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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
6章 赤鋼
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二十話 道明花

父が姿を隠し母が闇夜を優しく照らし始めたころ、グレンは薄々と意識が戻り始め、自分が眠っていたことを思いだす。


だがまだ眠く、目蓋を開ける気にはなれない。



このまま起きるかどうか悩んでいると、己の額が濡れていることに気付く。


どうやら誰かが俺の額に濡れた布を置いているようだ。


グレンは嫌々薄目を開き周囲を見渡すと、傍らでニコニコ笑っているセレスを発見する。


この馬鹿は気持ち悪い笑顔を撒き散らしながら、一体なにをしているんだ。



セレスはグレンが起きたことに気付き、嬉しそうな口調で話しかける。


「あ、ごめんね~ グ~ちゃん起きちゃったね」


その声を聞き、グレンは額の濡れた布を自分で取り去り、痛む腹部を堪えながら上半身を起こす。


起きようとするグレンを見て、セレスは慌てながら注意する。


「駄目だよグレンちゃん、安静にしてるようにガンセキさんに言われてるのに」


グレンは苛立ちを隠さずに。


「お前は何をしているんだ?」


だがセレスはグレンの苛立ちに気付くことなく、満面の笑みを撒き散らしながら。


「にへへ~ グレンちゃんの看病だもん、偉いでしょ~」


そうか・・・お前は馬鹿なんだな。



グレンは手に持った濡れた布をセレスに投げ捨て、それと同時に呆れた口調で。


「昨日もお前に言ったけどよ、俺は風邪なんて引いてない。確かに体調は万全じゃねえ、だけどそれは敵に殴られたからだ」


当然だが熱もなければ風邪気味でもなく、俺はいたって健康だ。


セレスはグレンの態度に不満を述べる。


「ぶ~ せっかく私が看病してあげたのに!」


グレンは頭に手を当てながら返事をする。


「頭が痛くなってきた・・・お前の馬鹿は人の体調を悪化させる、だから俺に近づくな」


何も考えず良く寝たからか、グレンは久々に口の悪さが光る。


だがその暴言が冴えれば冴えるほど、事態の収拾がつかないのは何時ものことだ。



今まで気付かなかったが、すでに宿へ帰っていたアクアは、グレンの毒舌を聞くとセレスの護りに入る。


「セレスちゃんの優しさに体調を悪くするのは、君の心が荒んでいるからだ。自分の性根が腐っているのを、全部セレスちゃんの所為にするなんて、相変らずグレン君は最低だよ」


グレンはアクアに視線を向けず。


「馬鹿に馬鹿といって何が悪い、事実俺はこいつの馬鹿に気分が悪くなったんだ。というかアクアさんよ、さっきから隠れてないで堂々と出てきやがれ。


セレスを庇っていたアクアは、グレンが何を言っているのか分からず。


「ボクは君の前にいるじゃないか、ついに口だけじゃなくて眼まで悪くなったのかい」


アクアの茶化しに動じることもなく、グレンは冷静な口調で言葉を返す。


「なんだお前、そんなところに隠れてたのか。少し見ない内に縮んだんじゃねえのか?」


睡眠をたくさん取ったせいで口が回りすぎたのか、グレンは禁句を口走ってしまう。


何も考えず言ってしまったことを、グレンはあとになって後悔した。


「うぎーーーっ!!!」


アクアは奇声を上げながらグレンに飛び掛ると、そのまま憎い相手に牙を向ける。


グレンは痛みに顔を歪めながら。


「なにしやがる!! お前は犬魔か、このチビが!!」


痛みでグレンの病気は止まらない、己の言葉が事態を悪化させていることにグレンは気付いていなかった。アクアは噛み付くのを止めると、今度は両腕でグレンをボコボコと殴り始めた。



三人の光景を諦めた眼差しで眺めていたガンセキは、溜息を一つ吐くと椅子から立ち上がり。


「グレン・・・人が気にしていることを毒舌に混ぜたお前が悪い」


唯一の味方であるガンセキに怒られたら、もはやグレンに抗う術はない。


アクアの微妙な拳打に耐えながら、グレンは心底嫌そうな表情で謝罪をする。


「悪かった、以後気をつける」


アクアは殴るのを止め、とぼけた顔をしながら。


「今なにか言ったかい? ボクは小さいから良く聞こえないよ」


このクソ野郎、自分でチビだと認めてるじゃねえか。それに小さいのと聴力に関係はないだろ。


ピクピクと震えているグレンに、セレスが追い討ちを掛ける。


「グレンちゃん・・・悪いことしたら謝らないと駄目ってオババが言ってたよ」


セレスの発言にグレンは苛立ちを隠さず返事をする。


「お前は何かというと直ぐに婆さんの名前をだしやがって、まるで馬鹿の一つ覚えだな」


当然のようにアクアが怒る。


「グレン君、キミは最低だ!!」


頭を掻き毟りながらグレンは言葉を返す。


「うるさい!! なんか止まらないんだよ、最近我慢してたから反動で!!」


本人の言う通り口の悪さが止まらず、グレン自身困惑していた。


冗談抜きで病気なのかも知れない。



だがアクアが納得する筈もなく。


「思ったことそのまま言う癖に、なにが我慢なのさ!!」


痛む腹筋を堪えながらグレンは答える。


「俺が本気でその力(毒舌)を開放すれば、草木一本すら残らねえ!! 後に残るのは枯れ果てた荒野だけだ、お前は今まで我慢してきた俺に感謝しろ!!」


もう自分でも何を言っているのか分からない。


あまりの馬鹿げた発言に、思わずアクアは押し黙り。


「う、うん・・・あ、ありがとう」


自分でいった内容が恥しすぎて、グレンは頬を赤く染めながら倒れると、隠れるように掛け布に包まる。


諦めて事の成り行きを見守っていたガンセキは、言い争いの終わりを目の当たりにすると。


「喧嘩を放っておくとこうなるのか」


セレスはニコニコしながら隠れているグレンを指で突きながら。


「にへへ~ グレンちゃん可愛い~」


グレンは何も言わず黙っていた。


・・

・・


暫しの時間が流れ、四人は先程の喧騒を忘れたかのように、それぞれの今を過ごす。


アクアとセレスは合体魔法の修練をしているが、俺の目からは仲良く手を繋いでいるようにしか見えない。


ガンセキさんは2人の修練に小一時間だけ付き合うと、いつもの席で読書を楽しんでいる。


合体魔法の場合、ある程度すべきことを教えたあとは何度も繰り返すしかない。


ガンセキさんがいうに魔力を混ぜるという行為は、二つの川が合流し神へと届く。このような感じでの想像が二人には最も適しているらしい。


他にはアクアの川(魔力)にセレスの雷(魔力)が落ち、合わさって神へと流れていく。こんなのも試したそうだ。


だがこの想像には問題があり、俺たちは神に魔力を送り属性を得ている訳だから、魔力と属性を同じ物として捕らえることが二人には上手くできなかった。


本来魔法には魔力が宿っている訳だから、無理のある想像でもないと思うんだけどな。まあ・・・人には向き不向きがあるからな。



グレンは寝ながら薄汚れた木製の天井を見上げ、軽く身体を伸ばしたあとに深呼吸をすると、片腕を枕代わりにして頭を支える。


本当に今日は何もしてない。暇だから魔力練りの訓練をこっそりしようとすると、何故かそのたびにセレスが目敏く止めに入ってきやがる。


『グレンちゃん、ガンセキさんが今日は修行しちゃ駄目って言ってたもん』


とかいって俺の修行を邪魔してくれる。



やることがある、やらなくてはならないことがある。ずっと時間に追われた生活をしてきたから、久しぶりに暇ってのを味わうと意外に辛いな。


昔は己について考える積りもなかったし、自分について考えたくもなかった。だから生きる為に必要なことしか考えなかったんだ。


俺は自我が無いというより、自我が解からないだけなのかも知れん。


時計台で戦っていたとき、死を怖れた自分に語りかけてきた誰かの言葉。



・・・それがお前の本質だろ・・・



何が俺の本質なのかは解からない、だけどそれに気付いたとき、自分という感情を手に入れることが俺にもできるのか?


だがグレンは薄々勘付いていた、己の本質を自分が望んでいないことに。


自我を知ったとき、グレンはもう一つの己を失うことになる・・・かも知れない。


俺は物事を考えるのが好きだけどよ、時々考えすぎて怖くなることがある。


昨日の工房でレンゲに教わったことを想いだし、グレンは深呼吸をする。


吸った息を吐くと同時に、不穏な気分も全て吐き出す。



心を落ち着けると、グレンはベッドから立ち上がり、靴を履いてガンセキの下へ足を進める。


机の上には俺の分と思われる晩飯が無造作に置かれていた。


椅子に座って読書をしているガンセキに食べて良いのか尋ね、許可を貰うと空いている席に座り、グレンは黙々と食事を始めた。


・・

・・


グレンの晩飯が終わったのを確認すると、ガンセキは手に持っていた本を机に置き、修行をしている二人に視線を向けて声を掛ける。


「話し合いをしたい、一度修行を止めてくれ」


セレスとアクアは繋いでいた手を放し、四人で話し合いをするために移動をする。



ガンセキは扉側の椅子に座り、グレンは机を挿んだ正面の椅子に腰を落ち着けている。二人はその近くのベットに仲良く座っていた。


まず第一声はガンセキから。


「話し合う内容は今後の予定と昨日の戦いについて、あとグレンが調べた刻亀の情報と、俺が調べたヒノキ周辺の魔物。もしそれ以外に話し合って置くべき事があれば、今の内に言ってくれ」


アクアはガンセキを視界に映すと口を開く。


「とりあえずボクが言いたかったことは、さっきガンさんに伝えたから。こうやって四人で話し合いをできるならさ、ボクは文句ないよ」


俺とセレスが宿で暇を持て余していたころ、こいつはガンセキさんと何か話しでもしたんだろう。



本当はレンガを出てから知らせようと思っていた。でも、今言っておいた方が良さそうだ。


アクアの言葉を聞き何かを決心したのか、グレンは言うべきかどうか悩んでいたことを三人に伝える。


「前にアクアさんの矢を買いに行った武器屋のことを覚えているか?」


三人が一斉にグレンへ注目すると、セレスは頷きながらその質問に答える。


「見たことない武器が置いてあったお店だよね? グレンちゃんにその武器の使い方を教えてもらったの覚えてるよ」


アクアもセレスに続く。


「矢の材料を買ったお店だからね、ボクだって覚えているよ」


ガンセキもその店でアクアが矢の材料を買ったことは知っていた。


グレンはアクアとセレスを見ながら。


「お前らはあの店主を見て、何か引っ掛かるのを感じなかったか?」


俺は少なくとも何かを感じた。鎖短剣だけじゃねえ、言葉では上手く言い表せないけど、確かな何かを感じたんだ。


セレスは俺よりも表情から相手の本質を探るのが下手だから、気付かなくても仕方ない。だけどよ・・・アクアはその点において俺より上だ。


グレンに視線を向けられたアクアは、当時のことを想いだしながら。


「武具屋として確りした考えを持っている人だとは思ったけどさ、どこにでも居そうな人じゃないかな。あの店主さんの目を見たけど、引っ掛かるのは感じなかったよ」


あの男が持つ本性を隠す技術は一流だ、本来なら俺が気付くなんて不可能な筈だ。


ゲイルと初めて言葉を交わした時の心境を、グレンは包み隠さず三人に伝える。


「だけど俺はあの時・・・ゲイルと名乗ったあの男と、関わらなくてはいけない。そう感じたんだ」


グレンはガンセキに土の領域を展開してもらい、周囲に怪しい人物がいないことを確かめると、武具屋での経験を全てこの場で吐く。



一人の策士としてゲイルと戦ったこと。


ゲイルの掌で踊らさせながら勝利を掴んだこと。


裏武具屋で目にした、見たこともない武具のこと。


古代武具・・・惨めな者達の夢の後、そう呼ばれたあの剣との出逢い。


それらのことを全て三人に伝え終えると、グレンはガンセキに向けて言葉を掛ける。


「本当はもっと速く知らせるべきでした、だけど脅迫されてて俺自身どうするべきか悩んでいました。本当はレンガを離れてから伝えようと思ってたんすけど」


ガンセキはグレンの話を黙って聞いていた、閉じていた目を開くとグレンに語り掛ける。


「俺たちに迷惑を掛けるかも知れないと理解しながら、お前はその人物に関わったのか?」


グレンはその質問に対して正直な気持ちで答える。


「あの男に俺が強い危険を感じたのは、奴が本性を現してからです。俺が接触した理由は、策士として自分の考える力を試したかった。何よりも今後ゲイルと名乗ったあの男に深く関わらなかったら、俺はいつかそのことを深く後悔すると感じたからです」


他人と深く関わることを拒絶しているグレンが、自ら望んで関係を築いた。


ガンセキはそれが信じられなかった、驚きを隠しながらもグレンに言葉を返す。


「人付き合いに関して俺が止める権利はない、だがその相手に危険を感じたのなら、たとえ脅迫されようと相談して貰わないと困る」


グレンは頷きながら。


「正直怖いんですよ、あの男が。俺は今まで個人に対してこれ程の恐怖を感じた経験がないんで」


アクアはそんなグレンを見ながら。


「グレン君がビビリなのは知ってたけどさ、君が一人にそこまで怖がるなんて・・・らしくないと思うな」


確かにグレンは人間を怖れている、だがそれは人間全体に対してであり、個人を強く恐れることは今までになかった。


少なくともそれだけで、グレンが関わった人物が只者ではないことを三人は理解した。


セレスは心配そうな瞳をグレンに向けながら。


「でもグレンちゃんは私達にその事実を伝えてくれた、私はそれだけで凄く嬉しいもん」


当然のようにグレンは嫌そうな表情を浮かべながら。


「それだけの情報を、あの男は俺に与えてくれた」


そういったグレンの声に冗談は無く、その場にいる一同は静まり返る。



ガンセキはグレンの眼を見つめながら。


「しかし裏武具屋か・・・本当に存在していたとはな。隠し事が好きなお前が俺たちに知らせたんだ、その情報は今後の旅に置いて、皆が知ってなければ危険ということだな」


知られなければ嘘にはならない、そう考えているグレンが何故、ゲイルに付いてだけは何時か三人に話さなくては駄目だと思っていたのか。


グレンは頷くと、ガンセキに真剣な口調で質問をする。


「剣の道に全てを掛けた者、そういう意味を持つ剣士の存在を知っていますか? 俺は彼らのことを、道剣士と呼んでいます」


剣の誇りを学んだ意味での剣士と区別するために、グレンは道剣士いう言葉を創った。


ガンセキは腕を組み、考える姿勢を造りながら。


「話だけだが、剣を魂としている者がいると聞いたことがあるな」


剣を魂とする者と、剣の道を歩く者が同じ存在なのかは分からない。


そもそも剣が魂ってどういう意味だ? 俺は魂って言葉の意味すら良く解からない。



グレンはゲイルより教わった剣士に付いての情報と、自ら調べた幾つかの知識を三人に説明する。



世界の力である魔法を拒絶し、魔力を持っていようとそれには頼らず、代わりに殺気を操る。


土の領域ではなく気配で周囲を把握でき、己の存在を隠す術も持っている。


魔法に対して剣と剣術だけで対処し、上位に位置する者は高位魔法をも凌ぐ。


道を歩いている者は剣士だけに限らず、槍を手に道を歩む者は道槍士といった風に異なる。



一通りの説明を終えると、最後に重要なことを仲間に伝える。


「俺も道剣士に付いて調べてみたんですが、それ以上の詳しいことは何も分かりませんでした。ですがその道を歩く者は、道の果てを目指すそうです」


そこまで話すと、グレンはゲイルの言葉を述べる。


「その道中で壊れた道剣士を剣豪と呼び、剣豪は強者との真剣勝負だけの為に生きている」


真剣な表情で話を聞いていたアクアは、グレンが何を言いたいのか理解し、困った表情を浮かべながら。


「つまりさ、その狂った人たちは・・・ボクたちを狙っているってことだよね?」


ガンセキがアクアの発言に続く。


「そして剣豪は高位属性使いを相手取るだけの実力を持っている。何よりも危険なのは、剣豪は魔力を持っていようと、それを見の内に隠す技術を具えているということか」


一般人に紛れ込み、一人となった瞬間を狙い、強者に剣を向ける。


グレンは二人の意見に頷きを返すと、視線をセレスに向けて。


「奴らは信念旗とは違う。友として、お前を含めた勇者一行との戦いを望んでいる」


嫌で堪らないが、狙われる対象の中には俺も入っている。だが剣豪が狙う本命は、その中で最も強大な力を持つ者だ。


以上のことを踏まえ、グレンはセレスに語り掛ける。


「セレス・・・世間の評判では、俺たちの中で一番の強者はお前だ」


信念旗は使命として勇者を狙い、剣豪は強者として力を持つ勇者を狙う。


セレスは首を傾けると、疑問をグレンに言う。


「私の中だとガンセキさんだもん、私が一番じゃないよ」


確かに才能はセレスだが、俺が一対一で殺し合いをする場合、誰よりも相手にしたくないのはガンセキさんだ。


勇者の儀式は勝者を決めるだけの勝負であり、セレスは手加減を知らないから戦いたくなかった。


だが殺し合いとなれば話は別だ。俺たち四人の中で誰よりも高位魔法を使いこなし、戦闘の経験が最も豊富なのはガンセキさんだ。何よりも人を殺すことに抵抗を感じないのも、恐らく四人の中ではガンセキさんだろうから。


剣豪がなぜセレスを本命として狙うのか、その理由をグレンが述べる。


「噂ってのは一人歩きするもんだ、勇者という肩書きの上に神位魔法を使える事実。たったそれだけの情報で、お前の評価は望まなくても上がっていく」


こいつは旅立つ前からこの国だけでなく、世界からの期待を背負わされているんだ。


神位魔法を使えた属性使いはこの千年で確認されてない、光の一刻ですら数える程しか使える者は存在していなかったんだ。神位魔法が使えたのは、古代種族ですら一握りだ。


過去に一度だけ見たことのある、恐ろしい情景をグレンは想い出していた。


こいつが神位魔法を使用したとき、俺はセレスの間近にいた訳じゃない。


頭上ではなく、空を覆う天雷雲・・・まるで天の神が怒り狂っているようで、全身の震えが止まらなかった。


あの焦げた空を見てから、俺はセレスに勝てる気がしない。そして村人が一層にセレスを崇めるようになったのも、あの日が境だ。


婆さんが言うには、そのときセレスは聞いたことのない言葉で、聴いたことのない詩を唄っていたらしい。



グレンは強い眼差しをセレスに向けながら。


「剣豪は力を持つ者なら・・・それ以外の事情は無視して戦いを挑む」


勇者が死に絶望が人々に広まろうと、強者と命を賭けて戦えるのなら、一心の躊躇もなく剣を向ける。


それだけが彼等にとって、唯一の生きがいだから。


アクアがグレンに質問をする。


「その人たちってさ・・・強い人がいたら、どこにでも現れるのかな?」


それが三人にゲイルの話をした一番の理由だった。


「基本奴らが姿を見せるのは魔王の領域だけだ。でもよ、刻亀と戦う為に勇者一行がヒノキに向かうことを知れば、そっちに向かう剣豪もいるんじゃねえのか」


ガンセキは納得した表情で口を開く。


「麓の本陣でレンガ軍の兵士、または討伐ギルド登録団体に紛れ込み、剣豪と呼ばれる狂戦士が身を潜めている可能性がある・・・対策を練る必要があるな」


グレンは頷くと、剣豪について考えていた予想を述べる。


「俺が思うに剣豪ってのは一対一に強い拘りを持っている。奴らは強者との戦いを極限の一時と呼び、その場所が汚されるのを心底嫌っていると思います。もし剣豪みたいな奴が存在しているのなら、俺たちじゃなく刻亀を狙うかも知れないですけど」


一人でヒノキ山を登り、高原に向かうようなことをしかねない。そうなってくれたら俺としては有り難いけど。


いや・・・違うな、剣豪はあくまでも果てを目指しているだけだ。勝てない相手とは戦ったりしないか、刻亀と戦って勝てると判断すれば、剣豪は迷うことなく時の王に挑みかねない。



一通りの情報を得て、そこから導かれる対策をアクアがガンセキに言う。


「本陣ではレンガみたいに夜も兵士さんが見回るんだよね、だから単独行動しないよう注意すれば良いんじゃないのかな?」


確かにアクアの対策でも効果はあるだろう、だが相手は信念旗でなく剣豪なんだ。


グレンはアクアの考えに自分の意見を。


「剣豪と信念旗は別だ、巡視の兵士を先に殺してから事を実行するんじゃねえか? それに奴らは気配を消せる、お前と一緒に歩いていた奴を気付かれないように殺してから、アクアさんと極限の一時を楽しむだろうな」


信念旗は基本的に勇者一行以外は狙わない。だが剣豪は極限の一時を楽しむためなら、容赦なく邪魔者は排除するだろう。


アクアはグレンの意見を聞き、そこから新たに対策を考える。


「夜間はできるだけ出歩かないようにして、それでも外を歩くときは・・・腕の立つ人と一緒に歩く。これじゃ駄目かな?」


グレンは考える姿勢を造り、暫し黙り込む。


剣豪は魔力だけでなく殺気も隠す、下手すりゃ感情すら隠しかねない。そうなると土の領域で捕らえることは難しくなる。


不意打ちに対処できるだけの防御能力を持った人物か、そうそう心当たりもないな。



まてよ・・・奴らは極限の一時を邪魔されるのを嫌う。剣豪の襲撃を受けたとき、周辺の兵士は既に殺されていると思った方が良い。


グレンは交互にアクアとガンセキを見ると、己の考えを述べる。


「剣豪に襲われたとき、夜間外務の兵士が利用している笛を使えば、離れた場所で巡視している連中に危険を知らせることもできるんじゃないですか?」


邪魔が入ると知れば諦めるかも知れないし、俺はそんな化け物と戦うのは御免だからな。



ガンセキは頷くとセレスを見て。


「お前の場合は狙われる危険が特に高い、常時数名の護衛が付いて息が詰まるかも知れんが、それでも良いか」


セレスはガンセキの言葉に元気の消えた表情を向けながら。


「はい・・・どんな理由でも、私は人を相手に戦いたくないし、命を奪うのも嫌ですから」


信念旗に剣豪、俺だって勇者を狙う存在がこんなにいるなんて知らなかったからな。



ガンセキは顔を曇らせているセレスを見ながら。


「それでも生きる為に剣を抜け、そうしなければお前を護る為に犠牲となる者が増えるんだ」


グレンは剣豪について伝えるべきか悩んでいた、それに加え信念旗の存在もセレスは既に知っている。



話し合いを一通り終えると、ガンセキが纏めに入る。


「剣豪・・・そこまで至る剣士は一握りだろう、特に魔法が主体となるこの世界ではな。昨日信念旗に襲われたことをホウドさん(属性大隊長)に説明すれば護衛を回してくれるだろう」


壊れた剣士なんてこの世界では数える程しかいないだろう。信念旗のことを伝えれば、たぶん大隊長さんも力を貸してくれるはずだ。信念旗ってのは協力者がそれなりに存在しているんだ、やろうと思えば兵士に紛れることだって可能だからな。



グレンはふと思い、ガンセキに昨日の戦闘について尋ねる。


「話は変るんですけど、時計台で俺と戦った連中・・・まだ捕まってないんすか?」


ガンセキさんの話では、レンガの南門と北門は現在封鎖されており、簡単に出入りすることはできなくなっている。


レンガ内も治安維持軍が血眼になって逃げた連中を追っているだろうし、恐らく数週間はこんな状態が続くだろう。


ガンセキはグレンの質問に考え込みながら返答する。


「残念だが難しいだろうな。信念旗の恐ろしさはやはり実行部隊ではなく協力者だ、頑強な裏が在るからこそ一度逃亡に入った連中を捕らえるのは難しい」


下手すれば既にレンガを脱出している可能性だってある。


ガンセキは一度話をここで区切ると、昨日の戦闘についてグレンへ質問する。


「時計台での戦闘に置いて、幾つか腑に落ちない点が在ると言っていたな。俺も三人に報告しなくてはならないことがある、まずはお前から昨日の戦闘を一通り簡単で良いから説明してくれ」


グレンは頷くと、工房での出来事から説明に入る。



レンゲの言葉でグレンは敵の存在を知った。


工房の北と東に計十名、三組に分かれた九名を東北に確認する。


グレンは東北に逃げ、無事に時計台まで辿り付く。



工房から北と東に存在していた十名は、三名がそのままグレンを追い、残りの七名がガンセキたちの足止めに向かったと予想される。


レンゲの話では東北に隠れていたのは九名だったが、実際に接触したときには一人多く、グレンの逃走経路を塞いでいたのは全部で十名であった。


「俺が戦ったのを全て合わせると十三名で、残りの七名がガンセキさんたちの足止めに向かったのだと推測します」


ここまでの話を聞いたガンセキは、グレンの武具について質問する。


「魔獣具の能力は聞いたが、呪いについてはまだ聞いてないな。もし何かしらの症状が既に現れていたのなら、隠さずに吐いた方が良い」


魔獣具については既にガンセキさん自身予想していたらしく、昨日の内に俺から知らせてあった。


アクアとセレスに怒られたことにより、グレン自身反省していたため、魔獣具のことはガンセキからそこまで言われなかった。


呪いはまだ発症していない、そう嘘を付いたところでガンセキさんには見破られるか。


ばつが悪そうな表情を浮かべながら、グレンは正直に発症した呪いを三人に伝える。


「人間に対しての憎悪はありませんが、人を傷付けたりするのが楽しくなります。呪いが強まると人間を殺すことに躊躇いが無くなりましたね、完全に人である相手を敵だと認識していました。だけどこの呪いがあったお陰で、俺は今ここで話をしていられるのも事実です」


セレスは悲しそうな表情でグレンを見詰めていた。


アクアは黙ってグレンを睨みつけている。


ガンセキは冷静を保ったまま魔獣具の呪いについて考え、一つの予想を立てる。


「成る程な・・・確かにその呪いなら、お前が軽傷で済んでいるのも頷ける。だが魔物と戦うときは、覚悟した方が良さそうだな」


グレンはガンセキの言葉を聞くと、首を縦に動かしながら返答する。


「俺もそんな予感はしています。だけど泣きながらでも・・・戦って見せますよ」


人間を相手に喜びが湧き上がるのなら、魔物を相手にしたとき、俺の感情はどのように変化するのか。確信は持てないが容易に想像ができた。



セレスとアクアの目線が痛いから、グレンはそのまま時計台での戦闘について話を続ける。


「腑に落ちない点なんですけど・・・俺が属性兵に助けを求めるため南か西へ向かった場合、オルクはそれに対処して数十名を壁上へあがる階段付近に待機させていたと思うんすよ」


だけど俺は東北へ逃げた。


「俺が東北へ逃げた事実を何らかの方法で知れば、壁の付近にいた連中は俺を追うか、またはガンセキさんたちの足止めへ向かうはず。でも、実際に俺が戦ったのは十三名だけです」


少なくとも南北の壁には十名以上の実行部隊が隠れていたと俺は予想している、だがそいつらは時計台にもガンセキさんの足止めにも、そのどちらにも向かわなかった。


これが俺の腑に落ちない点だ。


グレンの話を一通り聞くと、ガンセキは納得した表情を浮かべ。


「昨日巡視中の一般兵が、レンゲさんの工房から南と西の壁付近で、十数名の身元が分からない遺体を確認した。その風貌から推測するに、恐らく信念旗実行部隊の者達ではないかと考えられている」


ガンセキから得た情報により、グレンは何が起きたのかを把握した。



責任者は息を一つ吐くと。


「では何者がその連中を殺したのか? そういうことになるな」


アクアが慎重に言葉を選びながらガンセキの疑問に答える。


「勇者を守る会。勇守会がグレン君を護るために実行部隊の人たちを」


殺した。


アクアはその一言を声にだせなかった。


グレンは頷きながら。


「俺の予想では勇守会は勇者を護る会なんかじゃねえ。多分だけどよ、本当は・・・信念旗を潰す会だ」


事実、俺は勇守会に守られてはいない。奴らは俺を護ることより、俺に姿を見せることを拒んだんだ。それでも勇守会がいなければ、俺を狙う敵の数は増えていただろうけど。



ここまでの話を終えて、ガンセキから三人に伝えなくてはならないことが、あと一つだけ残っていた。


いや・・・この事は勇守会よりも重要だろう。


ガンセキは三人を交互に見ると、重要な情報を伝える。


「時計台でグレンと分かれた後、一般兵たちは治安維持軍に救援を要請した。だが彼らが時計台に来ることはなかった」


確かに小隊長さんは治安維持軍にも協力を頼むといっていたが、結局最後まで彼らは現れなかったな。


グレンはガンセキに推測を。


「一般兵が協力の要請をしに治安維持軍のレンガ支部へ向かう途中、信念旗の襲撃に遭って殺されたのかも知れないですね」


オルクなら治安維持軍に対し、一般兵が救援を要請することを予測していたと考えても変じゃない。一般兵は少人数ではそこまでの力を発揮できないからな。


もし俺の推測が正しければ、俺なんかを護るために犠牲となった兵士は十六名を超えるか。



しかしガンセキはグレンの予想に首を振りながら。


「あの小隊長はそこまで予測していた、救援を要請する兵士を三組に分けてレンガ支部へ向かわせていたらしい。実際に治安維持軍の属性使いは救援としてレンガ支部を立っている」


向かわせた三組は治安維持軍の支部まで辿り着いており、救援の要請を受けた属性使いが時計台に向かっていた。



次にガンセキが放つ言葉に対し、グレンだけでなく三人が驚愕を示す。


「レンガ支部を離れた十名を超える属性使いは、向かう途中で何者かの襲撃を受け壊滅していた。場所は時計台へと向かう最短ルートの道中、生き残りの証言が正しいのなら敵は炎使い・・・一名の炎使いに、治安維持軍は壊滅させられた」


信念旗が街中で勇者一行を襲撃した。急な事態であり、即座に動かせるのが十数名だったのは仕方ない。


だけど俺の場合は数組に分かれている十三名、一度に十数名を相手にするなんて俺には無理だ。


アクアは驚きの表情を隠さずに。


「つまりさ・・・信念旗の中に高位属性使いがいるのかな? じゃないと一人でそんな数の属性使いを倒すなんて無理だよ」


勇者の村出身でない高位属性使いも存在している、だがその数は勇者の村と比べれば圧倒的に少ない。


治安維持軍の属性使いってのは犯罪者を専門に捕らえる輩だからよ、少なくとも腕は相応に立つんじゃねえのか?


グレンもアクアと同じように、治安維持軍を壊滅させたのは高位属性使い、剛炎を使える者だと予想していた。


だがガンセキは二人の予想に反し、首を左右に振りながら返事をする。


「壊滅したという知らせが入ったのはお前らが宿に帰った後だ。俺が付近の住人に謝罪をして回ってたころだな」


その後ガンセキは小隊長と共に現場へ向かい、実際にそれを見たらしい。


「強力な魔法陣を使用した形跡が残っていた・・・十名を超える属性使いを一人で壊滅させた者は【直陣魔法】の使い手だ。それも使われた魔法陣から予測するに、下手な研究者よりも詳しい人間が造りだしたもので間違いない」


魔法陣の技術は宝玉具よりも進んでいる。強力な魔法陣は宝玉具に組み込むことができないのが現状である。


宝玉と魔法陣を使用し、玉具以上の効果を発揮させる魔法を直陣魔法と呼ぶ。



何者かがその直陣魔法を使い、治安維持軍を壊滅させた。


グレンは何故か確証もないのに、何者かの正体は奴だと確信していた。


額を流れる冷たい汗をそのままに、赤の護衛は責任者を見詰めながら。


「一人の拳士を中心に実行部隊が勇者一行の情報を集め、オルクは一人で治安維持軍を迎え撃った」


ガンセキはグレンの予想に頷きながら、三人に向けて声を発する。


「俺も確証は持てないが、治安維持軍を壊滅させた炎使いはオルクではないかと考えている。俺たちが相手にする人物は頭だけでなく、属性使い・・・直陣魔法の使い手としても相当な腕を持っている可能性が高い」


仮に治安維持軍を壊滅させたのがオルクとは別人と考えた場合、要注意人物がもう一人増えることになるな。


ガンセキはグレンに視線を向けると質問をする。


「お前は信念旗の情報を幾つか入手したと言っていたな、分かったことだけで良い、お前の推測でも構わないから教えてくれ」


グレンはガンセキの言葉に頷きを返すと、今回の戦いで得た信念旗の情報を三人に伝える。



信念旗は確かな理想の下、旗を掲げながら行動している。


奴等には仲間意識があり、同志を想う心も個人差は在るが持っている。


属性使いとしてそこまで腕の立つ輩はいなかったが、中には連携を取り戦いなれている者達も存在する。実行部隊は人を殺すことに対し、躊躇いは感じてないようだった。


ここまでを三人に伝えると、最後にある男から得た情報を話し始める。


「今から伝える内容は体術使い・・・一人で一般兵を足止めしたガランという拳士の言葉です。奴が信念旗で在る以上、嘘の情報かも知れません。でも俺としては、信じるに値する重さが言葉に詰まっていたと感じました」


オルクには信念旗としての理想は無い。


オルクに在るのは勇者への憎しみと絶望だけ。


オルクは信念旗という組織内でも孤立している。


それらの情報から導き出した予想をグレンは三人に伝える。


「ガランがいたからこそ、オルクは実行部隊を掌握できていた。でも彼が時計台で散った今、オルクを支える人間は消えた」


実行部隊は一枚岩ではなく、ガランという存在の下で纏まっていたのではないか。


「これはあくまでも俺の推測です・・・ガランを失った信念旗実行部隊は、体制を立て直すのに時間が掛かるんじゃないっすか?」


ガランは仲間である三人以外の連中にも指示をだしていた、少なくともそれだけの権限を持っているんだ。


そして連中の態度を見れば、ガランの人望も容易に想像できる。



グレンの情報を聞き、アクアが己の考えを述べる。


「確かにグレン君の言う通り、信念旗は当分ボクたちに攻撃を仕掛けてこないかも知れない。でもさ、今回だって街中で信念旗が攻撃を仕掛けるはずが無い、そう想ってたから事態が悪化したんだ。ボクとしては信念旗がまた直ぐに襲ってくる者として考えた方が良いと思うな」


ガンセキはグレンとアクアの意見を聞き、今後の判断をする。


「俺としてはアクアの意見に賛同したい、何事も用心するに越したことはないからな。だがグレンが得た情報、偽りかも知れんがオルクの人物像が見えてきたな」


アクアの考えにはグレンも賛成する。やはり敵が人間である以上、どう動くか確かなことは分からない。


今後ヒノキ山への道中も、信念旗に襲われるものとして旅を続けることに決まった。



グレンは一つだけ三人に隠し事をしていた。それは時計台を去るとき、偉大なる拳士が最後に託した想い。







『頼む・・・俺の友を救ってくれ』






ガランがなぜオルクに関する情報をグレンに与えたのか、そのことについてガンセキたち三人には自分にも分からないと伝えた。


今まで黙って会話を聞いていたセレスは、信念旗についてガンセキに質問する。


「ガンセキさん・・・あの人たちの理想って分かりますか? それが分かれば、話し合うことができるかも知れないから」


セレスの疑問にはガンセキではなくグレンが答える。


「時間を掛けて資料を漁れば少しは分かるかも知れない、だけど危険思想として殆ど抹消されちまってるんだ。刻亀の情報ほどじゃねえけどよ、調べるとなると本腰を入れる必要がある」


それに現在の信念旗は自分達の考えを世間に主張することを諦めている。過去に何度も主張したんだろう、だけど誰も聞きやしなかったんじゃねえか。


顔を俯かせるセレスを見て、グレンは不器用な口調で声を掛ける。


「今すぐにってのは無理だけどよ、時間が在るときにでもガンセキさんに頼め。責任者が認めたなら、俺は赤の護衛として信念旗について調べてやる」


ガンセキはグレンの言葉に頷きながら。


「刻亀討伐が終われば時間も造れるはずだ。それと信念旗については、俺も速めに手を打ちたいと考えている」


アクアはセレスを支える為に言葉を送る。


「ボクにもあいつらが何を考えて勇者を狙っているのか分からないよ。でもさ、信念旗はセレスちゃんを憎んでいるんじゃない、勇者を憎んでいるんだ。だけどボクたちは勇者という存在が正しいと信じている、セレスちゃんも勇者は間違ってないって信じないと、きっと駄目なんだ」


唯一の肉親を奪った勇者という存在を、セレスが心の底から信じるのは難しいだろう。アクアだってセレスが勇者を憎んでいることくらい分かっている筈だ。


それでも勇者で在る者が、勇者を信じなければ駄目だとアクアは言った。


グレンは同志として、一人の勇者に語り掛ける。


「お前が勇者としての自分を信じなくても、俺は勇者としてのお前を信じる」


昨日の夜、勇者がグレンに送った言葉を、赤の護衛はそのままセレスに返した。


ガンセキが最後に勇者を支える。


「お前はお前の信じる道を進め、一言に勇者といっても世界には様々な勇者がいる。考え方だって違いはあるんだ、勇者は絶対の正義だと言い張るのもお前の自由、勇者は人々の為に戦う存在だと考えるのもお前の自由なんだ」


勇者は人によって考え方が異なる、勇者という存在を決めるのはガンセキでもなければグレンでもない。


己が目指す勇者とはどのような存在なのか、それは全て勇者であるセレスが決めなくてはならない。


本当は・・・この言葉をセレスにだけは教えたくなかった。


ガンセキには忘れることのできない一人の勇者がいた。同志や仲間の犠牲を最後まで拒み、そして死んだ馬鹿がいたから。


幼少の頃より勇者に憧れ続けていたその者は、勇者とはこう在るべきだと、常に己が決めた勇者のルールを曲げない人間であった。


勇者になってから、一人称を俺から僕に変えたり、変なことに拘る奴だった。


その勇者としての拘りが、あいつを殺したんだ。


だが勇者として個々の拘りを持たなければ、魔王の下まで辿り着けない。いや、辿り着けようと魔王を打つことは不可能だろう。


「死なないために、お前は人間に対し剣を向ける必要が在る。それでも人々の為だけに戦いたいとお前が拘るのなら、その気持ちだけは絶対に忘れるな」


そのような拘りが、何時かお前の命を危険に晒すことになるかも知れん。だからこそ三人の護衛が存在しているんだ。



ガンセキの言葉を受け、セレスは精一杯の笑顔を仲間に向ける。


「私は私の信じる道を」


セレスは三人の護衛を、三人の仲間に想いを伝える。



勇者は黄の護衛を視界に映し。


「ガンセキさんは私が目指す場所へ道を創って下さい」


道が無ければ、勇者は歩くことすらできない。



勇者は青の護衛に微笑みながら。


「アクアの水で私の道を彩って、綺麗なお花が咲いている素敵な道が良いな」


寂しい風景だと、勇者は悲しくて歩みを止めてしまう。



勇者は自分から視線を逸らしている赤の護衛を確りと見詰めながら。


「私が転ばないよう、グレンちゃんの灯火で・・・足下を照らして」


その手に炎を灯してくれるだけで良い、傍にいてくれたなら、勇者は自分を見失わない。




人の支えを受けろば、捻くれた俺は気分が悪くなる。だけど何かの支えがないと俺は立ち上がれない。


俺にとって婆さんの金とクロの存在が支えなんだ。


でも仲間の支えを知っちまった、認めたくないけど俺は仲間に支えられている。


俺が勇者を信じるだけでセレスの支えになっている、ただ炎を灯し足下を照らすだけでセレスの支えになってしまう。


その支えが護衛として、俺が背負わなくてはならない使命だと言うのなら、この命を燃やそうとお前の明かりになりたい。


勇者を魔王へと導く為に、護衛は勇者を支えなくては成らない。


だがグレンはセレスを支えることを拒絶している、だからこそ仲間と護衛や同志を別として考えていた。


でもこれ以上は支えない、これ以上セレスを支えたら・・・重荷が増えちまう。


あいつに背負われるくらいなら、俺は仲間になんてなりたくない。


仲間としての想いなんて隠せばいい、俺の想いが知られなければそれで良いんだ。


・・

・・


四人の話し合いは夜遅くまで続いた。


グレンがどのように刻亀の情報を入手したのか。


ガンセキが手に入れたヒノキ周辺を住処とする魔物の情報。


今後の修行方針。


夜は深けて行く、時間は川のように流れ歴史となる。


















心で眠る鬼が云う、命を燃やせと鬼が云う。


鬼は言う・・・それがお前の魂だと。


















6章:二十話 おわり

自分は剣豪=壊れた剣士と解釈していますが、実際に存在した彼らは壊れていなかったかも知れません。


俺が剣豪は壊れた剣士だと思い込んでいるだけです。なので自分の描く剣豪は皆なにかしら、何処かが壊れていると思います。



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