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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
6章 赤鋼
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二十七話 進む者 進めぬ者

目の前を兵士が歩き、ガンセキはその後を行く。


場所は南門軍所であり、その構造は北門に存在する軍所とそこまで変らない。


細長い廊下を歩きながら、ガンセキは太陽が照らす外を窓越しに見詰める。


そこには見慣れた風景が、この都市の日常が広がっていた。


心は穏やかであった。今から危険な平原を進むというのに、何故か素の状態で恐怖を感じていない自分がいた。


平原か・・・魔物さえいなければ、広大な大地を最大限に活かせるのだが。農業をする場合は戦える人材が多数必要となる。


ユカ平原に存在する村は田畑を魔物に荒らされるのを防ぐために、護衛ギルドを頼っているらしいからな。金も相応に用意しなくては駄目だな。


家畜も魔物からしてみれば、最高の獲物だろう。遊牧も不可能ではないが、危険は想像以上に大きくなる。


しかしその気になれば、農業に力を入れることも充分に可能なはずだ。この都市が徴兵制度を取り入れろばな。


だがレンガは完全に物造りの都市だ、農業に力を注げば、そちらが衰退してしまうかも知れん。


遠くで鉄を叩く音が聞こえる。騒音と感じる者もいるだろうが、慣れてくるとこの都市を活気付ける音色に聞こえてくる。


外からはレンガの音色が入ってくるが、軍所内は静けさに包まれて、兵士とガンセキの足音だけが周囲に響いていた。



暫くすると兵士は立ち止まり、ゆっくりと扉を開き、ガンセキに穏やかな口調で入るように促した。


ガンセキはその言葉に従い、軍所の一室に足を踏み入れる。


部屋の中には眼光の鋭い男が一人存在し、現れたガンセキに対して口を開く。


「酷いだす・・・自分は1時間前から待っていたんだすよ、ガンセキは2時間前から待ってないと駄目だす」


ゼドの言葉にガンセキは引き攣った笑みを浮かべながら。


「意味のない嘘をつくのは止めた方が良いですよ、いったい何がしたいんですか?」


ガンセキが軍所に入ったとき、兵士からゼドが数分前に到着していることを知らされていた。


ゼドは不貞腐れながら、まるで睨み付けたような眼差しで。


「別に意味なんかないだす・・・ガンセキに何となく嘘をつきたくなっただけだすよ」


顔と正反対の行動をするゼドに呆れた表情を向けると、ガンセキは溜息を一つ吐き。


「そうやって普段から嘘を付いていると、肝心の時に誰も信用しなくなりますよ」


ゼドは満面の笑顔を返しながら。


「大丈夫だす・・・自分は嘘をつかなくても、普段から誰にも信用されてないだすからね」


貴方はそれで良いのか?


ガンセキの表情から何を言いたいのか感じ取ったのか、ゼドはどうでも良さそうな口調で。


「明日のご飯が食べれたら、今日のご飯が食べれたら、自分はそれだけで満足なんだすよ。誰かに信頼されたら背中が重くなるだすから、ご飯を美味しく食べれなくなるだす。自分にも望みはあるだすから、その望みに忠実な生き方をしているだす」


居場所を造らないために、この人は旅を続けているのか・・・グレン以上の重傷だな。


あいつはどんなに拒絶しても、一度手に入れた絆を手放そうとはしないからな。


しかし今はこんな調子だが、ゼドさんは俺の依頼に応えてくれた。恐らく依頼が終わればどこかに消えるのだろうが、世捨て人を気取っているだけで、この人は何も変っていない。


ガンセキは目の前に座っている人物を見詰めながら。


いや違うな・・・彼は世捨て人を気取っているのではない、世捨て人を装っているだけなのかも知れん。


世界中を旅して回る。国境を越えるには、俺の記憶では何かしらの目的が必要だ。


別国に渡るには理由がなければ手形は発行されない、場合によっては金を要求されることもある。


あくまでも推測だが、この人には何かしらの目的があり、相応の後ろ盾を得た上で国々を移動している。


ゼドは無表情でガンセキを見詰めたまま、静かな口調で声を掛ける。


「いつまでそこに立っている積もりだすか? 速く座るだすよ、時間だってそんなにないんだすからね」


その言葉に頷きを返すと、ガンセキは荷物を床に置き、机を挿んでゼドの前に座る。


責任者は咳払いをすると、案内人であるゼドに語り掛ける。


「レンガからデマド村までは、最短で一週間もあれば到着できるのですが、安全を考えて少し遠回りでデマドを目指そうと思います」


野宿は可能な限り避け、ユカ平原に存在する旅人の宿を利用しながら移動しようと考えている。


ゼドは暫く黙ったまま話しを聞くと、草原全体の地図を机に広げ、旅人の宿が存在する位置に印を付けていく。


「ユカ平原を抜けるのに一週間、それから三日ほどでデマドに到着するだすね。自分は馬で走るだすから、たぶん一行がデマドに到着した数日後には合流できるだす」


平原での野宿をできる限り避けるために旅人の宿を利用するが、ユカ平原を抜けた後は三日間を野宿し、そのままデマドへ向かう積りだ。


ガンセキは自分の地図を取り出すと、ゼドの付けた印と見比べながら宿の位置を修正する。


旅人の宿には個人で経営している場所もあり、彼らは家畜などの理由で時期を見計らって平原内を移動している。時には魔物により旅人の宿が壊滅してしまうこともあるため、俺の持っていた地図では情報が古くなっていた。


地図の修正を終えると、ガンセキはゼドに質問する。


「ゼドさんはレンガに残り、幾つかするべき事が在るんですよね?」


ゼドさんの準備が終わり次第、俺たちと一緒に向かうでも本当は良かったのだが、彼はデマドから本陣までの道案内が依頼内容だからと言って拒んだ。


ガンセキの質問にゼドは頷くと。


「まあ、買っておきたい品があるだす。とりあえず、今お前に渡せるのは・・・」


そう言うとゼドは自分の荷物から水入れを数本取り出し、そっと机の上に置く。その水入れには、土と水の属性紋が描かれていた。


描かれている属性紋は一般的に知られているものだが、属性紋だけでは効果がないため、これはただの模様だろう。


「お前に頼まれていた品だす。結構良い値がするから、大切に使うだすよ」


ユカ平原や勇者の村周辺にはいないが、デマドやヒノキの周りには存在が確認されている。この品は毒を待つ魔物には必需品なんだ。


清めの水・・・世界各地に存在する湧き水の一種。全ての湧き水が清めの力を持っている訳ではなく、土の神と水の神の恩恵が宿っているものだけを清めの水と呼ぶらしい。


あくまでも仮説だが、大地に落ちた盾の力が水に溶け、清めの水となるそうだ。


傷を癒す力はないが、毒を鎮める力がある。


ガンセキはゼドに礼を言うと、机の上に置いてある清めの水を受け取る。


ゼドは礼なんて要らないと拒絶し、それよりも重要なことを伝える。


「清めの力が宿った湧き水の周辺に人の手を加えると、ただの湧き水になってしまうんだす。だから旅商人は護衛を引き連れ、命がけで清めの水を汲みに行っている。大切に使うんだすよ」


確かに清めの水は安くない。だが入手する為の苦労を考えろば、決して高い値段ではなかった。全ての毒に効く解毒薬が、この値段で手に入る・・・凄いことだと思う。


一般の村で清めの水を手に入れるのは難しいが、それなりの大きさを持つ街なら金さえあれば手に入れられる。それは幸せなことではないのか?


ゼドは清水の使用方法と効果をガンセキへ教える。


「清めの水は消毒には使えるだすが、飲んでも病には効かないだす。毒を持つ魔物と戦闘に入る前に、まずは半分を飲んだほうが良いだすね。その魔物に傷をつけられた場合は、できるだけ速く傷口に清水を直接かけるだすよ」


口から吸い込んだり皮膚に触れるだけで害を及ぼす毒は、予め清水を飲むだけで完全にではないが、症状を緩和してくれる。個人差はあるが、一時間前後で効果は切れる。


刺される、または噛まれることで起こる出血毒や神経毒の類は、清めの水を直接傷口にかけるだけで効果がでる。もし毒が目に入った場合は、一刻も速く洗い流した方が良いだろう。


即死級の猛毒も、予め飲むだけで死を免れることができ、流石は生を司る盾の力だと思う。だが忘れてはならない、毒の症状を弱めるだけで、強力な毒を無効にするほどの力は清めの水には無い。


この世界には傷を治癒する系統の魔法はなく、当然だが解毒の魔法も確認されていない。


その代りに用意されたのが・・・清めの水ではないかと考えている者が多い。


俺たち人類は魔力の変わりに金を払い、解毒の力を得ているということか。もし神が治癒の力も俺たちに与えてくれたなら、戦場で多くの人間が死なずに済むのだが、その力を司る神は既に失われている。


だがこの大地に生きる全ての生物には、自然治癒という力があり、そして何時かは死ぬ定めを背負っているんだ。


魔物も大昔はただの獣だった。この地上に生きる全ての生き物は本来、太陽と月の子供だったんだ。


人類の黄昏・・・この時代に何かが起き、多くの獣は太陽と月の子供ではなくなった。


この世界で光の魔力を持っているのは、過去には古代種族もいたが、今は人類だけとなっている。


人間は同じ神の子供である獣や家畜を生きるために食べる。


魔物を食べても問題はないと証明されているが、魔物は身体に闇を宿しているため、この世界に魔物を食べる文化はない。



受け取った清めの水を自分の荷物に詰め終えると、ガンセキは真剣な表情をゼドに向ける。


このような顔をガンセキがする時は、なんらかの頼みをゼドにすることが多い。


当然のようにゼドは、心の底から嫌そうな口調でガンセキに断りを入れる。


「そんな怖い目で自分を見ないでもらいたいだす。自分はただの案内人だすからね、無理のある要求は嫌がるだすよ」


どのように話を切り出せば良いか悩んでいたが、ここは直接交渉してみるか。


ガンセキはまず始めに、二日前の出来事をゼドに伝える。


「グレンが信念旗の襲撃を受けました」


責任者の述べた事実にゼドは驚きの表情を造り。


「ここ数日レンガの兵士が警備を強めているだすから、もしかしたらと思ってたんだすが。そうだとしても・・・信念旗にしてはらしくないだすね」


ゼドさんは信念旗が勇者一行の情報を集めていることを知っている。だが実行部隊が街中を戦場にするとは思っていなかった。


そしてグレンが襲われたのではないかと予想はしていたが、確信は持てていなかった。


ガンセキは何食わぬ顔でそう言ったゼドを確りと視界に写し。


彼の言葉は容易に信じないほうが良い・・・恐らく全て嘘だな。



俺が思うにゼドさんは、グレンが襲撃されたことを本当は知っていた。それだけじゃない、信念旗が街中で行動を起こすことを、この人は予想していた筈だ。


ガンセキは意を決し、ゼドに頼み事をする。


「連中はレンガを戦場にしたからには、恐らく手段を選ばないと考えています。俺たちが滞在している間、この都市に住む民の何名かと絆を持ちました。できろばゼドさんの仲間に、その者たちを護って頂けませんか?」


確証もないが、この人が勇守会の一員だと俺は思い込んでいる。ゼドさんと信念旗に直接の因縁があるかどうかは知らんが、彼が信念旗を狙う動機なら容易に想像できる。


ガンセキの頼みに表情を崩すこともなく、ゼドは淡々とした口調で返事をする。


「前にも言っただすが、自分はレンガという都市には初めて来たんだすよ。この数週間で知り合った相手は何人かいるだすが、仲間と呼べるほどに親しい関係は持ってないだす」


彼が頼みを断るとガンセキにも分かっていたからこそ、予め考えていた方法を実行する。


「もし俺の予想が外れているのなら、今の話は忘れてくれて構いません。ですがゼドさんに本当は仲間が存在しているのなら、今さっき言った内容を覚えていてくれたなら、俺たちとしては助かります」


返事はいらないとガンセキは言った。




ガンセキの策に乗り、ゼドは返事をすることもなく、一言も喋らずに目前の責任者を見詰めていた。


まるで外からの音が遮断されているかのように、静寂が軍所の一室を包み込む。


一対一・・・二人だけの空間が生まれていた。


無音が、感情すら込められていない無が、ガンセキの全身を摩る。


目が乾き次第に痛くなる。瞬きをしようにも、やり方を思い出せない。


その無表情に得たいの知れない鋭さを感じ、ガンセキは抑え切れないほどの恐怖を前にして、無意識に指先が震え始めた。


額には冷たい汗が流れ、それが目に入り染みる。


恐怖を薄めても次から次へと新たな暗闇が心に進入してくる。


指先の震えは徐々に広がり、呼吸の方法すら思いだせない。ゼドから殺気は放たれていない、それでも何かが自分の中に入ってくる。


ゼドは無我ではなく、ただ自分の感情を、自分の心を今この時だけ殺していた。彼が放つ無心の眼差しを、ガンセキが己の中で勝手に恐怖へと変貌させているだけであった。


相手から目を逸らそうにも、それをした瞬間に何か嫌なことが起こる。そんな事態がどうしてもガンセキの脳裏に過ぎってしまう。


次第にそれが恐怖なのかも理解できなくなり、意識が朦朧とし始める。


目は開いているはずなのに、焦点を合わせることすらできない。


このままでは・・・まずい。


ゼドが目蓋を閉ざした一瞬を狙い、ガンセキは咄嗟の判断により目前の男から視線を逸らし、両手で自分の額を叩く。首を左右に動かし頭を振るうことで気を紛らわせ、意識を取り戻すことに何とか成功した。


もし戦闘中にこのような状態に陥れば・・・考えただけで怖くて嫌になる。


まずはこの状況を何とかしなければ。このままだと頭が変になりそうだ。


喉の奥底からガンセキは渇いた声を絞りだす。


「グレンを襲った実行部隊について・・・一つ、疑問があります」


ガンセキはゼドに質問をすることで、己を襲った背筋の冷たさを誤魔化す。


大きく息を吸い込むと、まずは荒くなった呼吸を整える。


充分に酸素を取り入れると、ゼドに質問をする内容をガンセキは考えた。


数秒のときが流れ、ガンセキは質問を決めた。相手の目を見て話す勇気が持てず、視線を僅かに外しながら責任者はゼドに問う。


「敵が情報収集のためにグレンの武具が完成するのを待っていたのは理解できるのですが、もし完成する前に襲撃をしていたら、上手く行けば赤の護衛を殺せていたかも知れない」


逆手重装がなければ生き残れなかった、そう本人が言っていたからな。


ゼドはガンセキの疑問を聞くと、黙ったまま暫く考える姿勢を造る。既に先程までガンセキが感じていた恐怖は消えていた。


「お前は勘違いしているだすね、優秀な武具よりも使い慣れた武具の方が勝ることもあるんだすよ。自分からしてみればグレン殿は考えが浅はかだす。手に入れたばかりの宝玉武具をそのまま実戦に持ち込むなど、お前は自殺行為だと思わないだすか?」


ガンセキはゼドの声に安堵の息を吐くと、心を落ち着かせる。


なるほど、確かに言われてみればその通りだ。宝玉具は強力な物ほど扱いが難しくなるんだ。


例えば火の宝石玉を使用したロッドは共進型だが、武具に魔力を纏わせるだけでは能力を使うことはできない。


武具に魔力を纏わせた状態でロッドの先端に炎を灯し、その炎を放射させる。これを可能にするには個人差はあるが鍛錬が必要となる。


強化魔法補助の能力を持った武具は、あくまでも魔力纏いの補助をしているだけであり、宝玉具の使い手が持つ魔力纏いの技術が低ければその能力を活かせない。


だが一応、グレンはそこらへんも理解はしていただろう。


なぜ赤の護衛が手に入れたばかりの宝玉武具を実戦に取り入れたのか。その理由をガンセキはゼドに説明する。


「あいつは拳士ですからね、元々素手で戦っていました。グレン専用武具はそこらへんを考慮した上で開発されています」


今までの戦闘方法を崩さない為に造られた武具が逆手重装だ。火玉の命中は下がったが、それ以外は今まで通りとは言えないが、問題なく戦えたとグレンが言っていた。


ガンセキの話を聞いたゼドは、グレンの武具がどのような形状なのかを理解し、納得した表情を浮かべながら。


「多分だすが、グレン殿は宝玉武具を防具として実戦に使っていたんだす。もしその武具を玉具として使っていたら、結果は違っていたかも知れないだすよ」


強力な宝玉具はそう簡単に使いこなせない。逆手重装を攻撃として利用することがグレンにはまだ不可能であった


だがもしグレンが逆手重装を未熟だとしても、攻撃として使えていたのなら実戦では逆に危険だった。


防御形態の赤鋼は、土の宝石玉に魔力を送るだけで簡単に金属の強度を上げられる。


しかし赤鉄は高難度の技術を必要としており、それを実戦に取り入れることはできなかった。だからこそグレンは生き残れたんだ。そして・・・黒手が加わったことにより、グレンの生存確率は格段に増した。


信念旗にとって魔獣具の存在は予想外であり、それを知るすべが連中にはなかった。俺たちが犬魔と戦ったことだけならモクザイの村人は知っているが、ボスが魔獣であった事実は俺とグレン、そしてレンゲさんしか知り得ない情報であったからな。


魔犬は魔獣の一歩手前、討伐ギルドにも依頼はされていなかったんだ。


「連中の予想を遥かに上回るほどに、グレンの武具が強力であったということですね」


ゼドは静かに頷くと、ガンセキに返事をする。


「その武具について自分は詳しく知らないだすが、グレン殿との相性が良かったみたいだすね」


正確には魔獣具としての逆手重装と、人内魔法そのものが強力だった。得体の知れない恐怖ほど嫌な感覚はない。先程この人に味合わされて、今なら信念旗の気持ちが良く分かる。


ゼドは無意識にガンセキを睨みつけながら質問をする。


「彼と戦った連中には逃げられたんだすよね?」


ガンセキは頷くと、簡単に一昨日の説明をする。


「信念旗は始めグレンを狙い、その増援に向かっていた俺達とも交戦しています。敵の一人は討ち取ることができましたが、残りは未だ逃走中です」


ゼドは暫く腕を組み考える姿勢を取ると、ガンセキに幾つか注意点を述べる。


「一度逃走に入られたら、もう捕まえるのは不可能だすから、お前達の情報を敵は多く握ったことになるだすね。特にグレン殿は気を付けた方が良い、信念旗が最も多くの情報を得たのは彼だすから」


ガンセキは真剣な眼差しでゼドの言葉を聞く。


「お前が責任者としてするべきことは・・・敵が入手したであろう情報を予測し、それをどう逆手に取れるかを仲間と共に考えるだす。もしお前が信念旗であり、勇者一行を狙う立場にいたら、どのような策を講じるだすか?」


今回の戦いで敵に奪われた一行の情報を整理し、その上で俺が信念旗であったらどのように動くのかを考える。


これを今後四人で話し合った方が良いな。


ゼドは息を一つ吐き、ガンセキに問う。


「お前は責任者として、今後どのように三人と接するだすか?」


責任者とは弱みを見せない。


責任者はそう簡単に決断を曲げない。


責任者は勇者を護るためなら手段を選ばない。


責任者は責任を一身に背負う者。


これが俺の信じてきた責任者という存在だ。しかし俺の目は尊敬で濁っていた。


俺は元々自分に自信を持てない性分だ。正確には・・・俺が自分で尊敬という言葉を濁らせていた。この方が正しいか。


彼を完璧な責任者だと思い込んでいたが、今さっきそれが間違いであったと気付かせて貰った。


ガンセキは恥を承知で、今までの考えを変えようと思っていた。


俺の中で勝手に彼を完璧な責任者として祭り上げていた、彼の真似をすれば間違いないと信じ切っていたんだ。


この人が言う事に従えば問題ない、この人と同じように生きれば必ず上手くいく。どうもこのような考え方が性根に突き刺さっている見たいでな、無理かも知れないが変えて行った方が良さそうだ。



ガンセキは自分を睨み付ける男を確りと見詰め返し、今の自分が考える責任者像を語る。


「今後仲間に隠し事をしない。だが仲間と勇者を護る為なら、俺は手段を選ばない積りです。話し合いはできる限り四人で行いますが、判断または決断をするのは俺の役目です」


視線をゼドから逸らし、ガンセキは己の汗に塗れた(てのひら)に意識を向け。


「本当は過去の俺をあいつらに教えたくありません。だけど臆病な自分を克服できない以上、三人に俺という人間の弱さを知って貰う必要がある」


そうしなければ支えることも支えられることも不可能だというのなら、俺は手段を選ばない。


ガンセキはゼドに・・・魔王の領域を共に戦い抜いた仲間に、そして互いに望まないまま生き残った友に、己の意志を向ける。


「責任者としての考え方は今後また変化して行くかも知れません。ですが失敗により生じた責任は、責任者としてここに存在する俺が背負う」


全ての責任を背負い、俺とカインを生かしてくれた彼の生き様。


それを忘れるなど・・・俺にはできない。


自分の考える責任者としての自分を、ガンセキは偽ることなく打ち明けた。


しかしゼドはガンセキの言葉に納得はしなかった。


「己の本質を認めた上でお前はそれを受け入れた。だがな・・・己を認めた上で、それを拒絶するのも一つの答えだす」


本当はガンセキという人間は、臆病な自分を既に克服している、またはやがて克服できるのかも知れない。


だが彼は臆病者である自分を捨てたくないから、自分は臆病者だと心の底から思い込んでいる。


失敗を忘れない。ガンセキにとって忘れてはならない自分こそが、嘗ての仲間に迷惑を掛け続けた、臆病な自分なのだろうか。


眼光から放たれるそれは威圧とは何かが違う、人を殺しかねない程の濁った感情を言葉に乗せて、ゼドはガンセキに見えない剣先を向ける。


「臆病な自分を受け入れてしまえば、その点に置いてお前は進めなくなる。責任者として仲間を護るために手段は選ばないのなら、そのような甘い考えは捨てるべきではないのだすか?」


ゼドの言葉にガンセキは目蓋を閉ざし、歯を食い縛りながら力一杯に両手を握り絞め。


全身を恐怖に震わせながらも、腹の底から一言をゼドへ。


「俺は臆病だから、臆病な自分を捨てる勇気がありません」


濁った殺気は依然ガンセキに向けられたまま、それでも声を震わせながら、残りの想いをゼドに伝える。


「だから俺は臆病な責任者として、今の仲間と共に・・・一歩でも、少しでも前に進みます」


全てを言い切ると同時にガンセキは恐怖から開放された、荒い息を吐きながら目蓋を開き、なんとかゼドを肉眼に映す。






小さかった






先程まで恐怖を向けていた対象とは思えないほどに、目前の男は小さく肩を丸めていた。


ゼドは弱々しい声で、ガンセキに言葉を送る。


「臆病な責任者が正しいかどうかなんて、自分には解からないだす。お前がそう在りたいのなら、信じて進むしかないだすよ」


疲れた表情のまま、ゼドは椅子から立ち上がると、自分の荷物を持って扉へと向かう。


ガンセキは急いで立ち上がり、去ろうとするゼドへ視線を向ける。


背中を丸めたままゼドは扉を開き、一言だけを残して逃げだした。


「お前はこの数年で少しかも知れないだすが、とても強くなっただすね」


扉は閉まり、責任者が一人そこに佇む。


ガンセキには聞こえていた、扉が閉まる時にゼドが発した、何気ない小さな独り言を。


自分にはもう・・・何も見えない。


俺には彼がまるで、本当に世を捨てた人間のように見えた。



ゼドにとってガンセキは己が失った居場所の一部であった。恐らくガンセキの依頼でなければ、ゼドは迷うことなく勇者一行の案内人を断っていただろう。


果たしてゼドの望みとは何なのか。


それは信念旗を潰すことなのか。


それともこの世界で・・・ただ、生き続けることなのか。



ガンセキはそこに立ち尽くしたまま、時間は刻々と過ぎていった。











6章:二十七話 おわり

投稿遅くなりました、そしてレンガ編終わらなくてごめんなさい。


後は四人を合流させるだけなので、たぶん大丈夫だと思います。登場人物が暴走しなければ大丈夫です。


それでは失礼します。

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