五話 情報を求めて
太陽の暖かな光がレンガに降り注ぎ、大通りを歩いていたグレンを照らしていた。
軍人はグレンの犯した罪を知っているにも関わらず、それでも全てを知りながらグレンに感謝という許しを与えた。
グレンは罰を望みながら、それでも罰を受けることで罪が消えてしまうのを怖れていた。
軍人の感謝は青年の心に突き刺さり罰となる。
今回グレンが犯したことは多くの人間に迷惑を掛ける可能性が高く、個人に許されただけでは彼が犯した罪は消えない。
それでもグレンの背中は少しだけ軽くなっていた。
背中が軽くなった彼はどこか顔色が悪く、天より降り注ぐ光に怯えているようにも見えた。
軍人さんと別れてから・・・少し体調が良くない。
俺の奥底で蠢く闇の魔力が、太陽の光を浴びて悲鳴を上げているような気がする。
光とは世界の全てを照らすもの、オババがグレンに施した封印は四属性の宝玉を使うことにより、火水土雷で闇を抑え付けている高難度な技術だった。
魔法陣により発動した能力は、今も体の中で俺の闇魔力を抑え付けている。
俺は魔人としては運が良い方だ。
弱い封印でも闇魔力を抑え付けることは可能で、命の危機から逃れることはできても、弱い封印では副作用として幾つかの症状が魔人を襲うんだ。
周期的な発作として体から黒い霧見たいなのが溢れ出て、それに伴い物凄い頭痛に襲われる。
グレンも過去に一度だけ経験したことが在る。
だけど今の俺にその症状は見られない・・・そんだけ婆さんが俺に施した封印は強力な物なんだ。
弱い封印なら魔法陣に少し知識が在る人間なら施すことは可能だが、俺に施された封印は婆さんの持つ150年の知識がなければ不可能だった。
完全な封印ではなくても、魔人と成ってからの日々を普通の人間として過ごせたのは・・・婆さんと二人のお陰なんだ。
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最近疑問に思っていることがあった。
魔力とは身体の何処に存在しているのか・・・良く分からないけど心らしい、頭の中にでも在るのだろうか?
魔法についても魔力についても解明されてないことが多いんだ。神っていう不可視な存在を頼りにしている訳だから仕方ないけど。
共鳴力ってのも意外と当てに成らない考え方らしい。
なぜ俺が火の宝玉武具を使えないのか、その理由を考えておくようにレンゲさんに言われていた。
宝玉の能力とは魔力を能力へと変える力。
俺の魔力では火の宝玉だけ能力に変えることができない、そういうことになるな。
だけど水宝玉は俺の魔力に反応する、俺の魔力に原因が在るのか。
純宝玉と偽宝玉の見た目は同じだ、俺がその違いに気付いたのは、2つの宝玉を手に持って魔力を注いで見たからだ。
宝玉だけでは能力は発動しない・・・口では説明出来ないけど、なぜか魔力を注いだ2つの宝玉は別物だと思ったんだ。因みに本物がどちらかは俺にも分からなかった。
俺は炎使いだから、俺の魔力は炎関係の能力を上げるのに向いている筈なのに、火の宝玉が反応しない。
魔力纏いを強化する能力を持った宝玉武具でも、水使いなら水宝玉、土使いなら土宝玉を使用した方が効果は高い。なぜなら魔力纏いにより身体能力を強化しているのは各自の魔力だ。
身体強化魔法は魔力を纏う量でその強弱が決まる。
魔力纏いを強化する宝玉具は魔力纏いの補助をする、それにより多くの魔力を使用者は纏えるようになる。
火の神は俺の魔力でも魔法を与えてくれる、でも火の宝玉は俺の魔力には反応しない。
濁宝玉の短剣は俺の魔力を能力に変換することが出来なかった。
婆さんが昔使っていた宝石玉の杖を隠れて試した経験があったけど、それでも俺の魔力には反応しなかった。
純宝玉なら俺の魔力に反応することが出来るのか?
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大通りを歩く人間の数はいつも通り多い、だが歩行が困難になるほどの人数ではなかった。
少なくても良い香りとは言えないし、人が大勢いるところは好きではないけど、この街が栄えている証拠だ。
何かを食べる積もりだったけど、太陽の所為で食欲が失せてしまった。それでも朝飯を抜きにしたから空腹は感じてるし、何かしら軽いものでも食べておいた方が良いか。
何時もの薄パン肉野菜包みは脂っこいからな、たまには別の物を食べるか。
目ぼしい物はないか周囲を見渡しながら歩き続けるグレン、爺橋に到着するまでになかったら、いつも通り肉野菜包みで良いか。
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数分後、グレンは果物を売っている外店の前に立っていた。
目線の先に移っているのは茶色く長細い物体で、白い産毛の生えた果実だった。
美味そう・・・じゃねえな、だが見た目に流されていては真の美味には辿り付けない、ここは一つ試して見るか。
勇気を振り絞って店主に話しかけると、茶色い果物を買う。
値段は予想以上に安い、実際に奇妙な果物を持つと、その柔らかい感触が手に伝わる。
俺の片手で握れる太さ、長さは20cmくらいだろうか?
店主はグレンの様子を見て、始めてその果物を手にしたと気付いたようで、軽い口調で話しかけて来た。
「皮ごと食えますぜ、好みは分かれるけどよ」
か、皮ごと食うのか。
店主の言う通りその皮は薄く、中の感触が手に伝わる。
礼を店主に言うと、グレンはそのまま歩き始める。
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この皮を食うのは度胸がいるな、ていうかなぜ俺は興味心だけでこんな果物を買ったんだ。
グレンは皮の部分を摘まんで少しだけ剥がして見る、抵抗もなく皮は取れ中身が露になる。
赤かった。
水々しいというより毒々しい・・・黒い種みたいのが赤をギッシリと覆っている。
グレンは剥がした皮の裏側を見る、ピンクで可愛らしかった。
これ食べられるのか、本当に食べて大丈夫なのか?
食い物を粗末にする訳にはいかない、買ってしまったからには食べなければ。
まずは試しに剥がした皮を恐る恐る口に運ぶ。
味は殆どない、少し酸っぱいかな?
皮を食べて予想はできた、この果物は酸味が強い筈だ。
グレンは果物を持ってない方の拳を握り締め、気合を己に込める。
覚悟を決めた俺は、本命を口に運ぶ。
ぐにゅりとした感触と共に物体が口腔内に広がっていく。
グチャグチャと噛み続けるとプチプチと種の食感が弾ける。
味は酸っぱく唾液を刺激する、喉の方から速く飲み込めと催促してくるような感覚に襲われる。
噛んでいるとほのかな甘味があるのに気づく、意識しなければ気付かない程度の甘さ。
酸味は強いが慣れてくると和らいでくる、甘さは・・・だめだ俺には表現できない。
もともと水分の少ない果物のようで、果汁が無くなれば小さくなる訳ではない。
不味くはないが食感が素敵とは言えない、この食感を嫌う人がいそうだな。
味に慣れたグレンは飲み込んでみる・・・喉ごしが悪く、まだ喉に残っているような気がする。
空になった口腔内には種だけが残り後味も悪い。
食べている最中は種の食感で皮は気に成らなかった、不味くはないが美味いとは言えないな。
グレンは2口目を頬張ると、爺橋に向けて歩き始めた。
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後になって聞いた話だが、この果物は名前をグニュリと言い、地方によってはべチャべチャやグチャグチャと呼ぶらしい。
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グレンは何時も世話に成っている外店を目で追いながら通り過ぎる。
薄パン肉野菜包み・・・レンガでは人気の高い食べ物らしく、多いときには買うのに数分を必要とすることもある。
多少待ったとしても、その手軽さからグレンは良く、というか毎日利用していた。
最近では顔を覚えられたみたいで、売っている人にすらたまには違う物を食った方が良いと言われていた。
通り抜ける際、薄パン肉野菜包みを造っている人と目が合い、グレンは苦笑いを浮かべながらグニュリを見せた。
グニュリを見た中年の男性は手に持っていたヘラを上げ、それを振るうことで意志をグレンに伝える。
恐らく彼が言いたい事は・・・グニュリだけで飯にはならない、もっとマシな物を食べろ。
それを言われると予想していたからこそ、グレンは苦笑いを浮かべていた。
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肉野菜包み屋から離れたグレンは爺橋に足を踏み入れる。
あの変な爺さんに話を聞くためだ、年齢から考えて前回の刻亀討伐のときは20代前後だろう。
爺さんが兵士だった可能性はとても低く、刻亀討伐に参加していた兵士の確立はそれ以上に低い。
だけど・・・爺さんがレンガの出身だった場合、当時の赤鋼に関する情報は手に入れることができる。
それともう一つ、爺さんから有力な情報が得られなかった場合、俺は軍所に向かおうと思っていた。当時レンガの兵士であり、刻亀討伐に参加していた人が居るかどうか聞くためだ。
この世界の平均寿命は遠の昔に過ぎている、存命している人がいない可能性の方が高い。それでも一握りの可能性が在るのなら確かめてみないと。
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爺さんが何時も腰を下ろしている橋の中央。
それから分かるように、爺橋には転落防止の柵は設置されてない。
だが転落防止の柵が設置されている橋もこの街には幾つか存在していた。それらの橋は新しいと言うことになるのだろう。
橋は建築物であり、老朽化が進めば少しずつ朽ちていく。
昔は大雨が降ると橋が流されることがあったらしく、その都度新たな橋を造り直していたらしい。新しく橋を建築しても結局は駄目になってしまう為、簡単な構造の橋が多かった。
爺橋は水門が築かれる以前から存在している橋と言うことかな? 大通りに架かるこの橋が一時期でも使用できないとなれば、レンガの交通網はかなり狂ってしまうから、そう簡単に造り直せないんだろう。
だけど意外と丈夫そうに見えるこの橋も、老朽化が進んでいるから近い内に一度取壊されて、新しくなるかも知れないな。
今思ったんだけど、レンガ軍は水門も護らないといけないよな。
だけど赤鋼の兵士はこの都市を護るだけで精一杯だ、もしかして護衛ギルドにでも頼んでいるのかな?
水門ってどんな感じなのだろうか? 少なくともかなりの大工事だったと思うんだけど。
だってよ、それなりの大きさがあるこの川の水量を調節しているんだぞ、間違いなく玉具の力が利用されている筈だ。
いつの間にか爺橋と水門の話に成っていたが、どうやら爺さん今日は居ないようだ。
居ないんじゃ仕方ないか。
さてどうしよう、南北どちらの軍所に向かうか悩んでしまう。
本当は軍本部に行けば良いんだけど、どうも俺は行きたくない。
軍所でも恐らく資料は在ると思うんだけど、やはり本部じゃなきゃ昔の資料は無いのかな?
それに本部は一般人の立ち入りが禁止されている、だからこそ軍所が存在しているんだ。
そこまで考えたグレンに疑問が生じる。
当時の兵士についてなんて、一般人には教えてくれないよな。
護衛である証明書は持っているけど、生憎なくしちゃ行けないと思い、大切に荷物の中に保管していたりする。
今から宿に戻ると結構いい時間になってしまう。
俺の意見だと前回の討伐作戦に参加した兵士の中で、現在まで存命されている人は居ない。
だってよ、貴重な情報を持っている人物がいるのに、軍がそのことを伏せておくとは思えない。
当時の刻亀討伐に生き残った兵士・・・盲点で俺には気付かなかったけど、大勢いる軍なら一人くらいそれに気付く人もいると思う。
それでも少しの望みだけど可能性があるのなら、出来ることはしないと。
グレンは明日、軍の本部に向かうことに決める。
とりあえず今日は予定通り、この街で俺が出会った人からの情報収集だ。
爺橋の爺さんはここに居ないから、あと残るはゼドさんと奴だけか。
ゼドさんは何処に居るか分からない。
問題はもう一方のゲイルさんだ。明日は本部へ行き、ことが上手くいけば一日を全て必要とする可能性もある。
明後日はレンゲさんから武具を受け取るのは17時だから、それまでに武具屋に行くことも可能だ。
再び接触する場合は3人に相談しなくては。
俺は奴からしか有力な情報を引き出せないと考えている、それほど一度接触した時に得た情報は大きかった。
どうする・・・相談するのなら今日の夜、武具屋に向かうのは明日か明後日になる。
だが相談してしまえば、恐らくガンセキさんは接触することを許してくれない。
『誰もお前が悪と気付かなければ、お前は悪には成らない。奴の存在は誰も知らないんだ、接触したことに気付かれなければ良いだけじゃないか』
これは俺が良く使う理屈だ、最低の考え方だけどこれがなければ、俺は遠の昔に魔人だとばれている。
勇者の村、あそこの人たちは俺が魔人だと知っても、多分婆さんのように俺を受け入れてくれる人だって沢山いると思う。
だがグレンは信念の原因となった大罪が許されるなど、一度も望んだことはなかった。
寧ろ呪縛となった大罪が消えてしまうのを怖れている。
俺の大罪を知りながら受け入れてくれる人なんて・・・婆さんだけで精一杯だ。
それに加え俺は婆さんに数え切れない恩を受けている、その婆さんに金を返せた事実が俺にとって、唯一の誇りなんだ。
恩を返せば罪が軽くなってしまう、だけど俺は婆さんに返した。婆さんに金を返せたときは嬉しくて、声を殺して泣き続けた。
だけどそれ以上に、罪を軽くしてしまった俺の行為が怖かったから、ずっと震えながらベットに蹲っていた。
婆さんの金だけは何がなんでも使う訳にはいかないんだ。その誇りが何度でも俺を立ち上がらせてくれるから。
軍で仕事をする為に、俺は策を練る為の情報収集を怠った。
それをした所為で多くの人間に、多大な迷惑を掛けると知りながら、俺は金を優先させたんだ。
そう思った瞬間だった、グレンの中で何かが弾ける。
あれ・・・それって俺・・・自分から望んだのか?
グレンは無意識にどこかに向かって歩き始めた。
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罪を重ねることが大罪への許しだとしても、罪を自ら望むなど許されない。
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魔人と成った時にグレンは大罪を背負い、罪を重ね続ける人生がそれに対する罰となった。
迷惑を掛けるだけで罪と捉えてしまうグレンにとって、誰かと関わるのは罪を重ね続けることと同じだった。
多くの罪を背負ってしまえば、呪縛の大罪がその分軽くなる。
背負ってしまった小さな罪を、小さな罰により消すことで、呪縛の大罪が消えないようにすることも出来た。
だけどグレンは喩え小さな迷惑でも、そんな迷惑を掛けた自分を許すことができない。
小さな罪を消すことができないグレンは・・・生きているだけで罪を重ねてしまう。
罪が重なってしまえば、呪縛の大罪が許されてしまう。
本来ならグレンのような人間は、己の殻に閉じ篭るしか生きて行く手段はなかった。
俺は金を稼ぐために自ら望んで罪を背負った・・・軍での仕事を続けることで、大勢の人間に迷惑が掛かる可能性が高いと知りながら。
それはとても重い罪だった、その罪を自ら望んだ。
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グレンは歩き続ける、少しでも重罪を軽くする為に。
軽くしないと、少しでも軽くしないと・・・自分の大罪が消えてしまう気がする。
彼は自分を憎み続けることで、誰に許しを得ても罪を消さないようにしてきた。
今まで重ねてきた罪に、今回の重罪が重なってしまえば、喩え己を許さなくても大罪が消えてしまうかも知れない。
グレンは必死の形相で足を勧める、少しでも重罪を軽くする為に情報を求めて。
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罪を重ね続ける人生が、大罪に対する己への罰だから。
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どれ程の時間を要しここに到着したのか分からない、何も考えずにここまで歩いて来た。
足が震えている、奴に情報を求めれば、見返りがなんなのか分からない。
夢を目指すと覚悟した時、多くの人間に迷惑を掛けることも覚悟した筈なのに。
それでも俺は大罪が消えてしまうのが怖い、消したくない・・・二人との繋がりを。
グレンは武具屋に向け、その足を一歩前に踏み出そうとした。
その瞬間だった、背後で誰かがグレンに語り掛ける。
「グレン殿じゃないだすか、こんな所で何してるんだすか?」
ゼドの声に反応して振り向く。振り向いたグレンの表情を見て、ゼドは笑いながら。
「なんだすかその顔は、グレン殿は面白い顔をしているだすね」
半笑いでゼドはグレンの顔真似をする。
「こんな顔していると、今に化け物になっちゃうだすよ」
明らかにただ事ではないグレンに向けて、ゼドは茶化すように言う。
だが何故か、彼の言葉によりグレンは冷静を取り戻していた。
ふと思っていたことが口から出てしまう。
「・・・助かった、危うくまた約束を破る所だった」
誰にも相談せずゲイルに接触すれば、今日の朝に交わした約束を無視したことに成る。
ゼドはグレンの言葉に悪い眼つきをパチクリさせながら。
「何のことだすか? 自分はただグレン殿の顔が面白かったから真似しただけだす」
照れ隠しなのか、ゼドは耳の穴を穿りだしてグレンから目を逸した。
そう言えばとグレンはゼドに質問する。
「あんたこそ此処で何してるんだ、たしか仕事してるってガンセキさんが言ってたけど?」
ゼドは首を縦に動かすと、手に持っていた荷物をグレンに見せる。
「買い物をして来た帰りだす、仕事仲間の飯を買って来ただす」
飯にしては少し遅くないか、俺が気持ち悪い果物を食ったのも13時を回ってた頃だし。
「こんな所で俺と話をしてて大丈夫か?」
グレンの言葉を聞くと、ゼドは顔を青くさせ。
「親方に怒られるだす、怒られたらグレン殿の所為だすからね!!」
この人、本当にガンセキさんよりも年上なのか? 敬語を使ってないと、同い年くらいに思えてくる。
オッカナイ風貌の癖に、こうやって話しをしていると、それすら忘れちまう。
だけど初見の時に感じた俺の印象・・・本性を隠しているような気もする。
それでもガンセキさんがあんだけ信頼してんだ、疑ってばかりだと前に進めないよな。
グレンはゼドの言葉に苦笑いを返すと、そのまま口を開く。
「俺の所為になっちゃ困るからよ、さっさと飯を届けに行ってくれ」
ゼドはその言葉に頷くと、目前の武具屋を見ながら一言。
「自分は色んな武具屋を見て来ただす、特にレンガみたいな街だと品揃えが変わらないから、あまり栄えてない店の方が静かに選べるだすよ」
確かにこの人が言ったことにも一理ある。決してこの店だって栄えている訳でもないけど、冷やかしの客なら来るからな。
だが俺はこの武具屋の真実を知っている。だからゼドさんは俺を、この店に入れたくないと思っているのではないか、このように疑ってしまう。
この人は知っているのか、この武具屋が裏を持っていると。
あまり探りは入れない方がいいか、ゼドさんも嫌がるだろうし。
グレンは無難な言葉をゼドに返す。
「もともと武具屋に用はありません、考え事をしながら歩いていただけなんで。気付いたらここの前に立っていただけです」
あ、敬語を使ってしまった。
ゼドは眼光を鋭くさせ、グレンに怒りを向ける。
「グレン殿は嘘つきだす、自分との約束を破っただす・・・せっかく刻亀の情報を教えてあげたのに酷いだす」
その発言でグレンは情報収集のことを思い出し、約束を破ったことを謝ると刻亀についてもう一度尋ねる。
ゼドさんには既に刻亀の情報を聞いているから、たぶん前回以上の情報は聞き出せないだろう。
グレンの予想通り、ゼドは首を縦に振りながら。
「刻亀の情報は元が少ないだすからね、自分でもそう簡単には手に入らないだす」
だがグレンはもう一つ質問を用意していた。
先程の軍人から貰ったアドバイスにより気付いたことを、ゼドに聞いてみる。
「刻亀について詳しい人とか知らないか、少し詳しいとかでも構わない」
ゼドさんが情報は持っていなくても、情報を持っていそうな人は知っている可能性はある。
俺の質問にゼドさんは考える姿勢を造り、暫くの時間が流れる。
「刻亀に詳しいかどうかは分からないだすが・・・魔獣の専門家なら確かレンガにもいるだすよ」
魔獣の専門家? ガンセキさんは居ないって言ってたよな。
『本当は専門家から聞きだすのが一番良いんだが、残念ながらレンガには居ない』
だがこうも言っていた。
『レンガに到着して直ぐ、俺の知っている情報をお前にも教えたが、その情報にも誤りがある可能性は否定できない』
グレンは逸る気持ちを抑えながらゼドに尋ねる。
「この街に・・・魔獣の専門家が居るのか?」
ゼドは頷くと、思い出しながら口を開く。
「レンガは宝玉具職人が大半を占めているだすが、たしか工房通りに一人だけ魔獣具の職人がいると聞いたことがあるだす」
グレンは暫く沈黙する。
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馬鹿だ俺、幾らなんでも馬鹿にも程がある。
武具のことしか頭になくて、魔獣具の職人に付いて何も考えていなかった。
魔獣王に付いてだってそれなりに調べているはずだ。だけど問題は相手が専門家としてではなく、職人として魔獣について調べていることだ。
魔獣に関する知識だって商売道具だろ、そう簡単には教えてくれない筈だ。
グレンが考えに浸っていると、ゼドが困った表情で語りかけてきた。
「そろそろ行かないと本気で怒られる・・・もう行っても良いだすか?」
忘れてた、ゼドさんまだ仕事中だったんだ。
グレンは眼つきが悪い男に向かって礼を言う。
「マジで助かった、時間を使わせちまって悪かったな」
その言葉を聞くと、ゼドは顔を顰めながら。
「別い礼なんて要らないだすが、親方に怒られたらグレン殿の所為だすからね!!」
ゼドは捨て台詞を残すと、小走りで走っていった。
仕事中に悪いことをしてしまった、それでも貴重な情報を得られたんだ。
グレンは去っていったゼドに頭を下げると、工房通りに向けて走り出した。
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気付いたら既に16時を回っており、グレンは苦手としている夕方の大通りを小走りで進んでいた。
まだ完全に込み合うまでは一時間ほどの余裕がある、それでも今の大通りは混雑し始めていた。
仕事から帰宅する人、飯を食べに食事所へ向かう人、様々な人たちが生活を送るこの都市で毎日の風景。
千年を越える時間に渡り続けられて来た人の営み、グレンは苦手としているが、それでも素晴らしい光景だと思っていた。
ガンセキさんの話では、今のレンゲさんに会いに行くと死ぬより怖いらしい。
それでもレンゲさん以外に、魔獣具職人を知る人物を俺は知らない。
今日の内に場所だけでも聞いておかないと、明日は予定を変更して魔獣具職人に会いに行った方が良いか?
相手が職人だとしても、何とか少しでも情報を聞きださなければ。
簡単に教えてくれるとは思ってない、でも出来ることだけはしないと。
大通りに架かる橋にグレンは足を踏み入れた。
今は少しでも速くレンゲさんの工房に向かわないと駄目なのに、俺は何故か足を止めてしまう。
何時ものように老人は橋の中央で腰を下ろし、誰にも興味を示さずに魚を釣っていた。
老人が爺橋で釣りをしていれば、グレンは日課として話しかけていた。だが今日はいつもとは少し違い、話しかけたのは老人からだった。
老人はいつもの問い掛けをグレンに放つ。
「お前さん・・・魔物は好きか?」
6章:五話 おわり
読んで頂きありがとうございます。
次回は数日かかると思いますが完成しだい投稿します、どうか宜しくです。