三話 夜がきて
日中はあんなに優しく人の肌をさすってくれていたのに、夜になると風は人類への態度を変化させる。
暗闇の向こうで誰かが叫んでいるような風音は、グレンたちの身と心を冷たくする。
穴底で一生懸命に光っている小さなランプ。それがあるだけで、四人は居場所を見失わずにすんでいる。
グレンは姿勢を正すと、三人の仲間に提案をする。
「寝るにはまだ少し時間があるから、今後について話し合いをしたいと思うんだけど良いですか」
まずは責任者に許可をもらう。
ガンセキはグレンの発言に頷くと。
「そうだな・・・速い内に確認しておきたいことも幾つかある」
アクアは嬉しそうにしながら。
「昨日の夜にも言ったけどさ、みんなで話し合いができるなら、ボクは文句なんてないよ」
セレスは頑張って真剣な表情をつくり。
「私だってまだ眠くないもん、起きてられるよ」
全員の賛同を受けると、赤の護衛は少しの間をおき。
内容はいくつか考えてあるけど、まずは何から始めるべきか。
グレンは悩んだ結果。
「それじゃあまず俺としては、剣豪についてもう少し対策を練りたいんだけど」
青の護衛は首を傾け。
「宿屋でも話し合ったけど、あれだけじゃ不満なのかい」
剣技だけならまだ良いんだけど、連中は相手の心にも刃を向けることができる。
「昨日は剣豪に狙われた場合の対策だけだろ。奴らとの戦闘を避けれなくなったとき、戦い方を知らないままだと殺られる」
剣豪や道剣士に関する情報が少くなすぎる。それが敵にとってどれだけ有利なことか、俺には良く解るんだ。
「信念旗との戦いでもっとも活躍したのは魔獣具だ。人内魔法っていう正体不明の力を敵は異常に警戒した、俺はそのお陰で生き残ることができたと考えている」
本当はそれだけじゃない、奴は俺を始末できる機会が何度かあったんだ。でもガランは結局、俺に頼みだけを残して逝った。
ガンセキは腕を組み、しばらく目を閉ざすと。
「魔法の代わりに道剣士は殺気を操る。短期間でそれの対処方法を習得するのは困難だが、仕組みだけでも理解できれば勝率は上がるはずだ」
いったい奴らはその能力をどこから、または誰から得るのか。道をひたすらに歩く愚かな者たちに、師と呼べる存在が都合よく現れるのだろうか。
造り手の想いが強く込められているほど、武器ってのは使い手を狂わせる。道を歩く者に魔法と対抗できる手段を与えたのは、時代遅れの職人たちが自らの武具に込めた執念なのか・・・それとも。
予想はできるけど、それは予想でしかない。剣豪の力を知るのは確かに重要だが、忘れてはならない問題点があった。
それをアクアが指摘する。
「いったい殺気の対処法を誰から聞くのさ。道剣士って人たちから教えてもらうつもりなのかい?」
ガンセキはそれも良い案だと笑いながら。
「強者との戦いだけを生きがいとしているのなら、より有意義な時間を過ごすため、殺気の仕組みを明かしてくれる道剣士も中にはいるかも知れん。しかし俺には剣の道を歩く知人はいないな」
赤の護衛には一人だけ、殺気に詳しい知り合いがいた。
剣に生き、剣に狂い、剣に病み。
剣を恐れ、剣を拒絶し、それでも剣を捨てられなかった優しい人。
この場で許可も得ずに彼の正体を明かすなんて、それは許されることなのか。でもお願いすれば、恐らくあの人は協力してくれる。
だって他人に優しくすることで、彼は自分が壊れないように保っているんだ。
グレンは空気を吸い込むと、迷いを息と共に全て吐きだす。
「ガンセキさんは俺の代わりに軍で働いてくれたから、イザクさんのことを知ってますよね。アクアやセレスとは直接の面識はないけど、どんな人かは前に話したと思う」
俺は自分の都合でイザクさんを利用した。この行為はただの我侭だ。
グレンの声は震えていた。そのことからイザクという人物が、道剣士に関する情報を握っていると三人は何となく理解する。
セレスは以前聞いた内容を思い浮かべ。
「イザクさん・・・たしかグレンちゃんが、お仕事ですごくお世話になった人だよね」
赤の護衛は穴の中で小さく輝いているランプを見つめていた。なにも喋ろうとしないグレンに、アクアは痺れを切らし。
「その分隊長さんが道剣士についてなにか知っているのかい。それとも優しいのは上辺だけで、本当は狂っているのかな」
突然の挑発に、グレンは青の護衛を睨みつける。
あの人を知りもしないくせに。
そのような感情が心の奥底から沸き上がる。だけど今まで隠していたのは自分だと解っていたから、それを必死に抑えていた。
しかし青年は感情を隠すのが下手で、青の護衛と責任者には気づかれていた。
アクアは怒りの眼差しを向けられようと、物怖じすることもなく。
「グレン君にとって、分隊長さんは大切な人なんだね。悪かったよ、今みたいな言い方はもうしない」
むかつくけど、こいつの方が俺よりも一枚上手だってことだ。
「イザクさんの優しさが上っ面かどうかは解らねえ、だけどあの人は壊れないように今も足掻いている。そのことだけは俺が断言する」
共に牛魔と戦った、そんな理由でグレンはイザクを信じているのだろうか。
恐らく違う・・・本当はイザクを心の底から信じてなどいない。
己が人間であると信じているからこそ、魔人はイザクを疑うことができなかった。
しかしそんなグレンにガンセキが問う。
「つまりイザクさんは、剣豪の一歩手前だということだな」
確かなことは解らないけど、剣技だけなら豪を名乗れるところまで到達しているのかも知れない。それでも壊れることを否定した彼は、色んな想いを捨てて戦場から逃げた。
質問に答えようとしないグレンに、ガンセキは容赦ない忠告をする。
「彼は味方だと俺も信じたいが、お前から聞いた話だと、道剣士は感情を操る技術を持っている」
グレンやガンセキ、ボルガたち分隊員に見せていたのは全て演技だった。このような可能性を否定してはいけない。
疑いたくない相手を疑うのは・・・辛いな。
それでも俺は赤の護衛として、ガンセキさんに返事をしないと駄目なんだ。
グレンはガンセキの瞳から目線を僅かに逸らしながら。
「イザクさんから情報を得ようとすれば、いつか俺自身に刃を向けられるかもしれない。それを覚悟しておけってことですか」
責任者は赤の護衛を見つめ。
「言うだけなら簡単だが、覚悟を実行するのは本当に難しい。それにな、疑うだけでは誰も本音を話してはくれないぞ。お前は魔獣具職人を信じたから、刻亀の情報を入手できたんだ」
魔獣具を使う者としての覚悟。
護衛としての覚悟。
罪人として生きる覚悟。
自分に何が足りないのか。何事にも中途半端なグレンに、覚悟を貫くことなどできるはずもない。
責任者は気持ちを切り替えると、三人を見渡して。
「俺も絶対とは言えないが・・・殺気について詳しそうな人物に心当たりがある」
その発言にアクアは疑いの眼差しを向け。
「道剣士の知り合いは一人もいない。さっきガンさん、自分でそう言ってたじゃないか」
ガンセキは暗い平原の一方を指差すと。
「お前たちもよく知っている人だ」
責任者の示す先にはレンガが存在していた。
誰のことを言っているのか解ったけど、信じられねえよ。
「魔物から逃げる自信はあるけど、戦力としては期待するな・・・この内容も嘘だったんすか」
それにとてもゼドさんが道剣士とは思えない。もし本当に演技だとすれば、俺は今以上の人間不信になりそうだ。
困惑しているグレンの心情を読み取ったのか、ガンセキは当時のゼドを想いだし。
「記憶では確かに剣の使い手だったが、戦っている姿をみたことが俺も殆どなくてな。そもそも彼の役目は剣とは無関係だったんだ」
ゼドは属性使いではないが、低位魔法を使うことができる。土の結界や領域はガンセキより遥かに高い熟練を具えていた。
「俺が知っている彼は魔王の領域で、特別な訓練を受けた偵察隊を指揮していた」
土の領域だけでは調べられない細かい地形や敵輸送経路の把握。
魔王軍の進行状況、魔族がいるかどうかの確認などなど。
そして何よりもゼドが重要とされたのは、感情を完全に隠し魔者に成りきることで、敵軍への潜入ができる点である。
「もしかしたら彼は道剣士なのかも知れない。しかし話しに聞く剣豪とは真逆だった印象だな。少なくとも狂戦士ではなかった」
それに剣を得物としている奴を剣士っていうんだ。少なくとも今のゼドさんは剣士じゃねえ。
「殺気との関係は解らんが、感情を操る技術は本物だ。彼の持つ知識を頼れば、なにかしらの有力な情報を得られるかも知れん」
なるほどな・・・俺は殺気を操るってのは道剣士特有の能力だと思っていたけど、影で働く連中もそれに似た技術を持っているんだな。
ここまでガンセキは確信を持って喋っていたが、現在のゼドを思い浮かべると。
「一応頼んではみるが、恐らくゼドさんには断られるな」
俺もそんな気がする。だけどゼドさんがもし道を歩く剣士だとすれば、感情を隠す能力はイザクさん以上ってことだ。
剣豪は欲望のままに強者を狙い、笑いながら友に刃を向ける狂戦士。
「ゼドさんは勇者を狙うどころか、協力していたんですよね。それならイザクさんよりは、信用できると考えても大丈夫ですか」
警戒するにこしたことはない。だけど共に旅をする相手まで疑うとなれば、支障をきたすかも知れねえ。
セレスは悩んでいるグレンに笑顔を向け。
「私は誰も疑いたくないから、イザクさんもゼドさんも信じるもん。グレンちゃんも素直になろうよ、本当は疑いたくなんてないんでしょ、そうしたほうが幸せなんだよ」
お前みたいに後先考えないで自信が持てるなら、俺だって相手を信じるさ。
失敗したくないから、痛い目に遭うのは嫌だから、俺は誰にでも疑いの眼差しを向けようとする。こんなやり方じゃあ、余計な敵を造るだけなんだ。
解っていても無理だと諦めちまっている。人間が怖いんだよ、そう簡単に信じられるか。
信じるために誰かを疑うことができたなら、それが理想なんだろうよ。
剣豪に関する今後の対策を、ガンセキがまとめる。
「四人で頼むと恐らく彼は心を閉ざす。ゼドさんと合流したら、俺から話をそれとなく振ってみる。イザクさんは俺よりも、グレンに任せたほうが良いか」
油玉の件で今後も世話になる予定だし、彼の話をこの場で持ちだしたのは俺だからな。
ガンセキの頼みを引き受けると、グレンはセレスに向けて口を開く。
「お前はイザクさんとの接触は控えた方がいい・・・万が一の可能性があるからよ」
本当はこんなこと言いたくないけど、道剣士は危険な存在として接した方が無難だからな。
しかしセレスは首を左右に振り。
「信じるっていったもん。グレンちゃんがお世話になる人に、私はちゃんと挨拶するよ」
お前がそれを望むなら、俺に止める権利はない。勝手にしやがれ。
俺たちには剣豪以外にも、正体の解らない能力を使う敵がいる。
セレスには悪いけど奴が敵である以上、いつかは戦かうことになるだろうから、ガンセキさんに聞いておきたい。
「直陣魔法には弱点とかあるんすかね」
何の証拠もないけど、俺はオルクが治安維持軍を壊滅させたと考えている。それに約束しちまったからよ、戦うときに備えて直陣魔法のことを知りたいんだ。
「すまんが詳しくは解らん。それでも俺が把握している範囲で弱点を挙げるとすれば」
敵の描いた魔法陣だとしても、条件が揃えば奪うことが可能。
「それを実行するには、まず始めに魔法陣の能力をこちらが把握する必要がある。陣が共進型の場合は、古代文字の知識がないと奪うのは難しいだろうな」
セレスの片手剣を奪って魔力を送れば、俺でも能力を発動できる。でもガンセキさんの杭は奪っても使いこなせないな。
古代文字ねえ・・・婆さんの家で見たことはあるけど、理解はできないな。
グレンの表情から察したのか、ガンセキも腕を組むと。
「俺も単語の一部しか読めん。まずは資料を入手しなくてはならんが、そう簡単に覚えられるものでもないだろうしな」
二人の会話を聞いていたアクアは何か閃いたのか。
「魔法陣の下から中岩を召喚すれば、描いてある陣ごと壊すことができるんじゃないかな」
よくよく考えてみたら、その手を使えば簡単だよな。
グレンは返事をせずに、ガンセキが答えるのを待つ。
「属性紋が陣に使われているのなら、俺の魔法でそれを侵すのは難しいな」
同属性だとしても、玉具を使わずに他者の魔法を操るのは不可能。
特に能力が発動している状態の魔法陣は、破壊するのがより困難になる。
だけどいい話を聞けた。一つ案を思い付いた。
「魔法陣の周りを大地の壁とかで囲むことができれば、敵は陣に乗ることができなくなりますよね」
陣を壊せなくても、相手が進入できなければ良いんだ。
しかしグレンが提案した案には問題があった。その点に気付いたガンセキが指摘する。
「お前の方法なら共進型は通用するだろう。だがな・・・能力にもよるが、放出型には通用しないかも知れんぞ」
放出型の魔法陣ってのは、離れた場所からでも能力を発動できるのか。
グレンは暫く考えるが、自分の頭ではここが限界だと諦めて。
「考えれば案はまだでると思うけど、今の知識でこのまま戦うのは危険だな。直陣魔法について調べるか、詳しい人に話を聞いたほうが良さそうっすね」
セレスの表情に視線を向けると、グレンの予想通り沈んでいた。
お前の人と戦いたくない気持ちは俺にも解った。だけど対策をなんも練らないのは自殺行為なんだよ。
認めてくれなくていい、納得しなくてもいい。これだけは俺たちの好きにやらせてくれ。
・・
・・
剣豪とオルクの次に話し合う内容は、アクアから提案された。
「犬魔と戦う前にもしたけどさ、今の四人を再確認したいな」
レンガ滞在中の修行でどれほどの成果があったのか。それと今後の修行内容を互いに確認する。
「とくにグレン君は宝玉具を手に入れて、戦いの幅が広がったと思うんだ。ボクはそういうのを知りたい」
アクアの提案を聞いたセレスは、外套に隠れているグレンの左腕に視線を向け。
「私は逆手重装が嫌い。だけどグレンちゃん・・・もし呪いが発症したなら、そのときは隠しちゃだめだよ」
グレンは肩の痛みをこらえながら、利き腕で逆手重装をつかみ。
「新たな呪いを確認したときは、隠さずにすべて明かす積りだ」
でもよ、それが呪いだって本人が気づかないことも多いらしい。俺が別人のように変化しちまっていたのなら、最初に気付くのは他人なんだ。
逆手重装についての話題がでたため、グレンの変化を皆で話し合う。
武具としての逆手重装は使えないが、土宝玉により防具として利用することはできる。
魔獣具により、単独でも人内魔法を戦闘に組み込めるようになった。
「でもそれは逆に危険なんだ。強力な武具を手にするってことは、その力への依存に繋がるからよ。魔獣具の能力に頼りすぎると、呪いが発症するかも知れねえ」
呪いを受け入れるのは大切だけど、上のような原因で発症した呪いだと、クロは俺に力を与えてくれないらしい。
「でも戦闘になれば俺は魔獣具の能力を必要とする。だからせめて魔力練りの修練だけは続けていく積りだ」
日々の修行で魔力練りの技術を向上させれば、いつか魔獣具に頼らなくても、実戦で人内魔法を使えるからな。
「だけど刻亀と戦うまでに赤鉄を完成させたいから、今はそっちの修行に重点をおく予定だ」
魔力の練りと纏いを同時に実現させた上で、左腕に並位中級以上の炎を灯す。
「これを実現させないと、武具としての逆手重装は成り立ちません」
修行の話しになった途端、ガンセキは目を輝かせ。
「そうだな・・・もし俺が順序を考えるなら」
・練りと纏いを同時に行い、最後に左腕へ炎を灯す。
・極化状態の左腕に炎を灯し、それから全身に魔力を纏う。
「魔力をまとった状態で魔法を使うだけなら俺にもできる。だから感覚としては、後者の方が楽な気がするが」
そこまで言い終えると、ガンセキはしばし考える姿勢をつくり。
「だが後者の順序だと、赤鉄を発動させるまで魔力纏いができない」
楽を取るのなら後者。安全を取るのなら前者。
赤鉄を発動させるには、意識を左腕に集中しないと駄目だから、どちらにせよ俺は無防備だ。とりあえず今は楽な順序で訓練していこうと思う。
「ここまでは時間が掛かっても習得可能なんすけど、問題は炎をある条件で左腕に灯す必要がある。おっちゃんが余計なことをしてくれたから、それを自分で導きださないといけません」
レンゲさんは責任者に相談すれば、なにかしらの答えがでると言っていた。
ガンセキは立ち上がるとグレンに近づき。
「悪いが逆手重装を観察してみたいのだが・・・頼めるか」
断る理由もないため、グレンは左腕を外套からだす。ガンセキは目前に現れた逆手重装を両手に持つと、無言で眺め始める。
アクアはそんな二人に呆れた表情を向け。
「まったくガンさんとグレン君は・・・ボクたちを置いて二人だけの世界に入っちゃうんだからさ」
セレスはアクアの発言に顔を青白く染めると。
「グレンちゃん最低。オババだけじゃなくて、ガンセキさんにまで手をだすなんて」
まじで止めてくれ、お前らはいったい俺をなんだと思っているんだ。
「俺は老婆にも男にも興味ねえ・・・これだけは本当だ」
グレンの必死な訴えに、アクアは勇者を護るように身構えると。
「この野獣は女にしか興味ないんだ、セレスちゃん気をつけて」
銀髪の乙女は両手を頬にあて。
「グレンちゃん、私に興味あるの? きゃ~ うれしはずかし~」
アクアさんよ、お前は最初からこれを狙っていたのか。
グレンは盛り上がる女共を無視し、ガンセキと二人きりの世界へ逃げる。
そんな三人の馬鹿なやり取りにガンセキは気付いていないのか、黙々と逆手重装の観察を続けていた。
茶化すのに飽きたのか、今はアクアもグレンの左腕を何気なく眺めている。
「やっぱ逆手重装ってさ、どう見ても赤鋼じゃないよ」
んなこと俺だって気付いてる。
「どうせ血の色みたいだって、また俺を馬鹿にするんだろ」
逆手重装のお陰で、俺は立派な極悪人だからな。
アクアはグレンの返事に何度もうなずくと。
「そうなんだよ。ボクは赤鋼よりも、血鋼のほうが似合っていると思うんだ」
逆手重装・血鋼
「そんな名前にしたら、今にも増して悪役になっちまうじゃねえか」
血鋼にするくらいなら、俺は尻鋼にする。
セレスはグレンの考えを読んだわけではなく。
「ふえ? ケツ? グレンちゃんの左手はお尻なの?」
グレンは諦めの溜息をつき、再び無視に入る。
数分後、ガンセキは逆手重装からそっと手を離し、元の位置に戻る。
「炎をある条件で左腕に灯す・・・何となく解ったが、やはりヒントの方がいいのか?」
あんたまで変人の真似をするのはやめてくれ。
もう疲れてしまったグレンは苦笑いを浮かべると。
「ガンセキさんに任せます。俺としては教えてもらった方が嬉しいんすけどね」
アクアはすかさずグレンを茶化す。
「甘やかしちゃ駄目だよ。そんなことしたらグレン君の為にならないじゃないか」
余計なことを言いやがって。だいたい条件が解らないままだと、刻亀討伐に間に合わないだろうが。
責任者は二人の意見を尊重して、一つの提案をだす。
「それではこうしよう。魔力練り・魔力纏い・炎魔法を同時に左腕へ宿せるようになったら、俺が条件をお前に教えてやる」
それまでは自分で考えろってことか。
グレンは不貞腐れながら。
「ヒントくださいよ、それがないなら俺は考えませんからね」
わがままなグレンをアクアが叱る。
「ガンさん任せにしちゃ駄目じゃないか。君自身のことなんだからさ、自分で考えるのが当然なんだよ」
お前は一々うるせえんだよ、本当は俺のことを馬鹿にしたいだけなんだろ。
だけどガンセキは優しいから、愚かなグレンにヒントを与えてくれた。
「逆手重装・・・この名前がすでに答えなんだ。お前は逆手を左腕と解釈しているのだろうが、本来の意味を考えて見ろ」
利き手の逆は左腕。
だから左腕だけ重装備って意味だと思っていたんだけど、それは間違いなのか。
本来の使われ方か・・・敵の攻撃を逆手に取るって感じかな。
逆手に取る炎。
炎を逆手に取る。
逆手に取った炎。
逆手
サカテ
さかて
グレンは思考の世界へと入ろうとしていた。話し合いの最中に旅立たれては困るため、ガンセキが止めに入る。
「逆手重装について考えるのは、明日からにして貰えると助かるのだが」
アクアが顔を赤くしているグレンを再び馬鹿にする。
「話し合いをしたいって提案したのは誰だったかな? 途中で抜けだしてどうするのさ」
悪かったな、これからは気をつけますよ。
グレンは考えるのを止め、不機嫌な口調で。
「もう俺については充分なんで、次はアクアさんとセレスの修行状況でも聞かせてください」
レンガでも軽く聞かせてもらったけど、もう少し知っておきたい。
セレスは天雷雲を展開させながらでも、剣で戦うことだけはできるようになった。でも低位魔法すら使えないってことは、やはり誰ががこいつを護る必要があるか。
アクアは手をかざさなくても氷の壁を召喚できるようになり、わずかだけど氷魔法発動までの時間が短くなっているらしい。
ガンセキさんを含めた三人で魔物となんどか戦ったことで、二人は簡単な連携をとれるようになった。
合体魔法の修行は魔力を混ぜるだけなら、このまま問題なく進めばあと数日で完成する。
グレンは二人の修行を見ているガンセキに質問する。
「それが終わったら、次はどんな修行をするんすか」
ガンセキは修行の話をできるのが嬉しいのか、満面の笑みをグレンに向けると。
「互いの魔力を混ぜることで、雷と水属性に特化した魔力にできる」
セレスは時の神。
アクアは天の神。
二人はそれぞれの神へ、己の魔力を送る訓練をする。
ガンセキの説明を受け、グレンはなんとなく合体魔法がどういったものかを理解した。
「もしそんなことが実現できたなら、アクアがセレスの雷を操れるってことか」
それだけじゃねえ、セレスが持つ魔力の質により、アクアの全魔法が強化されるかも知れない。
違うか・・・魔力の質は雷にしか適応されない。セレスの魔力が混ざっても水魔法はそのままだ。
やっぱ合体魔法でも、アクアの弱点を補うことは無理か。
ガンセキさんはアクアの万能さを長所としているが、裏を返せばそれは短所でもある。
青の護衛として、こいつは若すぎるんだ。
実戦経験が少なくても冷静を保てるから、今はなんとか万能型として通用しているが、こいつの魔法は全体の熟練が標準またはそれ以下なんだよ。
もちろん高位魔法の雨量なんて調節できないし、敵味方の判別だって上手いとはいえない。でも俺が剛炎を習得した年齢を考えれば、こいつの凄さがよく解る。
ガンセキさんですら、高位魔法を覚えるのに二十五年かかっている。前回旅立ったときは、高位中級までしか使えなかったらしい。
土使いは基本その場にある地面を使うから、魔法の扱いが難しく、実戦へ組み込むまでに時間がかかる。でも土属性は並位と高位が似ているため、一つでも大地魔法を覚えれば習得するだけなら苦労は少ないらしい。
だけどよ、水属性は違うんだ。
氷から雨へと位を上げるのに、速くても25年以上の時間を必要とする。
アクアは現在十五歳で俺たちの中では一番若い。にも拘らず、すでに高位上級魔法を習得している。
突然変異の所為で気づかない奴が多いけど、アクアは時の神に愛されて産まれてきた水使いだ。俺たちにはガンセキさんがいるから、こいつがその気になれば、二十歳を待たずに戦場の雨を会得できるかも知れねえ。
以上のことを踏まえ、俺は青の護衛に聞きたいことがある。
「アクアさんは今後どんな水使いになりたいと考えているんだ。雨魔法に重点をおくなら敵味方の判別だけでなく、雨量の調節もできるようになった方がいい」
魔族を相手にするのなら、魔力奪いの雨は最初のままだと効果は期待できない。連中の魔法は洒落にならないって聞いたことがあるからな。
「お前個人の戦闘力を向上させるなら、氷魔法を極める必要がある」
そうなると雨魔法の修行に時間を費やす余裕はなくなる。
ガンセキはグレンの問いに、自分の知識を加える。
「合体魔法により、お前はセレスの天雷雲を操れるようになる。敵と味方を判別する技術、これが向上すれば一度に始末できる数が多くなるな」
土使いは並位魔法を覚えたとき、防御型か攻撃型かを選ばなくてはならない。どちらも間違いではないからこそ、ガンセキさんも当時は悩んだのかな。
しかしアクアは悩むことなく自分の答えを三人に述べた。
「ボクはセレスちゃんのために戦うって決めたんだ」
氷魔法の熟練は標準でいい。
戦場の雨は熟練を上げる予定はなく、体力奪いに重点をおきたいとのこと。残りは全て、敵味方の判別をする訓練に費やすそうだ。
青の護衛が目指すのは、勇者と相性の良い水使い。
アクアの言葉に喜ぶと思っていたが、なぜかセレスは予想を外して笑っていない。
勇者は剣士としての誇りは学んでいなかったが、雷使いとして大切なことは師から教わっていた。
「もしアクアが私の雷を使うなら、知ってもらいたいことがあるの」
これは天としてではなく、罪と罰の力を使う者の定め。
「自然の雷が地面に落ちれば、そのまま周囲にも流れるのかも知れない。でも雷使いの魔法は、水の領域がなければ対象の足下で止まる。私たちの雷は罰そのものだから、それが関係のない人にできるだけ飛び散らないようになっているの」
セレスたち雷使いの魔法は罰その者であり、罪を求めて手の平より放たれる。
「でも神さまは、なにが罪かを絶対に決めてくれない。私たちは自らの意志で、それを判断しなくてはならない」
雷について語っているセレスはどこか神々しく、青年は眩しいから目蓋を閉ざしていた。
「相手へ罰を与える積もりで魔法を使えば、それは位に関係なく確実に命中する裁きの雷となる」
これは雷使いの常識なのか。
もし本当だとすれば魔法の雷は、防ぐ以外に手立てのない回避不能の攻撃ってことになる。
「でもね、私は罰として雷を使ったことなんて一度もない。先生もそんなことしないって信じてくれたから、私にこの考えを教えてくれたの」
もしかしたらこれはセレスの師匠が辿り付いた、一つの結論なんじゃねえのかな。
罰をただの力として全ての者に与えれば、その行為は冤罪となる。誰かに罰を与えるということは、己が罪人となる危険も伴う。
たとえ罪を犯した相手でも、心の底から罰を与えられる人間なんていてたまるか。
人が本気で誰かに罰を下すとき、そこには必ず悩みが生まれないと駄目なんだ。
笑いながら罰を与える者なんて、一人もいないと信じたい。
セレスは真直ぐにアクアを見つめ。
「アクアの気持ちは嬉しいよ。でも・・・これだけは忘れないで欲しい」
雷はただの魔法。絶対に罰として使ってはならない。
青の護衛は真剣な表情で。
「誰にも罰なんて与えたくないよ。ボクが魔物を殺すのは生きるためだ」
遊びで魔物を殺しても良いと俺は考えている。食べるために家畜を殺しても良いと俺は考えている。憎しみで魔族を殺しても良いと俺は考えている。
でもよ、人間が罰を与えられるのは人間だけだ。
他人からの罰だとしても、俺がそれを望んだなら喜んで受け入れる。
自分勝手な考えだと解っているんだ。でも己の罪は自分で決めたい、誰かの意志で判決を下されるのが嫌なんだ。
俺の背負う大罪だけは、誰にも任せたくない。
罪と罰。なんか少し・・・疲れちまった。
ガンセキはゼドとの会話を思いだし。
「三人の現状について一応の確認ができたところで、信念旗に奪われた一行の情報を整理してみよう」
アクアはグレンの左腕に注目すると。
「敵は赤の護衛を狙ったわけだしさ、一番情報が漏れたのはグレン君だよね」
そりゃあそうだけどよ、お前らも実行部隊と戦ったんだ。
「セレスは人間を相手に剣を向けれない。アクアさんは時計台に姿を見せなかったことから考えるに、戦いながら雨魔法は使えない。ガンセキさんの武具は能力が同時魔法補助」
あと一つ。
「敵さんは俺だけを狙う予定だったから、今回は準備しなかったのかも知れない。体力奪いは強力だからよ、次は雨魔法の対策に宝玉具を用意するかもな」
敵味方の判別が下手な高位水使いが雨魔法を使えるよう、味方に持たせることで体力の消耗を抑える玉具。本来はこういった使用目的だとしても、職人の意思を使い手が尊重するとは限らない。
ガンセキさんの杭には神言不要って能力が込められている。よくよく考えると製作者は、使われるかも解らないのに高位魔法専用の玉具を造ったということになるな。
話は反れたが、ざっと浮かんだだけでもこんだけあるんだ、探せばもっとでてくるはずだ。
次に信念旗が得た俺の情報か。
「正体不明の力は魔力纏いと何らかの関係がある。ここらへんは次に一戦交えるときには知られていると予想した方がいいっすね」
あと戦っている最中、敵から見れば俺は狂ってただろうから、魔獣具あたりも気付かれたと考えるべきか。
続いてアクアも思い付いたことを口にだす。
「グレン君が飛炎や炎放射を使えないってことも知られたと思うな。次に赤の護衛を信念旗が狙うときは、ロッドを得物にする炎使いを集めるんじゃないかい」
雷使いや攻撃型の土使いも用意されたら、俺は良い的になるな。
二段掌波も飛距離は短いし、油玉と火玉も飛び道具としてはあんま使えない。
レンゲさんの話しだと、俺は炎を飛ばせないんじゃなくて、飛ばす必要がないらしい。三人にも聞いてみたんだけど、残念ながら知らないらしい。
先入観ってのは新たな発見の邪魔になる。そうガンセキさんに教わったけど、これがなかなか捨てられないんだ。
炎使いは自分の腕からしか火を灯せない。足に火を纏うことができれば、炎走りっていう中距離魔法ができる。
もしかしたらよ、俺は手足から炎を造りだせる希少種なのかも知れないな。
両腕が近距離専用で、離れた敵には足からの炎走りで対応する。それができりゃ、たしかに炎を飛ばす必要はねえ。
グレンはアクアに目を向けると。
「暇をみて足から炎を灯す練習でもしてみる」
その言葉にセレスは首を傾け。
「足に火を灯すの? たしかグ~ちゃん、お仕事はじめる前に挑戦したことあったよね」
あの時はすぐに諦めちまったからな。まあ・・・たぶん無理だろうから、期待はできないけど。
夜が深まってきたから、今日の話し合いはそろそろ終了だな。
グレンは一つ忘れていることに気づき、責任者へ視線を移すと。
「ガンセキさんの現状をまだ確認してませんけど、それも話し合った方が良いんですかね」
二人の修行をずっと見てたわけだし、レンガでの日々で変ったことなんてないと思うけど。
それでも弱点を挙げるとすれば、全ての土使いに共通する点だけだよな。
防御型だから攻撃魔法が苦手。
地面がないと弱体化。
「よく臆病者だってガンセキさんは言いますけど、俺はそれに迷惑を受けた覚えはないですよ」
グレンの発言にアクアもうなずくと。
「ボクもそう思うな。一緒に戦っているときも平然としてたしさ、意外ともう克服できているんじゃないかな」
そのような二人の意見をガンセキは真顔で否定する。
「俺の臆病が害となるには、幾つか条件がある」
・長期戦。
・劣勢。
・準備不足のまま戦闘が始まる。
・精神が不安定な状態で戦闘が始まる。
「他にもあるがこんな所か。症状がでても今は戦闘不能とまではならんが、動きが鈍くなったり判断力が低下する。これまでの経験で誤魔化せてはいるが、刻亀討伐はほぼ一日だからな」
自分を偽ることなく、ガンセキは仲間たちに伝えた。
三人は口を挟むこともなく、黙って彼の話を聞いている。
「王都に到着するまでは、責任者が一行の中核となる。謙遜や冗談抜きで、俺には指揮者としての欠陥がある。今まで黙っていてすまなかった」
なるほど・・・こりゃ確かに弱点だ。
でも俺は今日まで共に過ごした、今のあんたしか知らないんだ。
「勇者の旅が終わるまで隠していてもらいますよ。臆病なガンセキさんなんて、見たくありません。だけど責任者としての使命が終わったら・・・俺は文句なんて言いませんから」
セレスは優しい笑みを向け。
「ガンセキさんは私のために戦ってくれている。絶対に途中で投げだしたりしないもん」
アクアもまた、力強い声でガンセキを激励した。
「ビビリだってボクは前から知ってたよ。でもガンさんが持つ責任者としての拘りが、臆病なんかに負けるはずがないよ」
勇者を死なせないためなら手段は選ばない。
白の責任者と交わした約束を果たせなかったガンセキは、その呪縛を背負いながら今も生きていた。
臆病者は同志と仲間の言葉に。
「そうだな・・・今度こそ約束を果たすんだ。俺たちは四人だけじゃない、きっと闇にも立ち向かえる」
震えるガンセキの手を握りしめた土使い。
勇者一行の絆が解けないよう、仲間たちに気を配った水使い。
常に怒っていた老け顔の雷使い。
恐ろしい現実から逃げ続けた土使い。
男くさい四人組だったが、魔獣を討伐するために何度も話し合いを繰り返した。
ガンセキは責任者が怖くて、参加することは一度もできなかった。
黄の勇者 カイン
青の護衛 サボ
黄の護衛 ガンセキ
白の責任者 パサド
青と白の鎧は鎖となって、未だ臆病者を縛りつけていた。
泣き虫な責任者の中にはまだ、唯一無二の剣は輝いている。
たとえ呪縛だとしても、三人がいるからガンセキは怯えない。
闇が迫ろうと、絶対に逃げださない。
夜がきても・・・怖くない。
7章:三話 おわり
動物を傷つけたら現実では捕まりますが、グレンは人間から別種の生物に罰を与えることはできないと考えているようです。
ゲイルとグレンは罪と罰についての考えが似ていますが、根本で違っていると作者は思っています。
それでは次回もよろしくです。