表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎拳士と突然変異  作者: 作者です
7章 デマドへの道程
85/209

四話 修行は大切

昇ってくる太陽は瞬く間に夜を消し去り、どんよりした空気すら清めてしまう。


その光景はまるで、父の威光に闇が逃だしているようであった。


大地という存在が目視できるだけで、人はこんなにも安らぎを得ることができるのか。


レンガにいたときは宿屋で朝を迎えていたから、平原の夜明けがここまで凄いとは気づかなかった。


今日の空は雲が多く、太陽は隙間からしか拝めないが、グレンとしてはこのくらいが調度よかったりする。


太陽が苦手とか言っておきながら、この時間帯だけは昔から好きだった。なんとなくだけどよ、単独との戦いが終わったあとの心境に似ているんだ。


生き残った喜びと、誰もいなくなった虚しさ。


相反する二つの感情が自然に混ざり合って、グレンという白と黒だけの人間を多彩に染める。


群れとの戦いじゃあ、こんな気持ちにはなれない。


爺さん、なんで魔物を心の底から憎めないのか解ったよ・・・俺は友達が欲しかったんだな。


殺し合いは一対一であるからこそ、相手との繋がりが生まれ、そのとき二人は始めて友達になる。



こんなこと言ってたら、道剣士みたいだって気味悪がられるな。


アクアはグレンの表情をみて。


「なんなのさ急に笑いだして、気持ち悪いじゃないか」


お前にそんなこといわれる筋合いはねえ。俺の笑顔をセレスと一緒にすんな。だからアクアと見張り番は嫌なんだ。


もう嫌だ、こいつと二人っきりなんて耐えられない。


グレンは文句をいいながら立ち上がると、眠っているガンセキとセレスを起こしに向かう。


手で揺すってもセレスは起きないため、足のつま先でなんどか背中を突く。


「おい朝だぞ、いつまで寝ているつもりだ」


セレスはグレンに蹴られたことにより、あお向けになり。


「うへへ~ グヘヘへ~ ぬへ~」


勇者は奇声を上げていた。どうみても俺よりセレスの方が気持ち悪いだろ。


昨夜は床につくのが遅かったから、こいつは自分が見張り番のときも半分寝ていた。


「なあアクアさん・・・この馬鹿起きないから、殴って良いですか」


無断でセレスを殴ると怒られるから、今回は許可をもらうことにした。


「だめだよ、女の子を殴るなんて最低なんだ」


勇者の顔面は涎に塗れ、もはや女ではなく、人間としての恥も忘れているようだった。


「恥を忘れようと人間であることには変らねえ。だが俺はこいつが女だというお前の発言を否定する」


次の瞬間であった、グレンは姿勢を低く取ると、腰を捻りながら片腕を天に向けて伸ばす。


迷いはない・・・この一撃で勝負を決める。


白銀に輝く勇者の頭部へと、グレンの片腕は振り下ろされた。


平原に音が鳴る、目覚めを誘う痛みの音が。


数秒の時が流れた。


セレスはアクアに頭をさすってもらいながら。



「ううっ 痛いよ グレンちゃんのバカ!」



解ってくれセレス、お前を叩いたせいで肩が物凄く痛いんだ。


それだけじゃない、俺だってアクアに頭を殴られて、今にも泣きそうなんだぞ。


反省の色が見えないグレンにアクアが怒鳴る。


「君は最低だ! 最低だ! 最低だ! 最低だ!」


そんな連呼しなくてもいいだろ。ちなみに俺は女を殴るどころか、人質に取ったことがあったりする。


「こいつが寝ぼけて見張り番になんなかったから、俺がアクアさんと一夜を明かすはめになったんだ」


ことあるごとに俺を馬鹿にして、思い返しただけで腹がたつ。大体よ、お前だってミレイさんと会ったとき、理不尽に俺を殴ったじゃねえか。



三人が騒ぎはじめたことにより、ガンセキも目覚めていた。


セレスが頭をさすられていることから状況を察し、責任者はその場を鎮める。


「先に手をだしたお前が悪い。暴力を振るう前に、しなくてはならんことがあるだろ」


怒られたことにより、グレンは味方を失い苦笑いを浮かべていた。


青の護衛はこれを好機として、さらに赤の護衛を追い詰める。


「グレン君はガンさんが言わないと反省しないんだ。ここは責任者として、もっと怒るべきじゃないかな」


しかしガンセキは望み通りには動かなかった。


「暴力には暴力で抗うことも大切だ。それを踏まえた上で、この話を聞いて欲しい」


非暴力の不服従が、権力すら覆すこともある。


「昔そんな話を本で読んだことがある、架空の物語だがな」


アクアはガンセキの発言に納得できず。


「ガンさんは理不尽に殴られている人を見ても、なにもせず黙っていろと言うのかい」


強大な力を前に武器すら持たないまま抗おうものなら、一方的に消されていく。


「殴り返して勝利を得ても、いつかより大きな力に負けるときがくる。戦うことなく勝利を掴めるのなら、それが最善だろ」


ガンセキさん・・・力に正論で抗っても、勝てなきゃ全て無意味になるじゃねえか。


殆どの物事は結局、勝つか負けるかで成り立っちまうんだ。その方が解りやすいから、皆そっちへと流れていく。


他人事なら冷静に話し合うこともできるだろう。だけどその内容が自分に深く関わることだとすれば、勝ち負け抜きで正解を導きだせるのか。


共に頂を目指そうとすれば、無意識の内に足を引っ張り合う。知った風なことはいえないけど、人間なんてそんなもんだろ。


自分の非を認め受け入れるってのは難しい。それができたとしても、人間は心の奥底で勝ちに拘る。


敗北により自分の考えを変化させるのは、苦痛を伴うからな。



より良い選択を勝敗抜きで導けるのなら、この世界で起きている人間同士のいざこざは、半分くらいなら解決できているんじゃねえか。


勝ち負けへの拘りが異常に強いからこそ、人類はここまでの繁栄を手にすることができた気もする。


勝者はより高い場所へと昇り、敗者は地面へとひれ伏す。


他の人はどうか解んないけど、俺にとって討論は戦いだ。負ければ自分の考えは相手に認められない。そんな世界において、非暴力という選択に意味はあるのか。


無抵抗と非暴力の違いなんて理解できねえ。違いはあるんだろうけど、俺からしてみればどっちも同じだよ。


俺は今まで人づき合いをろくにしてこなかった、他者から自分の意見を守る術なんて習得していない。勝てないと判断したときは、無理やり押し通すか諦めて全面降伏するしかなかった。


自分の考えを変化させるくらいなら、負ける前に逃げだすよ。俺は傷ついてまで、相手に理解してもらいたいとは思わない。



人が心の底から解り合える生き物なら、この世界は幸せに満ち溢れているだろうからな。


殴られても血へどを吐きながら立ち上がり、こりずに握手を求め相手に歩み寄る。その上で譲れない自分の意見を再び送る。


非暴力ってのはこういうことだろ。そんな馬鹿げたことをするくらいなら、今は諦めて楽になろう。


まあセレスに暴力を振るったのは、どう考えても悪いのは俺だからな。



グレンは嫌々だが、殴ったことをセレスに謝る。


「悪かったな。また懲りずに叩くと思うけど、今回のことは許してくれ」


それは心のこもっていない下手な謝罪だった。


ガンセキは捻くれたグレンを優しく見つめると。


「戦わず逃げれば痛みは感じない。そんなお前のやり方を否定はしないが、意味も解らず殴られたセレスの痛みだけは忘れるな」


セレスは目に涙を浮かべながら、グレンに確りとした謝罪を要求していた。


殴った理由か・・・アクアにイジメられた八つ当たりだよ。


そんなことは言えないし、心の底から謝罪するなんて苦やしいだろ。


「殴るとき必要以上に力を込めすぎた。次からはもう少し優しく叩き起こすから許してくれ」


そんなグレンにアクアは諦めの溜息をつくと。


「なんでそんなに意固地になるのかな、素直にごめんなさいって言えば全部解決するのにさ」


謝りたいときは土下座だってするくせに、頭を下げたくないときは上辺の謝罪しかしない。


「俺は性根が餓鬼なんだよ、大人になんて成りたかねえ」


自覚があるから余計に始末が悪いんだ。


セレスは充分とはいえないグレンの謝罪に納得したのか、今は穏やかな口調で。


「でもそれが、私の知っているグ~ちゃんだもん。大人になんて無理してなる必要ないよ、私は今のグレンちゃんでいて欲しい」


俺だって子供のままでいたい。でも無理だ、人は変化する生き物だからな。



十五歳を過ぎたら大人なのか。


仕事をして自立したら大人なのか。


家庭を持った時点で大人なのか。



俺はできることなら責任なんて背負いたくねえ。相手が死人だろうが、誰かのために生きるなんて本当は御免だ。それでも歩いていたら、嫌でも荷物は増えちまうもんだ。


生きてれば失敗もするさ。失敗すりゃあ痛い目に遭う。悪いことをしたら不十分でも罰は必ず受ける。


なんの罰も与えられないってのは、見方を変えれば罰でもある。そのことから勘違いして、いつか取り貸しのつかない失敗を犯すかも知れないからな。


俺が罪だと認めなくても、他者が罪だと訴えれば、望まずに罰を受けることもある。もっともそうなったら、冤罪だと俺は叫ぶだろうけどよ。


子供のままじゃ、いつか押し潰されんのは目に見えている。人は死なない限り、生きているだけで、嫌でも自然に大人へと変化しちまうんだ。


立派な大人になるとは限らない、駄目な大人として軽蔑されるかもな。


五年後・・・十年後。俺はなにをしているのか、想像すらできない。


だけど自分のことは解んなくても、セレスの未来だけは薄々見える。今は俺の想像する未来を信じるだけだ。



その後、四人は各々に出発の準備をする。


ガンセキは結界を片付け、セレスは荷物を纏める。


アクアとグレンは朝食と今日の副食を作る。


食事は神の一部であり、神の恵みでもある。だからこの世界は朝昼晩の三度、多少無理をしてでも飯を食う。


金がなくて一食抜かそうと、神を崇拝する奴は祈りだけは欠かさない。


四人は言葉を交わすこともなく、朝食をすませた。


アクアとセレスは月と太陽に感謝を捧げ、グレンとガンセキは朝を迎えたことを喜びながら、食事を噛み締める。



やるべきことを全て終わらせると、一行は昨日とは別の方角に足を進める。


一時間と少し歩いた頃だった、前方に平原の道を確認する。肉眼で捕らえることはできないが、米粒ほどの人影を見ることはできた。


レンガから旅人の宿まで真直ぐに道が続いているわけではないため、俺たちのように危険を承知で道を外れて歩けば、目的地まで近道をすることもできる。


もっとも地図を持っていようと、方向音痴だったら迷うけどな。


この位置から人工道までは、まだ一,二時間は歩く必要がある。


ガンセキさんが大地の結界で俺たちの存在を隠してくれている。太陽がでているため、周辺の魔物も動きは殆んどないらしい。


俺の怪我が完治するまでは、魔物との戦闘はさけていく予定とのこと。


昨日は荷物を持たせてもらえなかったけど、今日はガンセキさんの許しがでた。


正直よ、肩掛け鞄の中には道具の材料や予備が入っているから、他人に任せたくないんだよ。自業自得だから文句は言えなかったけど、セレスが持っていると心配でたまらないんだ。



グレンとガンセキは並んで先頭を歩き、アクアとセレスはその少し後ろを進んでいた。


ガンセキさんが結界を張ってくれているお陰で、限度はあるけど魔力を使っても外にはもれない。良い機会なので、グレンは魔力を練りながら炎を灯す訓練をしていた。


ちゃんとガンセキさんに許可はもらっているぞ、アクアとセレスだって互いの魔力を混ぜ合う修行をしているからな。


それに魔力纏い関係の修練は身体への負担は少ないから、肩を怪我していても無理なく行える。



まずは5秒かけて左腕の魔力を練りこめ、逆手重装を黒手にする。


次に神に炎を左腕へ灯してくれと願うのだけど、最近は火の神でなく、火属性の造神に魔力を送るといった感じにしている。


これは俺の予想なんだけど、もし究極玉具が神だとすれば、複数存在していると思うんだ。


一つの究極玉具が五属性の魔法を造りだすことも、古代種族ならできんのかも知れないけどよ、各属性ごとに分けたほうが色々と都合がいいんじゃねえのかな。


それに合体魔法はそれぞれの神に魔力を送っているわけだから、やっぱ造神も属性で分かれていると考えた方が解りやすい。


よくよく考えてみると、造神を玉具にする必要はないよな。宝玉と魔法陣があればいいわけだし。だけど千年ものあいだ、誰からも管理されることなく機能し続けるには、魔法陣だと無理があんのかな。


でもよ・・・究極玉具だとしても、整備しないままで動かし続けることができんのかな。確かに聖域は封印されているだけで今も生きているけど、造神は世界中の属性使いが毎日使っている。


古代種族が異常な技術を持っていたとしても、奴らが消えてからの千年という時間を、手入れもしないまま動かし続けることはできるのだろうか。


俺たちが使っている玉具には武具としての寿命がある。だけどその中に込められている能力に・・・寿命はあるのか。


生活玉具は使用目的で形状が変る。


究極玉具って、どんな形なんだろうか。


それともう一つ気になることがある。造られた神に属性紋は使われているのだろうか。


普通に考えれば使われてないんだろうけど、もし属性紋があるとすれば、それはいったい何者との繋がりだ。相手は本物の神様か。


たがが紋章ごときで、本物の神と繋がることなんてできんのか。




と、こういった感じて他のことを考えちまうから、なかなか修行がはかどらない。


グレンは深呼吸をすると、赤鉄を完成させるための修行を再開させる。


・・

・・


ガンセキは周囲を警戒しながら、隣を歩くグレンに話しかける。


「捗ってはいないようだな。魔獣具の能力があるから、極化状態のままでも左腕に炎を灯すのは難しくないと予想していたんだが」


黒手により左腕だけ極化状態を維持させることができる。ただし練りこんだ魔力を移動させたあと、そのまま放置していれば赤鋼に戻る。


逆手重装が黒手になっていても、練り込んでいた魔力を消すことにより、通常どおり炎魔法を使える。


魔力を練り込んでも一定の時間が過ぎれば、それがなくなり極化状態が解除される。黒手はそうならないように補助しているだけであるため、グレンが意識を向けなければならない。


「左腕が極化状態でも炎は使えるんすけど、魔法の維持が難しいです」


適当な数字だけど、火力を剛炎まで上げるのに使う魔力を500だとすれば、それを維持させるために50の魔力を一定の間隔で神に送る。魔力を造神に送るさい、どうしても漏れがでてしまうため、この数字よりも少し多くなるけど。


漏れを少なくすることで、魔力の消費を抑える玉具があるって聞いたことがあるな。もっとも純宝玉じゃないと、俺には使えないけど。


魔法陣ってのは古代文字が使われているんだよな。


宝玉は魔力を通すことで、古代文字の内容を実現させる。魔力の質が高いと、並みの宝玉では通すことができないってことかな?



ガンセキはグレンの話を聞き、なぜ極化状態で炎の維持が難しくなるのかを考えていた。


「お前は同時魔法の技術が未熟なのではないか」


炎使いは造神に魔力を送らなくても、物を燃やすことで維持はある程度できるため、同時魔法の修練をそこまで必要としない。


両手に炎を灯すことができれば、そんだけで充分だからな。


でもガンセキさんの言う通り、身体極化は人内魔法の一つだからな。炎魔法と合わせて使うには、同時魔法の技術が俺には足りないのか。


「もし俺が足型の炎使いなら、同時魔法にも重点を置いたんですけどね」


手に炎を灯すのは、言っちまえば炎魔法の基礎だ。


炎魔法は手に灯したときに位と級を決める。そこから追加で飛ばしてくれとか、放射してくれと神に魔力を送りながら頼むんだ。


それと同じで足型の炎使いは最初に足下へ炎を灯してから、それを走らせてくれって神にお願いする。


足型の炎使いは数が少ないから、俺も実物を見たことはない。炎走りは敵に向けて地面を移動するけど、この魔法には対象以外は焼かないっていう特徴がある。


もしこの場で炎走りを使っても、一面に生えている野草を焼くことはないと言えば解りやすいだろうか。


三十秒という時間制限を延長させることは基本できず、移動もそこまで速くない。敵を追跡する能力は一応あるんだけどよ、この魔法は単発で使っても弱いんだ。壁系統の魔法で進行を止めることができるからな。


「大地の下級兵って、一体だけ召喚しても意味ないっすよね。炎走りもそれと同じで、数を増やすことができれば物凄い力を発揮できます」


ガンセキは頷くと、グレンの足下に目を向けて。


「お前が炎走りを欲しがる理由が解った。炎放射や飛炎は離れた相手を狙う魔法だが、炎走りは一人で複数の敵と戦うときにも利用できる」


そうなんだよ、炎走りって接近戦を得意とする俺にとって、かなり有効な魔法なんだ。


「だがな、お前が始めて火を手に灯したとき、大きな苦労もなくできただろ。それと同じで足型の炎使いも、足下に火を熾すだけなら簡単にできると俺は思うが」


生き物によって差はあるが、いつかは足を使って立つことができる。人間も魔法を使えるなら、低位を覚えるのに苦労はしない。それを使えるか使えないかだけで、努力は関係ない。


ボルガは土の領域を使えないからな。


でもよ、幼少期は物覚えが速いっていうじゃねえか。俺が足下に炎を灯す練習をしたのは、たしか仕事を始める直前だから、時間が経ちすぎていたのかも知れない。


「まあ俺が炎走りを使えるかどうかは別にしても、今は同時魔法の技術を向上させねえと。いい方法とかないっすかね」


ガンセキは立ち止まると、足下に生えている草を抜き、表にでた地面から土を掴み。


「そうだな・・・炎は神との関係があり、極化は神との関係はない。俺の持つ同時魔法の技術とは別物だ、その点を考慮して訓練を進めた方がいい」


身体強化は極化の下位魔法であり、なおかつ幼少の頃から白魔法と組み合わせて使ってきた。だが魔力練りをそれと同じ感覚で行うことはできない。


手に持った土を見つめながら、ガンセキはグレンに炎と極化を同時に発動させる方法を教える。


「左腕に炎を灯し、右腕に魔力を練り込む。左は神と繋がっている感覚にして、右は神すら進入できない自分だけの領域とする。それができるようになったら、右から左腕に魔力を移動させてみろ」


現状でも片腕が極化の状態で、もう片方に炎を灯すことは何とかできる。


「黒手の能力は使うな、五秒かけて右腕を極化状態にしろ」


白魔法と人内魔法を別々に行うには、身体の左側と右側を完全に分けろってことか。


ガンセキは土をもとの位置に戻すと再び歩きだした。グレンもその後を続く。



責任者の指南を受けたグレンは、さっそく言われたことを実行する。


現在の逆手重装は赤鋼。


土の宝石玉には既に魔力を送っている。金属を頑強にし、炎の熱による軟化を防ぐのが目的だ。


もっとも俺は炎使いだから、効果を最大限まで引き出すのは無理だけど。


ちなみに熱による金属の軟化を防ぐのは、火宝玉でも可能な能力らしい。ただしその能力が通用するのは武具の使い手だけで、他者の炎だと軟化を防ぐことはできない。


剣とかに炎をまとわせるには火系統の玉具が必要になるが、逆手重装は腕に装着しているから、問題なく炎を灯せる。




グレンはまず始めに右腕の魔力を練り込む。五秒後、利腕は極化状態になる。右側は俺だけの場所であり、誰も侵入することはできない。


俺の左側は造神と繋がっている。火の究極玉具よ、左腕に炎を灯してくれ。


グレンはその願いと共に、造られた神へ魔力を送る。


次の瞬間だった、逆手重装に炎が灯っていた。


よし、上手くいった。


このまま慎重に魔力を左腕に移動させるんだ。



魔力が左腕に到着するころには、すでに炎が消えていた。


しまった・・・炎の維持を忘れるとは。


あと長手袋は魔力練りじゃないと能力を発動させてくれなかったか。逆手重装に炎を長時間あて続けると、中身が焼けちまうから気をつけないとな。


「燃えている左腕に魔力を移動させんのが難しいけど、この方法ならいけるような気がします。感覚さえ掴めれば、何とかなりそうです」


それまでは訓練あるのみだ。



それからグレンは余計なことを考えもせず、熱心に白魔法と人内魔法を同時に行う訓練を続けた。


時々ガンセキに話しかけては教えを請う。


そんなことを繰り返しているうちに、気付けばすでに人工道の付近まで到着していた。


ガンセキは後ろを振り向き三人を見渡すと。


「ここらへんで結界を解く。突然現れると追いはぎに間違われるからな」


俺も余計な注目は浴びたくないから反対はしない。


それにしても良い時間を過ごせた、ここまで会話が殆どなかったから、修行に集中できたよ。


ガンセキさんは周囲を警戒していたし、アクアとセレスも魔力を混ぜ合う練習をしていた。


本当は俺も魔物に備えた方が良いんだけど、この時間をどうしても修行に利用したい。習得するだけじゃ駄目なんだ、実戦で赤鉄を使えないと。


本陣に到着しても、すぐに刻亀と戦うわけじゃない。向こうのお偉いさんと打ち合わせしたり、イザクさんと油玉の量産をする必要もある。


今は材料を本陣に運び入れているだけで、本腰を入れて造り始めるのは俺がイザクさんと合流してからだ。


合間を見て殺気について彼に聞かないと駄目だし、できれば剣豪がどんな連中なのかも正確に知っておきたい。


本陣では少なくとも、一ヶ月は準備期間になる。だけどヒノキの魔物はレンガ周辺よりも強力だから、それより長くなると厳しいかな。


少し気になったから、今の内に聞いておくか。


「突然で悪いんすけど、デマドからヒノキまで、歩きだと二十日と少しでしたっけ」


グレンの質問にはアクアが答えた。


「たしか本陣への輸送部隊と一緒に行くんだよね。団体行動になるから、もうすこし遅れるんじゃないかい」


責任者は青の護衛に頷くと。


「レンガからの物資はデマドだが、他方面からは中継地に送られる」


デマドから五日ほどの場所に、全ての物資が集まる中継地があり、俺たちはまずそこを目指すとのこと。


中継地は物資の輸送を指揮するレンガ軍を中心に、各地から集めた護衛ギルドの連中が守っている。そこから先はヒノキに近付くにつれ、魔物が強くなるらしい。


ヒノキを含めた山々が連なっているため、その向こうから資材などを搬入するのは、遠回りになってしまうので難しい。


そもそも刻亀が魔獣と認定されるまでのヒノキ山は、旅人や商人が一番利用していた道だったらしい。



デマドまで十日、中継地まで五日、本陣まで十八日くらい。合わせれば一ヶ月と少しだけど、待機する期間も含めればもっとか。


本陣に到着してからの一ヶ月を含めても、大まかで二ヶ月と十日ってとこかな。


刻亀と戦う季節は春と夏の境だから、ちょうどヒノキの雪が融けてなくなる時期か。戦うだけなら都合はいいんだけど、やっぱり修行期間としては短いな。


グレンは交互に三人を見つめると。


「本陣に到着したらやることが増えて、俺は満足に修行ができなくなると思う」


刻亀もまだ情報しか集めてない。情報の整理だけは速い内にした方が良さそうだ。


でも策を練るのは向こうについてからにしたい。


「申し分けないけど、野宿の見張りをしている時間とかも修行に使いたい。逆手重装はもともと宝玉具だから、刻亀との戦いに間に合わせたいんだ」


変人が俺のために与えてくれた力。


魔獣具ではなくて、宝玉具としての逆手重装。


グレンは頭を下げていた。


「三人を頼りにしてないわけじゃないんだ。だけどこの力だけは、速く使いこなせるようになりたい」


アクアはそんな赤の護衛をみて。


「ボクたちの課題が合体魔法なら、赤鉄は君の課題じゃないか」


セレスは微笑みながらアクアに続く。


「私は同志も支えられる勇者になりたい。だからグレンちゃん、頼っていいんだよ」


ガンセキも二人の意見に賛同し。


「期限に間に合わないのなら、それを手助けするのも俺たちの役目だ」


一行の三人に頼るのは当然なこと。


だけど捻くれているから、そんなことすら上手くできない。



グレンは頭を上げると三人に不器用な返事をする。


「迷惑をかけて悪い」


仲間たちは呆れた顔で笑っていた。


これはこれで、グレンらしいのだろう。





7章:四話 おわり

グレンは自分の生き方を変化させないことに必死です。だから討論は戦いだっていう考え方になっているんだと思います。


彼からしてみれば、誰かに認めてもらうより、自分を守るほうが大切なんでしょうね。


次回はガンセキの杭の解説と、大地の兵について書きたいと思っています。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ