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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
レンガ外伝
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醜い空

治安維持軍との戦闘を終え、オルクは石畳の道から外れ、暗闇に包まれた裏路地に入る。


彼が進む裏路地は日中でも人が通ることは少なく、照明玉具を設置できるほどの道幅もない。


足場も非常に悪く、油断すれば転倒するだろう。それに加え今は夜、彼の視界には闇だけが入ってくる。


そんな道を暫く進むと、オルクは素顔を隠していた布を取り、何気なく夜空を仰ぐ。


何か行動を起こすとき、何か行動を起こしたあと、彼には空を見上げる癖があった。



初老の男性は無言で空を見詰め続ける。


この世界に生きる人間は、魔物や魔者に殺されなければ、六十から七十の間が平均寿命である。


オルクの年齢は五十過ぎ、本来なら孫がいても変ではない。


彼の身長は高くもなければ低くもなく、体重も平均である。


どこにでも居る普通の男性。


ただ一つ違いがあるのなら・・・夜空を映す彼の瞳には、なにも映ってはいない。


感情はあるのだろう、間違いなく人間である。それでもこの無表情を見ると、本当にこの男が人間なのかと疑いたくなる。



裏路地から見える空は、両脇の建物が邪魔をしてとても狭く、夜空の僅かな光がオルクに届くことはない。


暗闇だけが一人の男を包み込む。


オルクは視線を空から正面へと移す。


目前に広がる視界は闇に覆われ、一寸先すら何も見えない。


気を抜けば呑み込まれそうな暗闇の中、それでも構わず荷物を背負い直すと、オルクは黙って歩き始めた。


彼の進む先には一点の光も無い。



転ぶと思えば転倒する、立てなくなればそこまでだ。


ここを奈落の底だと思い込めば、私が転落することはない。


耳を塞げば誰の声も聞こえない。


耳を傾ければ誰かの声が入ってくる。


目蓋を閉じれば何も見えない。


目蓋を開いた時、この目に映るのが暗黒ならば、私が存在するのは闇の中だ。


笑いたければ笑う。


泣きたければ泣く。


憎ければ殺そうとする。


邪魔なら避けて通れば良い。


追って来るなら逃げるだけだ。


恐ろしければ穴を掘って身を隠す。


助けて貰いたければ大声で泣き叫ぶ。


どれを選択し、何を選ぶか。


オルクはそんな当たり前のことすら解からなくなっていた。



笑い方を、泣き方を、殆どの感情を忘れてしまった。想い出したくないだけかも知れない。


怒り、憎しみ、悲しみだけは覚えている。


彼は本物の正義など本当は無いと知っている。


そんな物は無いからこそ、私は死ぬまで探し続けることができる。



私は生きていられるなら、それ以外に何も望まない。


しかし、生き方を忘れてしまった。


無理やり生きる意味を造ることで、彼はこの世界で生き続けることに成功した。


こんなオルクの生き方には・・・もう意味など無かった。




『救いの形は一つとは限らない。しかし、あの男には一つの救いしか残されてはいない』




オルクには救いの道がある。彼はその道を歩くことで救われる。


この男は先ほど人間を殺した。


それが罪だと世間は言うが、私は邪魔だから殺しただけだ。


治安維持軍も邪魔だから私を殺そうとした。そこに大きな違いはあるのか。


世界を味方に付けているから、治安維持軍は罪とはならない。


信念旗は世界を味方に付けていないから、犯罪組織として認識される。


今回攻撃を仕掛けたのは私たちだ。しかし治安維持軍から信念旗に攻撃を仕掛けることもある。


さらに言えば、勇者一行が信念旗を狙った過去もある。


魔獣討伐


聖域探索


重犯罪者


実績を得る為に、勇者一行はこの中からどれか一つを選ぶ。



世界にとって都合が良いからこそ、治安維持軍や勇者一行は正しいと決められた。


世界にとって都合が悪いからこそ、信念旗は邪魔者として扱われる。



全てを決めるのは、人間が造りだした法である。


これに背を向けろば悪となり、造られた正義の刃に斬り殺される。


造られた正義により平和を築き、その安定を維持させることだけを重要とする。



信念旗と治安維持軍について。


まず治安維持軍という組織は目的により、幾つかの部署に分けられる。


書類の管理や経理などを行い、主に机での仕事をこなす者。


都市内での軽犯罪を中心に担当する者。


国または世界中を逃走する重罪犯を追い、少人数で旅をする者。


犯罪組織を扱う部署もあり、レンガのような大都市を本拠とし、国中を動き回る者たち。


これらを統率し、国の上層部と強い関わりを持つ権力者。



犯罪者を捕らえる、または殺害するのが治安維持軍であり、治安を維持させることを目的としている。


雷は天と共に罪と罰を司る。


雷に仕える神官が、罪人を裁く役割を国から任される。


神の声を聞くことにより、罪人を裁くわけではない。この世界で神の御告げを受けたと発言すれば、神を侮辱したと罰せられるのが常である。


その使命を許された者達は、既に人類の前から消えている。



中年が所属しているのは、犯罪組織の中でも信念旗を専門にした部署である。勇者一行がレンガに滞在する時期に合わせ、その数ヶ月前にレンガへ召集されていた。


信念旗を専門とした部署は、こう呼ばれている。



旗折り



しかし国からの命令により、勇者一行と直接関わることは禁じられており、護衛などの行為は認められていない。旗折りに許されている仕事は、一行を狙い都市内に現れた信念旗の探索及び捕縛。場合によっては殺害も認められている。


旗折りが勇者一行との接触を許されるのは、一行が魔獣討伐・聖域探索を選ばなかった時だけである。


表立って勇者一行を張ることもできないため、身を隠している信念旗を捉える手段は殆どない。そのため信念旗が潜んでいるアジトを発見するのは難しい。


だが長年信念旗の天敵として存在していただけあり、敵に関する独自の情報網を持っている。信念旗を追い詰め、過去に手柄を上げたこともあった。


しかし忘れてはならない、信念旗の情報網はそれを遥かに凌駕している。


敵の居場所や次なる犯罪の目的を入手できたとしても、その情報は直ぐに流されるか、偽りの場合が多かった。


アジトへ踏み込んだ時には蛻けの殻だった。この程度で済めば良いほうで、それを逆手に取られ返り討ちに遭い、過去に大勢の仲間を失った経験もある。



信念旗は勇者の敵として知られているが、それだけの為に存在している組織ではない。


むしろ信念旗は勇者よりも、もう一つの目的である保護のために、多くの罪を犯していた。保護のためならば、時に街中でも行動を起こすことがある。



レンガに集められた旗折りの数は、全て合わせれば約50名。


その中から夜間は決められた人数が常に待機していることになっていた。信念旗はこれまで勇者に対し、街中での襲撃を決起したことはない。


中年は万が一にも襲撃があった時の備えとして、夜間待機する者たちの指揮を任されていた。


期間は2週間であり、実際にグレンが襲撃を受けたとき、既に半分が経過していた。



治安維持軍に存在する中年以外の裏切り者が、彼の上司とは限らない。


旗折りに所属する者たちの勤務日程や勤務時間、これらを決められる役職に付いている人物なのかも知れない。


信念旗の息が掛かった裏切り者は何名いるのか。



中年を夜間待機の勤務にした者。


中年自身。


馬を利用できなくした人物。



少なくとも三名の裏切り者が、恐らくこのレンガには存在しているのだろう。これら協力者の力により、信念旗という組織は今日まで残っている。


協力者は三大国の中枢にまで入り込んでいるため、鎧国もこの組織を危険視していた。


しかし近年、この信念旗を真に脅かす組織が生まれた。


創設者と呼ばれる数名により創られた組織だという噂があるが、詳しいことは何も解かっていない。その信念旗と良く似た構造の組織を、勇守会と呼ぶ。


勇守会の思想は信念旗と対するものであるが、その危険な構造からなる情報力を、国は信念旗と同じく警戒している。


だがこの二つの組織・・・そもそもの実体がない。上下関係に似たものはあるが、あくまでも同志として存在しているようだ。


勇守会が世に現れ始めたのは数年前からだが、これ程の組織をこのような期間で創り上げるのは不可能である。行動を起こしたのは近年だが、手回しはずっと以前から行われていたと予測する。


対して信念旗の起こりは隠蔽されているが記録は今も残っている。現在も活動を続けているのは隠想派の生き残りであり、表想派は数百年前に弾圧され残っていない。


立場を捨て、世界に新たな風を吹かそうとした者たちを表想派。


立場を捨てず、影から世界を少しずつ変化させようとした者たちを穏想派。



表想派は世界からどれほど傷付けられようと、決して武器を持たず、自らの思想だけを世間に唱え続けた。


最初は彼らの声に耳を傾けた者もいたが、やがて世界の力を恐れ、人々は誰もその叫びを聞かなくなった。



隠想派は次々と消えていく表想派の姿を、影からその眼に焼き付けるしかなかった。


地位の高い者は捕らえられ処刑される。


身分の低い者はその場で殺される。


どんなに必死に叫ぼうと、それでは誰も話を聞いてくれない。


一人が百人に叫んだ所で意味なんてない。


一人が一人


二人が一人


三人が一人


百人が一人に叫んでいかなければ、我らの声は届かない。


どれほど沢山の同志を集めようと、我らの思想を世界に叫んだ所で表想派の後を追うだけだ。


叫んでも無駄だというのなら、剣を持つしか方法はない。


この世界と戦おう。


世界の敵となり、我らの信念を貫こう。



私の知る限りでは、このようにして信念旗という組織は生まれた。


信念旗は理想のためなら法に背く、信念旗は目的の為なら人を殺す。


本来は法を変える為に造られた組織だが、どこで道を踏み外したのか、今は法を否定する組織となっている。


この組織に私は信用されていないが、理想のために今の位置を与えられている。


信念旗を私は利用しているが、信念旗も私を利用している。



これでも信念旗には感謝している、私一人では何もできないからな。


私には直陣魔法という力はあるが、それだけでは勇者を狙うことはできない。


長年魔法陣の研究を続けてきたが、私は他者の力を借りずに調べていた。


そのため未だ解明できていないことが多く、やはり個人で物事を進めるには限界がある。



魔法陣について。


直陣魔法に使用する魔法陣には、宝玉具と同じように幾つかの種類が存在している。



魔法陣に直接魔力を送り、能力を一定時間発動させる放出型。


魔法陣の上に乗り、属性使いが己と陣に魔力を纏わせる共進型。



この二種は基礎でもある宝玉線の形状が異なっており、知識が有る者なら一目で違いが解かるだろう。


放出型は離れた位置からでも使用できるが、共進型は魔法陣に乗っていなければ使用できない。


共進型の魔法陣は能力の切り替えが可能なため、放出型よりも使い勝手は良い。


能力の切り替えは、指先で古代文字を書くことにより魔法陣を操作して行う。共進型は魔力により陣と使い手が完全な一つとなっている。だからこそ魔法陣を操作することができる。



しかし宝玉具に複数の能力を持たせる・・・これを実現させるのは難しい。


1 一つの武具に対し、二つの宝玉を使用し、それぞれに別々の魔法陣を覚えさせる。

(逆手重装は火の純宝玉と土の宝石玉を使用している。土宝玉は放出型で、火宝玉は共進型)


2 一つの武具に対し、一つの宝玉を使用し、二つの魔法陣を覚えさせる。

(中年の肘当ては、雷の腕と一斉魔法補助の能力を有する。魔力を腕全体に纏わすことで雷腕を可能とし、魔力を肘当てに送ることで一斉魔法を補助している)


3 二つの武具に対し、二つの宝玉を使用し、幾つかの魔法陣を覚えさせる。

(長手袋と逆手重装は、合わさることで完全となる。水宝玉は共進型[魔力練り]で、火宝玉は共進型[魔力纏い])


どの技術も相応の経験を必要とするが、1が特に難しいと言われている。





4 一つの武具に対し、一つの魔法陣と宝玉だけを使用し、複数の能力を込める。





このような馬鹿げたことを可能とした職人が、過去に一人だけ存在する。


そしてこの技術と1・2・3を組み合わせ、今まででは信じられない程に、複数の能力を一つの武具へ宿すことに成功した。


魔法陣の研究者として幾つかの発見をこれまでにしてきたが、私ではとても敵いそうにない。


今回の戦いで使用した二つの魔法陣にも、オルクが過去に発見した独自の技術を使っている。



魔法陣で白魔法を強化させる方法は様々だが、大きく分ければ三通り。


魔力の質(共鳴率)を向上させ、全ての魔法を強化する。

(岩の頑強壁など)

陣がなくとも、熟練を上げることで可能。



魔法に能力を上乗せし、一部の魔法を強化する。

(炎一点放射)

陣がなければ不可能。


同時または一斉魔法の補助。

(雷撃両腕一斉発射・岩の三腕・岩の厚壁など)

熟練と直接の関係は無いが、訓練次第で陣がなくとも可能。



魔法陣に魔力の質を向上させる能力を宿すとき、オルクは属性紋を使っていない。


魔力の質、または共鳴率という考えを簡単に説明すると、各属性との相性である。


炎との相性が良ければ炎使いとなり、水との相性が良ければ水使いとなる。


共鳴率という説を信じるなら、神との繋がりは重要だ。しかし魔力の質という考え方を信じるのなら、属性紋との関係はなくなる。


自身の魔力を古代文字と火宝玉を使い細工するだけで、私は己の炎を強化することに成功している。そのとき使用した魔法陣に属性紋は使用しなかった。


共鳴率は神と人、互いに惹かれあう必要がある。対して人間から神へ捧げるだけでも成り立つのが、魔力の質という考え方だ。




旗折りとの戦いで使用した魔法陣について。


小魔法陣


・飛炎の高速化。


・炎放射を一点に集中させる。


・炎の一部自然化。


これら三つの能力を使い分け、オルクは旗折りの属性使いと戦っていた。



炎の一部自然化


白魔法の炎は他の属性と比べても異常な程に不自然であり、通常では絶対にあり得ない現象である。


煙も発生しなければ、自らの炎で火傷もしない。


炎使いは自らの手を燃焼させているわけでもないのに、その腕に炎を灯し続けることができる。にも拘らずその炎は物や他者を焼き、燃え広がらせ焦がすことを可能としていた。


都合の良い死んだ炎、このように表現すれば良いのだろうか。


私は過去に白魔法の炎と、自然に熾きる炎の違いを調べたことがある。



1 色


意外と知らない者が多いが、魔法炎と自然炎は色が異なっている。


魔法炎 赤一色


自然炎 赤だけでなく、黄色などの別色も含まれている。



2 物質を燃やす位置


魔法炎 近付けば熱を感じる。しかし目に見える赤い炎に触れない限り物は燃えないし、燃え移らない。


自然炎 近付けば熱を感じる。炎に触れなくとも、ある程度だが近づけると物は燃える。



他にもあるが、この二つが発見した中で最も大きな違いだ。


この世界に存在する生物は皆、酸素と呼ばれる空気中の気体を取り入れることで生きているらしい。


本来の炎も生物と同じように、酸素を必要とする現象なのではないだろうか。


酸素・・・白魔法の不自然な炎にこれを利用できれば、魔力とは関係なく、炎魔法を強化できるのではないか。


魔法炎は魔力の質と、どれだけ多くの魔力を造神に送ったかにより熱さが決まる。下級の炎でも燃え移れば大きくなるが、熱さに変化はない。剛炎ほどになれば、手に灯った時点で物凄い炎の大きさになる。


剛炎は物に燃え移りやすく、並位魔法に比べ燃え広がるのも速い。


通常は多くの魔力を送れば炎は熱くなり、送った魔力が少なければ炎の熱は低くなる。


しかし送れる魔力の量は個人により決められている。魔力の質や熟練。または道具を使用することによって、同量の魔力を神に送った場合でも、炎の熱さには個人差がでる。



私は白魔法の死んだ炎を一部自然化させることにより、魔法の炎を強化する・・・予定だった。


しかし不自然と自然を合わせたとき、予想外の事態が起きた。


魔力による不自然な炎と、本来そこにある筈の自然な炎。これら二つが合わさった瞬間だった、閃光と共に異常な力が発生し、全てを呑み込む炎球体が生まれた。


不自然な魔法の炎から自然な煙を発生させる能力では、このような現象は起こらなかった。


私は一つの実験をした。


魔力を利用せず手動で自然炎を熾し、それに魔法炎を合わせる。


しかし実験の結果、炎球体は確認できなかった。


詰まり・・・魔法陣の力を使用し、不自然な炎を一部自然化させた場合に限り、全てを呑み込む炎球体が発生する。


私はこの現象を炎球体と名付けたが、恥しい話これが火属性なのかすら解明できていない。


炎使いは自らの炎で火傷はしないが、炎の熱だけはそのまま直に感じる。


しかし炎球体を発生させたとき、私は一切の熱を感じなかった。


炎球体は熱を発生させることにより、物質を溶かし呑み込んでいるのかすら解からない。




魔法炎を一部自然化させた一瞬しか炎球体は発生せず、飛炎のように遠くへ放つことは不可能である。


共進型の魔法陣でなければ炎球体を発生させるのは難しく、そのため攻撃としての手段には利用できない。


(共進型は魔法陣から外にでれない)


放出型の魔法陣に一部自然化の能力を宿すことは可能だが、炎球体との相性が悪いのか失敗することが多い。


だからこそ、オルクは防御手段として炎球体を使っていた。発動時間は炎の壁と違い異常な程に短く、敵の攻撃が命中する瞬間に合わせて能力を発動させる必要がある。




中魔法陣


今回の戦闘に使用した中魔法陣には、煙毒鳥と呼ばれる魔物の灰が使われていた。


しかしオルクが使用した灰は魔物の素材ではないため、光を闇の魔力へと変化させる力はない。


オルクはどのようにして、煙毒鳥の煙毒を発生させたのか。


中魔法陣に彼が使用した技術は魔物具とは関係なく、意味乗せという技術を使っている。


意味乗せとは年老いた魔獣具職人が、過去に呪いを鎮めるために使用した技術である。


[古代文字の代わりに好物や塒の一部を魔法陣に乗せることで、魔獣の怒りや憎しみを鎮めるという意味を陣に持たせる]


魔法陣の上に物を置き、それにより意味を持たせる。その意味を宝玉の力で能力へと変化させる。



オルクは魔物の灰油をロープに染み込ませたことにより、煙毒という意味を魔法陣に乗せた。


本来は灰油を燃やそうと、分を待たずに相手を窒息させるような煙毒は発生しない。しかしオルクは煙毒鳥の死骸を己の白魔法で灰にしていた。


闇の存在である魔物の死骸を、白魔法の炎で燃やし灰とする。その灰と魔法陣の力を利用することで、煙毒鳥が使用する煙毒を白魔法として再現できる。



放出型の魔法陣は能力の切り替えが不可能である。しかしオルクは放出型から二つの能力を発生させていた。


一斉魔法補助と同時魔法補助、これらの能力は別々に扱う必要があり、能力の切り替えを必要とする。


飛炎高速化と一点炎放射も、上と同じように能力の切り替えを必要とする。


しかし一点炎放射という能力に、連射を可能とさせる能力を追加させる場合は、切り替えを行う必要はない。



中魔法陣は古代文字で大量の煙を発生させ、意味乗せを使うことで煙毒を惹き起こしている。これらは二つの能力だが、オルクは一つの現象として発生させている。


大量の煙に毒を含ませることで強化する、この場合も能力の切り替えを行う必要はない。


同じ属性の魔法でも、飛炎と炎放射は別の魔法として区別されている。




古代文字は描くだけで能力へと変える力を持っているが、確りと能力の仕組みを書いた方が真価を発揮する。


成功『魔法陣の内側から炎使いが火属性の魔法を唱えた場合に限り 並位魔法の魔力消費を抑える』


大成功『属性紋を利用し火神との強い繋がりを持たせることで 魔法陣の内側から炎使いが火属性の魔法を唱えた場合に限り 並位魔法の魔力消費を抑える』


ここで矛盾が発生する。魔法炎は送った魔力の量で火力が決まる。


魔法陣を使わずに、造神へ魔力を送ったとき、どうしても漏れがでてしまう。


10の魔力を送れば、造神に届くのは6。この場合は4の魔力が無駄となる。簡単な計算だが、魔力10の炎を手に灯す場合、炎使いは14の魔力を造神へ送る必要があるということだ。なお、これを修練で減らすのは困難だと思われる。


しかし属性紋の力(神との繋がり)を利用することで、漏れてしまう魔力を4から1に減らすことができる。だが忘れてはならない、高位下級魔法に必要とする魔力量は、並位とは桁が違うと考えた方が良い。


ちなみに魔力の質や熟練が高ければ、造神へ送られた6の魔力から、10と同等の火力を造りだせるということだ。



造神の力を使わずに火を造りだす場合、どのような原理で火が発生するのかを、可能な限り細かく書き示す必要がある。


以上のことから解かるが、宝玉具や魔法陣のみで属性を造りだすさい、属性紋は必要としない。


照明玉具などの我々が使用している生活玉具には、属性紋が使われていない。自然炎を造りだす技術は近年開発されたものだが、微量な電を発生させる技術だけは以前から聖域より発見されている。


国に雇われた職人たちが電を発生させる宝玉具を造りだす。その玉具は別の場所へと送られ、電を光へと変える装置に組み込まれる。


雇われたと言っても、職人は国に要求された数の玉具を製造しているだけであり、残った時間を宝玉武具に当てている。


生活玉具に組み込まれる玉具を造り、それを自らの生活費に当てている。あくまでも彼らの本業は宝玉武具職人であるため、己の技術をそう簡単に外には漏らさない。



魔法炎を一部自然化させることにより、炎球体という現象が起こる。魔法の雷を一部自然化させたとき、同じような現象は起こるのだろうか。


私は一人で研究を続けていたため、これを試したことがない。だが予想するに、恐らく同じ現象は起こらないだろう。


魔法の雷には物質を破壊したり、相手を痺れさせる力はある。しかし雷は炎ほど不自然となっていない。


火属性は本来あるべき姿を異常な程に留めておらず、もはや自然炎とは全くの別物だと考えた方が良いのかもしれない。


信念旗の力を頼れば、もっと深く調べられるのだが、今の私には昔ほど魔法陣や玉具に対する情熱は無い。


組織の力があれば、職人が己の玉具に魔法陣を覚えさせる手段すら知ることが可能かも知れん。


しかし私はできる限り、組織の知識には頼らないようにしている。無駄なことを頼めるほど、私は組織に信用されていないのでな。


・・

・・


オルクは何も見えない裏路地を抜け、そのまま武具屋に向けて歩き続ける。


今歩いている道は照明玉具に照らされており、地面も土だが綺麗に整備されていた。


この都市で過ごして四年。近い内に私はレンガをでる。


最初は嫌で溜まらなかった。ガランが無理を言うから仕方なく引き受けたが、そもそも客商売など私には向いていない。


経験は幼い頃に何度かあるが、何十年前のことかすら思いだせん。


しかも面倒な物まで奴に任された。私は子守など、二度と御免だったのだが。


隠れ蓑として私が営んでいた店は、昔から裏としてこの都市に存在していたが、最近になって勇守会に勘付かれてしまった。そのため武具屋は他者の手へと渡すことになっている。


私の武具屋は裏ではなくなり、どこにでもある只の武具屋となる。


もっとも幾つかの品は、既に一足速く都市の外へと送ってあるが。


裏武具屋の品は信念旗の所有物である。


しかし古代武具と古代玉具だけは、信念旗から私が買わせて頂いた。


剣豪の知り合いなど私にはいない。だが一人だけ心当たりがある。



いや違う。奴は・・・剣豪ではない。


誰からも必要とされず、ただ欲望に狂い、強者を求めた愚かな剣士。


私の記憶では、信念を捨てた狂戦士だった。


剣豪と狂戦士は別である。


だが剣豪ではなかろうと、狂戦士ならあの剣に相応しい。


奴のことは私も知っている。一部では有名な男だからな。


そして今の奴はこの都市で、信念旗である私を狙っている。


私に心残りがあるとすればただ一つ・・・夢の後だけは、造り手が望む者に渡したい。




武具屋や古代武具のことを考えていたオルクは、そんな自分に向けて薄い笑みを造り。


しかし、まさか私が武具屋を営むことになるとは。


過去の古傷を抉っただけだが・・・小僧と接触できただけでも、武具屋となった甲斐はあったか。


こればかりは偶然であり、私としても予想外の出来事である。


白銀の勇者


青の護衛


赤の護衛


今まで私が接触した勇者一行の中でも、あれは異質だ。


闇を隠しながら生きている人間など腐るほどいるが、あの小僧もまた、心に得体の知れない闇を抱えている。


信念旗にとって、奴のような護衛は危険だ。異質の護衛は本能で信念旗に恐怖を与える。


憎しみにより信念旗は勇者一行への恐怖を掻き消す。しかし実行部隊は小僧に恐怖するだろう。


今まで勇者一行に向けたことの無い感情を心に宿したとき、実行部隊は奴に必要以上の執着を示す。



情報収集のため、単独行動をしている赤の護衛を襲撃することは元より予定していた。


しかし武具屋でグレンと接触したことにより、オルクは赤の護衛が力を付ける前に討ち取る必要があると判断した。


だからこそ彼は、己が最も信頼する男を今回の作戦に加えていた。


貴様をここで失えば、恐らく勇者を討ち取るのは難しくなる。ガラン・・・何としてでも生き残れ。


オルクはたった一人の友を思いながら足を進める。


・・

・・


照明玉具が列を造り、道の両端を照らしていた。


静かなその道を、武具屋の主はゆっくりと歩く。


やがて旗折りの進路を塞いでいたオルクと同じように、今彼が歩いている道の中央に一人の男が立っていた。


服装から察するに、恐らく旅人だろう。


その者が一般人ではないことを私は知っている。


オルクは荷物をその場に置くと、男の目前まで足を進め、笑みを向けながら話しかける。


「やはり現れたか。噂には聞いていたが、随分と腑抜けたようだ」


勇守会・・・創設者の一人ではないかと予想されている。


旅人はオルクから目を逸らさずに、震えなく言葉を発する。


「今はゲイル殿と名乗っているんだすね」


オルクはゼドの口調に反応することもなく、淡々と会話を続ける。


「刃の折れた貴様に、私を殺す術など無いだろう? 用件を速く言え」


ゼドはその言葉に頷きを返し。


「自分は勇守会としてではなく、勇者の案内人としてゲイル殿にお願いがあるだす」


過去に剣士として生きた男は真剣な表情を造り、オルクへ己の心情を伝える。


「今回だけで良いだすから・・・セレス様一行を狙うのは止めて欲しいだす」


オルクは無言でゼドを見詰めていた。


言葉を返してくれないオルクに、ゼドは真剣な表情を崩し本音を語る。


「自分が関わっているから、巻き込まれるのは御免だす。殺し合いなら刻亀討伐が終わってからやって欲しいだすよ」


本心を全て伝えたゼドは、どうか頼むだすと言いながらオルクに頭を下げる。


オルクはそんなゼドを見下しながら、不機嫌な口調を造り返事をする。



「何時まで世捨て人の素振りをする積りだ」



ゼドは頭を上げることもなく、惚けた口調で返事をする。


「世を捨てたことなんて一度もないだすよ、自分は何時だって一生懸命生きているだす」


笑いながらゼドは話を続ける。


「汗水たらして働いて、お金を貰えて喜ぶだす。だからゲイル殿、お願いだす。失敗したらお金は貰えないから・・・お仕事の邪魔をしないで欲しいだす」


ゼドは懲りずにオルクへ願う。


そんなゼドにオルクは壊れた笑みを浮かべると、自分を偽り続ける男に言い放つ。


「あの女を殺せなかったことを、今になって誠に悔やむ。仲間と共にあのとき死んでいれば良かった者を」


笑っていたゼドは、オルクの言葉を聞くと黙り込む。


それでもゼドはオルクに頭を下げ続ける。オルクは構わず話を続ける。


「もう一度聞く・・・何時まで人間の素振りを続ける積りだ」


挑発だと己に言い聞かせ、ゼドは拳を握り締める。


女の話題をだした途端にこれである。


「この程度で動揺しているようでは、人の皮を被るのも辛いだろう? 化物は化物らしく、血塗れの剣を振り回していれば良いではないか?」


何も言い返さず、ゼドは黙ってオルクに頭を下げる。


「勇者という信念を得て、貴様は剣豪へと変化した」


剣を捨てた剣豪は、オルクの言葉に肩を震わせる。


怒りが内から湧き上がる、歯茎は軋み、唇が切れて赤くなる。


ゼドの口内に懐かしい味が広がっていく。


血は隠していた狂気を呼び覚まし、剣士は心を研ぎ始めた。



それでもオルクは不気味な笑みを浮かべながら、ゼドを挑発し続ける。


「信念を失った今、演じるのを止め・・・再び狂戦士に戻るのは何時だと聞いている」


ゼドは静かに頭を上げる。


そこに現れたのは、口元が赤く染まった化物の素顔であった。


殺気は研ぎ澄まされ、ゼドの眼より放たれる。


それは綺麗で純粋な化物の心。


ゼドは剣を持っていないのに、オルクは幻覚の刃に斬られる。


あまりにも美しい殺気により、オルクは地面へと音を立てて崩れ落ちる。


その殺気には怒りは無い、その殺気には憎しみも無い。


余計な感情を研ぎ捨てた殺気は、純粋な殺したい気持ちになる。


澄んだ殺気は相手に幻覚を見せ、剣で斬られたと錯覚させる。



化物は地面に横たわるオルクに向け、感情の篭らない視線を浴びせると。


「自分は狂ってないだすよ・・・少し頭が変になっているだけだす」


ゼドはオルクに笑顔を向けると。


「本当はゲイル殿、殺気の対処方法を知っているだすね。自分のことを試すのは止めて欲しいだす」


数年前まで剣豪として生きていた男は、オルクをその場に残して歩きだした。


オルクは笑いながら地面より上半身を起こす。



満面の笑みをゼドの背中に向けて語り掛ける。


「この情報を信じるか疑うかは自由だ、今から言う場所で貴様に渡したい物がある」


壊れた炎使いは去っていくゼドに向け、似合わない叫び声を送る。


「私は王都にいる。待っているぞ・・・狂戦士!!」


叫び終えると、オルクは心の底から楽しそうに笑い続ける。


ゼドは立ち止まり、そんなオルクに視線を向けることもなく。


「案内人の契約はヒノキまでだすから、自分は王都には行かないだす」


剣豪は最後に一言を残し、その場から消えた。


「自分より、ゲイル殿の方が狂っていると思うだすよ」


狂った男はゼドが去った後も、何が面白いのか大声で笑い転げる。


初老の男性が恥もなく道端で大笑いする姿は、涙がでそうなほどに醜かった。


世界に壊された男は狂いながら吐き笑い、やがて地面に背中を付けて倒れ込む。


夜空には、綺麗な星たちが凛々と輝いていた。


美しい星空は、今もここ一面に広がっている。


しかし星の小さな輝きなど、彼の眼にはもう届かない。



オルクの濁った眼差しに映るのは、暗闇に染まった醜い空。



星は月の力。


人の数だけ星は存在し、一人ひとりの命を守る小さな輝き。


笑い続けるオルクの瞳から、一滴の雫が流れて落ちる。


何も見えない空を見詰めながら、オルクは笑い狂う。


その乾いた笑い声は、虚しく周囲に響き渡る。

















偉大なる星が一つ流れ・・・そのまま消えた。


















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