表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎拳士と突然変異  作者: 作者です
7章 デマドへの道程
87/209

六話 変化の先に陽は昇る

闇は暗く、恐ろしい。そんなこと誰でも知っている。


人の大勢いる場所から離れるほどに、その恐怖は強くなる。魔物に怯えているから、人は闇を嫌うのだろうか。


セレスは闇に包まれた前方の平原ではなく、後方に位置する旅人の宿へ意識を向けていた。


「私たちが立っている場所からけっこう離れてるのに、みんなすごく楽しそう」


なにが楽しいのか知らんけど、旅人の宿を利用している連中の笑い声みたいなのが聞こえていた。セレスからしてみれば暗闇より、沢山の人間が作りだした騒音のほうが怖いようだ。


まあ俺も人のことは言えねえな。魔力を回復させるために少し休ませてもらったけど、周りが気になってあんま寝れなかった。


「ユカ平原に限らず、こういう施設は今後も利用することになるだろうから、俺もセレスもちっとは慣れねえとな」


グレンの発言にアクアは笑みを浮かべながら。


「そのためには、もう少し警戒心を緩めたほうが良いんじゃないかい。君は人が好きだなんて言ってる癖にさ、全ての人間は敵だって考えてる気がするよ」


否定はしねえよ。ああやって楽しそうな人間をみると、羨ましいって感情と同時に、妬ましいって気持ちも生まれているからな。


こういった矛盾した感情を同じ心に持つことができんのも、人間だからこそだ。


魔人は人間であり、決して化物じゃない。そう信じているから、俺は人類が大好きなんだよ。


言っちまえば俺が人間を好きなのは、自分を護るためってのもある。人という種は素晴らしいと思い込んでいたほうが、なにかと都合が良いからよ。


「どんな理由にせよ、俺は人間が好きだ」


俺たちのような存在は、ほぼ全ての人類に嫌われている。だからってこっちも憎んじまえば、その時点で数少ない支えを失うことになる。


「この気持ちが本心かどうかなんて関係ねえ、そう考えていられる内は幸せなんだよ」


グレンは頭だけを動かして、笑い声の聞こえる方に視線を向ける。


「騒がしいのは結構だけど、ここまで煩いと魔物が寄ってくるんじゃねえのかな」


そりゃあガンセキさんの言うとおり、護っている人数は充分に足りているけど、ここはレンガとは違う。


「宿の敷地内に魔物が進入することだって、絶対にないとは言い切れませんよね」


指揮系統もなければ、他との連携もありゃしない。


「ボクもそう思うな。内側にいる人たちも、もう少し外に気を配ったほうが良いよ」


セレスもうなずきながら。


「お仕事の前に見かけたけど、お酒を飲んでいる人たちもいた」


金を払って利用しているわけだから個々の自由だけどよ、もう少し命は大切にした方が良いんじゃねえのかな。



三人の疑問にガンセキは苦笑いを浮かべると。


「酒についてはそれぞれだからな、嗜む人間はそう何日も我慢はできんよ。もっとも、旅の途中に飲むのは水でかなり薄めていると思うが」


話には聞くけど、酒ってのはそんなに美味いもんなのかねえ。俺はお子様なのか、よく解らないけど。


水がありゃ生きてけるのによ、金を捨てるようなものだ。なんて言っても、またアクアに馬鹿にされるだけだな。


ガンセキは話を続ける。


「グレンやアクアが言うとおり、ここの護衛をしているのは寄せ集めだ。しかし敷地内に魔物が進入するのは、最初から予想の範囲だからな」


旅人の宿は魔物により壊滅することが年に数度あるらしい。それくらい利用客からしてみれば承知の事実なんだとさ。



レンガ周辺で壁の内側に侵入できるとすれば、強力な群れや単独ってことになる。もちろん内側の人間は警戒もしてないから、それはもう大惨事になるって想像できる。


ガンセキさんの話では、魔物が侵入したって事実よりも、そこから発生する混乱のほうが厄介なんだとさ。二次災害とてもいうべきか?


実際には小さな失敗だったとしても、対応を誤れば被害は何倍にも膨れ上がる。


物事が一つ成功すると、その勢いで次も上手くいくと勘違いしちまうもんだ。俺みたいに若いうちは、これがもっとも危険だって策士の心得に書いてあった。


若いってことは、いい意味でも悪い意味でも、個人差はあるけど勢いがある。若気のいたりなんて言うくらいだし、基本は悪いことしかないんだろうけどよ。



とまあ関係のない方向に話はそれたが、連中はああやって敷地内で馬鹿騒ぎをしているけど、なんだかんだで警戒はしているらしい。


もちろん旅をしているわけだから、利用客の大半は属性使いだ。万が一のときは、それら全てが戦力になるんだとよ。


「壊滅しても損害を最小限に抑えるのが目的で、旅人の宿はどの建物も簡単な造りなんすかね」


村と旅人宿は別物ってことかな。


「そういった理由もあるのだろうが、家畜の都合により、野草を求めて移動することもあるんだ」


ガンセキの言葉にアクアは顔をしかめながら。


「なんか臭そうなところだね。できろばボク、そういうところは利用したくないよ」


勇者の村だって家畜臭さはある。もっとも人が住んでるのは室内だけどな。


まあ俺はぜんぜん平気だけどな。何故なら兄・・・やめとこ。俺は昔から彼のことを考えると、変に興奮してしまう癖があるんだ。


旅人の宿が畑とか所持していたら、上とは逆で一カ所に留まるんだろうな。



その後、とくに問題もなく時間が経過する。


グレンはこの合間を利用して、赤鉄の修行をしていた。


アクアはお喋りをしながらも、しっかりとやるべきことは行っている。


セレスは人の声が聞こえてくる後方を気にしながらも、なぜか少し嬉しそうにしていた。


あと数時間もすれば、多少は騒々しいのも収まるそうだ。



暗闇に包まれているから平原の目視はできないけど、この広さが怖さを引き立てるんだろうな。しかしこれだけの土地があるにも関わらず、なぜ農業に利用しないのか。


レンガが工業を選んだのには、ここら一帯の魔物が関係している。


確かに強いのもいるけど、勇者の村を含めたレンが周辺の魔物は基本弱いんだ。


農業を主とするには土地だけでなく、魔物から田畑や家畜を護る兵士が必要になる。


すごい単純だけど、魔物が多少強力でも、人数をたくさん集めれば農業はできる。そりゃあ農地を広めるのに宝玉具なんかも使うかも知れねえけどな。


レンガは周辺の魔物が弱いからこそ、あんな少ない兵数でもなんとか護ることができている。そのせいで夜勤外務が過酷になっているんだけどよ。


でもそのお陰で、あの都市は魔力を持つ人間を鉄工所へ送ることに成功しているんだ。


人の手だけだと時間が掛かるから道具を使う。


道具よりも宝玉具のほうが、圧倒的に効率がいい。


宝玉具を使うには、魔力を持った限られた人間が必要になる。


魔物が弱くないと、工業を発展させるのは難しい。


こういった理由が重なって、レンガは赤鋼って呼ばれるようになったんだ・・・とはガンセキさんの教えです。



などとグレンがどうでも良いことを考えていると、アクアがガンセキに質問を始めた。


「ガンさん昨日いってたけどさ、魔物の中には獣だったころの本能を優先させるのもいるんだよね。それが本当なら騒がしいのも、少しは役に立つんじゃないかな」


魔物によって知能には差がある。


魔獣は元となった魔物より知能が高いってのは、闇魔力の量が原因なのだろうか。もしそうだとすれば、犬よりも犬魔は利口ってことだよな。


知能が低ければ心は小さくなり、本能に支配されやすい。我が子を護るのが獣の本能なら、人間を憎むのは魔物の本能だ。


「人の声を避けるのもいれば、それとは逆に寄ってくるのもいる。この騒音で魔物に居場所を知られてしまうから、あまり得はないと思うが」


大量の闇魔力を強力な群れだと魔物ってのは勘違いする。しかし夜という空間で人の声が聞こえれば、寄ってくるのは結構いる。



闇魔力には何者かの意思が込められており、1400年前にただの獣を魔物へと変化させた。


この世界にも野生の獣は僅かだけど残っている。絶滅しそうだから、野獣は性欲旺盛なんて変てこな意味が生まれたのかな。


以上の理由で本来は、獣も太陽と月の子供だった。


太陽の意思を食らい、それを闇に染めるのは何者かの意思。


爺さんはここまで解った上で、魔物の本能が光を食らい、闇魔力を造りだすって考えたんだろうな。


魔獣具は闇魔力と呪いにより能力を発動させる。俺の人内魔法を補助してんのは、恐らく闇の意思ではなく、クロの心なんだろう。


宝玉は自然の産物。自然とは神々が創造したものだから、宝玉を造ったのも各属性の神さまってことだよな。


そうなると魔物具って・・・俺の予想では宝玉を利用しているから、すこし矛盾してないか。


古代文字は古代種族が人類に与えたものなのに、なぜ闇魔力と合わさることで、能力を発動させることができるんだ。



見方を変えろば闇もまた、自然の一部なのかも知れねえ。こういった考えは危険だから、下手に口外はできないけど。


闇という存在が世界を黒く塗りつぶす行為。


夜という自然が創りだしたのが闇の宝玉。それを利用して、闇のランプは造られる。


だとすればイカズチとの相性が良い魔力を、雷宝玉と魔法陣で保存することができれば、光のランプ製造に成功するってことか。


まあ、光宝玉さえ造ることができたなら、もっと楽なんだろうけどよ。恐らく古代人形に使われているのは雷宝玉で、それに特化した光魔力のみを保存することができる。


俺の知識では闇を司る神はいない。でも神々の敵として、闇を支配する存在はいると考えられる。


炎だってよ、結局は闇を払うことができないんだ。赤は黒を弱らすことはできるけど、勝つことはできない。


神々の敵である闇は・・・光以外の属性を己の色で奪う。だから白魔法と黒魔法は、異常な程に似ているんじゃねえのかな。


俺たちが知っている神話だと、そこら辺の説明が一切ない。闇なんて言葉すら聞いたことがないんだ。


古代文字は闇魔力でも、合わされば力を発動させてしまう。だけどそれを造神に送っても無駄だから、魔物具の能力は属性紋を必要としないものに限られている。


闇のランプって玉具だって、属性紋なんて必要ねえだろうしな。


・・

・・


なんか闇について考えてたら、具合悪くなってきた。


セレスはその様子に気づいたのか、青くなった彼の表情を除きみると。


「グ~ちゃん顔色が悪いよ。具合よくないの・・・もしかして」


突然あらわれた顔に、グレンは驚いて一歩下がる。


「呪いじゃねえよ。魔物について考えてたら、少し気持ち悪くなってな」


心配されるのが嫌だから、この男は懲りずにまた嘘をついた。


「護衛の人数だけならそろっているからよ、群れの魔物なら皆で適当に戦えばそれですむ。だけど単独の場合だと、率先して戦いたがる連中はいねえよな」


嘘だと気づかれなけりゃあ、罪にはならないからよ。この際ついでだから、この話題を掘り下げてみるか。


レンガは誰々がどの魔物と戦えって支持があるけど、旅人の宿だとそれがない。


「人数さえ足りてれば、ここいらの群れなんてそんなに怖くない。それと逆で弱いといってもよ、やっぱ単独はそれなりの力があるんだよ」


宿代半額くらいの報酬で、戦いたくないってのが本音だな。


グレンの疑問にはセレスではなく、ガンセキが答えた。


「お前の言うことはもっともだが、放っておくわけにもいかんからな。それに倒した単独の素材は戦った組の物になり、受付でそれを買い取ってくれるんだ」


素材を保存するための加工は旅人の宿でしてくれるらしい。ちなみに魔獣の素材はなぜか腐らないし、下手に加工はしない方がいいんだと。


「思ったんだけどさ、グレン君が戦った牛魔って魔物・・・凄く強いんだよね」


ガンセキはアクアの質問に頷きを返すと。


「突進を防ぐ手段があればそこまで危険はないが、最低でも大地の壁でなければ無理だな」


ボルガは二つの壁を造ることができるから、岩の鉄壁が可能だけど、牛魔と戦ったときはそれを知らなかったからな。


それによ、最低でも大地の壁が必要ってことは、最高速の突進だと防げないってことだ。


あのデカブツは一斉魔法ができないから、近距離からの突進だと間に合わないかも知れねえな。


白魔法補助って能力は同時や一斉魔法の補助もしてくれるけど、どちらかというと神に自分の願いを届けやすくしているってことだからな。この能力を土以外の属性使いが使っても、そこまで大きな効果は得られない。


土使いは足元に存在する大地のせいで、とりわけ属性神との繋がりが薄くなっている。言ってしまえば、元が下手くそなのを能力で手助けしているんだ。



一斉魔法補助

土神へ願いを送るさい、二つ以上の岩壁を召喚してくれと頼むのを補助する。


同時魔法補助

魔法の維持を補助する。



たとえ岩の厚壁を即座に造れたとしても、魔法を維持させる技術が低ければ、時間経過と共に壁は土へと帰ってしまう。


以上の理由から、攻撃型の土使いは一斉魔法補助を選び、防御型は同時魔法補助を欲しがる者が多い。


岩の腕は一度攻撃をしかければ、そのまま土に帰ってしまっても問題ないからな。



高位魔法を使える者がいないのだから、やはり牛魔は強力な魔物と考えて問題はないだろう。


「牛魔は数が少ないから討伐の依頼はほとんどない。そうガンさんから聞いたけどさ、そんなに強いなら素材は凄く高額なんじゃないかな」


言われてみればその通りだよな。この国は魔物具の規制が甘いから、ここいらの討伐依頼よりも牛魔の素材はずっと高く売れるはずだ。腕に覚えがあるのなら、戦ってみようとする奴は少なくてもいるんじゃねえか。


アクアの疑問を受けたガンセキは、しばらく大森林の方角を見つめながら。


「王都から先の魔物が最も強力と言われているが、広い場所という条件がつけば、牛魔ならそこでも生きていけるだろうな」


まあ・・・強かったからな。


「確かに牛魔の素材は高く売れる。しかし残念ながら、突進系の魔物から造られた武具は使い手を選ぶ」


魔力まといは属性や個人で多少の違いはあるが、肉体を強化してくれる。だが人類は器用な前足と引き換えに、基礎の身体能力は低くなっていた。


魔物具により闇魔力を使い手がまとうことで、元になった魔物の身体能力を再現できる。


反射神経・動体視力・腕力・頑強な肉体・聴力・脚力・野生の勘などなど。


しかし魔力まといだけでは、残念ながら補えないものがある。


「鳥系統の闇魔力をまとっても、人には翼がないから空を飛ぶことはできない」


それと同じで牛魔の魔力をまとっても、あの巨体がなければ突進の再現は難しい。


人間にだって体格の恵まれた奴はいる。だけど所詮は人の体なんだ。図体が少しでかいくらいじゃあ、牛魔突進の真似事は不可能だろうな。


「牛魔の素材から造られた魔物具は強力だけど、使いこなせる奴がいなけりゃ売値は下がるってことか」


グレンはアクアに満面の笑みを向けながら。


「お前ならきっとできる。諦めなければ夢は叶うんだ。そうだろ、アクアさん」


いつか俺を見下ろして、鼻で笑うんだろ。


ボルガのような姿になったお前を見るのが、今から楽しみだ。



その言葉にアクアは即座に反応し、姿勢を整えると一気に駆けだした。


グレンと接触する一歩手前、アクアは右足で地面を蹴り頭から突撃する。


しかしこの男、すでに先を読んでいた。


走ってくる小牛魔に対し身体を真横に構え、片足を半歩動かすことで難なく回避に成功する。全身を捻りすぎると肩を痛めるため、意識して無理はしないようにした。


アクアは避けられたことで、背中ががら空きとなる。グレンは後方に軽く飛び、少牛魔から距離を取ると。


「今だセレス、奴が地面に着地すると同時に、電撃で動きを止めろ。ガンセキさん、そしたら岩の腕で小牛魔を捕縛してくれ」


二人がグレンの指示に従うはずもなく、小牛魔は地面に着地すると、咆哮を周囲に響かせる。


「ウガーー!!」


赤の護衛は構えを解かず、怒りを向けてくる相手と向かい合う。


「叫ぶなよ、周りに注目されちまったじゃねえか」


アクアは両腕を力一杯に振りながら。


「怪我人の癖になんで避けれるのさ!! ボクは君が痛がるところを見たかったのに!!」


お前こそ怪我人になんてことをするんだ。


「アクアさん、そんなんじゃ駄目だ。もっと身体を大きくしないと、牛魔突進は再現できないぞ」


グレンの挑発にアクアは顔を真っ赤にして。


「体はちっちゃくても、ボクは心が大きいんだ!!」


「心が大きいのなら、俺のお茶目な挑発を笑って許してくれ」


動じないグレンにアクアは最後の手段として、怒りの水魔法を発動させる。


下位魔法 水しぶき。


口内の水分を相手に向けて発射する


「なっ・・・なにしやがる! 汚いじゃねえか!!」


見て解る通り、これは魔法でもなんでもなく、ただ唾を飛ばしているだけである。


声を荒げようと、アクアの攻撃は止まらない。


「悪かった、俺が悪かったから。マジで止めてくれ」


こいつは女じゃねえ・・・血も涙もない男女だ。



ガンセキは溜息をつくと、目元を手の平で隠し下を向く。


セレスはなぜか嬉しそうに。


「にへへ~ 二人は仲良し~」


と笑っていた。


終いにはグレンはうずくまり、声を殺して泣きはじめた。



怖い・・・男女・・・怖いよ。



それからしばらくして、四人の仕事は終わった。


敷地内に戻ったころには、すでに馬鹿騒ぎも落ち着き、明日にそなえて横になっている人の姿が見られるようになっていた。


俺たちが寝床に選んだのは、明かり火から少し離れた人の疎らな場所だった。建物の近くは人気があるのか、すでに先客が陣取っていた。片方に壁があるだけで落ち着くからな。


明かり火の光は弱いが、寝るぶんには調度よく、支度を終えるとアクアとガンセキはすぐに休む。


仕事中に魔物と戦うこともなかったが、今日一日を歩き続けていたこともあり、二人が寝息をたてるのも速かった。


ガンセキさんは普段の野宿だと、結界を張り直すのに何度も起きる必要がある。こうやって寝れるときに休むのは特に大切だと思う。ただでさえ日中も周囲に気を配りながら移動しているわけだしよ。


グレンは隣に座っているセレスに目を向けると。


「寝るなよ・・・俺はガンセキさんと違って叩き起こすからな」


本当は修行をしたいんだけど、相方がウトウトしているからできない。


「ううっ 眠くないもん」


とかいっている癖に、すでに目をこすっている。


セレスは寝ぼけ眼で周囲を見渡すと。


「知らない人ばかりだね。でも・・・暖かい。大地が見えて、沢山の人がいるだけで、安心できる」


グレンはセレスに視線を向けることもなく。


「怖いんじゃなかったのかよ」


安心なんてできねえ、暖かいなんてとても思えない。


「だって私はこの人たちのために戦っているんだもん。怖くても・・・我慢しなきゃ」


こいつにとって、それが勇者なんだろうな。


でもよセレス。全ての人間がお前と同じ場所を目指しているわけじゃないんだぞ。


誰かのために。きっと皆がそれを望んでいるから。私は戦う。


お前はそう考えているのかも知れないけど、千年積み重ねてきた均衡を壊すのを、全ての人間が望むのだろうか。


魔王を倒した先にあるのは、変化だけなんだよ。


お前の好きな神たちは、変化したあとどうなった。それについては俺よりもセレスの方が詳しいよな。



雷と水の望みを受け入れた太陽と月は さらなる変化を求めて 新たな命を創造した


生を司る者は 皆から暖かく向かい入れられた


絆を司る者は 皆と積極的に関わろうとした


死を司る者は 皆から恐れられ 距離を置かれた


命が尽きるという現象がない世界に置いて はじめて神々は死を意識する


このような恐ろしい感情もまた 大切な変化の一つであった



それでも剣は寂しくなかった


盾がそばにいてくれたから


鎧が笑いかけてくれたから




風がふく


熱い火を夏とする


風がふく


欲望の風を秋とする


風がふく


冷たい水を冬とする


風がふく


温かい土を春とする




世界の変化は止まらない 神々も刻々と変化していく


流れ行く時のなかで、生と絆に愛が芽生えた


死は孤独を覚えた


誰からも愛されない剣は・・・鎧に盾と同じような恋を求めた


だけど絆は 恋を拒んだ


死は泣いた


理由がわからず 泣きつづけた









剣は狂い 盾を壊そうとした


盾は抗うこともせず 剣の攻撃を受け続け その身はボロボロと削れていく



それでも剣に躊躇はなく 止めの一突きを盾へ


剣が貫いたのは 盾ではなく鎧だった



盾は泣きながら それでも剣を憎まずに ただ一言を残して崩れていく。


・・・ごめん・・・


死を司るものは天の裁きを望み 自らの力で命を絶った



盾は剣を想い


剣は鎧を想い


鎧は盾を想い


多くの感情が混ざり合い 心となった



亡骸は大地が受け止め 死した神たちの心が たくさんの命を生んだ


生まれた命は絆を育み やがて死を呼ぶ


・・

・・


お前は変化の先に、望むものはあるのか。



知識を得て


経験を得て


仲間を得て


協力を得て


金を得て


変化を達成した先に、望むものが俺にはなんも無い。


なにをすれば良いのか解らない。解りたくない。


「なあ」


グレンの声に、勇者は眠そうにしながら。


「ふえ? なに、グレンちゃん?」


相手の目を見ることができないから、グレンは夜空を仰ぎながら。


「変化の先を望んでこそ、成長があるのかもな」


セレスは首をかしげ。


「グ~ちゃん、難しくてよく解んないよ」


俺にも解んねえ。



グレンは無意識に、セレスを見つめていた。


セレスはそれに気づき、ニッコリと微笑んだ。


グレンは目を閉じると、今の幸せをかみしめる。


お前はここにいる。


俺もここにいる。


今はまだ、夜のさなか。


暗闇だからこそ、赤の護衛は勇者の足元を照らすことができる。



この先に未来があるのなら、お前の隣に俺はいるのか。









6章:六話 おわり

剣盾鎧の物語を書いてみました。


これは1400年以前から、この世界に存在する神話です。


人間臭い神様ですが、この場合神が人に似ているのではなく、人が神に似たんだと思います。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ