十五話 一対四
時計は歴史を刻む。
太陽や月の位置よりも正確に時を刻む。
まだ俺が二人と一緒に暮らしていたころは、一日がとても長かった記憶がある。
外に出るのが怖くて、家の中に篭って一人で遊んでばかりいたからな。
婆さんの家に住むようになって、話し相手ができたから多少は一日が終わるのが速くなった。
十二歳になって、仕事を始めてからだな。時間を意識するようになってから、一日がどんどん短くなっていった。
セレスが勇者として旅立つまでに、少しでも強くなる必要があったから、俺は物凄く焦っていた。時間に追われれば追われるほど、時の流れは速くなるんだ。
そもそも俺は勇者の護衛になる積りなんて微塵もなかったんだ、自分の実力を分かっていたから。
何よりもセレスの強さを間近で見てきたから自分の弱さを知っていた。本来のあいつは馬鹿じゃねえ、物覚えも良いし戦いに関しては天性の才を持っていた。それでいて慢心もせず、真面目に修行もしていたからな。
セレスが俺のことをどう思っていようと、俺という存在はあいつにとって邪魔にしかならない。
俺の所為で、セレスは自分の足で立てなくなった。
だから同志として・・・共に旅立つと決めたんだ。
旅立つには力不足だったから、俺は力を求めた。
俺の持つ魔力量は他の属性使いと変わらない、俺の炎は使い勝手が悪い。恵まれた体格でもなければ、身体能力が優れているわけでもない。
魔物の特徴を知ることにより、手に入れた情報を活かす方法を考える。体術も未熟で魔力纏だって上手いとは言えなかった俺にとって、考えることだけが唯一の力だった。
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時計台を背に、四名の敵がグレンを扇状に囲っている。
だけどよ、今の俺には体術がある。強化魔法も相応の時間を修行に費やした。冷静を保ちながら戦闘を続けられる技術だって手に入れた。
それに加えオッサンが託してくれた逆手重装。
何よりも・・・共に戦う相棒が俺の左腕に宿っている。
今でも自分を弱者だとは思ってない、だけど強者と呼べるほど強くなったとも思えない。
どれほどの力を手に入れようと、グレンには弱者としての心が根深く残っている。どんなに力を得ても、力を求め続けるという利点もあるが、それは己に自信を持てないという欠点でもあった。
だが、グレンはレンゲの言葉を覚えていた。
『君の実力を信じるんだ、自分が弱いと思っている内は、大勢を相手に勝つことはできないよ』
俺は自分という存在を決して信じない・・・だけど、俺の実力を信じる。
今だけでも良い、自分は強者だと思い込むんだ。
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グレンを囲んだ四名は、先程の全身極化(一瞬)で戦わずに切り抜けた連中であり、手傷を負っている者は一人もいない。
だけどよ、こいつらはそう簡単に攻撃はしてこれない。
俺が戦わずに切り抜けた時に使用した全身極化を敵は警戒している、だから迂闊に攻撃を仕掛けることができない。
全身極化を使った本人ですら驚いてんだ、人内魔法を知らないこいつ等からすれば、その技を警戒するのは当然だ。
だからと言って、このまま動かなければ敵の増援が到着してしまう。その前に一人でも戦闘不能にしておく必要があるんだ。
グレンは目前の四人を観察する。
ガントレット使いが三人、短剣使いが一人。
短剣を得物にしているのは雷使い。ガントレットを得物にしている三名のうち、二人は確実に土使いだろう。残るもう一人はガントレットで俺に殴りかかってきたから、宝玉武具は恐らく魔力纏いを補助し、強化魔法を強力にする能力だ。
属性不明のガントレット使い・・・俺の予想では恐らく土使いだ。ボルガほどではないけど、かなり体格が良いからな。
土使いの男って体格に恵まれている奴が何故か多いんだよな、まあガンセキさんみたいに標準体型の土使いもいるけど。
雷使いが一名、土使いが二名、または三名。
時計台の広場に静かな緊迫の空気が漂っていた。敵はグレンを警戒し、なかなか動こうとしない。
先手は俺から打つか。だけど今回は全身極化(一瞬)には頼らない。敵は人内魔法の存在は知らないが、魔力練りのことは知っているはずだ。何度も使っていたら技の正体に感づかれる可能性だってある。
技の正体を完全ではないにしろ、知られるだけでも痛いんだ。
先ほど俺が使った正体不明の技を敵が警戒しているってことは、俺という存在を怖れているとも言える。
相手は俺を怖れれば怖れるほどに、動きを取り辛くなるんだ。
正体不明の技が魔力練りだと敵に気付かれたら、対処法を思いつくことができなくても、俺に向けていた恐怖は薄くなる。
それによ・・・一瞬全身強化は進歩だ、今の俺では使いこなせてない。さっきのは運が良く成功しただけで、失敗する可能性のほうが高い。
四名は守りの姿勢を造り、グレンの攻撃に備えている。
グレンの背後は時計台のため後方に下がり間合いを広げることはできない。
俺から見て左から、土使い(A)・雷使い・土使い(B)・ガントレット使い(恐らく土使い)の順で囲まれている。
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グレンは片足で地面を蹴り、雷使いに接近する。
次の瞬間だった、土使い(A)が地面に手を添えると、グレンの前方に岩壁を召喚する。
岩壁に行く手を阻まれたグレンは、左拳打で岩の壁を破壊する。
グレンの前方にいた雷使いは短剣をグレンに向け、岩壁が破壊された瞬間を狙い雷撃を放つ。
だが読みはグレンの方が上手であった、グレンは左拳打で岩の壁を完全に破壊していなかった。雷撃を受けたことにより、岩壁は完全に破壊され、土に帰った岩壁の中からグレンが飛び出してきた。
雷撃を放ったことにより、雷使いには隙が生じていた。グレンは雷使いの懐に入り込み、攻撃を加えようとした瞬間だった、属性不明のガントレット使いが拳打をグレンに仕掛ける。
咄嗟にグレンは身体を捻り、ガントレット使いの拳打を逆手重装で防ぐ。だが姿勢が不安定であったためガントレット使いの拳打に吹き飛ばされる。
グレンの受けた拳打は想像以上に重く、間違いなく宝石玉を使用したガントレットである。
重い拳打に吹き飛ばされたことにより、敵との間にかなりの距離が生まれた。
大体10mくらいは吹き飛ばされたな。
何事もなかったかのように、グレンは静かに立ち上がる。
体格の良いガントレット使い・・・間違いなく体術を心得ているな。武具だけに頼っていたら、あんだけの拳打は放てない。この四名の中で最も警戒すべきは奴だ。
しかもこの四人、今まで戦って来た六人とは違い、かなり連携が取れている。
恐らく属性不明のガントレット使い・・・体術使いを中心に長いこと戦ってきた四人なんだろう。
あと、何となく接近して分かった。短剣を得物としている雷使いの性別は、多分だけど女性だな。
まあ女だろうが男だろうが、俺にとっては関係ねえ。属性使いである以上、魔力を纏えるからには男女の身体能力に大きな差はない。
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立ち上がったグレンを見て、四名の敵は間を開けず攻撃を仕掛ける。
土使い(A)が地面に両腕を添えると、体術使いの前に中岩を召喚する。
体術使いは中岩を抱きかかえると、そのままの勢いで重量のある岩を持ち上げ、グレンに向けて投げ飛ばした。
中岩を体術使いが投げた瞬間を見計らい、雷使いはグレンを目掛けて走り出す。
それと時を同じく、土使い(B)は両腕のガントレットに岩を纏わせ、雷使いと同じようにグレンを目指す。
並位中級魔法・岩の篭手 攻撃を兼備えた防御魔法であり、刃物を防ぎ炎の熱や電気を遮断する。だが、雷撃を受けると壊れる。ガントレット(宝玉武具)の能力により、岩篭手の防御力を強化することも可能。
グレンが体勢を立て直す前に中岩を投げられた所為で、回避するのは難しい。
そうなれば取る手段は一つしかない、逆手重装の掌を飛んでくる中岩に向けると、グレンは防御の構えを造る。
中岩の衝撃を地流しにより地面に流す。受け止めた中岩の衝撃を流したことによりグレンの足下が陥没した。
グレンの目前には未だ受け止めた中岩が残ったままであり、破壊はされてない。
飛んできた岩を受け止めることには成功したが、間を開けずに雷使いと土使い(B)が中岩の左右から回り込み、グレンに向けて一斉に攻撃を仕掛けた。
グレンはその一瞬を狙い中岩の上に飛び乗り、二名の攻撃を回避する。
中岩の上でグレンは雷使いと土使い(B)を見下ろしながら、左腕の魔力を胴体に移動させ、再び左腕に魔力を練り込んだ。
グレンは中岩を蹴るともう一度飛び上がる、位置は雷使いと土使い(B)の真上。空中で一回転しながら二人に向けて手を翳すと、容赦なく二段掌波を放つ。
前後左右から掌波を放てば、相手は吹き飛ぶだけだ。だが上から下へ・・・空中から地面に向けて掌波を放てば、相手は地面に押し潰される。
グレンが芝生へ着地したときには、雷使いと土使い(B)は既に横たわっていた。
真上から掌波を放てば相手を殺しかねない、だから少し角度をずらして掌波を放った。だが、それでも受けたダメージはかなり大きいはずだ。
残る敵は体術使いと土使い(A)の二人。
グレンはゆっくりと残る二名の敵に向けて歩き出した。
だが、雷使いは頭上から放たれた掌波の直撃を受けていなかった。グレンが中岩より飛び上がった瞬間、危険を感じ回避に移っていた。
雷使いは回避したことにより地面に倒れたが、避けれなかった土使い(B)が倒れているのを見て、さもグレンの掌波に直撃したかのように演技をしていた。
グレンは体術使いと土使い(A)に向かって歩き出し、己に背を向けたその瞬間を雷使いは狙った。
雷使いは即座に芝生の地面から立ち上がると、背を向けているグレンに接近する。
その様子を見ていた体術使いが雷使いに叫ぶ。
「そいつはお前に気付いているぞ!! 迂闊に接近戦を仕掛けるな!!」
グレンは舌打ちをすると、自身に接近してきた雷使いの方へ振り向いて走りだす。
二段掌波は飛距離と攻撃範囲はそこまでないため、避けられることは予め想定していた。
体術使いの言葉により雷使いは急停止をして、短剣の先をグレンに向けると雷撃を放つ。
停止をした雷使いに向け走りながら、グレンは炎の壁を造りだし雷撃を防ぎ、そのまま雷使いに接近する。
雷撃を打ったことにより、雷使いには隙が生じていた。近付いてくるグレンの攻撃を防ぐために、防御体勢に入ろうとするが間に合いそうにない。
悪いな、雷使いだけは戦い慣れているんだ、特に雷撃には何度も痛い目に遭っているからよ、単純な雷撃なら炎の壁で防ぐのは楽なんだ。
グレンは雷使いに接近し、容赦なく拳打を仕掛ける。だが、雷使いまで一歩手前の所でグレンは急に立ち止まった。
いや違う、芝生の上には水が流れていた。その水がグレンの足下を濡らした瞬間、捕縛の氷で動きを封じられていた。
クソ・・・敵の増援か。
だが時計台にはまだ、グレンを含めた五人の姿しかない。
しまった、奴の属性を読み間違えた。体術使いは土使いだとばかり思い込んでいた。
体格が良く、ガントレットを得物としているからといって、土使いだとは限らない。
アクアという水使いの印象が強すぎて、接近戦を得意とする水使いもいることを忘れていた。
単純な失敗、たかが属性の読み間違いだけで、時に致命傷を受けることもある。
体術使い・・・水使いはここぞとばかりに大声を発する。
「今だ!! そいつを打て!!」
雷使いは水使いの声を聞き、手に握り絞めた短剣を握り直すと並位魔法 雷剣を発動する。
雷剣により雷を帯びた剣で、グレンに向けて突きを仕掛ける。
グレンは逆手重装で短剣を握り止める。極化魔法により抵抗を上げていたから、雷剣の電気ではそこまでの痛みはなかった。
だが、握り止められた短剣の剣先は、未だグレンに向けられたままであった。
雷使いは冷静に短剣より雷撃を放つ、グレンは咄嗟に短剣を手放し、身体を捻りながら回避に移った。
しかし短剣との距離は近く、それでいてグレンの足元は凍り付いていた。
グレンは逆手以外の全身に魔力を纏っていたが、雷撃の直撃を受ける。
雷撃がグレンに直撃し身体を流れる・・・それでもまだ、グレンは立っていた。
痛てえ、滅茶苦茶痛てえ。
でもよ、セレスの雷撃はこの数倍痛い。
グレンの魔力纏いは他の属性使いより断然優秀であり、尚且つ幼少の頃よりセレスの雷撃をくらい続けてきた。
ほぼ零距離で雷撃を喰らわせた筈なのに、目の前で未だ気を失わずこの男は立っている。
雷使いは一歩後方に下がろうとした。だが、グレンは咄嗟に手を伸ばし、雷使いの短剣を持っている腕を逆手で捉える。
そのまま自分の近くへ雷使いを引き寄せながら、右腕で雷使いの首を絞める。
雷撃の直撃を受けた所為で、かなりの痛みが残っている。この痛みに慣れるまで、少し時間を稼がせてもらう。
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時間は少し遡る。
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最初にグレンを迎え撃った三名の内、一人が腕の骨を折られた。
次に橋上でグレンと戦った三名の内、一人の行方が分からず、もう一人は肩にナイフを突き刺され橋の上で戦闘不能となっていた。残ったもう一人は身体には問題はないが、蹲り震えていて戦闘には参加できそうにない。
この六名の中で一人は行方が分からず、このまま戦闘を続行できるのは、最初にグレンと戦った二名のみ。
赤の護衛によって心身に重傷を負った三名を橋に残し、二人はグレンを追う。
二人は途中で行方が分からなかった水使いを発見し、その水使いと合流する。
水使いの全身はずぶ濡れで、話によると敵に川へ落とされたらしい。落とされた場所が川岸だったことが幸いし、何とか無事であった。
三人は互いの情報を交換し合う・・・グレンという敵はかなり頭が切れることはオルクより聞いて分かっていたが、予想を超えるほどの切れ者。そして正体不明の技を使い、高い体術と魔力纏いの技術を持っている。
それらの情報から、三人はグレンに対して接近戦を仕掛けてはならないと結論をつけた。
最初にグレンと戦った短剣を得物とする土使いと、両手剣を折られた雷使い。
橋の上でグレンと戦った水使いは、川に落とされたとき、身体を軽くする為にナイフを全て流してしまっている。
三名ともに身体は万全な状態とは程遠く、体中に痛みは残っている。だからと言ってこのまま引き下がる訳には行かなかった。
勇者一行の赤の護衛に一矢報いるために。
我等の信念を・・・貫く為に。
三人は走り出す。
グレンを探し出すのに少し時間が掛かったが、三名の中に領域を使える土使いが一人残っていたのが幸いした。
どうやら敵は時計台で我等の同志と戦っているようだ。
レンガの一般兵を避けながら大通りを抜け、坂道を上る。体中が痛いが問題ない、まだ戦える。
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三人が時計台に辿り付いたとき、驚くべき光景が広がっていた。
逃げてくる赤の護衛を迎え撃つ三組の中で、この四名は最後の砦であった。実力も実行部隊の中では上位に位置する四人。
土使い(B)は既に倒れ、水使いと土使い(A)はじっとグレンを睨みつけ。紅一点の雷使いは敵に首を絞められたままもがいている。
グレンは増援として現れた三名に気付き声を荒げる。
「動くな!!! 一歩でも動いてみろ、こいつの命はないぞ!!!」
その声は鬼気迫り、最早手段は選ばんと叫んでいる。
逆手に不気味は武具を纏い、薄気味悪い笑みを浮かべながら、右腕で雷使いの首を絞めている。
雷使いはグレンの握力に耐え切れず、握っていた短剣を芝生の上に落としていた。
グレンは左腕に炎を灯し、雷使いの片腕を燃やしながら。
「今すぐこの場から離れろ!! この女を絞め殺すのが先か、それとも焼き殺すのが先か!!!」
まるでその姿は、悪の化身であった。
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グレンを助けに時計台へと向かう三人。
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先頭を走るガンセキは、後方を走る二人に向けて声を掛ける。
「工房から時計台までの距離を考えろば、敵は時計台に俺達が到着する目前で足止めをしてくるはずだ!」
レンゲさんの工房は時計台からかなり離れている、そこから俺達の足止めに向かう場合は相応の時間が掛かる。
そういったガンセキの言葉に疑問を感じ、アクアは一つの質問をする。
「工房から時計台までの距離と、宿屋から時計台までの距離だとさ、ボク達が時計台に到着するほうが速いんじゃないかな?」
確かにその通りだ、敵がグレンと同等の速度で走れたとしても、俺達が時計台に到着するほうが速いだろう。
「だがな、宿を出るのに少しだが時間が掛かった」
セレスに信念旗の説明をする必要があったから仕方ないことだが。
ガンセキは杭に発動させた土の領域を確認しながら、敵の移動手段について説明する。
「それともう一つ・・・レンガには馬車という移動手段もある、速馬を走らせることのできる広い道もこの都市には多いんだ」
しかも今は夜間であり歩行者も殆どいない、たとえ一般兵に見つかったとしても、無視して走り抜けることが可能だろう。
どうやらオルクは確実にグレンを孤立させる積りだが、そうはさせない。
ガンセキは意志を込めた口調で二人に語る。
「良いか二人とも、今から敵に足止めをくらった場合の策を話す・・・アクア、お前に作戦の要となってもらう」
アクアだからこそ可能と成る。
ガンセキの言葉にアクアは表情を固めるが、何とか笑顔を造りだす。
セレスは無表情でガンセキの背中を見詰めながら。
「私も戦えます・・・だからガンセキさん、私にも頼って下さい」
仲間を助けたい、グレンを助けたい。護られるだけの勇者でいたくない。
ガンセキは静かな口調でセレスに言葉を返す。
「お前の戦いは死なないことだ、人を護るのがお前にとっての勇者だろ。グレンを助けるのが俺達三人の戦いだ、まずは自分の身を護り、可能なら仲間を護れ」
その言葉にセレスは表情を曇らせる。
俺が信念旗のことを隠していたから、まだセレスは人間と戦う覚悟ができてない。
「忘れるな・・・敵の狙いはグレンであり、お前でもあるんだ。生き残ることが、俺たち四人の勝利だからな」
ガンセキの背中にセレスは頷く。
セレスは小さな声で。
「私は私にできることを。まずは死なないように」
その声が聞こえたのか、アクアは優しい口調でセレスに話しかける。
「ボクたち三人で、グレン君を護るんだ」
アクアの言葉でセレスの顔に光が射す。セレスは精一杯の笑顔を友に返した。
ガンセキは走る速度を少しだけ緩めると、作戦の説明を二人にする。
それに今回の作戦は、セレスにも役目がある。
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暗闇に包まれたレンガの道を三人は走る。
策の説明を二人に終えると、ガンセキは走る速度を上げる。
既に宿を出発して恐らく40分が過ぎており、グレンが杭に魔力を送ってから宿を出るまでに10分ほど時間が掛かっている。あわせれば50分か。
この速度で行けば、あと5分ほどで時計台に到着する。
だが、やはり予想通り七名の敵が足止めとして、俺達の進路を塞いでいる。
ガンセキは走る速度を落とすと、ゆっくりと停止した。
突然立ち止まったガンセキにアクアは尋ねる。
「どうしたのさ・・・速く時計台に行こうよ」
アクアの問いに頷きながらガンセキは返事をする。
「俺達の進路上に敵を確認した、このまま時計台に向かうのなら、戦闘は避けて通れない」
そう言うとガンセキは手に持っていた杭を腰に戻し、両腕を地面に添える。
七名の敵以外に結界を使い、存在を隠している者はいないか探るためだ。
ガンセキは両腕を地面から離すと、一息を吐きながら。
「どうやら敵は七名だけだ、これなら策を実行できる。セレス、アクア・・・まずは自分の命を優先させろ。グレンは自分の命くらい自分で何とかする」
グレンは死ぬのが怖いから生きているだけではない、目標を達成するまでは何が何でも生き抜こうとするだろうから。
生きる意味がなくても、楽しいことは沢山ある。目標はなくてもやりたい事が沢山ある。
信念なんかなくても、人は生きていけるんだ。
だがグレンには・・・それがない。
たかが趣味かも知れない、だけどそれだけでも、人は生きる希望が持てるのかも知れないな。
生きる希望が何一つ持てなくなった人間は、自ら命を断つのだろうか?
生きることに疲れた人間は、自ら命を断つのだろうか?
一つの悩みだけではなく、多くの悩みが重なることで、人は命を断つのだろうか?
そんな難しいことは、俺には分からない。今しなくてはならないことがある。
ガンセキの声は穏やかな口調で。
「行くぞ二人とも、俺達の仲間を護りに」
その声が二人の緊張を少しだけ和らげた。
嘗ての仲間に救われ、嘗ての同志に生かされたこの命で・・・俺は今の仲間を護る。
無我夢中で全てを忘れて修行をした。
俺にとって修行は趣味だ。
修行をしている間は嫌なことを全て忘れられた。
修行が俺を生かしてくれた。
意味のあることから無駄なことまで、あらゆる全てが俺に様々な力を与えてくれた。
その力で、俺はお前たちを護る。
6章:十五話 おわり