十八話 だから今は安らかに
戦いは終わった。
炎はそれでも燃えていた。
死者を神の下へと導くために。
グレンは己の剛炎を見詰めながら、神について考える。
亡骸はこのように魔法で燃やすこともあれば、場所によって違いもあるが、どれも魔法を使って死者を神へと誘う。
墓に亡くなった者を埋葬するときも魔法を利用しているし、魔王の領域では今回のように炎で亡骸を燃やすことが多い。
魔法は人類と神の繋がりだからな。たとえ魔力がなくて魔法が使えなくても、この神話を信じている者は皆、月と太陽の子供なんだ。
もちろんこの世界にも別の神話を信じている人達もいる、だけど彼等は魔力を持っていようと魔法は使えない。
信じる神が違うからなのか、それとも究極玉具(造神)にそのような細工が施されているのか。
だけどよ、変な話だよな・・・俺は神なんて信じちゃいないのに魔法が使えるなんて。心の奥底で本当は神は存在すると信じているのかも知れない。
この世界の大半が崇めている神は、1400年以前からも存在していた。だけど光の一刻と呼ばれる時代で異常な力を手に入れたんだ。
別の神話と源流は同じかも知れないが、魔法が使えるのは世界の大半が信仰している神話だ。
光の一刻から今日までの長い時の中で、国や地域によって多少の違いはあるが、ほぼ全ての人類は【太陽と月の子供たち】という神話を崇めている。
長い歴史の中で、太陽と月の子供たちは殆ど話しの内容が変化していない。恐らく内容を大きく変化させてしまうと、魔法が使えなくなる可能性があるからだと思う。
だけど中には炎の神を強く崇めている者達や、水の神を強く信仰している人達もいる。
たとえば森の民は、土と水を崇め、火と雷を怖れている。こんな感じで多少の違いはあるんだ。そして面白いことに、森の民では土使いと水使いが多く産まれるが、炎使いと雷使いは滅多に産まれない。
だけど大森林で炎使いが産まれようと、森の民は炎使いを蔑んだりしない。なぜなら恐怖もまた、一種の信仰なんだ。
旅人や旅商人なんかは旅の安全を祈って風を信仰する連中が多い。
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今回の戦いでグレンは炎魔法をそこまで使っていない。だが人内魔法を何度も使用していた。
グレンの魔力纏いは他の属性使いよりも数段優秀である、そのため纏っていた魔力の量は多い。
極化魔法も燃費は良いが、まったく魔力を使わない訳ではない。何より掌波や地流しを使うときにも魔力は消費されている。
その上で剛炎を使ったことにより、グレンの意識は朦朧としていた。
信念旗が信じる神は俺達と同じだ、あいつらが否定しているのは勇者という存在だからな。
国や場所によって違いは在るが、太陽と月の子供たちとは別の神を信じている者達は、この国でそこまで強い迫害は受けない。だが、否定した瞬間に世界は牙を向けるだろう。
同じ神を信じているはずなのに、勇者を否定しただけで世界は信念旗に牙を向けた。
今から千年前、突如にして古代種族が人類の前から姿を消した。人々は絶望し、当時の同盟軍は異常な程に士気が下がっていた。
かつての古代種族と同じように、そんな人類の危機を救ったのが勇者なんだ。この世界は古代種族と勇者一行を同等の存在として扱っている。
信念旗にも確かな理由があり勇者を否定していることは分かる、でなければ数百年も戦い続けることなんてできる筈がねえ。
グレンは朦朧とした意識の中、苦笑いを浮かべながら。
こんな風に信念旗を心底憎むことができないから、油断して痛い目に遭うんだ。
剛炎は未だ亡骸を焼き続けていた。
骨一つ残す訳にはいかない。犯罪者の・・・特にこいつらのような重罪人の遺体がどんな扱いを受けるのか、俺は良く知っている。
魔人であることが知られ、世界に殺された者達が受けた扱いを、俺は婆さんから聞いている。
周囲の兵士たちは、黙って燃え上がる剛炎を眺めていた。
果たして彼等には、グレンがどのような人物として映っているのだろうか?
勝敗が決したのに、それでも容赦なく遺体を攻撃する非情な者として映っているのか。
遺体を神へと導く為に剛炎を唱えた者として映っているのか。
世界の敵を決して許さない偉大な人物として映っているのか。
同じ人間なんて一人もいない、一般兵たちは皆それぞれの感情でグレンの行為を見詰めていた。
時計台で会話をした40代の兵士はグレンに近付くと、穏やかな口調で語り掛ける。
「炎を消して下さい・・・もう充分です、彼はきっと」
一般兵は気付いていた、グレンが敵であるガランを神へと誘うために遺体を燃やしていると。
だが、それは勇者一行として許される行為ではない。だから口にはださなかった。
グレンは中指と親指を動かし音を鳴らすことにより、天へと高く燃え上がっていた剛炎を消した。
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40代前半の兵士は周囲の一般兵に指示をだしている、それを見てグレンは納得した。
彼は時計台を護っている兵士たちの分隊長ではなく、時計台周辺を護っていた兵士たちの小隊長だったようだ。そして彼の指示で周囲の一般兵を大通りに集めたんだな。
グレンは白と赤の腕章を付けた兵士に手当てを受けながら、一言も喋らず地面に座り込んでいた。
無理に動かさなければ固めておく必要もないが、数日痛みは残るらしい。
骨までいってなくてよかった。
グレンの手当てをしている一般兵も、余計なことは喋らずに黙々と作業を続けている。
どうやらあまり良い印象は持たれていないようだ。
人に好かれたいとは思わないけど、嫌われるのも良い気分はしねえな。
まあ・・・嫌われることに慣れておく必要もあるか。これから先、嫌でも慣れるかもしれないけど。
一通りの手当てを終えると、小隊長がグレンの下に駆け寄ってきた。
「申し訳ありません、時計台に駆けつけるのに時間が掛かってしまいました」
15分では無理だったらしい。兵士を集めるのに予想以上の時間がかかり、20分を過ぎてしまったとのこと。
「日頃の訓練不足です。しかし、良くぞ耐え抜いてくれました」
頭がボーっとしているため、頼りない口調でグレンは言葉を返す。
「あんたらがいなけりゃ、今ごろ俺は時計台で死んでた・・・正直助かった」
敬語を忘れ、年上に対して失礼な口調だが、グレンは感謝の気持ちを述べる。
ガランは同志達を逃がす為に、足止めとして50名の一般兵と戦った。
グレンの周囲には10名を越える一般兵の亡骸が地面に横たわっており、壮絶な戦いがここで行われたことが良く分かる。
一般兵たちは俺を護るため必死になって戦い、そして犠牲をだした。なのに俺は・・・敵である奴を一般兵より優先させたんだ。
そんなグレンを見て、小隊長は確りとした口調で。
「犠牲になった者達には墓があります、しかし彼には帰るべき場所も存在しません。我々は貴方の行為を認める訳には行きませんが、間違ったことをしたとも思いません」
俯いていた表情を上げ、グレンは小隊長の顔を見る。
「命がけで戦い合った彼と貴方の関係を、否定する権利は我々にはないのですから」
その言葉を聞くと、赤の護衛は肩を震わせながら。
「俺を護る為に、死んで逝った彼等の名前を教えて下さい」
小隊長は頷くと、グレンに礼を言う。
「貴方を護れたことを・・・私は一個人として誇りとします」
グレンはゆっくりと立ち上がると、死んでいった者達へと小隊長に支えられながら移動して回る。
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彼等を忘れない、俺を護って死んだ兵士たちの名を心に残す。
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アクアは時計台に立っていた。
芝生は所々陥没し、焼け焦げている場所も数ヶ所ある。
ここでグレン君は、たった一人で戦った。
ボクの雨は、君の心を少しでも潤すことはできたのかな?
グレンの姿はここにはない、まるで一人でいることを望んでいるかのように、時計台は静まり返っていた。
こんな寂しい場所で、彼は一人ぼっちで戦った。そう考えると悲しくなる、君は孤独なんて望んでないのに、どうして何時も一人なのさ。
逆手重装に宿る相棒の存在をアクアは知らない。だが、たとえそれを知っていようと、アクアは悲しむだろう。
グレンは自分たちではなく、魔獣を唯一の相棒と選んだのだと。
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時計台にガンセキとセレスが到着する。
ガンセキは安堵の表情を浮かべながら。
「無事で何よりだ・・・グレンも大通り側の坂道で一般兵と合流している」
それを聞きアクアは笑顔を浮かべながら。
「まったくグレン君は、時計台にいないから心配したじゃないか」
言葉とは裏腹に、その声は嬉しそうであった。
セレスはアクアにお礼の言葉を。
「ありがと・・・アクアのお陰でグレンちゃんは元気だよ」
アクアはセレスの表情を見て、喜びを一層に強めながら。
「お礼はグレン君に言ってもらわないとボクは気がすまないよ、なんてったてボクはグレン君の命を救った恩人だからね」
その言葉を聞きセレスは表情を引き締めながら。
「私達も兵士さんにお礼を言わないと、大切な仲間を助けてくれたんだから」
ガンセキは頷きながら。
「その意気だセレス。あの馬鹿がなんと言おうが、あいつは俺達の仲間だからな」
勇者は気持ち悪い太陽のような笑顔を撒き散らしながら。
「にへへ~ ガンセキさんもアクアも私の大切な仲間。皆がいるから・・・私は勇者でいられるんだもん」
ガンセキは目蓋を閉じ、今の喜びを噛み締めながら。
「二人とも、俺は頼りない責任者だが、これからも仲間として宜しく頼む」
セレスとアクアはガンセキに笑顔で頷きを返した。
アクアはガンセキの真似をして両手で音を鳴らすと。
「それじゃあ俺たち一行の困った問題児の顔を拝みに行くぞ」
セレスは苦笑いを浮かべながら。
「アクア似てないよ~ ガンセキさんの声もっと低いもん」
ガンセキはセレスに突っ込む。
「アクアが俺と同じ声色だったら、それこそ不気味だろ」
三人はグレンに向けて歩き始める。
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グレンは死んでいった兵士の名を小隊長から聞き、一人ひとりの顔を心に刻む。
亡骸の傍らで片膝を付き、自分を護ってくれた恩人に礼を言う。
最後の一名に感謝の言葉を述べると、グレンは小隊長に支えられながら立ち上がり、生き残った兵士たちに向けて頭を下げる。
「あんたらがいなければ、俺は死んでいた。彼等の犠牲の上で俺は生きている」
十六名を犠牲にしてまで生き残る価値が、俺のような屑にあるとは思えない。それでも自分の命は彼等の犠牲により繋ぎ止められた。
死ぬ訳にはいかない、俺が死んだら彼等の死が無駄になる。
誰かの為に生きることは、自分の為に生きることと同じ。
俺は死んでいった者達の為に生きる。
有難う・・・礼を言うことしかできない自分が、悔しくて堪らない。
グレンは目を閉ざし黙り込む。
生き残った兵士たちは何も言わない、グレンと共に死者への黙祷をささげる。
三人はそんなグレンを見詰めていた。
ガンセキはそんなグレンを見て、同じように仲間を救ってくれた兵士に黙祷を。
その光景を見た二人もガンセキに続く。
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グレンは三人の存在に気付くと、小隊長に頭を再び下げ、覚束ない足取りで一行の下へ向かう。
まずはアクアを視線にいれ、一言を述べる。
「お前の雨がなかったら危なかった、本当に助かった」
次にガンセキの方を向き。
「今回の戦いについて、一度4人で話をした方が良いと思います。信念旗の情報も幾つか手に入れました」
最後にセレスを見て。
「心配かけた・・・この通り何とか生きている」
グレンの全身は血塗れだった、ガランの血液が付着し、逆手重装は不気味さを増している。
セレスは涙を堪えながらグレンの右腕を握り締める。
「心配した、凄く心配したもん」
突然右腕を握られグレンの肩に痛みが走る。
それを見たセレスは驚いて手を放した。
グレンはセレスから視線を逸らすと。
「迷惑掛けて悪かった」
その発言をアクアが叱る。
「セレスちゃんはそんな言葉望んでない、悪いと思うなら別の言葉を使うべきだ」
アクアに注意され、グレンは苦笑いを浮かべながら。
「助かった・・・ありがとな、セレス」
セレスはグレンの感謝に頑張って笑顔を造る。
ガンセキはというと緊張の糸が切れてしまい、後を向きながら何とか声を発する。
「とりあえず・・・無事でよかった」
そんな情けない責任者の姿を見て、アクアは溜息を吐きながら。
「だからガンさん、男泣きは隠れてするものだってば」
ガンセキは必死に否定する。
「・・・泣いてない」
一同はそんなガンセキに苦笑するしかなかった。
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グレンから簡単な説明を受け、ガンセキは小隊長や合流した中隊長と何やら話をしている。
三人はガンセキから少し離れた坂道の端に腰を下ろしていた。
その坂道からレンガ全体を一望はできないが、月明かりと照明玉具に照らされた綺麗な光景が広がっていた。
暫く三人は無言で眺める、あと2日でレンガともサヨナラか、これで増す増す故郷から離れちまうな。
それぞれが思い思いに静かな時を過ごす。
静寂を破ったのはアクアだった。
アクアはグレンの左腕を見て、逆手重装を指差しながら口を開く。
「グレン君の武具・・・なんか悪者が使ってそうだね」
指を向けられた逆手重装をグレンは隠すと、ばつが悪そうに返事をする。
「俺は心根が優しいから問題ない」
明らかに無理の多い言い訳に、アクアは馬鹿にした口調で応える。
「いつも自分で言って後で恥しくなるんだから、言わないほうが良いんじゃないかな」
お前がそういうこと言うから恥しくなるんだよ。
グレンは顔面を赤く染めながら言葉を返す。
「俺を茶化すな、今凄く疲れてんだよ・・・少し黙ってろ」
その声を聞いて、セレスは心配そうな表情を浮かべながら口を開く。
「グレンちゃん声が擦れてるよ、風邪ひいたの?」
己を心配するセレスの視線を避けながら、グレンは不器用な返事をする。
「戦っている最中に叫んだ所為で喉が潰れただけだ、体調に問題はない」
相変わらずな態度にアクアは溜息を一つすると、少しきつい口調でグレンに語り掛ける。
「グレン君はさ、武具について・・・何も言わないままボクたちに隠し通す積りなのかな?」
突然の言葉にグレンは目を見開く。
今まで一行の三人に対し、魔獣具のことは伏せていた。
魔獣具のことを知らないままレンゲさんに事を頼み、その危険性を知ってもなお、グレンは魔獣の素材を使おうとした。
「何のことだ? 確かに見てくれは悪いけどよ、間違いなくこれはオッサンが設計した宝玉武具だ」
グレンは白を切り、誤魔化そうとする。
セレスはそんなどうしようもないグレンに怒りの口調で。
「私も道具屋さんが書いた設計図みせて貰ったけど、今グレンちゃんが使ってる武具、少し形が違うもん」
本当は設計図を見てもセレスは良く分からなかったが、あえて形が違うと嘘を付いた。
だがグレンは動じることもなく、セレスの疑問に答える。
「オッサンの設計図に全体像は描かれてなかった、それに完成品の形が多少異なっていることだってあるんじゃねえのか」
その言葉を聞いてもセレスは納得せず、グレンのことをじっと見詰めている。
セレスは己の片手剣を鞘から払うと、その鋼をグレンに見せる。
「オババに教えてもらったの、私の剣は土の純宝玉が練りこまれているから黄鋼なんだよ」
その片手剣は透き通った綺麗な薄い黄色となっていた。
「グレン君の武具は赤黒くて、まるで血液みたいだよね」
とても赤鋼とは言えない、誤魔化すことができない程に逆手重装は不気味な光沢を放っていた。
そしてセレスは止めの言葉を。
「ガンセキさんから聞いたよ・・・私たちが戦った犬魔の群れ、魔獣が率いてたんでしょ?」
アクアがセレスに続きグレンを問い詰める。
「その武具は魔獣具じゃないのかな? 指先の爪、少し形が違うけど君が持っていたボスの前足じゃないか」
こいつら最初から全て知った上で、俺を問い詰めてたのか。
グレンは己の非を認めない。
「今後一切の隠し事はしない、その約束をする以前のことだ、お前らに明かす義理はない」
命がけで戦い、死に者狂いで生き抜いたグレンに対して、本当はこんなことを言いたくない。
それでもアクアは言う。
「ボクは君が誰にも相談しなかったことにも怒っているけど、それだけじゃない。君は呪いの危険性を知ってたはずなのに、なんでオジサンさんの宝玉武具を魔獣具にしたのさ」
グレンは何も言い返せず、ただ黙り込むことしかできなかった。
口を閉ざし視線を逸らしているグレンにアクアは話を続ける。
「ガンさん言ってたけど、呪いって下手すると日常生活すら満足にできない状態になるんだ、君はそんな物を背負いながら旅を続ける積りなのかい」
呪いを受け入れ魔獣具を使いこなす、俺がそう言った所で確証なんてない。旅を続けられなくなる可能性があるのに、それを無視して俺は逆手重装を魔獣具にした。
セレスは穏やかな口調の中に、有無を言わせない威光を潜めながら。
「どうしてグレンちゃんは魔獣の力に頼るの? 道具屋さんの宝玉武具だけじゃ駄目だったの?」
クロを見逃した罰を受ける為に、グレンは魔獣具に手をだした。
だがそれだけではない、もう一つ大きな理由がグレンには存在している。
「俺が弱いからだ。このまま旅を続け、魔王の領域で死なない為に・・・俺にはもっと力が必要なんだ」
グレンの発言にアクアは呆れながら。
「君は一人で魔者や魔族と戦う積りなのかい? 確かグレン君は策士だよね、策を考える君が誰にも頼らないのかい」
そう言うことじゃない、俺は個人としての力を付ける必要があるんだよ。
グレンは理由をアクアに述べる。
「今の俺だと魔族を殺せない、勇者一行である限り、何時か魔族と戦わないといけないんだ」
魔族と戦うとき・・・足手まといになるのだけは御免だ。
そんなグレンの言葉にアクアは怒りを強める。
「君はどれだけ自分を信じられないのさ。ボクの雨に打たれ体力を失ったまま、たった一人で兵士を足止めしたような相手と戦って、それでも生き残ったのはボクたち勇者一行が誇る赤の護衛じゃないか」
ギゼルと同じように、グレンが持つ力への執着は異常だった。どんなに自分の実力を信じようと、グレンは最後の最後で信じ切れない。
どんなに他者が自身の実力を認めようと、グレンはその評価を受け入れることができなかった。
本当の強さとはそこに在るのかも知れない、己を認められない者に真の力は宿らない。
グレンは自分は弱者だとアクアに言う。
「今回の戦い・・・魔獣具の力が無ければ俺は死んでいた」
確かに呪いの所為で感情が乱れ、大きく俺は動揺した。だけど呪いが有ったから、人間を相手に躊躇なく戦えた。
今俺が此処で息をしているのは、相棒のお陰なんだよ。
俺は弱いから道具に頼った。
俺は弱いから武具を逆手に宿した。
俺は弱いから魔獣具に縋り付いた。
それらが無くなれば、俺は強者とはいえない。
道具や武具に頼ってこそ、俺は個としての力を手に入れる。
「数の力だけじゃ駄目なんだ、魔族と戦うには個の力が必要なんだ」
刻亀と戦うとき、足手まといに成る訳にはいかない。
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ボクがグレン君に何を言っても、彼は自分の力を信じることはできない。
魔族と戦うとき、グレン君は一緒に戦う人に迷惑を掛けるのを怖れている。
だから異常な程に力を求めているんだ、グレン君は一緒に戦うボク達のことを信じてない訳じゃない、自分を信じられないから力を求めるんだ。
ボクには難しすぎて、グレン君になんて言えば良いのか分からない。
アクアはセレスを見る。
セレスは真直ぐにグレンを見詰めていた。
「グレンちゃんが魔獣具に頼った理由は分かったよ、でも・・・私は呪いで苦しむ貴方を見れば心配します。そうなれば私は貴方を支えようとします」
その言葉をグレンは当然拒絶する。
「自分のことは自分で何とかしてみせる、それに苦しいのは俺だけじゃない。俺はお前を支えないし、お前も俺を支える必要なんてない。お前が勇者でいてくれるだけで、俺は幾らでも戦えるから心配しなくて良い」
だがセレスは威光でグレンの拒絶を跳ね返す。
「貴方が私に心配されるのを嫌がるのなら、もう私に心配させるようなことを、自から望むのは止めて」
勇者としてのセレスの言葉、確かな威光がそこにあり、成長することのできないグレンに抗う術はない。
弱者は眩しくて、強者から目を背けながら。
「約束はしない・・・だけど、次からは気を付ける」
太陽のような暖かな微笑を向けながら、セレスは大切な人に言葉を。
「グレンちゃんは私を信じてるって言ってくれた、だから私もグレンちゃんを信じる。グ~ちゃんは誰にも負けないもん」
グレンが自分を信じなくても、セレスがグレンを信じる。
たとえグレンがセレスの信じる気持ちを信じなくとも、それは一つの自信となる。
アクアは嬉しそうに2人を見詰めながら。
「ボクはグレン君の人柄は信じないけど、実力だけは認めてるよ」
グレンはもう笑うしかなかった。
お前らには敵いそうにない、何時だって女は強い。
一瞬だけど、セレスが本物の勇者に見えた。
本人は気付いてないが、グレンの肩はほんの少しだけ軽くなっていた。
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暫くして、ガンセキさんは近辺の住人へ謝罪をするのかその場に残ったが、俺たちは馬車で宿へと向かった。
アクアは初めての馬車に喜び、セレスは馬が可哀想とか馬鹿なことをほざいていた。
馬の変わりにお前が馬車を引いけと言いたかったが、疲れているからそんな気力はない。
俺はというと直ぐに気絶したように眠ってしまい、馬車を堪能することはできなかった。
時計台での戦いにより、今後は街中での警備も暫くは厳重になるだろう。恐らくレンガ滞在中はもう信念旗は仕掛けてこないと思う。
だが・・・今回の戦い、腑に落ちない点がまだ幾つかある。
そのことを4人で話しあう必要があるだろう。
信念旗が今回の戦いでだした犠牲は一人、だがその一人は歴戦の拳士。それだけの人物を実行部隊は失った。
ガランさんよ、恐らくオルクは何時かまた俺たちを狙うだろう。
オルクに残された唯一の救い、それが本当に正しいのか、正直なところ俺にも分からない。
あんたは己の信念を捨ててまで、友人を救おうとしたんだ。
もしその時が来るのなら、約束は必ず果たす。
ある男の死に様を目の当たりにし、グレンは一つの覚悟を決めた。
だからせめて・・・今は安らかに。
6章:十八話 おわり