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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
6章 赤鋼
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三話 同志たちの門出

ガンセキとグレンは大通りへ到着した。


まだ朝も速く、陽が辺りを照らし始めた時間だというのに・・・レンガの民は大通りの端にそれなりの人が存在し、動きも少なく静かに立っている。


民の目的は俺達と同じで、ヒノキへと向かう兵士達の見送りだろう。


恐らくあと数分で第三陣がこの道を通る、日勤内務の兵士も所々に警備として存在しており、民もヒノキへ向かう者達の進路を邪魔しないよう道の端にいる。


ガンセキは見送りに訪れている民の数を見て。


「予想以上に多いんだな、もっと少ないと思っていたのだが」


刻亀討伐の公表を軍は大々的にはしていないが、それでも隠している訳ではないから情報はレンガの民にも伝わる。


グレンはガンセキの言葉を聞くと周囲を見渡しながら。


「この時間帯にしては、普段より多いですね」


レンガ軍が赤鋼から離れることは滅多にない、レンガの私軍はあくまでもこの街を護る為に存在しているのだから。



それでも刻亀討伐に軍を動かすということは・・・刻亀の被害はそれ程に大きいんだ。


二人は暫く立ち止まりその光景に見入っていたが、ガンセキが気持ちを切り替えてグレンに語り掛ける。


「そろそろ行かないと第三陣が来てしまうな、速く合流したほうが良い」


だがグレンはその言葉を珍しく我侭で返す。


「無理を言っていることは承知しています、だけど俺は勇者一行としてではなく・・・イザク分隊の一員として、彼等を見送りたいです」


勇者一行で在る所を見られたくない訳じゃない、僅かな期間でも同僚として、共に戦った仲間として見送りたかった。


ガンセキはグレンの頼みを聞くと、少しの間を開けて喋りだす。


「お前の要望を断る理由もない、彼等を見送った後に合流するから此処から動くなよ」


そう言うとガンセキはグレンから離れ、アクアとセレスを探して歩き出した。



一人になったグレンは肩を落とし、小さく息を吐く。


我侭を言ってしまった・・・ガンセキさん大丈夫かな? アクア怒っているし、セレスだって内心では良い気分ではないだろう。


アクアの怒りは当然だ、怒られても文句が言えないことを俺達はしたからな。


だけど俺もガンセキさんも間違ったことをしたとは思ってない。自分で決めた行動や決断が正解か間違いかなんて誰にも分からない。


ガンセキさんは魔獣王討伐の真実を隠すことにより、セレスが刻亀討伐を決断するように仕向けた。



果たしてそこまでして刻亀と戦う必要は在ったのか。


確かに刻亀の被害は年々少しずつ拡大しているが、魔王の領域で戦っている同盟軍にまで何らかの被害がでるには、まだ数十年は時間に余裕が在る。


魔獣王討伐作戦の成功は、勇者を物凄く成長させる可能性もあるが・・・セレスが歩みを止めてしまう可能性も高いんだ。


そんな高いリスクを覚悟して、ガンセキさんは事を実行した。それはガンセキさんの決断であり、責任者が必要だと判断したんだ。


そうでもしなければ・・・セレスは戦場で生き残これないと彼は予想した。だからこそ真実を隠してでも事を実行すると決断したんだ。


今は少しでも良い方向へ導けるように、今後のことを考え続ける。


俺達の最悪な行いが狂とでるか、それとも吉とでるか、その答えは神にしか分からない。


・・

・・


大通りの人々は次第にざわめきだし、その視線は皆一点に向けられる。


第三陣がもう直ぐこの場所を通るみたいだ、先程から警備をしている日勤内務の兵士たちが声を張り上げている。


少しずつ自分のいる場所へ近付いてくる第三陣の兵士たちではなく、グレンは彼等を見送りに来ていた民を視界に映していた。


興味本意で此処にいる人も居るだろう、だけど元気のない人も俺の視界に映っていた。


なぜそこまで悲しそうな顔をしているのか・・・俺にだって容易に想像はできる。


悲しいに決まっている、家族を危険な場所へ見送るのに、心の底から喜べる人間が居るとは思えない。



家族が何を思い此処に立っているのか・・・そんなの無事を祈っているに決まっているだろう。


だから絆なんて、下手に持つもんじゃない。


・・

・・

・・


大勢の人間が列を造って大通りを歩いていた。


歩幅もバラバラで揃ってない、だけど兵士たちの表情は皆一様に覚悟に染まっていた。


これがこの時代に産まれ、兵士となった自分の決めた道なのだから。


自ら望まずに兵士となった者もいるだろう、金を稼ぐ為に兵士となった人だって多いんだ。


緊張に顔を強張らせている兵士。


やる気に満ちた勇ましい兵士。


恐怖を抑え強く在ろうとする兵士。



暫く眺めていると、馬に跨った少し立派な鎧を纏った人物を目にする。


小隊長か中隊長と言った所だろうか?


馬は人の足音とは違う音色を響かせながら、馬独特のリズムでゆっくりと進んでいる。



そう言えば俺を含めて二人も馬に乗った経験は無いと思うけど・・・練習とかする機会はあるのかな?


ガンセキさんって馬に乗れるのだろうか?


俺その気に成れば一定時間それなりの速度で走れるんだけど、それでも馬に乗る練習はして置いた方が良いのだろうか。


正直に言わせて貰う、生き物に乗るってのは気が進まない。だってよ、地面に足が付いてないと不安だろ。


・・

・・


第三陣その数は一般属性合わせて600名、残りの400は既に本陣で作戦実行の準備に取り掛かっている。


村の遺跡なんて言うが、刻亀の存在が確認された頃に破棄された村だから、そこは想像以上に荒れているが、60年前の魔獣王討伐作戦にも本陣として使用された場所でもある。だから数ヶ月の時間が有れば、それなりの拠点を築くことは可能らしい。


レンガからデマドまで大体1週間と少し、軍の移動だからそれよりも時間が掛かるかも知れない。


勇者一行がレンガを旅立つのは、俺の武具が完成した翌日に旅支度を整え、一晩を明かし赤鋼を後にする予定だ。


レンゲさんに依頼している武具は2日後に完成している筈だから、4日後には旅立つことになる。


何とか今日か明日中に刻亀の情報を手に入れなくては。



グレンは目の前を通り過ぎていく兵士たちの姿を確りと目に焼き付けながら、刻亀の情報について整理していた。


資料から集められる情報だけでは限界があり、現在はガンセキさんに言われた通り、人の情報を集めている。


一番有力な情報を持っていそうな旅商人にも話を聞いたが、商人だけあって見返りを求めてきやがる。


俺から差し出せる情報も金も持っていないため、旅商人からは殆ど情報は集められなかった。


とりあえず今日は今まで出会った人に話を聞いてみる・・・俺の勘が正しければ、誰かの言葉に重要な情報が隠れているんだ。


世界中の情勢に詳しいゼドさん、修行場の管理をしている軍人、レンゲさんからは武具を受け取る時に話を聞く予定だ。


そこまで考えたグレンは、今日の予定を頭の中で整理する。


3人と別れた後は国立書庫へ向かい、昼を過ぎたら修行場に居る軍人の下へ向かう。


ゼドさんはこの街に居ることは確かだけど、居場所がいまいち分からないんだよな。ガンセキさんの話では金をなくしたから仕事をしているらしいが・・・あの人を頼って大丈夫なのか?


どちらにせよ刻亀の情報は以前聞いているしな、あれ以上の情報は手に入らないと思う。


グレンは他にこの街に来てから出会った人物は居ないか考えてみる。


そう言えば1人いたな、だけど会話にならねえんだよ・・・あの爺さん。まあ、無駄に年とって来た訳じゃねえだろうし、思わぬ情報を教えてくれるかも知れない。


とりあえず思い当たる人に話を聞いた後は、工房通りに行って全ての情報を整理しよう。



本当はこの街で最も多くの情報を持っている人物を俺は知っている。だけど・・・奴の情報に頼るのは最終手段だ。


あの人にこれ以上関わるのは危険だ。


ガンセキさんに・・・3人に話すべきか。


そう考えた瞬間だった、グレンの脳裏を恐怖が支配する。



【名乗ったからには情報を漏らした場合、相応の責任は取って貰うぞ】



俺が3人に伝えようと、あの化け物にそれが分かる筈がない。


だけど奴の言葉は俺の恐怖を異常な程に刺激した。俺はあいつが恐ろしくて堪らない、本当は誰にも言わないで置きたい。


でも俺は・・・あの人から逃げては駄目なんだ。


せめて、レンガを出発するまでには3人に伝えなくては。


・・

・・

・・


考え事をしているうちに時間は流れ、グレンの目前を通り過ぎていく第三陣の兵士たちは後尾へと差し掛かっていた。


ホウドさんとやらを拝んでおく積もりだったのに、考えに浸っていたら何時の間にか行ってしまったようだ。


ヤバイな・・・考えることに没頭しすぎて、俺が気付かない内にイザク分隊も通り過ぎていたらどうしよう。


一度嫌な予感が脳裏を過ぎってしまうと、不安がどんどんグレンの心を支配していく。


幾らなんでも馬鹿すぎるだろ、ガンセキさんに無理言って頼んだのに。


イザク分隊だけじゃない、第三陣の全ての兵士たちは俺達と共に戦ってくれる同志なんだ。


見送りもしないで俺は他のことを考えている・・・相変わらず最低な屑だ。


俺は彼等を見送りに来ているんだ、第三陣が何事もなく本陣へ到着できるよう祈る為に。



祈るだと・・・俺は誰に祈ればいいんだ?



祈る存在なんて俺にはいないだろ、何を思って俺は祈るなんて言葉を使ったんだ。


グレンは目蓋を閉じ、旅立っていく彼等を再び思う。


今はただ、あんた達が無事に本陣まで辿り付けることを、一人の同志として・・・心の底から望んでいる。



俺は彼らの名前を知らない、だけどそれぞれに異なる顔があり、異なる絆を持っている。


名前も知らない彼らは、名前も知らない誰かとの絆で繋がれている。


俺が考える策が失敗すれば、多くの絆が断ち切られてしまう。


本当に最低の人間だ、彼らの絆より軍での仕事を・・・婆さんの金を俺は優先させたんだ。


自分への怒りが憎しみを生み出し、その憎しみが己が罪を確りと抱き締める。



彼にとって罪を重ね続ける人生が、嘗て犯した大罪に対する唯一の罰であるかの如く。



その時だった、グレンの視界に映ったのは・・・他の兵士達から頭一つ飛び出た無駄にデカイ男。


無駄にデカイ男はグレンの姿に気付き、人に好かれそうな笑顔を友に向けた。


軍での仕事をしたことにより、俺が造ってしまった新たな絆。


グレンはボルガに向けて声を出さずに口だけを動かす。


『孝行したか?』


俺の言葉に気付いたのかどうか分からないが、ボルガは首を縦に動かすとその笑顔を一層強くした。


ボルガは前方を歩いていた分隊長に話しかけると、グレンに指を向けた。


イザクはボルガにより彼の存在に気付くと、荷物の中から何かを取り出し、それをグレンに翳した。



その手に握られていたのは油玉だった、イザクは口だけを動かしてこう言った。


『任せてください』


グレンには聞き取れなかったが、イザクが何を言いたかったのか理解はできた。


頭を下ろすことで、イザクに自分の意志を伝える。


『よろしくお願いします』


俺が頭を上げたとき、イザクさんは何時もの優しい笑顔を向けてくれた。



彼の表情はどこか生き活きと、ヒノキへ向かう兵士たちの中で、ただ一人・・・戦場へ赴くことを喜んでいるようだった。


剣士とは何なんだろう、俺はもっと狂気じみた人間だと思っていたけど、イザクさんは優しさの塊みたいな人だった。


お人良しで、誰にでも敬語で、誰にでも気を使い。


俺にはそんな優しいイザクさんが・・・壊れているようには見えない。



だがその時、グレンの脳裏に奴の声が響き渡る。


その声には感情がなく、事実だけを淡々と述べる機械のように。



【絶対に味方とは思わない事だ、奴等は隙さえ在らば魔族以外にも剣を向ける狂戦士だ】



狂戦士・・・狂った剣士・・・それが剣豪なのか?


壊れた剣士と狂った剣士に違いは在るのか?



剣に己を掛けた剣士たちは、剣の道というものを歩くらしい。


その道には果てがあり、彼らはその場所を目指し歩き続けるんだ。


イザクさんが目指す剣道の果ては何だろうか?


彼は壊れることを怖れて戦場から逃げ出したと言っていた。


そうか、何となく俺にも分かった。


良い物を買うには相応の金を支払う必要があるように、力を手に入れるには、何かしらの犠牲が必要なのか。



彼は、イザクさんは・・・壊れることを怖れたんだ。



剣士についてグレンが考えていると、気づいたらイザクたちは南門に向かって随分と先に進んでいた。


グレンは既に見えなくなったイザク分隊の皆に向けて、ヒノキに向かう全ての同志に向けて、日勤内務の兵士たちと同じように不慣れな敬礼をした。


・・

・・

第三陣を見送ってから数分後。

・・

・・


俺と同じように見送りに来ていた民達は疎らに散っていった。


一行の三人と合流することになっている、だから俺は此処から動く訳にはいかない。


グレンと同じようにその場に立ち尽くし、南門の方向をじっと見詰めている民が数人いる。刻亀討伐の遠征に向かった第三陣の家族だろうか?


残す者と残される者、待たせる者と待ち続ける者、どちらが辛いのか俺には良く分からない。


だけどよ、支えてくれる何かが在れば、人は何度でも立ち上がれる。


そして立ち上がったとき、お前は成長するんだ・・・勇者として。



『敗北は無駄な犠牲だと思え』



俺はこの言葉を、断じて否定する。


喩え敗北し多くの犠牲をだそうと、受け継ぐ意志があれば、人は一歩前に踏み出すことができる。


絶対に無駄な犠牲なんかじゃない。生き残った人間が敗北を、犠牲を受け止める姿勢で、彼らの死は無駄には成らないんだ。


それを只管(ひたすら)に繰り返すことで・・・始めて人は、己の勝利を掴み取れる。


刻亀の情報収集よりも婆さんの金を優先させた俺に、こんなことを思うのは許されないと分かっている。


それでも俺は思わなくてはいけないんだ。


犠牲を少しでも減らす為に、俺は策士として最善の策を練る。


・・

・・

・・


時刻は朝の6時半を回った。


あと一時間もすれば、夕方ほどではないが大通りはかなり混雑する。


鉄工所に出勤する人達が東側から西側へ一気に移動するからな。


眠る都市であるこの街は、仕事に向かう人の足音が目覚の合図なんだ。



グレンがレンガの朝を堪能していると、一行の三人が彼の姿を見つけ近付いて来た。


アクアが真っ先に俺の下に近づくと。


「グレン君は単独行動が多すぎるよ、君みたいな人が輪を乱すんだ」


先程とは違い、怒りの篭っていない何時もの嫌味だった。


本当は言いたいことが山ほどある筈なのに、それでもその怒りを静めてくれたんだ。



こいつは大人だよ、俺の方が余程子供だ。



グレンはアクアの言葉に頷きながら口を開く。


「俺は強欲に塗れた人間だからな、やりたいことが沢山あるんだ。アクアさんも俺のようなになれば素敵な人生を送れるぞ」


できるだけ今までのように言葉を返す。


アクアは俺のありがたい言葉に表情を濁らせる。


「ボクはグレン君みたいな人間にだけは成りたくないよ、だって君は器が小さくて捻くれてて、あらゆることにイチャモンを付けて相手を不快にさせる屑な人間じゃないか」


こいつ・・・やっぱりまだ怒っているのだろうか? 俺はそこまで酷い人間じゃないぞ。


グレンは苦笑いを顔に装着すると、声を引き攣らせながら。


「お前は俺と言う人間の表面しか見てないんだ。本当の俺は気が優しくて力持ちの人間だ」


まあ確かに言われてみると、いつも否定から入るけど。


俺の本心からの言葉に、アクアは半笑いで返事をする。


「普段から毒舌しか言わないその口で、よく恥しげもなく言えるよ。ボクはそんな君と一緒に居るのが恥しくて堪らない」


ちくしょう、お前がそんなこと言うから俺まで恥しくなってきた。



その時だった、今まで沈黙を貫いてきたセレスが、俺を指差しながら声を発する。


「グレンちゃんお顔真っ赤だよ~ にへへ~ グレンちゃんかわい~い」


人に指を向けるな、この女版ボルガ。


「アクアさん、俺はセレスと一緒に居るのが恥しい・・・今分かったぞ、俺が単独行動を取るのはセレスと一緒に居たくないからだ」


俺はアクアに言った筈なのにセレスが出しゃばって、気持ち悪い笑顔を撒き散らしながら返事をする。


「にへへ~ グレンちゃん本当はわたしと一緒に居たいくせに~ 照れたグレンちゃんも可愛いな~」


いつもならお前の頭を引っ叩いている所だが、今日だけは我慢してやる。


グレンは目を擦りながらセレスの姿をじっと見詰める。


「あれ・・・お前少し見ない間に背が伸びたんじゃねえか?」


その言葉にセレスは喜びを表す。


「うへ? そうなの? 高くなったかな~ にへへ~」


グレンは喜ぶセレスに頷きながら言葉を返す。


「ああ、まるで無駄にデカイ糞野郎みたいだ」


その言葉に当然だがセレスは怒り出す。


「グレンちゃん酷い!! わたし糞野郎じゃないもん!!」


デカイは否定しないんだな。


アクアもセレスに続き怒りをグレンに向ける。


「女の子に野郎なんて言っちゃ駄目だよ!! セレスちゃんは女の子だ!!」


言われなくても分かってるけど、誰が見てもセレスは女だよ。


グレンは素直にセレスに向けて謝ると、アクアに視線を移す。


「俺は酷いことをセレスに言ったから素直に謝ったぞ、アクアさんも俺に酷いこと言ったんだから、ここは男らしく謝るべきじゃないのか?」


当然にアクアは怒りを増しながら。


「グレン君に酷いことなんて言ってないし、ボクは女だ!!」


ガンセキさん、そろそろ収集が付かなくなるから止めてください。


そのような視線をグレンはガンセキに送った。



先程の件で気まずいが、収集が付かなくなった口喧嘩を止めるのは、何時の間にかガンセキの役目に成っていた。


ガンセキはその様子を見守っていたが、グレンの視線を受けて3人に近付くと静かに口を開く。


「もう良いだろ・・・俺としては速く朝飯を食べたいのだが」


その言葉には真っ先にセレスが賛同した。


「うへ~ わたしもうお腹ペコペコだよ~」


さすがボルガだけあって食い意地が強い。


セレスが賛同すれば、自然とアクアも喧嘩を止めてガンセキの意見に賛成する。


「一度・・・宿に戻るのかな?」


その声はまだガンセキを許した口調ではない。


アクアは俺よりも、ガンセキさんに向けた怒りの方が強いからだ。


今までやっていた口喧嘩と違い、先程の件は喧嘩という言葉では済ませれない怒りだった。



全ての非は俺とガンセキさんにあり、アクアは何ひとつ間違ったことは言ってない。


だがガンセキは刻亀の件に関して、二人に謝る訳には行かない。


アクアとセレスに頭を下げてしまえば、ガンセキは自分の決断は間違いだったと認めてしまったことになる。


確かにガンセキさんの行ったことは褒められることじゃない、だけど俺は責任者として間違った行いだとは思わない。


ガンセキさんはアクアとセレスに憎まれることを覚悟の上で実行したんだ。


アクアはそのことを分かっていたから、必死に怒りを抑えていたんだ。俺が軍での仕事をした所為で、それらが一気に爆発した。



全ては・・・俺の招いた事態だ。



いつの間にかアクアはグレンの方を向いていた。その表情から彼の考えていたことを感じ取ったのか、アクアは確りとした口調でグレンに語り掛ける。


「確かにグレン君のことで我慢ができなくなった。だけどやっぱり我慢するのはボクには向いてないよ。今回思ってたことを全部言えて、ボクはスッキリしたよ」


だがグレンの表情はアクアの優しい言葉に、苦痛をより一層に強めていた。



お前が俺を許しちまったら・・・今回の事態に対する俺の罪が・・・消えちまうだろ。



グレンは人の優しさを素直に受け入れることができない、そんな自分が捻くれていると分かっていても、変えられる性格ではなかった。


アクアはそれでも優しい口調を止めたりしなかった。


「ボクのお師匠が言ってたんだ・・・自分を認められない人間に、成し遂げられることは一つもないって。ボクもその通りだと思うな」


俺はアクアの言葉に頷きを返しながら。


「お前の師匠が言ったことは正しいと思う、それが出来るように努力はしてみる」


グレンの言葉は嘘だった、アクアも恐らくそれに気付いているだろう。



過去に犯した大罪と同等の罰を受けない限り、決して彼は己を許さない。



それがグレンの呪縛だから。


・・

・・


セレスは話題を切り替える為か、実際に腹が減っているだけか分からないが、ガンセキに提案をする。


「ねえねえガンセキさん、せっかく皆が居るんだから食事所で食べよ~よ~」


ガンセキはセレスの提案に頷くと、考えながら返事をする。


「早朝から開いている食事所は多くないが・・・たしかフスマ料理で一軒だけ開いている店を知っている」


フスマとは鎧国に存在するレンガと並ぶ大都市の一つであり、フスマが政治を仕切る一帯につたわる伝統食をフスマ料理と呼ぶ。


特徴は箸という二本の棒で食べるのが特徴だな。世界でも有数の稲田を持っている。


米は白米が一番上手いと思うが、籾殻を取り除いただけの玄米のほうが栄養は高い。



この国で本物の武具を造る職人が一番多いのがフスマである。


レンガから大森林を抜けた先に流れている川を渡り、一山越えた場所に存在し、二方を山々に囲まれた場所に造られた都市であり、歩いて行くと成ると野宿を覚悟しても一ヶ月以上は要する。


フスマ軍はレンガよりも多くの兵数を保有しており、中心であるフスマだけでなく、周囲の村々も護っている。正確に言うと護っているのは村ではなく稲田だが。


因みにパンを作る小麦の六割は外国からの輸入を頼っている。



魔族が現れたことにより、3大国は同盟を結んでいた。戦争当初はこの国に存在しなかった速馬が、現在の鎧国に存在しているのはそのお陰だ。


剣盾鎧はお互いに協力し合いながら魔族と戦っているんだ。



グレンはフスマに付いて詳しくは知らないが、それでもフスマ料理だけは知っていた。


勇者の村でも知れ渡っている料理である。


ガンセキがフスマと言った瞬間、グレンの顔色が変わる。



勘弁してくれ、フスマ料理なんて・・・俺は食ったことないぞ。


できる限りの冷静を保ちながら、グレンはガンセキに語り掛ける。


「すみません・・・まだ腹減ってないので、俺はこのまま国立書庫へ向かいたいと思っています。3人で食事所に行ってください」


フスマ料理だけは駄目だ、アクアに馬鹿にされる。


グレンの言葉にガンセキは理解を示したが、セレスは納得しない。


「レンガで皆そろってご飯食べる機会なんてもうないもん!! それに朝ご飯食べなきゃ身体に良くないってオババが言ってたもん!!」


だから無理なんだってフスマ料理は・・・馬鹿にされるくらいなら食べない方がましだ。



だが、残念ながらアクアは勘が鋭かった。


今日一番のニヤケ面をグレンに向けると、アクアは嬉しそうに語り掛ける。


「もしかしてグレン君・・・箸、使えないの?」


暫く四人に沈黙の時が流れる。


・・

・・

・・


グレンは走ってその場から逃げ出した。





5章:三話 おわり




読んで頂きありがとうございます。


次回からは刻亀の情報収集の話しになります。


赤鋼以外の都市を話しに出しましたが、フスマは米と本物の武具、あとは兵士が多いのが特徴だと思います。


レンガは兵士より強力な宝玉武具と一般兵が使用する武具の生産に力を注いでいます。


それでは次回も宜しくです。

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