八話 白魔法と宝玉具
逆手重装
左腕だけ重装備という適当とも取られる名前だが、その内に宿る執念は本物だった。
勇者を懸命に護り続けた者の想い、勇者を支え続けた者の心。
逆手重装は大きく分けて四ヶ所、肩当・肘の関節部・前腕・手首から指先。
一人でも装着ができる設計と成っているが、やはり一人で装着する場合は時間がかかる。
慣れれば15分くらいで装着できるらしいが、レンゲの指導を受けながら左腕にパーツを取り付けてる現在、すでに30分を過ぎている。
長手袋に始めから付いていた金属に逆手重装を取り付けたり、ベルトみたいなもので左腕と逆手重装を固定したり。
この黒い長手袋は伸縮が強く、いつも左腕にはめるのに苦労するが、そのぶん良く手に馴染み使い心地は悪くない。
レンゲさんの話では、魔物の皮に手を加えた物らしいが、魔物具の素材にはならないとのことだ。
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慣れない手付きで逆手重装をなんとか左腕に装着した。
一人でも上手に装着できるかと聞かれたら・・・苦笑いを浮かべながら多分と答えるしかないな。
グレンは改めて己の左腕に視線を向ける。
装飾も何もない地味な見てくれだが、実戦で使う武具に飾りは必要ない。それを必要とするのは地位の高い人物や、勇者のような象徴だけだ。
俺はまったく興味ないが、美しい装飾は人を引き付ける力がある。
この世界にも存在する様々な美術品には物凄い価値があるからな。時に政治をも動かす力を持っている、そんな話を聞いたこともある。
だが・・・俺には必要のない代物だ、なんせ俺には人を引き付ける才能なんて微塵もないし、そんな才能は欲しくもない。
それによ、こんな不気味な武具を使っている時点で、多くの人間から気味悪がられる。
確かに逆手重装は地味な見てくれで、重装兵の左腕とそこまで変わらない。
だがその色は魔獣の力が宿っている所為か、またはオッサンの執念の所為か赤黒だった。
レンゲがそのことに付いて一言。
「明らかに普通の赤鋼とは別物だ、赤鋼はもっと薄い赤で綺麗なんだけどね。逆手重装の赤はまるで・・・」
あえてレンゲは続きを言わない。
だがグレンもレンゲが何を言いたいのか良く分かる。
逆手重装はまるで・・・血の色だ。
俺の武具が持つ不気味さを引き立てているのがもう一ヶ所、それは指先だった。
以前見たことのある魔犬の爪、それとは少し違っている。
一回り小振りになっており、この大きさの爪では敵に致命傷を与えることは難しいか。
でもそのぶん物を掴み易いし、拳を握ることも出来そうだ。
左腕全体を覆う赤黒い金属、その隙間から皮手袋の黒が見え、指先には漆黒の爪。
肩当に護られるように、上腕には黄色い宝玉が埋め込まれていた。
レンゲが土の宝石玉について説明する。
「これがギゼル専用義足玉具から得た技術だね、練り込んであるのが火の純宝玉、埋め込んである土の宝石玉で鋼の強度を底上げしている」
グレンはレンゲの話を聞くと、左腕を動かして関節や重さを確認する。
確かに・・・予想よりも大分軽い。そりゃあ空気のように軽い訳じゃないけどよ、この程度なら魔力纏いで充分補える重さだ。
肘や手首、肩などの関節部も素手に比べれば動かし憎いけど、これなら問題なく戦えるだろうな。
一通りの動作を取り終えると、試しに構えを造り、そこから左拳打を放ってみる。
関節部分に大きな不具合はないが、若干だけど体重移動をし辛いか。
いつの間にかレンゲの存在を忘れ、逆手重装という武具について調べ始めているグレン。
想像で前方に人型の敵を造りだし、その敵に剣を持たせる。
敵はグレンに向けて斬り掛かる、グレンの間合いに敵が入り込んだ瞬間だった、グレンは低い体勢から足を一歩前に踏み入れると、敵の剣を逆手で払いながら右拳打で敵の腹を打つ。
前方の敵が地面に倒れた瞬間だった、グレンの右側から新たな敵が斬りかかってきた。
逆手重装の前腕で剣を払い、または受けることが出来そうだ。また、逆手重装の掌で剣を握り止めるのも可能だな。
俺の防御機能は左側に集中しているから、敵は俺の右側を狙ってくる・・・そこを上手く利用できれば敵に隙を造れるか。
斬撃は地流しで流すことが出来ない、地流しで流せるのは打撃系の攻撃だけだ。
また、横からの攻撃なら地流しで受け止めることが出来るが、上から落ちてくる重い物体を受け止めるのは地流しでは不可能。
左腕と右腕を上手く使い分けて戦う必要があるな。
グレンは己の武具を知る為に、より深く逆手重装の奥を目指し始めようとした瞬間だった。
誰かが手を叩いて拍手している。
「お見事!! いやー懐かしいなー ねえ、今のもう一回やって。まるで本当に敵が居るみたいだった」
あ・・・レンゲさんのことを忘れていた。
毎度のことながら、一つのことに集中しだすと他を忘れてしまう癖がある。
どうにかしたいと思っているが、集中しすぎるというのは完全に性格として、頭の中にこびり付いてしまっていた。
一つのことに集中しすぎる性格は、広い視野が持てないが、その代わりに一点に対しては優位な性格でもある。
俺は強力な魔物一体と戦うより、弱い複数の魔物を相手に戦う方が苦手なのもこの所為だと思う。
全ての性格には長所もあれば短所もある。
どれ程に優れた才能を持っていようと、全てに置いて天才なんて人間は多分いない。
戦う・・・これだけでも、才能は複数存在している。
個人としては弱いが、指揮能力が高い。
個人としては強いが、攻撃が単調で読み易い。
敵の弱点を見抜く才能はあるが、その弱点を突けるだけの力がない。
短所を伸ばしバランスを良くするのか、長所を伸ばし苦手な分野は他の誰かに託すのか。
俺としては短所を伸ばしたいんだけど、本能として考えだしたら周りが見えなくなってしまう。
現に今、いつの間にかレンゲさんのことを忘れている。
グレンは苦笑いを浮かべながら軽く頭を下げる。
「すんません、なにぶん性格のようで・・・考えだしたら周りが見えなくなってしまって」
その言葉にレンゲは笑顔を向けると口を開く。
「自分の短所を理解しているのか、それとも理解していないのか、それだけでも大きく違うんだ。だけどね、意外と答えって浅い所にあるんだ、特に君みたいな性格だとそんな経験が良くあるでしょ」
グレンは静かに頷く。
ゲイルさんとの口戦、刻亀の重要情報を持っていた魔獣具職人、俺が浅く広い視野を持っていれば簡単に分かったことだ。
レンゲが話を続ける。
「もし考えに煮詰まったとき、君がすべき行動は簡単なんだ・・・一度全てを忘れて頭を空にすることだね。意図的に浅い考えを取るんだ、だけど君はそれをしている内にまた深く考え始めてしまう。深く考えていると気付いたら、また頭を軽くして始めから浅く広くを考える」
それを何度も繰り返していたら、いつか何かが見えてくる。
一点に集中しすぎる性格。
本来なら単対単に強く、単対多に滅法弱い性格なんだ。敵が多すぎると直ぐに混乱を起こしてしまうからな。
呼吸法 この技術を供えているから、何とか複数の敵に対し、ある程度の冷静を保ちながら戦うことを可能にしている。
一度全てを忘れて頭を空にする、それくらいのことなら呼吸法で何とかなるか。
因みに俺の性格とセレスの性格は似ているようで別物だ。
俺の性格を狭く深くとすると、セレスの場合は一見狭く浅くだが・・・スイッチが入ると狭く深くになる。
さらにスイッチの入り方次第で、広く深くを実現させる。
その状態のセレスに勝てる可能性がある化物は、恐らく魔王だけだろう。
グレンは気付く、また自分が関係のないことを考えていると。
レンゲはニヤニヤと笑いながらグレンに尋ねる。
「そろそろ君の武具について話を進めたいんだけど、良いかな?」
俺には苦笑いを浮かべながら頷くことしか出来ない。
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レンゲは咳払いを一つすると真剣な表情を造り出し、グレンの顔を見て話しかける。
「まずは魔獣具の能力に付いて、今ここで出来るだけ調べておこう」
その話をする前に、グレンは爺橋の爺さん・・・魔獣具職人から話を聞いたことをレンゲに伝える。
「詳しい内容は爺さんの知識なので許可がないと言えませんが、俺は魔獣具について何となく分かりました。魔犬の呪いをこの身に受ける、その覚悟はできています」
恐怖心はある、本当は恐ろしくて堪らない。だけど俺はクロと共に歩くと決めたんだ。
奴を見逃した所為で何名もの誰かが死んだ・・・俺の犯した重罪だ。
クロの力で魔物を殺し続ける、あいつの呪いで苦痛を背負う、魔犬自身が俺と同等の苦痛を背負う。
これが俺に与えられた、その事に対する罰だ。
レンゲはグレンの顔を見ると、溜息を一つ吐きながら。
「どんなに壊れようと、自我だけは失っちゃ駄目だ」
それは嘗て、青の責任者が赤の護衛にいった言葉。
自分を失った人間に、己の勝利は掴めない。
レンゲは気持ちを切り替えると、笑顔を造りだし口を開く。
「そうか、ログ爺に会ったんだね、グレンがあの人と知り合いだったとは・・・君もかなりの物好きだね」
確かにあの爺さんは変な爺さんだった、だけどあの人から受けた恩は大きい。
刻亀だけじゃない、魔物や魔獣にも心があるということ。
何よりも魔獣具について、あの爺さんがやっとの思いで辿り付いた極地を、魔獣具の真実を俺なんかに教えてくれたんだ。
レンゲは頷くと、確りグレンの目を見詰めながら話しかける。
「今から探るのは呪いについてじゃない、逆手重装に宿る魔獣具の力を探るんだ」
魔獣具が本当の力を発揮させる場合、呪いを受け入れなくてはならない。
今はまだ魔獣具から強力な能力を引きだすことは出来ないが、何かしらの能力なら備わっている筈である。
そこまでの説明をグレンにすると、レンゲはそのまま話を続ける。
「まず調べる必要があるのは、魔獣具として逆手重装を起動させる方法だね」
本来なら魔獣具に魔力を送れば起動するのだが、逆手重装は魔獣玉具であり、魔獣具として起動させるには何かしらの条件を満たす必要がある。
「まずは指先・・・爪に向けて魔力を送って見て」
言われた通りグレンは魔犬の爪に魔力を送る。
レンゲは恐る恐るといった感じに言葉をかける。
「どう? なんか変化があったら教えて」
正直良く分からない、多分だけど変化はないな。
グレンが首を左右に振ると、レンゲは次の行動を指示する。
「そうか・・・それじゃあ次は爪に魔力を送るんじゃなくて、魔犬の爪に魔力を纏わせてみて」
魔力纏いに魔獣の素材が反応して能力が発動する、これと同じ仕組みの宝玉具も存在している。
魔力に反応するタイプの玉具を 共進型。
魔力を送るタイプの玉具を 放出型。
共進型は魔力を纏うのをやめれば能力も止まる。
放出型は魔力を一定量送ることで、決められた時間能力が発動する。
上の二つを重ね供える両型も存在している、この場合は一つの宝玉に2つ以上の能力を宿している武具が多い。
ガンセキの杭はさらに珍しい型で、使い方が複雑すぎて上手く説明できない。
魔力纏いを強化する能力の場合は共進型、照明玉具などは放出型が多い。
放出型は常に一定量の魔力を送れば、そのまま放出しているため、古代人形のような保存型とは別物である。
保存型は実験段階であり、まだ実戦で使用することはできない。闇宝玉のランプ、この技術を応用するらしい。
あとこれも実験段階だが、闇宝玉と魔物の素材を使うことで、闇の宝玉武具が造りだせるかも知れない。
グレンはレンゲの指示に従い、逆手重装の指先に重点を置いて魔力を纏ってみる。
しかし残念ながら、それでも逆手重装は魔獣具として反応は示さなかった。
レンゲは悩む姿勢を造ると声を上げながら。
「それでもだめかー そうなると・・・君の全身にできる限りの魔力を纏ってみてくれる?」
逆手重装は土宝玉に魔力を送ることで金属を頑強にし、逆手重装全体に魔力を纏うことで火の純宝玉が能力を発動させる。
しかし、変人が仕組んだ純宝玉(火)の能力を発動させるには、俺自身が何かをしないと駄目らしいく、逆手重装に魔力を纏わせただけでは何も起きない。
魔犬の特徴は以前レンゲさんに伝えてあり、そのため物凄い量の闇魔力を纏っていた、そのこともこの人は知っている。
グレンはレンゲの指示に従い、できる限りの魔力を左腕ではなく全身に纏う。
俺にはクロ程の魔力を纏う技術はない、だが魔力纏いには一応の自信はある。
薄く・・・本当に薄くグレンの体が光る。
一瞬でそれ程の魔力を纏える訳ではなく、かなりの時間を必要とする。
クロの凄い所はここである、俺がクロを地面に叩き付けようとしたとき、あの魔犬は一瞬で黒い炎を纏った。
僅かな時間であれだけの魔力を纏える、強化魔法の熟練は俺の遥か上を行くだろう。
グレンは纏っていた薄い光を消すと、目蓋を閉じて首を左右に振る。
「駄目ですね・・・魔犬はまだ俺に力を貸す積もりはない、そう言うことじゃないンすか?」
俺の言葉にレンゲさんは納得しない。
「魔獣具ってさ、どんなに弱い能力でも絶対に何かしら付いている筈なんだけどね」
グレンも他の可能性を考えてみる。
そう言えば長手袋は魔力練りに反応・・・共進して魔力を取り出すことで、炎の熱を防いでいるんだよな。
試しにグレンは左腕の魔力を練りこむ。
5秒の時間を要し、左腕の魔力を練り込んだ瞬間だった、明らかに逆手重装に異変が起こる。
グレンは驚愕を表情に浮かべながら、レンゲに尋ねる。
「闇の純宝玉を練り込むことで、鋼は黒くなるんですよね?」
逆手重装に使われているのは魔獣の素材であって、闇の純宝玉ではない。
レンゲは興味深そうに、黒くなった逆手重装を見詰めながら。
「魔獣の素材でこんな現象が起きるなんて聞いたことがない・・・それに黒鋼はここまでドス黒くない」
まるで爪の漆黒が広がったかのように、指先から手首までが黒く染まっている。手首からは少しずつ赤色になっている。
この状態の逆手重装を、レンゲはこのように言い表す。
「指先から手首までが黒色、見たまんまで言うのなら黒手で良いのかな?」
逆手重装・黒手 左腕の魔力を練り込むことで発動する魔獣具としての形態。
黒手と成った逆手重装が、どのような能力を秘めているのかをグレンは探る。
まずは左腕に練り込んでいる魔力を、胴体に移動させて様子をみる。
練り込んだ魔力が胴体に移り、左腕にもう魔力はない・・・だが、逆手重装は未だ黒手のままだ。
10秒後、逆手重装は赤鋼へと戻る。
グレンは以上のことから予測した情報をレンゲへ伝えた。
「恐らく左腕から魔力(魔力練り)が無くなっても、10秒間は黒手の状態を保つことができます」
魔獣具としての力は何なのか・・・正直良く分からない。
俺は魔力を練りこむのに最速で5秒を必要とする、先程魔力練りをした時も5秒かかっている。
極化魔法は強化魔法と違い、魔力を纏う量で強弱は変わらない。魔力を一定量練りこんだ時点で、身体は極化している。
グレンが魔獣具としての能力を探っていると、レンゲは何かを閃いたような口調で話しかける。
「そう言えばさ、身体の全身に魔力練りをする場合って、初心者向けの方法とかある?」
上級者は数ヶ所を一斉に極化することも可能だが、初級者向けの方法も存在している。
「確かにありますが、実戦の場合はまず使用不可能な方法なんで・・・身体の二ヶ所でも10秒以上かかります」
実戦において5秒動けないってのでも非常に危ないのに、10秒なんて自殺行為だ。
グレンはそのことを説明し、それを聞いたレンゲは頷きながら。
「君の言う初心者向けの方法を今やってみてくれる?」
色々と試してみるべきだけど、残念ながら今の俺では力不足だ。
「全身に魔力を練りこむ場合、計六ヶ所の部位に魔力練りをする必要があンすよ」
現在グレンが習得している魔力練り(極化魔法)の技術を、一度レンゲに詳しく説明する。
左右の腕 魔力を練り込むのに約5秒を要する。
首から頭 魔力を練り込むのに約15秒を要する。
胴体と両足 魔力の練り込みをすることは出来ない。
以上のように部位で所要時間が変わる、胴体と両足なんて練り込むことが今の俺には無理だし、実戦でも何とか使えるのは両腕だけだな。
もちろんその程度の技術では、一斉に全身極化なんて不可能だ。
そこまでの説明を終え、グレンは初心者向けの方法をレンゲに伝える。
「単純な方法なんだけど、魔力移動を利用するんだ」
まず始めに左腕の魔力を練り込み、それを左足へ移動させる。それが終わるともう一度左腕に魔力を練り込み、今度は右足へ移動。
こんな感でコツコツと魔力を全身に練り込んでいく。
「だけどこの方法を使っても、今の俺だと二ヶ所を練り込むだけで精一杯だ」
そもそも極化魔法ってのは強化魔法と違って、発動してから時間制限があるんだ。
俺の場合は左腕に魔力を練りこんでも、20秒くらいで極化状態が解かれる。だから初心者向けの方法だと、やっている内に極化状態がどんどん解けていってしまう。
レンゲは大体のことをグレンから聞くと、頷きながら指示をだす。
「それじゃあまずは左腕の魔力を練り込んで、次に練り込んだ左腕の魔力を右腕に移動させる。それが終わったらもう一度左腕の魔力を練り込んでね」
それが上手く行けば、俺の両腕が極化状態になる。
言われた通り、グレンはレンゲの指示に従う。
左腕の魔力を練り込む・・・所要時間5秒。
逆手重装が赤鋼から黒手へと変化する。
左腕の魔力を胴体に移動、胴体から右腕へ。
そこまでの動作を終えたグレンは、黒手となった逆手の魔力をもう一度練り込んだ。
逆手重装の能力が判明した。
レンゲはグレンの逆手を視界に映しながら。
「私は魔力練りが使えないから、それが凄い能力なのか分からない。君の意見としてはどうなのかな?」
練り込んだ魔力を移動させる、この技術はあらゆる人内魔法の基礎だからそこまで難しくない。
ただし、魔力を練りこむのに要する時間の5秒・・・これを短くする場合は、速くても半年は必要としそうだ。
最初に魔力を練り込んだときは、まだ逆手は黒手ではなく赤鋼だったから、練り込むのに5秒を必要とした。
逆手重装 黒手の能力・・・極化魔法を発動させる時間を、左腕のみ短縮させる。
頭から首の魔力を練り込む為に必要な時間は15秒。右腕は5秒。
左腕は1秒とかからずに魔力を練りこむことができた。
逆手黒手があれば、今の俺が持っている魔力練りの技術でも、初心者向けの方法で身体の三ヶ所を僅かな時間で極化状態にできるだろう。
グレンは苦笑いをレンゲに向けると、声を震わせながら。
「多くの人間が魔獣具を求める理由が良く分かりました。この黒手という魔獣具があれば・・・魔力練りを仲間に頼らなくても、俺一人で実戦に使えます」
それだけじゃない、クロは恐らくまだ俺に呪いを与えてない。
呪いを受け入れ、魔獣との間に絆が生まれてこそ、魔獣具は本当の力を発揮させる。爺さんがそう俺に言ったんだ、呪いこそが魔獣具の力だと。
この魔獣具には、まだ強力な力が隠されている。
グレンの言葉にレンゲは頷くと。
「魔獣具としての能力は分かった・・・次は宝玉武具としての逆手重装だね」
変人が余計なことを言った所為で、宝玉具の能力を全て教えて貰うことはできない。レンゲさんは俺にどれだけのヒントを与えてくれるのか、それが問題だな。
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数分後
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レンゲは悩み続けていた、下手なヒントではグレンに見破られるから。
「まずは・・・逆手重装に使われている宝玉に付いて説明するね」
土の宝石玉は金属の強度を底上げしている。
水の宝石玉は魔力を練り込んだ時だけ、炎の熱から左腕を護ってくれる。
火の純宝玉は魔力を逆手に纏っているだけで、いつでも発動できる状態になっている。
「火の純宝玉は、君の炎をある条件で使用することで能力を発動させる。長手袋と純宝玉(火)の能力は強く関係しているんだ、君の炎から君の左腕を守るのが長手袋の役目だね」
魔法防御とは、自身の火や雷に対する耐性を強化、または極化させる。
魔法防御は白魔法の属性だけでなく、魔法と関係のない属性も防御することができる。
鉄を俺の炎で熱せれば赤くなる、そこから生じた鉄の熱は・・・俺の白魔法から生まれた炎の熱、それとは別物になるのか?
試しにグレンは逆手重装に炎を灯す。
それを見たレンゲは嬉しそうに笑いながら。
「ただ単に炎を灯しただけじゃあ能力は発動しないよ、それに今の状態で能力を発動したら・・・君の左腕は焼け落ちる。赤鉄を発動させる場合、君にかかる負担は想像を絶する、今日から君がするべき修行は2つ」
左腕に魔力を練り込みながら、左腕に魔力を纏うための修行。
魔力練りに反応して能力を発動させる長手袋。
魔力纏いに反応して能力を発動させる火の純宝玉。
同じ共進型でもこの二振りは別物であり、同時に能力を発動させなければ、グレンの左腕は焼け落ちる。
レンゲは話しを続ける。
「長手袋と逆手重装、この二振りに宿る能力を同時に発動させる。この状態で君は並位中級以上の火力を持った炎を、ある条件で使用すれば赤鉄は完成する」
逆手重装に炎を灯しただけでは赤鉄は完成しない。
何らかの条件を満たした炎、それを逆手重装にあてることで赤鉄になる。
逆手重装・赤鋼 土の宝玉により金属を強化して、敵の攻撃を受ける防御形態。
逆手重装・黒手 魔犬の素材により発動する魔獣の力を宿した魔獣具形態。
逆手重装・赤鉄 長手袋と(火)純宝玉、それに加えグレンの炎を要いることで発動する攻撃形態。
土の宝石玉は魔力を送ることで金属を強化する放出型。
黒手と長手袋は魔力練りに反応して能力を発動させる共進型。
火の純宝玉は魔力を逆手に纏わすことで、能力が一応だけど発動する共進型。
変人が設計しただけあって、使用方法が難しいな。
そこまで考えたグレンは、レンゲに視線を向けると口を開く。
「宝石玉を二つに、純宝玉を一つ・・・本当に45万で良いんですか?」
グレンの言葉にレンゲは溜息を吐きながら。
「分かっていると思うけどさ、私は黄の護衛だったんだ。商売だけでこの宝玉武具を造った訳じゃない、最低限のけじめとしてお金は貰うけど、私は君たち勇者一行を後押しする為に逆手重装を造ったんだ」
そんなことを私から言わせるな、そう言った眼差しをグレンに浴びせる。
俺にはこの武具の名を歴史に残すことはできない、寧ろ逆手重装に悪名を付けてしまう可能性が高い。
勇者の為に戦うことが許されないグレンにとって、職人の言葉は痛かった。
グレンの考えていることが読めたのか、レンゲは静かな口調で。
「たとえ歴史に名を残さなくても、影で戦い続けた名も無き英雄は沢山いる」
勇者と共に戦った全ての同志、勇者を支えた多くの仲間たち。
望んで戦った者もいただろう、望まずに戦った者もいただろう。
それでも彼らがいなければ、人類に明日は無かった。
レンゲは確りとグレンを見詰めて。
「罵倒されても、憎まれても、嫌われても・・・最後まで諦めなかった男を、私は一人だけ知っているよ」
千年戦争の終わりを一心に信じ続けた、諦めの悪い馬鹿がいた。
「逆手重装をどのように使うのか、全ては君の自由だ。私が望むのはただ一つ、勇者を魔王へと導いて貰いたい」
それが職人として、嘗ての護衛として、レンゲが望むことだった。
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・・・
レンゲは土の領域を誰にも分からないよう展開させる。
「今から君に伝える知識は・・・絶対に口にだしてはいけない。勇者一行に言うのも駄目だ、それを約束して貰う」
グレンは額に冷や汗を流しながら、ゆっくりと頷く。
その行動を見ると、レンゲは一度その場を離れ、工房の隅に置いてあった木箱から何かを取り出す。
レンゲは机へ戻ると、手に持っていた玉具を机の上に置く。
「これは私が造った玉具じゃない、これを造ったのは鎧国お抱えの職人で、資料として頼み込んで鉄工商会から買った品物だ」
両手で持たないと落としてしまいそうな、大ぶりの薄く赤いガラス球。
「ガラスの場合は宝石玉や濁宝玉でも、練り込めば色は簡単に変化するんだ」
ガラス球には火の宝石玉が使用されている。
「この玉具の能力は、ここ数十年で開発された新しい魔法陣でね・・・今から使ってみるから良く見ててね」
レンゲは机から離れ、ガラス球から距離をとる。
片手をガラス球に向け、魔力を送る。
離れた場所から魔力を注ぎ、その魔力により宝玉が能力を発動させる。
その現象を見て、グレンは思わず声を上げて驚く。
「うそ・・・だろ・・・」
それは信じられない光景であった。
ガラス球は、赤く燃えていた。
レンゲはグレンの反応を確認すると。
「今君が見ている通り、その玉具に宿っている能力は・・・火を造りだすことだ」
宝玉具で火を造りだす、それじゃあまるで。
グレンは視線をガラス球に向けながら。
「魔法じゃねえか」
その発言にレンゲは頷くと、説明を始める。
「ガラス球の火で何かを燃やせば煙がでる。だけどさ・・・この技術が進めば、煙を出さない火を造りだすことも可能なんだ」
現在の技術では、宝石玉からは低位下級の火しか造りだすことができない。
「だけど時代と共にこの技術が進めば・・・宝石玉で炎、純宝玉で剛炎ができるかも知れない。
炎魔法は火力で位が決まるから分かり易い、だけど岩や大地・水や氷は、変幻自在とまでは言わないけど形を変えられる。
そもそも自然の雨には魔力を奪う力なんてないし、試したことは無いけど、炎で雷を防げるとは思えない。
レンゲは真剣な眼差しで言葉を続ける。
「それらの現象も何年、果ては何千年の時間を要するのか分からないけど・・・いつか能力として、宝玉その物に宿せるかも知れない」
現在の技術として出来るのは。
水の宝石玉で水を造りだす。
雷の宝石玉で電を造りだせるが、痺れはしない。
火の宝石玉で低位下級の火を造りだす。
土の宝石玉で地面を操ることは、今のところ出来ない。
また、火の純宝玉から炎を造りだすことは現状として不可能。
宝玉の能力は白魔法や人内魔法の補助やサポートが主だった。
だが宝玉から火水雷の属性を造りだせる技術が開発され、これまでの常識は覆された。
[雷属性は以前から古代種族の技術(生活玉具)で確認されてる]
職人はグレンに言う。
「一部の職人は宝玉具の能力を、宝玉魔法と呼んでいる」
もし今後数万年の時が流れ技術が発展すれば、宝玉具は白魔法と同じことをできる・・・かも知れない。
離れた場所からの魔力を感じ取り、宝玉が人の想像を具現化させる能力を発動させる。
使われているのは光の宝玉を中心に、闇以外の全純宝玉。
そして古代種族は、その究極玉具を神という言葉に置き換えることで、人に魔力を造神へ送り易くさせた。
この世界に存在する聖域のどれか一ヶ所、または数ヶ所の最深部に存在している古代玉具は、光の結界だけではないかも知れない。
あくまでもこれは推測なんだ、こんな説を世間に公表してみろ。下手したら犯罪者として、排除されるかも知れない。
セレスは雷宝玉の武具を使用しなくても、その力を宿している。そのことに対する推測を、レンゲはグレンに話す。
「君達の勇者が雷の宝玉具を必要としないのは、神が・・・究極玉具がその力を彼女に与えているからだ」
セレスは産まれながら全身放雷という、常人には備わってない能力を持っていた。
レンゲは続けて白魔法についての説明をグレンに教える。
「自然の属性ってさ、凄い扱い辛いんだよね」
自然の属性は時に・・・災害となって多くの人を死に追いやる。
白魔法は自然の属性に様々な能力を加え、人間にとって都合の良い属性に変化させてある。
雷で物質を破壊できたり、使用者にも危険を及ぼす可能性がある煙を無くしたり。炎使い自身を火傷させないようにするなど。
グレンはレンゲに一つの質問をする。
「セレスが特殊な能力を産まれながらに宿しているのは、共鳴率・・・魔力の質に関係があるのか?」
魔力の質は全ての属性使いに大差はなく、ガンセキとアクアも魔力の質は標準らしい。
高位魔法を使えるかどうかは魔力量が関係しているのかも知れない、俺も元の魔力量は多かったらしいからな。
もし・・・魔力の質で、他の属性使いにはない特殊な能力を得られるのなら、セレスが突然変異だと言うのも納得できる。
確かに俺の炎は変わっているけど、使い勝手が悪いだけだ。だってよ、全ての炎使いは炎を飛ばせたり放射ができる。
足からしか炎を灯せない炎使いは、炎走りという並位魔法で炎を地面に走らせることが出来るんだ。
グレンの問いにレンゲは答える。
「手紙に書いてなかった? 何で炎を飛ばしたり放射することが君には出来ないのか、その理由を考えろって。君はさ、自分の炎が持つ短所しか見てないよね?」
グレンの炎は離れた場所からでも、火力を操ることが出来る。
ある程度の距離なら、炎から剛炎にすることを可能にしている。
ギゼルから聞いたのか、グレンの持つ特殊能力をレンゲはもう一つ知っていた。
「確かに炎使いは自分の炎なら消すことができる。だけど自分の炎が広がりすぎると、炎使いは消すのに凄く時間が掛かるんだ」
指を鳴らすだけで草原の一部を焼き尽くした炎を消せる、そんな馬鹿げたことができる炎使いはグレンだけだった。
レンゲはグレンの認識を否定する。
「一度考え方を変えるべきだね。君は炎を飛ばせないんじゃない、炎を飛ばす必要が無いんだ」
そのまま言葉を続ける。
「断言しても良い・・・君の炎は、産まれながらに特殊な能力を宿している。それがどのような能力なのか、誰かに頼りながら自分の力で探し出すんだ」
グレンと同じ能力を宿していた炎使いも過去に確認されていた。誰かしらそのことを知っている人がいれば、グレンにそれを教えてくれるかも知れない。
レンゲの言葉を聞き、グレンは思う。
俺は自分が嫌いだ、だから俺自身から目を背けて生きて来た。嫌で堪らないけど、一度自分を見詰め直したほうが良いか。
・・・
・・・
・・・
・・・
一つの説があった。
人類が神と思い込んでいた存在は、古代種族が造り出した造神・・・いや、究極玉具なのではないか。
これは確信の持てない推測であり、所詮は説だ。世間はこの考えを認めはしない。
光の一刻という時代に人類は、闇の者達と戦えるだけの力を得た。
古代種族は人類に戦う力だけを授け、それ以外の知識は何一つ渡さなかった。
自分たちは何処から来たのか、何処でその知識を得たのか。
全てを隠しながら、彼ら彼女らは歴史の中へと消えていった。
一つの推測を・・・彼らにその知識を、文明を与えた者こそが。
誰も見たことのない・・・神ではないのか?
真実は何時も歴史に消える。
事実は何事も闇の中。
闇に足を踏み入れる覚悟がなければ、人類は真実を掴めない。
6章:八話 おわり
読んで頂きありがとうございました。
この世界の魔法はまだ解明されておらず、多くの学者達が調べているという感じです。
今回の神=究極玉具という説はあくまでも説です、冒険者たちが全ての聖域を調べ尽くさない限り、この説は絶対とはいえません。
次回は6章のまま続けますが、9月20日からの投稿となります。
それでは、どうか宜しくです。