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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
6章 赤鋼
53/209

四話 昔と今

時刻はもう直ぐ太陽が真上に昇るころ、グレンは国立書庫に在る何時もの狭い個室に居た。


外は太陽の光が降り注いでいるというのに、彼がいる部屋は窓一つなく、完全に外界と区切られている。



今グレンが調べている資料は、刻亀が確認される以前のヒノキ山周辺について。


俺達が本陣として目指す場所は500年前の村跡であり、何でも歴史の古い村だったらしく、一説によると魔族が現れる以前から存在していた。


名前はカフンという村だったそうだな。



この世界に魔族が現れた時期を、今までは数千年前とあやふやしてきたが・・・そろそろ限界があるので正確な年数で説明する。


魔族と呼ばれる人類の宿敵がこの世界に現れたのは1400年以前の大昔であり、奴等の存在が確認される数年前から世界規模の大異変が起こった。


野生の獣を中心として、家畜やペットの一部が突如凶暴化する。このような事態が世界各地で頻発に発生する。


中には闇の魔力により、見てくれその物が大きく変化してしまう生物も存在したと記録には残っている。


それらの事態が起こった時期を、人々は【人類の黄昏】と呼んでいる、簡単に言うと魔物が誕生した頃だな。



人類の黄昏から数年後に俺達の宿敵が現れ、瞬く間に世界を闇に包み込む。


20数年という僅かな時間で魔王の領域は完成し、そこを土台として魔王軍はさらに領域を拡大していく。


魔王の領域が完成してから数年後、人類が窮地に立たされた時だった・・・現在で言うと古代種族なる者達が人類を救う。


古代種族が現れるまでの時代を・・・人々は【夜の幕開け】と呼んでいる。


魔法を持たない人間が魔族と戦った歴史上最悪の時代だ。


もしこの時代にイザクさんのような剣士が存在していたのなら、彼等にとっては最高の時代かも知れない。



古代種族が現れてから始まる反撃の時代は【光の一刻】と呼ばれ、光の時代は少なかったという意味らしい。


光の一刻は人類が魔力を手にするまでの期間であり、異常な速度の進化をした時代でもある。



そして古代種族が世界から消えたのが今から約1100年前であり、光の一刻の終わりだ。


僅か300年で人類は魔族と戦えるだけの力を授かり、人類対魔族の戦争が始まった。



古代種族が消えてから現在までの時代を千年戦争、または勇魔戦争などと世間では呼んでいる。


勇者と呼ばれる存在が現れたのは、連中が歴史の表舞台を去ってから少しあとだ。


オルク(本物)が活躍した時代は、光の一刻の終盤だな。


・・

・・

・・


人類の黄昏から約900年後・・・まだ村の遺跡がカフン村だった頃、ヒノキ山では正体不明の大型生物がたびたび目撃されていた。


それに怯えた当時の村人が、レンガに存在する討伐ギルドに依頼した記録が今でも残っている。


登録団体が討伐に向かい、その結果が失敗でも当初は大きな被害はなかった。しかし時が経つにつれ被害者は増えていき、数年の歳月を経て正体不明だったその魔物は魔獣と認定された。


だが魔獣となった魔物はヒノキ山から動くことはなく、当時の村人は怯えながらも魔獣の被害は受けていなかった。


それからさらに時を重ね、今から512年前・・・夜になると、冬でもないのに雪が降るという現象がヒノキ山に起こった。


その現象に国は多くの専門家をヒノキへと向かわせたが、調査結果では夜になると降る雪は魔法ではないが、その雪を合図に強大な魔力がヒノキ山周辺を覆うことが確認された。


しかしその魔力に体調を崩す人間はなく、人体に影響を与える心配はないというのが当時の専門家たちが導き出した結論だった。



強大な魔力が周囲を覆う・・・魔物が現れてから900年、前例のない事態であった。



それから数ヵ月後、昼夜を問わず凶暴化する魔物が現れ始め、その数は本当に少しずつ増えていった。


その事態に不安を感じた都市政府(鉄工商会)が、大規模な魔獣討伐をギルドに依頼する。


名乗りを上げたのは4組の討伐ギルド団体、総勢20名を超える魔獣討伐作戦だった。



だが作戦は失敗に終る、原因は4組の統制が取れず、競い合うように手柄を浴したからだ。


刻亀から逃げることに成功しても、山の高原からカフンまでの道のりで、多くの者は凶暴化した魔物に襲われて命を落としたそうだ。


生き残りは数人存在したが、大した情報は得られなかった。



討伐作戦の失敗から半年、ヒノキ山に巣くう魔物の殆どは領域の影響で凶暴化し・・・以降ヒノキは危険地帯となった。


その頃と時を同じく、カフンの村人は故郷を捨てることに成る。



凶暴化した魔物は長い時の中でヒノキ山から下り、まずは麓を住みかとする。さらに時間を重ねて周囲に広がっていった。


刻亀の所為で凶暴化した魔物が子供を産めば、その子供も狂暴であり・・・普通ではありえない速度で進化していく。



鉄工商会が刻亀を討伐する為に始めてレンガ軍を動かしたのは、カフン村が地図から消えてから3年後。勇者一行が旅立つのを待ってからの決行だった。


これが第一次刻亀討伐作戦である。



この作戦を実行した少し後、刻亀は初の魔獣王として世に君臨した。


・・

・・

・・


グレンが読んでいる資料は当時の物ではなく、それを映した書物だった。


一通りの記録に目を通し、グレンは椅子の背凭れに体を預け、天井を見上げながら一息を吐く。



その動作を見計らったように、書官が扉を開けて狭い個室へと足を踏み入れてくる。


「どうですかな・・・少しは役立ちそうな資料は有りましたか?」


グレンは書官に顔を向けると左右に首を振り、現在の進展具合を報告する。


「駄目ですね、今まで得た内容以上の情報はありません」


だが一つ分かったことが在る、刻亀が魔獣王と呼ばれる以前の情報を、書官さんが古い資料の中から見つけ出してくれたお陰だ。


第一次討伐作戦の資料はそれなりの数が残っていたが、それ以前の討伐ギルド登録団体が戦った記録は殆ど残っていなかった。


『魔亀の全長は大岩を一回り小さくし・・』


この僅かな一文だけでは確信の持てない情報だが、刻亀は山ほど大きくはないらしい。



だが、ここで一つの説を思いついた。ヒノキ山の全てを含めて魔獣王という意味だったのかも知れない。


ヒノキ山の争いに敗れた魔物は麓に逃げ、その麓にすら居場所を失った魔物が周囲に散らばって行くんだ。


現在もあの場所に残っている魔物は、上位に位置する魔物だけの可能性が高い。



ここで一つ話題を変える。


魔王の領域に近付けば近付くほど魔物は強力になる。


王都から魔王の領域に向かうまでの魔物が、この世界では最も危険だと言われている。


魔翼竜も王都から魔王の領域までの間に生息している魔物らしい。


では、どのように兵士を魔王の領域へ王都から移動させるのか?



古代種族がその方法を人類に残してくれていた。



因みに聖域は王都から魔王の領域の間に複数存在している、冒険者ギルドは聖域に向かうまでのあいだ、その魔物を相手にしなくてはいけない。


だが聖域自体は光の結界により魔物は入ることが出来ないため、比較的安全なのだと思う。


・・

・・


いつの間にかグレンは考えることに集中しすぎ、あろうことか書官の存在を忘れていた。


だが書官はそんなグレンの態度には慣れているのか、手馴れた動作でグレンを思考の世界から呼び覚ます。


「グレン殿、考えるのはそのくらいにして、そろそろ昼食を取られたらどうか」


書官がグレンの肩に手を置き、耳元で語りかけたことにより思考を中断させた。


我に返ったグレンは視線を書官に向けると申し訳なさそうに。


「すんません、つい考え始めると回りが見えなくなって」


書官は気にするなと言ったあと、珍しくグレンを食事に誘う。


「どうだろう、たまには昼を御一緒したいと思っているのだが」


世話になっている書官の誘いを聞くと、グレンは席から立ち上がり、軽く頭を下げながら口を開く。


「折角誘って貰ったのにすみません、午後から用事があるんで、食事のほうは歩きながら済ませたいと思ってます」


グレンが誘いを受けないことを分かっていたのか、書官は穏やかな口調で。


「前にも言わせて貰ったが、時に休んでこそ頭が回るものですぞ・・・時間がないのも分かりますがな、ことを焦っても仕損じるだけだ」


俺もその通りだと思う、だけどやはり焦ってしまう。


グレンは苦笑いを自然に造り出すと。


「時間がない時にこそ、一息を入れる・・・俺には難しそうだ」


書官は穏やかな表情を変えず、グレンを外へと誘導してくれた。


・・

・・


・・

・・


書官に挨拶をして、国立書庫から離れ大通りを歩くグレン。


今から修行場の管理をしている軍人に刻亀の情報を聞きに行くのだが、本当は急ぐ用事ではなかった。


書官さんに始めて食事に誘ってもらい嬉しかったけど・・・断ってしまった。


自分から進んで絆を深くするような行為をグレンは避けていた。たかが食事かも知れないが、それを切欠として新たな絆が生まれてしまう可能性だってあるから。



こんな行動を取ってしまう自分が嫌だった、それでも俺はこうやって生きて行くしかない。



とぼとぼと歩きながら、グレンは何気なく大通りを臭覚で感じていた。食事所から漏れた美味しそうな匂い、外店で売られている果物の匂い。港から運ばれてきた海の幸、各村から運ばれてきた山の幸。


良い匂いから嫌な臭いまで、様々な食べ物が集まって大通り独特の臭いが鼻をくすぐる。


食べ物だけではない、この大通りを歩く人の体臭も混ざっているのだろう。


香水は何を原料にして造られているのか判らない、だけど匂いを装身具とするなんて面白い発想だよな。



レンガに来て一つ思ったことがある。あまりにも村との生活レベルが違いすぎないか?


生活玉具・・・明かりを造り出したり、水をお湯にしたり、王都には人を乗せて走るのもあるらしい。


だがそれらの値段は高額で、とても一般家庭で買えるような代物じゃない。


村と都市の差があまりにも激しすぎる。


宝玉の技術を人類が手に入れてから約千年、それだけの時間が過ぎたのに、村は以前ランプの明かりに頼り・・・井戸や川の水を利用している。


ランプはレンガでもまだ多く利用されているか。



それに比べると宝玉具の技術は光の一刻からそれなりに発展していると思うけど。


宝玉武具は白魔法や人内魔法を強化・補助するのに利用しているから、魔法と関係ない生活玉具にその技術は上手く利用できないのかも知れない。


第一に宝玉具の職人は技術を隠しているからな、商売道具だし仕方ないことだけど。


その時だった、朝にガンセキから教えてもらった情報から、グレンは生活玉具について疑問が浮かんだ。



魔力を注いだだけで宝玉は電を造り出せるから、照明玉具が存在しているんだよな。



玉具は魔法陣により、魔力を注ぐことで一定時間だけ電を流すことが出来る・・・そこから光に変えないといけない。


電を光に変えるのも魔法陣の能力なのか・・・それとも人の手で独自に造られた全く別の技術なのか。


もし後者だとしたら、照明玉具を開発した人は電から光を造り出す装置を創りだしたことになる。


果たしてそんなことが、今の人類に可能なのか?


生活玉具と宝玉武具は全くの別物だ。確かに魔法陣も使われているが、生活玉具の大部分を占めるのは人が造り出した装置なんだ・・・それが生活玉具の能力と成っている。


この世界に存在している生活玉具は、まだ世界中に広まってはないけど相応の種類が存在している。


現在確認されている全ての生活玉具は、人が考えて造りだした物なのだろうか・・・俺にはそう思えない。


1000年以上前の光の一刻という時代に宝玉具という武器の技術革新が起こり、それからの人類は宝玉と魔法陣に関する技術だけを追い求めてきた。


時計という概念は魔族が現れる以前から存在していたが、現在のような正確な物と成ったのは古代種族が現れてからだ。


現在の時計台はレンガの象徴として存在しているが、本来時計台が建てられた目的は、レンガの持つ技術力を周囲に示すためだ。


当時のレンガは確かにそれなりの街だったが、まだ他の都市と比べれば兵力は当然として、影響力も小さかった。


周囲に技術力を示す・・・都市同盟国家の一員となる為に、レンガは都市だと周囲に認めさせなければならなかった。


時計台には古代種族が一枚絡んでいる筈だ、でなければ当時の技術で時計台なんて建築できる訳がない。


・・

・・


現在の生活玉具は恐らく古代種族と何らかの関係がある。


だけど今この世界には古代種族が存在してないんだ。何処かから古代種族の技術を手に入れているからこそ、生活玉具は存在している。


ここまで考えを巡らせたグレンは予想を立てた。



生活玉具とは・・・冒険者ギルドの成果である。


聖域ってのは大昔に古代種族が戦争しながら生活していた場所だ。その建物には照明玉具は当然として、シャワーなんかも発見されているのかも知れない。


喩え最深部に辿り付けていなくても、設計図みたいなのが発見されることだってある。


聖域という建物そのものが・・・失われた古代種族の技術なんだ。勿論そこで手に入った技術は国家機密と成り、それらが国で研究され、その一部が生活玉具として世間に出回る。



生活玉具は古代種族が生活に利用していた玉具を人類が真似て造った物。多分この予想で間違いはないと思う。


・・

・・

・・


何時の間にか生活玉具のことについて考えていたグレンは、一度気持ちを切り替える。


修行場に行くか、それとも先に昼飯を済ませるか。


俺が今居る場所は修行場の方が近いから、飯は後にして先に軍人から刻亀の情報を聞きに行こう。


失礼だとは思うけど、あの人が刻亀討伐に関して重要な情報を持っている可能性は低いだろうな。


軍に伝わっている情報なら俺の方に回っている筈だし、今まで以上の情報を仕入れるのは難しそうだ。



それでも動かなければ何も始まらない、もしかしたら軍人としてではなく、個人としての情報を持っているかも知れないんだ。


俺に出来ることは少しでもやっておかないと・・・勇者一行の3人に向ける顔がない。


あの軍人さんと話したことは一度しかない、それでも話しかけなくては。



人間関係を避け続けてきたグレンに取って、知らない誰かに声を掛けるという行為は物凄く緊張してしまう。


客としてならそこまで負担とはならない、それでも完全に緊張を拭うことはできない。


店員でも客でもない関係の相手に、情報を得るために声を掛ける・・・グレンにとってそれは勇気を必要とする行動だった。


だがグレンは感情を表に出し易いが、ある程度感情を押さえつける術を心得ている。


・・

・・


大通りを外れ数分を言葉なく歩き、やがて一度だけ行ったことの在る修行場が視界に入ってくる。


勇者の村にあった修行場とは造りが違う、この大きさでも演習場の中では小さい方らしい。


グレンは修行場に視線を移すが、そこに人の姿は映らなかった。どうやら3人はレンガの外で魔物と実戦での修行をしているようだ。



もし俺が襲撃を受けた際、目指す場所は時計台ではなく、この修行場の方が良いのではないか。そう考えたこともあった。


だけど夜間は修行場への立ち入りは禁止されている。謝ることを覚悟して、金網を壊し進入することも可能だけど・・・それでも俺が時計台を選んだのには理由があった。


時計台はレンガのシンボルなんだ、信念旗の連中はそこを戦場にするのを避け、撤退するかも知れない。


だが場所に関係なく奴等が攻撃を仕掛けてきたら、時計台の広場は戦場と成る。


あそこが戦場となれば、時計台に傷が付いてしまう可能性が高い。そうなれば・・・俺は時計台を愛する多くの人達に迷惑を掛けてしまうんだ。


・・

・・


暫く修行場の周りを歩き、やがて軍人が仕事をしている建物に近付く。


通常時はこの建物からしか中に入ることは出来ない。そこまで大きな建物ではないが、窓向こうに座っている軍人に金を払うことで、誰でも修行場の利用が出来る。



グレンは一度立ち止まると呼吸を整える。


体中の力を抜き無心となることで、一度頭を空にしてから必要な事柄だけを引き出す・・・この動作を行ってから戦闘に入ると、気持ちの問題かも知れないが多少の違いはある。


少なくとも緊張は解れる、この状態を維持しながら軍人を目指して足を進める。


暇そうに頬杖を付いていた軍人は、グレンの存在を確認すると上半身を起こして口を開く。


「おう、兄ちゃん確かガンセキの連れだったな・・・今は見ての通り誰もいないぞ」


午前中はこの修行場で修練をしていたが、午後は街の外に行くとガンセキさんが言ってたらしい。


グレンは軍人の言葉に首を左右に振り、自分がここに来た理由を声にだす。


「いえ、用があるのはガンセキさんじゃなくて」


少し間をあけ、軍人に用があって此処に来たことを伝える。


その言葉に軍人は驚きの表情で椅子に座ったまま、窓越しからグレンを見上げると笑みを浮かべながら口を開く。


「万年暇人の俺に用事があるとは・・・面白いじゃねえか、こんな事態二度と起こらないな」


この人どんだけ暇なんだ、修行場の管理だって色々と仕事はあるだろ。


言葉を和らげてから軍人にそれを尋ねる。


「結構広い修行場だし、管理するのも大変じゃないんすか?」


だが軍人は腕と首を左右に振りながら。


「今はお前らが居るから多少の仕事はあるけどよ、普段はこの修行場を使う奴なんて殆ど居やしない」


並位魔法の使用のみ許可されている修行場は此処より安くて広い。そのため殆どの利用者はそっちに流されるから、軍が演習場として使うとき以外はすることがないらしい。


俺の言葉が引き金となり、軍人さんの終らない愚痴が始まる。


まだ内容が違うのなら耐えられる、だがこの人が言っている愚痴は同じ話の繰り返しで・・・正直しんどい。


グレンは苦笑いと相槌(あいづち)で愚痴を聞き流しながら、何時か来る機会を伺っていた。


軍人は活き活きと元気良く愚痴を続ける。


「そりゃあ俺は元々兵士だけどよ、戦う以外のことだって多少はできるんだ。上の連中と来たら・・ ・ ・」


駄目だこの人、愚痴が止まらねえ。



けど珍しい愚痴だよな、笑い話として愚痴を言っているんだ。


今の仕事に不満はあるようだけど、お偉いさんだけじゃなくて誰の悪口も言ってない。


この人は本当にレンガ軍という仕事が好きなんだな。じゃなければこんな感じの愚痴にはならねえ。


・・

・・

10分後

・・

・・


グレンは限界になり、愚痴の僅かな合間を狙って話しかける。


「すんません、聞きたいことが」


その言葉で軍人は思い出したかのように。


「ん? あ、そういえば俺に聞きたいことがあったんだよな、すまん完全に忘れてた」


グレンは相手に分からないよう小さく溜息を吐くと、此処に来た目的を軍人に伝える。



刻亀の情報を集めるために人から話を聞いて回っていること、僅かな情報でも良いから知っていることがあれば教えて欲しい。


軍人はグレンの話を聞くと、表情を引き締めて考え込む。


「俺の知っている情報程度なら、軍から兄ちゃんの方に流れていると思うけどよ・・・そうさな、前回の討伐作戦は60年前だったか」


そう言うと軍人は視線を時計台に向ける。


「その頃だとすると、3代目の時計台を造り始めていた時期だな」


グレンは3代目という言葉に驚きの表情を向けると、軍人に質問をする。


「時計台って3代目なんすか? 俺てっきり1000年以上前の建物だと思い込んでた」


俺の質問に軍人さんは笑いながら返事をする。


「当たり前だ・・・一定の間隔で補修工事もしてるけどよ、そんな大昔の建物が残ってたら何時崩れるか分からないだろ」


グレンは軍人のように時計台に視線を向ける。


そう言われて見たら、確かに1000年以上昔の遺跡にしては新しいよな。



暫く時計台を眺めていたら、軍人が昔の話をしてくれる。


初代は今のより一回り小さかったらしい。二代目で東西南北の4方面に時計が設置され、3代目で巨大化した。


「兄ちゃんに言った通り初代と2代目は取壊されたけどな、南側の時刻を知らせる時針だけは1000年以上の時を回り続けている」


時計台は鉄工商会と同じように、レンガと共に成長してきたんだ。


軍人はそこまで言い終えると、当初の内容に話を戻す。


「すまねえが刻亀に付いてだと、兄ちゃんが持ってる以上の情報を俺は握ってねえ」


だが軍人がアドバイスを1つ教えてくれる。


「60年前兵士だった輩なら、なんか情報を持っているかも知れないな。実際に刻亀と戦った訳じゃないけどよ、ヒノキで共に戦った連中だからな、そんな年寄りがまだ生きてるなら実体験を聞くことが出来るんじゃないか?」


前回の魔獣王討伐作戦、当時の情報は既に調べてある。だけどその資料の情報は、討伐に参加した全ての兵士から集めた訳じゃない。


世界は広いから150歳の妖怪も存在しているが、前回討伐に参加した兵士・・・若くても80前後だろ、この世界の平均寿命を遠の昔に過ぎている。


レンガで俺が知っているのは、爺橋の爺さんくらいだな。あの爺さんが兵士だったとは限らないし、喩えそうだったとしても、俺が求める情報とは少し違う。


だが、重要な情報であることには違いない。


・・

・・


グレンは窓越しに座っている軍人に頭を下げる。


「ありがとうございました、一人心当たりがあるので訪ねてみようと思います」


そう言うと軍人は腕を振りながら。


「まあ、兄ちゃんも頑張れや・・・それに、礼を言いたいのは俺の方だ」


思いも寄らない軍人の言葉にグレンは顔を上げる。


グレンが彼を視界に映したとき、既に軍人は立ち上がり、首だけを前に軽く傾けていた。


「牛魔の被害があの程度で済んだのは兄ちゃんのお陰だ・・・言葉だけで悪いが礼を言わせてくれ」


軍人の友は今も生死の境を彷徨っている、それでも彼はグレンに感謝を送る。


だがグレンは顔を俯かせ、軍人の感謝を拒む。


「俺は兵士として戦っただけです。共に戦ってくれた彼らが居たからこそ、俺達は勝利を掴むことが出来ました」


牛魔戦で犠牲となった兵士が存在したにも関わらず、礼を言われるのがグレンは嫌だった。


それでも軍人は感謝の言葉を述べ続ける。


「俺にとって全ての兵士は仲間なんだ、それが許される行為ではなくとも、兄ちゃんは仲間の為に命を掛けてくれた」


軍人は兵士の表情となり、感謝の言葉を続ける。


「何よりも兄ちゃんが兵士として戦ったのなら、俺にとって兄ちゃんも仲間だ。俺には仲間の為に戦うことも出来ない、だからこそ俺はお前に礼を言う」


感謝をされるのと、褒められるのは少し違う。


だけど次に軍人放たれたその言葉は、捻くれた青年の心に突き刺さる。



「グレン・・・有難う」



その強い眼差しに耐え切れず、グレンは視線を逸らしてしまう。


止めてくれ、何で俺に礼なんか言うんだ。


「俺が軍での仕事をした所為で刻亀討伐が失敗して、あんたの仲間が沢山死ぬかも知れないんだぞ」


あんたに礼を言われる資格なんて俺には断じてねえ。


軍人はグレンの言葉を受けても視線を逸らさない。


「そうだとしても、お前は仲間として、仲間と共に戦ってくれた」


グレンはその言葉に全身を恐怖で震わせると、何とか軍人に別れを告げ、その場から逃げ出した。


・・

・・


優しさに満ち溢れた軍人の言葉は、大罪を背負う青年に重く圧し掛かり、罪人を深く縛り付ける。




本当は軍人も気付いていた、ここで感謝を述べればグレンは拒絶するだろうと。


以前ガンセキを支えてくれと言ったとき、彼の表情は苦痛に染まっていた。


なぜ軍人はそこまで知りながら、感謝の言葉をグレンに送ったのか。



グレンに送った感謝の言葉は本心であることに違いない。


そして軍人は知っていた、グレンに送った感謝の言葉こそが誠の罰だと。


グレンの犯した罪を本気で許すために、軍人は罰のない許しを彼に送った。


・・

・・


誠の罰を受けたグレンは修行場から離れると立ち止まり、一度呼吸を整える。


感謝の言葉が罰だとグレンは気付いてない。


何故か・・・少しだけ背中が軽くなった気がする。


呼吸が落ち着くと、自分が空腹だと気付いた。


グレンはふと時計台を探して空を見渡す。



13時30分を少し回っている、随分と長話をしていたみたいだな。


色々と情報を教えて貰ったのに、あんな別れ方をしてしまった。


失礼にも程がある、俺からの用事で訪ねたのに・・・相変わらず最低だ。



軍人さんから時計台の話を聞いて、俺はますます自分が最低な人間だと知った。


もし信念旗に襲われたら、時計台を戦場にしようと考えている屑がいる。


そんなことをしたら、レンガの人々に迷惑を掛けるどころの話では済まない。中には心を深く傷付けてしまう人だっている筈だ。


それでも俺が生き残る可能性が少しでも上がるのなら、自ら望んで俺は時計台を戦場にする。


喩え誰に憎まれようと、勇者の為ではなく、自分の為に生き抜いてみせる。


グレンは自分の目標を、絶対にセレスの所為にはしない。誰の為でもない、全ては己が果てに辿り付く為に。




彼はただ一途に・・・人生を夢へ捧げる。




6章:四話 おわり




読んで頂きありがとうございます。


今まで逃げで数千年前とあやふやにして来たんですが、裏目に出ました。


一応このまま古代種族で通す積もりなんですが、1400年前に存在した種族って、古代じゃ変かも知れない。


あと五話なんですが、今の所半分まで執筆が終っています。今から間に合えば5日の0時投稿で、無理だったら6日の0時に成ると思います。


それでは次回もよろしくお願いします。

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