅人もいる。ただし全ての魔物から、野生の勘という能力を得られるわけではない。


それに忘れてはいけない。魔物具は古代文字と宝玉を使い、能力を再現しているだけである。


人間は専門の知識と努力を行うことで、魔物具なしでも野生の勘と同等の能力を手できる。


これら二つを同時に使うことができたなら、能力をさらに強化できる。



グレンの怪我もあり、魔物との戦闘はこれまで避けることに成功している。しかし三日目の夜間、一行の野宿場に魔物が接近する事態が起きた。


幸いガンセキが見張り番であったため、迅速に対応することができた。


領域により魔物の接近を感じ取った責任者は、穴中にあるランプの明かりを消し、眠っている三人を起こす。


仕切りとして使っていた布を地面に倒し、それを使って四人は姿を隠す。


土の結界では魔力や感情などを隠すことはできるが、人間の臭いを完全に消すことは不可能である。ガンセキはそれを誤魔化すために、闇のランプに溜めていた魔力を利用した。


これまでグレンは単独行動をしていたが、三人は修行の一環で日中の魔物と幾度か戦っている。


人間の臭いを誤魔化せるだけの量であり、全ての闇魔力を放ったわけではない。それでも金にすれば、二日分の食費は賄えるだろう。


戦闘を避けたい四人は、息を潜めたまま数分が経過した。今回は運が良かったようで、野宿場に現れた魔物は一行を狙わずに、そのまま離れていった。


だがこの手段が通用するのは草食の魔物だけである。今回解き放ったのは混合であったが、それが肉食の闇魔力であった場合は違ってくる。そのため肉食の闇魔力を、軍所から買うこともできる。


ちなみに勘がよかったり知能の高い魔物には、この程度の誤魔化しでは通用しない。


しかし接近してきた魔物が、獣としての本能を優先させているのなら、こちらが人間だと知られても見逃してくれることがある。ただし夜という空間では、魔物の本能が上増しされるものと考えられていた。


そのような状態でも種の存続を優先させる魔物は、それなりに確認されているが多いとはいえない。なぜなら本能に抗えるだけの知能が必要だからである。


知能が高い魔物は、人間の危険性を十分に理解しており、自ら接触することは少ない。にも関わらず人間を狙う魔物は、余程の憎しみが本能に植え付けられているのだと考えられる。


しかし強力な魔物だからといって、闇魔力が多くても知能が高いとは限らない。元となった獣の知能も関係しているし、闇魔力による進化も種によって異なっている。


人間を筆頭に知能を優先して進化した生物もいれば、個体の身体能力を優先し、逆に脳は退化している魔物もいる。


宿った闇魔力をどのように利用して進化するのかは、生息していた地域や天敵などの状況で、それぞれに大きく異なってくるのだと思われる。


知識を得て巣を駆使し、集団で天敵から身を守った魔物。


それとは逆に自らの肉体を進化させ、天敵よりも強くなろうとした魔物。


脚力だけを強化し、天敵から逃げ切れるようにした魔物。


さまざまな方法で姿を隠した魔物。


巨大化し全てを圧倒しようとした魔物。


天敵すら存在せず、気象も安定した地域を住処にしていた獣は、闇魔力が宿っても大きな進化はしていないのかも知れない。


だがどれ程に進化を遂げようと、やはり魔物の最大にして最強の天敵は人間であった。


異常な繁殖能力に加え、知能はほぼ全ての魔物を圧倒する。出る杭は打たれるかのように、危険と判断された魔物は駆除されていく。


人間と同等の繁殖能力を持った、黒いガサガサと呼ばれる魔虫が存在するが、それは元が虫であるため知能が低かった。


魔物や魔虫が闇魔力を得たように、人間は光魔力を手に入れたことで、個体としての力をも進化させた存在となっていた。


獣だった存在が魔物へと進化し、虫は魔虫となった。


魔力を得た者たちは、服従と引換に僅かな知識を得る。


魔族は古代種族と同じように、突然人類の前に姿を表した。


・・

・・


魔物との戦闘を避けた一行は、そのまま旅を続ける。


少しの時が流れ、レンガを出立して四日目の朝。予定では今日の一七時に村へ到着する。


東の空から昇ってきた太陽は、灰色の空に隠されていた。その隙間から青を見られるが、どこかうすく頼りない。


一人見張り番を続けていた責任者は、広い空に視線を向けながら。


「風が湿っている・・・降りそうだな」


自然の雨は魔法とは違い、全ての生き物へ平等に降りそそぐ。


ガンセキは眠っているグレンに目を向けていた。


「火神との繋がりが薄くなる。残念だが、今日の修行は捗らんぞ」


魔法の雨は水神が手を加えたものであり、あらゆる摂理を無視して大地をしめらせる。


だが今回は違う。準備が整った段階で雨が降るんだ。


自然の雨・・・それは火を含めた全ての神々が、水の領域を望んでいる証拠だ。


水使いは当然として、雷使にも効果がある。


しかし炎使いには最悪の状態だな。土使いにとってもあまり良いとは言えん。


ぬかるんだ地面で魔法を使う。それに関しては以前の修行により克服しているが、領域の感覚が通常よりも自然の雨により鈍くなる。


俺は幼少の頃より大地に魔力を送っていた。その間違った風習により、ほかの土使いと同じく神との繋がりは薄くなっている。


土神に魔力を送ろうとしても、身についてしまった感覚を消すのは難しい。


だからガンセキは、自分に都合の良い方法を考えた。


個体としての神はどこにいるのか。それを誰も知らぬのなら、俺が土神の居場所を勝手に決められる。


ツチは・・・大地の奥深くに存在する。


このように想像することで、俺は神との繋がりを強めている。だが所詮は思い込みだ、これまで続けてきた誤った風習を消すことができない。


グレンのような一点集中が可能なら、より強い効果を得られるのだがな。土神は地中深くに存在する、これを心の底から信じ込むことが俺にはできない。


古代種族の教えについて書かれた古書を探したり、自然の属性と比較して考えたりすることで、俺は魔法を本来の姿に戻しているだけだ。


【水の中で炎が燃える】


自然の炎はこのようにできていない。だからこそ先入観が生まれ、魔法の炎でもそんなことは不可能とされている。


だがグレンは信念旗との戦いで、これを可能としていた。これが歴史の中で人間の造り出した先入観だ。


炎を消すとき、グレンは指を鳴らしている。俺が予想するにこれは一種の暗示だ。


指を鳴らせば火が消える。あいつはそう思い込むことで、不可能を可能へと変化させた。



【魔法の炎に煙はない】


この教えは古代種族から伝わったものである。だから俺たち人類には、抗うことができない。なぜなら人類に魔法を与えたのは古代種族だからだ。


古代種族の教えという言葉を使っているが、それを知らない者が使った魔法炎で物を燃やそうと、煙が発生することはない。


人類は魔法陣や宝玉具を使い、白魔法に能力を上乗せすることで、煙の発生する魔法炎を実現させていた。





本来の魔法。


光魔力+古代種族の教え⇨想像⇨言葉にして願う⇨各属性神⇨白魔法。


現在の魔法。


光魔力+古代種族の教え⇨歴史⇨誤った教え⇨想像⇨言葉にして願う⇨各属性神⇨白魔法。




こう考えると人類は愚かだな。勝手に規則を造り、魔法本来の力をだせなくなっている。


しかし裏を返せばそれこそが、人類の力なのかも知れん。


決まりを徹底することで、足並みを揃えて巨大化する。歯車が狂わなければ、これは最強の力となる。


細かくなればなるほどに、制御するには技術が必要となるがな。


決まりを決めるだけで、情報が美しく流れていく。


ガンセキはうすく笑いながら。


「もっとも、馴染めない人間もいるがな」


神や古代種族をそこまで崇めていないからこそ、ガンセキは現在の魔法を否定することができる。


美しくなかったとしても、多くの人が受け入れてくれずとも、彼はこの考え方に満足していた。


だけど俺のような奴なんて大勢いる。これとは違う形で狂わせている人もいるはずだ。


風の神が存在する限り、この世界は誰も気付かなくとも、微妙な変化は起こっている。


多くの者は大きな変化に気を向けすぎて、小さな変化に気付かないらしい。


今でなければ見えないことがある。過去でなければ解らないことがある。


近ければ近くが見えて、遠ければ遠くが見える。そんな当たり前のことを忘れていると、俺とカインは王都で教わった。


グレンは近くから魔法を考え、ガンセキは遠くから魔法を見る。



父は全てを照らすことで、自然界の調整を行なっている。


だがその太陽は光の魔力を人類に与え、自然の歯車を狂わせた。


魔法とは、神々が魔王を倒すために人類へ与えた力。


魔法とは、属性神の力と光魔力を使い、自然の摂理を無視させたもの。


ガンセキは灰色に染まる空を見つめて。


「だから炎使いにとって、自然の雨は相性が悪いんだ」


これもまた、古代種族が人類に伝えた教えである。


歴史の中で人が勝手に造り出した先入観でなければ、それを払拭するのは難しい。


宝玉具や魔法陣がなければ、炎使いと火神の繋がりを自然の雨から護ることはできない。




しかし世界は広く、例外も存在していることを俺は知った。


雷撃は手の平からしか放つことができない。


【全身放雷】


これは魔法の起源となる教えを無視しているようなものだ。だがこの現象は、宝玉具や魔法陣を使えば可能である。


しかしセレスの魔力は雷宝玉に反応しない。


魔法陣を使わずに全身放雷を実現させるなど、本来なら不可能なのだがな。


イカズチがセレスにその力を与えているとしか、俺には考えられない。


・・

・・

ここから先を、ガンセキは知らない。

・・

・・


この世界には悪説が存在している。


知る者は少ないが、現在も一部の者には受け入れられている。だがそれを口外しようものなら、罪人として処罰される可能性がある。


ここに記するのは、グレンが産まれるずっと昔のできことである。



火を飛ばしたり、放射することが炎使いにはできる。


これは古代種族が人類に与えた教え。しかし稀に、火を飛ばせない炎使いが確認されていた。


多くの者はこの現象を、火神が炎使いに与えた試練だと考えている。しかしその考えに納得のできない者が過去に一人。


彼は炎を飛ばせない炎使いだった。


最初は神の試練だと思い込み、己の火を飛ばす訓練を繰り返した。時がたち並位魔法を習得しようと、彼にはそれを飛ばすことができない。火属性の宝玉具すら使えなかった。


周りの炎使いはできるのに、そんな当然のことが彼にはできない。


いつしか彼は、炎を飛ばせるという教えを否定するようになった。


こんなの試練じゃない。どんなに努力しようと、炎を飛ばすなんて不可能なんだ。


なんで誰も古代種族を疑わない。起源の教えが嘘じゃないなんて、本当に言い切れるのか。


人類が勝手に絶対だと思い込んでいる。そのように考えることはできないのか。



彼はやがて、古代種族について調べるようになる。



時がたち周囲に認めらた学者は、世界の歯車を狂わせようとしていた。


炎を飛ばすことが未だにできない彼は、世界に対し新たな説を唱える。


太陽より光魔力を授かった古代種族は究極玉具を造り、それを神として人類に崇めさせた。


属性神が造りだした宝玉が、人より送られた光の魔力を通すことで、古代文字や言語と合わさり魔法となる。



学者は火属性の玉具を使えない。だから造神ですら、本来の力を引き出せないのではないか。


神ではなく究極玉具とすることで、自分が炎を飛ばせない理由を世界に証明する。


学者として失格なのかも知れない。だが私怨こそが、彼の原動力となっていた。


そのためだけに、己の人生を捧げたのだから。




彼の望みは叶わなかった。


古代種族が造りだした究極玉具だとしても、間違いなく神の力が源となっているのに、最初の一言で世界を敵に回してしまう。


「我々が信じている神は・・・古代種族が造った、一種の兵器ではないのでしょうか」


原因は人との会話であり、最初から確信に迫ったことで、彼は神を信じる多くの者から敵視された。


学者は全てを伝えきることすら許されず、罪人として処刑される。


聞く側が圧倒する力を持っていた場合、話す側はそちらに気を配って意見を述べる必要がある。


我々の使う宝玉具は神の力が源となっている。究極玉具を神とすることで、古代種族は我々に魔法を与えてくれた。


このようにしていれば、結果は違っていたのかも知れない。




神は当然として、勇者や古代種族を否定すれば、理由など関係なく重罪となる。


やはり大切なのは、聞く側の姿勢なのだろう。




学者が処刑された数年後・・・魔力の質という考えが世界の一部に広がり始める。


言い訳に逃げなければ、もしかしたら真実を知ることができたかも知れない。


炎を飛ばせないのではなく、彼は飛ばす必要のない炎使いであった。


多くの者は今までどおり、神と惹かれ合うという考え方を選んだ。しかし宝玉具職人たちを筆頭に、魔力の質という説は受け入れられた。






造神・・・その悪説を信じた青年がいた。


彼の逆手には、魔獣の黒い爪が鈍く光る。


心の奥底には、誰にも知られてはならない闇を宿す。


魔人であることを拒み、罪人として生きたいと望む。



いつか覚める夢の中。


徐々に明るくなっている。


もうすぐ・・・朝がくる。


怖い。


暗闇が怖い。


人が怖い。


他人の心が怖い。


絆が怖い。


目を開けたとき、恐ろしい現実が俺を待っている。


答えがでないことが多すぎて、知られたくないことが増えすぎて、捨てれない感情が疎ましくて。





それでも俺は・・・夜明が好きなのか。





足音がグレンに近づいてくる。


「いい加減にしろよ。お前はいつまで悲壮を気取る積もりだ」


誰だよ、あんた。


「いつまで罪を・・・俺に背負わすんだ」


二人を殺したのは俺だ。


「本当は心の底だと、まだそれを認めてねえんだろ」


認めているよ、俺は自分が罪人だって解っている。


「またお得意の嘘か? 俺を誰だと思ってんだ」


お前はクロだろ。こうやって俺の素振りをして、逆手重装の使い手に痛みを与えるんだ。


受け入れるさ、お前も痛みを受けているんだからよ。


「まあ似たようなもんだけど、俺はクロじゃねえ」


解っている、好きなだけ俺を演じてくれ。


「だから違うって言ってんだろうが、クロは俺のダチだ」


一緒にこの道を歩くって決めた。クロは俺の相棒だ。


「なにいってんだ、奴はお前が嫌いだぞ」


俺は人間であいつは魔物だからな、慣れ合う積りなんて最初からねえ。


「じゃあなんで、あのとき爪を使わなかった。クロがお前に力を貸そうとしたのに」


そんなことしたら、お前が表に出てくるだろ。


「やっぱ俺のこと気づいてんじゃねえか、この卑怯者」


だからお前はクロだろ。


「俺のこと見もしないで、なんでそう思うんだ」


暗くてなにも見えないんだよ。


「馬鹿かお前。もう夜明け前だぞ、目を開けば俺が映るはずだ」


うるせえ・・・まだ夜だ。


「黒い炎なら、日中でも解りやすいんじゃねえか」


お前は俺を殺したいのか、魔獣は使い手を殺さないんだろ。


「試してもないのに、なんでそう思うんだ。本当は嘘で、使っても死なないかも知れねえぞ」


大丈夫だったとしても、誰かに正体がバレたらどうすんだよ。


「お前は人間なんじゃねえのかよ。きっとみんな優しいから、受け入れてくれるさ」


グレンは暫く黙りこむ。次に口を開いたとき、その声には怒りが宿っていた。


笑いながらなにいってんだ。


だが名も無き声は、笑いの口調を強めながら。


「俺は可哀想、でも誰にも言えないよ。だって俺は魔人なんだもん」


「婆さんは俺を認めてくれた、恩を返したかった。俺はなんて健気なんだ」


違う・・・俺はそんなこと思ってない。


「人が好きだ、こんなに苦しめられているのに、人が好きなんだ。俺はどうしようもない馬鹿だな」


「俺は大罪を犯したんだ、罪を背負わなきゃ駄目なんだ。でも罪を背負ったら、大罪が消えちまう。俺はなんて可哀想なんだ」


お前が俺を侮辱するのか。


「俺は屑だから放っといてくれ。そう言っても、皆は可哀想な俺を見捨てない」


黙れ。


「だから俺は誰にも心を開かない。皆だって許してくれるさ、だって俺はこんなに可哀想な人生を送ってるんだからよ」


お前は俺に・・・なにを求めてんだ。


「セレスはどこにも行かない。だって、こんなに俺は苦しんでいるんだから」


今まで積み重ねてきたものが、全て無駄になっちまう。


頼むから、もう止めてくれ。




名も無き声は馬鹿にした口調とは裏腹に、相手を真っ直ぐに見つめていた。


「なあ・・・グレン」


すがるように彼は、青年の肩をつかむ。


「小難しいこと考えてないで、こんな感情なんて捨てちまえよ」


青年は彼の手を振り払おうとする。


だが名も無き声は、青年を抱きしめて離さない。


「否定してもいい、殴ってもいい。だけど・・・俺を認めてくれよ」


汚い手で、俺に触るな。


名も無き声は拒まれても離そうとしない、グレンになにかを伝えようとする。


「お前はなんで、勇者の護衛になることを拒んでたんだ」


「仲間との差を思い知らされることが嫌だった。こんなの全部言い訳だろ」


触るな、俺の身体が汚れる。


「やっと手に入れた安住を捨てたくないなんて、お前の嘘だろ」


「セレスが勇者を拒むのなんて、最初から解ってたんじゃねえのかよ」


グレンは両手で耳を塞ぎ、名も無き声を遮断する。



これは夢だ、全部夢なんだ。



覚めてくれ、誰か俺をここからだしてくれ。


「楽しかったんじゃねえのか、あいつらと戦ってたころは」


お前を見たくない。


お前を認めたくない。


「あいつらは純粋に俺を憎んでくれた」


「納得できないこの世界で、ただ一つの単純だった」


その忌々しい声を、俺に聞かせるな。


「勝つだけで解決する」


「死と隣り合わせの感覚に、生まれて始めての確かな興奮を覚えた」


お前が消えないと、俺が・・・消えちまう。





「押し迫る現実から、戦っている時だけは全てを忘れられた」





名も無き声は必死になにかを訴える。


「否定しても良い。頼む・・・俺を見てくれ!!」


グレンは名も無き声から目を逸らす。


・・・・

・・・

消えろ

・・・

・・・・


太陽は見えなくても、俺の瞳に映るのは、光に照らされた眩しい世界だった。


グレンは起き上がり、逆手を外套からだす。


空気にふれたその指先は、黒く濁っていた。


魔法を爪で切り裂け。


魔力を食わせろ。


なんで今まで忘れていたんだ。


逆手重装・黒手 魔法を爪で切り裂くことで、魔力を奪うことができる。


クロは一定の魔力しか俺から奪わない。


これをすることで、逆手重装はなにかを起こす。



ガンセキは目覚めたグレンに近づくと。


「大丈夫か」


赤の護衛は責任者の方を向く。


顔を動かした瞬間だった、目に水分が入り視界がにじむ。


全身に物凄い汗をかいていた。


「すんません、なんか嫌な夢を見てたみたいっすね」


ガンセキは布をグレンに手渡す。それを受け取ると、気持ち悪い汗を拭う。



一滴の雫が落ちる。


青年は空を見上げる。


今にも雨が降りそうだ。



ガンセキは自分の荷物が置いてある場所に向かうと、なにかの袋を取り出しグレンに投げる。


受け取った袋の中には粉末が入っていた。


「防水粉だ、外套に使え」


これを振りかけることで、雨を限度はあるが弾いてくれる。


原料がなんなのかは知らない。ちなみに量を間違えると、洗ったあとで大変なことになる。


金持ちはこんなものを使わないが、安いしけっこう便利なんだ。


過去に試したことがある。頭や身体に直接ふりかけても効果はない。


どしゃ降りだとあんま使えないから、素直に雨具を使ったほうがいいな。


あとこれを利用しても、雨魔法には通用しない。


ガンセキは天候を気にしながら。


「今日は食事も簡単にすませよう。それよりも速く村についた方が良いだろ」


グレンは頷くと身体を伸ばし。


なんか寝起きなのに疲れちまった、食欲もあんまねえな。


自然の雨が嫌いってわけでもないけど、確かに魔力を造神に送り難いんだよな。なんか魔法関係の色んなことを、雨に邪魔されている感覚でよ。


魔力奪いの雨は、別に魔法を使うぶんにはそこまで困らない。徐々に魔力が消えていく感じがあるけど。


病は気からって言うけど、そういうのも関係してんのかな。


自然の雨により上手く願いを火神へ送れない。この感覚だけは、どんなに思い込んでも消せそうにない。


魔力は心にある。


水は時を司るけど、雨で相手の魔力を奪うわけだから、心とかにも影響すんのかな。


時の流れで人の心は変化するわけだし、無関係ってわけでもないだろう。



だけど欲望を司る風の方が、精神に及ぼす影響は強いって聞いたことがある。


もっとも欲風は高位だから、そうそう経験はできないだろうけどよ。


風魔法ってのは厄介なんだと。一人いるだけで、相手は風使いを真っ先に仕留める必要がある。相手が風使いを狙うと解っているから、それを逆手に取ることもできる。


世界からみても数は少ないんだけど、鎧国は特に酷いらしい。この国にある勇者の村でさえ、風使いは産まれないからな。



風使いについて考えながら、グレンは平原の湿った風を肌で感じる。


そうすることで汗にまみれた全身は冷えていく。太陽は隠れていても、風は俺の味方をしてくれる。



雨はまだ降っていない。


さっきから眼球に風があたり、否応に乾いてしまう。


望んでもいないのに、乾燥した瞳はもとの状態に戻ろうとする。


グレンはガンセキに気付かれないよう、布で顔を隠す。



もう少しすれば・・・雨が降る。


得体の知れない心の沈みを、雨が全て流してくれる。


理由は解からない。





涙が止まんねえ。





七章:七話 おわり






グレンは造神説を唱えた学者のことを知りません。だから少し認識を間違っています。


なぜレンゲが造神説を知っていたのか。それは過去にこの説を世に広めようとして、殺された学者がいたからです。


魔力の質という考えは、学者の死後に職人たちへ広まったものです。


ギゼルは偽宝玉と純宝玉をグレンが見分けられるかどうかで、純宝玉が反応するかどうかをレンゲに確かめさせた。


炎を飛ばせない炎使いはほとんどいないため、炎を飛ばす必要がないという考えは現時点でも、この世界には広まっていません。


火を造りだす宝玉具の開発に成功したことにより、心の中で造神説を信じる玉具職人が増えたという感じです。



この話でガンセキが述べていたのが、この世界では通説となっています。ガンセキは魔法を本来の姿に戻そうとしているだけです。


これまでに神は玉具ではないのかと考えた者はいたのかも知れません。だけど神を侮辱する者に聞く耳を持たないこの世界で、それを公表しようとする人はいませんでした。


学者は自分が炎を飛ばせないのは神の試練ではない。ということを世界に認めさせるために、造神説を唱え世間に広めようとしました。


しかし失敗し、造神説はこの世界では悪説となりました。だけど源が私怨だとしても、彼はこの世界を変化させようとした人物です。


レンゲは彼の失敗を知っているからこそ、グレンに口外するなと教えました。グレン自身も魔人だからこそ、レンゲの指摘に従いました。



歴史の闇に消されようと、それでもなにかのために必死に生きた愚かな人たち。今後もこういう人を描いていけたら、自分は嬉しいです。


まだ各説や物語の流れに矛盾があるかも知れませんが、どうかお許し下さい。


それでは失礼しました

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