十六話 一対六
敵の属性を読み違える。時にその失敗は大きな痛みとなって返ってくる。
水使いはここぞとばかりに声を上げる。
「今だ!! そいつを打て!!」
雷使いは手に持っていた短剣を握り直すと、赤の護衛に向けて突きを仕掛ける。
グレンは冷静に雷剣と化した短剣を逆手重装で握り止める。だが雷短剣を受け止められようと、その剣先は未だ己に向けられていた。
短剣より放たれた雷撃を避けようとしたが、捕縛の氷により動きを封じられている状態で、なおかつ至近距離からの雷撃をかわすのはグレンにも不可能であった。
雷撃の衝撃でグレンの上半身は大きく仰け反り、このまま地面に倒れるのかと思われた。しかし足元は氷で確りと固定されていたことにより、上半身を反った状態のまま動きは止まっていた。
水使いが展開していた水の領域は、グレンの足下を凍らせた瞬間に解かれていた。
グレンは雷撃の直撃をくらったが、心臓は問題なく動いている。もし全身がずぶ濡れの状態で喰らっていたら、魔力を纏っていても危なかった。
強化魔法は電気による筋肉の凝縮なんかもある程度防いでくれる。それに加え雷を受けたときの心臓への負担も軽減される。
水の領域と雷魔法は組み合わせることで物凄い効果を発揮するが、使いどころを間違えると味方も巻き込む恐れが高い。このような恐れを解消するのが合体魔法でもある。
痛てえ、滅茶苦茶痛てえ。
その痛みにより、グレンが今まで心の中で抑えつけていた感情が表に現れる。
仰け反っていた上半身を、グレンはゆっくりと起こす。雷使いはそんな青年をみて目を疑った。
何よりもグレンの表情が恐ろしく、愚かにも雷使いは一歩後へ下がってしまった。
グレンがその隙を見逃すはずがない。逆手を前にだし、雷使いの右腕を捕らえると自身へと引き寄せた。
雷使いは咄嗟に抵抗しようとするが、得体の知れない恐怖に身動きが取れない。気づいたときにはグレンの右腕に首を絞められていた。
短剣を握っている片腕はグレンに固定されている。雷使いは首を絞められながらも、自由に動かせる片方の手で相手の右腕を掴む。
グレンは首を絞めている腕の握力を強め、雷使いの細い首をより絞める。だが雷使いは諦めず、右腕を離さなすことはなかった。
敵である青年の表情は、先程とは一変している。
照明玉具の微かな灯りに照らされるその顔は・・・その目は、まるで強力な魔物のようにギラついていた。
魔物のような青年は、その表情と相反する口調で雷使いに尋ねる。
「俺を殺そうとしたんだ。殺される覚悟くらい、聞くまでもねえよな」
淡々と喋るグレンの口調が、不気味さをより一層に際立たせていた。
今まで勇者一行と戦った経験が何度かある。だがこの男は違う。得体の知れない危険な何かを、雷使いは本能で感じていた。
青年の表情は歯茎を剥き出しにするほどの笑顔なのに、彼の目は笑っていない。背筋が凍るような冷たさが、グレンの眼光には宿っている。
自分が笑っていることに気付いてない、第一に笑う余裕など本人にはなく、グレンは無意識で笑顔を造っていた。
・・
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時計台は静寂に包まれていた。グレンは人質に取っている雷使いを意識しながら、土使い(A)と体術使いに視線を向けていた。
信念旗は同志として結束している。特にこの四人は仲間意識があると確信は持てなかったが予測はしていた。
そして今、この雷使いを人質に取ったことで確信を持てた。だってよ、人質が通用するってことは、こいつらに仲間意識があるってことだろ。
雷撃の直撃により、グレンの身体には未だ強い痛みが残っていた。
時間を稼ぐ・・・この痛みに慣れるまでは、人質を有効利用させてもらう。
グレンは左腕の握力をより強めると、体術使いに向けて擦れた声で叫ぶ。
「まずは俺の動きを封じている捕縛の氷を融かせ!! 悩んでいる暇はねえぞ、こいつがどうなっても良いのか!!」
雷使いはグレンの握力に耐えられず、悲鳴を上げながら短剣を地面へ落としてしまう。
体術使いは拳を握りしめ、怒りを抑え付けながら捕縛の氷を融かした。
足下の氷が融けて自由になると、グレンは慎重に移動を始め、体術使いと土使い(A)から距離をとる。
全体を見張らせる位置で立ち止まると、グレンは人質である雷使いに視線を向ける。
布により表情は分からないが、まだ意識は失ってない。雷使いの目は苦痛に染まりながらも、グレンをまるで蔑むように睨みつけていた。
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速く時間が過ぎろと思えば思うほど、時の流れは遅くなる。
時計台での戦闘が始まってから、いったい何分過ぎた?
5分か? それとも10分か?
ガンセキさんまだか、速くしてくれ。
グレンは内心焦っていた。その動揺を必死に隠しながら、味方の増援を待っていた。
・・
・・
折れた両手剣を持つ雷使い。
肩で息をしながらグレンを睨み付ける土使い。
全身ずぶ濡れの水使い。
敵の増援として時計台に到着した三名はゆっくりとグレンに近付く。
工房から時計台までの逃走中、橋での戦いでグレンは絶叫を上げたとき喉を潰していた。
それでも精一杯の大声でグレンは叫ぶ。
「動くな!!! 一歩でも動いてみろ、こいつの命はないぞ!!!」
擦れたグレンの叫びに三名は足を止める。
その声は鬼気迫り余裕を感じられないのに、グレンの表情は薄気味悪い笑顔となっている。
真逆の感情を一度に宿したグレンの姿は、不気味を通り越して異常な者となっていた。
グレンは逆手に練り込んだ魔力を胴体に移動させると、雷使いの片腕を燃す。
「今すぐこの場から離れろ!! この女を絞め殺すのが先か、それとも焼き殺すのが先か!!!」
俺がそう脅したところで、こいつらがこの場から離れるとは思ってない。だけど時間稼ぎにはなる。
グレンの額に冷たい汗が流れる。本人は気付いてないが、不気味な笑顔のお陰で動揺は隠せていた。
しかし表情の動揺は隠せても、敵の増援が到着した危機感は瞳から感じることができた。
雷使いは薄れゆく意識のなか、それでも残る力を振り絞り、右膝でグレンの股間を蹴り上げる。
だが赤の護衛はその動作を即座に察知し、雷使いの左足を蹴り払ったことで、人質は重心を崩す。
重心を失った相手の首を握り締めると、グレンはそのまま容赦なく地面に叩きつける。
地面が芝生でなければ、恐らく重傷を負っていただろう。
叩きつけるさい魔力を左腕に戻していたため、魔法の維持ができなくなり炎は消えた。
たとえ相手が気を失おうと、人質であることに変化はない。右腕で雷使いの細い首を持ち上げると、グレンは立ち上がり、人質を五名の敵に見せ付ける。
体術使いの隣に立っていた土使い(A)は、怒りに耐え切れず叫ぶ。
「貴様に恥はないのか・・・この下劣が!!!」
自分が下劣な人間だなんて、俺だって解っているさ。
それでもあえて、グレンは敵を挑発する。
「おいおい勘弁してくれよ、俺を殺そうと街中で剣を向けたのは、何処の下劣集団だったかな? あんたらこそ恥はねえのか?」
土使い(A)は歯を食い縛り怒りを強めながら黙り込む、体術使いは黙ったままグレンを見詰めていた。
グレンの挑発に応えたのは、増援として現れた全身ずぶ濡れの水使いであった。
「確かに我等はお前達から見れば下劣の集団だろう・・・だが、貴様も下劣であることには変わらない」
だからよ、そんなこと言われなくても分かっているよ。
分かっていてもグレンは挑発を続ける。
「勇者一行である俺と、あんたらみたいな屑を一緒にしてもらっちゃ困るな。お前らがどれほど綺麗な理想や理屈を並べようと、信念旗が悪党だという事実は変わらねえだろうが」
グレンの言葉を聞いた敵は一斉に殺気立つ。
そうだもっと怒れ、怒りで我を忘れろ、その方が戦い易い。
大勢を相手に戦う場合、大切なのは敵を自分の場に引きずり込めるかどうか。
強者特有の威圧で敵を怖れさせ、動きを鈍らせるか。それとも相手を挑発し、怒らせることにより我を忘れさせるか。
既に体中の痛みには慣れ、戦えるだけの準備は何とか整っている。人質という手駒もある。
グレンは挑発により、五名の敵を己の場へ引きずり込もうとしていた。
増援として現れた三名の一人、短剣を手に持った土使い(C)は全身の痛みに耐えながら、怒りを抑え付けながらも冷静にグレンへ言葉を返す。
「俺たちの行いが正しいか間違っているかなんて分からない、だがお前ら勇者一行が正しいとでも言うのか?」
勇者一行という存在が正しいのか、それとも間違っているのか・・・そんな難しいこと俺に聴かれても分かる訳ねえだろ。
だが一つだけ分かることがある。
「世間が勇者という存在を求めている、世界が勇者を必要としているんだ。だから世間はお前らを認めない、だから世界は信念旗の存在を拒絶する」
グレンは敵である五名だけでなく、信念旗という組織全体に向けて声を荒げる。
「お前ら信念旗の愚かな行為を・・・世界は望んでない!!!」
そんなことはこいつらも承知の上だ、認められなくても理想の為に戦っているんだからな。
でもよ、誰も認めてくれない理想だからこそ、こいつらはその理想を侮辱されると怒るんだ。
時計台という戦場は、グレンの場と成っていた。敵たちは怒りを抑えきれず、今にもグレンに向けて攻撃を仕掛けようとしていた。
だが、グレンの挑発に乗ってない男が一人だけ残っていた。
体術使いは仲間に向け、同志に向けて言葉を放つ。
「奴の言葉に耳を傾けるな!! 怒りをそのまま露にすれば、利用されるのが落ちだ!!」
その言葉には幾多の重みがあり、少なくともグレン以上の実戦経験を積み重ねている、それだけは確かであろう。
こいつが俺の挑発に乗らないことくらい予想はできている。だけどよ・・・信念旗ってのはどうも、個人差はあるが皆一様に誇りを持っているようだ。
オルクの命令だから仕方なく今回の戦闘には参加しているが、街中を戦場とすることに不満がある輩も実行部隊には少なからず存在している。
だからこそ怒りを煽ることができるんだ。
誇りを侮辱されたら、たとえ罠だと分かっていても、時に人は怒りを抑えきれないこともあるんだ。
俺は一つだけ、こいつらを本気で怒らせる言葉を知っている。
信念旗は自分達の行為が決して世間から認められないことを分かっているんだ。それでも自分達の考え方を信じているから、世界を敵に回してでも、勇者の敵として存在している。
だからこいつらは、俺の挑発により怒りを露にしても、信念旗の理想を俺に理解させようとはしなかった。ただ自分達の考え方が間違ってないと信じているから、その考え方を貫いているだけなんだ。
勇者一行で在る俺とは決して分かり合える考え方ではないけど、ほぼ全ての人類を敵に回そうとも、己が信念を貫こうとする姿勢・・・尊敬する。
グレンは大きく息を吸い込むと、相手を本気で激怒させるために、擦れた声で信念旗実行部隊に問う。
「信念旗が世にでてから数百年が過ぎた・・・その中でお前らの同志は何人死んだ? その長い年月を重ねて今日まで、世界に変化はあったのか?」
いつの間にかグレンの表情に宿っていた不気味な笑みは消え、辺りは静まり返る。
お前らがどんなに足掻いたところで、世界は何も変わらない。
俺が魔人は悪じゃないと世間に訴えようと、世界は魔人を悪と言い切る。
グレンは大声で叫ぶ。
「無駄死にだ!! お前らの同志も、お前らの年月も、何もかも無駄な足掻きなんだよ!!!」
自分達の理想を世間に公表しようと、世界はそれを聞こうともしない。
聞いて貰えないから強行手段にでようと、世界の力にかなうはずがない。
こいつらはそれでも諦めず、数百年を戦い続けた。
沢山の犠牲をだしただろう、多くの何かを失っただろう・・・それでも己が信じる旗を掲げ続けた。
今もこいつらは、自分たちの旗を掲げ続けている。
俺はこいつらの数百年を、無駄と言った。
彼等の信念を侮辱した。
体術使いの隣に立っていた土使いの肩は震えていた。
先ほどグレンに浴びせた罵倒とは口調が違う。静かな怒りが瞳から雫となって溢れでる。
「無駄ではない・・・我等が戦い続ける限り、同志達の死は無駄とはならない」
力なく土使い(A)はその場に蹲ると、そっと片手を芝生の地面へ添える。
「だからこそ、我等は立ち止まる訳にはいかない」
その片手は前腕までが地面に埋もれていた。土使い(A)が立ち上がると、地面もそれと共に盛り上がり片腕が岩の小剣と成っていた。
岩の小剣と土使い(A)のガントレットは合わさって一振りと成り、先が鋭く尖っている。
土使い(A)の異変に気付き、体術使いが止めに入る。
「怒りに我を忘れるな・・・今は堪えろ」
だが、既に時は遅かった。土使い(A)には目の前で雷使いを人質に取っているグレンの姿しか映っていなかった。
土使い(A)は涙ながらに、グレンへ向けて叫びながら走りだす。
「だからこそ!! 我等は・・・僕は信念を諦めることが許されない!!!」
グレンに接近戦を仕掛けてはいけないことくらい分かっていた。分かっていても、死んで逝った同志達を侮辱したこの男を直接この手で葬りたい。
俺と時計台で戦った四人・・・長いこと体術使いを中心として戦ってきた四人。多くの犠牲を見てきたはずだ、その中に友人がいたかも知れない、その中に恋人がいたかも知れない。
そんなこいつらの想い出を、俺は侮辱した。
泣きながらグレンに接近する土使い(A)を見て、増援として時計台に現れた三名も後を追ってグレンに向けて走りだす。
体術使いは拳を握り締めると、増援である三名に一言。
「是非もない・・・接近戦を仕掛けるな!! 離れた場所から敵を狙え!!」
その言葉を残すと、己も土使い(A)の後を追う。
・・
・・
グレンは全体の位置を確認する。
自分から一番近い敵が土使い(A)であり、右前方から接近してくる。
次に近いのが増援として現れた三名、左側から接近してくる。
一番遠い場所にいるのが、もっとも厄介な体術使いであり、土使い(A)の後方を走っている。
グレンはその場から動かず、敵がもう少し接近するのを待つ。
女の雷使いを盾にして戦うには少し無理があるか、ならば足止めとして使わせてもらう。
敵である雷使いの首を右腕で握り締めながら再度持ち上げると、左腕を雷使いの腹部へ添える。
標準を定めると容赦なく掌波を発動させ、三名の属性使いに向けて放つ。
吹き飛ばされた雷使いをずぶ濡れの水使いが受け止める、だがその衝撃が凄まじく、水使いも吹き飛ばされ地面に身体を擦られながら停止した。
短剣を得物とする土使い(C)と、折れた両手剣を得物とする雷使いはそのままグレンに接近する。
グレンは二名の属性使いを無視し、土使い(A)に向けて走りだした。
土使い(A)と接触する一歩手前にグレンは小油玉を掌に落とすと、土使い(A)が岩の小剣でグレンに攻撃を仕掛ける一瞬を狙い、小油玉を投げ付ける。
だが土使い(A)はグレンが何かを投げてくることに気付き、咄嗟に回避に移る。気付くのが速かったお陰で土使い(A)は小油玉の回避に成功した。
残念ながら咄嗟に回避した所為で、あんたは姿勢を崩している。
グレンは始めから小油玉を命中させる積りはなかった、土使い(A)にわざと小油玉の存在を気付かせていた。
俺は逆手重装の掌を土使い(A)に向ける。掌を向けられたことにより、土使いは正体不明の技に吹き飛ばされる覚悟をし、何とか身構えようとした。
悪いな・・・二段掌波は使わねえ。
土使い(A)は二段掌波に警戒し、腕を交差させて頭部を護っていた。だがその所為で胴ががら空きになっていた。
グレンは冷静に一歩踏み込むと、右拳打を土使い(A)の脇腹に打ち込む。
右拳打はもろに入り、土使い(A)は芝生の地面へと崩れ落ちた。
掌波によりただ吹き飛ばされるだけでも、着地に失敗すれば危険だからな、咄嗟に頭を護ったんだろう。
怒りに我を忘れてなけりゃあ、もっと戦えたはずだ。俺の挑発に乗ったあんたが悪い。
残り四人
俺の正面から体術使いが迫っている、左後方からは二名。
どうする・・・今一番近いのは体術使いだが、奴を倒すとなると相応の時間が掛かる。
そうなれば俺が選ぶ道は左後方から来る二名の敵だ。
グレンが向きを返し、土使い(C)と雷使いに向けて走りだしそうとした瞬間だった。地面に崩れ落ちた土使い(A)が、両腕でグレンの片足にしがみ付く。
あんた・・・気を失ってなかったのか!!
拳打による激痛に表情を強張らせながら、土使い(A)は必死に声を絞りだす。
「いまだ!! こいつを打てーーー!!」
グレンは逆手を土使い(A)の肩に添えると、そのまま掌波を放つ。
土使い(A)は掌波の衝撃で地面に打ち付けられる。
だが次の一瞬であった、体術使いが一気にグレンの下へ接近し、攻撃を仕掛ける。
防御の体勢に入ろうと身構えたが、時既に遅く体術使いの拳打がグレンを襲う。
体術使いの拳打が自身に命中する瞬間、グレンはその威力を少しでも流す為に体を捻りながら跳び上がる。
だが体術使いが放った拳打の直撃は免れなかった。
グレンの身体は一度宙に舞い、芝生の地面を擦りながら徐々に停止する。
急所への直撃は免れた・・・けど、右肩の背中側が物凄く痛くて、右腕を思うように動かせそうにねえ。
グレンは右肩に手を添えながら立ち上がる。
くそ・・・呼吸が乱れた。
土使いの脇腹に拳打を喰らわした時点で俺は油断していた。策士として失格だな、せっかく挑発に成功したのに、油断した所為で台無しだ。
グレンが体術使いに吹き飛ばされたのを見て、二名の属性使いは足を止めていた。
そのまま止まらずに俺を殺しに向かっていれば良かったのによ。
体術使いに吹き飛ばされたことにより、二名の属性使いの方がグレンに近くなっていた。
グレンは右掌に小油玉を落とすと、それを逆手に持ち、激痛に耐えながら二名の属性使いに向けて走りだす。
体術使いの拳打を受けながらも立ち上がり、尚且つ自分達に向けて走りだしたグレンに二名は動揺する。
《こいつは化け物か》
その動揺は隙となり、容易にグレンの接近を許してしまう。
グレンは雷使いに向けて左拳打を放つ。
雷使いは折れた両手剣で防ごうとするが、グレンの逆手は鋼を纏っており、そのまま押し切られ両手剣ごと地面へと沈んだ。
拳打を放ったことで、グレンの右肩に激痛が走り、その表情を歪める。
グレンは左腕に小油玉を握っていたため、拳打の衝撃で逆手重装は油塗れになっていた。
土使い(C)は一歩後方へ下がり、短剣を地面に突き刺すと岩の剣を造りだす。
グレンは間を開けず土使い(C)に接近した。土使いは岩の剣をグレンに向けて真横に斬り掛かる。
咄嗟の判断でグレンは自らの意志で地面に倒れ岩剣を避けると、土使い(C)の足を蹴り払い転倒させた。
グレンはすぐさま立ち上がると、その場から後方に跳び退いた。
次の瞬間であった、グレンの居た場所に氷塊が落下し、地面に激突して砕け散る。
体術使いの氷魔法に一度痛い目に遭っているんだ、警戒して当たり前だろ。
グレンは転倒している土使いを無視し、今度は体術使いに向けて走りだす。
体術使いは己に接近してくるグレンに向けて、防御の構えを造る。
土使い(C)は立ち上がると、己に背を向けて走りだしたグレンの後を追う。
だがその行動・・・グレンに読まれていた。
体術使いは咄嗟に叫ぶ。
「身構えろ、罠だ!!!」
その叫びと同時にグレンは向きを返し、土使い(C)に向けて走りだしていた。
体術使いは防御の構えを取っていた所為で援護には回れない。土使い(C)は手に持っていた岩の剣を握り直すと、向かってくるグレンが間合いに入ったのを見計らって岩の剣を振り下ろす。
グレンは独自の足運びで回り込むように岩の剣を避ける、岩の剣は地面に激突し大きい音と共に地面を陥没させた。
そのままグレンは敵の懐に片足を踏み入れ、土使いの腰に手を回した。
逆手重装は油塗れであり、その油が土使いの衣類に付着する。
グレンは左腕に炎を灯し、土使いの衣類に燃え移ったのを確認すると、左腕を腰から放し距離を取り衣類に燃え移った炎の火力を少しだけ上げる。
極化と炎魔法を同時に使うことができないため、胴体に移動させていた魔力は左腕に戻す。
魔力纏い(強化魔法)は着ている衣類もある程度だけど燃え難くすることができるが、魔力練りは己の身だけであり、炎により衣類も燃える。
土使い(C)に燃え移った炎は徐々に燃え広がり、その熱が土使いを襲う。
だが体術使いの対処が速かった。土使いの頭上に空気中の水を集め、それを水塊にして落下させていた。
炎が全身に燃え広がる前に水塊を落としたことにより、炎は沈下されていた。
残念だったな、俺は焼き殺す積りなんて最初からねえよ。
炎が沈下されたと同時にグレンは再び土使い(C)に接近し、左拳打を容赦なく打ち込んだ。
ヤバイな・・・拳打を打ち込むたびに右の肩が痛てえ。
グレンは肩で息をしながら周囲を見る。
一番近くに体術使い。
女の雷使いは掌波により吹き飛ばした衝撃で目を覚ましたようで、一緒に吹き飛ばされた水使いの手を借りて立ち上がっていた。
体術使いの拳打を喰らい、少し時間がたち痛みの感覚が強まっているのが分かる。
なによりも、事態はさらに悪化していた。
時計台に新たな三名が到着し、当然のように味方の増援ではなく、敵の増援だけが増えていく。オルクの策により、どうやらガンセキさんは足止めされているようだ。
棒の先に宝玉を埋め込んだ武具、ロッドを手にした属性使いが三名であり、恐らく炎使いだ。
残る敵・・・六名。
高位魔法を使ってないから、まだ魔力には余裕がある。だがグレンは近距離で雷撃を受け、体術使いの拳打に直撃している。
死ぬなら死ぬで仕方ない。だけどまだ誠の姿を見てないんだ、死んでも死に切れねえ。
本来のあいつの姿を拝むまでは、死にたくない。
死にたくないのに・・・俺は何で諦めようとしている。
気持ち悪い水滴がグレンの体中を流れる、汗が目の中に入り視界が霞む。
両足は震え、恐怖の所為で呼吸が上手く取れない。
考えろ、生き残る手段を。
死なないために・・・俺は何をしたら良い。
『魔法を斬れ』
『爪で魔力を食わせろ』
煩い・・・黙れ。
『奴等はお前の敵だろ? 喜べ、そして笑え』
煩い、俺に話しかけるな。
『殺せ、笑いながら殺せ、そして生を喜べ』
それが・・・お前の本質だ。
グレンは逆手で頭を抑え付けながら蹲る。
明らかにただ事ではないグレンの様子に、その場にいる体術使いは身構える。
蹲りながら肩を震わせているその姿は、なにかに怯えているのか。
それとも・・・笑っているのか。
震えていた青年は突如、上体を起こすと天を仰ぎながら悲鳴を上げる。
夜空に悲痛の叫びが木霊する、空気を震撼させその場にいた者達は本能で危険を感じ、無意識の内に恐怖を青年に向ける。
既に喉は潰れているはずなのに、それでも構わず腹の底から何かを吐き出すかのように。
その叫びは夜のレンガに響き渡る。
叫び終えるとグレンはゆっくりと前を向き周囲を見渡す。
まだ・・・俺は戦える。
俺は人間として戦い続ける。
俺は負けない、必ず生き残る。
俺は・・・死なない。
グレンは即座に向きを返し、女の雷使いと水使いに向けて走りだした。
まだ諦めない、俺の炎は消えてない。
赤の護衛は・・・闇夜を照らす灯火なんだ。
6章:十六話 おわり