二十六話 俺は此処にいる
暖かな風がガンセキの頬をさする。
一年間をこの都市で過ごしたから、流石に暖かい風にも慣れている。大通りも普通に歩くことはできるが、性根は臆病のままだから、相変らず慣れることはない。
だからガンセキは大通りから少し外れた道を歩く、人がまったく居ないわけではないが、やはり少ないほうが良い。
それでもこのレンガという都市をガンセキは好きだった、もし可能ならここで生きていきたいと望むほどに。
居場所や帰る場所はどこに在るかではなく、誰がそこに居るかが大切だと、今更だがここ数年で知ることができた。
当然だが勇者の村は俺にとって故郷であり、大切な場所でもある。だけどあの人がここに居るから、この都市が俺にとって帰る場所で・・・居場所だ。
もし全てが終わったら、俺は故郷に向かいカインや嘗ての仲間にそれを報告したい。まだ三人に生かしてくれたことを感謝してないんだ、確りと礼を言ってからレンガに戻りたい。
そうすれば呪縛の過去を想い出に変えられる。前回の旅を呪縛としている内は、俺はカインや二人と本当の意味で向き合うことができそうにない。
俺には過去の呪縛を振り切ることはできない・・・だから少し考え方を変えるんだ。
どんなに辛い過去だとしても、それを呪縛としてではなく、辛い想い出として背負って行きたい。
呪縛の過去に縛られながら今を生きるんじゃない、過去の想い出に縛られながら、俺はレンゲさんと共に生きたい。
だから俺は呪縛を想い出に変えるために、千年戦争を終わらせる。一行を誰一人死なせずに、勇者を魔王へと導き・・・そして勝利をこの手に。
甘い考えだということは承知している。それでもできると信じなければ、理想を叶えられない。
ガンセキはレンガの道を進み続けた。
その姿は頼りなく、仲間たちが傍にいる時とはまるで別人であった。
責任者としての使命は重く、本来は俺のような性根の人間に勤まる立場ではないだろう。
それでも村の皆は立派な土使いに成ったと俺に言ってくれた。確かに前回旅立った時に比べろば、この五年間で戦う技術は向上している。その点だけは自分でも理解はしている。
だが一人の男として、人間として成長しているのかと問われろば・・・成長していないと答えるだろう。
力という外面だけは成長しているが、心という内面は以前と変っていない。
これが俺の自己評価だな。それでも前に進むことができるのは、レンゲさんやおばさん、なによりも村の人達が俺を認めてくれたからだ。
オババが俺を責任者として選んでくれた・・・その期待から逃げたい気持ちはあるが、そんな臆病な自分を隠し、抑えつけることができるようになった。
今はただ、皆が信じてくれた俺という人間を、己の中で信じるしかない。
村に帰って一つ解かった事がある。
他者から見える自分という存在と、己の内から見た自分という存在は、全くの別人だということだ。
果たしてどちらが本当の自分なのか・・・俺が思うに、どちらも間違いなく自分なんだろう。
誰かが教えてくれなければ自分の中でどう足掻いても解からないこともあれば、その逆で他人の目線からでは解からないことだってあるんだからな。
様々な方法により自分を評価することで、確証を持つことにより、どれだけ成長しているかを知ろうとする。とても大切なことだとは思う。
だが見方を変えろば、それは愚かな行為ではないのだろうか。
自分が今どの位置に存在し、どれ程の人物なのか。そのようなことを人間如きが計れるとは思えない。それでも確かめたいから証拠を求め、そうなのだと思い込んでいるだけなのかも知れん。
外面だけではなく、他者や自身の全てを真に見極める・・・人の一生でそんなことができる筈がない。
それでも自分なりの答えをや評価をだす方法は幾つか存在しているだろう。その答えの成否は、それこそ神にしか解からないだろうが。
自惚れるという言葉は、あまり良い印象はない。だがその先入観を捨ててもう一度考えてみれば、自惚れるという言葉も悪くない気がする。思い込むという行為は、時に物凄い力を発揮するからだ。
神が存在すると本気で信じれば、その人物にとって神は存在することになる。
当然だが思い込みが強ければ力は増すが、その身に降りかかる痛みも増していく。
過度な自惚れは破滅を呼ぶが、自分に惚れるという行為は、何か事を成すのにある程度だが必要なのかも知れん。
自惚れという言葉が在るからこそ、自分を認めることにも繋がる気がするんだ。
全ての物事には利点もあれば難点もある。確証を得た上で物事を信じたとしても、その確証が崩れたら、更なる痛みが己に襲い掛かるだろう。
心の痛みを堪えて立ち上がったとき、時間の経過と共に痛みが和らぎ大地を踏みしめたとき、人は気付かないまま成長する。
一人で立ち上がっても良い、誰かの手を掴んでも良い。笑顔に喜び、憎しみに怒り、それらの感情が成長の糧となる。
大地を再び両足で踏み締めることができたなら・・・望めばそこは居場所にも、安心にもなるだろう。
だが忘れてはならない、成長するということは、同時に大切な何かを失うことでもある。
完璧を求めるほどに、完成された自分を望むほどに、行く手が霧に包まれやがて何も見えなくなる。だからこそ初心の気持ちが大切だと言われるのだろうか?
俺はいつも思うんだ。初心に戻った所で、その深い霧が晴れるとは思えないんだ。目の前すら見えない霧の中を、手探りで少しでも前に進むしかない気がする。
しかしこれだけは自信を持って言える・・・成長しない限り、道を歩き続けることは不可能だ。
俺は自分が臆病だと知ってから、それを克服する方法を探し続けたが、現在も克服はできていない。
表面の技術を向上させようと、心の成長がなければ肝心の時に使うことができないんだ。
人には個人差もあるが経験を続ければ何時かそれに慣れ、やがて克服できるものなんだが、何故か俺は恐怖という感情をなんど経験しても一向に慣れない。
探せば克服できる手段があるのかも知れないが、今まで生きてきて見つからなかった。
恐れを捨て去ることができなかった俺は、恐怖を克服した素振りをすることで、魔物と戦えるようになった。
ガンセキの表情は次第に暗く染まり、己の過去を想いだす。
戦った、恐怖を隠して戦い続けた。
勇者に知られないよう影で全身を震わせながら、カインの盾であることを望み続けた。
それでも、勇者を護れなかった。
俺は戦場で死ぬことを望んだが、死ぬのが怖くて死ねなかった。忌々しい己の性格を呪い憎み、気付いたら殺意を懐いていた。
臆病な自分を殺したくて・・・それでも殺せなくて、助けを求めてレンゲさんに縋り付いた。
レンゲさんに助けを求めたが、キッパリと無理だと断られた。
もしその方法があったとしても、俺には絶対に教えないと怒鳴られたのを覚えている。
今考えると物凄く馬鹿な頼みごとを俺はレンゲさんにしていたんだ。
俺は臆病だから死ぬことができない、死にたいから臆病な自分を殺す方法を教えてくれ。当時の俺は本気でそれをレンゲさんに頼んでいた。
ガンセキは歩きながら空を見上げると、どこか晴れ晴れとした表情で。
「本当に助けられたよ」
レンゲさんのお陰で、俺は今ここに立っていられるんだからな。
臆病な心を殺すということは、自分を殺す行為と同じ意味だったんだ。
俺という人間の本質はどうしようもない臆病者だ、決して好きにはなれんが認めるしかない。そもそも昔から分かってはいたんだが、認めることができなかった。
とてもじゃないが俺は責任者としても、一人の男としても立派な人間とは言えないが、有り難い事に手本とできる人達と今までに出逢ってこれた。
所詮は真似事だとしても・・・演じてみせる。
こんなものが心の成長とは言えないが、この5年で俺は自分の本質を抑えつける術を身に付けた。
俺にできるのは情けない自分を認め、そして受け入れることだけだ。後ろを振り向きながらでも、失敗を重ねながらでも、成長した素振りをして一歩でも前に霧の中を進むしかない。
アクアにセレス・・・そしてグレン。今までそれとなく俺が臆病者だという事実を明かしてはいるが、全てを伝えてはいない。
果たして包み隠さず俺という人間の本性を明かすべきか、ずっと悩んでいるんだ。
俺は恐怖を薄めなければ、犬魔ですら怖くて戦えない人間だ。そんなことを明かして良いのだろうか?
居場所と安心を司る属性の使い手だというのに、地面がなければ恐怖で身動き一つできない俺が、立派な土使いだなんて言えるのか。
自分を臆病者だと認め受け入れているからこそ、己が立派な人間だと周囲の人達に言われようと、それを認めることがガンセキにはできない。
こんな俺に責任者が務まるのか、不安で堪らないんだ。
責任者は旅が終わるまでの期間、一行の柱として存在しなくては駄目なんだ。
頼りない責任者だから支えが必要だとは既に伝えてはいるが、全てを明かしたことにより、三人が動揺してしまえば現状の纏まりが消えてしまう恐れがある。
三人を信じ、何時かは話す積りではいるが・・・それを今言うべきなのか。
自分という人間の真実を仲間たちに明かすべきなのか、それとも今は明かさないほうが良いのか。当然だがこの問題を仲間である三人に相談することはできない。
ゼドさんは俺の弱さを包み隠さず三人に打ち明けなければ、仲間を支えることも支えて貰うことも上手くできないと言っていた。
三人が俺を完璧な属性使いだと勘違いしている内は何もできないと知った。それからはできる限り情けない自分を仲間に伝えてきた。
彼の言葉に納得はしている。仲間としては正しいことだと思う。
だが、その行動は責任者として本当に正しいのだろうか?
俺の知っている責任者は、自分の弱みを見せない人だったからな。彼にも弱さはあったんだろう、だけどそれを見せなかったからこそ、俺たちは安心を感じることができたんだ。
年齢は30半ばでそこまで歳は取ってはいなかったが、水使いに老け過ぎだといつも茶化されていたのを覚えている。
責任者は俺のように旅や魔王の領域を経験している者が選ばれることが多く、彼も戦場の経験は無かったが、護衛として旅立ったことがある人物だった。
そう考えると情けなくなる。今の俺と似たような立場なのに、彼は責任者としても人間としても、俺とは比べ者にならない。
俺にとっての責任者とは、弱さを見せない存在なんだ。だが俺と彼は別人だと理解はしている、真似ているだけでは駄目だということも。
ゼドさんにもう一度相談してみるか・・・嫌がるだろうけど、自分だけでは答えが出そうにない。
ガンセキは両手を合わせ音を鳴らすことで気持ちを切り替え、まずは軍人さんに挨拶をするために修行場へ向かう。
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・・
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人気のない修行場に到着したガンセキは、いつも通り暇そうにしている軍人に挨拶をする。
「今日は時間が少しはあるんで、愚痴を聞きに来ました」
ガンセキの声に軍人は顔を上げ。
「まるで俺がいつも愚痴しか言わないような口ぶりだな。まあ、お前がそんなに望むなら仕方ない、思う存分聞かせてやるか」
やれやれと言った風なガンセキの笑顔を気にせずに、軍人は立ち上がると手近に置いてあった荷物を持ち、同僚に一声掛けると建物から外にでる。
軍人はガンセキのもとに到着すると、修行場を囲う金網に背中を預けながら地面に座り、偉そうな口振で語り掛ける。
「お前も座れ、じっくりと俺のためになる話を聞かせてやる」
ガンセキはその言葉に従い、軍人の前に座りながら。
「仕事中にこんなことして良いんですか?」
軍人は彼の真っ当な注意を笑い飛ばし。
「良いんだよ、文句があるならもっとマシな仕事をさせろってんだ」
呆れているガンセキを無視しながら、軍人は手に持った荷物からボトルと薄汚れたグラスを二つ取り出し。
「行きつけの店からかっぱらってきた。有り難く思えよ、今日は特別に俺の奢りだ」
どうせ安物の酒だし、もう半分も残ってないから気にすんなと付け足す。
とんでもない軍人の行動にガンセキは困った顔を浮かべ。
「もういい歳なんですから、そういう問題のある行動をするのは止めた方が良いですよ」
分かってはいたが、軍人は声を荒げながら。
「うるせえっ! 俺はまだ現役の軍人だ、年寄り扱いするな」
だから現役の軍人が仕事中に酒を飲むのはどうかと言っているんだ。
「他の軍人さんに怒られませんか?」
ガンセキの質問に軍人は鼻で息を吐きながら、建物の方に指を向けると。
「へっ こんな修行場に回される連中なんてよ、俺以外ろくな奴はいねえよ」
あんたが一番のろくでなしだと思うのは、気の所為だろうか。
どうしようもない軍人は、グラスに酒を注ぎながら、少し落ち着いた口調で話す。
「それによ・・・酒ってのはある程度だが、恐怖を紛らわすことができんだ。俺が新人の頃はよ、魔物と戦うのが怖いから、隠れて酒を持ち歩いてた時期もあった」
ガンセキはその言葉に驚きの表情を浮かべ。
「そんな馬鹿なことしてたんですか・・・酔った状態で戦えるとは思えませんが」
軍人は苦笑いを浮かべると。
「常に酔っ払ってたら隊長にばれるだろうが。恐怖が抑えきれない時に、気を紛らわすために飲むんだよ」
草原の闇をじっと見詰めていると、何時の間にか足が震えていたことがあるらしい。
「それによ、意外と酔っていても戦えるもんだぜ。だいたい酔いなんか戦っている内に醒めちまうしな」
そう言いながら軍人は、ガンセキの目前にもグラスを置き、酒を注ごうとする。
ガンセキはグラスに手を添えると。
「俺は臆病者なんで、酔った状態で平原を歩く勇気はないです。それに一応・・・これでも責任者なんで」
酒を断ったガンセキに軍人は舌打ちをすると。
「相変らずお前は付き合いが悪いな、何度さそっても断りやがって。一口で良いから付き合え」
軍人はガンセキの手を無理やり払い除け、少量の酒をグラスに注ぐ。
「お前が責任者なのは俺も知っている。だがな、その立場にお前は縛られ過ぎているように見えるがな」
注がれた酒を見詰めながら、ガンセキは軍人に言葉を返す。
「否定はしませんが・・・俺にとっての責任者とは、そういう存在です」
軍人はグラスに口を付け、酒を喉に流し込むと。
「誰かの命を預かる、その重さは俺も分かっている積りだ。判断を一つ違えるだけで、とんでもない事態が起こることもあるからな」
一度の失敗で無能の烙印を捺され、死後も貶され続ける人間が存在する。
人間は失敗する生き物であり、失敗をしない人間など一人もいない。
大敗により大切な誰かを失ったのち、見事に立て直した者は偉人となり、立て直せなかった者は無能として語られる。
一度の失敗が更なる失敗を呼ぶ。一度の失敗が、取り返しのつかない事態を起こす。
必死になればなるほどに、人は失敗を繰り返す。
軍人はどこか遠い目で、何かをガンセキに伝える。
「尊敬ってのはよ・・・強いほどに人の目を濁らせるんだ」
ガンセキは口調を変え、ある男の背中を脳裏に浮かべながら軍人に問う。
「ですが誰かを尊敬するということは、俺はとても素晴らしいことだと思っています」
不真面目な軍人は手に持ったグラスの中身から目を逸らさずに。
「尊敬が強すぎるとよ、越えられなくなっちまうんだ。それでも越えようと必死に足掻いて、とんでもない失敗をしやがる」
見上げれば見上げるほど、崇めれば崇めるほどに、山は高く聳え立つ。
「過去の失敗を話そうと、自分という人間の弱さを晒そうと、仲間ってのは今までの実績しか信じないんだ。俺が完璧な人間を演じてさえいなければ・・・若造は無理なんてしなかった」
夜勤外務で無理をした若者に対し、無謀な行動をさせない為に軍人は何度も怒鳴りつけた。どんなに怒鳴りつけようと、若者は無謀を続けた。
誰かに認めて欲しかったから、若者は足掻き続けた。
かつて兵士だった男はガンセキを睨み付け。
「仲間を護りたいならよ、完璧な人間なんて演じるな」
その言葉にガンセキは強く拳を握り締め、怒りを隠し声をだす。
「尊敬することは間違いなんですか、俺はこの立場にならなければ、彼のような責任者に成りたいとは思いませんでした。共に戦う相手として尊敬することが、間違いだとは思えません。俺は責任者として弱みを見せなかったあの人に、確かな安心を感じさせて貰えました」
俺が目指す責任者は何時だって支えてくれた。たとえ肉体が消えようと、俺たちの鎧として白と青は共に戦ってくれた。
彼の言葉があったから、俺とカインは立ち直ることができたんだ。
それほどに白の責任者を尊敬するガンセキが、軍人の発言に納得できる筈がない。
軍人にはガンセキの責任者だった人物との面識は殆どないが、彼には誰かの命を背負った経験があった。
分隊長として、誰かを護れなかった経験があった。
「憧れが強まれば尊敬、度を過ぎて異常になれば崇拝だ」
ガンセキは崇拝とまでは行っていない。だが彼と同じ立場となり、尊敬の念はより強くなっていた。
「断言して良い、お前の責任者は苦悩して、そして足掻いていた。未熟だったからこそ弱みを見せなかったんだよ」
時に笑い話をしたり、エロい話をしたり、そんなことをする余裕も持てないほどに彼は苦しんでいた。
30半ばという若さで、ガンセキが信じていたような人物になれるはずがない。
ガンセキは思いだしていた、水使いが彼を茶化していた風景を。
使命に呑まれ足掻き苦しんでいた友人を心配し、いつも茶化すことで水使いは未熟な責任者を支えていた。
臆病者は力なく肩を落とし、弱々しい声で軍人に問う。
「誰かを尊敬する・・・それは間違いなんですか?」
軍人は酒を飲み干しグラスを空にすると。
「間違いじゃないだろ、何事も程々が一番なんだよ。時に馬鹿なことを言って、時に確りとしたことを言う。人に経験を伝える場合、失敗談を言ったほうが勉強になるもんだろ?」
尊敬は人の目を濁らせるから、完璧な人間を演じずに、何時かは越えられる山として存在する。
「誰かに尊敬されるってことは、これを目指したほうが良いのかもな」
ボトルに残った僅かな酒を自分のグラスに落としながら、軍人は未熟で臆病な責任者に考えを伝える。
「お前が始めてこの都市に足を踏み入れたとき、腰を抜かしてただろ。随分と臆病な奴だと心ん中で馬鹿にしてたのを覚えている。昔のお前を今の仲間に晒した所で、あの三人は今のお前しか見ないだろうな。でもよ、失敗談を話すことで、今の仲間はお前を特別視しなくなるんじゃないのか?」
三人が俺に対して尊敬や憧れの感情を抱いているとは思えない・・・何度かあいつ等の前で泣いてしまっているしな。
特にアクアは相手の本質を感じ取る能力を持っているから、俺がビビリだと気付いている節がある。だがセレスとグレンは違うな。
ガンセキに対しグレンは尊敬に近い感情を抱いていた。
理由は良く解からないが、グレンは何故か最初から、ガンセキにだけは根拠のない信頼を置いていた。
ガンセキなら上手くやってくれる、ガンセキなら良い案をだしてくれる。
普段の何気ない会話の冗談だとしても、ガンセキさんだけが俺の味方だと、本心で言ってしまっていることにグレンは気付いていない。
彼の存在はグレンにとって、充分な居場所と安心になっていた。
確かに恐怖という面でガンセキは成長できないだろう。しかし人間の内面はそれ一つだけではない、別の形でガンセキも心の成長をしているはずだ。
今まで尊敬を懐いていた存在が、今の自分と同じように足掻き苦しんでいたことを知り、ガンセキの心は動揺を隠せないでいた。
それでも何故か、ガンセキは責任者としての自分に、ほんの少しだけ自信が持てた気がしている。
彼の弱さを知り苦悩を知った。たとえ未熟であったとしても、どんなに時が過ぎようと、彼は俺たちの責任者なんだ。
誰に何と言われようが彼こそが俺の知る最高の責任者だ、どんなに弱さや未熟さを知ろうと、この尊敬が消えることは絶対にない。
決して越えられない存在であった彼は、やがて越えられるかも知れない高山となっていた。
ガンセキは心の成長ができないと思い込んでいるが、成長したいと望んでいた。
これが心の成長を拒絶しているグレンとの小さくて大きな違いなのだろう。
ガンセキはグラスを手に持ち、慣れない酒を一気に飲む。
酒を飲むことで心の動揺を抑えつける、何となくその理由が分かる気がした。逃げることはやはり生きる上で大切なことなんだな。
確りと地面を踏み締めて立ち上がると、ガンセキは軍人に一礼し。
「必ず戻ってきます、そうしたらちゃんと愚痴に付き合いますんで」
本当は今も俺は何かから逃げているのかも知れん。それでも俺は逃げないと決めたんだ。
軍人は頭をかきながら笑顔を見せ。
「待ってるぜ・・・それまでは、デニムの野郎に俺の愚痴を聞いてもらうことにする」
もう魔物と戦うことはできなくても、彼の愚痴を聞くことができる人が生きていた。
ガンセキは苦情を一つ。
「聞くに聞けなくて困ってたんですよ、そういうことは始めに言って下さい」
軍人は照れ隠しに鼻で笑い。
「へっ あいつがそう簡単に死んでいたら、俺が遠の昔に殺してる」
強がりを言っているが、軍人の顔は嬉しそうに笑っていた。
安心した、この人の愚痴を平然と聞けるのは、たぶんデニムさんだけだからな。
ガンセキは歩き出す、まずは軍所に向かい、そして何時か魔王のもとへ。
これでもう、心置きなく旅立つことができる・・・というのは嘘だな。
本当は逢いたくて堪らない。馬鹿な約束だと解かっていはるが、この約束が俺に力を与えてくれる。
俺は茶が好きなわけでもないし、味が解かるわけでもない。
でも楽しみで仕方ないんだ、味なんて関係ない、あの人が入れてくれる茶が楽しみでどうしようもないんだ。
アクア
グレン
セレス
頼りない柱だが、確りと地面に突き刺さっていることだけは、絶対の自信を持って言える。
寄りかかってくれ。
支えてくれ。
それもまた、俺の力になる。
暫くの時間が過ぎ、ガンセキは大通りにでた。
沢山の人たちが、この大きな道を行き交っている。夕方になれば恐ろしいほどに大勢の人間が。
臆病者は空を仰ぐと、息苦しいこの世界で、誰かを探し始めた。
お前は今どこにいる?
俺は・・・此処にいるぞ。
6章:二十六話 おわり
話が進まなくてすんません、解かっているんですが、なかなか進まないんです。
ですが予定では、次でレンガ編は終わりになると思います。
誰かを尊敬することや成長することについて考えてみたんですが、書いている内に混乱しました。意味不明になってなければ良いんですが。
尊敬する人を自己紹介で武田信玄と自分は書いていますが、尊敬という言葉を深く考えないで言ってましたね。
信玄さんは同じ相手に二度も大敗をしています、そんな失敗があるから、上杉よりも武田が俺は好きなのかなって思います。
上杉さんも負け知らずってわけじゃないし、完璧な人ってわけじゃないんだろうけど、武田のほうがやっぱり好きです。
サイヤ人じゃないけど、地面から立ち上がる、それも一つの成長なんだと思います。
あと信玄と同じくらい信繁さんを尊敬しています、俺には無理だけど憧れますね、彼みたいな生き方。
自分は武田家三代が好きです、信虎も評判が悪いけど、彼が土台を造ったんですから、嫌いな部分もありますけど、悪い所だけでもないです、時代が彼を表舞台から引き下ろした。剣を持って戦うことだけが戦じゃないんですねきっと。
話が反れましたが、セレスとアクアは今後も少しずつ成長を描いていけたら良いなと思っています、上手く書けるかは分かりませんが。
ガンセキも二人とはすこし違うかも知れませんが、立派な人になろうと足掻いていくと思います。
それでは失礼しました、次回もよろしくです。