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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
7章 デマドへの道程
83/209

二話 夜がくる

暗くなりかけの空に月が薄っすらと浮かんでいた。


日間と夜間の境。


太陽と月は夫婦なのに、この僅かな時間しか顔を合わすことができない。



俺たちが野宿に選んだ場所は、当然だけど平原の中だから見通しが良い。それだけでなく、小さな森を遠目に確認していた。


「近くに森が見えるけど、ああいう場所には魔物がいると予想したほうが良いですよね」


魔物は俺と一緒で太陽が苦手だから、日陰を好むのが多い。夜行性が大半を占めているから、人間よりも夜眼がきく。


平原に日陰は少ないから、そこを独占できるということは、強力な群れが縄張りとしている可能性が高い。


グレンの発言にガンセキは振り返えると。


「俺もここで一夜を明かすのは嫌だが、もう直ぐ日が暮れる。場所を移す時間はないし、そもそも危険は承知の上だ」


野宿するのに一番安全なのは、人間が造りだした道の周辺だ。魔物は人間に遭遇すれば見境なく襲うが、人間を狙って行動してないのもいる。


奴らには奴らの生活があり、縄張りを守ったり、餌を確保することのほうが重要なんだ。


魔物としての本能が人間への憎しみだとしても、獣だった頃の本能は失っていない。千年以上の時が流れようと、奴らにとって何よりも重要なのは、自らの種を残すこと。


夜になり魔物の本能が脹れあがろうと、獣としての本能を優先させる魔物は、人が造りだした道や建物には近づかない。


以上の理由から人工の道はここより多少安全だが、そこで野宿すると他の旅人が共に一夜を明かしたいと頼ってくることがある。そのような事態を避けるため、魔物に襲われる危険が高くなるが、歩道から少し離れた場所で野宿をすることに一行は決めていた。



平原なんてどこ歩いても一緒だと思ってたんだけどよ、道から逸れると進むのが意外に難かしいんだ。レンガから離れて気付いたけど、所々になだらかな傾斜がある。


一行が野宿に選んだこの場所も緩やかな斜面であり、下方にグレンが警戒している小さな森が見えている。


野宿をするには確かに向いてないけど、俺たちは魔物よりも同じ人間である信念旗を危険視している。だからこんな場所で野宿すんだよな。


ガンセキとグレンの会話を聞いていたセレスは、悲しそうな表情で。


「人を護るために旅をしているのに、同じ人間が私たちを狙っている」


俺たち護衛も狙われるけどな、連中の本命はお前だよ。


元気のないセレスを見て、ガンセキは魔物の話をする。


「魔物にとって敵は人間だけじゃない。肉食の魔物は人間だけでなく、草食の魔物を食べるんだ」


草を食している魔物の内臓には、肉食の魔物にとって大切な栄養が含まれている。ただ単に生きるだけなら、人間を襲う必要なんてない。現に草食の魔物は人を殺しても、食べずに去っていくからな。


この世界では闇魔力により草食の魔物も力を得ている。牛魔なんかがそうだ。肉食が草食を狙うのは、獣だった頃よりも難しくなっているはずだ。


だから中には草食ではなく、人間の村を襲う肉食もいるんだろうな。


肉食の魔物に襲われた人間の死体は見るも無残だけど、草食の魔物に殺された人間はそこまで酷い状態になってない。


「生きるために魔物は魔物を襲う。信念旗も自分たちの考え方を貫くために、俺たち勇者一行を襲うんだ」


種を同じくする魔物の群れだって、縄張りを奪うために殺し合うことがある。同じ群れの仲間だとしても、ボスの座を狙い勝負を仕掛ける奴もいる。


「話し合いで解決できるならそれが一番だが、避けられない戦いだとしたら、俺たちは受けて立たなくてはならん」


信念旗が勇者に向ける憎しみは、数百年の間に積み重ねられたものだ。話し合いで片付けるには、少々時間が経ちすぎている。


セレスは俯きながらも、自分の意思をガンセキに伝える。


「それでも機会があるなら、私はちゃんと相手の言葉を聞きたい」


考えが甘いのかも知れないけど、これがセレスにとって、勇者としての拘りなんだろう。


責任者は勇者を確りと見詰め。


「信念旗が問答無用で一行を襲ってきたのなら、俺は人殺しになろうと戦う。お前は勇者として、自分の考えを信じればいい」


ガンセキさんは旅の責任者だ。王都に到着するまでは、勇者の命令だとしても止めさせることはできない。


うつむく勇者の傍らに青の護衛は立ち、黙ってセレスの手を握り締めた。


セレスは視線を動かすこともなく、アクアの小さな手を握り返す。


言葉をかけたわけでもない。だけどそれだけで、セレスにとって充分な支えになっていた。





拘りの形は一人ひとり違ってくる。俺は誰も否定したくないし・・・誰にも否定されたくない。


でも気に入らないと否定してしまう。否定されたら自分を守ろうとする。それで良いんだ、それが人間なんだ。


他人を否定できている内は、俺はまだ人間だよ。


誰の言葉にも耳を傾けず、誰の顔も気にしない。そんな化物には憧れるけどよ、化物に成っちまったら、もう人じゃない。


ガンセキさん・・・俺もあんたも鬼には成れない。


俺たちの言葉に耳を傾けてくれる時点で、ガンセキさんは立派な人間だよ。


そもそも鬼と伝えられているこの言葉は、何を意味しているのか。くわしいことは俺にもよく解らないんだ。


目的のためなら手段は選ばない人間を、ガンセキは鬼と呼んでいる。


だけどグレンの考える鬼はそれとは少し違っていた。


欲望


憎しみ、怨み。


優越感、劣等感、不満。


嫉妬、蔑み。


惨め、哀れみ。


俺たち魔人だけじゃない、全ての人間は心に闇を潜ませている。


それを隠せなくなったとき、それを隠さなくなったとき、心の鬼は奥底から外へと這いずる。





場の空気は沈んでいた。アクアはそれが嫌だったから、元気な声で明るく振舞う。


「ガンさんたちはいつまで話してるのかな。明かるいうちに野宿の準備に入ろうよ」


グレンはアクアの意見に賛同し、ガンセキとセレスも寝床の支度に移る。


夜の始まりは、誰だって気分が沈むんだ。


完全な闇に染まるよりも、中途半端なこの時間帯が、もっとも気持ち悪いことを俺は知っている。


絶望の中で生きるよりも、絶望に入る直前がなによりも怖いんだ。


・・

・・


アクアとセレスは排泄や着替えに使う簡単な布の仕切りを作ると、次は四人分の寝具一式を荷物から取りだす。


ガンセキは杭を地面に刺し、安全を確保する準備をしていた。


土の結界は自身の存在を周囲から隠す単体魔法である。地の祭壇をつかい魔力の質を上げたとしても、身を隠す能力が強まるだけで、効果範囲が広がることはない。


高位魔法である大地の結界は熟練により発見を困難にさせ、同時魔法を使い結界を重ねることで、より多くの味方を隠すことができる。


重ねなければ五名、二重の結界なら五十名、三重にすることが可能なら五百名。


ガンセキはこの現象を応用し、土の結界を限界まで自身に重ねていた。


かなり無理のある方法だが、地の祭壇を使用することで、効果範囲を広げることに成功している。


岩の腕は魔力を常に神へ捧げ、土使いが腕を操作する必要がある。それに対し岩の壁は、一度召喚すれば30秒ほどその状態を保つことができる。


どちらも魔力を捧げなければやがて土に帰るが、若干の違いがある。


宝玉具は魔力を纏わせるのが共進で、魔力を送るのが放出。


魔法陣は自身と陣に魔力を纏わせるのが共進、陣に魔力を送るのが放出。



白魔法の場合は魔力を造神へ送り続けるのを共進型、魔力を決められた量だけ送れば一定時間発動するのを放出型とする。


岩腕は共進型で、岩壁は放出型。


岩の壁を倒す場合は再び魔力を捧げ、その現象を神に発生させてもらう。



白魔法の全てを共進型や放出型に別けるのは難しいが、無理やり選別してみる。


大地の兵は少し複雑で、造りだすさいは放出型、軍団の維持と操作は共進型に近い。


天雷雲はどちらかと言えば放出型だが、完成させるまでに時間がかかり、天雷で攻撃するときは敵味方の判別をしなくてはならない。


雨魔法は共進型で、なおかつ敵味方の判別も必要となる。


炎魔法はどちらかと言えば放出型に近いが、物質を燃焼させることで魔力を捧げなくても炎を維持させることができる。


土の結界は放出型の魔法であり、30分から40分で効果が切れる。そのためガンセキは眠っていても、決められた時間で起きなくてはならない。


玉具を使うことで、他属性が土の結界をまとうことができる。その場合は5分から10分ごとに玉具へ魔力を送る必要がある。


土使いが玉具に結界を張り、それを他属性に渡す。渡された玉具には土の属性紋(神との繋がり)が使われている。


他属性は玉具を経由することで、自らの魔力を土の神へ送ることができる。



あと魔物は結界の内側が見えなくなるというが、これが通用するのは視力の低い魔物だけであり、完全に信用はしないほうが良い。


人間と同等の視力を持っている相手には、遠くからでも目視されてしまう。それに視力が悪いといっても、魔物には野生の勘があり、甘く見ていると痛い目をみるだろう。



三人が各々に作業をこなしているなか、グレンは野宿場の中心で草をむしっていた。


不器用な手つきでむしり終えると、裸になった地面に穴を掘り始める。


そこまで深くはないが、穴底を平らにすると、明かりを灯した小型のランプを入れる。


月明かりだけで朝を待つのは正直怖いから、周囲に光が漏れないよう、穴の中に入れてみたんだけど・・・はたして効果はあるのだろうか?


本当なら焚き火をしたいんだけど、平原でそんなことをする勇気が俺にはない。


グレンはその場から少し離れ、明かりの大きさを確かめてみる。



心配そうにランプの光を眺めているグレンに、ガンセキは軽く笑いながら。


「あまり離れるな、結界の外にでてるぞ」


グレンは苦笑いを浮かべながら元の位置に戻る。


ガンセキは祭壇を通常より広めに造っており、結界の範囲を目視できるようにしている。


同時魔法補助の能力に使用されている属性紋のサイズから、杭どうしの間隔をこれ以上広げると、祭壇が成立しなくなる。


祭壇の中核として使われている属性紋はハンマーに込められている。杭とハンマーに魔力を送ることで、同時魔法補助を発動し、杭だけに魔力を送ることで魔力の質を高めている。


地の祭壇は魔法陣を地面に描いた状態に似ており、魔力を送ることで一定時間だけ能力を杭の内側に発動させることができる。同時魔法と魔力の質、この2つを重ねて使うのは現状では不可能。



馬鹿な失敗をした自分が恥かしいのか、グレンは真っ赤な顔でガンセキに返事をする。


「穴とそこらじゅうに生えている野草のお陰で、ランプの光はたぶん漏れてませんね」


だがそんなグレンをアクアが見逃すはずもなく。


「明かりは隠せても、結界の外にでだら意味ないじゃないか。ボクなんとなく解ったよ、グレン君はお馬鹿さんなんだね」


ちくしょう、人の失敗をつつきやがって。お前がいつか失敗したら、そのときは俺が鼻で笑ってやるからな。


絶対に忘れない・・・この屈辱だけは、絶対に忘れないぞ。



グレンが怒りに震えていると、なぜかセレスが両腕を上げて喜びを表現する。


「わたしたちおそろいだよ~ グレンちゃんと一緒なら、世界中の皆からバカにされても恥しくないもん。にへへ~」


お前が恥しくなくても、俺は死ぬほど恥しい。


「安心しろセレス。俺の馬鹿はこの一時だけだが、お前の馬鹿は薬を飲まないと治らない」


セレスは馬鹿にされたのに、なぜか目を輝かせると。


「頭が良くなるお薬があるの? 飲んだらグレンちゃんよりお利口になれる?」


グレンは真剣な表情で何度もうなずき。


「俺なんかあっという間に通り越して、下手すりゃ世界一の秀才になれるはずだ」


いかがわしい内容を疑うことはいっさいせず、セレスは両頬に手を当て。


「うへ~ すご~い。ねえねえ、どうやったら手に入るの?」


薬の入手方法を聞かれた瞬間であった、グレンは悲しそうな口調で。


「残念だが俺には解らない。だけどダチに一人だけ詳しい奴がいるからよ、情報料を払えば教えてくれるはずだ」


そこまで言うと、グレンは満面の笑顔を造り。


「お前が金をだしてくれるなら、あとは俺が何とかしてやる。とりあえず5万で良い、俺に渡してくれ」


勇者は詐欺師の甘い罠にはまり、荷物から自分の金袋を取り出そうとする。


こんな見え透いた詐欺に引っ掛かるのは一人だけで、アクアがセレスを護るために口を開く。


「その友人はいったいどこの街にいるんだい。そもそも君さ・・・友だちいないじゃないか」


容赦なく酷いことをいうアクアに、グレンは泣きそうな顔で抵抗する


「悲しくなるから言うんじゃねえ。だいたいアクアさんは俺の本気を知らないんだ」


その気になれば、きっといつか友だち百人・・・できねえな。


同数の敵をつくる自信ならあるけど。


アクアはそんなグレンの心情を察したのか、哀れみの視線を向けて。


「友だちの作りかた、教えて上げようか?」


一人ぼっちのグレンはそんなアクアに苦笑いを返し。


「お人形さんなんて作れないぞ、そんな器用なことが俺にできると思ってるのか」


俺が裁縫すると数え切れないほど針で指を刺すから、完成した頃にはお友達が血塗れになっているだろう。


ふざけるグレンに対し、アクアは真面目な口調で。


「そういう意味じゃなくてさ。少なくても君よりは・・・友だちの作り方をボクは知ってるよ」


心を開ける相手が一人でもいれば、少しでも良い方向にグレンは変わるかも知れない。


そのようなアクアの真意に気づいたから、グレンはぎこちない笑顔で語りかける。


「男と女だと友人に求めるものが違うだろ。この話はもう止めにしよう、続けても昼と同じ返事しか俺はしないぞ」


友だちがいたとしても、俺はどこかで浮いちまう。結局、取り残された気がして疲れるんだよ。


普通に会話するくらいならできるし、最近は相手の目を見る素振りだって覚えた。仲良くなれば共に過ごした時間を楽しいと感じて、また一緒に遊びたいと望むはずだ。


その程度なら今の俺にも可能なんだ。だけど勘の鋭い奴には、俺が上辺だけの付き合いしかしないと見抜かれる。


相手に何とか合わそうとしても、その時点で少し違っているんだ。


もし俺に友がいたとしても、嫌われないための付き合い方しかできない。


孤独を紛らわしたいから誰かを求め、一人でいないために友を作る。


他者と深い関わりを持ちたいのなら、互いに顔を合わせた上で俺の深層に相手を誘う必要がある。それができなけりゃあ、本当の友達なんてたぶん一生無理だ。


本性を隠して人付き合いをしている奴なんて、他にも沢山いるはずだ。


ましてや親友なんて、この世に存在すんのかよ。



アクアは溜息をつくと、自身へ上辺だけの笑顔を向けてくるグレンに。


「解ったよ・・・ボクもこれ以上は踏み込まない」


グレンは小さく頭を下げ。


「気を使わせて悪いな」


小柄な女の子は首を振り。


「謝罪なんていらないよ。ボクはありがとうが欲い」


照れくさいからグレンは何も言わず、心の中で感謝を述べる。




グレンの頼みをアクアは受け入れてくれた。彼は決して認めないが、たったそれだけのことで、望まない変化が発生することもある。


捻くれ者を変化させるには、正面から突撃しても逆効果だとアクアはなんとなく理解した。


押して無理なら引いてみろ、引いても無駄なら回りこめ。


関わろうとするから意固地になるんだ。無視していれば、寂しくて動きだすかもしれない。


アクアは少し嬉しくなって、今後について考え始める。


グレンは気色悪そうな表情で、ニヤケているアクアを見詰めている。



そんな和やかな雰囲気を、セレスがぶち壊す。


「グレンちゃん・・・私ありがとうはいらないから、嘘ついたことを謝ってほしい」


セレスの言い分はもっともだが、グレンは見知らぬ顔で。


「わるかったな」


それは心のこもっていない謝罪であった。


だいたいよ、お前は騙されるにも程あるだろ。それが良いところでもあるんだろうけど、もう少し人を疑ったほうが良いような気がする。


誰かを疑うってことは、裏を返せば相手を知ろうとしている行為だ。もしかして変人が言いたかったのは、遠回しに他者と関われって意味だったのかもな。




それから少しの時間が流れ、周囲は完全な黒に染まっていた。


ランプでは闇の恐怖を紛らわすには役不足だけど、なぜが先の見えない平原を見ても、身体の震えはほとんどなかった。


仲間がいるからなんて気恥ずかしいことは言えないが、多少の安心感があるのは確かだ。


グレンたちは小さな明かりを囲い、黙々と夕食をとっていた。


セレスとアクアは日課のお祈りをして、本来なら明日を思いながら食べなくてはならないが、魔物が怖いからか会話は進んでいない。


食事の内容は昼とそこまで変らない。


三人が昼飯を食べている合間に、グレンは大豆を叩き乾燥させたものや、干し野菜を一度に煮ていた。


現在は冷めてしまっているが、これは中々美味い。


主食はおなじみの硬パンを水に浸し、無理やり軟らかくした物体を食べている。味はセレスが言うには美味いらしい。


平原での野宿中に調理をしてしまうと、匂いが辺りに広がってしまうため、今日からは夜明けと共に一日分の副食を作ることになている。


それともう一つ、ガンセキさんの希望で燻製肉というのが、今日の中心になっていた。


塩漬けした肉の塊を、一週間寝かせたあと流水で塩抜きする。その後水気を拭い、一日かけて脱水させる。


燻製器で一時間熱乾燥させたのち、樹脂の少ない木くずを入れ、煙でいぶす。


などなどして完成したのを、燻製肉と呼ぶらしい。


ガンセキさんは大切そうに荷物から燻製肉を取り出すと、ナイフで切って俺たちの皿に乗っけてくれる。


見た感じ水分は殆どなく、物凄く肉々しい見てくれだな。


近くに持ってくると、香りが強いため周囲に広まってないか心配になる。たぶん大丈夫だと思うけど。



グレンは肉から視線を逸らしアクアをみる。


俺の予想通り顔が引き攣っていた。どうも独特の匂いに困惑しているようだ。こいつは育ってきた環境のわりに、好き嫌いが多いんだ。姉に甘やかされたのだろうか。


次にセレスへと視線を動かす。既に食べはじめていた。


「うへへ~ おいし~よ~」


お前は魔物の肉でも食ってろ、たぶん同じことを言うだろうよ。


グレンは一通りの観察を終えると、意を決し燻製肉を皿から摘み、そのまま口に頬張った。


正直この臭いは苦手だ。というか焼くだけ煮るだけをずっと食べてたから、味の濃さはそこまで気にしないが、単純な味のほうが解りやすくて好きなんだ。


塩だけじゃないな、色んな調味料が使われている。ハーブなんかも入っているのかな。俺は黄金の舌を持っているわけじゃないから、言い当てるなんて芸当はできないけどよ。



「・・・滅茶苦茶だ。すげえうめぇ」



セレスは当然として、アクアも気に入ったようだ。


だけど一つだけ気になることがある。


「これ高いですよね。塩はともかく、胡椒ってそう簡単には」


ガンセキは頭をかきながら苦笑いを浮かべ。


「お前は時代を少し間違えているな。世界規模での輸入や輸出に関する大くの問題が、この千年で随分と改善されていることは知っているだろ」


胡椒が高価だったのは、魔族が現れる以前の話であり、現在は安値でもないが市民でも入手は可能な金額で出回っている。


理由を上げるとすれば、戦争の単純化と、宗教のほぼ完全な統一による影響が大きい。


旅商人がそれぞれに品物を売り歩いているため、勇者の村でも多少値は上がるが、オバハンの料理にも使われていた。


アクアはここぞとばかりに満面の笑みを造り。


「グレン君の世間知らずを久しぶりに見れて、ボクはとても嬉しいよ」


馬鹿にされたグレンは悔しそうに言い訳をする。


「俺は胡椒のことだけをいってんじゃねえ。ガンセキさんの話を聞いて、この燻製肉ってのは手間隙がかかっているからよ、他の保存食より高価なんじゃないかと思ったんだ」


本当は胡椒は一般市民には手が出せない代物だと勘違いしていた。思い返すと薄パン肉野菜包みにも使われていた気がする。


ガンセキはグレンの苦し紛れな言い分に突っ込みを入れることもなく。


「確かに安くはないが、俺の我侭で買ってしまった。安心しろ、半分は自分の金で支払っている」


そんなことだと思ったんだ。俺も一部負担しますっていいたいけど、情けない話で無一文なんだよな。


グレンはガンセキに頭を軽く下げると。


「ご馳走さまでした。こんな美味いもん始めて食べましたよ」


珍しく素直に感謝を述べられたガンセキは、嬉しそうな表情で。


「気にするな、俺が食べたかっただけだ。それにな・・・旅の想いでは辛いことだけじゃない、それを実現させたかったんだ」


彼は前回の旅でも食べたのだろうか。


ガンセキさんの責任者だった人は、使命に押し潰されて毎日のようにガンセキさんを怒鳴っていた。だけど全てに置いてそうだったわけじゃない。


共に過ごした時間の中で、ガンセキさんと笑いあった数少ない想いで。それが燻製肉なのかも知れない。


嫌な記憶だけを人は引きずる。いけ好かない相手でも、それなりの時間を共に過ごしていれば、一つくらい探せば良かったこともあるはずなんだ。


悪い言い方をすれば、その記憶が呪縛となって、今もガンセキさんを縛り付けている。



セレスは馬鹿面で美味いと連呼しながら燻製肉を食べ終えると、勢いよく皿をガンセキに突きだし。


「おかわり!」


大声だすなボケ、魔物がでたらお前が何とかしろよ。


ガンセキはセレスの皿から肉を護るように抱えると。


「駄目だ、これがいくらしたと思っている。最低でも五日はかけて食べきるんだ」


セレスは不満をもらすが、ガンセキは断固として譲らない。



まあ・・・こいつの気持ちは解らないでもない。マジで美味かったからな。


勇者の村では鳥やヤギが主だったけど、肉は二月に一回くらいの間隔で食べていた。セレスの誕生日とかに、おこぼれで貰ってたからな。この燻製肉は今までで一番の美味さだ、妖怪の手料理なんて足下にも及ばない。


オバハンの肉料理は比べる対象に入れては駄目だ、あれは素人には恐ろしい物体だからな。慣れない人間が食べると初老の女性が目の前に十人くらい現れる。


ちなみに俺は好き嫌いがない。と言いたいところだが、実は残さないだけで苦手なものはある。


ヤギ乳は飲めるけど、それを固めたのは正直あまり得意ではない。


もちろん嫌いでも絶対に残したりしない。


なぜなら全ての家畜は・・・彼の親だからだ。残したりしたら兄者に合わせる顔がない。


彼には何度も助けられた。俺が住んでいた家は一部が土壁だったんだけどよ、修復するときに土と兄者を混ぜるんだ。まあ村の土は単体でも乾燥すれば固まるんだけどな。本来なら枯れ草なんかを混ぜたほうが良い。


あと魚の餌に兄者を使ったことがある。


この世界に虫はいないが、微魔少物と呼ばれる魔虫の小さい奴は探せばそこらへんに腐るほどいる。


奴らは作物の害になるけど基本人間には無害なんだ。だが巣には近付かない方がいい、単独や群れの魔物より手に負えない場合もある。微ほどの魔力でも、集まれば山になるって感じだな。


人間は漁をするとき微魔少物を餌にすんのを嫌がる連中が多い。微量でも闇の魔力を宿しているからな。


もっとも自然界の魚はこいつらを食っているんだろうけど、そこらへんは考えないのが暗黙の了解だったりする。


まあ仕事として魚を捕るのなら、ほとんどは網を使うから餌は必要としないけど。



魔物と魔虫が区別される理由は二つ。


まず始めに姿形が全く違う。一言で表すと、魔虫ってすごく気持ち悪いんだ。


次にこれが最も大きな原因なんだけど、魔力についてだ。


魔力は心に宿る。魔物に心なんてないっていう人もいるけど、ほぼ間違いなく心はあるだろう。だけど魔虫にはそれがあるか解らない。


微魔少物は一説によると、単体ではなく巣そのものに意思があり、それが魔力の源ではないかと考えられている。


それともう一つ、魔獣具職人の言葉から推測した説がある。


魔物が死に心は消えようと、本能は誇りとした部位に残っている。


俺の心から光の魔力は発生し、俺の本能が闇の魔力を造りだす。



この近辺で魔虫が生息している場所は、大森林とその向こうに聳える山々。それとデマドからヒノキまでの一帯で確認されているらしい。


魔虫との戦いを清めの水なしで挑むと、かなり危険だってガンセキさんが言っていた。


もちろん毒を持ってないのもいるけど、厄介なのはそこなんだ。見分けるのが難しく、似たような魔虫でも毒の有無が別れていたりする。


俺がレンガでの滞在中に刻亀の情報を収集し、ガンセキさんは旅人や商人から魔虫の見分け方を仕入れていた。


清めの水はゼドさんに入手してもらったとガンセキさんが言っていたな。



などと考えごとをしている間に、食事はすでに終わっていた。


夜といっても月が薄く照らしてくれているため、ぼんやりと周囲のようすは窺える。


やっぱ暗い外側を眺めていると、怖くなってくる。


こんな時間帯に一人で森の中を動き回っていたなんて、当時は焦っていたから気づかなかったけど、俺ってどうしようもない馬鹿だな。


天才や英雄。セレスと共に旅立つと決めてから、この二つの言葉を考えることが多い。


自分なりに考えて、間違っててもいいから答えをだしたいんだ。



魔力纏いの新説、策士としての功績、護衛としての伝説。


これらを含めて彼を天才だと評価した人が沢山いたとする。でもよ、俺は最近思うんだ。


もしかしたら変人と協力して、魔力纏いについて調べていた人がいたかも知れない。


もしかしたら俺とガンセキさんみたいに、誰かと二人で策を練っていたのかも知れない。


もしかしたら知られてないだけで、一行の支えになって戦った責任者がいたかも知れない。


英雄は何かを成し遂げたからそう呼ばれるんだ。本物のオルクがいたからこそ、第二王子は今も英雄として語り継がれているんじゃないのか。




グレンは己の両手を見詰めていた。


一つの才能に対し、すべての人がそれを天才だと評価するとは限らない。


実際にやったことは大したことじゃなかったとしても、流れる時間の中で着色されて大事に変化していく。


セレスは才能を授かっただけで、まだ何も成し遂げていないんだ。だけど世界はまるで、古代種族が再びこの世に舞い戻ったような見方をしている。


おっちゃんだって偶然自分の策が連続で上手くいっただけなのに、たったそれだけの理由で周囲は変人を天才扱いしたんじゃねえのか。



誰にも真似できないことをした人が天才と呼ばれるけど、別の流れで天才が生まれることもあるんだ。


絶望の中で希望の光となってしまった人間もまた、周囲の期待で才能を上乗せされ、天才として称えられる。



このまま戦場へ行けば、たぶんセレスは後者になってしまう。


グレンは姿勢を正すと、三人の仲間に提案をする。


「寝るにはまだ少し時間があるから、今後について話し合いをしたいと思うんだけど良いですか」


まずは責任者に許可をもらう。


ガンセキはグレンの発言に頷くと。


「そうだな・・・速い内に確認しておきたいことも幾つかある」


アクアとセレスもグレンの提案に賛成する。



夜はまだ、始まったばかりだった。








読んで頂きありがとうございます。


本当は二話で話し合いまで終わらせる積りだったのですが、長くなったので、別けることにしました。次回は話し合いで一話を使う予定です。


天才については、ギゼルとセレスは後者として書いているのですが、杭の製作者は前者として書いているから自分には荷が重いですね。


家畜の糞を魚の餌にすると、病気の原因になるって聞いたことがあるけど、兄者だから大丈夫だったことにしておきます。


作者が確認しているこの作品の矛盾を纏めてみたんですが、何となく頭が少しだけ整理できた気がします。小さい矛盾を含めると、切がなくなってしまうので、大きいのだけを纏めてみました。


とりあえず一つずつ対処しておりますが、無理やりに成ってしまうこともあるかもしれません。


虫のいない自然が成り立つのか。少し無理だと感じ、微魔少物を付け足してみました。微魔少物が鳴かない理由を考える必要がありますね。


神話の続きは一応まとまりましたので、無理のないヶ所で組み込んでいきたいと思っています。


風により変化したあと、いつかは死ぬ生物が誕生するまでの話しなんですが、二通りの流れを考えてみました。古代種族が現れる以前の神話と、古代種族から人類の一部へ伝えられた神話みたいな感じで。


今月中には三話を投稿したいと考えています。


完璧には難しいですが、もう少し基礎を確りさせてからじゃないと、ボロボロと崩れて行きそうなので、せめて補強だけでもしておきたいです。上手くできるか解りませんが。


それでは次回もよろしくです。







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