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炎拳士と突然変異  作者: 作者です
6章 赤鋼
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二話 最低な男たち

まだ辺りは薄暗く、本来なら暖かな布団の中で眠っている時刻だろう。


あと数分すればレンガは青白い光に包まれ、この街で生活する人々は肌で朝だと感じることが出来る。


勇者一行の四人は珍しく全員が揃い、昨夜久しぶりに振った雨により、少し湿った石畳の道を進んでいた。



歩き続ける四人の空気は重く、アクアの表情が今までにないほど険しい。



自分の所為でアクアがこれ程に怒っているのだから、何とか彼女を静めるために関係のない話題をグレンが振った。


「そういえば4人で歩くのは久しぶりだよな」


俺の記憶では、レンガに到着してから一度もない。


何時もとは異なる口調でアクアが返事をする。


「グレン君が孤高を気取って単独行動してたからだよ」


3人に隠れて仕事をしていたことを、昨日の朝にアクアにも謝った。彼女がこれ程に怒りを露にしているのは、それだけが原因ではない。



それでも俺からその話題に触れる訳にはいかないから、昨日のことをもう一度謝る。


「悪かったな、迷惑掛けて・・・次からはガンセキさんに相談してから事に及ぶ」


だがグレンの言葉に、アクアは機嫌を一層に悪くする。


「なんでガンさんなのさ、ボクやセレスちゃんにだって相談するべきじゃないのかな。ボクだって青の護衛なんだから」


セレスが数日前のゼドさんとの会話により、刻亀討伐の真実を気付いたように、アクアもまたその時に真実を知った。


俺とガンセキさんだけが情報を把握して、セレスとアクアは何も知らない。


アクアは勘が鋭いから、俺たちが二人に信念旗の存在を隠していることも薄々気付いているかも知れない。



アクアの不満にグレンが言葉を返す。


「今の決定権があるのはガンセキさんだろ、お前に相談した所でガンセキさんが許可を出さなければ通らない」


セレスが勇者として決めた刻亀討伐も、ガンセキさんがセレスに決定権を委ねたから勇者が決断したんだ。


ガンセキは黄の護衛だけではない、旅の責任者という役割を担っている。


旅の責任者とは、その名の通り旅が終了するまでの期間、全ての責任を背負う者のことだ。


強い責任を背負えばそれだけ立場は上となるが、判断を違えた時の責任を、全て彼が背負わなくては成らない。


だからこそガンセキさんは、俺の犯した責任を拳と引き換えに背負った。



そしてアクアに信念旗のことを隠すと決めたのは・・・旅の責任者だ。


アクアなら一行を狙ってくる人間が存在していると知っても、恐らくそこまでの動揺は見せないだろう。だがアクアがセレスに隠しごとができるとは思えない。


ガンセキさんは二人の為を想って真実を隠した訳じゃない、セレスがそれを知ることにより相応の事態が起こる可能性を否定できないから隠したんだ。


刻亀討伐に参加する人数と、俺に関わる一件。それに咥え信念旗すら加わってしまえば、なにが起こるか分からない。


セレスの優しさを俺が受け入れたら、あいつの負担が少しは減るかも知れない。だがそれをしてしまえば、俺の罪が消えてしまう。


俺はセレスの感情よりも、自分を優先させる。



アクアがグレンの言い分に納得する訳もなく、全身を激しく振ることで怒りを表現する。


「グレン君の言っていることは正論だけど間違っている。ボクとセレスちゃんだって一緒に旅をしているんだよ」


その場にアクアは立ち止まり、他の三人も歩くのを止めた。


俺の方を向いていたアクアは、今度はガンセキさんに視線を持っていく。


「情報の共有は大切なことだって、ガンさん言ってたじゃないか!!」


当然であるアクアの不満、その矛先はグレンからガンセキへと移る。


だがアクアの言葉にガンセキは表情一つ微動だにせず。


「刻亀討伐の真実を隠したまま事を進めたのは俺の決断だ、それに関しては誰にも言っていない」


ガンセキは非情の眼差しを造り、アクアに断言する。


「俺は旅の責任者だ・・・勇者を導く為なら手段は選ばん。必要なことだと判断したから真実を隠し、責任者として俺は事を実行した」


旅の間、最も重い決断を実行できるのは責任者である。その言葉は戦場での勇者と同等の重さを課せられている。


ガンセキは口調を一定に保ちながら、淡々と文字を述べていく。


「お前がどれほど怒りを叫ぼうと、俺は自分の決断を簡単には曲げん・・・俺が取った手段が気に入らないのならば、気に入らないままで結構だ」


口調の変わらない彼の言葉は、次第に威圧を増していく。


「だが決断に背くというのなら、俺はお前を許さんぞ」


非情なほどに冷たく、冷徹なほどに淡々と述べるその発言に、アクアは涙を見せるのを必死に堪えながら。


ガンセキには何を言っても通じないと悟り、刻亀討伐をただ1人反対したグレンに叫ぶ。


「気付いていたのに、なんであの時言わなかったのさ!! 君だって本当はセレスちゃんにそんな思いさせたくなかった癖に!!」


グレンが感情を隠す方法は呼吸法しかない、会話をしている時にそんな呼吸を取ることはできなかった。


「確かにさせたくはなかった、そんな状況に成ったらセレスは俺に頼ろうとすると想ったからな。だが勇者の覚悟を聞いて考えが変わった」


何一つ嘘は付いていない、本心からの言葉だった。


刻亀討伐に参加すれば、遅かれ早かれ共に戦う人間の数をセレスは理解するだろう。


グレンは出来るだけアクアから視線を逸らさずに。


「セレスがいずれ真実を知ったら決断を取り消すと思い反対したが、あの覚悟を俺に示した勇者なら、刻亀討伐を最後まで実行すると信じることにした」


だが決断をする前に魔獣王討伐の真実を勇者に話した場合、それを知りながらセレスは刻亀を倒すと宣言しただろうか?


「ガンセキさんの決断とは関係なく、俺は自分の意志でお前らに隠すと決めた」


刻亀討伐により生じた犠牲から立ち直れないようでは・・・戦場に横たわる屍を乗り越えることなど不可能だ。


兵士の犠牲よりも、ガンセキは勇者の成長を優先させた。


グレンがそこまで言うと、今まで何も喋らなかったセレスが口を始めて開く。





それは見覚えのない表情だった。


「私たちは共に戦う同志を見送りに向かうのに、そのような表情を貴方たちは彼等に向ける積もりですか」


重い空気を透き通った声で晴らし、朝陽がセレスの白銀を照らす。


グレンが苦手とする瞳は今まで以上に強く輝き、威光の中に乙女が香る。


「アクア・・・私の為に有難う。だけどそんな顔の貴方は見たくありません、アクアが私の笑顔を素敵と言ってくれたように、私は貴方の笑顔が大好きです」


優しくアクアに語り掛けると、次はガンセキとグレンに歩み寄る。


「貴方たちが隠していることは、その時が来るまで胸に秘めておいて下さい」


そこで一度言葉を区切り、二人を交互に見詰める。


「ガンセキさんとグレン・・・ちゃん、貴方たちに勇者として命じます。今後、私たちへの隠し事は一切許しません、良いですね」


だが勇者の放った一言により、グレンはセレスの威光が偽りだと感付く。


俺をちゃん付けで呼ぶ時点で、お前は偽者だ。


「命じるのはガンセキさんだけで良い、責任者がお前の意見を承諾すれば、必然的に俺の拒否権はなくなる」


ガンセキは勇者で在ろうとするセレスを無言で見詰めていた。セレスも静かに見詰め返す。


彼が背負う責任の重さ、そう簡単に覆せると想うな。


あの人がその身に宿す威圧、実際にそれを浴びたからこそ俺には分かる。


偽者のお前に宿る威光では、本物の威圧には勝てない。



責任者は沈黙を護りながら、その眼差しに込める圧だけを勇者に突き刺す。



その眼光は、涙を知る者だけが放つ。


その声は、重さを知る者だけが響かせる。


その芯は、脆弱だからこそ屈強であり。


その背中は、敗者だからこそ重荷に耐えられる。



雫が無ければ光はない。


過ちが無ければ重みはない。


弱さが無ければ己はない。


敗北が無ければ覚悟はない。



彼の心中には善悪はない。


軽い言葉は許さない。


怯える声なら拒絶する。


嘘の発言は絶対に認めない。




「お前の言葉を承諾した結果、何かが起こる・・・その事態に対し、最後まで逃げずに立向かえるか?」


「お前の言葉を信じた結果が悪かったとしても・・・立ち上がれるか?」


「その責任をお前は・・・俺に背負わす覚悟は在るか?」



「それを条件とし、偽らず断言するのなら、今秘めている内情を除き・・・今後一切の隠し事はしないと誓う」


勇者の言葉に重さが無ければ許さない。


勇者の発言に動揺を確認すれば拒絶する。


勇者の応えに偽りが在れば・・・断じて認めない。



敗北を知る者が勇者に問う、その命令に誠があるのかと。



責任者の言葉を聞くセレスは、何度も彼から目を逸らそうとして、その度に踏み止まる。


小さな虚言でも彼には見抜かれる、僅かな動揺は既に何度かしてしまった。



だが勇者は譲らない、仲間として共に立ちたい人がいるから。


大好きな友達の笑顔を見たいから。


似合わないことをする、彼の想いに応えたいから。



だから勇者は勇気を持って喋りだす。


「私は事態から逃げません」


「私はガンセキさんに責任を背負って貰います」


「私は立ち上がる自信がありません」


勇者は責任を背負う者の威圧に耐えながら、必死に最後の言葉を搾り出す。


「だから・・・私を・・・支えて下さい」



果たしてセレスの言葉に重さは有ったのか。


果たしてセレスの発言に動揺は見られなかったのか。


果たしてセレスの応えに偽りが隠されていたのか。



ガンセキは溜息を一つ吐くと肩を落とし、ゼドのように背中を丸める。


「自分の言葉は護れ・・・それを約束するなら承諾する」


俺は何時も意見を述べる時、確証は持てないと必ず言っている。グレンも同じだ。


物事に絶対はない、どれだけ自分の意見が正しいと信じられるかが重要なんだ。


己の発言を信じていなければ動揺が生じる。


動揺に染まった勇者の言葉を聞いて、共に戦う同志たちは何を思うのか。



魔王の領域で勇者が実行する決断により、鎧国全ての同盟軍を動かした実例もある。


その重い勇者の言葉に・・・動揺は許されない。


絶対ではないが、失敗した時の責任は全て背負う。勇者はこれを実行させる必要があるんだ。


絶望的な戦で偽りの激励により指揮を高めれば、同志が偽りだたと知ったとき、自軍は総崩れとなる。


過去の勇者にはその重みから、病を患い志半ばに倒れた者もいる。だけどこれだけは断言できる、全ての勇者たちは誰一人、責任から逃る者はいなかった。



旅の責任者が持つ最大の使命は、旅の中で責任を背負い続けること。



俺は一人の人間として、刻亀討伐により地面に転げ落ちる死骸より・・・勇者の成長を優先させる。


戦場でセレスを死なせない為なら手段は選ばない。


これにより俺が背負う罪は、何時かこの身に罰として降り注ぐだろう。


俺は3人の感情より、自分の信念・・・いや、我侭を優先させる。



イザクが送った優しい言葉は正しかったのか?


このようなガンセキを見て、嘗ての仲間が喜ぶとは思えない。


・・

・・


責任者の承諾を得ると、セレスはアクアに語り掛ける。


「アクア・・・納得できないだろうけど、今は我慢しよ」


セレスの願いにアクアは渋々と頷き、グレンとガンセキに視線を向ける。


「今日から隠し事は絶対に駄目だよ、ボクは知らないまま流されるのは嫌なんだ」


共に旅する仲間が自分の知らない所で重要な話し合いをしている。誰だって嫌に決まっている。



ガンセキは頷くと、アクアとセレスに頼みをする。


「今後は隠し事をしないと約束する、だが一度グレンと話を整理したい・・・これで最後にするから、俺とグレンだけで話をさせてくれ」


信念旗に付いて、オルクの存在。そして数年前から存在を確認されるようになった勇守会。


それらの情報を二人で纏め、セレスとアクアには何時頃その話をするか。今後の対応策を話し合う必要があった。



セレスは分かったと頷くと、アクアと共に大通りに向かい歩き始めた。


・・

・・

・・


ガンセキは修行が終れば、そのまま西壁へ向かってしまう。グレンはほぼ一日を刻亀の情報収集に使っていた。


二人で情報を整理する時間が殆どない為、無理を承知でアクアとセレスにその機会を貰った。


まだ朝速いが、第三陣を見送りに出ている民が大勢居る。絶対とは言えないが、彼女たち二人だけでも危険はない筈だ。


まずはグレンが得意の苦笑いを浮かべながら一言。


「アクア・・・怒ってましたね」


最低な己と、最悪なガンセキの行動には笑うしかない。


ガンセキはグレンの言葉に頷きを返す。


「ゼドさんとお前ら三人を容易に合わせてしまった俺の責任だ」


どちらにせよ討伐に参加する人間の数は、遅かれ速かれ知られてしまうことだった。



気持ちを切り替えて、ガンセキは話を本題に移す。


今から未熟な責任者が一度決断したことを曲げる。


「刻亀討伐が終了するまで信念旗は動かない、そう考えていたが・・・甘い考えかも知れん。オルクと名乗っている男は時も場所も選ばない、そのような人物と考えて俺達も動いた方が良いかも知れん」


本来ガンセキさんは刻亀討伐が終了するまで、信念旗は本格的に動かないと読んでいた。


以前帰りが遅い俺を探していたとき、ガンセキさんは最悪の事態を予想した。


その経験からオルクと名乗る男なら信念旗の理想を無視し、一行に刃を向ける可能性を否定できない。このように考えを改めたらしい。


グレンは疑問を口にする。


「オルクはかなり頭の切れる人物なんですよね? それなら刻亀討伐が終了するまでの期間、連中は俺達の情報を集めることに専念すると思いますが」


このような油断を読んで、オルクが仕掛けてくる可能性は否定できないけど。


今の勇者一行は互いの意見がぶつかり合い、かなり危ない状況だからな。


いざと言う時、こんな状態で連携を取るのは難しい。


それでも俺は刻亀討伐が終るまで、連中は本格的に動かないと読んでいる。


今まで誰一人成し得なかった魔獣王の討伐は、オルクでなくても失敗すると考えるのは誰だって同じだ。



グレンの意見にガンセキは返事をする。


「過去に信念旗実行部隊が仕掛けた勇者への戦闘は、無事だった人間が居たからこそ、情報が残っている。俺が資料で目を通したオルクの戦法には、勇者一行への執着が感じられたんだ」


敵の策から仕掛けた相手の感情を探ることができるのか?


「何となくだがな、憎しみみたいな感情を策から感じた・・・そのような印象を持たせる為に、ワザと悪意を策に残したのかも知れんが」


実行部隊が過去の勇者一行に攻撃を仕掛けたとき、彼らの実力では一行を全滅させるのは不可能に近い。


生き残りは情報を生む。そこを逆手に取ったオルクが、自分は勇者に憎しみを持っているという嘘の情報を己の策に残した。



現に俺達は、オルクなら街中でも攻撃を仕掛けてくるのではないか? このように考えてしまっている。


グレンは苦笑いを浮かべると。


「俺たちが現在オルクに付いて、こうやって悩んでいる時点で・・・既に奴の策に踊らされているかも知れませんね」


ガンセキは頷きながら、周囲を見渡す。


「考えすぎなのかも知れんが、俺達の予想通りなのかも知れん。だが、オルクは街中でも攻撃を仕掛けてくる者として対応したほうが間違いない筈だ」


最悪の可能性を想定して備えておけば、いざと言う時に対処ができる。


・・

・・


ここでグレンからガンセキに一つの提案をする。


「セレスに信念旗の存在を教えるのは、刻亀討伐が終るまでは止めた方が良いと思います。だけどアクアにだけは伝えて置いた方が良いんじゃないっすか?」


信念旗はセレスではなく、勇者という存在その者を否定している。


セレスは勇者に成ろうとしているが、まだ心の奥底では勇者を憎んでいるんだ。たった一人の肉親を奪った存在だからな。


あいつは信念旗に敵意を懐けない、そんな可能性がないとは言い切れないだろ。


ただでさえ人間に剣を向けるのに耐え切れないであろうセレスに、剣を向けてくる相手は自分と同じように勇者への因縁を持つ輩だと知れば、あいつは戦うことを拒む・・・かも知れない。


それを知った状況で刻亀と戦えるのか? 俺は同志として、セレスなら戦えると信じるべきなのだろうか? 今のセレスを見て信じられるほど、俺には純粋な心がない。



だからこそ・・・アクアにだけは信念旗に付いて、セレスよりも先に話して置くべきだと俺は思う。


「刻亀討伐が終るまでは信念旗の存在をセレスに明かしては成らない、その理由を確り話せばアクアなら分かってくれる筈です」


俺なんかよりセレスをずっと大切に思っているアクアだからこそ、信念旗に付いて黙っていてくれると信じるしかない。


セレスに信念旗の情報を教えるのは、刻亀討伐に成功した後だ。


「もしものとき、俺とガンセキさんだけでは勇者を守り抜くのにも限界があります。アクアの実力は俺が言わなくても、ガンセキさんが一番理解していますよね」


アクアに修行を付けていたガンセキだからこそ、彼女の実力は誰よりも理解している。


ガンセキは暫し黙り込み、考えを続ける。


・・

・・


二人には信念旗に付いては伏せておくと責任者として決断している、それを曲げるということは彼にとって相応の覚悟が必要だった。


一度決めた決断を何度も変更しているようでは責任者失格だ、今はまだ緊急時でないから良い、だがその時に決断を悩んでいては遅いんだ。


グレンはガンセキを説得する為に、必死に語り掛ける。


「責任者が一度決断したことを簡単に曲げるのは、許される行為ではありません。だけどその決断よりも良い選択肢を後になって見つけることも在るはずです。俺はアクアに信念旗の存在を教えることを望みます」


己の決断を曲げる恥より・・・仲間を死なせない最善の方法を。


ガンセキは考えるのを止め、グレンを視界に映す。


「決断の難しさを改めて理解した、何時かセレスにそれをさせるというのに。旅の責任者で在る俺が自分の決断を簡単に曲げてしまえは、勇者に示しが付かない」


それでもガンセキは、仲間を死なせない手段を優先させた。


「確かにお前と俺だけでは限界が在る。恥を承知で俺から時を見て、アクアに話してみる」


己が実行する決断の非を認める判断も必要だが、ガンセキは己の未熟を痛感した。


決断の非を認めてしまえば、実行した決断は決を失ってしまう。


・・

・・


それともう一つ、ガンセキさんに相談して置く必要が在る。


俺が単独行動をしている時、信念旗に襲われたとする。


「杭に魔力を送って危険をガンセキさんに知らせることが出来ても、居場所が分からなくてはガンセキさんが俺を見つけ出すのに相応の時間が掛かります」


ガンセキの武具は五振りの杭と、一振りのハンマー。


レンゲからガンセキへと託された計六振りの武具は、土の純宝玉をそれぞれに一定の分量で練りこまれている。


六振りの玉具を同時に使うことで、本来の最強形態と成る(地の祭壇)


ハンマーは六振りの中核であり、その内一振りの杭に魔力を誰かが注いだだけでハンマーが反応する。


予めガンセキがそれを危険信号としてグレンに伝えているから、ハンマーの反応は危険を知らせる合図として成立している。


グレンの提案は予め場所を決めて置くことだった。


「もし俺が襲われたとき、時計台を目指して移動します。なのでガンセキさんはハンマーに反応があったら、真っ先に時計台を目指してください」


ガンセキさんが時計台に到着した時に俺がまだ居なくても、そこを中心に土の領域で探すことが出来る。


時計台の場所はレンガのほぼ中心、闇雲に探し回るよりは効率が良いと思う。


ガンセキはグレンに幾つか質問をする。


「場所的には最適だと思うが・・・時計台の周辺は広場になっている。隠れる場所も無い状況で単対多・・・お前が最も苦手としている戦闘だ」


襲撃された時に上手く逃げ出せたとしても、襲撃地点が時計台から近ければ、俺の方がガンセキさんよりも速く到着するかも知れない。


ガンセキは幾つか考えをグレンに示す。


「それ以前に相手もお前が逃げることを想定していると思うが」


グレンは複数の属性使いを相手取ることが出来ない、そのため逃げる以外の方法がない。


一斉に十数名が襲撃してきたのなら、その人数から抜け出すのは容易ではないが、そこさえ逃げ切れれば問題ない。


だがグレンが逃げることを予想し・・・グレンを襲撃する数名、そこから離れた場所にも数ヶ所に数名を置くことにより、逃走経路を塞ぐ。


統率の取れた連中なら、目的の場所に誘い込むことも出来る。


「土使いが数人居れば容易に可能だ、お前が戦っている(あいだ)に次々と敵は増えて行くぞ」


襲撃して来た数名から逃げるのに成功しても、他の数名が逃走経路を塞ぎ、そいつ等と戦っている内に散らばっていた連中が集まってくる。



だがグレンには、逃げることだけなら相応の自信があった。


「魔物と人間は違いますが、全く違う訳ではないです。相手に土使いが居るのなら隠れることはできなくても、隠れるだけが逃げる方法ではないですから」


倒すことを前提に戦うのと、逃げることを前提に戦うのは違うんだ。


「相手だって俺の力量を完全に把握している訳ではありません、少なくとも三人一組ほどだと思います」


こう言う時に重要なのは、敵が俺に対してどれ程の情報を仕入れているのか、それを予測することだ。


勇者の村は厳しい掟に護られている、旅立つ前の俺を調べるのは、幾ら信念旗でもかなり難しい。


俺に対する情報を信念旗は持っていないからこそ、今になって連中は俺のことを調べているんだ。



・グレンは一行から離れ、単独で刻亀の情報を調べている。


・グレンは炎使い。


・グレンは理由が分からないが軍での仕事をしていた。


・グレンは人間としては異常なほどに速い。


・グレンは工房に玉具を依頼している。



今考えただけではこんな所か・・・信念旗はこれらの情報を既に掴んでいる可能性が高い。


さらに言えば、信念旗は俺が探られていることに気付いてないと思っている。


仕事帰りに爆走してたから、敵も俺の走る速さは知っていると思うが、足の速さだけで魔物から俺は逃げていた訳じゃない。


逃げるのにも技術が必要なんだ。所詮は推測だけど、敵は俺がその技術を持っていることを知らない。


「そう簡単に俺は捕まりません・・・傷の一つや二つは覚悟しても、何とか時計台までは辿り付いて見せます」


逆に包囲網を張られるより、数十人で一気に襲撃される事態の方がグレンには不利だった。


問題は包囲網の突破、または数十人での襲撃から逃げ延びたあと、無事に時計台に到着してからだ。もしガンセキさんが居なければ、俺は一人で複数を相手にしなければならない。


その点にはガンセキが提案する。


「お前は時計台には向かわずに、その周辺を逃げ回っていろ。俺が時計台からお前を探し出して、発見したらそのまま合流しに向かう」


襲撃された位置に関係なく、俺は時計台の周辺へ向かい、到着したらその辺りをガンセキさんが来るまで逃げ回る。



ガンセキさんが増援として現れた時点で敵が撤退してくれたなら良い。だけどそのまま戦闘になれば、街中が戦場になってしまう。


街中で戦いが起これば一般人だけでなく、夜勤外務の兵士たちに何らかの影響がでるだろう。


彼らの仕事を僅かな期間だけでも知っているグレンにとって、街中を戦場にするのだけは避けたかった。



ガンセキの提案にグレンは答える。


「もし襲撃を受けた場所が時計台から離れていたらそのまま向かいます。だけど襲撃地点が時計台の近辺だった場合、俺はその周辺を逃げ回る・・・こんな感じで良いですか?」


その言葉にガンセキは頷きながら。


「アクアが信念旗の存在を知っていれば、セレスを残し俺が離れても何とかなる」


宿屋には俺達だけでなく、他の一般客も宿泊しているんだ。


オルクもそこまでして、宿屋を襲撃するとは思えない・・・そう信じるしかない。



グレンは人間相手に策を練ることの難しさを感じていた。


相手が人間だと此方の行動にどう動くか・・・それの予測が難しい。人間が持つ最大の武器は、やはり知能だからな。



今この状況で最も難しいのは、襲われるか否かだ。俺とガンセキさんは襲われることを前提に話しているが、俺が襲われる可能性は限りなく低いんだ。


信念旗は街中で勇者一行を襲ったりしない。


あの組織は自分達の理想こそが正義とまでは考えてないが、自分達の行動が間違っているとも思ってない。


一般人を巻き込んでまで勇者を狙うのは、彼らの理想に反するからだ。どのような理想で彼らが動いているのか、それは誰も知らないが。


もし襲われるとしたら、間違いなくオルクの独断である。奴の存在さえなければ、襲われる可能性が低いと思い続けていた。



今回のことに勇守会は動いているのか? そもそも俺の感じた視線は勇守会の誰かかも知れない。


勇守会は何故俺達に接触してこないのか・・・見守る会だからか?


もしかしたら勇守会は勇者を見守る会などではなく、信念旗を潰す為だけに成り立っているのでは?


俺は常に疑って掛かれと変人に教えられて来たからな。謎が多すぎる勇守会も、俺からすれば油断できない相手なんだ。



このまま話を続けても深みに嵌まりそうだから、気持ちを切り替えてガンセキに語り掛ける。


「あまり待たせるとアクアに怒られるんで、そろそろ大通りに向かいましょう」


グレンの意見にはガンセキも賛同し、二人はゆっくりと歩き出した。


・・・

・・・

・・・


既にあたりは明るくなり、第三陣は演習場を出て南門へ進んでいるだろう。


時間に余裕を持って宿を俺達は出たからな、急がなくても間に合う。



ガンセキは責任者でなく、拳士としてグレンに聞きたいことがあった。


覚悟を決めて、グレンに一つの質問をする。


「ギゼルさんに口止めされてたり、お前自身が嫌なら答えなくていい・・・拳士として興味が有ってな、ギゼル流魔力拳術に」


高位上級魔法の使えるガンセキにとって、魔力の練り込みは難しい。だが幼少の頃より憧れ続けていた男の拳に、興味が沸くのは当然だった。


グレンは嫌がる素振りも見せず、ガンセキに質問を返す。


「ガンセキさんは魔力を纏うことに付いて、どう思いますか?」


その質問の意味が良く分からず、ガンセキは一応の常識を返す。


「魔力を纏えば身体能力が上がるな・・・それがどうかしたのか?」


ガンセキの返答を聞くと、グレンはギゼルの真似をしながら。


『お前は考えたことはないのか、何故魔力を纏うと身体能力が上がるのか・・・そもそも魔力は魔法を使うもんなのに、筋力を上げられるのは何故だ』


魔力を纏えば身体能力を底上げできる。これは世界の常識として、何の疑問も持たずに全ての属性使いが使用していた技術だ。


「でもそこに疑問を感じた変人がいました、そしておっちゃんが導き出した自論がこれです」


魔力を纏えば身体能力を底上げできる現象は、神だけでなく道具すら使わずに、人間が単体で使用を可能とする魔法の一種である。


神から得られる魔法を白魔法とすれば、人間単体で使用できる魔法のことを、ギゼルは人内魔法と名付けた。


グレンの言葉にガンセキは驚きを隠せない。


「少し待て・・・魔法を使うには何かしらの法則が必要だろ? 己の想像を神に叶えてくれと頼むことや、道具に魔力を送るなどの行為が必要なのが魔法じゃないのか?」


神に魔力を捧げることで、決められた想像が魔法として実現される。


道具に魔力を送ることで、職人が玉具に込めた能力が発動する。



人内魔法にも魔法が発動する法則がある。


魔力を全体に纏うことを条件として、発動するのが身体強化魔法だった。



魔力が身体能力を底上げしているのではなく、それにより発動した魔法が身体能力を強化していた。


魔法防御も身体強化魔法の一部であり、身体の炎や雷などに対する耐性を強化する。


そしてグレンが人間単体で使用できる魔法であることの理由を述べる。


「実際に魔力を纏うとき、神に頼まないでも魔力を纏えます」


纏い続ければ自然と魔力を消費し、纏う量で魔力消費の値は変化するが、高位魔法ほどの魔力は必要としない。


魔力を纏える技術が高ければ、より多くの魔力を纏える・・・纏う魔力の量で強化魔法の強弱が変化する。



ガンセキが更なる疑問をグレンに追求する。


「それでは・・・魔力練りは?」


魔力練り 身体強化魔法の上級魔法であり身体極化魔法。


極化魔法は身体の一部でも魔力を練りこむことが出来れば発動する・・・扱いが難しい分、魔力の燃費は非常に良い。


練り込んだ魔力の量で極化魔法の強弱に変化はなく、決められた量の魔力を練り込めば極化魔法は発動する。


また極化魔法を土台として、一定の条件を満たすことにより、様々な人内魔法を発動させることが可能。


魔力を練り込んだ一部に意識を集中させることで、体内なら自由に魔力を移動させることが出来る。


この技術が人内魔法の基礎であり、これが出来なければ身体強化・極化以外の人内魔法は使用できない。



・相手に触れた状態で、腕に練り込んだ魔力を一気に掌へ凝縮させる。この条件を満たすことで吹き飛ばす効果だけの衝撃波を放つことができる。


(魔力を凝縮させることで衝撃波が発生するのではなく、この掌へ凝縮させるという行為が人内魔法 衝撃波を発動させる)


・相手から受けた攻撃を練り込んだ魔力に吸収させ、それを足下に移動させることにより地面に流せる。


(敵から攻撃を受けた瞬間に魔力を移動させることにより、威力を魔力が吸収する人内魔法が発動し、それを足まで移動させて地面に流す)


昔から魔力練りは確認されていた。だがそれが魔法であるという説を導き出したのは変人であり、それに呼吸法や走行法、足運びや体重操作等の体術を組み合わせたのが・・・ギゼル流魔力拳術だ。


練り込んだ魔力を移動させるのは魔法ではなく、他の人内魔法を発動させる為の基礎技術だ。


長手袋は極化魔法に反応して、練り込んだ魔力の一部を取り出すことにより、宝玉具として発動する。


・・

・・


ガンセキは頷きながら。


「先入観か・・・魔力を纏えば身体能力が上がるものだと思い込んでいた」


なぜ練り込んだ魔力を凝縮させると衝撃波が造られるのか、ずっと疑問に思っていたが・・・凝縮させることを条件として発動する人内魔法の一つだと考えれば良いのか。


解き明かされていない条件を満たせば、他にも色んな効果の人内魔法を発見できる筈だ。


今のグレンでは魔力を体の一部にしか練り込むことができない、それが体の二ヶ所、三ヶ所と増えて行けばどのような人内魔法が現れるのか。



だがグレンは納得のいかない表情をガンセキに向けていた。


「どうも分からないんすよね、なんで魔力を凝縮させる行為で、魔法が発動するんでしょうか?」


グレンの問いに、ガンセキは別の質問で返す。


「玉具の場合で考えて見ろ・・・なぜ宝玉だけでは何も出来ないのか、そもそも宝玉がどのような力か知っているか?」


自信のない表情を浮かべながらグレンは答えた。


「魔力を玉具の能力へと変換させる力が有るんすよね?」


武具に練り込まれた、または埋め込まれた宝玉が使用者より送られた魔力に反応することで、宝玉具は能力を発動させることが可能と成る。


グレンの返答に頷くとガンセキは口を開く。


「宝玉だけでは能力が決まってないから、魔力を送くっても何も起こらないんだ」


宝玉具の能力は、職人が魔法陣を使って武具に宿す。



魔法陣=能力を発動させる手段であり、職人は武具に魔法陣を覚えさせる技術を持っている。


宝玉具ではなく、魔法陣と宝玉だけで能力を発動させたほうが、より強力な効果を発揮できると言われている。


例えば四属性の宝玉と魔法陣を利用して、魔人病を発症した人物の闇魔力を抑えつけて封印するなど。



火宝玉で炎の熱を防ぐ能力を武具には宿せないし、水宝玉で炎を武具に纏わす能力は宿せない。職人は能力に合った宝玉を選ぶ必要がある。


宝玉の位によって武具に宿せる能力も強力な物になる。


(魔獣具は宝玉具とは別物だが、その素材は強力な力を秘めている。だが魔獣具の能力は職人が決めることは不可能とされている。宝玉には意識が宿ってないが、魔獣の素材には何かが宿っている)


ここまでの説明をしたガンセキが、グレンの疑問に答える。


「練り込んだ魔力を掌に凝縮させたり、敵から攻撃を受けた瞬間に魔力を移動させるという行為は、この魔法陣と同じ意味がある。これが俺の予想だな」


人内魔法は己だけの力で発動させる魔法だから、宝玉の力は必要ない。


練り込んだ魔力を凝縮させる行為が能力を発動させる手段であり、それを行うことで衝撃波という能力(魔法)を発生させる。これら全ての動作を含めて人内魔法となる。



魔力を纏う行為には意味が存在し、その意味を実行することで身体強化という魔法が成立する。


魔力を練り込む行為には意味が存在し、その意味を実行することで身体極化という魔法が成立する。


相手に触れた状態で、練り込んだ魔力を掌へ凝縮させる行為には意味が存在し、その意味を実行することで衝撃波という魔法が成立する。


敵の攻撃に合わせて練り込んだ魔力を移動させる行為には意味が存在し、その意味を実行することで威力を吸収する魔力、という魔法が成立する。



魔力とは古代種族が人間に与えた力、一説によると古代種族は神と深い繋がりを持っている。


その説が正しいのなら、人内魔法を人類に与えたのは・・・神かも知れない。


これが恐らく、魔力纏いの新説だ。



凄いのはグレンではない、今になってもう一度思う・・・あの男は何者だ。


彼が使っていた道具はグレンの油玉と違い、使用方法が難しすぎて、彼以外に使いこなせる者はいなかった。


魔力纏いの新説(魔法説)を導き出し、それを使いこなせるように編み出したのがギゼル流魔力拳術。


俺やグレンの数段上を行く策士でもある。




ギゼルさんは・・・護れなかった。




6章:二話 おわり



読んで頂きありがとうございます。


3人の感情より、誰も死なせない手段を優先させる。


責任者失格な考え方かも知れません、でもそれが彼の呪縛なので、そう簡単に捨てられない想いだと思います。


それでは次回も宜しくです。

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