六話 決戦に向けて
ガンセキとセレスの戦いが終わり、妖怪が偉そうに喋り始める。
「勝ち残った火と雷の決戦は、夜明け前に始める」
「なお、ワシも含めた誰一人として、立会いは禁ずる」
「勝敗は二人で決めよ・・・良いな」
俺とセレスは同時に頷く。
「勇者は、夜明けと共に現れる者とする」
解散後、早々にオババはその場を後にする。
祭壇の頂上には4人が残る。
「セレスちゃん、グレン君なんてボコボコだよ!!」
「アクアさんよ、なんて事を言いやがる」
「だって、グレン君が勇者なんて似合わないじゃないか」
そりゃ俺だって同感だが。
ガンセキは笑いながら。
「どっちが勇者でも、俺が全員護って見せるさ、だから安心しろ」
「はい、頼りにしてます・・・でもガンセキさんに何かあったら、俺達も全力で助けますから」
「ああ、その時は頼んだぞ」
ガンセキは少しの間を空けて。
「それよりグレン、これから家に戻るのか?」
「はい、ちょっと寝ます・・・魔力、もう殆ど空なんで」
「セレスは?」
「私は元気一杯だから、ご飯食べてお風呂に入りま~す、その後は秘密だよ~」
セレス・・・お前一人で湯を沸かせないだろ・・・水風呂に入るのか?
アクアが不満そうに。
「ガンさん、ボクには何で聞かないのさ、寂しいじゃないか」
「あ、すまんすまん・・・で、アクアは何かご予定は?」
「グレン君と遊ぼうと思っています!!」
おい、こらっ!!
「アクアさん・・・俺の言った事、聞いてたのかな?」
「大丈夫だよ、君の言ってた事は一言一句忘れてないよ」
「そうか・・・偉いな、それじゃあ俺が寝ると言ってた事、覚えてるよな?」
「だからグレン君を寝かさないようにしようと思って・・・」
どうやらアクアは悪意の塊だったようだ。
「いっその事、お前を深い眠りに導いてやるよ」
セレスが手を上げる。
「それじゃあ私も~ グレンちゃんと遊びた~い」
もう良い・・・好きにしてくれ。
「ガンさんも一緒に遊ぼうよ」
「すまんな、そうしたいのは山々なんだが少しグレンに用事があってな、1対1で話がしたいんだ」
「え~、ガンセキさんばっかりずるいですよ!!」
「グレン君は皆の物だよ!!」
こいつ等・・・。
「お前らウザイ、俺はガンセキさんと一緒に行くって、今さっき決めた」
セレスはどうか知らんが、アクアは俺を馬鹿にしているだけだ。
「はは、2人とも悪いな・・・それに少しグレンを休ませてやれ。今日の深夜には事が始まるんだからな」
「分かったよ、ガンさんがそう言うなら諦めるよ。それじゃグレン君またね」
「え~!! 私はグ~ちゃんと遊びたいよ~」
「セレスちゃん行こ、ボクと遊ぼうよ」
「良かったなセレス、アクアさんが遊んでくれるってよ」
「いいもん、アクアと遊ぶから!! グレンちゃんなんてガンセキさんと遊べば良いんだ!!」
セレスが俺に向かって舌を出す・・・セレス、お前の将来が俺は心配で堪らない。
2人に手を振り、別れを告げる。
改めてガンセキさんに、お礼を言う。
「ありがとうございました、マジで助かりました」
「気にするな、それにお前に話があるのは本当だからな」
「ん? なんすか話って?」
「いや、本当はセレスにも聞いて貰いたかったんだけどな、あの状況じゃ致し方ない」
「話ってなんすか?」
「此処じゃ何だから、飯でも食いながらにしよう」
「分かりました、それじゃあ行きましょう」
お金・・・大丈夫かな。
「安心しろ、飯くらい奢ってやるよ」
ガンセキさんに心を読まれた・・・。
暫く二人で歩き、飯食い所に向かう。
「ガンセキさん、足は大丈夫ですか?」
「問題ない痛みに慣れろば普通に歩ける」
「そうですか・・・しかし流石ですね、セレスをあそこまで追い込んだのは、婆さん以外だとガンセキさんが始めてですよ」
あの妖怪でも、セレスには勝てない。あんだけ元気だが150歳超えてるんだ、全盛期なら今のセレスより強いかもしれないけどな。
「まあ、確かに今のセレスなら何とか勝てるかも知れないが。だがな・・・お前はセレスの力があの程度だと思うか?」
「確かにセレスは凄いですけど・・・俺から言わせれば、ガンセキさんも充分に凄いっすよ」
「まあ、4人の中で一番長く生きてるからな。それなりの経験はしているさ」
「だがセレスの戦い方、それ自体の無駄は少ない・・・ただ考えが浅はかと言うか」
確かにセレスは剣技も一通りこなしてるし、意外と戦闘に隙は少なかったりする。
しかし心構え、と言うか・・・死ぬ事への恐怖、見たいなものが殆ど無いんだ。
あいつは今まで負けた事なんて一度もないし、この村周辺の魔物など恐れるに足らないだろう。
「それでも・・・彼女は才能だけで俺に勝った」
もちろんセレスが才能だけで今の強さを手に入れた訳じゃない、あいつだって努力はして来た。
だがガンセキさんとセレスでは・・・次元が違う。
俺だってガンセキさんと同じ事をして来た訳じゃないから、知ったような事は言えない。
だけどこの人が、何を見てきたか。想像くらい出来る。
俺は仕事でヘマをして、死ぬかと思った事は何度もある。
でも・・・この人は自身死にかけ、仲間の死を目の当たりにして来た。
ガンセキさんは標準の体格だ・・・だけど彼の全身に刻まれた傷あとが、それを語っている。
「恐らく本気になった彼女は、魔族ですら止められないだろう」
そんなことは分かっている。
この世界で神位魔法を使えるのは、恐らくセレスだけで、あいつに勝てる奴なんて、たぶん魔王だけだ。
俺自身セレスの神位魔法を直接みたことがないが、あいつはまだそれを完全に扱えない。
オババが使用を禁じている、何でも本人の身にも危険が及ぶらしい。
神位魔法を抜きにしても・・・あいつが突然変異な事実は変わらない。
「彼女に、死の恐怖を実感させる方法が一つだけ有る」
グレンは何も言わない。
「仲間の死を・・・その目に焼き付ける」
「仲間とかどうとかは関係なく、あんまいい気分はしませんね」
「そうだな、俺だってそんな積もりはない」
「セレスだけじゃない、アクアにも、それにお前にだってそんな想いさせないさ」
俺は何故かその時だけ、ガンセキさんの心の声が聞こえた。
《俺自身。もう、あんな想い・・・二度と御免だ》
ガンセキさん・・・それでも何で再び旅に出ようと思ったんだ?
何があんたを、そこまで縛り付けるんだ。
俺が考えても仕方ないことなのか。
二人は無言で歩く。
数分程で食事所に到着する。
オバハンにメニューを頼んで適当な席に座る。
グレンは気まずそうに。
「ガンセキさん・・・やっぱ金は自分で払いますよ」
「なんだ急に。飯くらいそんな高くもないだろ、気にするな」
「いや、俺は自分で生きられるように仕事してるんで、飯の為に仕事をしてたような者ですし」
「お前は昔からそうだったな。しかしグレン・・・たまには人に甘えろ」
「俺は今までの人生で、充分甘えてきました」
「良いから、今回は俺に持たせろ。年長者の建前ってものがあるんだ」
グレンは暫し沈黙。
「すみません・・・ありがとうございます」
ガンセキはグレンに諭すように語り掛ける。
「いいかグレン、人任せにするのと、人に頼る事は違うんだ。それくらい分かるだろ」
「・・・はい」
「これからは4人で旅をするんだ、お前は俺たちを頼りにする必要がある」
「お前は頼られても、頼ることをしない・・・頼らんと成り立たんぞ」
「分かってます、皆を頼りにします。そうしなきゃ、生き残れませんから」
「それじゃあ、この話は終わりだ」
「すんませんね、気を使わせちゃって」
「それがいけないんだ、少しくらい気を使わせろ」
二人は笑い合う。
「それより、何か用事が有るんですよね」
ガンセキは頷く。
「決戦の事で話がある」
「オババは何も言わなかったが、この事を言うのは俺の役目でな」
「何ですか、役目って?」
「勇者の儀式ってのは、勇者を選ぶ為の儀式だ」
グレンは頷く、それは誰だって知っている事だ。
「勇者の旅ってのは、勇者を育てる為の旅だ」
まあ、そう言う事に成るんだろうな。
グレンはガンセキに説明を受ける。
なんでも勇者の儀式、その責任者はオババで、旅の責任者はガンセキさんだったらしい。
「詰まりだ、俺は最初から勇者候補じゃないってことになるな」
勇者の資格が有るのは俺とアクアとセレス、その三人だけだったのか?
・・・ちょっと待てよ。
「もしですよ、ガンセキさんがセレスに勝ってたら、どうなってたんすか?」
「その時はお前が勇者だよ」
セレスが勝って良かった。
ガンセキは本題に入る。
「火対水と雷対土、この初戦は言わば神に勇者としての力を見せる為の戦いだ」
「決戦はその名の通り、決める戦い。勇者を決める戦いだ」
「方法はお前とセレスで決めるんだ、戦っても良い、話し合いでも良い・・・2人で決めるんだ」
「分かりました、その事をセレスに伝えとけば良いんすね」
「ああ、そう言う事だ」
「でも何でこんな面倒な方法取るんですか?」
普通に候補4人選んで、旅の責任者を含めた5人で旅に出たら良いのに。
「知らん・・・大昔からの慣わしだそうだ」
昔の人間が何考えているのか、俺には良く分からないな。
料理が運ばれて来た。
オバハンも今日が勇者の儀式だって知っている筈だが、勇者が決まるまでは決してその事には触れない。
「ほらよ、たんと食え!! あと金は置いて行きなよ、2人とも」
「おうよ、食った分だけな」
「そうかい、あたしゃ今日は機嫌が良いんだ、特別に安くしてやるからな」
「すまんなおばさん、奢る身としてはあり難い話だ」
オバハンが笑い飛ばす。
「なんだいガンセキ、気前が良いじゃないか。ろくに仕事もしないお前が、人様に飯を奢るなんて」
このオバハンは相変わらず容赦ないな。
ガンセキは苦笑い。
「修行ばかりしてないで働け!!」
笑いながら去っていく。
「久しぶりにオバハンに会ったけど、相変わらず凄い迫力っすね」
「あの人には・・・敵わない」
二人で脂っこい、大盛りの飯をたいらげて店を後にする。
「それじゃあ、ガンセキさん・・・また今度」
「ああ、次に会う時はお前が勇者かもな」
「はは、勘弁してください」
グレンは頭を下げる。
「ご馳走様でした」
片手を上げてガンセキは去っていく。
グレンは家に向かう。
その道中、声を掛けてきた人が居た。
「グレン君、こんにちは」
「あ、ども」
「あら、アクアは一緒じゃないの?」
「いえ、飯を食う前に別れましたよ」
「あらそう・・・しょうがない娘ね。お昼ごはん作って置くって言ったのに」
「セレスと遊んで居ると思いますよ」
「そうですか、セレス様と。なにか失礼なこと、してなきゃいいんだけど」
「大丈夫ですよ」
「それじゃあオババ様のお家に行ってみるわね」
「はい、それでは」
アクアのお姉さんと別れる。
数年前にこの村を襲った流行り病で、この2人の両親は亡くなっている。
実質的にアクアの育ての親は彼女である。
家族がいない、そんな奴もそれなりに居る・・・なんたって此処は勇者の村だからな。
オババは必ず候補を選ぶ時、子供が一人にならないようにする。
それでもセレスのように、一人になっちまう子供も居る。
だけどさ・・・この村は皆で支え合って、勇者を創り出すんだ。
この村の人たちが居なかったら、俺は生きて行けなかった。
俺はこの村が大好きだ。
六話 おわり