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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
6章 赤鋼
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二十一話 届かない手

これは過ぎた記憶の物語であり、現在の彼が見る夢の話でもある。


懐かしき過去の旅。


剣と盾が生まれた瞬間を、此処に記する。


・・

・・

本編より5年前

・・

・・


レンガでの修行を終えた当時の勇者一行は、大森林を目指した。


大森林までの道中、白い魔獣の元となった魔物である牛魔と戦うため、ユカ平原の東側で数日を過ごした。


だが牛魔と遭遇することは結局できず、一行は諦めて大森林へと向かった。



レンガでは修行に重点を置いていたこともあり、勇者一行は白い魔獣についてまだ殆ど情報を集めていなかった。そのため四人は大森林にて幾つかの集落を回り、魔獣の情報集めを開始した。


基本的に責任者と水使いが魔牛の情報を集め、ガンセキとカインは一つの修行に重点をおいて日々を過ごしていた。


本来、森の民は余所者との接触を避けており、自分達の集落に入れることを嫌う。当然だが大森林は森中であり、日中でも太陽は木々に隠れ薄暗く、そこに生息する魔物は昼夜関係なく人を襲う。


ユカ平原からフスマへと向かう場合は大森林を抜けたほうが近く、そのための道も一応だが幾つか通っていた。


だが大森林を抜ける場合は決して道から外れてはならないと、大昔より規則として決まっている。


大森林の奥地には二ヵ所に祭壇が存在し、そこは森の民にとって神聖な場所であり、余所者は近付くことすら許されてはいなかった。


その二ヵ所には、それぞれに属性紋と呼ばれる紋章が刻まれており、森の民から選ばれた者たちが祭壇を護っていた。


水の属性紋ならば水を表す紋章、土の属性紋ならば土を表す紋章である。一般に知られている属性紋から一部にのみ伝えられるものまで、様々な属性紋が世界には存在している。


強い力を秘める属性紋ほど、その紋章は複雑になる。


森の民は二ヵ所の祭壇に一種ずつ存在する属性紋を神への繋がりとして崇め、年に数度その場所で儀式をしている。


彼らは魔物から祭壇を護っているが、中には属性紋を狙う人間も存在していた。属性紋には確かな力が宿っているため、その紋章を余所者に知られることは絶対に起こってはならない事態であった。


だからこそ彼らには余所者からも祭壇を護るという義務が存在している。



しかし長いこと変ることのなかった彼らの営みは、白い魔牛の出現により狂い始める。


最初の内は小さい被害であったが年月を重ねるごとに悪化していき、最近では幾つかの集落が消されるほどの害となっていた。


もはや自分たちの手には負えないと判断し、苦肉の策で討伐ギルドに依頼をする。もちろん森の民には反対する者も多かったが、このまま放っておけば何れ森の民は白い化け物に滅ぼされる。それを分かっていたからこそ、彼らは外界の力に頼るしかなかった。


森の民が依頼した内容は次の通り。


・祭壇に近づいてはならない、だがそれ以外の場所は自由に動いてくれて構わない。


・森の集落を幾つか開放し、そこを拠点として白い魔物を討伐して欲しい。


・見事討伐をしてくれたなら、報奨金として相応の額を支払う。


森の民がだせる額はそこまで多くなかったが、白い魔物が魔獣と認定されたことにより、国からも報酬は加算されていた。


その後しばらくは多くの者達が魔獣に戦いを挑んだが、討伐を達成できる者はなく、最近では依頼を引き受けてくれる人間すら現れなくなっていた。


そのような状況で大森林に到着したカインたち勇者一行に対し、森の民は協力を惜しまなかった。



四人は二ヶ月ほどの時間を掛け、白い魔牛と戦うための準備を整えた。


敵である魔獣は数日に一度、故郷でもあるユカ平原に帰りたいのか、平原に向けて足を運ぶ。


だが遠目からユカ平原を眺めると、諦めて森の奥深くへと戻っていく。


ガンセキたちはそんな魔獣の移動ルートを予測し、ユカ平原に向かう道中の魔牛に戦闘を仕掛けた。


・・

・・

勇者一行と魔獣の戦いは数時間に及ぶ。

・・

・・


その大きさは元になった魔物である牛魔と大差なく、寧ろ一回り小さいかも知れない。


魔牛の象徴である額の角は、牛魔と違い一角の誇り。


確かに全身の色は白いが、筋肉に覆われたその身体には無数の傷痕が刻まれ、土や泥により薄汚れていた。


戦場となった森中は、先程まで降っていた雨魔法の影響で泥濘(ぬかるみ)、とても良い状態の地面とは言えない。



白い牛魔との戦闘に置いて重要となるのは、黄の護衛であるガンセキの防御魔法、それと青の護衛が唱えた雨魔法が要となっていた。


しかし一般的に知られている雨魔法では、白い牛魔には太刀打ちできないだろう。



雨魔法は小雨と言われているが、実際には熟練を向上させることで雨の量を調節することができる。しかし雨魔法を使うことのできる水使いの中で、熟練を鍛える者は少なかった。


理由は幾つかある。


雨魔法は熟練を上げずとも、初期の状態で充分な効果を期待できる。


雨魔法は熟練よりも、敵と味方を判別する技術を向上させる方が重要である。


雨魔法は雨量を増やすことにより領域が強化され、敵の体力や魔力をより多く奪えるが、豪雨となることで味方にも影響する不の要素が増す。



初期の状態で充分な効果が期待できるなら、敵味方の判別をつける修行に重点を置くのは当然である。


熟練は個々の魔法により異なるが、敵味方の判別をする技術は雨魔法や氷の領域など、一度その技術を向上させればこれらの魔法にも適応される。


魔力奪いの雨を徹底的に修行して雨量の調節を可能としても、体力奪いの雨量は調節できない。


雨量を増やし領域を強化しても、地面が泥となり味方の移動にも影響を及ぼす。それだけでなく、足場の悪化により土使いは魔法発動までの時間が長くなる。


何よりも強い雨の影響で雷魔法が敵味方関係なく強化され、豪雨によりずぶ濡れとなった味方にも雷撃が飛び移る危険が強まる。


そして・・・雨が強まれば強まるほど、炎魔法が弱体化する。


雨量を増やすことにより雨魔法の効果を上げた場合、それにより事態が悪化する危険が高くなる。だからこそ高位水使いは雨の熟練を上げる者は殆どいなかった。



だがカインの護衛である水使いは違った。


氷魔法は一通り使えるがどれも熟練は低く、とても魔獣を相手に使えるレベルではない。


ナイフを得物とするが、その技術は他と変らない、接近戦も微妙で扱える武器の数も少ない。


だが捕縛の氷には確かな熟練を備え、氷の領域で複数の相手を捕らえられる技術を持っていた。


彼の雨魔法は特に凄く、自在に雨量を操り敵味方を完璧に区別できる。


超広範囲に雨を降らす高位上級魔法 戦場の雨を実現できる数少ない逸材として、オババに選ばれた人物。


歳は三十を過ぎ、旅にでた経験はないが確かな実力を備えていた。


・・

・・


先程までは豪雨が周囲の音を掻き消していたが、今は嘘のように静まり返り、三人の息を吐く音だけが響く。


いや違う、白い化物はガンセキを睨み付けながら、荒い息を繰り返していた。その姿を見れば、敵が体力をかなり消耗していることが分かる。


現在雨は降ってないが、先程までここら一帯を強い雨が打ち付けていた。


魔獣の魔力は底なしであり、どれほど雨魔法で魔力を奪おうと、尽きるまではかなりの時間を必要とするだろう。だが魔獣の体力は底なしではなかった、豪雨に晒され続けた魔牛は相応に体力を消耗している。


一度失った体力は雨が止もうとそう簡単に回復はしない。休息を取らずに戦いを続けていれば、体力は少しずつ減っていく。



だが勇者一行の体力も予想以上に失われている。たとえ魔法により体力を奪われていなくとも、豪雨に晒されながらの戦闘は辛いものがあった。


足元が悪く移動するだけでも体力は奪われる、着ている衣類は豪雨によりずぶ濡れとなり身体の体温を奪う。



ガンセキは肩で息をしながら、目前で自分を睨み付けている魔牛を観察する。


戦闘が始まった頃に比べれば、間違いなく魔牛の突進は威力が落ちている。


豪雨により体力を奪われた状態の上に足場の悪い地面なんだ、突進の威力が落ちるのは当然だな。



予め一行が練っていた作戦。


前半戦は雨魔法により敵の体力奪い、尚且つ足場を悪くさせることにより魔牛の突進を弱める。


だからこそ今までは防御主体であり、俺たちから魔牛に攻撃は仕掛けていない。雨が降っていようと責任者は雷魔法を使わなかったし、俺達の一行には炎使いが存在しないんだ。


カインは岩の壁、俺は大地壁と大地盾を使い、三段の防御魔法により魔牛の突進を防いでいた。


ガンセキを防御の要とし、カインはガンセキの横に立つ。責任者はガンセキの後方に存在している。


青の護衛は三人より離れた場所で、宝玉具を使いガンセキの土結界を纏いながら動き回り、先程まで雨魔法を使用していた。



魔牛との戦闘が始まり既に数時間が経過しており、周辺は森に覆われているが、所々に折れた大木が地面に倒れている。


ガンセキは己の後方に立っていた責任者に叫ぶ。


「防御は俺だけで大丈夫です!! 今の魔牛突進なら俺だけで防げます!!」


責任者はガンセキの言葉を聞き、作戦を第二段階に移す。


「これより天雷雲を頭上に展開させる!! 当初の予定通り各自行動しろ!!」


カインは土の結界で存在を消すとガンセキに語り掛ける。


「お前がいるから、この作戦を実行できるんだ。ガンセキ・・・もっと自分を信じろ」


ガンセキはその言葉に頷く、カインは友の背中を叩くとその場を離れた。



カインを見送ると、ガンセキは魔牛の前方に岩の腕を召喚する。そのまま魔牛に対し岩腕は殴りかかる。


牛魔は突如出現した岩の腕に角を突き刺すと、振り上げることでそれを破壊した。


岩の腕が魔牛に通じないことくらいガンセキにも分かっていた。そうだとしても、牛魔の注意を己に向けさせる必要がある。


白い牛魔は動きだしたカインに気付いている。だからこそガンセキは岩腕で魔牛に攻撃を仕掛けた。


その思惑通り魔牛はガンセキに注目し、強烈な眼差しで自身を睨み付ける。恐怖の眼差しをガンセキに向けながら、白い化物は泥に塗れた地面を擦り始める。


このまま突進が来る・・・怖い、怖くて堪らない。


足の震えを抑え付けるために、ガンセキは心の中で恐怖を想像の水で薄める。


震えていたガンセキの息使いは少しずつ安定を取り戻し、それと同時に足の震えも治まっていた。


これがレンゲさんと行った修練の成果なんだ。これだけの相手を前に確かな効果がある、この事実を糧に自分を信じなくては。



責任者が天雷雲を完成させるまでの七分、ガンセキが魔牛の攻撃を一身で防ぐ必要があった。カインと青の護衛は土の結界を使い、己の存在を隠しながら魔牛に攻撃を仕掛ける。




白い魔牛は泥に塗れた地面を気にすることなく走り始め、木々を薙ぎ倒しながらガンセキと責任者の下へ迫る。


魔牛は走り始めてからの加速が速く、近距離での回避は余計に危険であった。



次第に魔牛の速度が上がり、やがて肉眼では完全に捕らえることができなくなり、白い影となって二人に襲い掛かる。


白い影は全力での走行でも、進路を大きく変更させることが可能であり、回避するのが牛魔より数段難しかった。


それだけではない、なんとか突進を避ける事に成功できたとしても、魔牛に根元を破壊された木々が倒れることにより味方が大木に押し潰される危険もある。



だからこそガンセキが魔牛突進を防ぐ必要があった。



ガンセキは右腕のガントレットを地面へと叩きつけることにより、右腕を大地の盾とする。


大地の盾を造り終えると即座に左腕を地面に添えた瞬間であった、大地の壁がガンセキと責任者を護るように召喚された。


ガンセキは大地の盾を完全防御形態にし、責任者を護るように身構える。


カインとガンセキがこの二ヶ月重点を置いていた修行とは、泥となり抜かるんだ地面でも、通常時と変らない速度で魔法を発動させるための修行であった。


白い影は勢いを落とすことなく大地壁に突撃する。魔牛の突撃を受けた壁は数秒後に破壊され、その先に存在した大地の盾に激突した。


敵が大地の壁を破壊する一歩手前、ガンセキは己の盾で敵の突進を受ける為に神言を唱えた。




高位下級魔法・大地の呼吸 名称の通り大地の呼吸を感じ取り、それと己の息を合わせることにより、一定時間筋力を底上げする。




大地の呼吸により筋力を底上げしたガンセキは、見事に白い影を受け止めた。


物凄い衝撃に顔を歪めながら、ガンセキはカインに叫ぶ。


「速くしろっ!! 役目は果たしたぞ!!!」


カインは魔牛に接近しながら地面に手を添え、神言なしで大地の巨腕を召喚する。


突進を受け止められた魔牛は突如側面に現れた大地の巨腕に対処できず、物凄い威力と共に殴り飛ばされた。


大地の巨腕に殴り飛ばされた魔牛は幾つかの大木を破壊しながら停止した。だがまだ勇者一行の攻撃は終わっていなかった、停止した白い牛魔の上空に二つの氷塊が出現し、地面に引き寄せられる力を利用して落下する。


魔牛は大地の巨腕を喰らった上に、追い討ちとして氷塊に直撃した。にも拘らず化け物は立ち上がる。


だが敵が起き上がる前に、カインと青の護衛は近場の木に姿を隠し息を潜めていた。


土の結界を使用している上に姿を隠したことにより、魔牛が二人の位置を把握するのは難しいだろう。


全身が血に塗れた牛魔は、諦めず地面を擦り始めた。牛魔は目線の先に存在するガンセキを睨みつけていた。



その後、牛魔は何度もガンセキに突進を仕掛けた。だが突進はガンセキに防がれ、その度にカインと青の護衛により体中の傷が増えていく。


己の誇りを幾度も防がれ、どれ程に傷付こうと魔牛は諦めない。ガンセキだけを睨み付けながら魔牛は起き上がる。


そんな牛魔の姿を見て、ガンセキは笑みを浮かべていた。


俺の防御魔法が役に立っている、俺は仲間の役に立っているんだ。


仲間に迷惑をかけ続けてきたガンセキにとって、必要とされている今が嬉しくて堪らない。



責任者はそんなガンセキの油断に気付き対処をする。


「気を緩めるな、たかが奴の突進を幾度か防いだだけで奢ってはならん。奴が突進にかける誇りを忘れるな」


魔牛がそれを使えないのか、それとも使わないだけなのかは分からない。


だが白い牛魔の存在が確認されてから今日まで、魔牛は岩魔法を一度も使っていなかった。


親にすら見捨てられ頼れる相手もいない魔牛は、走ることだけを誇りとして、今日まで生きてきたのではないか?


現在これ程に傷ついても、魔牛は岩魔法を使おうとしない。


だがガンセキは完全に油断をしていた、牛魔という魔物は知能が高いことに気付いていなかった。


「大丈夫です、恐怖さえ抑えていられるなら、俺は魔牛の攻撃を防げます」


血に塗れた牛魔は地面を後足で擦り、突進をする為に姿勢を低く落とす。


責任者は魔牛を見詰めながらガンセキに語り掛ける。


「手負いの猛獣は何をしてくるか分からない、お前は次の突進をなんとしてでも防げ。受け止めた時、天雷雲で止めを刺す」


ガンセキに護られながら、責任者は頭上に雲を展開させていた。


責任者の言葉を聞いたガンセキは大地の壁を召喚すると、右腕を地面に叩き込む。


泥の地面にガンセキの利き腕は減り込み、それを引き抜くことで大地の盾となる。



血に染まった赤い牛魔は泥を周囲に撒き散らしながら走りだす。段々と速度は上がり、やがてそれは赤い影となりガンセキに迫る。


ガンセキは大地の呼吸を発動させ、己の使える高位防御魔法の中で、最も得意とする大地の盾を完全防御形態へと変化させた。



知能が高い魔物を元とした魔獣の場合、その知能は元を上回る。


己の誇りが通用しない防御魔法を相手が使うなら、その護りを突破する方法を魔牛は考えることができる。


カインが焦りを声に宿しながら叫ぶ。




「魔牛が跳んだぞ!!! 盾の角度を上げろ!!!」




カインの声を聞き、即座にガンセキは大地の盾を持ち上げた。


その動作を終えた次の一瞬であった、大地壁の上部が破壊され、空中から赤い影がガンセキの盾に激突した。


受け止めた際の物凄い衝撃が全身に走り、責任者はガンセキの背中を支えながら。


「堪えろ!!! ガンセキ!!!」


ただでさえ強力な突進に重力が加わり、ガンセキは顔面を涙と涎で汚しながら歯を食い縛る。


泥の混じった鼻水を垂らしながら、ガンセキは力一杯に眼を閉じる。





もう駄目だ・・・押し潰される。





だがカインは諦めていなかった。地面に両腕を添え、急いだ口調で神言を唱える。


「大地の鼓動と俺の鼓動、合わさることで力を我が身に」


息継ぎをすることもなく、カインは勢いをそのままに次の神言を叫んだ。


「偉大なる大地よ、その身を象徴する姿を、神の剛剣をこの手に!!」


その神言と同時にカインの両腕は地面に埋もれ、勇者の周辺が大きく揺れ始める。




ガンセキが諦めかけたそのとき、異常な程に巨大な岩の剣が周囲の木々を叩き斬りながら赤い牛魔に直撃し、その巨体を吹き飛ばした。


高位上級魔法・大地の巨剛剣 一振りで大地を割る。


高位中級魔法・大地の鼓動 大地の鼓動を感じ取り、全身の筋力を数秒間だけ異常に向上させる。


異常な重量のある巨剛剣に対し、大地の鼓動を使い筋力を底上げすることにより振り回す。



白い魔牛を吹き飛ばすことには成功した。だが巨剛剣に破壊された大樹が倒れ、ガンセキと責任者を襲う。


だが青の護衛はその事態を読み、既に二人を護るために接近していた。


大樹が地面へ倒れる前に氷の壁を召喚した事により、寸前の所で何とか大樹を受け止める。


氷の壁はその場に存在していたが、大樹の重量により今にも崩れそうであった。


それでもガンセキと責任者は押し潰される寸前で、倒れてくる大樹から避けることができた。



青の護衛は二人の無事を確認すると、自分の行動に苦笑いを浮かべながら。


「約束だ・・・お前が仲間を護れ、ガンセ・・・」


氷の壁が大樹の重量に耐え切れず破壊された事により、轟音が辺りに鳴り響き彼の言葉は遮断された。


ガンセキは何が起きたのか分からない、この状況を理解しようと考える。


考えようとしても、納得の行く答えは見つからない。ガンセキは今の状況を認めたくない。


地面を這いながら倒れた大樹の下まで動き、そのままガンセキは大樹を持ち上げようとする。


魔力纏いだけでは無理だと理解し、ガンセキは神言を唱え大地の呼吸を発動させた。


だが大地の呼吸では、樹齢千年の大木を持ち上げることなどできるはずもない。


なんど持ち上げようとしても動かない大樹に、一滴の雫が落ちる。


雨だ・・・雨が降っているんだ、まだ彼は死んでない。


己の涙を雨魔法だと思い込み、愚かな男は諦めず何度も大樹を持ち上げようとする。


ガンセキに責任者は駆け寄ると、声を殺しながら泣き崩れる黄の護衛を見下ろし。


「前を見ろ、まだ敵は死んでないぞ」


それでも震え続けるガンセキは、泣くことを止めはしない。


責任者はガンセキの胸倉を掴み、立ち上がらせると殴り飛ばした。


「誰かに護られるだけで貴様は終わる積りか!! 泣きながらでも立ち上がれ!!!」


その言葉を聞き、ガンセキは立とうとする。


だけど一度露になった恐怖はもう隠すことができない、呻き声を上げながらガンセキは何度も立とうとするが、それが出来なかった。



巨剛剣を喰らってもなお、赤い牛魔は血を地面に滴らせながら立ち上がり、ガンセキだけを睨みつけている。


己の誇りをもう一度ガンセキへ仕掛ける為に、赤い牛魔は後足で地面を擦りだす。


その光景と情けないガンセキの姿を見て、責任者は静かに息を吐くと呼吸を整える。


「お前は恐怖隠しを習得してまだ日が浅い・・・それでも良く頑張った」


優しかった、怖かった彼の声は本当に優しかった。


責任者は得物である白鋼の片手剣を地面に突き刺すと、勇者に向けて叫ぶ。


「カイン!! お前は剣だ!!」


続けざまにガンセキに叫ぶ。


「ガンセキ!! お前は盾だ!!」


叫び終えると責任者は地面から片手剣を引き抜く。



白鋼の片手剣を責任者は構える。


振り向くこともなく、責任者は優しく穏やかな口調で。


「お前が気に病む必要は無い・・・今回の事態、決断を下した者の責任だ」


ガンセキは全身を震わせながら、その背中を滲んだ視界に映す。


「それでも責任を感じると言うのなら、今回の失敗を死ぬまで忘れるな」


震えを抑え付けながら、ガンセキは責任者に手を伸ばそうとした。


白の責任者は、やがて責任者となる臆病者に言葉を残す。


「喩えカインに憎まれようと、お前は全力で勇者を護れ」


己の想いをガンセキに託すと、責任者は責任を取る為に走りだす。












どんなに伸ばそうと・・・俺の手は届かなかった。













一体の牛魔は駆ける、まるで平原のように大森林の木々を薙ぎ倒しながら。


魔牛には赤い影となる体力はもう残っていない、それでも魔牛は一生懸命に残る力を振り絞り全力で走る。


カインが高位上級魔法を使い、ガンセキの恐怖が露となった。


この場で魔獣を倒さねば、勇者一行は全滅するだろう。


ならば責任者として取るべき行動は一つ、確実に牛魔を殺す手段を実行する。



魔牛は吼える、それは怒りではない、ましてや憎しみでもない。


己は牛魔だという誇りを胸に吼える。


力の象徴である一振りの誇りが、責任者の腹部を容赦なく突き刺した。


責任者は吐血しながら両腕で片手剣の柄を掴み、己の剣を空に掲げると、天雷雲より無数の雷が落ちる。


天雷剣となった片手剣を白い魔獣の頭部に突き刺すと、責任者は仲間に最後の言葉を送る。




「今この時より!! 青と白はお前達の鎧となる!!」




赤い牛魔は天雷剣を突き刺されようと走るのを止めない、その眼光でガンセキを睨みつけながら走り続けた。


次第に黒い靄らしきものが魔獣の全身と責任者を包み込む。


ガンセキは全身を震わせながら両腕で頭を護り、そのまま地面に蹲る。


だが既に魔牛の肉体は消えていた、黒い靄だけがガンセキを通り抜け、夢にまで見た広い草原へと走る。




魔獣は空へと駆け抜けて逝き、責任者はガンセキの目前で地面に倒れていた。


ガンセキは泣きながら泥に塗れた己の顔面を拭い、責任者に駆け寄る。


泥に足を取られガンセキは転倒した。


顔面を地面に付けながら、その場で泥をガンセキは両腕で掴み、情けない自分を呪いながら泣き始めた。



呪縛の信念を始めて背負ったガンセキの泣き声は止まらない。


地面に両膝を落とし、力なく天を仰ぎながら、必死に叫ぶカインの嘆きは周囲に木霊する。



戦いの後に残ったのは、生き残った二人の悲しみだけであった。


いや違う、生き残った二人には、この瞬間に確かな覚悟が生まれた。


剣は仲間を死なせないと。


盾は勇者を死なせないと。


これは5年前の物語、所詮は過ぎた昔の記憶である。


ただ一人生き残り、今を生きる彼が見た、愚かな過去の夢。


夢は何時か覚める、夢の中で存在していた剣はもういない。


そう・・・夢は何時か覚めるんだ。




ガンセキはゆっくりと目蓋を開く。


開かれた視界には青の中に黒が混じり朝が近い、仲間たちの寝息が聞こえる。


内容は覚えてないが、悲しい夢を見ていたようだな。涙で枕が濡れているのが分かってしまった。


まったく、この歳になってこう何度も泣くとは。最近は冗談抜きで泣いてばかりだな。


ガンセキはその場で上半身を起こすと、目元を手首で拭う。


拭った手首を観察し、ガンセキは既に涙が乾いていることを知る。


夢の内容は覚えてないが、心が沈んでいる。


ガンセキは何気なく枕元に置いてあったハンマーを手に持つ。



何度も後を振り向きながら、辛い過去や厳しい現在に泣きながらでも、俺は前に進むと決めたんだ。



どうも性分でな、過去の呪縛を振り切るのは俺には難しそうだ。だから縛られながら生きることにした。


そう自分で決めたら、理由は分からないが少しだけ気が楽になった。俺の場合はこの生き方が性分に合っていただけだろう。


ガンセキはふと手に握っていたハンマーに魔力を送ってみた。


必ず此処へ戻ると意志を込めて魔力を送る。


魔力を充分に送ると、ガンセキは満足したのかハンマーを手放そうとした。その瞬間であった、工房より送られた魔力により、小振りのハンマーが僅かに反応した。


実際にはどうなのか分からない、それでもその反応には。


『帰ってこなかったら、君の墓を掘り起こしてでも此処に引っ張ってくる』


そんな言葉が宿っている気がした。


ガンセキはハンマーに笑みを向けながら、もう一度だけ魔力を送る。


約束、ちゃんと護って下さいよ。


暫しの時間を置き、レンゲからの返事が届く。


『私の準備は整ってるよ、あとはガンセキが約束を護るだけだね』


ガンセキはレンゲから託されたハンマーを額に付け。


「必ず帰ってきます、そしたら・・・楽しみにしてますよ」


次の一瞬だった、ガンセキは自分の頭をレンゲが抱きしめてくれた気がした。




ガンセキには呪縛の過去がある。それでも今を生きたい想いがある。


だから俺は死にません、仲間も・・・死なせない。


生を司る盾、死を司る剣、そして絆を司る鎧。


失われし三の力、それは大地に落ち、俺の魔法にも宿っている。


だが剣の力を俺は使いこなすことができない、俺に使えるのは盾と鎧だけだ。



カイン、お前は望まないかも知れんが・・・どんな手段を使おうと、俺は誰も死なせないぞ。



お前が拘りを通したように、俺は俺の拘りを通し抜いてみせる。



そしていつか過去の呪縛を、辛い想いでに。






6章:二十一話 おわり



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