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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
6章 赤鋼
72/209

二十三話 爺と青年と女たち

宿を後にした三人はガンセキと別れ、時計台を目指し石畳の道を進む。


レンガの気持ち暖かい風を感じながら、グレンは何気なく周囲を見渡す。


民と思われる者たちが駄弁っているし、旅人達も緊張感なく街中を歩いていた。この都市で過ごした数週間、毎日みてきた風景だから気に止めることもなかったけどよ、こうやって見渡すと良いもんだな。


当然のように流れる平和な営みの中をグレンは穏やかな心境で歩く。


この街中を必死に逃げ回ってたのが嘘みてえだ。好ましくない事態ではあったけど、信念旗に襲われなければこんな風に感じることなんてできなかっただろうな。


時計台での戦闘で負傷した右肩は未だ痛く、それに我慢しながら利き腕を動かす。


レンガでの安全な暮らしに慣れちまっているようだ。気持ちを切り替えないとな、今日からは街の外を歩くんだ。夜間は当然として、平原の場合は日中だって安全とは言い切れない。


最初は鎧を纏っている連中が街中を歩くなんて不気味だとか思ってたけどよ、その不気味な連中がこの都市を護っているんだ、文句いってたら罰が当たるな。


たとえ仮初だとしても、ここは間違いなく平和だよ。魔物に怯えなくて良い生活なんて、そうそう経験できないからな。



グレンが平和の有り難さを感じていると、前を歩いていたアクアが後ろを振り向き声を掛ける。


「ほらグレン君、田舎者みたいに周りをみてないで速く行こうよ、ミレイちゃんが待っているよ」


実際に俺たちは田舎者だろ。


アクアの言葉にグレンは不満を浮かべながらも何とか頷きを返し、歩く速度を少し上げる。


ミレイさんねぇ・・・こいつらが良く利用させてもらった食事所の娘さんらしいけど、俺はなんか嫌な予感がするんだよな。アクアはともかくセレスが心を開いた相手だ、悪い人間ではないと思いたいけど。


あいつは俺以上の人見知りだからな、初対面の相手と話すことすら苦手だろうし。


グレンの場合は人見知りというよりも、人付き合いそのものを望まないだけだろう。当然だが人間という種族を怖れているため、グレンは人付き合いも苦手であった。



そのようなグレンにとって誰かを紹介されるというのは、正直あまり嬉しくない出来事だろう。



まあ・・・次に会えるのは何時になるか分からないんだ、別れくらい済ませないと心残りになるからな。


とかいう俺だってよ、別れを済ませたい相手が何人かいる。


国立書庫の書官さんに爺橋の爺さん、あとは毎日のように食事で世話になっていた外店のオヤジさん。


書官さんとオヤジさんはいつもの場所にいると思うんだけどな・・・あの爺さんは爺橋にいるか分かんねえな。下手すりゃもうくたばってたりして。


などと失礼なことを考えていると、セレスがグレンを急かす。


「待ち合わせに遅刻するとグレンちゃんいつも怒るくせに。考え事はあとにして急がなきゃ駄目だもん」


お前にだけは言われたくねえが、確かに待ち合わせに遅れるのは好ましいくないよな。


グレンは荷物を背負い直し、肩掛け鞄を固定すると考え事を止め、歩くことに集中する。



追いついてきたグレンにアクアはニヤケ面で言葉を送る。


「周りを見てみなよ、レンガ内でマントを使っている人なんていないじゃないか。君は周りから浮いているよ、ボクは脱いだほうが良いと思うけどな」


こいつは同じことを何度も言いやがって。


笑顔を絶やさないアクアをグレンは睨み付け、苛立ちを隠すことなく返事をする。


「今は浮いているだけで済んでるけどよ、外套をこの場で脱いだら不審者として通報されるかも知れねえだろうが・・・それにセレスも外套を着込んでいるぞ」


冗談抜きでオバハンには感謝しないと駄目だ。この外套がなかったら、恥しくてとても街中なんて歩けない。


荒い口調で返そうと、アクアは懲りずにグレンを茶化し続ける。


「セレスちゃんは仕方けどさ、ボクはマントを使ってないよ。そりゃあ護衛の服は少し目立つかも知れないけどさ、気にするほど派手な格好でもないじゃないか」


勇者の服はまんま勇者という感じだが、アクアの言う通り護衛の服は少し派手なだけで、言わなければそうだと気付かれないだろう。


確かに火の服だけでは悪役とはならない。しかしそれに逆手重装が加わることで、グレンは見た目だけだが悪の化身となる。


外套のお陰で全ての原因である逆手重装を隠せていたため、今の外見はただの旅人とそこまで変らない。



馬鹿にする口実を掴んだ途端これだ。このチビは俺を馬鹿にするときだけ心の底から嬉しそうな顔をしやがって。


このまま話を続けても喧嘩になるだけだから、グレンはアクアを無視して二人を追い越すと、そのまま時計台に速足で向かい始めた。


後方でセレスが小走りでグレンを追いながら。


「グレンちゃん待ってよ~」


セレスの頼みをグレンが聞き入れるはずもなく。


「次に俺の外見を馬鹿にしてみろ、お前らを川に落としてやる」


アクアは笑いながら嬉しそうな声で。


「セレスちゃんは君を馬鹿になんてしてないじゃないか、グレン君を馬鹿にしているのはボクだけだよ」


グレンは顔面をピクピクと震わせながら無言で歩き続けた。


・・

・・

逃げるように小走りでグレンは歩いていたため、予定より速く三人は時計台に到着した。

・・

・・


大通りから時計台に向かう最も知られている道は、幅が広くてとても整備されていて綺麗だが、今は時計台の広場に入れないため混雑はしていなかった。


疎らな人々の中に一人だけ頭一つ抜きにでている女性が目に入り、何故かグレンは直感で彼女がミレイではないかと予想して、後方を歩くアクアに彼女がミレイか尋ねる。


「あの大きいのがお前らの友だちか?」


そう声を発した次の瞬間であった、アクアが物凄い速度で一歩踏み込むと、グレンの後頭部を容赦なく叩く。


グレンは突然の打撃に蹲りながら。


「何しやがる、痛てえじゃねえか!! セレスみたいになったらどうしてくれるんだ!!」


アクアは怒りの表情でグレンを見下ろすと。


「ミレイちゃんは大きいことを気にしているんだ、絶対に面と向かって言っちゃ駄目だよ!! あと君はセレスちゃんにも謝るべきだ!!」


未だ激痛の残る頭部をさすりながらグレンは叫ぶ。


「なぜ俺がセレスに謝らねえといけないんだ!! そもそも殴る必要なんてねえだろ、前もって教えらりゃあ本人に向かってデカ女なんて言わねえよ!!」


アクアは一生懸命に首を左右に振りながら。


「グレン君は思ったことそのまま言うから叩かないと分からないんだ!! 何気ない君の一言が相手の人生を狂わせることだってあるんだよ!!」


この男女め・・・そこまで言うか。


「俺だって初対面の相手には気ぐらい使うぞ!! 自分から嫌われるようなことするかボケ!!」 


口論を続ける二人を止めようとセレスが割ってはいる。


「グレンちゃんもアクアも止めようよ、周りの人たちがみてるよ」


自分の外套を掴んでいたセレスの手を払い除けると、グレンは所構わず大声で叫ぶ。


「うるせえっ!! 理不尽に殴られて黙ってられるか!!」


そういうとアクアを指差し。


「大体こいつは何時も俺のことを馬鹿にしやがって・・・人を馬鹿にする奴が本当の馬鹿なんだ!!」


子供の喧嘩は止まらない。


「人に指を向けちゃ駄目だよ!! それに君だってセレスちゃんのことを何時も馬鹿にしているじゃないか。今さっき君は自分は馬鹿だって自分で認めたんだ!!」


グレンは左腕の拳を握り締めるが、怒りを堪え切れず腹の底から声をだす。


「馬鹿を馬鹿にして何が悪い!! 俺はセレスほどの馬鹿じゃねえ!!」


アクアは地団駄を踏み、グレンに怒りを叫ぶ。


「本当の馬鹿は自分を馬鹿だなんて思ってないんだよ。ボクが断言する、君は馬鹿だ!!!」


前に俺がセレスにいった覚えがあることを・・・言い返せねえじゃねえかクソ。


セレスは涙を浮かべながら。


「うぅっ グレンちゃん酷いよ~ わたし馬鹿じゃないもん」


街中で叫び合う二人と泣き始めた一人に向け、大柄の女性がゆっくりと近付いてきて声を掛ける。


「あの、街中で喧嘩するのは良くないと思いますよ。あと・・・デカ女とか聞こえてますので」


聞き覚えのない声にグレンは動きを止めると、ゆっくりと背の高い女性を視界に映す。


その口調とは裏腹に、彼女の顔は笑いながらも恐ろしい怒りの感情が内から湧きでている。グレンは身の危険を肌で感じ、ビクつきながら一歩後方に下がる。


「す、すんませんでした。決して悪気はなく・・・そ、その、あれですね」


先程まで所構わず声を荒げていたグレンは縮こまり情けない、その姿をみたアクアは心の奥底から嬉しそうに。


「グレン君どうしたんだい? さっきまでの威勢は何処に行ったのかな?」


冷や汗を流しながらグレンはアクアに視線を向けると、ミレイに分からないようアクアを睨み付ける。


ミレイはグレンの睨みに気付いているのかいないのか、アクアの方を向くと穏やかな口調で。


「もとはと言えばアクアちゃんが叩いたりするから喧嘩が始まったんだよ。まず謝らないと駄目なのは誰なのかな?」


まるで妹を叱る姉のような表情は、アクアをしょんぼりとさせ。


「だってグレン君がさ・・・ミレイちゃんのこと」


やめろアクアさん、それ以上なにも言うな。彼女に俺が殺されるだろ。


アクアがことの真相をミレイに話そうとする寸前に、グレンにとって救いの声が響く。


「何となくアクアちゃんが叩いた理由は予想できるけど、それでもグレンさん凄く痛そうだったもの。私はやり過ぎだと思うな」


まさかこの怖い人が俺の味方をしてくれるとは・・・ガンセキさん、俺の味方はあんただけじゃなかった。


アクアはミレイの言葉を受け、素直にグレンの方を向くと頭をさげて口を開く。


「ボクがやりすぎました、叩いて悪かったよ」


グレンはそんなアクアの姿に笑いだしそうになるが、ミレイが怖いから頑張って笑顔を抑えこもうとする。


今回の件で一番の被害を受けたのはこの俺だ。


アクアさんよ、お前こそさっきまでの威勢は何処に行ったんだ?


表情の感情を隠すのが下手なグレンが笑顔を抑えつけることができるはずもなく、笑っていることをミレイに感ずかれ、調子に乗り始めていたグレンに一言。


「グレンさん・・・ですよね?」


ミレイの発言にグレンはビクっと震えながらも何とか返事をする。


「はひっ! そうです、じぶんがぐれんです」


裏返ってしまったグレンの変な声に、思わずミレイは笑顔をつくり。


「始めまして・・・私がミレイです。それじゃあアクアちゃんが謝ったんですから、今度はグレンさんがセレスに謝らなきゃいけませんね」


なんで俺がセレスに謝らないと駄目なんだ? 俺はこいつに謝るようなことはしてないぞ。


グレンがセレスの方を見ると、何故かシクシクと泣いていた。怒りで頭に血が上っていたことにより、喧嘩中セレスに何度も馬鹿と言ったことを完全に忘れていた。


なかなか謝ろうとしないグレンをみて、ミレイが笑顔で凄みを利かせる。


グレンは怖いから、嫌々ながらセレスに頭を下げる。


「良く分からんけど、その・・・悪かったな」


アクアはしょぼくれたまま小さな声で。


「気持ちがこもってないよ・・・君、悪いなんて微塵も思ってないんじゃないかい」


グレンは顔面をピクピクさせながら。


このクソ餓鬼、余計なことを言うんじゃねえ。


だが今の状況から言い返すわけにもいかないため、グレンは全身をミレイへの恐怖で震わせながら。


「悪かった、今後は気を付ける」


セレスは泣き顔を一瞬で変化させると、グレンに笑顔を向けて言葉を返す。


「にへへ~ 謝られちゃった~」


こいつは馬鹿の癖に嘘泣きを最近覚えたようだな・・・無性にセレスの頭を叩きたくなってきた。



そんな三人の様子を見て、ミレイは始めて優しい笑顔を浮かべると。


「それじゃあ喧嘩はここでお終いです。初対面のグレンさんに偉そうな態度をしてしまいました、気分を悪くされていたらすみません」


丁寧な口調でそう言うと、ミレイはグレンに向けて頭をさげた。


ミレイの行動をみて、アクアが急いで止めに入る。


「駄目だよミレイちゃん、グレン君は心が狭い人間なんだ。下手にでたらきっと、酷いことを要求してくるよ」


俺はどんな極悪人だよ・・・見た目は否定しないけど。


グレンはアクアを無視することに決め、お得意の苦笑いを浮かべながらミレイに言葉を返す。


「いや、俺も失礼なこと言いましたんで気にしないで下さい」


怒りに任せてデカ女と叫んでしまったことを申し訳なく思っていた。


ミレイはグレンの返事を聞くと頭を上げて笑顔を造り。


「アクアちゃんや他のお友達には羨ましがられるんですけど、私としてはあまり嬉しいことでもないんですよね」


人間は自分にないものを欲しがるからな・・・価値観は人それぞれだ。


居場所と安らぎを求め戦場を欲する者もいれば、行きたくもないのに戦場へ向かわされる者もいる。


ボルガはレンガを護る為に兵士になったんだ。戦場へ向かうことを覚悟していても、内心ではヒノキに行くことを望んでないのかも知れない。


グレンは気を使いながらミレイに話しかける。


「背が高いことを悪く見れば自分にとって短所になり、逆に個性と見ればそれは長所ですよ。それに短所があるからこそ、人間って生き物は素晴らしいです」


自分の中では短所でも、人から見れば長所なのかも知れねえ。他人から見ればどうってことない部分に強い不満を持っている。


同じ人間なんて一人もいない、一つの物事に対し様々な考え方を持っている。そのせいで人間は時に憎み合い、酷くなれば殺し合う。


だけどよ・・・同じ人間なんていないからこそ、人類という種族は進化とは少し違うけど、時代によって変化して行くんだ。


悪い方向に変化するのも人間であり、良い方向に変化するのも人間なんだ。その変化を受け入れるのも、その変化を拒絶するのも、全てその時代の人々が集団や個人の中で決めるんだ。


より力の大きい思想に人間は流れやすいけど、心の中ではそれを否定しているかも知れない。この世界に嘘をつかない人間なんて誰一人いやしない、そんな奴・・・いてたまるか。


セレスはグレンの言葉に頷くと。


「私は背が高いミレイは素敵だと思うもん。それにグレンちゃんは自分が大嫌いだけど、私はそんなグレンちゃんも含めて大好きだよ」


自分を受け入れようとするセレスに対し、何時ものようにグレンは視線を逸らし。


「全てに置いて自分で自分が大好きな人間なんてそうはいない、殆どの人は自分の中で何か嫌いな部分がある筈だ。誰に何と言われようと、自分の嫌いな部分に愛着を持てるなんてことは、そう簡単にできやしない」


セレスが俺という最悪な屑を受け入れてくれようと、俺は自分という最低な屑は絶対に認めない。


大切な人を殺され、殺した相手を憎む・・・それは当然の感情だろ。


他人から何故そいつが自分の大切な人を殺したのか事情を聞き、その事情に納得する者もいれば納得しない者もいるはずだ。


奪った者にも心があれば、奪われた者にも心はある。


罪と人間を切り離し、相手を許せる者もいるだろう。だけど奪われた者が、そんな風に割り切ることが本当にできるのだろうか。


もしそんなことが本当にできる者がいるのならば、そいつが人間なのか俺は疑ってしまいそうだ。


グレンは絶対に許さないだろう。自分の大切な者達を奪ったこの男を、彼はその命が尽きようと呪い続ける。


「人間だけじゃなく、生物には心がある。だからこそ時に憎み合い、時に笑い合い、時に愛し合うことを可能にしている。だから俺は人間という種族が、好きで好きで堪らない」


あの人たちの死を魔人病の所為になんてできるか、そんなことしたら自分が人間でないと認めたことになるじゃねえか。


ミレイは穏やかな心境でグレンという人物を見ていた。


「グレンさんの話を二人からも聞いてたけど、やっぱり実際に会って話してみないと分からないこともあるんですね。本当にグレンさんは人間が大好きなんだと知ることができました。でも・・・なんか、私達とは違う目線から人類を眺めているような気がします」


遥か上空から人間を見詰めている。いや違う、まるで地の底から必死に手を伸ばしているような、憧れの眼差しで人類を見詰めている。


彼はまるで自分が人間とは別の生物として人類を見ている、そのようにミレイは感じていた。


ミレイの言葉は魔人という確信に迫っており、何時もならグレンは強い動揺を示し、アクアに勘付かれているはずだ。しかしこの時の彼は、異常な程に冷静を保っていた。


「あまり人付き合いってのをしてこなかったからだと思います、良く村人を遠くから眺めてたんで」


その表情や目からもグレンの本心を読み取ることはできないだろう。それ程に完璧な感情隠しをグレンは無意識に行っていた。


寂しそうな瞳をアクアはグレンに向けながら。


「孤高を気取ってたりするから、君はそんな考え方になるんだ。格好つけてないで、寂しいなら寂しいって言えば良いじゃないか」


そんなアクアの言葉にグレンは格好をつけながら。


「男が格好つけるのを止めたら、他に何にも残らねえだろうが」


それによ・・・寂しいなんて理由で人の輪に飛び込めるなんて、そんな器用なことはとてもじゃないが、俺には難しくてできない。


自分の殻に閉じ篭って、自分の考え方を護り続けるだけで精一杯だ。


前にも言ったけど、俺は自分のことしか考えていないんだよ。


己の犯した罪の大きさ、それに対する罰の重さは俺が自分で決める。誰にもそれを決めさせやしない。




俺の罪は俺だけのものだ・・・誰にも渡さないし、誰にも裁かせたりしない。




アクアとミレイは疑いを持つこともなく、会話はその後も続いていく。


しかしセレスだけは違っていた、グレンの表情に何か小さな違和感を感じていた。


違和感の正体は分からない、それでも彼は何かを隠しているような気がした。


でもセレスにはその違和感に触れることができなかった。もし今の自分が触れようとすれば、彼が何処かに行ってしまう気がしたから。


・・

・・


暫しの時がたち、グレンは時計台を見て。


「俺は一人で工房に向かう、お前らは時間をみてそのまま軍所に行け」


突然グレンが放った言葉にセレスは驚きながら。


「そんなことしたらガンセキさんに怒られちゃうよ」


セレスはガンセキから預かった杭を手に持ちグレンに見せる。


もし単独行動をしてグレンが信念旗に襲われた場合、それをガンセキに知らせることができない。


アクアもセレスの意見に賛同するが、グレンは首を左右に振りながら。


「ガンセキさんには俺から謝っておく・・・それによ、俺に付き合って工房に行かなけりゃ、少しの時間だけど長く三人でいられるだろ」


俺の提案が勇者の護衛として間違っていることは承知している。それでもよ、折角できたダチは大切にした方が良い。


セレスとアクアはグレンの提案に黙り込む。当たり前だ、生きてまたここに戻ってこれるか分からないんだからな。


グレンはミレイの方を向くと。


一般人である彼女が傍にいれば、信念旗だって二人にそう簡単には手出しできないはずだ・・・こんな考えが油断を生むんだけどな。


今まで黙って三人のやり取りを聞いていたミレイがグレンに話しかける。


「グレンさんの提案は私もとても嬉しい・・・でも、なんかセレスやアクアちゃんと逢うのが、まるでこれが最後みたいな言い方なのが嫌です」


それでも自分勝手なグレンは己の考えを譲らない。


「俺たちが討伐ギルドとして、魔物を相手に金を稼いでいるのは二人から聞いてますよね? 物事には絶対がないからこそ、あんたら三人には少しでも長く一緒にいて貰いたい」


俺達の正体を彼女は知らない、それを知ることで信念旗に狙われるかも知れないからな。


アクアが最後に抵抗する。


「でもグレン君・・・ボク達は必ずまたミレイちゃんに逢いにいくって約束しているんだ。ボクも君の言い方だと、もう二度と逢えないみたいで嫌だよ」


それでもグレンは諦めようとはしなかった。


「後悔は後になってからしか悔やめないんだよ、またここに戻ってこれるか確証は持てないんだ」


アクアは黙り込み、悲しそうな顔をする。


セレスはグレンの瞳をじっと見詰めると。


「グレンちゃんは・・・私たちの為に一人で工房に行くの?」


捻くれたグレンが頷く訳がない。


「違う、これはただの自己満足だよ。俺が格好をつけたいだけだ」


そう言葉を残すとグレンは向きを返し、逃げるように大通りへ向けて坂道を下る。


ミレイは去っていくグレンに大きな声で。


「グレンさんも私と約束して下さい、私はまた三人でお話したいです!」


捻くれ者は振り返ると、苦笑いを浮かべながら。


「最近思うんすけど、絶対って言葉をなるべく使わない方が良いのかなって。だから確証が持てない約束はできるだけしたくないです。もしまたお話ができるなら、その時は仲良くしてください」


約束は絆だから、俺は約束をできる限りしたくない。


アクアはグレンの背中を見て。


「グレン君の捻くれ者! 素直にならなきゃ・・・誰も君を認めてくれないよ」


もっともなことを言うアクアに、グレンは背を向けたまま格好つけて。


「どうだ、今俺は最高に孤高で格好良いだろ?」


もう自分で何を言っているのか分からない、少なくとも恥しさで顔は赤くなっているはずだ。


こんなのを格好良いなんて勘違いしている時点で、俺はとても格好悪い。


・・

・・


三人と別れたグレンは大通りを無言で進む。


こんなことして、またガンセキさんに怒られるな。本当に俺みたいな奴が団体行動の輪を乱すようだ。


しかし、ミレイさん・・・か。


食事所の娘って時点で嫌な予感はしてたんだよ。あの無駄にデカイ糞野郎は母親と兄がいるって言ってたけど、妹はいるのだろうか?


ガンセキさんは二人が友人としてミレイさんと接するのを咎めはしなかったけど、勇者一行だと正体を明かすことは許さなかった。


理由はいろいろ有るけど、勇者一行として人と接するってことは、それ相応の情報を持つということになる。


一晩の宿を借りたモクザイの村なら大丈夫だと思うけど、長年一行が利用し続けたレンガの宿は、信念旗も宿主さんの情報を狙うかも知れない。


たとえ信念旗に危害を加えられないとしても、情報をその人物から聞きだす手段は沢山あるからな。しかも今回は街中で俺を襲ってきたんだ、情報を聞きだす為に手段は選ばない事態だってないとは言い切れない。


それでもガンセキさんは二人がミレイさんの関係を咎めることはなかったんだ、何かしらの考えはあるんだろう。それでも彼女の安全を考えるなら、俺はアクアとセレスがミレイさんと付き合うのを止めるべきだと思う。


どちらの選択が正しいのかは俺にも分からない。


ガンセキさんは2人に対し隠し事はしないと約束しているんだ、アクアとセレスもそれを知っての上でミレイさんと絆を深めたってことだよな。


いや違うか、友情なんてもんは気付いたときには生まれているんだ、ガンセキさんが知ったときには既に、三人は友達に成っていたのかも知れねえな。



絆か・・・身動きができなくなる、俺にはそんな印象しかねえな。



グレンは痛む右腕をゆっくりと動かして、逆手重装にそっと触れる。


・・

・・


黙々と歩いていたグレンはやがて木製の巨大な橋に辿り着く。


この時間ですら賑わっている大通りなのだから、爺橋もそれなりの人数が行き来している。


あの爺さんがいなけりゃ、そのまま外店のオヤジさんに挨拶して工房に向かうか。速めに杭を受け取ってから国立書庫に向かった方が良いな。


11時までにどのような経路で軍所へ向かうかを考えながら、グレンは爺橋を進む。


爺橋を歩いていたグレンの表情が次第に明るくなる、自分が笑っていることを知れば否定するだろうけど、間違いなく青年は笑っていた。


爺橋の中央に佇む老人を、グレンは茶化した口調で話し掛ける。


「なんだよ爺さん生きてんじゃねえか。最近みなかったからよ、てっきりくたばったのかと思ってたんだけどな」


老人は鼻で息を吐き。


「オリャーよ、死ぬのがこぇーんだ。オイラが死ぬときゃーよ、この世界が終わるときでぃ」


そんだけ生きててまだ死ぬのが怖いのかよ。


グレンはジジイに笑みを向けながら。


「ところで爺さんよ、今日はまた珍しく釣りをしてねえんだな。あんたが真正面を向いてると変な感じがするんだけど」


老人は釣り道具も持たずに胡坐をかいて座っていた。ジジイは白髪頭を片手で擦りながら。


「今日は道具を忘れちまってよー 暇だから橋を歩く連中の馬鹿面を拝んでた」


そういうあんたが一番の馬鹿面だよ。


グレンはジジイの隣に腰を下ろすと、老人を真似て橋を行き交う民の馬鹿面を拝み始めた。


何時かのように、二人だけの穏やかな無言の時が流れる。



グレンはふと何かを思いだし、老人に一つの質問をする。


「なあ爺さん、嫌なら言わなくて良いけどよ・・・魔物の素材でも、なんで光の魔力を闇に変える力を持っているんだ?」


魔獣具職人は暫し黙り込むと、空を見上げながらグレンの質問に返事をする。


「お前さんは魔獣を特別だと思い込んでいるだけでい。魔獣も魔物、同じ闇の魔力を持つ化け物だろ」


俺たち人間が神に魔力を捧げて魔法を得ているように、魔物も本能で何者かに魔力を送っている。


魔物には心がある、心には魔力がある。死して心を失っても、誇りとしていた部位には何かが残っている。


その何かが、闇の魔力を造りだす力を持っているのかも知れない。仮説は幾つか存在しているが、爺さんが信じている説はこの考え方らしい。


簡単な説明を終えると、老人は突然外套の中に手を突っ込み、グレンの左腕を握り絞めると暫しそれを眺める。


ジジイはグレンに向けて怒った口調で声を荒げる。


「汚ねえなー お前さんは卑怯者んだ。魔獣に押しつけんじゃねえ、オイラはお前さんみていな魔獣具使いはキレイでぇー」


突然何を言いだすんだ、このクソジジイ。


「俺にも解かるように言えよ、あんたは何を言いたいんだ」


グレンの言葉を聞くと、老人は逆手重装から手を離し。


「オイラが言っても、お前さんはそれを認めねえだろーよ。自分を認めねえ奴に、犬は力を貸さねえーと思うなぁー」


ふざけた口調で喋っていた老人は突然に変貌する。


「大体よ、お前さんはオイラが言わんでも気付いているだろ。解かんねえと思い込んでいるだけだ、それでも白を切るなら教えてやる。お前さんは屑だ、純粋な程に綺麗な屑だ」


ますます意味が解かんねえよ、この耄碌(もうろく)ジジイが。


グレンは荒い口調で言葉を返す。


「自分が屑だなんて言われなくても知ってるよ、だからどうだってんだ」


だが職人は譲らない。


「屑を逃げの言葉に使うな。それを正面から受け入れりゃー良いんじゃねえのか?」


グレンは逆手重装に視線を移し、職人が何を言いたいのかを考える。


どんなに考えようと、己の殻に閉じ篭ったまま自分は屑だと思い込んでいる者に、その答えが解かる筈がない。


魔獣具職人は身体を動かし、視線を青空から川に移す。


「人間の心なんて、考えても解かるもんじゃーねえなぁ。木の根っこより複雑かも知れんし、実は単純なのかも知れねえーしよ」


それからの老人は川を静かに眺め続け、グレンの問い掛けにも答えなくなった。


この爺さんはこうなったらもう駄目だ、完全に自分の世界に入り込んじまう。


グレンは溜息を一つ吐き、立ち上がると川を見詰め続ける老人に声を掛ける。


「それじゃあ爺さん、俺はそろそろ行くわ。世界が終わるまで生きるには、まずは妖怪にならねえと話しにならねえぞ。俺の故郷にお手本がいるからよ、機会があったら妖怪になるコツを聞きに行ったらどうだ」


失礼なグレンの言葉にも老人は反応しなかった。


それでもグレンはログに笑顔を向け、一歩足を踏み出そうとした時だった。






「お前さん・・・自分は好きか?」






爺さんが俺の方を向いているのかどうかは分からねえ、それでも俺の答えは決まっている。


グレンはログに背を向けたまま。


「爺さんは自分が好きか? 俺の答えはあんたと一緒だと思うよ、今はそれで勘弁してくれ」


去って行く青年に向け、老人は小さな声で。





「醜い心を自ら誇れ」


「確信なくとも自信を持て」


「意味を求めず胸を晴れ」


「己は屑だと本気で叫べ」






老人は再び流れる川を眺めながら。


「そうすれば、お前さんが壊れても自我は見失わねーよ・・・多分な」


オイラは長いこと生きてきたけどよ、お前さんの言う通り、自分を認めるってのは中々難しい。


「それでも殺したいほど、オリャー自分を憎んじゃいねぇなー」


最後にそう残すと、ログはまだ一つだけ確かめたいことが残っていたから、再び橋の上を行き交う民達の馬鹿面を黙って拝み始めた。




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